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2020/08/21

バルドキソロンとMg

 抗炎症の転写因子であるNrf2の作動薬バルドキソロンを糖尿病性CKDに用いた米国の第3相試験BEACON(NEJM 2013 369 2492)が、心不全の有害事象が多く中止になったことは、よく知られている。

 しかし、この薬で血清Mg濃度が有意にさがることは、意外と知られていないかもしれない。第2相試験BEAM(NEJM 2011 365 1745)ですでに知られ、じつは第3相のBEACON試験は低Mg血症の患者を除外していた。

 これについて、「低Mg血症といえば心血管疾患のリスク因子だから、心不全と関係あるのではないか?」と誰もがまずは考えるだろう(Diabetes Obesity and Metabolism 2015 17 9も参照)。昨年これについて検証が行われていたので(Cardiorenal Med 2019 9 316)、紹介したい。

 このポスト・ホック解析によれば、バルドキソロン投与群では確かに血清Mg濃度が下がる(20mg/d投与で、0.2mEq/l=0.24mg/dl程度)。




 しかし、別におこなった薬理動態のデータでははMg排泄も減っており、腎性のMg喪失ではないようだった。だとすれば細胞内外のシフトをまず考えるが、舌下粘膜の上皮細胞の細胞内Mg濃度は変っていなかった。




 ただ、投与群ではCK値が有意に低く、著者らは「細胞内Mgがエネルギー消費の高い筋細胞などに取り込まれ、CKのコファクターに使われたのではないか」と推察している。だったらよいが、正確なことはわからない。

 また、QTc(通常もちいられるBazettの式ではなく、心拍数が早い場合により正確とされるFridericiaの式)は投与群で有意に短縮するものの、その値は極めてわずか(24週で-0.9msec、48週で-1.7msec)であった。すくなくとも、延長はしていなかった。

 これらを受けてというわけでもないだろうが、現在腎領域で進行中のAYAME(NCT03550443)、CARDINAL(NCT03019185)、PHOENIX(NCT03366337)トライアルはいずれも、低Mg血症患者を除外していない。

 バルドキソロンは「蛋白尿は増えるがeGFRはあがる」など、いままでの考え方と大きくことなる薬だから、「Mgはさがるが心臓にはよい」のかもしれない。そうであってほしいが、期待と注意しながら上記RCTを見守りたいものである。



(カーディナル、アヤメ、フェニックス)


 

2019/05/25

APSN/KSN CME 2019 1/2

 APSN(アジア太平洋腎臓学会)とKSNの共催CMEに参加してきた。4時間で8つのレクチャーを聴いたが、まず前半を紹介する。


1. 腎障害における酸化ストレスと低酸素


 まずSTAT3、Th17、Sphingosine kinase 2、VAP-1、自律神経といった、AKIの発症・予防に関わるさまざまな要素が説明された。神経の脱落や再生を調べるのには透明な腎臓が作成されており(CUBIC-kidney、doi:10.1016/j.kint.2019.02.011)、改めて衝撃的だった。なお、VAP-1は既に経口阻害薬ASP8232が治験されている(Lancet Diabetes Endocrinol 2018 6 925)。





 AKIで低酸素状態などでエピジネティックなスイッチが入ると、線維化などでCKD進展リスクとなる。こうした転写因子を阻害する試み(EZH2阻害薬DZNep:Sci Rep 2018 8 3779、HDAC阻害薬Pracinostat:Int Immunopharmacol 2017 42 25など)も紹介され、腫瘍内科のような分子標的アプローチが腎臓内科でも本格化していることが実感された。

 そのあとDKDについて、各クラスの経口血糖降下薬の腎保護作用(メトホルミン、DPP4、SGLT2)が紹介された。SGLT2阻害薬はeGFRが低下すると血糖降下作用は低減するが、腎保護作用は持続する(ので、患者と相談のうえcompassionate useも考慮しては)という話もあった。ほんとうに腎保護薬としての適応が通るかもしれないし、腎保護作用を強調して工夫された新しい薬がでるかもしれない。

 その新しい薬として、バルドキソロンとHIF-PH阻害薬が紹介された。バルドキソロンは国内第三相試験AYAME、Alport症候群に対するCARDINALトライアルが進行中である。eGFRを上げアルブミン尿を増やすこの薬の長期的な効果を心配する声もある(JASN 2018 29 357)。

 CKDがこの薬でまったく新しいパラダイムに入ることを期待しているが、2022年に終了予定のAYAMEが万一「eGFRによい有意差がありすぎて早期終了」になった場合、喜びつつも慎重に長期データを注視したい。


2. 糖尿病患者とPD


 なぜこのようなトピックが話されたのかと思ったが、韓国はまだPD患者の比率が比較的多い。以前紹介したグラフを見ていただくと、10年前まではHD:PDが3:1くらいですらあった(もっとも、どんどんその差は開いているが)。

 さらに、PD患者の糖尿病には独自の注意点がいくつかある。まず、腹膜透析液に含まれるグルコースを考慮しなければならない(300kcal/d程度は吸収されるという)。それで、グルコース含有の少ない(「生体適合性のよい」とも)透析液も開発されているが、IMPENDIAスタディ(JASN 2013 24 1889)ではHgbA1cは有意に低下したが死亡率は上昇した。除水不十分によるものと考えられており、今後の課題と言える。

 ここで「透析と言えば、HgbA1cよりグリコアルブミン(GA)じゃないの?」、「何で測るにせよ、どこが治療ゴールなの?」という二つの質問が頭に浮かんだ読者もおられるかもしれない(筆者もそうだった)。

 PDでは一般的に血液喪失が少ない一方、透析液と一緒にアルブミンが失われる(DKDで残腎機能があれば尿からも)。HgbA1cを指標にした研究を多く目にするが、近年はGAのほうが正確とする報告(Int J Mol Sci 2016 17 619)もあり、現場も個別に対応したり両方測ったりしているようだった。

 ゴールについては、"vigilant"という言葉が使われていた。これは「ちゃんと見張る」くらいの意味で、インテンシブではないということだ。HgbA1cが8%以上の群で死亡率が高かったデータがいくつかある(Diabetes Care 2014 37 1304)ことと、「燃え尽き糖尿病」になっている患者も多いことがその理由のようだった。


3. CKD-MBDの最新コンセプト


 100枚ちかいスライドで25分のお話をされたので駆け足だったが、一番のメッセージは「栄養から25(OH)ビタミンDを摂取しましょう」だった。25(OH)ビタミンDが足りないと副甲状腺が「ビタミンD飢餓」になり、活性型ビタミンD用量が増えて異所性石灰化などの問題も多くなるので、25(OH)ビタミンを摂取するのがよいという筋だった。

 なお発表者は台湾の方だったが、台湾のような低緯度地域でもビタミンD欠乏は多く、大気汚染も関係しているらしかった(Rev Endocr Metab Disord 2017 18 207)。レクチャ後は「医局のみんなで25(OH)を測ってみたら、みんな低かったんだよ」という小話も聞けた(なお、日本でも2016年から測定可能)。

4. がん診療でみられる腎障害のマネジメント


 抗腫瘍薬に用いられるさまざまな薬と腎障害について述べられた。どんどん新薬がでてくるので把握しにくいが、部位で大別でき(図はKI Reports 2017 2 108)、薬のクラスによってもだいたいどの腎障害が起こるかを予測できるようだった。




 抗血管新生薬のなかでは、bevacizumabが最も早くから高血圧・蛋白尿の合併に気づかれたので研究が進んでおり、病態はTMA(VEGFによる補体制御因子CFHの活性化が抑制され、組織レベルで補体制御が利かなくなる;JCI 2017 127 199)と分かっている(図はJASN 2019 30 187)。眼科での硝子体注射でも血中に移行して腎障害を起こした報告がある(CKJ 2019 12 92)ので要注意だ。




 つづいて、免疫チェックポイント薬についてだった(なお、CTLA4、B7/CD28、PD-1L/PD1のような話はCancer Discov 2018 8 1069が詳しいようだ)。どんどん適応が広がって、移植後の免疫抑制薬使用者にがんが見つかってニボルマブを使うといった場合すらある(NEJM 2017 376 191)。

 腎障害で薬剤を中止するか、ステロイドをつかうかといった常識的なアルゴリズムはある(下図、doi:10.2215/CJN.02340219)ので、あると便利かもしれない。




 他にもCAR T細胞療法による腎障害(CJASN 2018 13 796)、BCL2の特異的阻害薬venetoclaxによるCLLの腫瘍崩壊症候群予防などが紹介されていた。また、内容とは別に、eAJKDやNephron Powerでもお馴染みのKenar D. Jhaveri先生(上記論文のうちいくつかの著者でもある)による、GlomConをイチオシしていた。


 後半へつづく(写真は、韓国で見かけることの多い、カササギ)。





2018/01/26

戌年にあたり

 今年は戌(いぬ)年だ。巳(み)年にはヘビの話をしたから、今年も何か干支にちなんだ話をしよう。アステカ文明ではイヌはXolotlという神の化身で、これは稲妻と死の象徴であり、夜に地下世界を見回り太陽を守護するそうだ。

 そして、水を意味する言葉はAlt。この二つをあわせたAxolotl(アホロートル)は「水のイヌ」ということになるが、これはメキシコサンショウウオのことだ。日本ではこの一種のアルビノが「ウーパールーパー(写真はぬいぐるみ)」と呼ばれていたこともある。




 さて、アホロートルには腹膜とつながった(糸球体のない)「オープン」ネフロンと、糸球体とつながった「クローズド」ネフロンの二種類がある。それで、蛋白尿が腎障害を起こすかどうかの実験に用いられたことがある(Kidney Int 2002 62 51)。この話は、Oxfordの腎臓の教科書(137章)に載っているので興味ある方は参照されたい。

 アホロートルの腹腔内に子牛のアルブミンを注射すれば、オープンネフロンの尿細管だけが蛋白尿に曝され、クローズドネフロンは曝されない。そうして各尿細管の炎症マーカーや組織障害などを比較したところ、蛋白尿に曝されたほうがTGF-βが高く、組織の線維化も進んでいた。

 異種のたんぱくなら抗原性などもあるかもしれないが、この実験は「蛋白尿じたいが腎臓にわるいのか、蛋白尿を出させるようなプロセス(糸球体の異常など)がわるいのか」という議論に一石を投じることになった。現在では、たんぱく質が近位尿細管でCCL2(以前にふれた)やCCL5などを分泌させ炎症を惹起し、補体活性化などさまざまな機序で尿細管障害を起こすと考えられている。

 その一方、以前にふれたBardoxoloneのように蛋白尿が悪化しても炎症を抑えれば腎障害を抑えられるという仮説で試されている薬もある。この薬は現在、Alport症候群での治験CARDINALが第3相に入り、米国腎臓内科界をざわつかせている。

 たとえば「バルドキソロンは不死鳥か?」というコメント(doi: 10.1681/ASN.2017121317)、「Alport症候群でバルドキソロンによってGFRをあげるべきなのか?」というコメント(doi: 10.1681/ASN.2017101062)などが、JASNに載ったばかりだ。

 また日本でも、糖尿病性腎症を対象にして失敗した米国BEACONトライアルを改良したというTSUBAKIトライアルがひそかに進行中で、こちらも日本腎臓内科界をざわつかせている。

 そんなわけで2018年は、腎臓病の進行を抑えるとはどういうことなのか?何をすればいいのか?というその方法論が根本から問い直される年になるかもしれない(写真はイヌの概念を問い直すaibo)。






2017/08/29

赤ちゃんに学ぶ 4

 腎臓のFcRnとIgGについては、とくに足細胞の研究が知られている(PNAS 2008 105 967)。足細胞のFcRnは、基底膜からIgGを取り込み除去する働きがある。基底膜をすり抜けるが足細胞(のスリット)をすり抜けないIgGのような物質は、理論上基底膜を詰まらせる。透析膜の孔がつまるのと同じ考えだ。

 そしてIgGが基底膜に詰まっては、免疫複合体とか補体とかが沈着して炎症など面倒なことになる。腎生検の電子顕微鏡で腎炎・ネフローゼにみられるelectron dense deposit(高電子密度沈着物、図は日本病理学会による病理コア画像から)など、まさに基底膜に沈着した免疫複合体をみている。





 それでは困るので、足細胞が基底膜からIgGを除去していると、この論文からは考えられる。実際マウスに高濃度のIgG注射をおこなうと、(足細胞のFcRnが飽和するためか)基底膜にIgGが沈着した。またアルブミンを注射した(FcRnの飽和を意図した)マウスにネフローゼをおこす抗体を極少量注射しただけでも、蛋白尿がみられた。

 蛋白尿=基底膜の異常=基底膜の病気、というわけでは必ずしもなくて、内皮細胞や足細胞の病気(足細胞病、という言葉もある)ととらえなおされている、という枠におさまるお話だなと思う。前の投稿によれば、そこにさらに近位尿細管も加わるのかもしれない(たとえば、糖尿病性腎症やAlport症候群に治験されているバルドキソロンは糸球体の炎症を抑えるが、尿細管ではmegalin発現をさげて蛋白尿を起こす;JASN 2012 23 1663)。

 なお、その近位尿細管は足細胞を通り抜けたIgGをアルブミンのように再吸収するかと言うと、そうではないらしい(JASN 2009 20 1941)。これが、尿路の免疫として身体を守っているという説を唱える人もいる(J Immunol 2015 194 4595)が、いまだ推測の域をでていない。

・ ・ ・
 
ここまで赤ちゃんがお母さんから免疫をもらう話にはじまり、FcRnをテーマに創薬、免疫疾患、腎臓でのアルブミンやIgGのろ過や再吸収まで、領域横断的にみてきた。ワーズワースはMy Heart Leaps Upという詩の中で子供は大人の父である(The Child is the father of the Man)と言ったが、赤ちゃんから学べることはたくさんある。

 そしてこの詩はこう終る;

I could wish my days to be
Bound each to each by natural piety.

 (虹をみて心が躍る少年のように)自然を敬う心に満ちた日々を送れますように、というような意味だ。

 


2013/12/09

Bardoxoloneの次はこれか?

 Bardoxoloneの大規模トライアルBEACONが中止になって、がっかりした2012-2013年。しかし、糖尿病性腎症は世界でおそらく最も多い腎臓病で、人類の敵だから、その予防・治療薬を開発すべくさまざまな研究がなされている。このあいだ勉強会に参加して、さまざまに研究されているお薬のなかにGLP-1アナログがあると知った。

 GLP-1アナログといえば最近開発がすすむsecretogoguesのひとつ(むかし勉強したのを思い出した)だが、論文によれば(doi:10.1038/ki.2013.427)、腎症の動物モデルで腎内皮細胞のGLP-1受容体が確認され、GLP-1アナログ投与が蛋白尿を抑え、その作用は拮抗薬で相殺された。

 GLP-1受容体の下流シグナルはNADPH oxidaseを阻害して抗酸化作用を示すと考えられているので、このクスリの腎保護作用も機序的にはBardoxoloneに近い。しかしGLP-1アナログはすでに糖尿病治療薬として承認され出回っているから、安全性がより確立されているかもしれない。このあとの大規模スタディで、hard end pointで結果がでることを期待したい。

2012/11/03

Beyond Bardoxolone

 BardoxoloneのBEACONトライアルが急遽中止になったことは腎臓内科コミュニティをがっかりさせたが、今日の演者は"we're not done yet"と言っていた。その意味は、Nrf-2のようなanti-inflammatory pathwayを治療のターゲットにする研究は続けられるべきで、実際にNrf-2 activatorのBG-12(dimethyl fumarate)がmultiple sclerosisで第三相スタディまでいった(NEJM 2012 367 1098)ということだ。

2012/05/22

Diabetic kidney disease

こないだは、地域の開業医を招いて、最新の知識をアップデートする年に一度のCME(生涯学習)イベントがあった。なかでも目玉の講演はペンシルベニア大学の先生によるdiabetic nephropathyの分子生物学的な機序についてだった。糖尿病性腎症こそ腎臓病のなかで最も多いもので、その原因はmultifactorialで解明は難しいと思っていた。

 しかしこの先生は糖尿病性腎症の患者さんとそうでない人達の遺伝子発現の違いを調べて、主な違いはpodocyteに関する遺伝子だと発見した。それで糖尿病→podocyteのアポトーシス→糖尿病性腎性という動物モデルを作った(Diabetes 2006 55 225)。

 さらに、どうしてpodocyteのアポトーシスがおこるの?というのをこれまた遺伝子検索して、炎症とか、cell interactionとか、developmental pathway(Notch1)とか、色々研究しているらしい。炎症については、新薬bardoxoloneが抗炎症作用で腎症の進行を抑えようとしているし、MCP-1(monocyte chemoattractant protein-1、研究論文はDiabetes 2009 58 2109)もそのantigonistの臨床応用が試みられている。

2011/07/12

Bardoxolone

 今日は、Journal clubがあってNEJMの電子版に最近発表された「Bardoxoloneが2型糖尿病性腎症の進行を抑制する」という論文(NEJM 2011 365 327)がテーマだった。エンドポイントがeGFRであり、透析導入や心血管疾患による死亡でないことが論文の有用性を下げていることなどは発見だった。1年間のフォローアップでGFRが最大10ml/min程度向上したとして、それがいったい何を意味するのかまだ誰にもわからない。追試で「この薬で透析導入を半年遅らせることができます」というような結論がでることを期待したい。

 この研究結果で面白かったのは、BardoxoloneはGFRを向上したけれどタンパク尿を悪化させたという結果だ。患者の98%がACEIやARBを内服していたにも関わらずだ。Bardoxoloneはnon-NSAIDs anti-inflammatory drug、抗炎症薬だ。だからここでの興味深い仮説は、「尿タンパクが腎機能を悪化させるのは、尿細管に漏れ出した尿タンパクが炎症を惹起するために起こるのであり、炎症そのものを抑えてしまえば、たとえ尿タンパクがでても腎機能は悪化しない(どころか向上する)」というものだ。ハハーそうか!と手を打って聞いていた。