2013/03/31

ネフロンの大冒険 3/3

 陸に初めて上がった両生類。彼らのネフロンには、近位尿細管の先に水を通さずNaClを通す管が新たに取り付けられた(後のヘンレ係蹄上行脚)。しかしこれだけでは尿希釈はできても尿濃縮はできない。つまり彼らの腎はまだ淡水適応時代の流れを継承しており、陸上で水と塩の吸収と再吸収を司るのは主に皮膚と膀胱だ(これらがアルドステロンに依存していることはに述べた)。

 爬虫類もまた両生類同様の水排泄を得意とするネフロンを持っているが、水から離れて生きるには必要ない。それで海水魚と同じように尿細管分泌の役割に多くを依存している(Am J Physiol Renal Physiol 2002 282 F1)。その証拠に、彼らはrenal portal system(腎門脈システム)をもっている。これは腎が静脈還流を受け、尿細管分泌により老廃物を排泄してから心臓に返すシステムだ。さらに彼らは腎だけでなく、salt gland、lower GI tract、膀胱などでも水と塩類を調節している(Seminars in Avian and Exotic Pet Medicine 1998 7 62)。

 爬虫類から進化した鳥類はどうか。彼らは温血動物だから代謝レベルが圧倒的に高まり、老廃物をごっそり捨てるのに糸球体は欠かせない。しかし既存のネフロンでは水排泄過多で干上がってしまう。そんな彼らに、脊椎動物で初めての尿濃縮システムが取り付けられた。尿管芽(ureteral bud)由来の集合管と、vasa recta、ループ係蹄が腎髄質(medullary cone)を縦に並んで走る、哺乳類型のネフロンだ。

 しかしネフロンの70-90%はいまだループのない爬虫類型だし、鳥類は尿素でなく水に溶けない尿酸を窒素排泄に用いているから哺乳類ほどosmotic gradientがでない。だから濃縮力は哺乳類に比べてずっと弱いが、彼らにはそれでいいのである。というのも尿濃縮は主に直腸で浸透圧勾配にしたがい行われる(余り腎で濃縮したら、逆に直腸内腔へ水が失われてしまう)し、鳥類も爬虫類同様にsalt glandを持っている。

 温血で生じる大量の老廃物をろ過しつつ水を保持する難題は、哺乳類に至って解決された。ここでは全てのネフロンが尿濃縮機構を持し、窒素排泄に水溶性の尿素を用いることで得た高いosmotic gradientにより尿濃縮能は飛躍的に上がった(それはAVPの支配下にあるurea recyclingによって維持されている、JASN 2007 18 679)。これらによって、体液調節のほぼ全てを腎が引き受けるようになった。

 幾多の試みの果てに、哺乳類は淡水で生まれた糸球体ろ過/尿細管再吸収システムに、陸上に適したループ係蹄/vasa recta/集合管システムを融合して最強のネフロンを作り上げた。しかしその間に、5億年前から伝わる糸球体分泌機能が捨てられることはなかった。現に哺乳類のネフロンにもそれは残されているし、私達が思っている以上に大きな役割を果たしているかもしれないのだ。その役割とは一体?それは別のコラムに書く。


2013/03/29

ネフロンの大冒険 2/3

 高張の海水に住む海水魚たちは、放っておけば水が抜けて塩が入ってくる。しかし彼らは、海水を飲んで溶質イオンを排泄することで干物になるのを防いでいる。海水からイオンを抜いて「蒸留水」を手に入れるなんて、現代の海水から淡水を作る技術に引けを取らない生物の大発明だ(Am J Physiol Renal Physiol 2004 286 F811)。

 溶質イオンの排泄だが、Na+とCl-は主に鰓で排泄され、腎臓は残りのCa2+、Mg2+、SO42-などの二価イオンを主に排泄している。これだけなら糸球体など必要ない、尿細管分泌で十分だ。それで、海水魚には糸球体があってもほとんど機能していない(5%以下)。腎が受けた血漿の0.08%しか糸球体ろ過されていないという実験もある。

 0.08%なんて、どうやって調べたか?答えはイヌリンクリアランス/PAHクリアランス。ろ過されるが尿細管で再吸収も分泌もされないイヌリンはGFR、ろ過と分泌によって一度の腎通過でほぼ100%除去されるPAHはRPFに相当するから。この二つ、実はこの文脈で魚について調べられたのが最初なのだ。

 さらに、いくつかの魚では糸球体がない(たとえば、アンコウ)!要らないから、取っ払ってしまったのだ。糸球体がない魚がいることは以前から知られており、糸球体ろ過と尿細管分泌の論争においてHeidenhain(Hermann's Handbuch d. Physiol 1883 5 279)、Johns HopkinsにいたE. K. Marshall(Am J Physiol 1930 94 1)ら所謂"secretist"達を産む元にもなった(異端者扱いされた彼らの業績については、後に述べる)。

 せっかく糸球体を獲得した淡水魚が海に戻って糸球体を捨てている間に、陸上の脊椎動物たちはどうしたのだろう。そもそも淡水魚が水排泄に重宝していた糸球体を、乾燥した陸上でどう活かそうというのか?つづく。

2013/03/27

ネフロンの大冒険 1/3

 19世紀後半から20世紀前半にかけて続いた、糸球体ろ過/再吸収と尿細管分泌の論争。しかし、糸球体と尿細管の間で揺れ動いてきたのは研究者だけではない。じつは生命そのものが、進化と適応の過程で両者の間を行ったり来たりしているのだ。どういうことか?ここで、5億年の間にネフロンが遂げた変化を追いかけてみよう。

 原始生物の腎臓には糸球体はなく、尿細管分泌による毒や老廃物の排泄を行っていたと考えられている(Am J Physiol Renal Physiol 2002 282 F1)。原始脊椎動物である円口類の腎はいまでもそうだし、amniotes(有羊膜類:爬虫類、鳥類、哺乳類の総称)が胎生期に利用するpronephros(前腎)も尿細管だけで糸球体はない(Dev Biol 1997 188 189)。

 糸球体があるとどう良いのか?例として淡水魚を考えてみよう。浸透圧が1mOsm/kgH2O未満の淡水では、浸透圧の高い体内に水がどんどん浸透してくる。その一方で、拡散により溶質は体外に出て行く。そんな環境で生きていくには、大量の水を捨ててしかも塩を保つ仕組みが必要だ。

 糸球体で体液をごっそりろ過すれば、水をじゃんじゃん捨てることができる。しかし体液をじゃんじゃん捨てたら死んでしまうので、貴重な溶質は尿細管(正確には遠位尿細管と膀胱上皮)でほとんど再吸収している。最終的な尿は40mOsm/kgH2O以下まで溶質フリーにできる(Am J Physiol Renal Physiol 2004 286 F811)。

 糸球体により淡水でも内部環境を維持することができるようになった脊椎動物。このあと彼らはネフロンの頭に糸球体を載せて岸から上陸し進化を遂げる一方、海水にも戻っていく。まず海の話をしよう。浸透圧が1000mOsm/kgH2O以上ある海水では体外に水がどんどん逃げ、塩が体に入ってくる。さて今度はどうやって体内環境を維持しよう?つづく。

2013/03/25

腎臓解剖生理学の歴史 2/2

 糸球体における毛細血管と尿細管の連結を発見したBowman。しかし彼は、尿は尿細管から分泌されると予想した。その過程で尿細管細胞が剥離するので、糸球体は尿細管内が詰まらないように水でflushするのが役目と考えられたのだ。まあ、あれだけクネクネ長い尿細管をみればそう思わないほうが驚きだが。

 しかしMarburg(ドイツ)のCarl Ludwigは違った。1842年、26歳の彼は「尿は糸球体が大量の体液をろ過して、そこには尿の溶質すべてが含まれている」という仮説を初めて発表した。大量の体液をろ過したら、それは必然的に尿細管で再吸収されなければならない。没後100周年記念の文献(NDT 1996 11 717)によればこれは一種の学位論文だったらしいが、以後ロンドンのArthur Cushnyらに支持された。

 糸球体ろ過/尿細管再吸収モデルと尿細管分泌モデルの論争はずっと続いた。尿細管モデルは、Breslau(現在のポーランド)のRudolf Heidenhainによって洗練された。彼は従来の尿細管剥離を否定し、尿細管での分泌は細胞内を通過するプロセスによると提唱した。これは現在のトランスポーターやチャネルにつながる考えだし、実際尿細管から分泌される物質もたくさんある。

 それが20世紀になって、米国University of PennsylvaniaにいたA. N. Richardsが論争の決着を準備した。彼はカエルの糸球体ろ過尿を採取して、その成分を膀胱の尿と比較した。糸球体ろ過尿なんてどうやって採取できる?Bowman嚢に極細ピペットを刺して吸い取ればいいじゃないか!私には何ともアメリカンな発想に思えるこれが、有名なmicropuncture法だ。

 以後、micropuncture、さらに発展応用したstop flowとmicroperfusionなどにより腎生理は飛躍的に解明され現在に至る(歴史についての論文はAm J Physiol Renal Physiol 2004 287 F866)。最初の論文(Am J Physiol 1924 71 209)を読んだが、micropuncture器械の写真などあり興味深い。糖負荷で糸球体ろ過尿は糖が陽性だが膀胱尿では陰性で、糖が尿細管で再吸収された可能性が示唆された。

 腎臓は重要な臓器でありながら、失っても腎代替療法で年余にわたり生命が維持できる(心臓、肝臓など他臓器と比べてみるがいい)。その理由の一つは、腎の機能が多臓器に比べて良く理解されているからだと私は思う。機能を知らなければ、テクノロジーによって真似することもできないではないか?先人達に感謝したい。


2013/03/23

腎臓解剖生理学の歴史 1/2

 異なる生き物達の仕組みを調べる学問を比較生理学(comperative physiology)という。古くはアリストテレスの『動物誌』(紀元前4世紀)にさかのぼり、その後も様々な研究者達による発見が生物、ひいては人間の仕組みを解き明かして行った。

 現代腎臓生理学の父とも言われるDr. Homer Smithの論文(JAMA 1953 153 1512)によれば、最初の巨人は17世紀、心臓生理学の祖William Harveyに約50年遅れてイタリアに生まれたMarcello Malpighiだ。彼は鶏やカイコ、植物など様々な生物を顕微鏡で研究した。昆虫の排泄器官、マルピーギ管でその名を知る人も多いだろう。

 彼は肺の構造について研究し、毛細血管(とそれが小動脈と結合していること)を初めて発見し1661年に発表した。それまでは、心臓と循環の研究の最先端にいたHarveyさえも血液は間質を滲みて小動脈から小静脈へ移動すると考えていた。

 つづいてMalpighiの15歳年下のLorenzo Belliniが、1662年に19歳でシカの腎乳頭を観察して繊維質に見える筋が実は中空の管(Bellini's duct、現在の腎乳頭集合管)であることを発表した。Malpighiも腎臓の研究をつづけ、腎臓により細かい管(uriferous tube、現在の尿細管)、それに毛細血管が束になって出来た小さな球体(Malpighi's corpuscle、現在の糸球体)があることを発見した。

 MalpighiとBelliniが用いていた顕微鏡の倍率は、なんと30倍程度。それが19世紀になって、300倍程度の倍率をもつ顕微鏡により1842年、英国のWilliam Bowman(本業は眼科医)が糸球体の構造を発表した。糸球体の壁側上皮層をBowman嚢と呼ぶのはこのためだ。これだって、染色技術がない時代のことだから驚異的だ。さあ、このあとどうなるか?つづく。




2013/03/21

Remote ischemic pre-conditioning

 虚血によるATNを予防する試みは、腎臓内科よりも他科のほうが積極的かもしれない(腎臓内科はATNになってから患者さんを診るから…)。今週のRenal Grand Roundでは、「術中術後のAKIをどうしたら予防できるか」を調べた麻酔科インターンがRemote Ischemic Pre-Conditioning(RIPC)について発表した。

 心筋に短時間の虚血を繰り返して起こすと、本格的に虚血になったときに虚血後再潅流障害が低減される(local ischemic conditioning)。要は、鍛えれば強くなるという体育会系の発想だ。どうも身体はそういうふうに出来ているらしい。

 そこから発展し「同様の虚血を離れた場所で起こしても、神経・ホルモン・サイトカインなどの影響は標的臓器に届くのではないか?」というのがRIPCだ。まず動物で「肢をターニケットで5分加圧(虚血)&5分リラックス(再潅流)×4セット」してから冠虚血を起こしたら、梗塞の規模が小さくなった(J Surgical Res 2012 178 797)。

 さっそく臨床でも試されて(血圧のカフで圧迫)、有効性を示すデータが出た(Lancet 2010 375 727、Circ Cardiovasc Imag 2010 3 656など)。非侵襲的な治療だから、心臓以外の臓器虚血にもついてもどんどん調べられている(今月でたレビューはJ Cardiovasc Med 2013 14 193)。

 数ある臓器のなかでも心臓の次に最も調べられているのが、腎臓。しかし、動物データはpositiveだが臨床データは小規模だし結果もまちまち。メタアナリシス(J Invasive Cardiol 2012 24 42)では効果ありと言うが、そもそも分析するスタディの質が低いのでなんとも言えない。進行中の大規模スタディが二つあるから結果を待とう。

 一つは、RIPCのCABG後急性腎障害に対する効果を調べるERICCAトライアル。英国の28病院で1610例をリクルートするという。このアウトカムの一つがAKIスコアと血中(尿中ではない)NGALだそうだ。

 もう一つは、生体腎移植患者を対象にしたREPAIRトライアル。移植前にドナーとレシピエント両方にRIPCを施すらしい。英国とオランダで400例をrandomizeして(まもなくリクルート終了)、primary outcomeは移植12ヵ月後のGFRだ。

 [2015年6月追加]米国にいる優秀なお友達から、この分野の新しい論文を紹介してもらった(doi:10.1001/jama.2015.4189)。ドイツの4病院で行われたスタディで、心臓手術前にremote ischemic pre-conditioningを行ったところ、行わなかったSham群にくらべて術後AKIが減少し、ARRが15%(95%信頼区間が2.5-27%)だったというものだ。どんどん広まるかもしれない。


[2019年11月追加]残念ながら、上記ERICCAトライアルは有意差がでなかった(NEJM 2015 373 1408)が、REPAIRトライアルでは介入群でeGFRが持続的に4ml/min/1.73m2たかかった(Br J Anaesth 2019 123 584)。

2013/03/20

涙と腎臓内科

 日本は今ごろ年度末、別れの季節に涙はつきもの。「なみだ(なみた)」は一説によれば「泣水垂(なきみたり)」が由来だとか。古今東西を問わず歌われてきた涙だが、私がまず思い出すのは岡本真夜の"TOMORROW"(1995年、写真はYouTubeより)。18年経っても「涙の数だけ強くなれるよ」で始まる歌詞は私の心で輝き続けている。

 さて、腎臓内科医たるもの尿と血液以外の体液組成も知っておきたい(膵液のは昨年書いたが)。そこで涙について調べると、意外なことが分かった。まず、60年前にRockefeller研究所のJørn Hess Thaysenらが涙の組成について調べた論文を発表した(Am J Physiol 1954 178 160)。

 彼らは同時期に唾液(Am J Physiol 1954 178 155)、汗(Am J Physiol 1955 179 114)の組成も調べ発表している。これら「体液三部作」は全てhuman subjectsが対象で、涙を採取する実験は男性二人に玉ねぎをスライスさせた(感動映画を見せるほどロマンチストではなかったようだ)。

 結果は、涙のNa+と尿素濃度は血液と同じなのに、K+濃度はなんと血液の3-5倍あった。つまり、1リットルの涙(映画ではないが…)に20mEq近いカリウムが含まれる計算だ。この仕組みと意義はずっと不明であったが、50年経ってJohn L. UbelsらがcDNA microarray法でラット涙腺細胞の遺伝子発現パターンを調べた(IOVS 2006 47 1987)。

 すると、涙腺導管細胞は間質側にNa+-K+-ATPase、NKCC1(Na+、K+、2Cl-のco-transporter、ヘンレ係蹄上行脚の内腔側にあるNKCC2の兄弟)、M3受容体、内腔側にKCC1(K+とCl-のco-transporter)、IKCa1(Ca2+依存型K+チャネル)、さらには嚢胞線維症で有名なCl-チャネルCFTR、水チャネルAQP5(腎で抗利尿ホルモンの支配下にあるAQP2の兄弟)などを発現していることが分かった。

 これらの結果から、①Na+-K+-ATPaseによりK+が細胞に流入してK+を内腔へ押し出すgradientができる→②副交感神経によるM3受容体刺激により細胞内Ca2+濃度が上昇し、IKCa1が開く→③濃度勾配に従ってK+がIKCa1とNKCC1チャネルにより内腔へ分泌される→④NKCC1によりNa+、K+、Cl-は間質側から供給され続ける(Na+は①により再び間質へ)、と仮説されよう。

 腎の尿細管も涙腺の導管細胞も同じようなトランスポーターやチャネルを用いているから、腎臓内科の知識が理解に活用できる。こうして解明されつつある涙が出る仕組みは、ひいてはドライアイやUVによる角膜障害の病態理解に役立つかもしれない。Ubelsらによる、涙液のK+がUV-Bによる角膜障害を防いでいるかも知れないと示唆する論文も出た(Exp Eye Res 2011 93 735)。



 [2017年12月追記]どういうわけか、最近このブログエントリーがよく読まれているようです。これを書いたときはまだアメリカにいて、そのあと何がどうなるかもわからなかったですけど。地道に続けていれば、いろんないいこと(つまり、キセキ)があります。まさに「涙の数だけ強くなれ」ますね。どうぞ、これからもよろしくお願いします。


2013/03/17

Conquest of land 2/2

 初めてaldosteroneを手にした脊椎動物、肉鰭類。お陰でハイギョは住む沼が乾季に干からびても生き延びることができる。しかしこの分野のレビュー論文(J Endocrinol Invest 2006 29 373)は、原始肉鰭類にとってステロイドは体液保持だけでなく低酸素に対するストレス反応に重要だったと推察している。かれらが初めて呼吸した4億年前の地球の空気には、酸素が現在の半分しかなかったのだ。

 両生類になるとステロイド代謝が大きく変化し、糖質コルチコイドのcortisolやcortisoneはCYP17がブロックされて産生が抑えられ、代わりに(17番炭素が水酸化されない代謝経路にある)aldosteroneとその前駆体corticosteroneが中心になる(なんとaldosteroneが鉱質・糖質コルチコイドを兼ねている)。これにより、両生類は皮膚と膀胱の上皮からNa+を再吸収することで体液を保持できるようになった。

 このステロイド代謝シフトはsauropsids(竜弓類、爬虫類と鳥類と恐竜の総称)で完成し、彼らではCYP17が完全にブロックされている。しかしaldosterone濃度は両生類の1/1000まで低下する。これが受容体の感度が高まったためか、前駆体のcorticosteroneに依存しているためかは分からない。いずれにせよ鉱質コルチコイドは腎臓と総排泄腔(鳥類にはダチョウを除き膀胱がない)でNa+を再吸収する。海鳥類では鼻と眼窩にある塩類腺からのNa+排泄調節も行う。

 哺乳類になっても、9600年前に分化したげっ歯類までは副腎でのCYP17が止まっている(corticosteroneがメインの糖質コルチコイド)。しかしそれ以降ではCYP17遺伝子発現が再開し、cortisolやcortisoneを利用できるようになる。ここにきて糖質・鉱質ステロイドの区別は明確になり、MR(鉱質コルチコイド受容体)のあるところでは糖質コルチコイド(MRと親和性あり)が11b-HSDにより分解される(この臨床的側面はこちら)。

 そんな哺乳類が、今度は海に戻る。5000万年前にシカのような動物がクジラ類に、2200万年前にクマのような動物が鰭脚類(アザラシなど)になる。生物の適応たるや、何でもありだ。高浸透圧の海で暮らす彼らにとってはナトリウム排泄が課題であり、ナトリウム保持のaldosteroneなど必要ない。だから、彼らの副腎を調べるとaldosterone産生が皆無か痕跡的らしい。

 "Nothing in biology makes sense except in the light of evolution"とは米国で活躍したロシア人生物学者Theosodius Dobzhanskyが1973年に発表したエッセーだ。大局的で進化論的な見方は生理学の理解を助けるし、なによりダイナミックで興味が尽きない。ここではaldosterone中心に論じたが、steroid receptorは?reninとangiotensinは?ADHは?質問が次々に生まれ、どんどん調べたくなる。

2013/03/15

Conquest of land 1/2

 6年前に腎臓内科の先生とrenin-angiotensin-aldosteroneの話をして、これがあるから生物は陸に上がることが出来たと聴いた。それまで「こいつらのせいで血圧が上がり血管にもダメージが…」とブロックすることばかり考えていた軸が、体液保持という陸上生物にとっての生命線と学び、目からウロコが落ちた(ウロコが落ちて、私も陸上生物の仲間入り?)。

 そして今、この話を深く調べる機会を得た。さかのぼること4億2000万年前、脊椎動物から肉鰭綱が分化した。そして、3億7000万年前頃までには肉鰭綱から進化して、初めての陸上動物である迷歯亜綱(Acanthostega、Elginerpetonら原始両生類)が誕生した。私達が陸上で生きられるのも、肉鰭類が適応したおかげ。

 その肉鰭綱とはどんな動物か?現存するのはなんとシーラカンスとハイギョだ。シーラカンスの太く肉厚な鰭は、肢への前段階と考えられる。同族の絶滅したEusthenopteronには胸鰭内部に骨があり、Tiktaalikには肘関節と手関節まであった。ハイギョは食道腹側の憩室が発達して肺になり、成長につれ鰓呼吸から肺呼吸に移行する。

 しかし肢と肺があるだけでは陸上で生きていけない、体液維持も不可欠だ。その点、肉鰭類はCYP11B2によってaldosteroneを作ることができる(General and Comparative Endocrinology 2007 153 47)!Aldosteroneは他の魚類が作るDOC(11-deoxycorticosterone)に比べてNa+貯留活性が圧倒的に高く、乾燥した陸上への適応を準備したと考えられる。で、このあとどうなったか?続く。

 [2017年5月追加]ハイギョに会ってきた(写真)。ハイギョの夏眠に関連した論文を読んだから。会ってみると、肉鰭類なだけあって鰭を足のようにして這い、ときどき水面で肺呼吸していた。仙台うみの杜水族館にいるが、アフリカハイギョではなくプロトプテルス・アネクテンスという学名で紹介され、解説もない(ホームページには数行あるが)。カメレオンの隣りにいて、みんなに無視されていた。おかげでじっくり観察することができたが、どうしてそういう展示なのか不思議だった。




[2019年5月追加]オーストラリアハイギョに会ってきた(写真)。日本内科学会の開催地から近い、名古屋港水族館にいた。鯉のように見えるかもしれないが、鰭があまり上肢らしくなく、アフリカハイギョより前に進化したと考えられている。「私達の祖先」と展示され、お客さんにも注目されていた。6月に開催の日本腎臓学会も名古屋なので、興味ある方は見学されたい。




2013/03/14

Dynamic hemodynamic monitoring

 内科ICUではIVC径の呼吸性変動がもはやroutineに用いられているが、standardization、validation、limitationについて知らねばならない。Subxyphoid approachで、右房に入る3cm手前(あるいは肝静脈合流部の尾側)で計る。変動はdistensibility index(変動幅/最小径)、collapsibility index(変動幅/最大径)、あるいは変動幅/(最小径と最大径の平均)などで表現する。
RA圧(CVP)とLA圧(PAOP)がfluid responsivenessを見分けるのに役に立たない(Crit Care Med 2007 35 64)のならIVC径も役に立たないように思われる。しかしIVC径の呼吸性変動はdynamic measurementなので、輸液によるcardiac index変動によく相関するらしい(Curr Opin Crit Care 12 249 2006)。
 どんな呼吸での変動なのか?データが集まっているのは人工呼吸管理、passive breathing(できれば呼吸筋麻痺)、そして時代遅れなほど大きなtidal volume(8-12ml/kg)における変動だ。自発呼吸の人におけるデータは少ない。エキスパートはIVC径が1cm以下ならレスポンダー、2.5cm以上ならノンレスポンダー、中間は分からないと言う(Chest 2012 142 1042)。
 他のlimitationには、脈拍が規則的でなければならない、右心不全(や肺高血圧や三尖弁閉鎖不全など)では体液量に関わらずIVCが怒張するかもしれない、胸壁コンプライアンス低下が影響するかもしれない(データによるとあまりしないらしいが)、operator-dependent、などがある。
 何だかんだと未だにCVPを用いているICU診療を考えれば、よりvalidateされたデータを臨床応用するのは正しい流れかと思う。しかし、あまり器械に頼らず総合的に判断する腎臓内科医としては「データの読み方を知らずに誤った判断をしないよう教育しないと、鵜呑みにしちゃって大変だ…」という心配もある。
 さらに、IVCの次はFloTrac®(SVV、stroke volume variationとScvO2を組み合わせた動的血行動態モニタリング)、流れは止まらない。こちらはご丁寧に、色分けされたグラフで「現在の患者さんはココ、『もっと輸液しようゾーン』です」とかアドバイスしてくれるそうだが、患者さんの脈拍リズムも人工呼吸器セッティングも敗血症(とそれによるcytopathic dysoxia)の有無も考慮しない…やはり読み手の教育が重要だ。

2013/03/09

Pictorial representation

 パワーポイントは、defaultのスライドレイアウトを使うと文字ばっかりになる。それで、ついに今回の発表ではそれを取っ払ってみた。つまり、図を大きく中心に置いて、その周囲に小さなテキストボックスを幾つか貼って追加説明するのだ。すると、なんと分かりやすいことか。
 しかし、学術的な発表で図画のことを「漫画(cartoon)」と言う(特に年配の)人達がいる。どういうつもりでそう言うのかと疑問に思う、少なくとも漫画文化を礼讃しているようには見えない。Graphicとか、figureとか言えばいいのにと思う。Pictorial representation、などと言うといっそう響きが良い。
 この言葉は、私の対極なプレゼン(パワーポイントに長文を一文ずつ箇条書きに貼りつけただけ)をする後輩が、私のスライドに対して「スライド上の言葉を少なくして、たくさん喋ってたくさんpictorial representationのスタイルが気に入りました、さすがです先輩」といったのに因む。
 しかし、そう言った彼の次のプレゼンもやはり同じ長文スタイルだった。もしかしたらパワーポイントの機能を知らないのかもしれない。基本的な描画機能、基本的なアニメーション機能が使えれば十分なので、今度機会があったら教えてあげよう。

2013/03/07

Insipidus

 糖尿病という名前を変えようという話があるそうだ。米国ではdiabetesといいラテン語では「尿がたくさんでる」の意味だが、ラテン語なので一般の人があまり尿を意識することはないと思われる。
 Diabetesには、diabetes mellitus(糖尿病、mellitusは蜂蜜のこと)とdiabetes insipidus(尿崩症)がある。米国では前者を単にdiabetes、後者をDIと訳すことが多く、日本のようにDMとは余り言わない。
 Diabetes insipidusのinsipidusとは「味がない」と言う意味で、「味のある」を意味するラテン語sapidusに由来する。Baltimore名物のカニ、blue crabの学名でもある(Callinectes sapidus)。直訳すると「美しく、美味しい、泳ぐ者」、calliは「美しい」の意味(calligraphyも同じ)。

PIGN v. C3GN

 Post-infectious GNについて、①最近の感染症、②補体の低下、③糸球体に好中球(exudative GNともいう)、④免疫蛍光染色でC3がメインに陽性、⑤hump(こぶ)様のsub-epithelial deposit。五つのうち三つがあれば高確率で診断できると提案されている(Medicine 2008 87 21)。

 これと紛らわしいのが、感染症を契機に補体が活性消費され蛍光抗体染色でC3陽性(免疫グロブリンは陰性)になるC3 nephropathyだ。うちでも紛らわしい症例がbiopsy conferenceで議論され、最近の論文も紹介された(AJKD 2012 60 1039)。ふたつをどうやって見分ければよいのだろうか。

 私はpost-infectiousはC3 depositionが主にmesangial、C3 nephropathyはcapillary loopと思っていたが、腎病理医によるとそうでもないと。EMのsubepithelial humpはpost-infectiousに特徴的らしい。Time courseがpost-infectiousなら一回きり、C3 nephropathyはだんだん腎機能が悪化するかもしれない。


2013/03/04

Cervical, jugular and carotid

 頚椎、頚動脈、頚静脈、いずれも「頚(くび)」と同じ漢字なのに英語ではcervical、jugular、carotidとどれも異なるのはなぜか?と考えたことがあるだろうか。私は回診中にふと疑問に思って、レジデントに「君のsmart phoneで調べてくれないか」とお願いしたことがある。

 Cervicalは「くびすじ、うなじ」を意味するラテン語cervixで、古代印欧語のkerwoに由来する。Kerは角を意味する接頭辞で、triceratops(三つ角の恐竜)、keratin(角質)も近縁語だ。考えてみれば頚は胴体から突き出している。

 Jugularはラテン語のeugulumに由来し、それは連結・結合を意味する古代印欧語の接頭辞yeug(英語のyoke、インドのyogaも同根という)にたどりつく。頚静脈は胴体と頭を連結しているからだろうか。

 最後にcarotidだが、これはなんと「眠りに落ちる」を意味するギリシャ語karounに由来する。昔からこの動脈をマッサージすると失神すると信じられていたからという(頚動脈洞の反射)。レジデントも、腎臓内科ローテーションでとんだトリビアに出くわしたものだ。