2013/12/16

Dipstick

 米国で腎臓内科を勉強すると、尿定性検査の意義を軽く感じるようになるかもしれない。もちろん入院中のAKIであれ外来のCKDであれ尿沈査とセットで尿定性はやる。しかし、血尿なら沈査でいくつ見えたか・形態はどうかのほうが重要(色素尿症をうたがっているときは別だが)だし、蛋白尿の半定量的な検査よりもグラムクレアチニン比を重視する。
 しかし日本に帰ってきて、尿定性検査の「簡便で、安価で、どこでもでき、半定量的」という強みも意識するようになった。血尿でも蛋白尿でも(-)→(±)→(+)→(++)→(+++)と量が増える(試験紙の色が濃くなる)につれて腎予後が悪いというスタディはいくらもある。最近では、お隣カナダでそのスクリーニングとしての有効性を示すスタディが出た(JASN 2011 22 1729)。

2013/12/12

米国腎臓内科専門医として

 米国腎臓内科専門医試験に合格した。いままでの努力が報われて嬉しいし、米国腎臓内科専門医試験を取得した日本人の先生はまだそんなに多くないからおいしい。米国腎臓内科専門医試験を取得して、しかも日本に帰ってきた者としてできる最も重要なことはなんだろうか?それは、じつは米国医療を広めたり教えたりすることよりも、高度に専門化された職業ギルドの一員として質を高め続ける姿勢を周囲に示すことだと、私は考える。

2013/12/09

Bardoxoloneの次はこれか?

 Bardoxoloneの大規模トライアルBEACONが中止になって、がっかりした2012-2013年。しかし、糖尿病性腎症は世界でおそらく最も多い腎臓病で、人類の敵だから、その予防・治療薬を開発すべくさまざまな研究がなされている。このあいだ勉強会に参加して、さまざまに研究されているお薬のなかにGLP-1アナログがあると知った。

 GLP-1アナログといえば最近開発がすすむsecretogoguesのひとつ(むかし勉強したのを思い出した)だが、論文によれば(doi:10.1038/ki.2013.427)、腎症の動物モデルで腎内皮細胞のGLP-1受容体が確認され、GLP-1アナログ投与が蛋白尿を抑え、その作用は拮抗薬で相殺された。

 GLP-1受容体の下流シグナルはNADPH oxidaseを阻害して抗酸化作用を示すと考えられているので、このクスリの腎保護作用も機序的にはBardoxoloneに近い。しかしGLP-1アナログはすでに糖尿病治療薬として承認され出回っているから、安全性がより確立されているかもしれない。このあとの大規模スタディで、hard end pointで結果がでることを期待したい。

2013/12/05

無尿の尿も尿は尿

 「無尿透析患者さんの尿路感染症」という言葉は一見矛盾している。しかし、pyocystisといって(pyonephritisの姉妹語)膀胱が溶けるほどの感染で死亡にいたることは、あるそうだ。私は経験ないが、実際、報告もある(J Urol 1985 134 716)。
 では、無尿患者さんの膿尿は、すべて感染症なのだろうか?これについてはレビュー論文(KI 2006 70 2035)があって、いくつかある小スタディをまとめると、膿尿が尿路感染症かについてはPPVが11-70%(当てにならない)、NPVは90%を越えていた。
 では膿尿+細菌尿(で培養まで陽性)だったら?症状があれば、感染と取るのがリーズナブルだ。症状がない場合、実際の臨床では治療しないこともあるが、それで膀胱が溶けたということもあるようだ(Int Urol Nephrol 2002 34 415)。
 いままで正直あまり気に留めなかった無尿患者さんの尿だが、「無尿の尿も尿は尿」なようだ。感染のフォーカスを絞れないときなど、NPVが高いので膿尿がなければ除外に使えるし、あって培養まで陽性なら注意しなければならない。

2013/12/02

ある論文

 ある論文(JASN 2005 16 3711)を、とても興味深く読んだ。これはカリフォルニア州北部、ハワイ、アメリカ領サモア、グアム、サイパン地域(Network 17)のUSRDSデータから、Asians and Pacific islandersのサブグループについて生存率と移植率を白人と比べたものだ。わたしがとくに注目したのは、日系米国人の成績だ。

 日系人は白人に比べて(ほかのアジア系やPacific islandersに比べても)高齢で、医療保険をもち、仕事をしていた。ESRDの原因は白人に比べて圧倒的に糖尿病が多かった(61.5%)が、高血圧の有病率は白人より高かった(88.5%)。透析開始時の血液検査データは白人に比べて低アルブミン(3g/dl)、低eGFR(5.9ml/min/1.73m2)だった。

 透析の死亡率はどうか?白人より低い0.64であった(信頼区間0.57-0.72)。年齢、性別、保険の有無、仕事の有無、ESRDの原疾患、既往症、クレアチニン、アルブミン、ヘモグロビン、透析前ESAの有無、BMI、喫煙の有無を調整した後での値だ。それから移植を受ける率は同様の調整をかけても白人より有意に低かった(0.34、信頼区間は0.24 to 0.46)。

 この論文は「日本の透析診療の成績が世界で一番なのはなぜか?」という大きな質問に対しての、「日本人の遺伝子と文化習慣そのものがESRD患者さんの生存率を高めているのだろうか?」という問いを想起させる。私はこの問いに「そうだ(あるいは、それもある)」と思ってその仮説を検証すべく探していたところに、この論文に出会った。

 もちろん、この論文は後ろ向きの観察研究だから相関は言えても因果関係は言えない。もし因果関係があったとしても、日系人の患者さん達で透析間の体重増がどうだったか、透析時間は、などのデータがないので「日系人群の何がいいのか」は分からない。というわけで、確実なことはいえないが、示唆的な論文だった。


2013/11/28

SES(socio-economic status)とCKD

 フェローシップのマッチングに参加したレジデンシー2年目の冬(いまは3年目だが)、そのあとボスになる恩師の先生と面接して「どうして腎臓内科には最近breakthroughがないのですか?」と聞いた。今思うと生意気な質問だが、そのとき先生がいくつか説明してくれた中に”kidney patients are poor”というのがあった。その時は分からなかったが、こないだ学会で「SES(socio-economic status)とCKD」というお話があって、納得した。

 お話でいちばん衝撃だったのは、USRDSによる米国のESRDマップと、US Census Bureauによる貧困マップが酷似していたことだ。どちらも濃厚なのは南部(とくにミシシッピデルタ)、アパラチア山系、メキシコ国境など。実際、地域で貧困の率とESRDの有病率を見ると相関していた(JASN 2008 19 356)。

 米国内の地域もさることながら、都市の中でも低教育、低収入、悪いneighborhood、移民・マイノリティの多い地域に疾患(と犯罪)が集積する。San Franciscoのsafety-net clinicでCKD患者さんを調べたら貧しいマイノリティ優位だったというデータもある(CJASN 2010 5 828)。私も街は違うがレジデンシー時代にクリニックがそういうエリアにあったので、保険がなかったり言葉が通じなかったりする患者さん達に行き届いたケアを提供するのに苦労した。

 で、どうすればよいのか?ACA(affordable care act、別名Obama Care)がvulnerableな群の医療アクセスを改善するだろうか?医療アクセスがあがっても、人種・遺伝子・持って生まれたネフロンの数など変えられない要素もあるのだろうか?高貧困neighborhoodから低貧困neighborhoodに移るとsubjective well-beingが変わるという研究はあるが(Science 2012 337 1505)、objectiveな話はこれからみたいだ。

2013/11/25

Soda and CKD

 私が初めて米国の病院を訪れたときに、入院中の患者さんがソーダ(茶色くて甘い炭酸飲料水)を飲んでいるのに気づいた。しかも、年齢性別を問わずである。「米国ではソーダがお茶代わりなのか」と、アメリカ文化がアメリカ人に染み付いているという事に感心した。
 さて、今回の学会では「ソーダ(あるいはダイエットソーダ)はCKDを進行させるか?」というお話が聴けた。HFCS(high-fructose corn syrup)は関税などにより砂糖の輸入価格が上昇したため、米国が自国で安価に生産できる代替品として生まれ、1970年代以降に使用量が激増した。ちょうどその時期から肥満が増えたため、原因として指差されている。
 CKDでは、動物実験レベルで糸球体高血圧や内皮細胞ダメージ(Am J Physiol Renal Physiol 2007 292 F423)、ひいては糸球体硬化や尿細管障害をきたす(Am J Physiol Renal Physiol 2007 293 F1256)という。しかし、動物実験での摂取量はアメリカでの平均的な果糖摂取量よりはるかに高いので当てはまらないと主張する人達もいる(Adv Nutr 2013 4 246)。
 ただ、食事カロリーの25%を果糖飲料にした群はグルコース飲料の群に比べてインスリン抵抗性が高まり内臓脂肪が増えたというヒトの実験データ(JCI 2009 19 1322)もあるし、痛風との相関を示したNHANESのデータ(JAMA 2010 304 2270)もある。機序は複雑だが、fructokinaseにより生じたfructose-1-phosphateが肝ATPを枯渇させ核酸分解を促進するという。
 CKDについてはどうか?スタディ(KI 2010 77 609、CJASN 2011 6 160)によれば、一日2本以上ソーダを飲む群でeGFR低下との弱い相関があるかないか、という程度(レビューはACKD 2013 20 157)。しかし一日2本以上ソーダを飲む人達というのは、一緒にハンバーガーやピッツァも摂取していると思われる。
 というわけで、皆が同意できそうな「ソーダの飲みすぎは不健康な食生活のマーカーで、健康な食生活をしたほうがよい」という結論で話は終わった。アトランタでWorld of Coca-Colaに行った後なので「やべ」と思ったが、「たまにならいいか」と思った。それから、NYCのBloomberg市長が提唱した映画館でのビッグサイズソーダ販売禁止案が通らなかったのを思い出し、「ソーダはアメリカ人の魂だな」と思った。

2013/11/13

開会式で

 学会のopening sessionは、会長による危機感のある挨拶で始まった。押し寄せるAKI・CKD・ESRDの波と、後継者不足。いまだ少ない一般の認知不足、予防への理解不足、そして研究資金不足。しかしここはアメリカ、挨拶は再建の柱をいろいろと提案してポジティブに力強く終わった。

 たとえば認知を広めるためにさまざまな取り組みがあって、New York TimesにもWall Street Journalにも記事が出た。米国腎臓財団(NKF)も積極的に活動しているし、クスリなどによる腎障害を予防するためのKHI(Kidney Health Initiative)も、FDAとASN、それに世界各国の腎臓内科コミュニティを巻き込んで活動しているようだ(パートナーの一覧に聖マリアンナ医科大学と東京大学を見つけた)。

 スピーチのあとは腎臓内科界に貢献した医師や団体、会社らが表彰されたが、そのなかに一人の女性がいた。名前は覚えていないが、彼女は若くして腎臓病になり、透析後に移植を受け、何度かの移植での拒絶反応のあとcPRA 100%になっても「いつかテクノロジーが進歩して新しい治療があるはず」と諦めず、脱感作によりもう一度の移植に成功し、いまでも透析なしで暮らしている。

 彼女はpatient advocateとして同じ病気に苦しむ患者達を支えたいとpatient support groupを作った。透析の患者さんに「諦めないで、いつか治療が進歩するから」と説いてまわっているという。並み居る参加者を前に「you guys are doing great、keep up good work」と言い、最後にこんな中国の諺を引用して締めくくった。

 一時間幸せになりたければ、昼寝しなさい。
 一日幸せになりたければ、魚釣りに行きなさい。
 一ヶ月幸せになりたければ、結婚しなさい(聴衆失笑)。
 一年幸せになりたければ、遺産を受け継ぎなさい。
 一生幸せになりたければ、人を助けなさい。

 聴衆はスタンディングオベーションで答えた。しかし私にはほろ苦い思いもあった。というのも正直、末期腎臓病治療は透析・移植が登場したきりで、少なくとも私が生まれてからの数十年はブレイクスルーがない。循環器領域で人々がLVAD、Impala®、TAHなどと精力的に新しい治療を希求しているのと対照的だ(もっともそれは、透析と腎移植が生命予後に関してはこれらの循環器デバイスよりずっと勝っているからなのだが)。

 そんな複雑な思いと共に開会式は終わった。しかし、その次にstate-of-the-art talkで再生医療の話がはじまり「次の方向はこっちか?」というエキサイトメントを感じた。講演の先生も再生腎臓がまだ初歩なことは認めていたが、透析しないで済むレベルのGFRを生み出すことなら10-20年以内で可能になるかもしれない印象を受けた。また、このような新しいテクノロジーを笑うのではなくembraceする柔軟な自分でありたいと思った。

2013/11/10

Nephrology Quiz 1

 米国腎臓内科学会の悩みの一つ、深刻な後継者不足を解決しようと、毎年学会にはたくさんの医学生やレジデントが(発表するしないに関わらず)travel grantで招待される。それでか、今年はセッションも「盛り上がっていこう」という気持ちの伝わるものが多かった。なかでも"Nephrology Quiz and Questionnaire"は秀逸だったし、会場も満員だった。

 このセッションは、master clinicianと呼ばれる先生方が4人登場し、それぞれ2症例をクイズ形式で提示しその答えを説明することで思考過程とエビデンスを聴衆と共有する。腎炎を担当したMayoのFervenza先生は大御所中の大御所だが、とても気さくで、知的なユーモアで会場を和やかな笑いに包んだ。さて、全部は書かないが、私にとって勉強になったことを紹介する。

 最初の先生は、昨年の講演『電解質診療のEBM』も分かりやすかった。1例目は、低K、尿AG陽性のAG+非AG代謝性アシドーシス(+呼吸性アシドーシス)で、トルエン中毒だった(レビューはJASN 1991 1 1019)。尿AG陽性は「尿NH4+減少」だけでなく「尿アニオン(この場合hippurate)増加」もあり、尿OG(osmolar gap)が有用かもしれないと学んだ。

 2例目は褥創治療に砂糖を塗布されたあと低Na血症と腎障害を起こした例。Sucrose(ショ糖)は血中に直接はいるとすぐには分解されないので、尿細管細胞にたまって腎障害が起こる。ショ糖だけでなくマニトールなどその他の浸透圧物質でも起こり、osmotic nephrosisと総称される(レビューはAJKD 2008 51 491)。浸透圧ギャップにより診断を疑う。腎生検すると、特徴的な尿細管のvacuolizationがみられる。治療は浸透圧物質を止めること。

 それにしても、傷口に砂糖を塗るなんて私は知らなかった。蜂蜜を塗る例は古代からあるというが、「高浸透圧にして殺菌+砂糖で治癒促進」ということらしい(J Wound Care 2011 20 206)。なんだかべとべとしそうだが、有効で腎機能が保たれアリが寄ってこなければ、いいか。つづく。


Nephrology Quiz 2

 二人目がFervenza先生で、その1例目はステロイド依存で多薬にも依存になってしまった難治性の微小変化群をどうするかだった。エビデンスと経験をもとにCyclophosphamideは12週の経口でないと再発しやすい、CNIは一日一回でも腎障害は来る、MMFはステロイドを切るまでは至らないデータが多い、Rituximabは今のところ良さそうだが使い方は未確定(レビューはdoi: 10.1093/ndt/gft366)、など論文をたくさん引いてお話された。
 2例目はFSGSについてだったが、彼の「nephrotic-range proteinuriaとnephrotic syndromeは違う病態」という意見が目を引いた。これを言う人には以前にも会ったことがあるが、そういうものなのかもしれない。彼によれば、FSGSについて前者は二次性、後者は原発性(いわゆるpodocytopathy)を示唆するという。ついでに、3.5g/dで線引きをした(4g/dでもいいけど)経緯に関連した論文も紹介され(Am J Med 1958 24 249)、読もうと思った。
 三人目の先生は透析についてお話した。その1例目は腹膜透析で二週間前に腹膜炎をおこし、今度は別の(やはり皮膚の常在菌による)腹膜炎を起こしたケース。別の菌だから、recurrentだ(同じ菌で4週間以内ならrelapse、4週間以上ならrepeat、AJKD 2011 58 429)。Touch contaminationが疑われるが、治療は?
 実はこの方(実はと言うか、最初から提示されていたが)最近いろいろあって情緒不安定で、抑うつだった。だから正解はsertralineの内服。ESRD患者さんの1/4は抑うつというデータもある(KI 2013 84 179 )し、治療したらアドヒアランスが向上したというデータも出始めた(doi: 10.1681/ASN.2012111134)。つづく。

Nephrology Quiz 3

 2例目はナーシングホームに暮らす虚弱で既往の多い高齢ESRD患者のケースで、AVF(内シャント)が閉塞したあと右内頚静脈に長期留置カテーテルをいれたあとで右上肢が腫脹し、超音波でカテ周囲の血栓がみられた。どうする?正解は、透析をカテーテルで続け、抗凝固を始める。
 左に入れても右カテーテル周囲に血栓があり閉塞しているので有効な透析がおそらくできない。いきなり右カテーテルを抜くと、血栓が肺に飛ぶかもしれない。カテーテルに血栓ができる仕組みは、この論文(Lancet 2009 374 159)に美しい図があることを知った。カテーテル関連の血栓についての治療ガイドライン(Chest 2008 133 6 Suppl 454S)も知った。
 4人目の先生は、移植について。その1例目は、東南アジアからの移民高齢者で、原因不明のESRDに対してDDKT(deceased donor kidney transplant、献腎移植)3ヶ月後にグラフト周囲の痛みを訴えたが、精査すると肋骨周囲の腫瘍と胸腔内リンパ節がみつかったケース。BK DNA 17000 copies/ml。免疫抑制が効きすぎた、肺外結核。ESRDにおける結核をレビューした文献(AJKD 2013 61 33)が紹介された。そして、もちろんRFPとCNIの相互作用も。
 その2例目は、若いAB型のレシピエントがDDKT→DGF(移植後しばらく尿が出ない)後のacute rejection 2Aに対してステロイドとIVIGを受けたら、溶血性貧血になった。正解は、IVIGに含まれる抗A、抗B抗体による溶血。知らなかったが、IVIGは約1000人のドナーからの血清を集めてつくられ、会社にもよるが抗A、抗B抗体は多い(CJASN 2009 4 1993)。
 なおこの方は若いからCNI-sparingレジメンでsirolimusを内服していたが、CNIもsirolimusもTMA的な溶血は起こす(が本例はタイミングが合わない)。やっぱりCNIをキープしておいたほうが良かったのか?そもそもアドヒアランスが悪かったかもしれない。IVIGよりATG(抗胸腺グロブリン)?施設によって治療が違うのが、移植業界。つづく。

Nephrology Quiz 4(aka ARS)

 とまあ、Nephrology Quizは明日から役立つことが勉強になった。もう一つ、効果的なやり方と思ったのは、ARS(audience response system)だ。日本でも使われ始めているが、今回は聴衆全体、TPD(training program director)、フェローの三群に分けて、それぞれのレスポンスを見ていた。だから、たとえばTPDはほとんど正解でもフェローは答えが完全に分かれたりして、そういうフェローの苦手分野はもっと教えようとか活かせそうだった。

2013/11/08

DKDと血糖管理

 DKDの進行予防にどのような血糖管理が有効か?という問いに答えるのに、1時間は余裕で掛けることが出来るだろう。多くのスタディ(DCCT、そのフォローアップEDIC、UKPDS、ACCORDなど)が組まれたし、現時点での推奨は以前に書いた。
 これにDKDにおける心血管系死亡の予防にどのような治療が有効か?という問いを付ければさらにHOPE、ADVANCE、RENAAL、IDNT、ONTARGET、ALTITUDE、VA NEPHRON-D、PPP、4D、AURORA、SHARP、FIELDなどきりがない。
 今回の学会でもこれらのレビューをしてくれ、関心が高い分野だから大きな会場が超満員だった。それから、経口血糖降下薬とインスリンのCKDにおける用量調節についてもレビューがあり、KDIGOガイドライン(AJKD 2012 60 85)を参照していた。

Mgのいろいろ

 Mgのお話はEGFのところで止まっていたが、他にもCNNM2とかHNF1βとかZXYD2とか色々ある。全部書くのは大変だから、今回勉強になった中で二つ紹介する。一つは遠位集合管にあるMgの再吸収チャネルTRPM6がインスリンにより活性化されること(PNAS 2012 109 11324)。インスリンが間質側のインスリン受容体に結合することで細胞内のCDK5を活性化してTRPM6をリン酸化することで、TRPM6を含む小胞を移動させTRMP6を内腔側に表出させるのだという。

 もう一つは、MgはTRPM6だけでなくparacecullarにも再吸収され、それにはClaudin 16や19などが関わっていることだ。タイトジャンクションがイオンチャネルの役目をしているなんて知らなかった。聴けば、タイトジャンクションといっても壁ではなく、フェンスとでも言おうか、イオンくらいは通れるのだそうだ(Curr Opin Nephrol Hypertens 2010 19 456)。Mg2+、やはり奥が深くてこれからも目が離せない。

DKD

 AKI、CKDが提唱されて間がないのに、今度はDKD(diabetic kidney disease)だ。これは、実は糖尿病性腎症といってもetiologyが多彩なので、それらをひっくるめた概念として主にリサーチの便宜上から提唱されたと私は想像している。たしかに、教科書的な「過剰ろ過→微量アルブミン尿→顕性アルブミン尿→GFR低下」というモデルは、1型糖尿病で当てはまることがあるものの、そうでない病態も多い。腎生検したら別の病変がみられることもあるだろう。

 しかしそれで治療が変わることは余りないということで腎生検を控えることも多いわけだし、そういう人でも腎機能の進行・心血管系イベントなど予後は悪いだろうから、全部一緒にしようというわけだ。この定義だと、実は蛋白尿がなくeGFR低下のみというDKDも結構ある(JAMA 2011 305 2532のNHANES解析によれば、DKDの1/4~1/3)。もっとも、これが抗RAAS薬による蛋白尿の抑制+eGFRの低下なのか?などと言いはじめると話はややこしくなるが。

 どういう人がアルブミン尿のでるDKDで、どういう人がでないDKDなのか?演者の作った表によればおおまかに前者はCKDの進行が早く(CJASN 2012 7 78)心血管系リスクが高い一方、後者は男性や高齢者に多いという。こういった話があるからKDIGOもCKDをCGA(原因、GFR、アルブミン尿)二次元分類しているのだろうが、「アルブミン尿がないなら降圧剤は抗RAAS薬でなくてもよいの?」といった問いに答えるデータは少ないようだ。

2013/11/07

Geriatric Neprhology 24

 ここまで濃密な学びであったが、いままでずっと知りたかった内容だし、教育方法も工夫されていたのでついて来れた。そして、最後を締めくくるのがなんとdebateだった。お題は:

 75歳の患者さん、CKD-EPIのeGFR 50 ml/min/1.73m2、U-alb/U-Cr 25 mg/g。彼女はCKD3期ですか?

 事の発端は、CKDが導入されて生じた患者さんへの不安にある。上記患者さんのような人が米国だけで800万人いるだろうが、今後の腎機能低下の進行は最小限と思われるし、平均寿命にもほとんど影響はみられないと思われる。

 しかし、かかりつけ医が患者さんに「あなたはCKD(慢性腎臓病)3期です、腎臓内科を受診してください」というものだから「え!?腎臓が病気なの?しかも5期までの3期ってことは、あと少しで透析ってこと?」ととても心配してしまう。

 これについて賛成と反対それぞれの立場で主張があった(実際この議論はKDIGOガイドラインを決めるときにもexpert同士であったらしい)。賛成側は、以下の点を指摘した:

①加齢によるGFR低下だけにしては低めなわけだし(JCI 1950 29 496)、そういう状態として名前をつけるのは許されるのではないか
②たとえ進行しなくても、腎機能正常群に対して死亡率・心血管系イベント・ESRDのリスクは2倍程度上がる
③目に見えない腎機能低下とそのもたらす危険について啓蒙活動は必要
④腎機能低下を防ぐためにクスリを避けたり調節したりする注意を喚起できる

 などの点を指摘した。それに対して反対側は以下の点を指摘した:

①Oxford辞典の定義からいってもdiseaseではない
②患者さんに不要な不安を与える、不要な検査を強いることになる
③死亡率・心血管系イベント・ESRDのリスクは、年齢で層化するとごくわずかに下がる(JAMA 2012 308 2349)
④上記リスクは、GFRよりもアルブミン尿がより相関している

 それから測定方法についての話も少し出た。KDIGOにはクレアチニンベースのeGFRが信頼できなければCystatin CあるいはCystatin C + Crで確認せよとある。Cystatin Cは予後予測により有効だが、反対の立場の演者によればそれはeGFR以外の因子を反映しているからで、eGFRをより正確に測定するからではないのだという(JASN 2013 22 147)。

 両者の主張を聞いた後、rebuttalがあり(水掛け論になるのを防ごうのに、Can we move on?とより本質的な問題点を指摘したりこれからすべきことに話を移すのが自然な様子だった)、フロアからのコメントや質問があり、最終的にフロアの投票を行った(debate前と比較した)。結果はさておき、こんな試みは初めてでとても興奮した。


Geriatric Nephrology 23(aka Journal Club)

 腎臓関係の主要誌で「geriatric、elderly、kidney」と検索してみつかった、興味深いいくつかの論文について取り上げ批判的考察を加えるjournal clubまでしてくれるなんて、面倒見のいい学会だ。たくさんレビューしすぎて議論は駈足だったが、フロアから有益なコメントも多かった。

BMC Public Health 2012 12 343(ドイツ)
高齢者にCKDは多い、Cystatin Cでみるとすこし少ない

CJASN 2013 8 33(台湾)
高雄郡は、透析患者の有病率が世界で最も高いらしい
リスク因子の一つ、Long Dan Xie Gan Tangという漢方薬

CJASN 2013 8 939(韓国)
高齢者ではCKD-EPIのeGFR低下による死亡率hazard ratioが若年者より低い*
*数字は小さいが、absolute riskはもっと高いのではないか?

CJASN 2012 7 949(米国)
CKD患者にはECG異常が多く、大きな異常*だと死亡率のリスクが高い
*心室伝導遅延、Q+ST異常、LVH、Afib、1AVB

CJASN 2012 7 588(米国)
CKD-EPIのeGFR低下はインスリン抵抗性と相関していた
(個人的にはLancet 2012 380 601と関連して考えた)

KI 2012 82 482(イタリア)
死亡とESRD、どちらが先に来るか調べた
65歳+35ml/min/1.73m2が目安の点、詳しくは論文の図参照

AJKD 2010 56 122(米国)
AKI*は高齢者に多く、ESRDと死亡の因子
*ベースライン腎機能がしばしば不明なことに注意

KI 2012 82 920(台湾)
高齢者の術後AKI(ICU)は、Crがあまり上昇しなくても予後が悪い?

JASN 2013 24 1166(米国)
高齢HD患者の脳梗塞発症リスクは数ヶ月前に高くなり、透析月がピーク
以後数ヶ月で減るが12ヵ月後も以前より高く維持
Afibはリスク因子として有意でなかった
透析前後というのは不安定な時期だし、透析そのものとの因果関係は不明

JASN 2013 24 1297(米国)
高齢のESRD患者でAVF(内シャント)がベストでないかもしれない*
*USRDSデータの解析

CJASN 2012 7 1163(米国)
ECD(extended criteria donor)腎を移植された高齢者は生命・腎予後が不良だった
→そりゃそうだ

Geriatric Nephrology 22

 Active Medical Management(AMM)とは何か(演者によるレビューはSemin Dial 2012 25 617)?ESRDにたいして透析をせず、かといって緩和ケアでもなく、透析をしない代わりに内科治療をアグレッシブにすることだ。透析を受けた患者さんの2/3が後悔しているというデータもあるし(AJKD 2010 5 195)、治療選択肢をいろいろ説明することはとても重要なことだ。しかし、透析しない場合に看取り以外にAMMもあるとは正直知らなかった。

 ただ、聞いてみると頻回なフォローアップ、アグレッシブな貧血・MBDなどの治療、体液貯留を避ける、タンパク制限、精神・社会的なサポートという訳で、べつに目新しいことじゃない。ただ「日本の透析患者さんは透析を受けながらAMMも受けているのではないか?」という気づきはあった。それでHDとHD+AMMを比較したスタディがあるか演者に訊いたが、ないらしい。HDとAMMを比較したスタディはあるが(NDT 2007 22 1955)。

Geriatric Nephrology 20

 よく「英国には透析の年齢制限がある」というが、そんなことはないようだ。それはさておき、超高齢者であっても透析してからの生存期間には個人差がある。それを美しく示したのがDr. Kurella Tamuraのスタディだ(KI 2012 82 261)。末期腎不全の高齢者が治療選択するのをどのようにサポートするか、そのframeworkを作ろうというのが彼女のテーマの一つで、私はいつか彼女に日本に来てお話をしてほしいなと密かに願っている。
 それはさておき、高齢者の治療選択においては①個人の志向を尊重すること、②エビデンスの有無を調べること(除外されていることも多いから)、③達成したいアウトカムの質を吟味すること、④副作用・負担・煩雑さなどマイナス面も考慮すること、などの原則が提唱されている(JAMA 2005 294 716)。長期生存については、平均寿命や予後(血液透析患者における、おそらく欧米のデータを参照につくられた計算ツールもある)などが参考になる。
 たとえば、AVF(内シャント)とAVG(グラフト)とCVC(長期留置カテーテル)では、CVCで感染リスクが高いことは論を待たない。しかし、余命が2.5年の高齢者を見た場合に、菌血症のリスクはAVFで0.06件/人・年、CVCで0.1件/人・年で、NNTは17だ。ポイントは「高齢者の余命を考えると必ずしもfistula firstではないかもしれない」というように、治療選択には余命やco-morbiditiesを考慮する必要があるということだ。Vascular accessについては、つづく。
 

Geriatric Nephrology 21

 北アメリカでの高齢末期腎不全患者に対するvascular accessの議論は、「カテーテルじゃいけないの?」という質問に答えるためにあるようなものだ。内シャント手術をするのは大変だし、お金も掛かるし、作っても成長しないかもしれないし、せっかく成長しても「内シャントを作っても、腎臓病が悪化して透析が必要になる前に患者さんが亡くなる」というシナリオもある。65歳以上のESRD患者ではアクセスの種類によって死亡率が変わらなかったというスタディ(CJASN 2005 16 1449)もあるようだ。

 ただ、日本の透析患者さんの成績は欧米とぜんぜん違う(だから、不安を与えないよう余命計算モデルのリンクはここに載せていない)。それに、内シャントも日本は術後2-3週間で使うし、使用可否は腎臓内科で判断するし、血液速度もゆっくり(米国は350-400ml/minが普通)など、事情がぜんぜん違う。もっと言うと、お風呂文化とかも関係しているかもしれない(カテーテルだとお風呂に完全にはつかれないだろう)!

 こういう違いは、私も帰国してから気づいた。だから、日本にもUSRDSのようなレジストリがあるなら、いろいろデータを世界に発信したら色々お互いに変わるのではないかと思う。そして、いま私はこうして日本語で日本語を理解する人たちに発信しているが、今回学会で日本との米国の違いを話すたび「面白い」「どっかに書いて送るべきだ」と言われて、世界に日本のことを知らせるのも私の役目かもしれないと考えた。


Geriatric Nephrology 19(aka SGD)

 ちょっと期待はしていたが、まさか本当に米国腎臓内科学会で3-4人のSGD(Small Group Discussion)、さらにロールプレイまですることになるとは思わなかった。こないだの日本腎臓内科学会東部会も新しい試みがたくさんあって楽しかったが、教育もどんどん進化していく。
 SGDで自己紹介してみると欧州、南米、アジアなどさまざまな国から参加者がきており、うちとけてお話できて楽しかった。みんなの意見を聴くのも参考になったし、自分も話をした。来年は日本の学会でもこのようなSGDが取り入れられたら面白いだろうなと思った。
 さて、ディスカッションでは透析導入をためらう症例について、SPIRES frameworkで考察した。SPIRESのSはSet-up。PはPerceptions and perspectives。IはInvitation、RはRecommendation、EはEmpathize、SはSummary。そしてどのようなopen-ended questionsを問いかけるか考えた。
 さらにそれを踏まえてロールプレイをした。私は医師役だったが、患者さんのニーズや望みを聞き出すのに時間が掛かるのを実感した。まあ3分しかもらえなかったので仕方ないが、recommendationまでたどり着かなかった。それから、この手のマニュアルにいえることだが、意外と使いづらく、参考にして自分なりのアプローチを作るのだろうなと思った。

Geriatric Nephrology 17

 ICUせん妄が長期死亡率に相関する(JAMA 2004 291 1753)と聞いてもあまり驚かないかもしれないが、質問は「ICUが終わった後も引き続き鎮静薬などが不必要に続けられたことが関係しているのか」だ(J Am Geriatric Soc 2013 61 1128)。薬の副作用による入院はとても多く、その約半数は80歳以上だった(NEJM 2011 365 2002)。なお、高齢者で注意すべき薬をまとめたのにBeer Criteriaがある。
 ICUせん妄のリスクは数多くあるが、腎機能低下はどうだろうか?スタディによれば相関する(Arch Int Med 2007 167 1629、OR 2.1)。鎮静薬などの排泄が低下するから、患者さんが透析中に寝ていたらまずクスリをチェックしたい。低・高Na血症も関係しているかもしれない、Na濃度変化と死亡率は以前に書いた
 ICUせん妄は一時のことだろうか?丁寧に長期フォロー(ICU入院前の認知機能を確かめたり、うつを除外したりして)したデータによれば、多くの患者さんはMCI(mild cognitive impairment)、TBI(traumatic brain injury)、Alzheimerレベルにまで低下していた(NEJM 2013 369 14)。

Geriatric Nephrology 18(aka RRT in the ICU)

 ICU、入院中にRRTすべきかを議論するときの困難は枚挙に暇がない。患者さんの意識がないし、advanced directiveもないし、ICUチームが話をして腎臓内科が参加しないことも多いし、ICUチームに治療の一環と言われて彼らを助けるためにやるのは難しくないが、患者さんにとってベストの治療が何なのかを考えようと思ったら大変だ。
 家族からいただく質問の一つは、患者さんのAKIが回復して透析導入しても党籍離脱できるか?というものだ。まず「患者さんが生きて病院から帰れるか分からない」というのが前提だが、壇上の演者に質問したらAKIの回復についてはいくつかのスタディがあり、高齢者ほど回復は厳しいらしい。ただそれも原因にもよるから、ケースバイケースだ。

Geriatric nephrology 16

 ドラマでICUというと、若い患者(主人公)が静かに寝ており、恋人が手を握ると静かに目を開けるシーンを想像するかもしれない。しかし、スタディによればICUの患者さんの60%以上は65歳以上だ(Crit Care Med 2006 34 1016)。そして、透析患者さんも多い(あるスタディでは3%、JASN 2009 20 2441)。透析患者さんは入院率が高く、入室時に非透析患者よりもsickerだ(CJASN 2011 6 613、カナダのデータ)。
 AKI患者さんも、高齢者が多い。Dialysis-requiring AKIのデータ(JASN 2013 24 37)が衝撃的だった。そのメカニズムはいくつかある(JASN 2011 22 28によくレビューされている)が、加齢だけでなく薬剤(KI 2012 81 1172によくまとめられている)や慢性炎症や低栄養などさまざまだ。筋肉量低下によりCrが低く(eGFRが高く)見積もられ薬や輸液が過剰になったり、止められるべき薬が与えられてしまう事もあろう(CJASN 2013 8 1070)。腎臓内科の役目はこれらを防ぐことだが、残念ながらあとの祭りなこともある。

2013/11/06

Geriatric Nephrology 15

 以前に別の学会で学んだときの演者で声がエレガントで印象的だった方が、ふたたび今回も(やはりエレガントな声で)お話された。彼女は当時、「リハビリ集中治療」によって機能障害を回復させて自宅に帰すという診療を紹介していた。今回も、透析患者のphysical decline and frailtyについてお話していた。

 腎機能低下と身体機能低下は相関し(Arch Int Med 2009 169 2116)、透析後にとくに著明に低下する(NEJM 2009 361 1539)。その理由として入院による不動、低栄養、体液貯留などあろうが、透析回診すればすぐにも分かるのは「透析治療によるもの(疲労、痛み、喪失感)」だろう。

 転倒は、転倒による身体障害も心配だが、転ぶのではないかという恐れや不安も見逃せない。そして、よく調べられているように死亡率に相関している(血液透析患者では、NDT 2008 23 1396)。そういえばこのあいだAJKDにESRD患者における大腿骨頚部骨折リスクをみたスタディがあった(AJKD 2013 62 747)、そしてそこでもfrailtyが考察されていた。

 Frailty、何と訳してよいかわらないが、Fried definitionによれば以下の三つ以上がある状態を言う:①体重減少、②疲労、③筋力低下、④歩行速度の低下、⑤活動性の低下。患者さん自身は気づいていないこともある。Frailtyがあると、死亡率とか転倒とかいろいろよくない。いろんな程度があって、CSHA Clinical Frailty Scaleというスケールがある。

 どうしたらいいか?①予防、②治せるなら治す、③あるものでそれなりにやる。①②も大事だが、③のリハビリ的な考えが私は好きだ。立って料理できない人に椅子をあげるような考え方だ。帰ったらリハビリの皆さんとよりよいケアについてお話したい。


Geriatric Nephrology 14

 重要なことを繰り返し説明するのは常識だ。だから二日目も繰り返し大事なことが繰り返された。高齢化は移民を受け入れる米国でさえ進んでいる。Medicareが始まった頃の平均寿命は60歳台だった。いま、いろんなことのおかげで長生きでき(男性76歳、女性80歳)、退職後の生活も変わった。

 米国にCKD患者はどれだけいるのか?3期が760万人、4期が40万人、5期が30万人(AJKD 2003 41 1)。ESRDは高齢者の病気、80歳人口の2000人/100万人(1/5000)がESRD患者だ。だから腎臓内科医は高齢者のケアを知らなければらならない。認知、目や耳、心、セルフケアなど。

 だから、geriatric assessment(GA)が有用かもしれない。医療と直接関係しないところも多いし、全部医師が一人でやる必要はない。GAは長生きを目標にしているのではなく、元気でおり、機能を維持し、できるだけ在宅できることを目標にしている。

 認知低下のことは以前に書いたが、多くは血管性と考えられ、GFR低下に相関しているからスクリーニングしなければならない。米国にはMMSE、日本には長谷川式があるが、ここではMOCA(Montreal Cognitive Assessment)が紹介されていた、作業能力を問うらしい。うつも大事。

 セルフケア、何が出来ますか?予約、移動、薬、食事、など。これらを含めたKEL(Kohlman Evaluation of Living Skills)というスクリーニングがあり、OT療法士さんにお願いするとスコアが返ってくる。スコアが6より多いと自宅で独立して暮らすことは難しいそうだ。転ばないには?透析室に歩いてくるかどうかを見るのもよいし、Timed-up-and-goという簡単なテストもある。

 透析医はかかりつけ医か?米国でもそうらしい(ASAIO J 1992 38 M279)、もっとも週三回診察することはないが。そして、主治医であるからこそACP(Advanced Care Planning)を始めなければならない。ESRD患者の死亡率は一般の6倍だ。困難な会話でも、後悔しないように、患者と家族に話しかけなければならない。


Geriatric Nephrology 13

 私がフェローのとき、今は亡き恩師が患者さんの家族に「全ての患者さんが透析を受けなければならないというわけではない」と説明していた。透析をしないという選択肢もあるのだということを端的に、かつ色をつけずに示すやり方だなと、横で感心した覚えがある。では、透析をしない・やめるというのはどういうことなのか(もっともこの二つは状況が大きくことなるので一括りにできないのだが)。
 ここでは透析をやめるということについて。じつは透析をやめるというのに、はっきりした定義がない。だから研究しようにもそこから始めなければならない。医学的な理由でできなくなったのか、ご本人の意向でしないのか、必要なくなったのか、必要になってもしないという方針で(もちろん変わってもいいわけだが)やめたのか。
 透析をやめてどれくらい生きられるのか?数多くのスタディがあるそうだが(NEJM 1986 314 14、NDT 1996 11 133、AJKD 1998 31 464、Arch Int Med 2000 160 2513、NDT 2004 19 686)、だいたい8日間だそうだ。短い場合も長い場合もあり、残腎機能によるのだろう。
 透析をやめるケースはどれくらいあるのか?USRDSは死因の報告を義務付けているのでデータがあるが、約20%。英国のRenal Registryによれば、14-15%だった(ただしこちらのレジストリは死因報告の義務がない)。
 いずれにせよ、これだけでは数字なので詳しいことが分からない。しかし今日いろいろ聴いて分かったのは、透析は始めるよりも始めない・そしてやめるほうがずっと難しいということだ。やめたほうがいいとかそういうことではないが、医療側が「しない」という選択肢を提示しないことによる苦痛もあるわけだから、透析に関わる者として説明できるようになるべきだと思っている。

Geriatric Nephrology 12(aka NURSE)

 感情をうまく受け止め力になってあげる技法に、NURSEがある。NはName、感情を名指しして口に出すこと。「これについて話すのは怖いことだろうと思います」。UはUnderstand、理解を示すこと。「今起こっていることについてご心配なさっておられることとお察しします」。RはRespect、相手のしていることや考えていることを尊重すること。「ご自分でいろいろ努力していらっしゃるのを知っていますし、それを尊敬しています」。SはSupport、「困難なときですが、一緒に乗り越えていきましょう」。EはExplore、「もう少しご心配について教えていただきたいのですが」。

 こういうのは、役立つように思われるし、実際役立つのだろうけれども、使わないとモノにならないだろう。モデルケースをビデオを観たり本を読んだりすれば、もっと身につくかもしれない。米国腎臓内科医会(学会ではなく、ロビー)と米国腎臓内科学会が一緒に出した"Shared Decision-Making in the Appropriate Initiation of and Withdrawal from Dialysis"(2010)や、英国政府が出したESRDにおけるEOLC(end-of-life care)についてのガイドラインもあるという。こらから経験を積んでいかねばと思っている。


Geriatric Nehrology 11(aka Ask-Tell-Ask)

 いろんなスキルを学んだ。一つはAsk-Tell-Ask。まず、透析になったらどうなるかを知ることが助けになるかを患者さんに尋ねる。先が分からないこと、知識がないことは不安の元であり、おおくの患者さんは自分の状況と予後を知りたいと思っている。しかし、どのように聴きたいかは人によって異なり、数字が良い人もいれば、最悪の場合と最善の場合をシナリオのように知りたい人もいれば、生活の質が具体的に変わるのかを知りたい人もいるだろう。
 ここで、知っていることを短時間で詰め込むのは効果的でない。ゆっくりと、一回に少しの内容を伝えるほうが伝わる。すべては、患者さん中心の医療のためであり、私達が話して楽になるためではない。不確定なときには、「もっとはっきりコレと確定的なことがいえたらいいのですが」とその気持ちを共有してもいい、あくまで目標は患者さんと一緒にやっていくという姿勢を示し不安を除くことにある。
 そして、再び尋ねる。ここで本当は「いま聴いたことをもう一度言ってください」といいたいところだが、これはテストみたいであまり気持ちよくないので「私はぜんぶを説明しきれないことがよくあるので、私がちゃんと言うべきことを言ったか確認するために、あなたの理解をあなたの言葉で教えてくれませんか?」とか「今日の内容をおうちに帰ってご家族に何と説明しますか?」とか聴くといいようだ。

Geriatric Nephrology 10

 患者さんに治療のゴールを聴くのは、時間とエネルギーを要することだ。ある施設では一回に90分かけるという。医師ひとりではできない。患者さん、家族、看護師、ソーシャルワーカー、場合によっては栄養師やリハ療法士など他業種が責任を分け合って行うチームワークだ。
 1.まず病気についての信念、目標、価値観を聴く。そして、well-beingについての考えを聞く。そして、将来の希望についてじっくり聴く。たとえば透析中の希望は移植を受けて透析から離脱することかもしれない。なるほど、それはよい希望ですね。では、移植が受けられなかったらどうありたいですか?透析しながら今の生活を維持したい。なるほど、それはよい希望ですね、では、透析が無理になったらどうありたいですか…?
 聴きながら、痛みがないことだったり、家族がそばにいることだったり、孫の結婚式に行くことだったり、本を書き上げることだったり、いろいろな人生の目標や希望が見えてくるだろう。それをじっくり聴くことが大事だ。そのうえで、いつか来る死を前に、身体的にも精神的にもスピリチュアルにも安らかな「大往生」をどうしたら迎えられるか考えていく。
 2.しかしいきなり「どんな死に方」についてなんて、聴くのも聴かれるのも苦痛だ。だから、いままで誰か親しい方の最期を経験なさいましたか?そしてそれはどうでしたか?と聴く。人のことならいくらか話しやすい。すると、たいていは「あれは大往生だった、私もあのようでありたい」か「あれは可哀相だった、ああはなりたくない」というどちらかの例が挙がるものだ。
 3.そのうえで、生命維持治療について話をする。1.と2.がなければ、3.は空虚だ。もっとも、おおくの場合時間がないから急性期にいきなり3.をしなければならない(から医療者も家族の感情的にとても疲れてしまうわけだが…)。4.話をまとめる、5.ニーズをどう満たすか、ギャップをどう埋めるかについて考え、フォローアップ計画をたてる。
 私は、この話を透析室で患者さんが透析を受けているときに周りの患者さんもいる前でするのに抵抗を感じた。しかし、壇上の(米国、カナダの)演者たちに質問したら、意外にも透析室でやっているらしい。透析日でない日に来てもらい個室でやることもあるが、そのオプションを示しても患者さんが「透析中でよい」と言う場合が多いそうだ。「その話、今度わたしにもしてほしい」となることもあるという。
(注:後日フロアの人達とこの話をしたら、やっぱりプライバシーのない透析室でこの話をするのはawkwardという方が多かった。)

Geriatric Nephrology 9

 Advanced care planning(ACP)とは何だろうか?それは一回で決まるものではない、熟慮と話し合いで生まれる。一人だけのものではない、本人・家族・医療者・社会のなかで生まれる。死の話というより、いかに最期を送るかにフォーカスする。その結果、絆を深め、希望と与え、平安をもたらすことができる。
 ACPとは、どのようにsettingすればよいのだろうか。まずACPがとくに必要な患者をみつけ、ACPの準備が出来ているかを見分け、ACPを始めていく。すべてのCKD患者、もっといえばすべての人間にACPは必要だが、とくに必要な方から始めるのが現実的だろう。年齢、栄養状態、Charlson Comborbidity Indexの高い(50% 1-year mortality)、所謂Surprise QuestionがYes(CJASN 2008 3 1379)の方から。
 誰に話せばいいだろうか?患者さん本人であるべきだが、実際には患者さんに意識も理解力もあるときにこのような質問を始めることはあまりないのが現状だろう。だから、どうして突然にこのような会話を始めるのかを説明する必要がある。そうでなければ後で「話しにくいことでも悩んで答えを出しておけばよかった」と後悔することになるかもしれない。
 (注:Surprise Questionとは、この患者さんが透析を始めて一年以内に亡くなったとして驚くだろうか、透析前に自問する質問のことを言う。上記引用を参照のこと)
 

Geriatric Nephrology 8

 透析によって高齢(75歳以上)の慢性腎臓病患者が長生きするだろうか?海外データでは、しない(NDT 2011 26 1608)。では、透析をしないとは、どういうことなのだろうか?あなたはそれを説明できるだろうか?
 Supportive care、それは緩和ケアの専門家だけがすべきことではない。医師は検査を解釈するだけのためにいるのではない。痛みと症状を和らげ、悲しみと恐れをのぞき、苦しみを助けるためにいる。
 あなたは、患者さんと死について話すことが出来るだろうか?死に向かう人に、人生の最期を患者さんの望みに可能な限り沿って診療することが出来るだろうか?Mortalな存在である私達なのに、死は多くの場合「予想外の出来事」だ。前もって話すことは、ほとんどない(NDT 2012 27 1548)。
 「よき死」とは何だろうか?昔は、これは聖職者の仕事であり、家族や親しい者が関わってきた。しかしこの領域に必要な基本のスキルセットは、緩和科だけでなくすべての医師がもつべきだという主張が最近NEJMにあった(NEJM 2013 368 1173)。しかし、どんなスキルだろう?

Geriatric Nephrology 7

 DKD(diabetic kidney disease)で顕性アルブミン尿が出たら死亡率が倍になるし、GFRが下がったら10年死亡率は60%近い(JASN 2013 24 302)。それって、まずい。しかし、intensive controlは、usual careに比べてベネフィットがないにもかかわらず際だって低血糖が多かったので以前ほど薦められない。

 むしろ、昨年はKDIGOとADAが一緒に話し合い、「DKD患者のCKD進行予防にはHgbA1cを7%くらいにしよう」ということになった(AJKD 2012 60 850)。ADAはさらに、低血糖の心配があったりアグレッシブに治療する益が少ない場合にはHgbA1cを8%以下くらいでどうかといっている。

 実際、CKD3-4期のコホートを観察研究したらHgbA1c7-8%を底にした生存曲線が得られ、GFR 35ml/min/1.73m2を切ると血糖コントロールによるESRD予防が薄れていた(Arch Int Med 2011 171 1920)。

 DKD患者さんで浮腫が出たら、TZDクラスが入っていないか確認したほうがいい。Metforminの乳酸アシドーシスについては別に書きたいが、起こるし、FDAもCr 1.5mg/dl以上の人に禁忌としている。

 新規secretogogue(GLP1、DPP4)はどうか?Exenatideは長期フォローで腎不全患者にも使えるようだった(AJKD 2013 62 396)。DPP4は、それぞれGFR低下時の処方注意がある。SGLT2については前に書いた

Geriatric Nephrology 6

 血圧ゴールほど、ころころ変わるものもない。しかし知っておくべきは高齢化とともに脈圧があがる(SBPがあがり、DBPがさがる)ことだ。では、これらisolated systolic hypertensionをどうしたらいいのだろうか?加齢とともに血管が硬くなるのを、受け入れるべきなのか(NEJM 2007 357 789がレビューしているようだ)?

 多くのスタディは高齢者を除外しているから、この群についてモノを言う十分なpowerがない。SHEPスタディ、Syst-Eurスタディはどちらも高齢者を対象に収縮期血圧を下げ、脳梗塞についての美しいRRRを示した。しかし最近のSPS3(Lancet 2013 382 507)では有意差がなかった。一応、メタアナリシスでは75才以上の群で収縮期血圧を下げると死亡率は減らないが脳梗塞や心血管イベントは減っていたそうだ。

 85歳以上はどうか?有名なのはHYVETスタディだ(NEJM 2008 358 1887、実はCr >1.7mg/dlの群を除外している)。SBPを144mmHgにしてあげたら脳梗塞、all-cause mortalityが下がった(p=0.06)。しかし痴呆はどうか?Cochrane Meta-Analysisによれば、SBPを140-150mmHgにしても効果がなかった。

 腎保護はどうか?MDRDスタディでのBPターゲットは61-70歳群でMAPで98mmHg(SBPでだいたい145mmHg)以下だったことを思い出せば、71歳以上の高齢者で蛋白尿もわずかな場合に、SBPターゲットは145mmHg程度でもよいのではないか?まあデータはない。

 余りデータがない世界なので、現在SPRINTスタディが進行中だ。75歳以上のCKD(eGFR 29-59ml/min/1.73m2)で、SBP120以下と140以下というアグレッシブなスタディだ。結果がでるのを待とう。
 

Geriatric Nephrology 5

 RALSトライアルといえば、心不全におけるスピロノラクトンの有効性を美しく示したスタディだ(NEJM 1999 341 709)。そしてこのトライアルでもう一つ知られているのは、スタディを鵜呑みにして人々が薬を使いまくった結果、副作用がたくさん出た上にスタディほどの効果も出なかったというスタディを産んだことだ(NEJM 2004 351 543)。スタディは、その対象や使った薬の用量など、applicabilityに注意しなければならない。
 ひるがえって、いま私達が考えている高齢でco-mobiditiesの多いCKD患者はしばしばスタディから除外されている(高齢者がしばしばスタディで除外されていることについてのreviewはZulman JGIM 26 7 2011 )。また、CKDのスタディは多くの場合若く糖尿病で蛋白尿のある患者層を対称にしているが、私達が臨床で目にする高齢CKD患者には実は糖尿病もなく蛋白尿もない人が多い(Ann Int Med 2009 150 717)。
 そして、RRR(relative risk reduction)で表現されたスタディも、高齢CKD患者層の人たちでARR(absolute risk reduction)、NNT(number needed to treat)を見直すと効果がミニマルだったり、効果に差がみられる前に亡くなったりする。副作用が多かったり内服しなかったりするかもしれない(これを定量的に示した美しいスタディはArch Int Med 2011 171 923)。
 ここで、universal health outcomeという概念が紹介され(J Am Geriatr Soc 2012 60 2333)、興味深かった。血圧、血糖、認知、色々含めたということだろう。しかしそこに行く前に、個々のゴールについてみていくことになった。続く。
 

Geriatric Nephrology 4

 CKD患者のケアはsingle disease processでは済まず、貧血やら血圧やら骨やら多角的・集学的治療を要する。しかしそれに加えて、CKDの高齢者には老年医学的な視点が必要になる。つまり、彼らは認知、うつ、疲労・消耗、転倒、動けない、多薬など特有の問題を持っている。それについてどうしたらよいかは、米国老年医学学会の資料があるらしい(J Am Geriatr Soc 2012 60 E1)。
 それから、余命と余生について考えること。米国の余命データ(JAMA 2001 285 2750)。余生についてはこのスタディ(J Am Geriatr Soc 2005 53 306)が知られており、要は患者さんはLDLやA1cといった数字ではなく一人で暮らせることや自分で動けることをアウトカムに考えているということだ。
 またLife-space mobilityという新しいアウトカムモデルが興味深かった。ベッドから動ける、部屋から出られる、家から出られる、庭にいける、路上にいける、街にでられる、街から出られるというように移動できる範囲(とそれによる生活の違い)をアウトカムにしたもの。これを指標にしたスタディも出始めたようだ(AJKD 2013, in press)
 これらを含めて、高齢者のCKD診療はdisease-oriented approachからpatient-centered approachにシフトしつつあり(AJKD 2012 59 293)、これからも学会などで医療界・社会に啓蒙活動が進むだろう。それらを支える研究活動も盛んに行われているようだ。

Geriatric Nephrology 3(aka RFT)

 とはいえ、高齢者のCKDをモニターし予防するのが私達の役目だ。そのために何を知っておくべきだろうか?日本でも米国でも「自分の腎臓がどれくらい働いているか知っていますか?」と訊いて答えられた人は少ないが、私はΔeGFR/yrをCKD進行のsurrogateにしているし、どうやら今はそれでいいようだ。問題はどのeGFRを使うかだが、これは別のときに書く。
 ΔeGFR/yrでは、slope-based methodといってグラフで線を引く(これを演者はRenal Function Trajectory、RFTと呼んでいた)。ふつうはまっすぐ下がっていくが、AASKデータを見直したスタディによれば全員がそうなわけではなく、人によっていろんなパターンがある(AJKD 2012 59 504)。ほかのスタディでも同様だ。
 スロープを急峻に下げるうち、最も大きな要因はタンパク尿で、糖尿病性だろうが非糖尿病性だろうがタンパク尿量でmatchするとeGFR低下率には差がない。で、血圧がありACEIがありARBがあり、ONTARGETスタディがあり(ACEI/ARBのコンビネーション、蛋白尿は下がったがGFRが下がった)、禁煙があり食事がありアルカリがあり集学的治療がある。
 AKIはどうか?AKIを起こした後、そのまま透析になる人もいれば、AKIを起こしても回復して、何事もなかったように以前のCKD進行率に戻る人がいる。これがどうしてなのかはあまり知られていないが、これからこの群をよく調べなければならない。
 そしてメインのお話が、高齢者でのeGFR低下についてだ。まず、彼らのeGFR低下は少ない(1ml/min/1.73m2以下)。75歳のCKD4患者の余命は3-4年。85歳のCKD5患者の余命は1.5年。だから、CKD進行で彼らが透析になることは、よほど進行が早くないと余りない。むしろ、彼らが透析になるのはAKIを合併したときだ(JASN 2009 20 223)。だから、AKIの予防と、AKIになったときどうするかのadvanced directiveと議論が必要なのだろう(AJKD 2010 56 122)。
 

Geriatric Nephrology 2

 そのあと、KDIGO 2012を振り返った。CKDステージングは、人々に腎臓病のことがよく知られるようになったのは大きな功績だ。しかし、原因を分けていないし、とくに高齢者では「正常クレアチニン」でも年齢だけでCKDになってしまうなど問題もある。
 それで昨年はCGA(原因、GFR、アルブミン尿)を分類に取り入れた。だから今は「糖尿病性腎症CKDステージG4A2(A2とは、U-alb/U-cr 30-299mg/g)」とか言う。それからKDIGO 2012にはいわゆる「ヒートマップ」が載った。これはGFRとU-alb/U-crを加味した予後予測だが、患者さんが赤いゾーンにいたら腎臓内科に相談しよう、というふうに使えると学んだ。
 GFR低下やアルブミン尿は高齢者であっても予後に影響するが、その影響は若年層に比べると小さい。それに、たくさんのcomorbiditiesをもつ彼らで、all-cause mortalityが高くなったとしても交絡因子が多すぎる(BMJ 2012 345 e6341の美しい表によれば、5個以上)。

2013/11/05

Geriatric Nephrology 1

 今回、ASNの本会が始まる前の特別プログラム(Early Program)に参加している。フェロー時代は仕事があってこれに参加したくてもできなかった。テーマは、米国にいたときからの興味と、日本で働いてからの切実なニーズで選んだGeriatric Nephrology。
 本講座はこの分野の祖で昨年亡くなったDimitrios G Oreopoulos Memorial Programでもある(私は彼をアイオワ大学に呼ぼうとしてうまくいかなかったので、いまこの講座が取れて嬉しい)。まず老年内科医による導入はこんなだった。
 高齢者は慢性疾患を数多くもち、全部一生懸命(ガイドラインにしたがって)治療すればとても手間とお金が掛かり実現が難しい(JAMA 2005 294 716)うえ、アウトカムも変わらないかもしれない。寧ろ、薬の副作用など害のほうが多いかもしれない。
 ではどうしよう。一言でいえば「患者さんの特性と意見に合わせて、予後を考慮して、Aの治療とBの治療の相互作用を知って、不要な薬を減らし、つかえるお金と制度を活用する」…教科書的だ。で、何を目指しているのか?
 たとえば、インスリンを1日3回打って、どうする?老健で打てるか(打てない)?低血糖になるだけでは?それで転んだり認知機能が低下したりするかもしれない。指先を刺して血糖を計るのは手間だし痛い。他にも一日1回、一包化、合剤、減らすなど工夫があるだろう。
 それが老年医学の困難さで、アウトカムを設定しにくい。EBMは長生きに集中し、薬が長生きさせるかに注目しているから、このグループはしばしば除外されているし、このグループに同じスタディをすべきかも分からない。ただ、知っておくべきは平均寿命と、主要疾患群の平均寿命。そのうえで、残りの時間をどう過ごすかではないだろうか。

2013/11/03

発表準備の助け

 フェローの院外プレゼンがうまく行くよう、準備から発表までサポートする機会に恵まれた。いままで自分で全部やってきたから、人のを助けるのは新鮮な経験だった。理想的には発表する人が自分で作り、その努力を褒め、こうしたいという希望を尊重して、わらからない部分を教えてあげるのだろう(コーチングというやつだ)。
 しかし、今回はそれを許さぬ時間的な制約があったし、「どうしてもこのほうががうまく行く」という私の方向性を身につけてもらおうとしたので、専門家が聴いたらあきれるようなアプローチを採用した。すなわち、いつまでに何をどうしたらいいのか全て指示し、出来なかった場合は手伝った。
 これはこれで、新しいやり方や知識を効率よくインストールするには有効だったと思う。結果的に発表はどちらも成功(大成功)で、成功体験がさらなる成長と動機づけになった。これをうけて、より学習者主導で、教える側の負担も少ない方法を自分なりに作りたいと思った。手始めは、発表の準備についてのレクチャ。
 それから、今回の経験で自分に誇れることがあるとしたら、①発表者が緊張しないよう発表の最初を笑顔とtwo thumbs upで聴いたこと、②発表前に「大丈夫だよ、失敗してもいいから自分らしくやってごらん」とメッセージを伝えたこと、③発表までの間に「きっとうまくいく」と信じ続けたことだ。これらは続けていきたい。

2013/10/07

Pyridostigmine

 起立性低血圧で自律神経の不調が原因なら、あまりできることがないと思っていた。起立動作をゆっくりにするとか、寝ている間はベッドを少し起こして臥位高血圧を予防するとか、非薬物治療がメイン、と以前に読んだ文献にあったと思う(NEJM 2008 358 615)。クスリではα刺激薬のmidodrineくらいしか試したことはない。

 それが、最近ではpyridostigmineも試されていると知った。Pyridostigmineといえばコリン作動薬で重症筋無力症の治療に用いられる。それから、湾岸戦争の際に米軍兵士が化学兵器への曝露予防にこの薬を内服し、gulf war syndromeとよばれるコリン作動性の副作用が報告されたことも知られている。

 このpyridostigmine、いただいた論文(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2003 74 1294)によれば、交感神経の神経節前線維がアセチルコリンを放出してシナプスで節後線維のニコチン型コリン受容体に作用するのを(どういうわけか立位でのみ)賦活化するらしい。この患者数15人の小さなスタディでは効果があったという。

 また別の論文(Ann Pharmacother 2007 41 314)によれば、大動脈と頚動脈にある圧受容体の感度を上げるともいう。軸索が異常なら節後線維を刺激しても末梢effector(血管)に作用は現れないかもしれないが、圧受容体の問題なら効果あるのかもしれない。この文献がおこなったliterature searchによれば、その後もいくつかのポジティブなスタディがでたそうだ。

 Neurohumoral(神経・体液)とかneuroendocrine(神経・内分泌)とかいうように、血圧の調節には神経が重要な役割を果たしている。腎臓の調節にも神経が大事で、その大変難解な生理学をきわめて明快かつシンプルに応用した治療法が試されてもいる(ことは以前に書いた)。腎臓内科をしているとこうして色々な科領域と関わるから、興味が尽きない。


2013/10/03

代謝性アルカローシス 5/5

 代謝性アルカローシスの治療は、Cl-補充、K+補充、嘔吐に制酸薬(機序を考えれば病気の本態を治療している訳ではないが)、アルドステロン過剰(あるいはGRA、AMEなど)は腫瘍を摘出するなりdexamethasoneを使うなり抗アルドステロン薬を使うなり甘草を止めるなり。Liddle症候群ならamiloride…、と病態が分かっていれば思いつくのはそんなに難しくない。しかし、実行するのは難しいこともある。

 たとえばGitelmanやBartter症候群は大量に漏れるK+を補うのが本当に難儀だ。重度の非代償性心不全で利尿していたらK+喪失も多いしCl-も補えない。HCO3-を捨てようとacetazolamideを使うのも理にかなっているものの、副作用のK+喪失が激しくcounter-productiveになる恐れもある(こういうときはvaptanなのだろうか…?あるいは透析か)。Bulimiaだって隠れた利尿剤だって、精神的な治療は時間がかかるし難しい。

 ここまで代謝性アルカローシスをオーバービューした。あと、二次性変化(いわゆる「代償」)のこともあるが、以前触れたからいいや。尿細管の機能を新しい切り口で学べて楽しかった。それに、体液量とか腎外喪失とかアルドステロンとか、全身と腎臓とのダイナミックな関わりを体感するのもエキサイティングだった(このエキサイティングさは、尿細管アシドーシスどころではない)。

 代謝性アルカローシス、最高!!


2013/09/30

代謝性アルカローシス 4/5

 嘔吐でまず知っておくべきことは、胃液はH+(pHが2なら、10mEq/l)が多いのみならずNa+(60-90mEq/l)やK+(10-15mEq/l)が多く、それらと一緒に失われる陰イオンはほとんどCl-(100-130mEq/l)ということだ。だから、直感的に「嘔吐すると酸が失われるからアルカローシス」というのも間違いではないが、前述のメカニズムを振り返ると「嘔吐するとNa+とK+とCl-が失われるからアルカローシス」というのも正しい。

 それから、腎臓内科医としては腎外のCl-喪失に以下のようなものを知っておきたい。いずれも稀だが、①先天性塩素下痢(congenital chloridorrhea、腸のCl-/HCO3- exchangerが異常で塩素下痢になる)、②結腸の絨毛腺腫、③嚢胞線維症(CF)、④大量の(Na+とCl-が豊富な)回腸導管からの喪失、⑤胃の一部を使って膀胱形成した場合(Cl-が尿に分泌される)など。

 血圧が低くて、代謝性アルカローシスで、低K血症があって、嘔吐と利尿剤(と隠れた利尿剤とGitelman症候群・Bartter症候群と…)どうやって鑑別しよう。尿Cl-は利尿剤を使った直後なら高い。Gitelman、Bartterも常に尿にCl-が失われるから尿Cl-は高い。隠れた利尿薬使用を診断するのには、利尿薬のスクリーニング検査、と言うのもあるらしい。

 嘔吐している最中には体液量減少とCl-喪失によって血中のHCO3-濃度が上がり、腎臓でのHCO3-ろ過量が(近位尿細管で再吸収できないほど)増え、Na+を引き連れて捨てられる。したがって尿pHが高くなり、尿Na+が高い。遠位ネフロンに大量のNa+が届くことでENaCが活性化(体液量低下によるアルドステロン亢進もあり)し、K+が失われるので尿K+も高い。

 しかし、透析患者さんが嘔吐で重症の代謝性アルカローシスになった症例はいくらも報告されているが、Cl-喪失が無尿の透析患者さんで代謝性アルカローシスを起こすなんて変じゃない?以前にも取り上げたレビュー(AJKD 2011 58 144)は、Cl-喪失よりもH+喪失がメインと説明する。とくに消化管の閉塞などあれば胃が刺激されて、pHが1 = 100mEq/lに上がることもあるというから、そんなのを何リットルも吐いたら大変だ。

 さあさあ、盛り上がってきたところで、次は治療とかについて書く。

2013/09/27

代謝性アルカローシス 3/5(aka CDA)

 私が腎臓内科フェローになったばかりの頃、スタッフが「contraction alkalosisはもう古い、今はchloride-depletion metabolic alkalosisだ」と教えてくださり、NephSAPのeditorial(2011 10 91)をコピーして配ってくれた。そこには体液喪失によるアルカローシスはNaPO4によって戻らず、KClによって戻り、必要なのはNa+ではなくCl-と結論できる、とあった。それから、「そうなんだ」と実験結果を受け止めつつも分からないままにしていた機序が、いま少し分かった。

 そもそもcontraction alkalosisとは、ECFが減ってもHCO3-は減らない(Cl-が豊富な体液にはHCO3-が少ない)という前提で、要は「HCO3-が濃くなる」ということだ。そして、ECFが減ると(どういうわけか)近位尿細管でのHCO3-再吸収が増えて、代謝性アルカローシスが進行・維持されると考えられた。

 では、chloride-depletion alkalosis(CDA)はどういう考えなのか。最近のレビュー(JASN 2012 23 204)によれば、代謝性アルカローシスにとって重要だと分かってきた遠位ネフロン、そのなかでもβ介在細胞が鍵だ。Cl-欠乏で遠位ネフロンへのCl- deliveryが減って、β介在細胞がPendrinによってHCO3-を排泄することが出来ないから、代謝性アルカローシスが進行・維持される。

 これは、たとえNa+を補っていても、Cl-が欠乏するだけで起こる(Na+とリンクしていない)。また、ENaCによるNa+再吸収で起きた代謝性アルカローシスであっても、Cl-を補充してβ介在細胞からHCO3-を排泄しない限りは代謝性アルカローシスは改善しない(前回、PendrinがHCO3-を捨てたらENaCが活性化するとか書いたが、それでも結果的にはCl-補充で代謝性アルカローシスは補正される)。

 ここまで書いて、やっと次に代謝性アルカローシスの各論(嘔吐とか)を説明できる。


2013/09/23

代謝性アルカローシス 2/5(aka Pendrin)

 代謝性アルカローシスはENaCの活性化が根幹にあることを前回見てきたが、それは遠位ネフロンへのNa+ deliveryが増えることやアルドステロンのためばかりではない。ENaCは、代謝性アシドーシスで尿細管・間質のHCO3-濃度が高くなっても活性化する。

 これは、ちょっと考えると変なことだ。代謝性アルカローシスで血中HCO3-濃度が上がり、尿細管へのHCO3-が増えてENaCが活性化されれば、さらに酸排泄が増えてしまう。

 しかし腎臓にはアルカローシス時にHCO3-を排泄するβ介在細胞があり、その内腔側にはCl-/HCO3- exchanger、Pendrinがある。だから代謝性アルカローシスでHCO3-が増えれば、PendrinがHCO3-を内腔に捨ててくれる・・はずである。

 しかし、PendrinもまたENaCによって活性化されるという報告もある(JASN 2010 21 1928)。アルカリを捨てたら酸も捨ててしまうなんてcounter-productiveだ。このあたりのお話は前掲AJKD論文でも"evolving story"となっているから、今後分かってくるかもしれない。

 Pendrinは腎臓のみならず内耳と甲状腺細胞にある(甲状腺ではI-輸送をしている)。だからPendrinが異常なPendred症候群では耳と甲状腺疾患も合併するが、代謝性アルカローシスには必ずしもならない。

 それは人間の食事が酸ばかりでアルカリが少ないので、アルカリ過剰になることがないからと考えられている。しかし、そんなPendred症候群の患者さんも嘔吐などを契機に重度の代謝性アルカローシスになることはある(Eur J Endocrinol 2011 165 167)。

 Pendrinまで話して、やっとCl-が出てきた。このあと、代謝性アルカローシスにとって最も重要なCl-喪失、そして新しい(が難解な面もある)chloride depletion alkalosisの概念について書く。

2013/09/19

代謝性アルカローシス 1/5

 Renal Fellow Networkで薦められていた論文(AJKD 2011 58 626)を読み、代謝性アルカローシスという目でもう一度ネフロンを眺めて、尿細管イオン輸送の理解が深まった。H+排泄といえば以前に書いたNH4+の話と、α介在細胞の話がメインだが、そこで話は終わらない。

 近位尿細管では、H+がテレポーテーション的にクルクル回っている。まず内腔にH+が(NHE3、H+-ATPaseなどにより)出る。そのたびに、細胞内にHCO3-が(一度H2CO3になってから)CO2として入り、CO2が再び細胞内でHCO3-になるときにH+が作られる。だから、細胞から消えたと思ったらまた細胞に現れているわけだ。

 HCO3-のろ過量が増えると、近位尿細管でNHE3、H+-ATPaseが活性化する(H+が一層クルクル回る)。その結果HCO3-の再吸収が増えるので、これも代謝性アルカローシスが持続する原因の一つだ。またこの論文によればK喪失によっても(もしかするとendothelinの作用を介して)NHE3、H+-ATPaseなどが活性化するらしい。

 ヘンレ上行脚のNKCC2チャネルが異常だったり薬でブロックされたり(遠位尿細管のNCCチャネルも同様)すると、いくつかのことが起こる。下流の集合管にNa+が多く流れるのでENaCが働き、α介在細胞でH+-ATPaseが働きH+を排泄する。ENaCが働くと(たとえ低K血症があっても)ROMKとmaxi-K(尿細管流量依存チャネル)が開いてK+が失われる。

 K+喪失はα介在細胞のH+/K+-ATPaseも活性化し、さらにH+が失われる。それ以外にも、細胞内からK+を出す代わりにH+を細胞内にシフトさせたり、近位尿細管でのアンモニア産生を増やしたり、NH4+とNKCC2チャネルで競合してNH4+排泄を増やしたり、NKCC2チャネルを回らなくして集合管へのNa+ deliveryを増やしENaCを活性化させたり、さまざまな方法で代謝性アルカローシスを助長する。

 集合管の主細胞にあるENaCは、上流からNa+をたくさんもらって活性化するのみならず、アルドステロンによっても活性化するから、原発性アルドステロン症、GRAAMEなどはどれも代謝性アルカローシスになる。アルドステロンはα介在細胞にあるH+-ATPaseも活性化させることができるから、なおさらだ。長くなったから、続きは次回。


2013/09/17

PreCLOTスタディ

 「私は米国にいたので長期留置カテーテルからの透析経験があります」と言っても、自慢にも何にもならない。長期留置カテーテルは言うまでもなく感染や塞栓・狭窄のリスクがあるので出来れば避けたいブラッドアクセスだからだ。それでも、「長期留置カテーテルが詰まった時にt-PAをルーメンに30分留置したら再開通したことがある、何なら次の透析までロックしてたこともある、ルーメン内を充たすだけなので体内には入らない」と言えることが診療に役立つこともある。

 とはいえ自分でt-PAをカテ内に充填したわけでもない(オーダーしたら透析看護師さんがやってくれた)し、それについてのエビデンスを知るわけでもなかった。それが、いまいる職場の先生が「ヘパリンロック群と(週一回を)t-PAロックにした群でカテーテル塞栓リスクを比較したカナダのスタディ」を紹介してくれた(NEJM 2011 364 303)。まあ、予想されるとおり結果は週三回のうち一回をt-PAにしたら開存率が高く出血や感染の合併症率は変わらなかった。

 t-PAは高い薬だが、塞栓症やら菌血症やら起こした額もあわせるとずっと安くつくというのがこのスタディの売りだ(理解できることに、t-PAを売る会社がこのスタディに資金提供している)。留意すべきことは、透析の血流速度が少なくとも300ml/minと日本より高く、ヘパリンは5000単位/mlだったこと(日本では普通1000単位/mlだったはず)、それから、日本でそもそも長期留置カテーテルがとても少ないということだ。

2013/09/12

Focal pyelonephritis

 ほんとうに学ぶことは尽きないもので、いままでのトレーニングで「尿所見が正常なfocal pyelonephritis」なんて、正直聴いたこともなかった…。それで「どういうこと?」とClinical Comprehensive Nephrologyを読み返すと、focal pyelonephritisという言葉はなかったが腎膿瘍の項があった。そこには、症状が非特異的で熱だけなことも多いとはあったが、尿培養は陽性なような記載だった。しかし、孫引きした文献(Korean J Int Med 2008 23 140)によれば膿尿は約60%の症例にしか見られなかった。

 それからClinical Comprehensive Nephrologyを読んで、腎乳頭壊死(私はanalgesic nephropathyとしてしか知らなかったが、とくに糖尿病患者の尿路感染症に合併するらしい)、気腫性腎炎(糖尿病患者に劇症でおこる、閉塞を機転にすることもあるガス産生菌による尿路感染)、renal malacoplakia(単球系の殺菌能異常が関係した、主にグラム陰性桿菌の慢性感染による尿路の肉芽腫性変化)、黄色肉芽腫性腎盂腎炎(典型的には中年女性の繰り返す側腹部痛や膀胱症状で気付かれる、脂肪の蓄積したマクロファージが腎間質を置換する尿路感染)などの関連疾患を学んだ。

2013/09/02

Ophrologist

 新しい用語を生み出すことを英語でcoinというが、温泉を愛する人のことをネフロロジストに掛けてオフロロジストと言ったのは7年前の私の友達。その機知に、今更ながら脱帽である。さて、日本で温泉にいくと必ずあるのが湯の成分表だ。検体(温泉)1kgあたりの陽イオンと陰イオン量がmg、mval(mEqと同じ、ドイツ語milläequivalentの略)で記載されている。Naの原子量は23、Kの原子量は39、Clの原子量は35.5、HCO3の分子量は61だから、こんど温泉に行ったら原子量・分子量とmgとmEqの換算をいろいろして遊ぶといいかもしれない。

2013/08/29

antibody-mediated PRCA

 ESA-induced pure red cell aplasia(antibody-mediated PRCAとも)なんて正直知らなかった。CKD、透析患者さんがESA不応になったらまず考えるのは鉄欠乏と出血、その次がhepcidinなどが関与した鉄利用障害だと思っていたからだ。Handbook of Hemodialysisにも書いてあった覚えがない。どこにいっても学び続けられて幸せだ。
 前述の原因を除外あるいは治療してもなおHgbが急降下して輸血が必要なレベルになったら、antibody-mediated PRCAを覚えておかなければならない。レビュー(CJASN 2008 3 193)によれば稀だが起こる。抗ESA抗体は、抗体価が高く中和能力がある(bioassayで証明された)場合により診断が確定的で、なかでもIgG4が診断的という(NDT 2012 27 3892)。
 逆に言うと、ちょっとくらい抗ESA抗体(IgM、低抗体価のIgG、中和能力がない:ESAを使っていればそんな人はいくらもいる)があっても診断はできない。抗ESA抗体はそもそも検出が難しくELISAではfalse postiveを出してしまうそうだが、抗ESAIgG4抗体を高精度で検出するImmunoCAPを使った検査がこないだ報告された(Clin Vaccine Immunol 2013 20 46)。
 抗ESA抗体はESA、さらには内因のerythropoietinまでもcross-reactivityがあるので、他のESAに換えることは薦められないとある。ただしEprex®でPRCAになってdarbepoetin alfaにしたら治った腹膜透析患者の例はある(JASN 2004 15 2204)。これは2000年前後にでたEprex®に含まれていた添加物(polysorbate-80)のせいだったと言われており、Eprex禍などといわれる。いずれにしても本気で抗ESA抗体でPRCAになったら、ほかの薬剤性PRCAとちがってESAの中止で軽快することは少なく、免疫抑制が必要になりステロイドやダクリズマブ(humanized 抗IL-2Rモノクローナル抗体)、RTXなどが試されているが反応はまちまちだ。

2013/08/26

Board Prep

 MKSAP(medical knowledge self-assessment program)を読んで問題を解けばそれでよかった内科専門医試験とちがい、腎臓内科専門医試験は「みんながコレをする」というリソースがない。お金と時間があればASN Board Review Courseをライブあるいはオンラインで受講すればよいが、受講しない人も多い。

 それで、基礎の復習にはComprehensive Clinical Nephrology(重いが買うとオンラインでも読める)、NKF Primer on Kidney Diseaseを読む人が多い。腎病理はFogo先生のFundamentals of Renal Pathology(これもオンラインで読める)、電解質と酸塩基平衡はUpToDateの生みの親Rose先生の名著、Clinical Physiology of Acid-Base and Electrolyte Disorders(6版が来年出る)が薦められるし、私もこの二冊は必読と思う。

 NephSAP(JASNと一緒に来る隔月CME冊子)を読む人も多いが、最新エビデンスにフォーカスしすぎ内容もcontroversialで、基礎が学びにくいと言われる(すでに基礎のある、boardの更新者向け)。Brenner and Rectorは私は分かりやすいから好きな本だが、分厚すぎて内科のHarrisonと同じく試験対策には敬遠される。


2013/08/22

Nephrology Blueprint

 米国腎臓内科専門医試験は年に一度、秋にある。630分(休憩込み)のcomputer-based test、受験料は2300ドルで、合格すれば10年間有効だ。なお昨年の合格率は87%(first-takers)。さてこのほど、全内科の専門医資格の質を確保する機関、ABIM(American Board of Internal Medicine)から出題分野とウェイトが次のように発表された。
 
Na/水 8%
酸塩基/K 10%
Ca/P/Mg/石 4%
CKD 20%
高血圧 10%
尿細管/間質/のう胞病変 4%
糸球体/血管病変 12%
腎移植 10%
薬理学 8%
AKI/ICU 14%

 今年はCKDとAKI/ICUの比率が大幅に上がった。専門医だから一生に一度診るかという稀な疾患ももちろん知っておかねばならないが、この変化は日頃よく診療するCKD、AKI/ICUをより重視したものと推察する。さあ、どのように対策したものか?つづく。

2013/08/19

Live kidney donorと血圧

 生体腎移植ドナーが、腎臓が一個になって心配されるのが高血圧と腎機能低下だ。これを調べるのにいくつものobservational studiesが組まれたが、問題は誰と比べるかだ。というのもドナーはextensive screening testsをパスした、コミュニティで最も健康な人達だから、general populationと比較するとドナーのほうがアウトカムが良いということはよくある。だからといって、腎臓は一個のほうがよいということには勿論ならない。
 最近、この問題を解決しようとした論文(doi: 10.1053/j.ajkd.2013.01.027)がでた。コントロール群は、参加移植施設で簡単な検査(問診、バイタルサイン、血液検査)の結果ドナーになりうると判断された人達だ。最初はドナーの兄弟を対象にしていたが、数が集まらないのでその施設が見つけてきた人達なら誰でもよいことになった。
 とこう書いただけでも、ドナーとマッチしたコントロール群を納得いくように設定することがいかに難しいかが分かる。6ヶ月の観察で、ドナー群はコントロール群に比べて血圧に有意差がなく、様々な方法で計算または測定したGFRは20%程度低かった。長期データも継続して調べる予定らしい。
 このスタディは、米国の生体腎移植が減少に転じた文脈で、ドナーの健康上の懸念に対する安心材料として解釈されるのだろう。Organ Procurement and Transplantation Network(UNOSデータベース)によれば、米国の生体腎移植は2004年の6647件から2012年の5618件まで低下した。ただしこのスタディは被験者の約95%が白人だったので、他人種・ethnicityへのgeneralizabilityは低い。

2013/07/22

アンモニアと腎 2/2

 腎臓でアンモニアはどのような移動をしているか?まだ分かっていない部分もあるが参考文献(Advan in Physiol Edu 2009 33 275、Am J Physiol Renal Physiol 2011 300 F11)を参照に興味深い事実を中心に書く。簡潔に言うと、アンモニアは近位尿細管で作られ、尿細管内に出て、ヘンレ上行脚で再吸収され、間質を移動して遠位ネフロンで再び尿中に排泄される。

 近位尿細管で1分子のglutamineから2つのNH4+と2つのHCO3-が出来る。酸を排泄するにはHCO3-をNBCe1(Na+-HCO3- co-transporter)で間質に残す一方、NH4+を尿細管に捨てなければならない(NH4+が間質に残ると差し引きゼロになってしまう)。アンモニアがNH3として細胞膜を透過して尿細管に出るのか、NH4+として出るのか、NH4+はNHE3(Na+-H+ exchanger)を介して出るのか、詳しいことは分かっていない。

 ただNH3とNH4+の電離定数pKa'は9.15で、pH 7.4下にNH3はアンモニア全体の1.7%に過ぎないし、NH3には極性があるのでリン脂質の細胞膜をそれほど容易には透過しないかもしれない(vasa rectaにある尿素チャネルUT-BがNH3 gas channelでもあるという論文が最近でた、doi: 10.​1152/​ajprenal.​00609.​2012)。

 いずれにせよ、膜を透過したNH3は酸性尿のH+とくっついてNH4+になる。尿細管内腔にトラップされたNH4+は、ヘンレ係蹄上行脚でなんとNKCC2(とapical K+ channel)から再吸収される。というのも、NH4+とK+は大きさや電荷がほぼ同じだからだ。そして基底側のNHE4から間質に戻ると考えられている。

 間質のアンモニアは、永らくNH3分子として組織を漂流し、集合管を透過して内腔にたどり着きNH4+になると考えられていた。しかし最近になってRhBG、RhCGが発見された。RhBGもRhCGも赤血球上でRh血液型を決定するRhAGの従兄弟だが、これらは腎臓・肝臓・腸などアンモニア輸送に関わる臓器に発現している。

 腎集合管でRhBG、RhCGは酸・アルカリ排泄を司る介在細胞により多く見られ、内腔側にも基底側にもある。RhBG、RhCGがNH3チャネルなのかNH4+チャネルなのか意見が分かれ、今後の研究が待たれる(私には、NH3として内腔に出てH+をバッファーしているように思われる)。RhCGは慢性アシドーシスで酸排泄のニーズに応えて発現が増えるなど、調節メカニズムもありそうだ。

2013/07/18

アンモニアと腎 1/2

 我々は魚でないので、窒素老廃物をアンモニアのままにしておけない。1gのアンモニアを毒性レベル以下に希釈するには400mlもの水が必要だからだ(Journal of Experimental Biology 1995 198 273)。それで哺乳類は窒素排泄に尿素を用い、同時に尿素により腎の浸透圧勾配を形成し水保存を可能にしている。

 しかし私達はアンモニアに重要な役割を与えている。それは、酸排泄だ。H+をH+のまま尿に排泄するのには限界がある。尿pHを4まで下げても(血液・間質の約1000倍だ)0.1mEq/L、一日に1mEqも排泄できない。不揮発酸にbufferさせるのにも限界がある。それを越えた酸排泄は、NH4+で行われる(腎臓はNH4+をたくさん作ることが出来る)。

 Eastern Carolina UniversityのTejas Desai先生が主宰するNephrology On Demandの明快レクチャ10-minutes roundsでは尿細管を財布に例えて「H+(と不揮発酸)は現金、NH4+はクレジットカード」と説明する。支払うべきお金すべてを現金で財布に詰め込むのは不可能だから、大きなお金はクレジットカードで決済するというわけ。では、腎臓はNH4+をどのように産生・排泄しているのか?続く。

2013/07/15

Baking powder

 うちの腎臓内科(卒業したが)でbakeするのは私だけかと思ったらスタッフにもいて、leavening agents(膨張剤)のなかでもbaking powderの話になった。Baking sodaもbaking powderも見た目は白い粉だが、両者の組成はだいぶ異なる。ちなみに私はコーンブレッドを作るのにbaking powderと間違えてbaking sodaを使うという(文字通り)苦い思い出がある。
 Baking sodaは生地に酸を加えて膨張させるが、NaHCO3 + H+ → CO2 + H2O + Na+が直ちに起こるので生地を練ったらすぐさまオーブンに入れなければならない。それを解決するために、弱酸をあらかじめ混ぜておいて生地を練るのとオーブンで焼く二段階でCO2が出るように工夫したのがbaking powderだ。湿気に耐えるようでんぷんも含まれている。
 どんな弱酸が入っているのか?生地を混ぜた段階で働くのがtartaric acidやmonocalcium phosphate。オーブンで働くのがsodium aluminum sulfate、sodium aluminum phosphate、disodium pyrophosphateなど。というわけで、baking powderは隠れたリンの摂取源だ。アルミニウムというのも、腎臓内科としては気になる。
 というのも腎臓病患者さんはアルミニウム蓄積のリスクが高いからだ。もっともアルミニウムは効果的なphosphate binder(Ca×P bi-productが著しく高い例で短期にアルミニウムを用いることはある)なので、リンを吸着しているかもしれないが。ラットにビスケットを食べさせた実験データによれば食物含有アルミニウムのbioavailabilityは0.1%だった(Toxicology 2006 227 86)。

2013/07/11

皮膚と体液保持

 夏になれば汗をかく。発汗には体温調節の意味もあるが、その反面体液が失われているかもしれない。逆に言うと、汗を余りかかない人は体液貯留になりがちかもしれない。歴史を振り返れば、これを経験的に知った奴隷商人が航海を生き延びる奴隷を探すのに彼らの皮膚を舐めていた(塩気が強ければ体液喪失が多いと考えられた)という忌まわしい話もある。

 体液調節には腎臓だけでなく皮膚も関わっていることが徐々に明らかになっているが、先日JCIに新しい研究結果がでた(doi:10.1172/JCI60113)。皮膚の単球・マクロファージ・樹状細胞は塩負荷に対してTONEBP (tonicity-responsive enhancer-binding protein)を介してVEGFC発現を増やし、リンパ毛細管ネットワークを密にして塩を逃がす(受容体はVEGFR3)。

 この研究で興味深いのは、TONEBPノックアウトやVEGFR3を抗体でブロックした群に塩負荷すると皮膚間質のCl-濃度・量は増加したがNa+濃度・量は変化しなかったことだ。その意義は未だ不明だが、皮膚とCl-といえばCFTRもあることだし、今後の研究で「忘れられた電解質」などと言われることもあるCl-と体液保持の関係が明らかになるかもしれない。

2013/07/08

Uric acid and CKD

 CKDクリニックで議論になるのが痛風のない高尿酸血症の取り扱いだ。治療するべきか、しないべきか。言い換えれば、高尿酸血症はCKDとのマーカーなのか、増悪因子なのか。これは学界でも議論され、ここ一年で同じようなレビューが二つ(doi: 10.1093/ndt/gft029、ACKD 2012 19 386)でた。今私達はこれについて何を知っているのだろうか?
 Acute urate nephropathyという概念はあって、尿酸値が急激にとても高くなると(腎細動脈や間質の障害を介して)腎機能が悪くなる。動物実験でuricaseを阻害すると腎障害が起こるし、腫瘍崩壊症候群でも腎障害が起こるから多くの場合rasburicaseで尿酸を溶かして予防する(ヒトをはじめ霊長類にはなぜかuricaseがない)。
 いくつもの観察スタディが高尿酸血症とCKDの相関を示しているが、高尿酸血症がCKDの増悪因子かはまだ分からない。治療したい人は、スペインの小さなスタディ(CJASN 2010 5 1388)をよく引用する。eGFRが60ml/min以下で安定した113人のCKD患者を対象にしたこのスタディでは、24ヶ月のfollow-upでallopurinol 100mg/d投与群のeGFR declineが少なく(1.3 v. 3.3)、心疾患イベントも少なかった。
 ただし患者さんのmean 尿酸レベルは治療前で7.9mg/dlと軽度だったにも関わらずこの結果なので、尿酸を下げたせいなのかallopurinolによる独自の心・血管保護作用のせいなのか分からない。低用量のallopurinolには害があまりなさそうに思えるが、allopurinolによるStevens-Johnson syndromeは本当に起こるので、経験あるスタッフほどallopurinol投与に慎重だ。Febuxostatは尿酸レベルをよく下げるようだが、CKD進行や心血管疾患予防のデータがまだ余りない。
 なお私のボスは、高尿酸血症のCKD患者さんがいると「あなたには痛風や尿酸結石のリスクがある。しかし痛み止めのなかでもibuprofenなどは腎臓に良くないから気をつけて。それからERで間違ってもketolorac静注などもらわないよう、受診時はドクターにCKDのことを説明して」と注意を呼びかけていた。

2013/07/04

やっぱカルシウムでしょ

 Milk-alkali syndromeは歴史があり(1915年にシカゴのBertram Welton Sippy医師が始めた胃潰瘍治療Sippy dietの副作用が最初)、病歴で臨床診断でき、病態生理が多臓器にわたる興味深い疾患だが、実は高カルシウム血症の原因として悪性腫瘍、副甲状腺機能亢進症に続き三番目に多いとは知らなかった(Clinical Endocrinology 2005 63 566)。これは透析患者さんを除外したランキングだ(透析患者さんはphosphate binders、activated vitamin D、透析液のHCO3-などにより高リスク群)。

 といっても、Sippy dietが復刻ブームになったわけではない。理由は一つにはカルシウム(とビタミンD)補充が盛んになったためである。ことにpost-menopausalや高齢の方ではカルシウムのnet fluxがout of boneなので、カルシウムを大量摂取しても骨がreservoirになりにくい。もう一つには、この病態生理が広まるにつれミルクとアルカリ以外の症例にも広く適応されるようになったからだ。

 たとえば妊娠中は、placental lactogenやprolactinなどの影響で腸管のカルシウム吸収が高まり、悪阻などvolume depletionでmetabolic alkalosisと尿中カルシウム排泄低下をきたすので、GERD症状にカルシウムを内服して高カルシウム血症になることがある(JGIM 2011 26 939)。Betel nuts chewing(檳榔子を石灰と混ぜキンマの葉で包んで噛む台湾以南の東南アジアとインド地域の嗜好品)による高カルシウム血症なんてのもある(Tzu Chi Med J 2005 17 265)。

 これらを総して、Milk-Alkaline syndromeをCalcium-Alkali syndromeと改称しようという人もいる(JASN 2010 21 1440、Proc Bayl Univ Med Cent 2013 26 179)。JASN articleのタイトルは"GOT Calcium? Welcome to the Calcium-Alkali Syndrome"で、これは米国牛乳普及キャンペーン"Got Milk?(日本で昔やってた「やっぱ牛乳でしょ」のような)"のパロディだ。

2013/07/01

クンクンする腎臓

 私にとって腸管で興味深いことの一つは、それが無菌の水を吸収することだ。無菌の血液を受け取り処理する腎臓と違い、腸は魑魅魍魎な微生物達が跋扈する内腔からpure waterや栄養を吸収している。トランスポーターの選択性の高さと、細胞内の殺菌メカニズムが関与しているのだろう。

 さて私達と同居している億兆の腸内微生物達だが、実は彼らが私達の身体の働きに今まで知られている以上に多くの役割を果たしているらしいことが分かってきた。これは医学界だけでなく、昨年はThe Economist、今年はThe New York Times Magazineが特集したくらい関心が高い。

 私の知るところでは、5月に発表された論文(Nat Med 2013 19 576)が、L-carnitineを多く摂取していると腸細菌の構成が変わり代謝産物trimethylamine-N-oxide (TMAO)が多く作られ動脈硬化が進むことをマウスで示した。また血中L-carnitineレベルが高い(心疾患リスク群と考えられた)患者群のうちで、実際にリスクなのはTMAOレベルも一緒に高い群だけだったことも示した。

 さらに、先日のPNAS論文(doi: 10.1073/pnas.1215927110)によれば、腸細菌は私達の血圧までもコントロールしているかもしれない。腸内発酵により生じる短鎖脂肪酸レベルが血圧低下と相関することは知られていたが、この研究はさらに短鎖脂肪酸が腎臓のjuxtaglomerular apparatusにある化学受容体Olfr78を介しrenin産生を制御して、血圧を変化させていることをマウスで示した。

 話はこれで終わらない。なんとOlfr78とは、名前が示すように鼻腔の嗅細胞にある化学受容体(olfactory receptor、OR)と同じなのだ!つまり、腸管で細菌が作った短鎖脂肪酸が血中に入り腎臓に届き、腎臓はそれをクンクン嗅いでいるわけ。このグループによれば腎臓には少なくとも六つのORがあるらしい(PNAS 2009 106 2059)。

 [2016年7月追加]赤身肉とESRDの相関を調べたシンガポールのスタディ(doi: 10.1681/ASN.2016030248)がでた。結果赤身肉は量に比例してESRDと相関し、白身肉、魚介類、野菜たんぱくのリスク低減比が有意だった。食事摂取記録によるもので、交絡因子もあるかもしれないが、やはりTMAOか。

2013/06/28

手技のいろいろ

 スタッフに、フェローの間にICUで中心静脈ライン、透析カテーテル、肺動脈カテーテルの必要があると出かけて行って挿入するという仕事をしていた先生がいる。何百というカテーテルを挿入していろんな事を知っているから、superviseしてもらうといつでも何かちょっとしたコツを教えてくれる。例えばガイドワイヤーを抜去する時には鞘に収めると安全だとか、皮下組織が硬い人にscalpelをいれるときは皮膚に垂直よりガイドワイヤーの方向に沿わせるとその後でdilatorが入りやすい(透析カテーテルは太いから)とか。
 今いるところはICUが内科、循環器、外科に分かれているうえ透析カテーテルと挿入キットは入院透析ユニットにしかない(超音波は各ICUにあるけど)。だから今までカテーテルと挿入キットを透析ユニットまで取りに行きICUで挿入していたが、万一落としたりサイズが合わなかったりすると透析ユニットに戻らなければならなかった…。それを、同期のフェローが(カテーテル、キット、手袋、ガウン、drape、heparinなど全部入った)透析カテーテル用の手技カートを作ってくれて以来、これをコロコロ押していけば全部揃っているので楽チンだ。

2013/06/24

Embracing evolving technology 2/2

 TAHについて腎臓内科医が知っておくべきことは何か?まず、TAHは高率に腎不全をおこす。文献によれば透析を要する腎障害は20-30%(NEJM 2004 351 859)。個人的にはVADに多いpigment nephropathyより、ischemic ATNという印象だ。TAH自体のせいなのか、心不全が重症すぎるのかは分からない。
 腎不全予防に試されるのがnesiritide(BNP)だ。TAH患者さんは心室がないのでBNPを補充しようというわけだ。Virginia Commonwealth Universityのデータによれば術後GFRと尿量が有意に優れていた(J Heart Lung Transplant 2011 30 S96)が、このデータは患者数も少なく何ともいえない。現在phase 4 trialが進行中という。
 Volume評価には、通常のパラメターのほかに人工心室のfill volumeが重要だ。余りギリギリまで心室を血液で充たすと、人工心室は心臓のように伸びないのでひどいdiastolic heart failureになる恐れがある。通常、fill volumeは60ml以下に抑える。
 ちなみに、高K血症になっても、TAH患者さんには心室がないので理論上は致死性不整脈の心配がない。しかし、だからといってKを6、7、8mEq/lで許容することはないが(高K血症は全身の筋力低下もきたしうることは以前に紹介した)。

2013/06/21

Embracing evolving technology 1/2

 腎代替療法が確立されてしばらく経つが、今度は心代替療法が産声を上げている。Total Artificial Heart(完全人工心臓、TAH)はVAD(心室補助装置)と異なり右室も左室も除いてしまい、そこに気圧ポンプで血液を駆出する人工心室を入れる(J Biomechanics 2013 46 266)。胸骨から胸椎前端まで10cmはないと入らないし、胸腔に400mlもスペースをとる割にstroke volumeは最大70mlだが、cardiac outputは心拍数で補う(120-130/min)。
 人工心室を加圧するポンプは体外にあり、二本のホースでつながっている。ポンプと心拍数、fill volume、圧波形、心拍出量などをモニターするコンピュータはexternal driverと呼ばれ、旧式は戸棚くらいあるが新式は肩掛けカバンくらいだ。カバンなどと言うと心移植を前提としないdestination therapyを想像するかもしれないが、いまのところは重度両室心不全における心移植までのbridge therapyである。
 Wizard of OzのTin Woodmanを想起させる近未来の世界だが、現実の話である。すでにTAHは世界で1000例以上に挿入されている。VADにくらべてmortality、bleeding、strokeなどの面で成績が良いと考えられている(J Heart Lung Transplnat 2012 31 117)ことから、今後もTAHの挿入は増えていくだろう。さて、TAHについて腎臓内科医が知っておくべきことは何だろうか。続く。

2013/06/19

Urine microscopic exam

 米国腎臓内科は、ICUで診療チームがバタバタと治療しているときに「尿サンプルが必要です」と切り出し、サンプルを手にすると「では鏡検してきます」と去っていく。病棟の患者さんなら、挨拶するなり「ところであなたの腎臓で何が起こっているのか情報を得るために尿サンプルが必要です、少しでも良いのですが」という。
 まあこれはちょっと誇張で、尿サンプルを求める前に問診も診察もカルテレビューもすることが多いが、それくらい尿沈査が重要視されている。高K血症のAKIで緊急透析を求められたときに、bland(淡白)な尿沈査と病歴を盾に腎前性と信じて輸液だけで治したこともある。英国内科医Sir Robert Grieve Hutchison(1871-1960)のこんな引用句もある。

 The ghosts of dead patients that haunt us do not ask why we did not employ the latest fad of clinical investigation. They ask us, why did you not test my urine? 

 そんなわけで日々尿を鏡検しているが、こないだ経験あるスタッフからお洒落なテクニックを学んだ。検査室の器械は上皮細胞を白血球と誤認することがあり、白血球が10/lpfあるのにleukocyte esteraseが陰性ならその細胞は尿細管上皮細胞かもしれない。以来、鏡検でも有核で球形の細胞が白血球か上皮細胞か区別しにくいことはあり、意外と役立っている。

2013/06/17

Distal RTA

 Wake Forest大学から先生がやってきて講演した。この先生は私の尊敬する今は亡き恩師とUT Southwesternでフェローした腎臓生理学のもう一人の巨人で、ふたりは若い頃一緒に論文も出している(JCI 1979 64 1277)。体液過剰時の集合管によるCl-排泄にprostaglandinが関与しているという刺激的な内容だ。神が授けた互いに拮抗するRAAS系とprostaglandin/kallikrein系のうち、まだ謎の多い後者の作用の一つとして興味深い。

 前置きはさておき、講演は遠位RTAについてだった。不揮発酸摂取は1mEq/kg/dayといわれているが、これは米国食文化がsupersizingを迎える前の研究結果なので、高カロリー高タンパクの今はこれよりずっと多いかもしれない。この先生はtype 1 RTAをclassical(最初に見つかったから)、type 4 RTAをgeneralized distal RTAと呼んでいたが、私も「どちらも遠位では?」と思っていたので納得した。

 Classical distal RTAはtype A intercalated cellの異常によって酸排泄が出来ない。先天的には内腔側にあるH+-ATPaseのサブユニット(B1、A4;前者は難聴を合併する)、基底側にあるAE1(Cl-/HCO3- exchanger)、細胞質にあるCAIIの異常などが知られている。後天的な原因で有名なSjogren症候群ではH+-ATPaseが細胞質に閉じ込められて酸排泄が出来ない([2015年5月追加]CAIIに対する自己抗体も見つかっている、Am J Med 2005 118 181)。Amphotericin Bは、細胞膜に孔をあけてH+のback leakを起こすらしい。

 Classical distal RTAは酸が骨や筋肉(バッファー)を弱くし、先天性なら伸長障害、後天性でも骨粗しょう症などを起こし全身に影響が及ぶ。さらに骨から流れてきたCa2+が腎で結晶しnephrocalcinosisやnephrolithiasisを合併する。しかし、アルカリさえ飲み続ければ治療できる!Classical distal RTAの子供でHCO3-レベルを正常に保ったら、背が伸びた(JCI 1978 61 509)。先生は「Classical distal RTAは治すのに最もお金が掛からない病気だ」といっていた。

[2019年5月24日追記]上述の恩師とは故・John B. Stokes先生、Wake Forestから来たのはThomas D. DuBose Jr.先生。そして昨日、KSN 2019のレセプションで声を掛けたのも、たまたま遠位RTAの第一人者、NorthwesternのDaniel Batlle(「バティエ」のように発音する)先生だった。

 彼にDuBose先生の「もっとも安い病気」発言を紹介したところ、"Well・・・"と留保して、「治療があることと、治療を続けることは違う」という答えが返ってきた。アルカリは苦くてかさばり、子供はもちろん大人でも、続けるのは並大抵の容易さではないと。

 そして今日、彼の講演のなかで、こんな写真が提示された(NEJM 2008 359 e1)。




 上記症例は当時37歳の男性で、9歳に遠位RTAと診断されたが15歳で中断していたという。この時はCr 3mg/dlで、論文には「アルカリ治療で腎機能は安定している」とあるが、実際は10年あまりで透析になったそうだ(遠位RTAで腎機能低下が進行するのは稀)。

 Batlle先生が留保した時も、この症例が頭に浮かんだのかもしれない。やはり疾患は、診ていないとイメージがつかみにくい。直接診られれば一番だが、稀な疾患は、たくさん診ている人から話を聴くことも大切だ。

 筆者は正直、Batlle先生が第一人者だとは少しも知らずに声を掛けた。そうさせる親しみ深い雰囲気をお持ちだったのもあるが、KSNが交流を重視しており、人と人との距離が近かった。

 あるいは、これもまた縁なのだろうか?



 

2013/06/13

Thinking outside the box

 よい免疫抑制剤がない頃、腎移植後の拒絶反応に放射線治療が試されていたと知った。文献(Radiotherapy and Oncology 2005 74 17、Am J Clin Oncol 2006 29 551)によれば免疫抑制剤に不応の拒絶例でgraft survivalを改善したという。これらはまだOKT3、Alemtuzumab、Atgam®などを用いていた時代の話で、今ではその役割はほとんどないと思われる。しかし、thinking outside the box(意表をつくアイデア)と思った。

2013/06/08

時の流れと共に

 利尿剤の歴史について調べながら、あらためて高血圧治療の変遷について考えた。利尿剤の歴史は古く、西洋では塩化水銀が永らく浮腫(垂れ下がるのでdropsyと呼ばれていた)に用いられてきた(Modern Drug Discovery 2003 Feb 19)。しかし高血圧は、本態性と呼ばれるようにそれ自体治療せずともよいと考えられていた。それが、20世紀にはいり徐々に血圧と心血管疾患の関係が分かり始め、塩化水銀は副作用で使いにくい薬でもあり、1950年代に新しい利尿剤が開発された。

 最初に作られたのは抗菌剤sulfanamideを元に作られたacetazolamideなどのCA inhibitors。次に作られたのがthiazides(まずchlorthalidoneができて、加工してHCTZが作られた)。その後もさまざまな降圧剤が開発され、それまで降圧は臓器潅流を悪化させると考えられていた高血圧治療はこの100年の間に一変した。

 それでも脳だけは急激に降圧すべきでないと考えられて来たが、先日NEJMに脳出血のselected  populationに対する超急性期のaggressiveな降圧治療(1時間後のゴール140mmHg以下)がガイドライン(180mmHg以下時のみ降圧)に比べてmortalityに差がない、modbidityスコアは優れているというINTERACT2スタディが出た(DOI: 10.1056/NEJMoa1214609、INTERACT1はLancet Neurology 2008 7 391)。

 いまから60年も経ったら、今の最新治療はoutdatedになり、それだけならまだしも間違っていると証明されるかもしれない。大事なのは日々変わっていく治療についていく努力と、その時々にベストの知識と経験でベストと思う治療をしてそれが先につながっていくと信じることと思う。それから、どれだけ時代が変わっても変わらない医療の本質を離さないこと。

 [2016年6月追加]多国籍多施設ATACH-2スタディ(DOI:10.1056/NEJMoa1603460)の結果がでて、両群ともかなりアグレッシブに降圧している(24時間以内に120mmHg v. 140mmHg)が死亡などのprimary outcomeに有意差なし(数字上はインテンシブ群のほうが悪い)、7日目以内の腎障害(カルテ上からMedDRA;ICU国際医薬用語集の用語をピックアップしたもので、詳しいことはわからない)はインテンシブ群で有意に悪かった。


2013/06/06

Dysnatremia in the ICU

 ICUでNa+が基準値より低い、あるいは高い群はNa+が基準値の群に比べてmortalityが高いと聞いても驚かない。ICUでNa+が基準値内であっても、6mEq/l以上の変動がある群は変動がない群に比べてmortalityが高いと聞くと、「ほう」とは思うがそんなに驚かない。
 先日のjournal clubで議論に提示された、ドイツの外科系ICUが調べた論文(Crit Care Med 2013 41 133)の結論だ。驚かないのは、dysnatremiaとNa+ fluctuationは重症度のマーカーだと推察されるからだ。実際Na+異常群は正常群に比べてSOFAスコアが高く、ICU滞在日数も破格に長い。
 このスタディでは高Na血症のほうが低Na血症よりmortalityが高かった。高Na+血症で想像されるのは①脳外科手術で脳圧低下に3%食塩水を用いている、②肺水腫で利尿剤を用いている、③蠕動低下で経口が遅れfree water不足、などだが、論文にはこれらの情報が一切ない。
 腎臓内科コンサルタントとして、ICUのNa+異常をどう治療すべきか?この手のretrospective studyはこの問いへの答えを与えない。腎臓内科医がいかなる手段を使っても術後のNa+を140mEq/lぴったりに保ったらmortalityが下がった!という前向きスタディがでれば別だが。今は、高Na+血症はmortalityよりも喉が渇くので治療している。

2013/06/03

LCMV

 輸血でも臓器移植でも、donorからrecipientに感染症が伝播する可能性は常につきまとう。臓器移植はrecipientが免疫抑制されているので尚のことだ。その一つに、稀だが報告されているのがLCMV(lymphocytic choriomeningitis virus)だ。
 LCMVはげっ歯類を宿主にもつArenaウイルスの一種で、ヒト→ヒトでは垂直感染が知られている。しかし、同一のdonorから臓器移植された複数recipientsが感染したclusterも何件か報告されている(NEJM 2006 354 2235、Emerg Infect Dis 2012 18 1256)。いずれも移植直後で免疫抑制がピークの時期に起こり、致死率が高い。
 いまだ確立された治療法はないが、MMFを早期に減量した例とrivavirinを受けた例が生存した。Donorのほうは症状もなく潜伏感染で、RT-PCRやserologyも必ずしも陽性にならない。CDCがスクリーニング方法を検討しているらしい。

2013/06/01

愛の酸塩基平衡

 以前に酸塩基平衡に関連して「愛する者の寝息がどうこう」と書いたが、愛と酸塩基平衡の新たなつながりを知った。といってもゲーテの『親和力(Elective affinities)』(1809年)のような、H+とA-が惹かれあってどうこうという話ではない。母の愛の話である。

 妊娠中はprogesteroneの働きで下部肋骨靱帯が弛緩して胸郭が開き横隔膜が挙上し、tidal volumeは増加する。これによりお母さんのpCO2は赤ちゃんのpCO2よりも下がり、pCO2勾配に従って(産まれてオギャーと泣くまで肺が閉じている)赤ちゃんのCO2はお母さんの血中に運び去られ、お母さんの肺から除かれる。

 腎臓は、呼吸性アルカローシスを代償することで母の愛をサポートしている。それでHCO3-が腎に捨てられるので尿pHが高くなり、血液中のHCO3-は18-21mEq/lに下がる(Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol 2008 22 801)。これらは正常な所見なので、覚えておこう。

2013/05/30

Sorry FENa

 Josephineとは女性の名前(男性はJoseph)で、これをラテン系にするとJosefinaだ。米国のミネラルウォーターブランドAQUAFINA®は、aqua(水)にfinaを付けて親しみやすくしているわけだが、FENa(Fractional Excretion of Na)を「フィーナ」と呼ぶのも、何でもかんでもニックネームにしたがる米国英語らしい。

 さてフィーナには悪いが、腎臓内科を勉強するほどその限界が目に付いて、私はこれを一応計算するがあまり依存しなくなった。この指数は乏尿性腎不全のごく小規模なスタディでしかvalidateされておらず、多くの場合misleadingなのだ(CJASN 2012 7 167)。今日はFENaにまつわるいくつかの点を指摘したい。

 一つは、いま元気にしているeuvolemicなあなたのFENa。あなたの腎臓はあなたが一日に摂取する9gの塩のほぼ全てを排泄する(これを利用して心不全における食塩摂取量とmortalityのJ-shapeな相関を示したスタディについて前に書いた)。9gの塩には154mEqのNa+が入っている(生理食塩水1Lと同じ)。あなたの2L/dの尿Na濃度は77mEq/L。あなたの血液Na濃度は、ADHのおかげで140mEq/L。

 あなたのUcr/Pcrはいくら?Ucr/Pcrは水再吸収の指数だ。ろ過されたクレアチニンは再吸収されない(何なら尿細管から少し排泄される)のに、水はほぼ99%再吸収される。だから、健康な腎臓ではUcr/Pcrは1/(1-0.99)、まあ100といっていい。だから、健康なあなたのFENaは77/140/100、0.55%。でもあなたは腎前性腎不全じゃない。

 もう一つは、たとえ尿細管の機能が落ちてもFENaは多くの場合に腎前性を示すこと。たとえば虚血に弱い近位尿細管機能が落ちて水再吸収指数Ucr/Pcrが40まで下がったとしよう。それでも(血液Na濃度が140mEq/Lとして)尿Na濃度が112mEq/Lを超えないとFENaは2%に達しない。

 実際に、尿Na濃度が60mEq/lあり、尿沈査で顆粒円柱が出ているのにどういうわけかFENaが腎前性を示す、というようなことは良くある。それなのにFENaを信じると、尿細管機能が落ちているのに「pre-renal、pre-renal」と輸液してvolume overloadになってしまうかもしれない。何事も金科玉条にせず限界を知って活用し、総合的に判断しろということか。


2013/05/27

Levamisole

 Renal Grand Roundで後輩フェローが、スリルとサスペンスのある素晴らしいstory tellingで聴衆を惹きつけ、知られていないが知っておくべき内容を情熱と自信をもって話した。メッセージは「耳朶、鼻先などの壊死・出血斑、腎炎、無顆粒球症、それに広汎な自己抗体陽性(なかでもMPO-ANCA・PR3-ANCAの強陽性)を見たらtainted-cocaine induced renal vasculitisを疑え」というもの。
 Cocaineは様々な腎疾患を合併するが、ここで問題になるのはbulking agentとして混ぜられるlevamisoleだ。Levamisoleは駆虫薬として競馬界で用いられていたが、代謝産物がaminorex様の向精神作用を持つため使用が禁止された。しかしlevamisoleは白く、cocaineが純正かを試す試験(俗に言うbleach test)をパスするため、現在米国で手に入るcocaineの70%以上にlevamisoleが入っているとされる。
 Levamisoleはimmuno-modulatorで、Mayo Clinicのレビュー(Mayo Clin Proc 2012 87 581)によればANA、ANCA、dsDNA、lupus anticoagulant、anti-human elastase antibodyなど広汎に自己抗体を惹起する。もっとも、このように広汎な自己抗体陽性パターンはlevamisoleだけでなく、その他のdrug-induced vasculitis(hydralazineなど)でも見られるらしい。MGHの報告(CJASN 2011 6 2799)ではMPO-ANCA、PR3-ANCAが強陽性だった。
 Levamisoleをどのように検出するか?半減期が短い(6時間、cocaineは48-72時間)ので通常の尿検査では見逃すことがある。Mayo Clinicはgas chromatography/mass spectrometryを用いているらしいが。Drugの入っていた袋やパイプ、sniffingに用いられた紙幣などを検査に出すのも方法の一つらしい。Cocaineの最大消費国(500万人が使用しているというデータも…)米国ならではの話だが、drug-induced vasculitisの一例として覚えておきたい。

2013/05/25

Light chains

 Light chainにはKappaとLambdaの二種類あり、それを初めて示したDr. KorngoldとDr. Lapiriの業績を讃えて名づけられた。この二種類はアミノ酸の数こそ220と同じだが、variable regionの構成など微妙な違いがある。それで腎臓についていえば、κのほうがろ過されやすく尿細管障害(Fanconi、近位尿細管RTA)やlight-chain deposition disease(いまではheavy chainも合わせてmonoclonal Ig deposition disease、MIDDと総称するが)を起こしやすい。それに対してλはアミロイドーシスを起こしやすい(KI 2011 79 1289)。おおまかな傾向で、絶対ではないが。

 [2013年6月追加]serum free light chain(FLC)といえばmonoclonalなものが注目されてきたが、polyclonalなFLCが腎機能と相関するというデータもある(CJASN 2008 3 1684)。ただ腎機能が悪いとFLCがfilter、排泄されず血中に溜まるという話もあるから、因果関係はまだ分からない。

2013/05/23

Water-soluble vitamins

 水溶性ビタミンは透析で抜けるから補充する。Nephrocap®、Nephrovite®など各種水溶性ビタミン剤があり、いずれもビタミンB群、葉酸、ビタミンCなどを含む。この話を初め私は先日の投稿に関連し「原尿中にろ過された水溶性ビタミンは近位尿細管でmegalin、cubilinなどによるreceptor-mediated endocytosisで再吸収されるのと対照的だ」という文脈でしようと思ったのだが、違う文脈ですることになった。
 というのも、水溶性ビタミンの補充が世界中どこでも行われているのかと思ったらそんなことはないのかもと知ったから。DOPPS I(AJKD 2004 44 293)によれば米国以外ではほとんど処方されていなかった。もっとも10年以上前のデータを分析しているので今は変わったのかもしれないが。こちらではマニュアル(Handbook of Dialysis 4th Ed. 2006)にも載っているくらいで信じて疑わなかった、何事も調べてみなければ分からない。
 水溶性ビタミンが透析で失われるのは本当で、high-fluxで長時間すれば尚更だ(Hemodialysis International 2011 15 30)。補充しないでWernicke encephalopathyになった例もある(Clin Exp Nephrol 2006 10 290)。交絡ばかりだが、DOPPS I分析ではビタミン補充のない患者さんに緩いmortalityの相関が見られた。害もないし、食事でよほど大量に摂っているのでもなければ補充したほうがよさそうだ。

2013/05/20

あの人もこの人も腎臓内科 2/2

 Gatorade®は米国で最もよく飲まれているスポーツ飲料である(二日酔い予防に効くという噂もある)が、これが運動時の体液バランス維持のために作られた以上、やはり背後に腎臓内科医の存在を疑う。果たして調べてみると、生みの親、フロリダ大学のRobert Cade博士は腎臓内科医だった。もう広く知られているかもしれないが、Gatoradeとはフロリダ大学フットボールチームGatorsに、-ade(レモネードなど、飲料を表す接尾辞)を付けた名前だ。これを飲み始めてGatorsの成績が(それこそ昔のCMでコーンフレークを食べた子供のように)大躍進して全国に広まった。



2013/05/17

あの人もこの人も腎臓内科 1/2

 更新可能で、検索可能で、どこからでもアクセスでき、referenceにリンクですぐ飛べ、知識や経験を幅広く共有できるブログは、新しい効果的な学習ツールと信じている。そして、そう信じているのが私だけでなく、殊に腎臓内科にたくさんいることに勇気づけられる。

 たとえばRenal Fellow Network日米腎臓内科ネットなどは有用なリソースだし、実はあのUpToDate®も腎臓内科医でHarvard臨床教授のBurton Rose先生によって始められた(eAJKDでも活躍しASNの月刊新聞Kidney NewsでDetective Nephronを不定期連載する腎臓内科医Kenar Jhaveri先生の個人ブログNephron Powerで知った)。

 これらの多くはnon-peer review publicationであるから、質の高さと意見の偏りが問題になりうる。しかし、書き手はできるだけ正確に書いてreferenceをつけるし、読み手もそのつもりで鵜呑みにせず疑問があればreferenceにあたれば良い。これからこのメディアと共に、自分も成長し周囲にも何か貢献できればと考えている。


[2020年4月27日追記]バートン・D・ローズ先生が、4月24日に逝去された。長年アルツハイマーと闘病されていたそうだが、死因はCovid-19の合併症という。冥福をお祈り申し上げる。


出典はこちら


 筆者は先生に会ったことはないが、受けた恩恵は計り知れない。UpToDate®はもちろんだし、先生の著書"Clinical Physiology of Acid-Base and Electrolyte Disorders"(写真は5版、お持ちの方も多いだろう)は、フェロー時代に輪読会をした。




 筆者の担当は「ADHと水」だったが、800ページ以上の大著を前に後ずさりしたのを覚えている。しかし読んでみると、ウロコが落ちる連続だった。なかでも、「尿量は溶質量とADHの効きの2点で規定される」は今でも忘れられない(写真は当時のスライドより)。




 先生自身はブロガーではないが、オンライン媒体という点では共通しており、このブログも言ってみれば先生の真似である。それで筆者は、ブログを書く理由を尋ねられるたびに、いつでも誇らしげにローズ先生を例に挙げてきた。

 
 それは、これからも変わりません。先生、ありがとうございました。今後も学び続けます!



こちらを元に作成)



2013/05/10

ナノテクノロジー

 コンサルトにいると次から次に学ぶことがあり、やはり臨床からは離れたくない。ある日primary teamが「MRI with/without contrastしたいんだけど、透析の前と後どちらがいい?」と尋ねるので「前も後もダメでしょ、というかradiologistがさせないと思うけど」と答えたら「え、でも先週もしたよ?」という答え。

 調べてみると果たして、ferumoxytolが用いられていた。これはultrasmall superparamagnetic iron oxides(USPIOs)と呼ばれるナノ粒子酸化鉄の造影剤だ。大きさは30nm程度で、異常な脳血管バリアを越えてT1、T2弛緩時間を短縮させるので造影効果があるらしい。そのあと鉄はGdと違い脳間質でastrocytesなどに取り込まれる。

 Astrocytesに限らず、鉄はMRI検査のあと全身の網内系に取り込まれて造血に用いられる。そもそもferomoxytolはCKDの鉄欠乏のために開発され用いられていた位だ。2009年にGdのfuture alternativeとして雑誌に紹介された(KI 2009 75 465)とは知らなかったし、もはや身近に用いられているとも知らなかった。

 [2017年7月追加]日本腎臓学会のガイドラインはeGFRが30ml/min/1.73m2未満で他の手段に「代替えすべき」(長期透析が行われている終末期腎障害、急性腎不全についても同様と)、30以上60未満で「利益と危険性とを慎重に検討」したうえで決定し、つかうなら必要最小量が望ましい、としている。

 代替えすべきだけれど使わざるを得ない時には、NSFをよく起こしたことが知られているものを避けるべきともしている。「Gadodiamide(Omniscan®)に最も報告が多く、次いでGadopentetate dimeglumine(Magnevist®)に報告が多く、Gadoteridol(ProHance®)、Gadoterate(Magnescope)によるNSF発症の報告はほとんどない」という(こちらも参照のこと)。


2013/05/07

Furosemide use in the Derby

 先日は米国競馬の三大レースのひとつKentucky Derbyが行われた。ダートが泥々で混戦だったが最後にはOrbという馬が勝った。Kentucky Derbyは1870年代から続く歴史あるレースで、観客はドレスアップ(女性はつばの広い帽子をかぶる)し、Kentucky whiskeyで作ったMint Julepを飲むなど特別な慣習がある。

 ところで、競走馬は心肺機能の極限を追求するし、大地を蹴るたび気道が強い衝撃を受けるので、どうしてもEIPH(exercise-induced pulmonary hemorrhage)が起こりやすい。それで米国の多くの州では1970年代からfurosemide 350-500mgがレース前に静注されている。というか、このpracticeはKentucky Derbyで始まった。

 しかしこれにはEIPHの予防という意味もあるが、馬のperformanceを上げるという意味もある(軽くなるから)。低K血症、Ca2+喪失も心配される(レース翌日にカルシウムを注射するらしい)。それで、禁止している国も多いし、米国競馬界でもfurosemide禁止と容認で議論が続いている(New York Times Horse Racing Blog 2012/5/5)。

2013/05/06

EGF and Mg

 マグネシウムを愛する人が訪れたい場所でまず思いつくのはギリシャのThessaly地方にあるMagnesiaであろう。ここで取れる滑石、Mg3Si4O10(OH)2がmagnesiaと呼ばれたのがマグネシウムの語源だからだ。

 そして、もう一つ訪れたいのがEnglandのSurrey地方にあるEpsom。ここの泉から湧く水はMgSO4を多く含み苦く、水気を抜いたEpsom saltという粉が医薬品として昔から売られていた。もっとも今では当時の面影はほとんど残っていないらしいが。

 前置きはさておき、マグネシウムについてまた学ぶ機会があった。それは、血中マグネシウム濃度はPPI、calcineurin inhibitorsなど様々な薬の影響を受けるが、ほかに分子標的抗がん剤EGFR inhibitors(のなかでもcetuximabとerlotinib)もあるということ。

 これは、EGFが遠位尿細管でEGFRに結合してMgチャネルTRPM6発現を増やしMg再吸収を増やすからだ。それをブロックするEGFR inhibitorを投与すれば尿中Mg排泄が増えて低Mg血症になる(Clinical Science 2012 123 1)。

 それから、マグネシウムとは関係ないがEGFR inhibitorのcetuximabがネフローゼ症候群を起こしたかもしれないという報告を知った(DOI: 10.1177/1078155212459668)。分子標的抗がん剤のなかでは他にVEGF inhibitorのbevacizumabが蛋白尿とネフローゼのリスクを上げる(JASN 2010 21 1381)。

 VEGF inhibitorの方は、なんとなく「VEGFって言うくらいだからそれをブロックしたら糸球体の内皮細胞異常が起こるのかな」と想像されるが、原因ははっきり分かっていない。Thrombotic microangiopathyの報告もあるようだ。


[2020年3月25日追記]上述のEpsom(エプソム)は、元々からして地名である。Epsom Downsと呼ばれる丘陵に位置し、その地盤はほぼ100%が石灰岩の一種、白亜(chalk)だ。泉から湧くのが硬水なのもうなずける。

 ハイキングに最適のようで、ロンドンの街並みも望める(写真)。またエプソムは、英国で最も格式の高い競馬場の一つ、Epsom Down Racecourseがある(ダービーとオークスの舞台)。


出典はこちら


 いっぽう、硫酸カルシウムの英語は、gypsum(ジプサム)。エプサムと語感が似ているが、こちらは地名ではない。ギリシャの自然哲学者・博物学者のテオプラストスが名づけたそうだ。「ギプス」の語源でもある。

 ジプサムの結晶は、岩の空洞内部に生えるように産出することがある。こうした岩を晶洞(geode)というが、世界最大のものはスペイン南部のプルピ晶洞だ(写真)。1999年に元鉱山で発見され、2019年8月に一般公開された。


出典はこちら


2013/05/03

Receptor-mediated endocytosis

 通常アルブミンはどれくらい糸球体ろ過されるか?「全く無い」と言う人から「全てろ過して全て再吸収される」という人までいて論争があることは前に触れたが、今度は「少しろ過され(約3g/24hr)近位尿細管で再吸収される」という人達に会った(Eur J Physiol 2009 458 1039)。

 なぜ彼らはそういうのか?それは、近位尿細管にアルブミンを回収する仕組み(receptor-mediated endocytosisという)があるからだ。megalinとcubilinというタンパク質があり、彼らは内腔に伸ばした細胞外ドメインによって小分子量タンパクなど様々な溶質を捕まえることができる。

 捕まえたあと細胞内に取り込むendocytosisに関係するのはOCRL1(細胞膜分解酵素)、V-ATPase(H+ pump、小胞内腔を酸性にする)、CLC5(1H+/2Cl- exchanger、小胞内腔へCl-を流し電気的中性を保つ)など。CLC5の異常でDent's disease 1、OCRL1の異常でDent's disease 2またはLowe syndromeになる(Pediatr Nephrol 2011 26 693)。いずれもX-linkedだ。

 Dent's diseaseではアルブミンの他にも様々なpeptidesが尿中に失われる。なかでもPTHが再吸収されないので、これが下流の尿細管内腔にあるPTH受容体を刺激し、高リン尿(NaPi-2a transporterが引き上げられリン再吸収が低下)とvitamin Dの活性化、高Ca尿が起こると考えられている(J Physiol 2007 578 633)。高Ca尿はHCTZで緩和できる(遠位尿細管のTRPV5ではなく近位尿細管でのCa再吸収を促進する、JCI 2005 115 1651)。

2013/05/01

White coat

 三年前にいまの病院に面接を受けに来たとき、白衣を着ない先生が多くて(米国東部から来た私は)「いいのかな…」と思った。今は、私も白衣を着ていない。このあいだ外来患者さんが「あなたは白衣を着ていないからいい、白衣高血圧の心配がないね」と言った。白衣高血圧は必ずしも白衣のせいではないが、患者さんがリラックスできたならよいか。
 さて、高血圧は症状が出ないのでsilent killerなどと呼ばれるが、腎臓病の進行を押さえるのにも血圧のコントロールは非常に重要だ。しかし外来の血圧と家の血圧が違うことがよくあり、外来のほうが高ければ白衣高血圧、外来のほうが低ければmasked hypertensionと呼ばれる。どちらも心血管系イベントに相関する(J Hypertension 2007 25 1554)から発見して治療が必要だ。
 もう一つ見逃せないのが夜の血圧で、昼間より血圧が下がらない人をnon-dipper、逆に血圧が上がる人をreverse dipperと呼び高リスク群だ。降圧薬を一つ就寝前にswitchするだけで心血管系リスクが下がる(adjusted HR 0.31、95% CI 0.21 to 0.46)という論文が出て(JASN 2011 22 2313)、adjusted HR 0.31は話がうま過ぎるにせよ降圧剤の一部を就寝前に処方する診療はもはやメジャーと思う。

2013/04/29

Secondary response

 日々「学ぶのを止めたら縮む」という恩師の言葉を思い出し戒めているが、最近は米国のみならず日本の先生方から学ぶ恵みもあり、ありがたい事だと一層盛り上がっている。それで先日は、代謝性アルカローシスの呼吸性代償について教わり、かつ二次的に自分でも少し調べる機会を得た。

 まず読んだのは健康な被験者に重曹とethacrynic acidを与えて代謝性アルカローシスを起こし、様々な血中HCO3-濃度における呼吸を調べた研究(Chest 1982 81 296)。被験者の一回換気量が下がりHCO3-が1mEq/lあがるごとにpCO2が0.7mmHgあがるプロットデータが示された。

 どうして一回換気量が下がるのか?諸説あるが呼吸生理のレビュー論文によれば延髄の中枢化学受容体が感知する組織[H+]、頚動脈洞の末梢化学受容体が感知する動脈[H+]が関連しているらしい(Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 2009 296 R1473)。[H+]が低下すれば呼吸ドライブが下がり、[H+]が閾値を越えて下がるとついには化学受容体による呼吸ドライブはなくなる。その閾値は中枢で28nmol/L(pH 7.55)、末梢で34mmol/L(pH 7.46)という。

 末梢化学受容体は酸素分圧も感知しているし、正常pHであれば低酸素は言うまでもなく大変強力な呼吸ドライブだ。しかしこの論文によれば、閾値以下の動脈[H+]は低酸素による呼吸ドライブ刺激をoverrideすると言う。信じがたいが、実際に重度の代謝性アルカローシスに低酸素を合併することはままある(見つけたのはAnn Int Med 1972 77 405、いただいた第一人者によるレビューはAJKD 2011 58 144)。

 それにしても、代謝性アルカローシスが低酸素による呼吸ドライブをoverrideするなんて話を読むと代償のイメージが変わる。もはや「代償」ではなく「アルカローシスの毒が回る」という印象だ。いただいたレビューで「代償」の代わりに「二次性応答(secondary response)」と書いてあったのにも納得した。


2013/04/26

ESRDと認知機能

 先日はTufts大学から先生が来て『慢性腎疾患と認知機能』という講演をした。認知機能低下は、腎に限らず慢性疾患が進行すれば付随するだろう。だからESRDに認知機能低下が潜在していると聞いても驚くことではない。ある透析施設でMMSEを行ったところ、17点以下が8%、18-23点が22%にみられた(AJKD 1997 30 41)。更年期ホルモン療法スタディの再分析で、GFRは年齢や人種をadjustしても認知低下のindependent risk factorだった(AJKD 2005 45 66)。

 どんなメカニズムなのか?詳しくは分からないが、脳血管障害は一つだろう。慢性腎疾患が血管障害をきたす以上、その影響は心血管だけでなく脳血管にも及んでいるはず。あるESRD患者さんを対象にしたcross-sectionalな研究(Neurology 2013 80 471)では、ESRD患者群のexecutive function 低下が見られ(記憶機能は比較的保たれていた)、それにはvascular risk factor(高血圧、糖尿病、心不全など)が強く相関していた。

 透析に関係したリスク因子もあるかもしれない。透析中に血行動態の変化によりmyocardial stunningが起こるように、脳も(auto-regulationがあるとはいえ)影響を受けているかもしれない。ESRD患者群には脳MRIに白質異常や脳萎縮が有意に多く見られたというスタディもある(AJKD 2013 61 271、ただしcross-sectionalで透析導入前との比較がない)。うつ病の影響もあろう(AJKD 2010 56 704)。25-OH Vitamin D欠乏の影響(doi: 10.2215/CJN.10651012)も推察されている。


2013/04/24

A2型

 A抗原のある腎(A型、AB型)を抗A抗体のある患者さん(B型、O型)に移植する、あるいはB抗原のある腎(B型、AB型)を抗B抗体のある患者さん(A型、O型)に移植することをABO不適合移植という。ただしこれにはいくつか付帯事項があり、ひとつはA2型(とA2B型)の腎だ。

 A2型は、H抗原をA抗原に変換する(先っぽのL-fucoseにN-acetylgalactosamineを付ける)A2 transferase活性が弱く、A抗原をあまり細胞膜上に表出できない。だからA2型の腎はBまたはO型で抗A抗体価のひくい患者さんに、A2B型の腎はB型で抗A抗体価のひくい患者さんに、血漿交換もrituximabもなく移植できる。

 それ自体はずっと前から知られており、成績はABO適合移植とそれほど変わらないらしい(Transplantation 1998 65 256)。しかしUNOSはA2型とA2B型腎の取り扱いを各移植施設に任せているのでまだまだこの組み合わせは少なく(Transplantation 2010 89 1396)、O型とB型の移植待ち時間を短縮させるためにも全国レベルで実施すべきと言う人もいる(Clin Transplant 2012 26 489)。

 ただし、A2型はアジア系に大変稀だ。A2型は0%という論文もある(AJT 2007 7 1181の表3、ただし出典がない)し、A型の1/500-1/1000という話もある。B型の患者さん(B型はAfrican AmericanとAsianに多い)が欧米で他ethnicityのドナーから腎移植を受ける時には関係あるだろう。


[2020年6月16日追記]A2型・A2B型の腎グラフトを生体移植されたO型・B型レシピエントを追跡したところ、グラフト生存率は思っているより低かったという報告が、アメリカ移植会議(American Transplant Congress、ATC)で発表された。




 報告は、米国の移植レジストリーSRTRに登録された、2000年から2018年までに304年のA2不適合生体腎移植について、A2適合群とグラフト生存率を比べたところ、原因を問わないグラフト生存率は不適合群よりも低かった(HR 1.30、患者死亡例を除外するとHR 1.60。pはそれぞれ0.04と0.004)。




 ではどうするか?グラフト生存率は低かったが患者生存率は遜色なかった(1・5・10年生存率は不適合群で99・93・79%なのに対して、適合群では98・92・79%)ので、「やむなし」と考える方もいるかもしれない。




 しかしPKD(paired kidney donation、こちらも参照)をすれば、A2型もA型のように適合させられるかもしれない。報告したジョンス・ホプキンス大学のチームはそれを推奨している。

 あるいは、A2型もA型のように免疫抑制や血漿交換の前処置をするかどうか。グラフト機能低下がA2不適合による免疫的機序なのだとすれば、現状の「前処置なしで安全に移植できる(Kidney Res Clin Pract 2015 34 170」から「少しはやってもよい」に変わっていくかもしれない。


 なお、この発表は本来ならば、5月31日ののポスター・セッションC、「Kidney Living Donor: Selection」53番目の予定だったが(こちらも参照)、完全バーチャルとなった。今年は米国腎臓学会もバーチャルで、8月延期の日本腎臓学会も大半がバーチャル。残念ではあるが、貴重な学びの機会と前向きにとらえたい。



ジャミロクワイ『ヴァーチュアル・インサニティ』
(出典はこちら




2013/04/22

Ctrl and (+ or =)

 腎臓内科は他科より化学式を書く機会がずっと多いから、文章にsuperscript(上付き、たとえばNa+の「+」)とsubscript(下付き、たとえばCO2の「2」)を多用する。書式を変更したい箇所を選択して右クリックし、フォントウィンドウを開け「上付き」「下付き」のチェックボックスをクリックするのが手間だったが、新しい方法を発見した。
 もう多くの人に知られているかもしれないが、Ctrlと「+」で上付き、Ctrlと「=」で下付きだ。日本語キーボードは「+」も「=」もキー上段にあるからShiftを押す。英語キーボードは「+」と「=」が右上端キー(Backspaceの隣)に同居しているから、「+」はShiftを押すが「=」は押さなくてよい。

2013/04/19

Shakespeareと膜性腎症

 膜性腎症には感染症・自己免疫疾患・悪性腫瘍・薬剤などさまざまな要因があるが、syphilisのことは知らなかった。Syphilisは第二病期、発熱や発疹などと共に腎疾患を起こす。それは一過性の蛋白尿から、MCD(minimal change disease)、MN(膜性腎症)、MPGN、RPGNまで様々らしい(JASN 1993 3 1351)。

 Shypilis関連の糸球体腎症では膜性腎症がもっとも多い(膜性腎症のなかでのsyphilis関連は稀だが)。RPRを調べてみたら陽性で、抗生剤を始めたらすぐ寛解したという例も多く、「稀だけど覚えておこう」と各種雑誌にいくつも教育記事(KI 2011 79 924、AJKD 2010 55 386)が載っている。

 という内容を、内科レジデントがこないだRenal Grand Roundで発表してくれた。それで、少し文献を調べてみると、Shakespeareとsyphilis、さらに膜性腎症についての論文に出会った(CID 2005 40 399)。この話、感染症関係者にはすでに常識かもしれないが、私は初めて読んだので書く。

 SyphilisはColombusの航海により旧世界にもたらされ、15世紀末から16世紀初頭にかけ一気に伝播した。ShakespeareはStratfordで18歳のときに26歳の妻Anneと結婚しているが、単身Londonに来るまでには結婚は有名無実化し女性関係は派手だったらしい。さらに彼の文章にはsyphilisの症状を思わせる描写が同時代作家に比べ格段に多く、彼自身がsyphilisに罹っていたのではないかと考えられている。

 Syphilis治療は抗生剤が発見されるまで砒素とかマラリア重感染とか怪しいのが散々試されたが、Shakespeareの時代は水銀と高温療法だった。それで、Shakespeareが晩年持った神経・精神症状は水銀中毒も関係しているといわれる(アルコールもあるが)。さらに、晩年のShakespeareは顔が腫れていたらしく、水銀による膜性腎症を疑う人もいる。 

2013/04/17

mg/dLの由来

 ヨーロッパがSI単位系を採用したので、医学雑誌でもmg/dLとmmol/Lの併記をよく見る。しかし今までなぜmg/dLだったのか?その謎にふと気づいた。要するに、mg/dLは水溶液の%にゆるく依拠した単位なのだ。100gの水に1g溶質がはいった水溶液は、1%(厳密には1/101で0.99%)。100gの水は、だいたい100mL(1dL)。だからアルブミンが4g/dLといえばそれは約4%というわけ。だから人によってはmg/dLの代わりにmg%と書く人もいる(ドイツが伝統的にそうだったらしい)。

2013/04/15

CRRTと抗凝固

 ある日ICUで回診しているとトントンと肩をたたかれ、振り向くと深刻な表情のpharmacist。またか…これだけで何のことだか分かる。CVVHDFを回すのに必要な静注薬の不足だ。静注薬は儲けが少ないため製薬会社が生産をどんどんやめ、需要と供給のミスマッチがすぐ起こる。既にリンと重炭酸が不足し、持続透析液と置換液バッグにこれらを添加できない(重炭酸はdefaultで入っているが)。
 今度はcalcium chlorideがないという、これは困った。というのもうちはcalcium freeの透析・置換液を用いてフィルター後にカルシウムを流すシステムだからだ。緊急追加オーダーしたけれど全国的な不足のため来る保証がないという。院内にある全てのをcalcium chlorideをかき集め、regional citrate(フィルター前にクエン酸を流しCa2+をキレートする抗凝固、そのぶんフィルター後に多くのカルシウムが要る)を止めても数日…。
 幸いどこからかcalcium chlorideが届いたが、その後も不足が頻回起こり、calcium gluconateに変えても同じことになった。それで、安定して治療できるようにcalciumを含む透析・置換液を使うことにした。足りないのはカルシウム元素ではなく静注カルシウム製剤だからこれで不足に悩まされまい(たぶん)。しかしそれではregional citrateが使えない、systemic heparinを避けたい人はどうするのか?
 CRRTの抗凝固はさまざまあるが(Semin Dial 2006 19 311)、ここではsystemic heparin、regional citrateとpre-dilutionを併用している。だから、systemic heparinもregional citrateも使えなければpre-dilution、置換液を増やす。Nafamostatはここにはない。Regional heparin(フィルタ前にヘパリン、フィルタ後にプロタミンを流してフィルタ後と患者さんのaPTTをモニタする)は、やったことないが理論上有効かと思う。

2013/04/13

Acute phosphate nephropathy

 大腸カメラ前のbowel prepに用いられるOSP(oral sodium phosphate)は、内服直後に血中リン濃度が8-10mg/dlに達するほど急激に上がることがあり(Gastrointest Endosc 1996 43 467)、高齢者や心不全、腎不全のある場合などで特にAKIを起こすと言われている。FDAはすでに高リスク群に使用を控えるよう勧告しているし、これはもう広く受け入れられた事実と思っていた。だから、ポジティブ(JASN 2007 18 3192)、ネガティブ(JASN 2007 18 3199)など様々なスタディあり、systematic reviewで相関がそれほど強くなかった(AJKD 2009 53 448)のは知らなかった。

2013/04/12

AVF and HOHF

 AV fistula(以下AVF)はシャントだから、理論上SVRが下がってhigh-output heart failureになりうる。HHT(hereditary hemorrhagic telangiectasia、別名Osler-Weber-Rendu病)でAVMから毛細血管レベルまで幅広くシャントが起こり心不全に至ることがあるのと同じ病態だ。SVRが下がればeffective arterial blood volumeが下がり、交感神経系の亢進や腎血流低下によるRAA系の亢進などによって心臓が疲れてしまう(QJM 2009 102 235)。

 「理論上」とあるようにAVFの患者さんが皆心不全になるわけではなく、シャント流量が多い例やもともと心不全がある例がハイリスクとされている(Semin Nephrol 2012 32 551)。あるスタディではシャント流量とCOは比例し、2L/minを越える例はほとんどが症候性の心不全だったという(NDT 2008 23 282)。

 流量を下げたら心不全が良くなったという報告もある(Semin Dial 2007 20 68)。高流量のAVFはたいてい上腕にあるので、彼らは元ある吻合を解いて上腕の静脈をPTFEで延長してより遠位の橈骨動脈につないだわけ。いい話だが、実際にはAVFを閉じてカテーテルかPDに移行しなけれないこともあるし、症候性の心不全患者にははじめからHDより治療中の血行動態変化が少ないPDを薦める向きもある(前掲Semin Nephrol 2012 32 551)。

2013/04/08

IgAN

 IgA腎症は米国でどう教えられているか。ここでは誰をいつどのように治療するかについて書く。IgA腎症は非常にheterogeneityがあって、ほとんど何も起こらない群から腎廃絶に至る群まで幅広いのは周知の事実だ。それでrisk stratificationが様々に試みられている。

 日本のグループが発表した多変数解析によるスコアリングも紹介され、一定の評価を受けている(NDT 2009 24 3068)。数あるリスク因子のなかでも、こちらの臨床では蛋白尿とGFR低下と高血圧が重要と考えられ(AJKD 2012 59 865)、KDIGOもそう言う。

 蛋白尿は、1g/dを越えるとリスクが増悪するというデータ(JASN 2007 18 3177)がありKDIGOにも採用されている。この論文では、治療に反応して蛋白尿が減少する限り、たとえ治療後の蛋白尿が3g/d以上であっても腎予後は良いというencouragingな結果がでた。

 もう一つのrisk stratificationはOxford criteriaと呼ばれる病理分類で、MEST(mesangial proliferation、endocapillary proliferation、glomerular sclerosis、tubular atrophy)の四項目からなる。しかしこれは今ひとつvalidateされておらず(KI 2011 80 310)、KDIGOも薦めていない。

 治療方針は低リスク、中等度リスク、RPGNないしcrescenticによって異なる(アルゴリズムはJASN 2011 22 1785)。しかしよいエビデンスがないので、KDIGOガイドラインでもレベル1の治療はACEI/ARBだけだ。

 CorticosteroidはACEI/ARB等支持療法の不応例(で、かつRPGNやcresenticでない)に推奨される(エビデンスレベル2C…)。Pozzi(Lancet 1999 353 883、パルスとprednisone)とManno(NDT 2009 24 3694、prednisone 1mg/kg/dを漸減)、二つのレジメンがよく用いられる。

 Cyclophosphamideとステロイドの併用はRPGN、cresentic例に推奨される。進行性のIgA腎症(Crが1.5-2.8mg/dl)について腎機能を驚異的に保存した小さなスタディのレジメンが用いられる(JASN 2002 13 142Ballardie protocolとも呼ばれる)。ループス腎炎と違い、MMFは成績が良くなくてKDIGOもsuggest not using MMFという。

 その他の治療としてfish oil(KDIGOはレベル2Dで不応例にsuggest using)、抗血小板薬(レベル2Cでsuggest not using)、扁摘(レベル2Cでsuggest not using)などがある。Rituximabの治験もある(NCT00498368)が、リクルートがうまく行っていないという噂だ。

2013/04/06

Canagliflozin 2/2

 今のところSGLT2阻害薬が認可されている(SGLT1阻害薬も開発されているが)。SGLT2は腎が主な発現場所(脳や肝臓にもあるが)で、これに異常があると腎性尿糖になるが、患者さんに大したことは起こらない(子供のおねしょという話もあるが)。一方SGLT1は腸管での発現がメインで、これが異常だと吸収不良で下痢になる。

 SGLT2阻害剤の良い点は、血糖が下がり、体重も減ること(カロリーを捨てているから)。多量の尿糖により血糖が下がれば尿中に捨てられる糖も減るので、低血糖が起こりにくいかもしれない。さらに尿糖により浸透圧利尿がかかり、尿細管流量の増加を感知したmacula densaがTGフィードバックによりGFRを下げて早期糖尿病性腎症のhyperfiltrationを緩和するかもしれない。

 心配な点は、尿路感染症、カンジダ症、体液量減少による低血圧、腎機能がよくないと効かないかもしれない、膀胱上皮が長期グルコースに曝され続けることによるがん化リスクなど。Systematic reviewによれば感染症は有意に多かったが軽度だった(BMJ Open 2012 2 e001)。血圧低下は、むしろ効能と考えられているようだ。

 がん化リスクは先行薬dapagliflozinのFDA認可が見送られた主な理由だが、detection biasと言われている。腎機能についてはGFR 30-50のCKD 患者に半年試したデータがあり、効いていた(doi:10.1111/dom.12090)。GFRが最初の三週間で3-4ml/min/1.73m2下がったが、以後はそのままで経過した。


[2020年10月6日追記]上述のSGLT2遺伝子異常は、原発性腎性尿糖(primary renal glucosuria、OMIM 233100)と呼ばれる。表現型によってグルコース再吸収障害には差があるが、1987年には再吸収がまったくない症例が「0型」として報告された(Clin Nephrol 1987 27 157)。

 11歳男児だった症例は、1歳からの湿疹、持続する夜尿・頻尿・多飲などあり、調べると1日109-141gのグルコース排泄がみられた。さらに調べると、SGLT2遺伝子に5塩基欠損(973-977、ATGTT、エキソン8内)をホモで持っていた(両親ともヘテロ;遠い親戚にあたる)。

 尿糖のほかには蛋白尿やアミノ酸尿もなく、腎機能や電解質も正常であった。ただし、身長はひくく、性的成熟(pubertal development)は遅れていたという。

 その後、どうなったか?

 20年後の報告(NDT 2004 19 2394)によれば、身長は175cmにのびた(ドイツ人男性の平均からすれば25パーセンタイル)が、性的成熟については記載がなかった。湿疹は、変わらずみられた。尿糖は持続し、日々3-5Lの水分を飲んでいたが、血糖は正常で、体重は74kg(BMIは24)。血圧は125/85mmHgであった。

 また尿糖以外の腎機能については、血清クレアチニンが0.6mg/dlで、血清電解質異常はなかった。なお、蛋白尿は陰性であったが尿電解質のなかでは尿Ca/Cr比がたかかった(1.07mmol/mmol、正常は0.57未満)。

 
ところで、〇〇阻害薬がでると、「〇〇遺伝子がまったくなかったら、どうなるの?」と考えたくなるものである(たとえばPCSK9遺伝子など)。

Canagliflozin 1/2

 腎臓内科の教科書Brennerを読んで有機溶質の再吸収/分泌について勉強していた矢先、FDAがcanagliflozin(Invokana®)を認可した。これは近位尿細管にあるNa+とグルコースのco-transporter、SGLT2を阻害する腎臓生理学をうまく利用した薬だ。製薬業界と糖尿病関係者にはすでによく知られており、他でも上手に説明されているが、私なりに書く。

 糸球体ろ過によってグルコースがサケの遡上のごとく大量に流れてきて、近位尿細管はこれを一匹残らず回収するよう命じられている。それは古代より生命にとってグルコースが貴重なエネルギー源で、グルコースを捨てなければならない状況(高血糖)など滅多になかったからだ。

 そのために、近位尿細管細胞の内腔側には二種類のトランスポーターが用意されている。SGLT2は最初にグルコースをごっそり回収するのが役目で、いわば網。SGLT1は残りを拾い集めるのが役目で、いわば釣り。どちらもNa+-K+-ATPaseによってうまれた細胞内の陰性電位を利用している。間質側へはGLUT1とGLUT2から運ばれる。

 このシステムのおかげで、尿細管に届くグルコース量が400mg/min/1.73m2近くにならない限り、尿中に貴重な燃料である糖が捨てられることはない(CJASN 2010 5 133)。しかし血糖を下げたい場合、このシステムは邪魔だ。だからブロックしてはどうかと言うわけ。さてSGLT1、SGLT2、どちらをブロックしよう?つづく。


2013/04/04

尿細管分泌 2/2

 1970年代初頭、米国カンザスにあるJJ Granthamの実験室では利尿剤がいかに尿細管の再吸収を阻害するかを調べていた。そのnegative controlにPAHを用いると、それまで再吸収していたウサギの近位尿細管が再吸収をやめ、なんと内腔側に体液を分泌し始めた。

 近位尿細管が体液分泌なんて誰も信じるわけがない、と再検を繰り返すが結果は同じ。1mmol/LのPAHを添加された尿細管はそれを39mmol/Lに濃縮し、内腔に0.1ナノリットル/min/尿細管mmの体液を分泌した。これは腎全体にして一日1リットルに相当するという(JCI 1973 52 2441)。

 近位尿細管だけではない。水と塩を再吸収するために授けられたはずの遠位ネフロンも、cAMPを添加するとNa+Cl-が豊富な体液を排泄する(Am J Physiol Renal Physiol 2001 280 1019)。これは腎臓にあるが役割は謎とされるCl-チャネル、CFTRを介しているかもしれない(Am J Physiol 1995 269 C683)。これらは何を意味するのだろうか。

 一日数リットルの尿細管分泌は、一日180リットルの糸球体ろ過に比べればごく微量だ。しかし、GFRが低下した時には尿細管分泌の相対的な役割が大きくなるのではないか?これを、糸球体を捨てた海水魚の腎臓に喩えて「ネフロンの海帰り」と呼ぶ人もいる(Am J Physiol Renal Physial 2002 282 F1)。

 GFRがほとんどないのに尿のある透析患者さんが、ない患者さんに比べて予後が良いことはCANUSA(JASN 2001 12 2158)はじめさまざまなスタディで示されているが、その差はいくら透析の効率を上げても補えない(KI 2006 69 1726)。

 Volume、EPO、リン排泄など色々言われているが、尿細管による有機溶質の排泄も理由の一つかもしれない。Uremic toxinの多くは有機溶質だが、これらはタンパク結合率が高く透析でなかなか除去できない。残存尿細管機能のある患者さんは、これらの毒素がたまりにくいのかもしれない(FSEB J 2011 25 1781)。

 CKDモデルラットの腎臓に有機陰イオンのトランスポーターOATPを過剰発現させると血圧が下がり、心肥大が緩和し、腎炎症マーカーが低減したというデータもある(JASN 2009 20 2546)。原始腎から伝わる尿細管分泌能のさらなる研究が、CKD・ESRD患者さんを救うカギになるかもしれない。

2013/04/02

尿細管分泌 1/2

 20世紀前半にmicropunctureなどにより糸球体ろ過/尿細管再吸収を中心にネフロンの機能が解明されていった。糸球体ろ過/尿細管再吸収は進化の頂点にある驚異的に洗練されたデザインだ。それにしても世界中どこのエンジニアが、体液を浄化するのにそのすべてをいったん外に出して、必要なものを再吸収してからまた体内に戻すことで老廃物を除くなんてシステムを考えつくだろうか(Homer Smithの"From Fish to Philosopher"より)?

 そんな魅力的なシステム、糸球体ろ過/尿細管再吸収の研究が進むあいだに尿細管分泌の研究は脇におかれた。尿細管分泌の研究者は自分達を「異端者(heretics)」と呼んでいるほどだ。しかし今回はそんな彼らにスポットを当てて、腎の分泌メカニズム、そしてその今日的な意義について書いてみたい。

 毒物など身体から積極的に除去したい物質は、尿細管分泌が糸球体ろ過を補って毒物が血液が腎臓を一回通過するだけでほぼ100%除去できるようになっている。Homer Smithが1945年にPAHを用いて実験し(JCI 1945 24 388)、JJ Granthamにより有機溶質が近位尿細管で分泌され、その輸送はNa+-K+-ATPaseとリンクしていることがわかった(Physiol Rev 1976 56 248)。

 その後、有機陽イオン分泌については、OCT、MATE(陽イオン/H+ exchanger)などの輸送タンパクが見つかった。有機陰イオン分泌についてはNaDC(3Na+-R(COO-)2トランスポーター)、OAT、OATPなどが見つかった。こちらは、NaDCによってNa+-K+-ATPaseの電位差でα-ketoglutarateの勾配が生じ、それによりOATがα-ketoglutarateと有機陰イオンをexchangeしている。

 なお、抗体がDNA再構成によって無限の抗原に対応しているのと対照的に、尿細管分泌に関わるトランスポーターは特異性がものすごく広い。除去したい物質のリストなど無限だし、未知の有害物質(薬とか)もあるのに、腎臓は数種類のトランスポーターだけで除去物質を何でもかんでも認識している。この仕組みはまだ分かっていない。

 とまあ、ここまでは教科書にも載っている正統的な知識だ。さあここから、いまだ少数派にしか受け入れられていないことを書こう。その内容とは?つづく。


2013/03/31

ネフロンの大冒険 3/3

 陸に初めて上がった両生類。彼らのネフロンには、近位尿細管の先に水を通さずNaClを通す管が新たに取り付けられた(後のヘンレ係蹄上行脚)。しかしこれだけでは尿希釈はできても尿濃縮はできない。つまり彼らの腎はまだ淡水適応時代の流れを継承しており、陸上で水と塩の吸収と再吸収を司るのは主に皮膚と膀胱だ(これらがアルドステロンに依存していることはに述べた)。

 爬虫類もまた両生類同様の水排泄を得意とするネフロンを持っているが、水から離れて生きるには必要ない。それで海水魚と同じように尿細管分泌の役割に多くを依存している(Am J Physiol Renal Physiol 2002 282 F1)。その証拠に、彼らはrenal portal system(腎門脈システム)をもっている。これは腎が静脈還流を受け、尿細管分泌により老廃物を排泄してから心臓に返すシステムだ。さらに彼らは腎だけでなく、salt gland、lower GI tract、膀胱などでも水と塩類を調節している(Seminars in Avian and Exotic Pet Medicine 1998 7 62)。

 爬虫類から進化した鳥類はどうか。彼らは温血動物だから代謝レベルが圧倒的に高まり、老廃物をごっそり捨てるのに糸球体は欠かせない。しかし既存のネフロンでは水排泄過多で干上がってしまう。そんな彼らに、脊椎動物で初めての尿濃縮システムが取り付けられた。尿管芽(ureteral bud)由来の集合管と、vasa recta、ループ係蹄が腎髄質(medullary cone)を縦に並んで走る、哺乳類型のネフロンだ。

 しかしネフロンの70-90%はいまだループのない爬虫類型だし、鳥類は尿素でなく水に溶けない尿酸を窒素排泄に用いているから哺乳類ほどosmotic gradientがでない。だから濃縮力は哺乳類に比べてずっと弱いが、彼らにはそれでいいのである。というのも尿濃縮は主に直腸で浸透圧勾配にしたがい行われる(余り腎で濃縮したら、逆に直腸内腔へ水が失われてしまう)し、鳥類も爬虫類同様にsalt glandを持っている。

 温血で生じる大量の老廃物をろ過しつつ水を保持する難題は、哺乳類に至って解決された。ここでは全てのネフロンが尿濃縮機構を持し、窒素排泄に水溶性の尿素を用いることで得た高いosmotic gradientにより尿濃縮能は飛躍的に上がった(それはAVPの支配下にあるurea recyclingによって維持されている、JASN 2007 18 679)。これらによって、体液調節のほぼ全てを腎が引き受けるようになった。

 幾多の試みの果てに、哺乳類は淡水で生まれた糸球体ろ過/尿細管再吸収システムに、陸上に適したループ係蹄/vasa recta/集合管システムを融合して最強のネフロンを作り上げた。しかしその間に、5億年前から伝わる糸球体分泌機能が捨てられることはなかった。現に哺乳類のネフロンにもそれは残されているし、私達が思っている以上に大きな役割を果たしているかもしれないのだ。その役割とは一体?それは別のコラムに書く。


2013/03/29

ネフロンの大冒険 2/3

 高張の海水に住む海水魚たちは、放っておけば水が抜けて塩が入ってくる。しかし彼らは、海水を飲んで溶質イオンを排泄することで干物になるのを防いでいる。海水からイオンを抜いて「蒸留水」を手に入れるなんて、現代の海水から淡水を作る技術に引けを取らない生物の大発明だ(Am J Physiol Renal Physiol 2004 286 F811)。

 溶質イオンの排泄だが、Na+とCl-は主に鰓で排泄され、腎臓は残りのCa2+、Mg2+、SO42-などの二価イオンを主に排泄している。これだけなら糸球体など必要ない、尿細管分泌で十分だ。それで、海水魚には糸球体があってもほとんど機能していない(5%以下)。腎が受けた血漿の0.08%しか糸球体ろ過されていないという実験もある。

 0.08%なんて、どうやって調べたか?答えはイヌリンクリアランス/PAHクリアランス。ろ過されるが尿細管で再吸収も分泌もされないイヌリンはGFR、ろ過と分泌によって一度の腎通過でほぼ100%除去されるPAHはRPFに相当するから。この二つ、実はこの文脈で魚について調べられたのが最初なのだ。

 さらに、いくつかの魚では糸球体がない(たとえば、アンコウ)!要らないから、取っ払ってしまったのだ。糸球体がない魚がいることは以前から知られており、糸球体ろ過と尿細管分泌の論争においてHeidenhain(Hermann's Handbuch d. Physiol 1883 5 279)、Johns HopkinsにいたE. K. Marshall(Am J Physiol 1930 94 1)ら所謂"secretist"達を産む元にもなった(異端者扱いされた彼らの業績については、後に述べる)。

 せっかく糸球体を獲得した淡水魚が海に戻って糸球体を捨てている間に、陸上の脊椎動物たちはどうしたのだろう。そもそも淡水魚が水排泄に重宝していた糸球体を、乾燥した陸上でどう活かそうというのか?つづく。

2013/03/27

ネフロンの大冒険 1/3

 19世紀後半から20世紀前半にかけて続いた、糸球体ろ過/再吸収と尿細管分泌の論争。しかし、糸球体と尿細管の間で揺れ動いてきたのは研究者だけではない。じつは生命そのものが、進化と適応の過程で両者の間を行ったり来たりしているのだ。どういうことか?ここで、5億年の間にネフロンが遂げた変化を追いかけてみよう。

 原始生物の腎臓には糸球体はなく、尿細管分泌による毒や老廃物の排泄を行っていたと考えられている(Am J Physiol Renal Physiol 2002 282 F1)。原始脊椎動物である円口類の腎はいまでもそうだし、amniotes(有羊膜類:爬虫類、鳥類、哺乳類の総称)が胎生期に利用するpronephros(前腎)も尿細管だけで糸球体はない(Dev Biol 1997 188 189)。

 糸球体があるとどう良いのか?例として淡水魚を考えてみよう。浸透圧が1mOsm/kgH2O未満の淡水では、浸透圧の高い体内に水がどんどん浸透してくる。その一方で、拡散により溶質は体外に出て行く。そんな環境で生きていくには、大量の水を捨ててしかも塩を保つ仕組みが必要だ。

 糸球体で体液をごっそりろ過すれば、水をじゃんじゃん捨てることができる。しかし体液をじゃんじゃん捨てたら死んでしまうので、貴重な溶質は尿細管(正確には遠位尿細管と膀胱上皮)でほとんど再吸収している。最終的な尿は40mOsm/kgH2O以下まで溶質フリーにできる(Am J Physiol Renal Physiol 2004 286 F811)。

 糸球体により淡水でも内部環境を維持することができるようになった脊椎動物。このあと彼らはネフロンの頭に糸球体を載せて岸から上陸し進化を遂げる一方、海水にも戻っていく。まず海の話をしよう。浸透圧が1000mOsm/kgH2O以上ある海水では体外に水がどんどん逃げ、塩が体に入ってくる。さて今度はどうやって体内環境を維持しよう?つづく。

2013/03/25

腎臓解剖生理学の歴史 2/2

 糸球体における毛細血管と尿細管の連結を発見したBowman。しかし彼は、尿は尿細管から分泌されると予想した。その過程で尿細管細胞が剥離するので、糸球体は尿細管内が詰まらないように水でflushするのが役目と考えられたのだ。まあ、あれだけクネクネ長い尿細管をみればそう思わないほうが驚きだが。

 しかしMarburg(ドイツ)のCarl Ludwigは違った。1842年、26歳の彼は「尿は糸球体が大量の体液をろ過して、そこには尿の溶質すべてが含まれている」という仮説を初めて発表した。大量の体液をろ過したら、それは必然的に尿細管で再吸収されなければならない。没後100周年記念の文献(NDT 1996 11 717)によればこれは一種の学位論文だったらしいが、以後ロンドンのArthur Cushnyらに支持された。

 糸球体ろ過/尿細管再吸収モデルと尿細管分泌モデルの論争はずっと続いた。尿細管モデルは、Breslau(現在のポーランド)のRudolf Heidenhainによって洗練された。彼は従来の尿細管剥離を否定し、尿細管での分泌は細胞内を通過するプロセスによると提唱した。これは現在のトランスポーターやチャネルにつながる考えだし、実際尿細管から分泌される物質もたくさんある。

 それが20世紀になって、米国University of PennsylvaniaにいたA. N. Richardsが論争の決着を準備した。彼はカエルの糸球体ろ過尿を採取して、その成分を膀胱の尿と比較した。糸球体ろ過尿なんてどうやって採取できる?Bowman嚢に極細ピペットを刺して吸い取ればいいじゃないか!私には何ともアメリカンな発想に思えるこれが、有名なmicropuncture法だ。

 以後、micropuncture、さらに発展応用したstop flowとmicroperfusionなどにより腎生理は飛躍的に解明され現在に至る(歴史についての論文はAm J Physiol Renal Physiol 2004 287 F866)。最初の論文(Am J Physiol 1924 71 209)を読んだが、micropuncture器械の写真などあり興味深い。糖負荷で糸球体ろ過尿は糖が陽性だが膀胱尿では陰性で、糖が尿細管で再吸収された可能性が示唆された。

 腎臓は重要な臓器でありながら、失っても腎代替療法で年余にわたり生命が維持できる(心臓、肝臓など他臓器と比べてみるがいい)。その理由の一つは、腎の機能が多臓器に比べて良く理解されているからだと私は思う。機能を知らなければ、テクノロジーによって真似することもできないではないか?先人達に感謝したい。


2013/03/23

腎臓解剖生理学の歴史 1/2

 異なる生き物達の仕組みを調べる学問を比較生理学(comperative physiology)という。古くはアリストテレスの『動物誌』(紀元前4世紀)にさかのぼり、その後も様々な研究者達による発見が生物、ひいては人間の仕組みを解き明かして行った。

 現代腎臓生理学の父とも言われるDr. Homer Smithの論文(JAMA 1953 153 1512)によれば、最初の巨人は17世紀、心臓生理学の祖William Harveyに約50年遅れてイタリアに生まれたMarcello Malpighiだ。彼は鶏やカイコ、植物など様々な生物を顕微鏡で研究した。昆虫の排泄器官、マルピーギ管でその名を知る人も多いだろう。

 彼は肺の構造について研究し、毛細血管(とそれが小動脈と結合していること)を初めて発見し1661年に発表した。それまでは、心臓と循環の研究の最先端にいたHarveyさえも血液は間質を滲みて小動脈から小静脈へ移動すると考えていた。

 つづいてMalpighiの15歳年下のLorenzo Belliniが、1662年に19歳でシカの腎乳頭を観察して繊維質に見える筋が実は中空の管(Bellini's duct、現在の腎乳頭集合管)であることを発表した。Malpighiも腎臓の研究をつづけ、腎臓により細かい管(uriferous tube、現在の尿細管)、それに毛細血管が束になって出来た小さな球体(Malpighi's corpuscle、現在の糸球体)があることを発見した。

 MalpighiとBelliniが用いていた顕微鏡の倍率は、なんと30倍程度。それが19世紀になって、300倍程度の倍率をもつ顕微鏡により1842年、英国のWilliam Bowman(本業は眼科医)が糸球体の構造を発表した。糸球体の壁側上皮層をBowman嚢と呼ぶのはこのためだ。これだって、染色技術がない時代のことだから驚異的だ。さあ、このあとどうなるか?つづく。




2013/03/21

Remote ischemic pre-conditioning

 虚血によるATNを予防する試みは、腎臓内科よりも他科のほうが積極的かもしれない(腎臓内科はATNになってから患者さんを診るから…)。今週のRenal Grand Roundでは、「術中術後のAKIをどうしたら予防できるか」を調べた麻酔科インターンがRemote Ischemic Pre-Conditioning(RIPC)について発表した。

 心筋に短時間の虚血を繰り返して起こすと、本格的に虚血になったときに虚血後再潅流障害が低減される(local ischemic conditioning)。要は、鍛えれば強くなるという体育会系の発想だ。どうも身体はそういうふうに出来ているらしい。

 そこから発展し「同様の虚血を離れた場所で起こしても、神経・ホルモン・サイトカインなどの影響は標的臓器に届くのではないか?」というのがRIPCだ。まず動物で「肢をターニケットで5分加圧(虚血)&5分リラックス(再潅流)×4セット」してから冠虚血を起こしたら、梗塞の規模が小さくなった(J Surgical Res 2012 178 797)。

 さっそく臨床でも試されて(血圧のカフで圧迫)、有効性を示すデータが出た(Lancet 2010 375 727、Circ Cardiovasc Imag 2010 3 656など)。非侵襲的な治療だから、心臓以外の臓器虚血にもついてもどんどん調べられている(今月でたレビューはJ Cardiovasc Med 2013 14 193)。

 数ある臓器のなかでも心臓の次に最も調べられているのが、腎臓。しかし、動物データはpositiveだが臨床データは小規模だし結果もまちまち。メタアナリシス(J Invasive Cardiol 2012 24 42)では効果ありと言うが、そもそも分析するスタディの質が低いのでなんとも言えない。進行中の大規模スタディが二つあるから結果を待とう。

 一つは、RIPCのCABG後急性腎障害に対する効果を調べるERICCAトライアル。英国の28病院で1610例をリクルートするという。このアウトカムの一つがAKIスコアと血中(尿中ではない)NGALだそうだ。

 もう一つは、生体腎移植患者を対象にしたREPAIRトライアル。移植前にドナーとレシピエント両方にRIPCを施すらしい。英国とオランダで400例をrandomizeして(まもなくリクルート終了)、primary outcomeは移植12ヵ月後のGFRだ。

 [2015年6月追加]米国にいる優秀なお友達から、この分野の新しい論文を紹介してもらった(doi:10.1001/jama.2015.4189)。ドイツの4病院で行われたスタディで、心臓手術前にremote ischemic pre-conditioningを行ったところ、行わなかったSham群にくらべて術後AKIが減少し、ARRが15%(95%信頼区間が2.5-27%)だったというものだ。どんどん広まるかもしれない。


[2019年11月追加]残念ながら、上記ERICCAトライアルは有意差がでなかった(NEJM 2015 373 1408)が、REPAIRトライアルでは介入群でeGFRが持続的に4ml/min/1.73m2たかかった(Br J Anaesth 2019 123 584)。

2013/03/20

涙と腎臓内科

 日本は今ごろ年度末、別れの季節に涙はつきもの。「なみだ(なみた)」は一説によれば「泣水垂(なきみたり)」が由来だとか。古今東西を問わず歌われてきた涙だが、私がまず思い出すのは岡本真夜の"TOMORROW"(1995年、写真はYouTubeより)。18年経っても「涙の数だけ強くなれるよ」で始まる歌詞は私の心で輝き続けている。

 さて、腎臓内科医たるもの尿と血液以外の体液組成も知っておきたい(膵液のは昨年書いたが)。そこで涙について調べると、意外なことが分かった。まず、60年前にRockefeller研究所のJørn Hess Thaysenらが涙の組成について調べた論文を発表した(Am J Physiol 1954 178 160)。

 彼らは同時期に唾液(Am J Physiol 1954 178 155)、汗(Am J Physiol 1955 179 114)の組成も調べ発表している。これら「体液三部作」は全てhuman subjectsが対象で、涙を採取する実験は男性二人に玉ねぎをスライスさせた(感動映画を見せるほどロマンチストではなかったようだ)。

 結果は、涙のNa+と尿素濃度は血液と同じなのに、K+濃度はなんと血液の3-5倍あった。つまり、1リットルの涙(映画ではないが…)に20mEq近いカリウムが含まれる計算だ。この仕組みと意義はずっと不明であったが、50年経ってJohn L. UbelsらがcDNA microarray法でラット涙腺細胞の遺伝子発現パターンを調べた(IOVS 2006 47 1987)。

 すると、涙腺導管細胞は間質側にNa+-K+-ATPase、NKCC1(Na+、K+、2Cl-のco-transporter、ヘンレ係蹄上行脚の内腔側にあるNKCC2の兄弟)、M3受容体、内腔側にKCC1(K+とCl-のco-transporter)、IKCa1(Ca2+依存型K+チャネル)、さらには嚢胞線維症で有名なCl-チャネルCFTR、水チャネルAQP5(腎で抗利尿ホルモンの支配下にあるAQP2の兄弟)などを発現していることが分かった。

 これらの結果から、①Na+-K+-ATPaseによりK+が細胞に流入してK+を内腔へ押し出すgradientができる→②副交感神経によるM3受容体刺激により細胞内Ca2+濃度が上昇し、IKCa1が開く→③濃度勾配に従ってK+がIKCa1とNKCC1チャネルにより内腔へ分泌される→④NKCC1によりNa+、K+、Cl-は間質側から供給され続ける(Na+は①により再び間質へ)、と仮説されよう。

 腎の尿細管も涙腺の導管細胞も同じようなトランスポーターやチャネルを用いているから、腎臓内科の知識が理解に活用できる。こうして解明されつつある涙が出る仕組みは、ひいてはドライアイやUVによる角膜障害の病態理解に役立つかもしれない。Ubelsらによる、涙液のK+がUV-Bによる角膜障害を防いでいるかも知れないと示唆する論文も出た(Exp Eye Res 2011 93 735)。



 [2017年12月追記]どういうわけか、最近このブログエントリーがよく読まれているようです。これを書いたときはまだアメリカにいて、そのあと何がどうなるかもわからなかったですけど。地道に続けていれば、いろんないいこと(つまり、キセキ)があります。まさに「涙の数だけ強くなれ」ますね。どうぞ、これからもよろしくお願いします。


2013/03/17

Conquest of land 2/2

 初めてaldosteroneを手にした脊椎動物、肉鰭類。お陰でハイギョは住む沼が乾季に干からびても生き延びることができる。しかしこの分野のレビュー論文(J Endocrinol Invest 2006 29 373)は、原始肉鰭類にとってステロイドは体液保持だけでなく低酸素に対するストレス反応に重要だったと推察している。かれらが初めて呼吸した4億年前の地球の空気には、酸素が現在の半分しかなかったのだ。

 両生類になるとステロイド代謝が大きく変化し、糖質コルチコイドのcortisolやcortisoneはCYP17がブロックされて産生が抑えられ、代わりに(17番炭素が水酸化されない代謝経路にある)aldosteroneとその前駆体corticosteroneが中心になる(なんとaldosteroneが鉱質・糖質コルチコイドを兼ねている)。これにより、両生類は皮膚と膀胱の上皮からNa+を再吸収することで体液を保持できるようになった。

 このステロイド代謝シフトはsauropsids(竜弓類、爬虫類と鳥類と恐竜の総称)で完成し、彼らではCYP17が完全にブロックされている。しかしaldosterone濃度は両生類の1/1000まで低下する。これが受容体の感度が高まったためか、前駆体のcorticosteroneに依存しているためかは分からない。いずれにせよ鉱質コルチコイドは腎臓と総排泄腔(鳥類にはダチョウを除き膀胱がない)でNa+を再吸収する。海鳥類では鼻と眼窩にある塩類腺からのNa+排泄調節も行う。

 哺乳類になっても、9600年前に分化したげっ歯類までは副腎でのCYP17が止まっている(corticosteroneがメインの糖質コルチコイド)。しかしそれ以降ではCYP17遺伝子発現が再開し、cortisolやcortisoneを利用できるようになる。ここにきて糖質・鉱質ステロイドの区別は明確になり、MR(鉱質コルチコイド受容体)のあるところでは糖質コルチコイド(MRと親和性あり)が11b-HSDにより分解される(この臨床的側面はこちら)。

 そんな哺乳類が、今度は海に戻る。5000万年前にシカのような動物がクジラ類に、2200万年前にクマのような動物が鰭脚類(アザラシなど)になる。生物の適応たるや、何でもありだ。高浸透圧の海で暮らす彼らにとってはナトリウム排泄が課題であり、ナトリウム保持のaldosteroneなど必要ない。だから、彼らの副腎を調べるとaldosterone産生が皆無か痕跡的らしい。

 "Nothing in biology makes sense except in the light of evolution"とは米国で活躍したロシア人生物学者Theosodius Dobzhanskyが1973年に発表したエッセーだ。大局的で進化論的な見方は生理学の理解を助けるし、なによりダイナミックで興味が尽きない。ここではaldosterone中心に論じたが、steroid receptorは?reninとangiotensinは?ADHは?質問が次々に生まれ、どんどん調べたくなる。