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2018/06/24

重曹とクエン酸のお話

 重曹とクエン酸、なんていうと、「お掃除のことかな?」と思うかもしれない(写真)が、今回はCKD、アシドーシスに対する重曹治療の研究で有名なグループからでたCJASNの最新論文(doi:10.2215/CJN.01830218)についてのお話だ。




 論文は、60歳くらいでBMI30くらい、eGFRは30ml/min/1.73m2くらいでHCO3-濃度は20-24mmol/lのCKDコホート20名(CJASN 2013 8 714と同じ)について、重曹群とプラセボ群(クロスオーバー)で尿・血液の代謝産物パターンにどんな違いがあるかを調べた。

 234の血中代謝産物と195の尿中代謝産物をスクリーンしたところ、厳格な(false discovery rateを20%とした)統計的有意差がみられたのはたった一つ、重曹群での尿中クエン酸(と、その異性体でクエン酸回路を構成するイソクエン酸)の増加だった。ほかのクエン酸回路の中間産物も、有意差はないが増加傾向であった。

 「重曹を飲むとクエン酸回路がまわる」と聞いても、「風が吹くと桶屋が儲かる」みたいに、すぐには何のことか分からないかもしれない(図)。論文著者のディスカッションは、そこについてあまり考察していない。



 重曹を飲むと、血中に入ったHCO3-は有機酸のH+を受け取る。こうしてできたH2CO3はすぐさま(水と)CO2となり赤血球に乗って肺から排泄される。いっぽう、H+を渡した有機酸陰イオン(これをorganic anion、OA-という)は尿中から排泄される(これが結石予防になっていることは以前に触れた)が、OA-のなかで代表的なものが、何のことはないクエン酸イオンである。

 そう考えると、結局「重曹を飲むと尿中クエン酸がふえる」というのは「水を飲めば尿がでる」と言っているようなもので身も蓋もない。でもまあ、クエン酸イオンが腎臓の細胞に流入すると、その過程で細胞内のクエン酸回路は回りそうだし、回ればなにかいいこともあるかもしれない(論文著者も「DKD、non-DKDともにCKDではクエン酸回路が大事な役割をしているようだ」と書いている)。

 重曹が健康にいい(腎臓だけでなく、骨はもちろん、最近は脳にも;CJASN 2018 13 596)仕組みが、こうしたさまざまな研究によって解明されれば、他の治療にもつながるかもしれない。いろんな代謝経路(図はクエン酸回路)を復習しながら、それに備えていたい。





2018/01/09

尿AGプラス

 AASKコホートで酸摂取量・酸排泄量などと腎・生命予後をみているグループ(以前の論文はこちらにまとめた)から、あたらしい論文がCJASNにでた(doi.org/10.2215/CJN.0377417)。尿アンモニア排泄量と、尿アニオンギャップの相関を調べたもので、「相関しない」という結論だった。以前も書いたように尿アニオンギャップは


[測定されない陰イオン] - [測定されない陽イオン]

 なので、NH4+だけでなく測定されない陰イオンの影響も受けるからだ。測定されない陰イオンのなかでは、硫酸イオン(SO42-)、リン酸イオン(HPO42-、H2PO4-)がおおきい(不揮発酸)。HCO3-は尿pHが6.5以下では尿中には有意な濃度で存在しないのであまり問題にならない。

 硫酸イオン、リン酸イオンを測った「尿AGプラス」を以下のように求めると、尿アンモニアと相関する。


尿AGプラス = ([尿Na] + [尿K]) - ([尿Cl] + [尿硫酸イオン] + [尿リン酸イオン])

 ここまでするなら尿アンモニアを直接測れば?と思われるだろうし、これだけやっても蓄尿容器にクエン酸がはいって尿pHが測れない、など問題がある。エディトリアルも「CKDの実臨床では尿AGプラスの価値はほとんどない」とそっけなく書いている。結局、血液検査と随時尿でわかるHCO3-と尿pH以上に使いやすく情報量の多いマーカーが現れるかはわからない。





 [おまけ]今回の論文で、尿リン酸はモリブデン酸塩(MoO42−)の光度計法、尿硫酸は硫酸バリウム(BaSO4)の沈降法で測定している。尿といえば、尿酸濃度は昔リンタングステン酸(H3PW12O40)の還元を利用して測定していた。元素が好きな方は、Ag、P、Sなどと合わせ周期表(下図)のなかに探してみてはいかが。なお尿アンモニア濃度はグルタミン酸脱水素酵素法で測定している。





2017/07/10

素敵な論文との出会い

 尿検査項目でまず見るのはなにか。ERで研修医をしていたころは、まず白血球エステラーゼと亜硝酸塩で尿路感染症かを見たものだ。あるいは、ケトンをみてケトアシドーシスか見る(Ketostix®でないとβOH酪酸は測れないが)かもしれない。ほかにも潜血、蛋白、糖、比重などそれぞれ情報がおおいけれど、尿pHについてはどうだろう。

 尿pHは、RTA結石で問題になるけれど、注目度はあまり高くないかもしれない。しかし、クロード・ベルナール先生が恒常性をみつけたきっかけはウサギが「酸を食べれば尿に酸を捨て、アルカリを食べればアルカリを捨てる」観察だし、食事の酸負荷が腎にあたえる影響という「裏テーマ」は最近腎臓内科で注目をあつめてもいる。

 さらにこのテーマは、糖尿病領域でも注目されている。フランスのE3N-EPICコホートで高いPRALとNEAPが糖尿病発症のリスクだと示され(Diabetologia 2014 57 313)、日本のコホートでも若い男性についてのみ示された(J Nutr 2016 146 1076)。糖質だけでなく酸も独立した糖尿病リスク因子のようで、RAA系とか、(バルドキソロンがターゲットにする)Nrf2とか、いろいろ機序が推察されている。

 …という文脈で、この論文(Diabetes Res Clin Pract 2017 130 9)に出会った。ニュースになっているから知っている人も多いかもしれない。京都の先生が出しておられるが、NAGALAという岐阜のNAFLD(非アルコール性脂肪肝;酒は飲んでいてもいいらしい)コホート男性、平均40歳代の約3000人を5年フォローしたものだ(写真は長良川)。




 で、個人的に「いいね(英語はLike、図)」と思ったのは、酸負荷の指標に尿pHを用いたことだ。




 食事の酸負荷を尿で調べるとき、24時間油壺に蓄尿したりアンモニア濃度を測ったりするのは手間だ。食事内容の詳細なアンケートをとる方法もあるが、これも手間だし正確かわからない。いい方法はないかな?と誰もが思う。尿AGもひとつだが、素直に尿のpHで代用したら?というストレートな発想がグッドデザイン(図)と思う。



 結果、尿pHが5.0の群は、5.5、6.0、6.5以上の群のくらべて糖尿病の発症率がたかかった(統計的なパワーは測られていないが、有意差あり)。尿pHが低い群は、高い群にくらべて尿酸値がたかく、BMIがたかく、高脂血症がたかく、飲酒量がおおかった。言い換えると肉食でメタボな感じだが、これらを考慮して多変量解析しても、有意差がでた。

 なお、eGFRが60ml/min/1.73m2未満は除外され、内服薬のない人を対象にしているので、CKDや利尿薬・RAA系阻害薬など酸塩基平衡に影響する要素はあまり考えなくてよさそうだ。血中のHCO3-を測っていないことは筆者も認めている。

 しかし、そもそもこの論文の趣旨は、尿pHのように健診でやるような基本的な項目から糖尿病という大事な危険を予測できるかもしれないということにあると思う。ときに半定量的で不正確なマーカーと切ってしまうこともある尿pHだが、そう言わずに調べてみたらちゃんと結果がでた。腎臓内科医としては少し反省し、謙虚な拍手を送りたい。

 次の方向は、3つだろうか。ひとつは尿pHが酸負荷のよいマーカーかを検証すること。さらに、もうひとつは酸負荷が糖尿病を起こす仕組み(あるいは、尿pH低下そのものが糖尿病を起こすのかもしれないが…それは、腎臓内科の仕事かもしれない)。さいごに、尿pHをほかのこと(とくに腎予後)についても調べて結果が出るか。

 楽しみなことをいろいろ考えさせてくれる、素敵な論文に出会えた。







2017/05/26

Na-Clを使って得た教訓

 個人的には、Na-ClではAGとHCO3-の和しかわからないので不十分と思っている。しかし生化学のTCO2が測れない以上、Na-Clをスクリーニングにして、正常範囲(36-38mEq/l)からの隔たりで血液ガスをとるしかない。

 Na-Clをスチュワート法のSIDaiとして考える人たちの間には、Na-ClがひくければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシス、と考える向きもある(こちらも参照)。スチュワート法は優れて流行のよい方法だ、SIDaiで世界は回る、Na-Cl万歳…という考えを取り入れてみて、最近落とし穴にはまった。二度。

 1つ目、高ナトリウム血症のコンサルト。

 Na 155mEq/l
 Cl 125mEq/l

 おや、Na-Clが30しかない。アシドーシスか?しかし水分が摂れず脱水状態にある患者さんで、どちらかといえばアルカローシスを疑うけれど…。病棟におねがいして血液ガスを提出。
 
 HCO3 25mEq/l
 pCO2 33mmHg
 pH 7.50

 AGが5mEq/lと低下していた。IVIG後で、陽性荷電したグロブリンがたまっていた影響と思われる。

 2つ目、高カリウム血症のコンサルト。

 Na 134mEq/l
 Cl 88mEq/l

 おやおや、Na-Clが46もある。アルカローシスか?しかし、Cr 9mg/dl、K 7.7mEq/lのAKIでアルカローシス?ガスをすぐさま取ろうかとも思ったが、緊急透析を行うことにし透析カテーテルから採血。

 HCO3 16mEq/l
 pCO2 33mmHg
 pH 7.30

 AGが30mEq/lと開大していた。AKIのほかに、メトホルミン関連乳酸アシドーシスが疑われた(乳酸がでない血ガス分析器なので、外注で結果待ち)。デルタ・デルタ(以前ふれた)を考えれば代謝性アルカローシスも併存しているが。

 ことわっておくがスチュワート法が悪いわけでは、もちろんない。本来のスチュワート法はSIDaのほかにSIDe、SIGもあわせて考えるので、解釈は可能だ。それに、Na-Clが正常範囲からずれているからガスを取ろうと思ったんだから、Na-Clを見る意義はあったといえる。

 教訓:Na-Clを用いるなら、Na-Clが下がっていてもAGが低ければアルカローシス、Na-Clが上がっていてもAGがたかければアシドーシス、と知っておけばいいい。

 困るのはNa-Clが正常でもAGとHCO3-が異常(片方が下がった分もう片方が上がっているなど)のケースだが…。これは、TCO2がないと見逃すかもしれない。



 

2017/05/10

カチオンとアニオン

 カチオンとアニオン(英語でキャタイオンとアナイオン)といわれても、語源がわからないとどちらが陽イオンで陰イオンかわからない。それは英語圏の人でも一緒で、CATion(ネコ)はPAWsitive(pawは動物の足というか肉球、写真)、アニオンはA Negative IONという語呂合わせがあるくらいだ。




 カチオンは古代ギリシャ語で「おりる(down)」を意味するkataに由来する。カテーテルのcathも同じで、管を通じて液体を下に送りだしていくイメージだ。一方アニオンは「あがる(up)」を意味するanaに由来する。

 では、どうして陽イオンは「おりるイオン」、陰イオンは「あがるイオン」なのか?イギリスの物理学者ファラデーと関係ある。彼が電気分解で電極(electrode)をつないだ線に電流が流れる実験を行ったが、上流の電極をcathode(おりる極)、下流をanode(のぼる極)と名づけた(図)。



 いまでは電流はe-の流れの反対と分かっているから、電流がcathodeからanodeに流れる時にはe-がanodeからcathodeに流れている。Cathodeにe-があつまると、電極を浸す水溶液中の陽イオンがあつまる。これがcat-ion(カチオン)。Anodeには逆に陰イオンがあつまり、これがan-ion(アニオン)。

 このような歴史的な経緯は興味深いが、はっきりいって混乱のもと。陽イオンと陰イオンのほうがわかりやすい。英語にはpositvely-charged ion、negatively-charged ionを略した言葉がないから、いまでも大変だ。東洋の陰陽思想(yin and yang、図)も広まっているし、いっそyinion, yangionと呼んではどうか。





[2019年10月10日追記]2019年のノーベル化学賞がリチウムイオン二次電池の発明で、Goodenough先生、Whittingham先生、そして日本から吉野彰先生に贈られた!

 この業績の恩恵に浴していない人はほとんどいないだろう。ただ、ここに追記したのには別の理由がある。それは、先生方の業績が、電池のanodeとcathodeの工夫にあったからだ。

 まず、Whittingham先生はcathodeに硫化チタンを、anodeにリチウム金属を用いた。つぎにGoodenough先生が、cathodeを酸化コバルトに改良。そして吉野先生が、anodeを炭素化合物に改良した(軽量化と何百回という再充電も可能になった)。

 分かりにくいが、ここでいうcathodeが「プラス(正)極」、anodeが「マイナス(負)極」で、放電時に電流はcathodeからanodeに流れる。


ブログ「リチウム電池の豆知識」より引用


 筆者にはもはや何が「のぼって」何が「おりて」いるのか分からないが、このブログが書けるのも、ノートパソコンにリチウム電池が内蔵されているおかげ。「キセキ」にも思える偉大な業績に、ただ感謝である。




2017/05/07

腎移植レシピエントとHCO3濃度

 腎移植患者さんと代謝性アシドーシスといえば、移植時点のグラフト機能(献腎か生体腎か)、カルシニューリン阻害薬(4RTAの原因となる)、そして高血圧や糖尿病や原疾患などによるCKDの進行などが関係していそうで、おそらく代謝性アシドーシスのあるレシピエントはそうでないレシピエントに比べてグラフト予後や生命予後がわるい気がする。これを調べた韓国のグループによる論文が昨年出た(doi:10.1681/ASN.2016070793)。

 結果を見ると移植3ヵ月後のポイントTCO2、時間ごと追ったtime-varying TCO2いずれも、低い群で正常群にくらべグラフト予後が有意にわるく、生命予後はtime-varying TCO2が低い群で正常群より有意にわるかった。前段の交絡因子(eGFR、合併症、ドナーのタイプ、タクロリムスかシクロスポリンかなど;タクロリムス群のほうがシクロスポリン群よりTCO2が低かった)などを補正しても、有意だった。



 なお、これらの施設(ソウル大学病院、ソウル大学Boramaeメディカルセンター、ソウル峨山病院)ではTCO2が22mEq/l以下の群の約10%に重曹を使っている。

 個人的にこの論文は、韓国の移植事情が見え隠れして興味深かった。生体腎が約7割、ABO不適合が約5%、レシピエントの男女比が約6:4、PEKTが約10%、など。ABO不適合が少ないのはKPDの影響だろうか(以前かいたが、最初におこなったのは韓国だ)。


Paragraph Break Symbol


 ここまで腎におけるHCO3回収、酸排泄とアンモニア輸送のしくみ、スチュワート法のエッセンス、高Cl輸液とSIDアシドーシス、酸負荷・酸産生・酸排泄を計算する歴史やそれにもとづいたCKDアシドーシスの診療、重曹の使い方、血液透析患者さんの血中・透析液HCO3濃度と移植患者さんの代謝性アシドーシスについて最近の論文をレビューしてみた。

 知らないことがたくさんあったし、調べるほどわからないことは増えるけど、こういう機会があるとまた新しい知見が網にひっかかり少しずつ深めていくことも出来るからありがたい。酸塩基平衡はさまざまな患者さんのさまざまなシチュエーション、さらに人間だけでなく動物・自然界までも支配する普遍的名法則だから、いろいろ飽きない。

 ほら、いま日本の温室で見ごろのこの花がなぜこんなに鮮やかかだって、色素とpHで決まる(Biochemical Systematics and Ecology 2010 38 630)のだから。花の名前は、ヒスイカズラ。






 [2017年6月追加]オンラインで先行した上記論文に紙が追いついて(JASN 2017 28 1886)、エディトリアルも手にはいった(JASN 2017 28 1672)。このエディトリアル論文の注目度を示すAltmetricsのAttention Scoreは115で、トップ5%の注目度らしい。なかでもわたしの注目は、タクロリムスとシクロスポリンがアシドーシスを起こす仕組みに違いがあることだった。

 シクロスポリンは、ペプチジルプロリルcic-transイソメラーゼ活性をもつシクロフィリンをブロックしてβ介在細胞(β、すなわちbaseを捨てる)からα介在細胞(alpha、すなわちacidを捨てる)への変身を妨げる(Am J Physiol 2005 288 F40)。それに対してタクロリムスはNHE3、アニオン交換体(AE1)、Na/HCO3共輸送体(NBCn1)などの発現を減らす(Am J Physiol 2009 297 F499)。いままでカルシニューリンインヒビターはRAA系をレニンのところでブロックする(図はNEJM 2004 351 585より)と教わってきたが、もう少し複雑みたいだ。


 実際、冒頭のスタディでもシクロスポリンよりもタクロリムスで有意にアシドーシスが多かった。CNI-sparingレジメンのベラタセプトがシクロスポリンに優れていたBENEFIT-EXTスタディ(Am J Transplant 2016 16 3192)の結果も、このような差を考慮しなければならないのかもしれない。


2017/05/06

透析液のHCO3濃度

 腎臓から酸を排泄できない血液透析患者さんではどのように酸のバランスをたもつか。からだにたまった酸が透析によって排泄できればいいが、抜けにくいものもおおい。それで、透析液からアルカリを体内にバッファーすることで酸を中和するのがメインの方法になる。

 透析液のアルカリはもともと酢酸イオンで肝臓でHCO3に変換されていたが、透析中の低血圧や心筋抑制などの副作用が懸念された。それでアルカリの大部分は重炭酸イオンにおきかえられた。それでも、カルシウムと重炭酸が沈殿しないよう少量の有機酸が必要なので、酢酸や酢酸ナトリウム、クエン酸がまぜてありこれらも体内でアルカリとなる。

 透析膜の内と外で重炭酸がどのような動きをするかは複雑だが、透析患者さんにおける酸塩基バランスはおおまかに図のようになる(KI 2016 89 1008)。透析しないあいだに酸がたまり体液貯留でHCO3-濃度がさがり、透析するとHCO3がバッファーされHCO3濃度があがる。


 こうしてくわえるアルカリ量が次の透析までに摂取や産生でためる酸の量とほぼ等しくなって、透析前のHCO3が一定に保たれる。…はずであるが、実際はそうでもない。透析間隔や食事量、体重の増えなどあり同じ患者さんでも一定しないし、体格や透析膜、血液流量などの違いで患者さんどうしでもばらつきがある。

 透析HCO3濃度(以下D-BIC)は各国で大きく差がある。2002-2011年のDOPPSデータ(AJKD 2013 62 738)をみると、北米でたかく(アメリカでは半数近くが38mEq/l以上)、欧州は大半の患者さんで33-37mEq/l(ドイツは32mEq/l以下の患者さんも多い)、そして日本では30mEq/l以下の患者さんが83%だ。

 米国でこんなにD-BICが高いのは、2000年に透析患者さんでHCO3濃度を毎月測り22mEq/lを維持しようという推奨がKDOQIからでてみんながD-BICを上げていったからだ。しかし、たかいD-BICで一気にpHをあげると低K血症、血管石灰化などにともなう血行動態の不安定や不整脈(突然死)や、免疫機能低下にともなう感染症などたくさんの心配がある(図、前掲KI論文)。



 実際透析大手FreseniusデータでD-BICが28mmol/l以上の群は突然死のリスクが高かったので透析前HCO3が24mEq/l以上の患者さんではD-BICを下げる方針にした。D-BICそのものではないが、FDAは2012年に透析液に含まれるクエン酸や酢酸もアルカリの一部として考慮するよう、安全に関する通達をだした。

 そもそも、KDOQIの推奨はアシドーシスの筋肉や骨にたいする影響を懸念してだされた。しかし、透析前HCO3濃度がひくい透析患者さんは酸摂取がおおい、つまりたんぱく摂取がおおい患者さんとも言えるから、彼らのほうがPEWがなくて栄養状態はいいのかもしれない。

 2006年にでた米透析施設最大手DaVitaコホートの研究(CJASN 2006 1 70)がこれを示唆している。栄養状態を考慮しないと透析前HCO3濃度がたかいほど死亡率が高かったが(図左)、栄養状態とcase-mixで補正すると2015カーブが反転しHCO3濃度が低いほど死亡率が高くなった(図右)。

 

 ではD-BICは低いほうがいいのだろうか?D-BICが多国より明らかに低い日本では、透析患者さんの予後がもっともよい。ただ、あまりにも他国とちがいすぎて前掲DOPPS論文では日本だけ分析から除外されてしまった。それでというわけでもないだろうが、日本のデータを独自に分析した論文が2015年にでた(AJKD 2015 66 469)。
 
 注目すべき点はいくつかあるが、ひとつめは透析前後のHCO3だけでなくpHにも注目し、結局死亡率に唯一有意に相関したのはHCO3ではなく透析前pHが7.40以上の群だけだったこと(生データが白丸、補正後が黒丸)。たしかにHCO3濃度が同じでもpCO2がひくくpHが高い患者さんとpCO2がたかくpHがひくい患者さんでは血管、筋、骨などへの影響がちがう気がする。



 ふたつめは透析液の総アルカリ濃度がいっしょでもD-BICが多ければ透析後のHCO3濃度とpH、透析前のHCO3濃度とpHは高くなったことだ(D-BIC 35とクエン酸1mEq/lの液と、D-BIC 31で酢酸6mEq/lの液を比較した)。FDAの通達は「クエン酸も結局アルカリとして体の中でHCO3になるのだから一緒」というものだったが、透析膜内外のHCO3濃度差はいくら透析液の総アルカリ濃度が一緒でもD-BICの影響を直接うける。

 このスタディは死亡率が低すぎて統計的なパワーが足りない(患者さんにとってはいいことだが)など限界もある。しかしpHの話などはアシドーシス診療を根本から変える可能性もあり、これからの同様な再試や大規模な研究を待ちたい。

 

2017/05/01

アシドーシスの裏テーマ 1(歴史)

 現代人が一日に腎臓から排泄する酸は1mEq/kgとよくいわれるが、酸の排泄量は体重だけで決まるわけではない。たとえば、酸をどれだけ摂るかによっても決まるはずである。しかし、ナトリウムやカリウムとちがって、食事の酸制限というのはあまり聞かない。

 そもそも食事中にどれだけ酸がふくまれているかなんて、どうやって計るのだろうか?というのは100年以上まえから研究されているテーマだが、これまで医学の表にあまりでてこなかった。しかしいま、食事に含まれる酸が注目を集めているので、あえてこの裏テーマにスポットを当ててみたい。

 尿細管のチャネルが魚からみつかったように、この分野も最初は動物からはじまった。
草食動物の尿はリトマス試験紙でアルカリ性に、肉食動物の尿はリトマス試験紙で酸性に反応するというのは常識である。 
ーN. R. Blatherwick(Arch Int Med 1914 XIV 409)
 この「常識」に注目したひとりが、フランスの生理学者クロード・ベルナール(1813-1878)だ。彼は研究室(写真)につれてきたウサギが草をたべるとにごったアルカリ尿、肉を食べると(肉しか与えなければたべるらしい)クリアな酸性尿をだすと発表した。原著はLeçons sur les proprietes physiologiques et les alterations pathologiques des liquides del’organisme. Paris: Balliere; 1859、これについてふれたベルナールの伝記論文はNDT Plus 2010 3 335。



 これは酸を摂ればそのぶん酸を、アルカリをとればアルカリを排泄して「内部環境」をたもっているという、彼が提唱した生命の恒常性を例示したエピソードでもある。

 20世紀初頭にはいると、食品を燃やしてできる灰の分析から、より定量的に食事の酸・アルカリを測定する試みがはじまった(J Biol Chem 1912 11 323)。灰にふくまれるK、Ca、Mg、Pなどのミネラルのうち、陽イオンはアルカリを提供し陰イオンは酸を提供するので、陽イオンより陰イオンがおおければ酸、陰イオンより陽イオンのほうがおおければアルカリと考えられた。

 この概念は腎臓内科医にはなじみがあまりないかもしれない(私にはなかった)が、動物界には、単位あたりの食餌における陽イオンと陰イオンの差、DCAD(dietary cation-anion difference)という概念がある。いろんな式があるがよく用いられるのはNa + K - (Cl + S)。

 たとえば、DCADを低くして酸性の食餌をあたえることでカルシウムを骨から出やすくしておくことが、乳牛のミルク・フィーバー(産褥期にカルシウムを乳にとられて低Ca血症になることで熱はでない、写真)予防になる。



 また、水族館のイルカで尿酸アンモニウム結石がおおい(写真はサンディエゴ・シーワールドのDottieというイルカの石;J of Zoo and Wildlife Med 2012 43 101)のは食餌のDCADが野性と比べて低く酸性だからではないかという研究(doi:10.2527/jas.2016.1113)もでている。



 人間界ではどうか?つづく。


2017/04/28

高Cl血症とSIDアシドーシス

 0.9%NaCl輸液をつかうとアシドーシスになるとして、それがまずいのだろうか?0.9%NaCl輸液につて、賛成と反対の立場から書いた論文がKidney Internationalにでていた(賛成はKI 2014 86 1087、反対はKI 2014 86 1096)が、じつはどちらの立場もアシドーシスがわるいとはあまり言っていない。

 0.9%NaCl輸液がAKIや死亡率上昇に相関するスタディは、とくに集中治療の分野で多くだされている。ただし、ここでAKIの主因に考えられているのは高Cl血症による腎血流低下(動物実験だけでなく、健常者のボランティアでも示されている;Ann Surg 2012 256 18)で、そのメカニズムとしてマクラデンサを介したT-Gフィードバック(図はKI 2014 86 1096)が考えられている。ほかに、Cl貯留による浮腫・腎内圧亢進など。



 だから、アシドーシスじたいの害かどうかはわからない。実験動物にHClを点滴して高Cl代謝性アシドーシスにするとサイトカインやNFκBがふえるという論文もある(Chest 2006 130 962)が、アシドーシスにはヘモグロビンの酸素解離曲線を右に押し下げ(Bohr効果)組織の酸素化を改善する(Br J Anaesth 2008 101 141)ともいわれる。

 むしろ、アルカリ化でAKIを予防しようと心臓手術の麻酔開始時から24時間重曹を輸液した群と0.9%NaCl輸液した群を比較したスタディもあった(PLOS Med 2013 10 e1001426)が、かえってAKIと死亡率が悪化して、中断された。もっとも、このスタディでは重曹群でアルカローシスになったのに0.9%NaCl群でアシドーシスにはならかったので、重曹群でアルカローシスの害が出ただけのかもしれないけれど。

 高Cl血症とSIDアシドーシスはスチュワート的には同義かもしれないけれど、Cl自体の害とアシドーシスの害はまた、ちがうのかもしれない。



2017/04/26

スチュワート法のエッセンス 2

 電気的な中性と水の電離定数がきまっているというルールのもとでSID、弱酸の総濃度、pCO2がH+濃度を決めるというスチュワート法の、使い勝手がいい道具はないか?いちばん簡単なSIDの指標は、ナトリウムイオンと塩素イオンの差だ。K、Ca、Mg、乳酸などの濃度はナトリウムと塩素イオンに比べてとても小さいので、このふたつだけでSIDとほぼ相関する(よくとりあげられる論文はICU患者で測ったJ Crit Care 2010 25 525、縦軸がSIDで横軸がNa-Cl)。



 HCO3-を生化学で測らない日本では、以前から次善の策としてナトリウムと塩素イオンの差が酸塩基平衡の推定に用いられてきた。これがHCO3-とAGの和になると考え、それぞれの正常値(24、12)の和である36より低ければアシドーシス、高ければアルカローシスと言う具合だ。
 
 しかしAGやpCO2を無視しており、これらだけで酸塩基を考えるのは乱暴な気もする。たとえば、Na-Clが下がっていても呼吸性アルカローシスを代償してHCO3-が下がっているかもしれない。AG開大アシドーシスでAGが増えたのと同量のHCO3-が減っていればNa-Clは動かない。これらの心配があってもなおNa-Clが使えるのか?

 結論から言うと、生理学アプローチといわれるボストン法とちがってスチュワート法には本来代償という概念がない(AJKD 2016 68 793)。あえて極論すれば、SIDが下がったらそれだけでH+が動くわけだから、アシドーシスは存在すると考える(SIDアシドーシスという)。臓器や組織がどうかではなく、水溶液とその溶質が主眼なので物理化学アプローチともいわれる。

 だからSIDとNa-Clが相関する以上Na-Clが低ければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシスと言ってしまう。このあたり腎臓内科医としては抵抗があると思う。じっさい、AJKDにボストン法とスチュワート法を比べる前掲レビューがでたあとに、集中治療医と著者の腎臓内科医のあいだでNa-Clについてバトルがおこった(doi:10.1053/j.ajkd.2016.12.019、doi:10.1053/j.ajkd.2017.01.039)。

 AGについてはどうか?AGは測定できない陰イオン(UMA、unmeasured anion)の総和で、SIDのなかに入っている。だからSIDから測定できる陰イオンであるHCO3-とアルブミン(リン酸、乳酸を入れる場合も)を引いたSIG(ストロング・イオン・ギャップ)で推定する。AGという概念をスチュワート法に入れるためにSIGという言葉を作ったような感もあるから、AGとSIGが相関する(PLOS One 2013 8 e56635)といわれても「それはそうだ」という気がする。

 なお、完全に電離した陽イオンと陰イオンの差SIDのことをSIDa(apparentの略)といい、乳酸などの有機イオンを省いたものをSIDai(iはinorganicの略)という。それに対して、SIGを計算する時にSIDaから引くHCO3-、アルブミン、リン酸などをまとめてSIDe(effective)と呼ぶ。スチュワート法解説の多くはここに労力をさいているけれど、私も含めここで森に迷い込む学習者が多いと思う(結局AGで代用するのに)。

 個人的には、

1.電気的中性
2.水の電離
3.SID

 の三つがスチュワート法のエッセンスだと思う。それらがわかって、0.9%NaCl大量輸液でアシドーシスになることがスチュワート法の考えで理解できればいいのかなと思う。実際、スチュワート先生の啓蒙ウェブサイトにある初学者用チュートリアルもそういっている。もういちどふりかえると輸液のSIDはNa-Clでゼロ。血液のSIDは30-40あるから、混ぜれば血液のSIDがさがりSIDアシドーシスになる。

 一方、「生理的な輸液」と称され生理食塩水から「生理」の字をうばってしまったPlasmaLyte®などはSIDが正常だ(Na 140、Cl 98mEq/l)。ただしスチュワート的に平和なこれらの輸液がほんとうに0.9%NaClより優れているかは、別の話。つづく。


2017/04/25

スチュワート法のエッセンス 1

 生理食塩水を最近は0.9%NaCl輸液と呼ぶことがおおい。これを大量輸液すると高Cl-代謝性アシドーシスになる。婦人科手術で0.9%NaCl輸液を輸液した群とLRを輸液した群をくらべると前者でpHが下がっていた論文が有名(Anesthesiology 1999 90 1265)だが、この現象自体はよく知られているし、これがおこることに異論はない。問題は解釈と臨床的な意義だ。まず解釈についてふれる。

 高Cl輸液で代謝性アシドーシスになるのは、HCO3-が希釈されるというのがHenderson-Hasselbachの考え方で、裏返しはコントラクション・アルカローシスだ。それに対して、Cl-濃度が増えるからアシドーシスになるというのが、スチュワート法の考え方だ。複雑なギャンブルグラム(米国の生理学者 James L. Gamble先生が提唱した、陽イオンと陰イオンをつみあげた2本の棒グラフ;図はAJKD 2016 68 793)や計算式が学ぶ者のやる気を阻むスチュワート法だが、とりあえず上記の例で考えるとエッセンスはつかめると思う。




 スチュワート法は二つの原理を基本にしている(BioMed Research International 2014 Article ID 695281)。ひとつは電気的中性で、陽イオンの総和と陰イオンの総和は等しい。だから、血中Na濃度が140mEq/l、Cl濃度が106mEq/lのところにNa濃度が154mEq/l、Cl濃度が154mEq/lの輸液をすればCl-が溢れ、そのままでは身体が陰性に荷電してビリビリする。でも電気的中性はゼッタイだからそんなことはおこらない。

 そこでもうひとつの原理、水の電離定数がでてくる。すなわち、[H+]と[OH-]の積は25度で10のマイナス14乗と決まっている。このおかげで、Cl-が増えた分、水が電離しH+がふえてOH-が下がるようにバランスをとってくれる。この書き方がポイントで、スチュワート法ではCl-が増えたのが「主」、それによってH+がふえるのでH+の変化は「従」、と考える。

 Cl-が増えたことを、スチュワート法ではSID(Strong Ion Difference)が減ったという。Strong ionというのは生理的なpHで完全に電離しているイオンのことだ。たとえばHCl(塩酸)は強酸だから、pHがちょっと変わったからといってCl-イオンとH+がくっついて電気的に中性なHCl分子になったりしない。あくまで陰イオンとして居座るイメージだ。このように「強い」陽イオンと陰イオンの差がSIDで、これが減ればH+は増える(アシドーシス)し、ぎゃくに増えればH+は減る(アルカローシス)。

 このようにpHを規定する「主」の因子はスチュワート法では3つあるが、一番効くのはSID。ほかの二つは弱酸総濃度(HA ⇔ H+ + A-の平衡にあるHAとA-のトータルだからAtotと書く)、CO2分圧だ。スチュワート法では、この三つの値がわかっていれば、ほかに電離定数や平衡の定数などいれた4次方程式をとくことで理論上H+濃度を算出できる。参考までに載せておくと:

aH^4 + bH^3 + cH^2 + dH + e = 0
a = 1
b = SID + Ka
c = Ka x (SID - Atot) - Kw' - Kc x pCO2
d = - [KA x (Kw' + Kc x pCO2) - K3 x Kc x pCO2]
e = - (Ka x K3 x Kc x pCO2)

 これがスチュワート法の素晴らしいところでもあり、複雑すぎてついていけないところでもある。Hendersonらのアプローチ(最近はボストン法というらしい)ではHCO3-とpCO2、AGを求めるのにNaとClをいれた4つでよかったのに、スチュワート法では他にCa、Mg、Cl、乳酸、アルブミン、リンが要る。というか、測定できるイオンが増えれば増えるほど式は長くなる。それでコンピュータにプログラムを入れたり工夫しているわけだが、とっつきにくい。

 おもわず好きになってまうねずみのスチュワート(図)のように、フレンドリーなスチュワート法の道具はないのだろうか?つづく。
 




2015/04/14

介在細胞(aka 生涯教育)

 ぱっとめくったページが腎生理特集で、遠位ネフロンの介在細胞についてだった(CJASN 2015 10 305)。Last authorのDr. Pastor-Solerは私がUPMC(University of Pittsburgh Medical Center)の腎臓内科フェローシップの面接に行ったとき面接官の一人だった。またアイオワ大学腎臓内科のボスであったDr. John Stokesが亡くなって後任を選ぶのに、彼女がアイオワまで面接に来て講演した(そのときも介在細胞の話だった)。

 First authorとsecond authorは彼女の部下なのだろう、ヤングスタッフ、あるいはフェロー。アイオワも尿細管(とくに遠位ネフロン)を研究しているから、私も米国に残っていたらこういった総説を書く機会があったのかもしれないなどと思ったりする。が、今となってはこうしてせめて読者としてついていくしかない。これが"C(Clinical)"JASNに載っているということは、臨床家でも専門医ならこれくらいは知っておけということだ…。

 介在細胞は、遠位ネフロン(発生学的には中腎由来の部分)にあって、形態的には簡単に見分けられる。他の尿細管細胞にある中心に一本立った線毛がないからだ(なおこの線毛がどんな機能をしているかはまだ分かっていない、おそらく尿のフローセンサーだろうと推察されるが)。その名の通り、A型介在細胞は酸(acid)を、B型介在細胞は塩基(base)を排泄する。

 A型介在細胞は内腔側にH+-ATPase、H+/K+-ATPaseを持ちH+を排泄し、H+と一緒に出来るHCO3-(この反応はCAII: carbonic anhydrase IIによりなされる;B型介在細胞も同じ)は血管側のAE1(anion exchanger 1)に取り込まれる。またA型介在細胞は内腔側に大きなK+チャネル(big KだからBKチャネルという、またはMaxi-Kチャネルともいう)があってカリウム過剰摂取のときなどにK+をflow-dependentに排泄する。

 それに対してB型介在細胞はA型介在細胞をひっくり返したようにチャネルが付いていて、内腔側にあるPendrinと呼ばれるCl-/HCO3- exchangerでHCO3-を排泄し、逆にH+-ATPaseが血管側に付いている。

 ここまでは、よく知られたことで教科書にも書いてある。臨床的には、H+-ATPaseのa4、B1サブユニットの異常やAE1の遺伝子異常が遠位RTAを起こすことが知られている(以前に触れた)し、Pendrinの異常はPended症候群を起こす(これも以前に触れた)。このあと知らないことが次々に出てきた。

 まずはB型介在細胞の内腔側にあるNDCBE(Na+-driven chloride/bicarbonate exchanger)だ。B型介在細胞で能動的にH+が血管側に出ると細胞内外に電位差が起こり、NDCBEを通じてNa+が内腔側から細胞内に入ってくる(そして血管側のAE4; anion exchanger 4を使って再吸収される)。同時にHCO3-が細胞内に入りCl-が内腔側に出るが、Pendrinも回るので細胞内に入ったHCO3-は内腔側に再び出て行きCl-が細胞内に再吸収される。

 結果、NDCBEが一回周りPendrinが二回周れば、H+-ATPaseによってNaClが再吸収されることになる。いままで遠位ネフロンでのECF再吸収は主細胞の3Na+-2K+-ATPaseによるENaCのみで起こり、残りの現象はENaCによって生じた電位差を利用して説明されてきたので、これは意外だった。

 さらに、内腔側と血管側だけでなく介在細胞質内のメカニズムも分かってきた。たとえばA型介在細胞では、H+をたくさん捨てさせる機構としてCAIIでH+と一緒にできるHCO3-を感知するsAC(solubule adenylyl cyclase)活性化→cAMP/PKA活性化→H+-ATPaseの175番アミノ酸残基(Ser)を介したものが発見されている。

 逆にH+排泄をdownregulateする機構には[AMP]/[ATP]比の増加→AMPK(AMP-activated protein kinase)活性化→H+-ATPaseの384番アミノ酸残基(Ser)を介したものがある。センサーでいえば、内腔のpHを感知するものとしてGPR4(G protein-coupled receptor 4)、non-receptor tyrosine kinase Pyk2が調べられている。

 いわゆるaldosterone paradoxと呼ばれる現象(アルドステロンは高K血症時にはK+排泄をしてNaCl再吸収はしないのに、体液不足時にはNaCl再吸収はするのにK排泄はしない;いまではアンジオテンシンIIとWNK4が関わっていることが分かっているが、これはまた別に書く)にも、介在細胞が関わっている。高K血症でアルドステロンが出るがレニンやアンジオテンシンはない場合、介在細胞のMR(mineralcorticoid receptor)はリン酸化されておりアルドステロンは主細胞にしか作用できない。それでENaC↑→ROMK↑→K+排泄が起こる。

 それに対し体液不足でRAASが活性化されている場合、介在細胞内MRのリン酸化が解けてアルドステロンが介在細胞に作用できるようになる。そうすればH+-ATPaseによるNaCl再吸収でENaCまでNa+が届かなかったり、A型介在細胞のH+/K+-ATPaseによりK+が再吸収されたりして、NaClは吸収されてもK+は排泄されない。

 他にも介在細胞のH+-ATPaseを修飾するタンパクにはPRR(prorenin receptor)があり、これがreninやproreninをひきつけるのでRAA系の反応効率が上がり、angiotensinogen→angiotensinの変換効率は4倍になる。また介在細胞はPGE2を産生し、paracrineな方法で主細胞のENaCをdownregulateするなどが書かれていた。

 そして最後に、これは介在細胞に限ったことではないが、尿細管細胞はTLR(Toll-like receptor)のほぼ全種類を持っていて、とくにTLR4はuropathogenic E. coliを認識しているといわれ、さまざまなAMP(antimicrobial peptides)を放出して尿を無菌に保とうとすると書かれていた。AMPはdefensin(とくにβ-defensin-2はヘンレ係蹄から集合管まで広く分布している)や、RNAase7(こちらは介在細胞、膀胱上皮、尿道上皮に分布している)、cathelicidin、hepcidinなど100アミノ酸残基以下のペプチドだ。

 これらの殺菌物質のほかに静菌物質もあり、A型介在細胞はlipocalin 2を産生する。lipocalin 2と言われてもピンとこないだろうが、これはNGAL(neutrophil gelatinase-associated lipocalin)のことだ。NGALはAKIでも産生されるが、感染時にも産生されグラム陰性菌の増殖に必要なenterochelinとFe3+の結合体に張り付いて増殖を抑える。さらにNGALはTLRの活性化にも必須とされている。

 こんなに長く文献をまとめたのは久しぶりだ。時間があったこともあるが、これを毎日やったら疲弊する。フェロー時代は学びのシャワーを浴びるのが良いからどんどん論文を読んでどんどん吸収していたが、スタッフになったいま、生涯教育として専門性をアップデートするためには、やはり何度も何度もいうように持久力が必要で、そのコツも学んでいかなくてはならない。




[2018年11月追加]本文の最後に介在細胞が抗菌ペプチド(antimicrobial peptide、AMP)を産生して尿路感染症から腎臓を守っていると書いたが、それがインスリン受容体の支配下にあるという論文がJCIにでた(doi.org/10.1172/JCI98595)。糖尿病患者で尿路感染症が多いことと関係あるかもしれない、と著者は言う。


2015/03/03

ニッポンの酸塩基平衡

 腎臓内科学会が主催するセミナーをお手伝いしてきた。そこで、生化学のNa+とCl-だけでpH、pCO2、HCO3-を読もうとするニッポンの酸塩基平衡を習った。Na+からCl-をひくと、HCO3-とAGだ。

☆AGが正常(12)、HCO3-が正常(24)ならNa+ひくCl-は36になるはずである。この値が36からはずれている時には酸塩基平衡を疑わなければならない☆

 AGを12と仮定すればHCO3-を求めることができる。
 
 HCO3-からpCO2を求めるには、呼吸性の二次的(代償性)反応幅ΔpCO2がだいたいΔHCO3-かける1(個人的には代謝性アシドーシスでは1.2、代謝性アルカローシスでは0.7という人体実験データから得られた係数を使いたいが、面倒だから1にしてしまえということらしい)なことから、

pCO2=40-(25-HCO3-) ⇔ pCO2=HCO3-+15

 HCO3-の正常値は24だが、覚えやすいように25に水増しして、マジックナンバー15がうまれるようにしている。これは米国の高名な先生が思いついて日本に伝えたそうだが、私は米国の腎臓内科フェローシップでは習わなかった。

 次にpHを計算で求めるが、まずそのために[H+]を求める(logはぱっと計算できないから)。[H+]、pCO2、HCO3-の間にはH-Hの式から次の関係がある;

[H+]=24xpCO2 / HCO3-

 で、pH7.40のとき[H+]は40nmol/lで、この周囲でpHの小数点以下+[H+]=80が成り立っていることから、

pH=7.80-[H+]/100

 となる。なんというか、個人的にはここまでしなくても生化学でHCO3-を測ったりガスを取ればいいような気がする(静脈血でもいいから)。ただ日本の一般生化学からも酸塩基平衡をひねり出すことができるというのは発見だった。



2013/07/18

アンモニアと腎 1/2

 我々は魚でないので、窒素老廃物をアンモニアのままにしておけない。1gのアンモニアを毒性レベル以下に希釈するには400mlもの水が必要だからだ(Journal of Experimental Biology 1995 198 273)。それで哺乳類は窒素排泄に尿素を用い、同時に尿素により腎の浸透圧勾配を形成し水保存を可能にしている。

 しかし私達はアンモニアに重要な役割を与えている。それは、酸排泄だ。H+をH+のまま尿に排泄するのには限界がある。尿pHを4まで下げても(血液・間質の約1000倍だ)0.1mEq/L、一日に1mEqも排泄できない。不揮発酸にbufferさせるのにも限界がある。それを越えた酸排泄は、NH4+で行われる(腎臓はNH4+をたくさん作ることが出来る)。

 Eastern Carolina UniversityのTejas Desai先生が主宰するNephrology On Demandの明快レクチャ10-minutes roundsでは尿細管を財布に例えて「H+(と不揮発酸)は現金、NH4+はクレジットカード」と説明する。支払うべきお金すべてを現金で財布に詰め込むのは不可能だから、大きなお金はクレジットカードで決済するというわけ。では、腎臓はNH4+をどのように産生・排泄しているのか?続く。

2013/02/22

酸塩基平衡の本質 2/2

 何でも食べれば酸になる。炭水化物はCO2(嫌気下には乳酸)、脂肪はCO2(飢餓、インスリン低下時にはケトン)、たんぱく質はCO2と不揮発酸(とくに動物タンパクは硫黄やリンがあるから)になる。その結果一日に出る15000mmolのCO2と50-100mEqの酸をどう排泄するか?これが生命に課せられた課題だ。

 というのも正常のpHは7.4、H+濃度にして40ナノモル/Lに過ぎない。H+は毒なのだ。だから生命はH+をさまざまなバッファーにより取り込んでいるほか、CO2は肺で排泄、その他の酸は腎臓で排泄している。こう聴けば、あなたも愛する者の安らかな寝息に「ああ、酸を排泄しているのだなあ」と生命の神秘を感じるのではないか。

 もし感じなければ、イルカ、クジラ、ベルーガ、アシカ、アザラシなど、息を止めて長く水中に潜る愛らしい動物達のことを考えよう。彼らは代謝と心拍数を下げてCO2産生を押さえ(その分嫌気代謝で乳酸がたまるが)、CO2と乳酸を潜水が終わるまで筋肉にトラップしておくなど大変な工夫をしているのだ(Compr Physiol 2011 1 447)。

 ここから話は腎臓による酸排泄の仕組み、血液最大のバッファHCO3-、それを維持する肺と腎臓のチームプレイ、チームプレイのルールであるHenderson-Hasselbalchの方程式(式自体より、それが意味すること)へと進む。私にとってはこれが酸塩基平衡の本質、まずこれを理解しなければつまらない。数字と計算はそのあとだ。

酸塩基平衡の本質 1/2

 クマが冬眠できるのも、ペンギンの脚が凍らないのも、サケが淡水と海水を行き来できるのも、スナネズミが砂漠で生きられるのも、全部腎臓と関係ある(まだ詳しくわかってない部分もあるが)。ペンギンの話などは、ヘンレ係蹄のcounter-current exchangeを説明する際に多くの医学部の授業で取り上げられていることだろう。

 腎臓は恒常性を守り、環境に適応する臓器。腎臓を学ぶと、世界の見方が変わる。先日、日本で酸塩基平衡についてレクチャする機会に恵まれたときも、それを強調したくてタイトルを『世界は酸塩基平衡でまわってる』にした。要は酸塩基平衡をbig pictureで捉えようということだ。その一部を説明してみよう。

 まずはツカミでイルカの尿酸結石について説明した(J of Zoo and Wildlife Med 2012 43 101)。イルカの尿管結石は原因不明だが、水族館で飼育の群に見られ野性では稀だ。そして研究により水族館群では尿中のcitrateがほぼゼロなことがわかった(Comparable Med 2010 60 149)。これと酸塩基平衡の関係は、大有りだ。

 Citrateは酸のバッファーだから、酸の大量摂取により枯渇する。これは私の推察だが、水族館で飼育の群は野生に比べて魚ばっかり食べて、しかも訓練のご褒美などでたくさん食べているのかもしれない。といわれても「魚がなんで酸なの?」と思うだろう。で、生物と酸(摂取と排泄)について話を始めた。続く。

 [2013年3月追加]クマの冬眠の話がレビューされた(KI 2013 83 207)。例の尿素→アミノ酸リサイクリングのみならず、骨代謝や血管・血栓・創傷治癒についても記述されている。

2012/11/30

Stewart Approach

 塩素イオンの害について調べていたら(Crit Care 2010 14 226)、Stewart Approachと呼ばれる酸塩基平衡の解釈方法を学ぶことができた。これは、腎臓内科が用いる古典的なHenderson-Hasselbalch(H-H)に代わる新しい解釈で、麻酔科・ICU領域で用いられている。

 原理に電離平衡のみならず、電気的中立性と質量保存の法則を取り入れるこの方法によれば、プロトン濃度の決定要因は三つ、SID(strong ion difference)、CO2分圧、弱酸濃度という。H-Hとの決定的な違いは、HCO3が酸塩基平衡のマーカーであってメカニズムではないと言い切るところにある。

 SIDは(Na + K + Mg + Ca) - (Cl + lactate)のことだ。高Cl代謝性アシドーシスというが、実際はCl濃度そのものよりもSIDが重要で、たとえCl濃度が高くてもSIDが動かなければプロトン濃度は変わらず、それはICU患者300人のデータでも確かめられた(Anesth Analg 2006 103 144)。


2012/10/10

野菜や果物を摂ろう

 今週のJournal Clubは、重曹より野菜や果物を摂ろうという、一風変わったトピックだった(KI 2012 81 86)。同じ号のエディトリアル(KI 2012 81 7)の題名も「CKD(慢性腎不全)の進行を止める鍵は薬局ではなく市場にあるかもしれない」と刺激的だ。どういうことか。

 重曹はCKDの末期で透析を遅らせるために用いられる(有効性を示したスタディはJASN 2009 20 2075)が、CKDの早期であっても病気の進行を抑えるというデータもある(KI 2010 78 303)。アシドーシスが腎不全を進行させる機序の一つは、アンモニアがC3のconformational changeを起こすことによる補体経路の活性化だ(アンモニアがC3分子内のthioester bondを解くらしい)。

 重曹はアシドーシスを改善するが、ナトリウムも摂取するので体液貯留や血圧上昇の心配がある。そこで、重曹の代わりに食事でAlkaliを摂ろう、というわけだ。ここで、アルカリ食品という意味を説明しなければならない(オレンジジュースがアルカリと言われても混乱するでしょう?)。

 酸の電離式をおぼえているだろうか(HA⇔H+ + A-)。アルカリ食品とは、このA-(具体的には有機酸のlactateやacetate)を含む食事のことだ。これらは細胞内でTCAサイクルに入る際にH+を食う。このH+は、水と二酸化炭素から来る(H2O + CO2 ⇔ H+ + HCO3-)ので、結果的にHCO3-が生まれる。だからアルカリ食品なのだ。

 逆に酸性食品とは、基本的に肉のことだ。肉、タンパク質にはtitratable acid(滴定酸、sulfateなど)が多く、腎臓にとってacid loadになる。各食品のミネラル元素(Na、K、Ca、Mg、Cl、PO4、SO4)、タンパク質の比率、それに腸管からの吸収率を勘案して、potential renal acid loadを算出したデータ(J Am Diet Assoc 1995 95 791)によると、アルカリ性食品(野菜・果物・ワイン)のなかではレーズンとほうれん草が飛びぬけてアルカリだった。

 Alkali-rich dietは、重曹にくらべて優れているのか?このスタディはrenal acid loadを50%下げる等価のアルカリ食品と重曹をCKD stage 1、2の患者群それぞれに30日摂取してもらい、尿中の腎障害マーカーとされる分子(N-acetyl-beta-D-glucosaminidaseなど)を測定した。結果はCKD stage 1ではどちらも効果なし、Stage 2では両者ほぼ同効果だった。

 研究グループは、食品のほうがカリウムも多いし血圧低下効果もあるから、重曹よりも食品がいいかもしれないと言う。野菜や果物は、腎臓のみならず多くの面でおそらくヘルシーなはず(常識的にもそう)だが、このように科学的に示そうするのも大事かなとは思う。

 [2013年3月追加]CJASNにStage 4 hypertensive CKD患者を対象にした同様のスタディがでて、TCO2(HCO3のこと)は野菜より錠剤のほうが上がったが、腎障害の尿マーカーの改善は大差なかった(CJASN 2013 8 371)。野菜と果実にはKが多く含まれるが、血清Kにも差はなかった(アルドステロンが働いたせいか)。

 [2013年4月追加]動物モデルの論文。7/8腎摘ラットでNaHCO3投与が生理食塩水投与に比べてアンモニア産生を抑えC3活性を抑えた(JCI 1985 76 667)。5/6腎摘ラットにcalcium citrateとcaptoprilを投与し組織学的に傷害が抑えられた(KI 2004 65 1224)。2/3腎摘ラットで腎組織のH+量をmicrodialysisで測るとGFR低下に相関していた(KI 2009 75 929)。2/3腎摘ラットでH+貯留に相関したendothelin-1とaldosteroneをアルカリ投与が緩和した(KI 2010 78 1128)。