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2017/06/19

滝を追いかける 5

 閉塞後多尿(POD)のマネジメントについて、いろんな先生がいろんなことをいっているが根拠はあいまいなことがおおい。そんななか、ある文献(Can Fam Physician 2015 61 137)には、

・いたちごっこをさけるため、1時間にでた量の75%を次の1時間で補う(レベルIIIエビデンス)

 など一部の記載にエビデンスがつけてある。この文献ではさらに、

・認知機能の問題がなければ食事飲水してもらう
・認知機能に問題があれば0.45%NaClで補う
・24時間尿3L以下ならおそらく自然軽快していく
・3L以上でるなら病的PODで、Na・K・Mgなどの電解質異常や酸塩基平衡異常、ショックなどに注意して輸液する

 とも書いていて、これらはエビデンスはない。けれども、どの先生もだいたい同じようなことを言っているのでコンセンサスかと思う。0.45%NaCl輸液を推奨するのは、PODの尿がisothenuric(希釈も濃縮もされない、という意味)で尿Na濃度がだいたい80mEq/lだからという。




 …とまあ、コンサルトを受けると腎臓内科医はいろいろ調べる。そのうえで、どうやってお返事したらいい?ここからはサイエンスというより、アートかもしれない。正解はひとつじゃないけれど、たとえば回答例は:



 
ネフロ・ガールさん、


 ブログを読んでくださりありがとうございます。ご相談ありがとうございます、AKI後の利尿期にどう輸液するか、悩みますよね。おっしゃるように、足りないのも困るし、入れすぎても「いたちごっこ」になるのが心配です。

 AKI後の利尿期に特化した文献はあまりみつからなかったのですが、似た病態(移植後、閉塞後)なども参考に、またわたしの経験も参考にすると、この三点を考えてはどうでしょう。

1.どれくらいの量、どんな組成の尿がでているのか 

 3-4L/d以上ならより心配で、電解質や腎機能をこまめに測る必要があるかも知れません。尿Na 80mEq/lくらいが多いですが、尿生化学・比重もチェックしておくと安心と思います。

2.輸液をはじめる時点でどれくらい体液がたまっているのか

 たまっているほどたくさんでるかもしれませんし、血圧や腎機能が安定していれば追いかけすぎないほうがいいおかもしれません。個人的には、体重をはかって入院前と比較してどれくらい体液過剰になっているかの目安にしています。

3.輸液と尿以外に、どのような水分摂取と水分喪失があるのか

 食事(経管栄養)、飲水、不感蒸泄、消化液(胃管のドレナージや下痢)など、日を追って状況が変わりますのでそれを考えて輸液量を決めるのがいいと思います。


 そのうえで、具体的にはこんなアドバイスができるかもしれません。あくまで参考にされて、ご自分のいる施設のやり方や他の先生のやり方も聞いてみるといいと思います。

 
 尿測して1時間に200ml/h以上(5L/d以上)でるようなら、1時間ごとポンプで輸液速度を変えて追いかけられる環境で尿量の75%くらい追いかけたほうがいいかもしれません(腎移植後などがそうです)。体液喪失でショックがみこまれるならICUなども考慮して、最初の24時間くらいは6-12時間おきに血液検査や尿検査してもいいかもしれません。

 尿量がそれより少ない(3L/dくらい)なら一般病棟でみてどうでしょう。輸液は、食事や飲水ができていなければ「維持液」と「補充液」にわけると管理しやすいかもしれません。前日から3Lでたなら、2L(50-75%)くらい全体で輸液するとして、維持液1-1.5L、補充液0.5-1Lとか。3L以上でたら1Lごとに0.5Lの追加輸液する必要時オーダも選択肢と思います。

 数日のうちに経口摂取が大丈夫になって尿量も落ち着くでしょうから、それに応じて漸減するといいと思います。その頃には維持液とか区別しなくてもいいと思います。慣れれば、予め数日分漸減する輸液オーダをして、尿量や電解質・腎機能に応じて調整してもいいと思います。ここでも、測れれば、体重が意外と役立つかもしれません。

 輸液の種類ですが、移植後や閉塞後多尿には0.45%NaClが推奨されることがおおいです。ただAKI後利尿の場合はこれというのがないので、電解質、尿生化学などをみて決めると思います。日本はNa 0mEq/l、約30mEq/l、約100mEq/l、約130・140・150mEq/lの500ml輸液が一般的なので、それらを組み合わせてもいいと思います。


 参考になれば幸いです。輸液管理がうまくいき、またやりがいあるものになって、患者さんがよくなるよう願っています。貴重な学びの機会をありがとうございました、これからも応援よろしくお願いします!


 追伸:多尿だったりAKI後だったりで尿カテーテルが入ってる人は、入れっぱなしに注意したほうがいいと思います。




(写真はWaterfallという曲を1994年にだしたTLC。歌詞に「滝を追いかけないで」とある)



2017/06/16

滝を追いかける 4

 閉塞後多尿(POD)は、実験しやすいので昔からいろいろ調べられており、教科書にも割と深くその仕組みが書いてある。Brennerの37章がそれに当てられているが、著者の一人がMark L. Zeidel先生なことから話は少しdigress、つまり脱線する。

 Zeidel先生と出会ったのは2003年のピッツバーグ(当時の写真はこちら;この投稿を書いたのは私ではないが)。そのときは、Zeidel先生が腎臓内科医なことも知らなかったし、そのあとこの街で研修することになるなんて思わなかった。

 2010年、ピッツバーグで研修医になりCCUをまわっていたとき、循環器フェローがボストンでZeidel先生に教わったと聞き、ピッツバーグから移られたのを知った。そして今年、この調べものをして先生の著作に会った。7年周期なのだろうか。

 医師のジェダイ道は、私は大事だと以前から思ってきた。そして、たくさんの恩師から心に刻む教えを受けた(たとえばこれ)。こういう質問に答えるのも、知識や智恵を共有するのも、ジェダイ・ナイトフッドの実践と思ってつづけていきたい(写真はオビ=ワン・ケノービ)。





 さて、そのZeidel先生は何と書いているか?閉塞解除後は、糸球体の機能が落ちてGFRが下がるのに尿細管機能もおちて再吸収と濃縮ができなくなり尿は多くなる(JCI 1978 62 1228、JCI 1982 69 165)。また両側閉塞では体液貯留の影響もある。

 遠位尿細管、ループ上行脚などネフロンほぼ全域にわたってNKCC2、ENaC、NHE3、NaPi-2など多くの輸送体遺伝子の転写とたんぱく発現が低下する。NKCC2の再吸収がおちれば対向交換系がはたらかず、ネフロンの浸透圧勾配と、それによる濃縮力がおちる。

 この仕組みもある程度調べられている。ミトコンドリアの密度が低下しATPが作れなくなるので、Na/K-ATPaseによる能動輸送にまでエネルギーを回せなくなる。閉塞で尿がとどかなくなるので、再吸収しなくてよくなるせいもある。COX-2誘導でPGE2が著明にふえる、単球が誘導され炎症サイトカインをだす、AGII-AT1Rの系も関係しているようだ。

 尿濃縮は浸透圧勾配と、集合管のAVP-V2R-AQP2系(図はEur J Physiol 2012 464 133)による水再吸収が大事なはたらきだ。閉塞後にはV2R自体も減っているが、その下流の細胞内cAMP濃度上昇を起こしてもAQP2は増えないし内腔側にも動いてくれない。PGE2濃度上昇がAQP2抑制に効いているという結果がでているらしい。




 両側閉塞のばあい、体液貯留が問題になる。その結果、浸透圧利尿もおこるし、ほかに交感神経低下、アルドステロン低下、ANP増加などがおこる。とくにANPはマクラデンサでreninを抑制し、近位尿細管でAGIIを抑制し、集合管でアルドステロンを抑制するらしい。


 このように仕組みがいろいろ分かっているのは素晴らしいが、具体的にどう治療すればいいのだろうか?つづく(写真はピッツバーグ近郊の落水荘)。




2017/06/14

滝を追いかける 3

 移植がうまくいくとみんながハッピーで、人類愛に満たされ心があたたまる。しかし移植後は危険も潜んでいるから注意が必要だ。移植後多尿に関するそんな論文が、ふたつあったので紹介する。

 一つ目(doi:10.1111/j.1432-2277.2005.00221.x)は155cm45kgの30代女性が195cm111kgの夫から腎グラフトを受けたケース。体格ミスマッチの移植には独特の問題がある(こちらも参照)が、ともかくフロセミドとマニトールも使ったので、この例は術後に1-2L/hの尿が出た。

 それをハーフ生食で補充していたが、移植9時間後にけいれんを起こし、調べるとNaが140mEq/lから113mEq/lに低下。Na欠乏量を体重×0.5×(140-113)で計算し602mEqと見積もったが、一気に戻すわけにもいかないので12時間で120mEq/lに戻そうと、体重×0.5×(120-113)の155mEqに近い量を3%食塩水で投与した(25mlを12時間で153mEq)。

 けいれんは止まり、12時間後には122mEq/lになった。その間にも尿は出ていたはずだが、尿については補充をつづけ、Na補正は3%食塩水でおこなったのかもしれない。そのあと0.9%食塩水に切り替え、予後良好で退院した。

 ふたつ目(CKJ 2016 9 180)は44歳男性で献腎移植を受けたケース。移植後の多尿がおさまらない。この方は多尿の家族歴があって幼い頃「腎性尿崩症」と言われたそうだが、腎臓を移植しても腎性尿崩症がつづくだろうか?

 しらべてみると、中枢性尿崩症だった。遺伝子検査をおこなうと、AVP遺伝子そのものではなくて、その9kb先にあるc.225>G point mutationが異常だった(flanking microsatellite markersを用いてわかったそうだ)。これが異常だと、AVP遺伝子のNeurophysin II部分(図はBrenner教科書)、75番目のアミノ残基がシステインからトリプトファンにかわるので、たんぱくの折りたたみが異常になるのかもしれない。




 たまっていた浸透圧物質と水が腎臓の尿濃縮能低下で排泄され多尿になる事態が、AKI後、移植後とべつに少なくとももうひとつある。もうお分かりかもしれないが、閉塞後多尿(post-obstructive diuresis、POD)だ。つづく(写真はヴィクトリアの滝)。



 

2017/06/12

滝を追いかける 2

 移植直後の多尿は、経験すれば忘れない(アメリカ時代、移植ローテーションの月に書いた)。けれど、移植を経験しなければ、移植直後に多尿になるということは意外と知られていないかもしれない。

 無尿の透析患者さんが、移植の瞬間からどんどん尿が作られるのは感動的でもある。逆に、献腎で虚血時間が長いなどあればDGF(Delayed Graft Function)、つまり移植後もしばらく透析が必要になり、眠っている腎グラフトが起きるまで待つ。
 
 おそらく移植施設の数とおなじだけ輸液プロトコルがあって、統一されたものはない(Clin Trans Proc 2002 34 3142)。ただ、多くは「維持液」と尿量に応じて増やす「補充液」の二本立てで、この補充液を徐々に減らして「いたちごっこ(autodiuresis)」を防いでいるのはコンセンサス。

 Handbook of Kidney Transplantation5版の例は、維持液が5%グルコース30ml/h、補充液がハーフ生食(移植後の尿の組成にちかい)。補充液は、1時間の尿が200mlまでは100%、それ以降は50%補充している。300mlなら、200+100×50%で250ml。電解質や酸塩基平衡は、適宜測る。
 
 こんなに丁寧に輸液するのは移植後がクリティカルな時期だからで、AKI後の利尿期にそこまではできない。けれど「維持液と補充液に分ける」「尿組成にあわせた補充液を選ぶ」などの考え方や、「尿の一定量ごとに一定量の輸液を補充する約束オーダ」、などは役に立つかもしれない。

 移植後多尿は感動的な日常茶飯事とはいえ、ときに危険なことも。つづく(写真はイグアスの滝)。






 

2017/06/08

滝を追いかける 1

僕たちのキセキさん、

 こんにちは!いつもブログ、楽しみにしています。

 きょうは質問にメールしちゃいました(> <)!

 AKIから回復して「利尿期」の入院患者さんって、輸液どうすればいいですか??

 いつも「3本(1500ml/d)」とか、「5本(2500ml/d)」とか、なんとなくでオーダーしちゃってます...f(^^;)

 でも、滝のようにでる尿をみながら不安なんです。。。

 追いつかなかったらどうしよう…(××;)

 とか、

 追いかけすぎてもいたちごっこだし…(-ω-;)?

 とか考えちゃって。もし何か参考になるものがあれば教えてください!

 それでは、今後の投稿も楽しみにしてます☆

 ネフロ・ガール




 彼女になんと答えよう?

 正直「追いかけて、追いかけても、つかめないものばかりさ(CHAGE and ASKA 『太陽と埃の中で』、1990年)」などと、彼女にわからない冗談をいってお茶を濁したくなる。調べてもあまりよい文献が見つからないからだ。

 Post-ATN diuresisで検索して、かろうじて17年前の家庭医向け総説(Am Fam Physician 2000 61 2077)に「数日後から数週間は多尿になるので脱水に気をつけて」の一言があった。その根拠となる22年前の総説(Lancet 1995 346 1533)にも「ARF(当時はまだAKIじゃない)はまず乏尿期、つぎに利尿期になる」とあるだけ。

 それより上位にヒットするのは、50年前の西ドイツの論文(Proc Europ Dial Transpl Ass 1967 4 297)で、「ARF後の多尿は、総たんぱく濃度がさがると止むが、アルブミンを補充すると再開する」という、昔のアル・ラシ(アルブミンとラシックスを一緒に注射し利尿を図った治療)を髣髴とさせる内容だ。

 ならば、Google先生に頼るのはやめて自分の脳を使うしかない。

 AKI後の多尿には、主に三つが考えられる。一つ目は、たまっていた浸透圧物質がでていく際におこる浸透圧利尿。二つ目は、尿細管障害による一種の「腎性尿崩」状態。三つ目は急性期の輸液負荷した分が戻ってくることだ。

 そう考えると、AKI後の利尿期と似たような場面がふたつある。

 ひとつは、移植直後の多尿だ。

 PEKTをうけるCKD患者さんであれ透析患者さんであれ、移植前には老廃物がたまっている。腎グラフトは生体腎であれ献腎であれcold ischemia timeとwarm ischemia timeが存在するから、虚血後再潅流で尿細管機能が完全ではないかもしれない。そして、移植前・移植中は低血圧を避けるため、DWより残して透析を終えたり輸液したりする。

 じゃあ、移植直後の多尿について分かっていることはなんだろう。つづく(写真はナイアガラの滝)。