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2019/02/11

次世代透析への道

 筆者が研修していた米国の大学病院は全置換型人工心臓(total artificial heart、TAH)を行なっていた。未来医療みたいでエキサイティングだったが、冷蔵庫くらいの大きさの体外コンソールがあったり、心臓とちがって伸び縮みに限界があるので溢れるとひどい肺水腫になったり、問題もまだ多いと感じた。

 それでも技術は進歩して、現在は体外部分もノートパソコンくらいになった(写真)。また、いまのところは心移植前のブリッジ治療にしか用いられないが、永久使用が前提のデスティネーション治療の治験も行なわれている(NCT02232659、SynCardia社の70cc TAH-t)。




 このように技術というのはつねに進歩していくし、人工腎臓である血液透析もその例外ではない。膜や水も改良され、(移植までのブリッジ治療ではない)デスティネーション治療としてここまで確立した人工臓器は他にないだろう。

 しかし先日発表された、血液透析患者さんにおけるTMAO(トリメチルアミン-N-オキシド)濃度と心血管系イベント・生命予後を調べた論文(CJASN 2019 14 261)は、「透析でできること、まだあるんじゃないですか?」という文脈でおこなわれたものだ。

 TMAOは赤身肉やカルニチンから腸内細菌叢の分解と肝臓の代謝を経て産生されるが、心血管系イベントや腎予後と相関することから、動脈硬化などの害が近年指摘されるようになった(ブログ内ラベル「TMAO」も参照)。

 TMAO血中濃度は、健常人のTMAO濃度が2μmol/l程度なのに対して、透析患者さんでは何10倍も高い(PLoS ONE 2015 10 e0143731)。透析でも抜ける(分子量は75)のだが、腎臓からのクリアランスがよすぎるのだ。ろ過だけでなく尿細管から分泌されているのだろうと推察されている。

 今回の論文はシナカルセトの治験EVOLVEコホートだったが、患者を56.6以下、56.7-79.5、79.6-107.9、108.0-155.2、155.3以上μmol/lの五群にわけたがアウトカムに有意差はなかった。2017年のJASN論文(JASN 2017 28 321)では白人のみに有意差がみられたが、そのような傾向もなかった。

 じつは、腸内細菌がらみで透析してもたまる物質はインドール硫酸やp-クレゾールなど星の数ほどある(こちらも参照)。多くは蛋白結合率が高いのでprotein-bound uremic toxin(PBUT)と総称されるが、現状では吸着薬くらいしか選択肢がないうえ、これらを減らす意義じたいがまだ確定してない。
 
 それでも、これらを除去する言わば「次世代透析」の研究も少しずつだが進んでいる。一つは競合するdisplacer(イブプロフェンなど)を用いて毒素をアルブミンから外すもので、毒素ごとの結合場所なども徐々にわかってきている(CJASNに最新結果報告のエディトリアルだけが先にでた、doi.org/10.2215/CJN.00500119。本編はhttp://doi.org/10.2215/CJN.05240418)。

 ほかにも、透析膜自体に吸着ビーズ(hexadecyl-immobilized cellulose)を付ける(Artif Organs 2018 42 88)日本の研究もあるし、不死化した近位尿細管細胞を中空糸のように配列させて血液を通し、OAT1やOAT3といった有機酸イオンチャネルを通じてPBUTを排泄させる方法もproof of conceptが得られている(Sci Rep 2016 6 26715)。

 再生医療で腎臓そのものが作れるに越したことはない。しかしそれまでは、このように人工臓器の質をさらに高める努力も大事だろう。いつかPBUTをごっそり種類を問わず除去する方法が見つかり、それによって何かよい効果がみられれることを期待したい。






2017/02/21

トリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)

 前回に赤身肉とESRDリスクにふれたが、これに関連して最近研究結果が蓄積しているのがトリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)だ。TMAOはリン脂質を腸内細菌が分解してできるトリメチルアミン(TMA)が、肝臓のフラビン含有モノオキシゲナーゼ(FMO3)により酸化されて作られる。血中TMAO濃度が動脈硬化、心血管系疾患のリスクに相関することが人間や動物で示されている(Nature 2011 472 57、NEJM 2013 368 1575)。

 TMAOそのものは肉より魚に多く含まれる成分で、魚が海、とくに深海で生きていくのに必要な浸透圧物質だ。じっさい魚を摂取するとすぐに血中TMAO濃度はあがる(doi: 10.1002/mnfr.201600324)。だからもしTMAOが害なら、TMAOのおおい魚を摂取するのは動脈硬化にわるそうだ。しかし、赤身肉におおくふくまれるカルニチンにもTMAに似た構造があって、腸内細菌のはたらきでTMA、TMAOに代謝されることがわかった(Nat Med 2013 19 576)。TMAOが産生される過程が問題なのかもしれない。

 肉類をとってTMAOがどれくらい身体につくられるかは、そのひとの腸内細菌の種類、そしてFMO3活性などによる。TMAOができないようにする方法も考えられているが、コリンアナログの3,3-ジメチル-1-ブタノール(DMB)は腸内細菌の組成をかえてTMAO産生をおさえ、動物で動脈硬化をおさえた(Cell 2015 163 1585、図)。この論文によればDMBは赤ワイン、バルサミコ酢、グレープシードオイル、一部のエキストラバージンオリーブオイルに豊富だった(料理の参考になれば)。

 TMAOの動脈硬化に対する影響にも人種など個人差があるようだ。透析効率と予後をしらべたことで有名なHEMOスタディのコホートを分析した研究(JASN 2017 28 321)では、透析患者さんで血中TMAO濃度は高いけれど、心血管系イベントの相関は白人で直線的なのに対して、黒人では一定濃度までは危険があがるがそれ以上では下がった。アジア系ではどうだろう。これからより詳しいことがわかって治療や予防に結びつくことを期待したい。




2017/02/16

チキン?それともビーフ?

 病院の医局にいけばだいたい本棚があって、ふるい雑誌が並んでいる。背表紙が日に焼けていることもあるが、それを背にして話すとなんとなく権威的だ(テレビの取材などでみかける)。紙媒体はかさばるし、資源と輸送の手間の無駄だし、捨てるたびに気が咎めるが、何にでもいい面はある。きょう届いたJASN紙媒体にでた赤身肉とESRDリスクの論文は(JASN 2017 28 304)半年以上前にオンラインで発表されていたが、紙で遅れて来たので読み直すきっかけになった。

 45-74歳の中国系シンガポール成人コホートをフォローし、165項目の半定量的な食事質問票をもとにさまざまな蛋白源の摂取量別にESRDリスクを解析すると、赤身肉、鶏肉、魚介、卵、豆類などを調べると、赤身肉に有意に用量依存性の相関がみられた。赤身摂取量が多い群は野菜とくだものの摂取量がすくなく、運動量も少なかったが、それらを加味した多変数解析でも、もっとも多い群は少ない群よりESRDリスクが40%たかかった(CI 1.15-1.71)。

 Singapore Chinese Health Studyは生活習慣とさまざまな疾患の関係を調べるために1993年から1998年まで行われた。シンガポールは都市国家で、対象の中国系は遺伝的社会的に均質性が高く、疫学研究が行いやすかったのかもしれない。質問票の正確さについて検証が不十分などの批判的吟味は必要だが、結果には一定の説得力がある。またたんぱく摂取量があまり多くない日本で、量を減らすより質をかえるほうが有効ならば治療改善の余地があるから、スタディする価値があると思う。つづく。
 
 


2016/06/10

Metagenomics and CKD

 60兆個の細胞でできたあなたには100兆個の腸内細菌がいる、とよく言われる。最近の研究だと30兆個の細胞でできたあなたに39兆個の腸内細菌がいるらしいが(doi: http://dx.doi.org/10.1101/036103)、とにかくたくさんいてその種類も割合も他の人とは違う。で腸内細菌叢は健康に大きな役割を果たしていることがわかってきた。また最近はどこもかしこも「抗生物質の乱用をやめよう(ヒトにも家畜にも)」と言っているが、抗生物質一粒でも腸内細菌叢は大きく変わるから、そういう面でも抗生物質の影響を考えなければならないかもしれない。

 腸内細菌叢のように複数のゲノムを一気に調べることをメタジェノミクスという。アメリカではNIH human microbiome project、欧州はmetagenomics of human intestinal tract(MetaHIT)、中国は深圳華大基因研究院(BGI-Shenzhen)が有名で、日本もはやくから東京大学大学院新領域創成科学研究科などで行われている。16S mRNA sequencingといってV1-V9の可変ゲノム領域を調べphylogenic classificationを調べる方法と、whole genome shotgun sequencingというテラバイト級の情報量を処理する方法があるらしいが、いずれにせよ関心のある遺伝子を見つけてきて治療に活かせないか研究する。

 ベンチャー企業もボストンエリアに始まって、いまはベイエリア、欧州、日本、どこにもある。今やメタジェノミクスは高校生物の副教材にも取り上げられ、日本人の腸内細菌叢は海藻のporphyranを分解する遺伝子が多い(Nature 2010 464 908)なんてことも書かれているらしい。元々日本人は腸内細菌に関心を払ってきた(ビフィズス菌、フェカリス菌、アシドフィルス菌、ラクトバチルス・カゼイ、酪酸菌など)から、23andMe®のように遺伝情報を提供するだけでなく、若い世代がこの分野で活躍したらいいなと思う。

 さて腸内細菌叢は肥満、心血管疾患などさまざまな健康上の問題に関連しているがCKDも例外ではない。尿毒素物質(明らかな毒性があればuremic toxin、なければuremic soluteと呼ばれる)は単一ではなくEUTox projectで150以上がリストされているが、その多くが腸内細菌叢の代謝で産生される(ammonia、1-methyl guanidine、TMAO、H2S、短鎖脂肪酸、homocysteine、D-lactic acid、oxyalate、p-cresyl sulfate、indoxyl sulfate、indole-3-acetic acid、phenylacetic acid、hippuric acidなど;AJKD 2016 67 483)。とくにチロシンの代謝産物p-cresyl sulfateとトリプトファンの代謝産物indoxyl sulfateはよく調べられている。

 CKD患者は非CKD患者と腸内細菌叢が違う(表;JASN 2014 35 657)。腸内細菌叢のバランスが崩れると腸管バリアの障害や炎症惹起、translocationなどが起こり、逆に尿毒症環境だと発酵菌(clostridium bifermentans、C. sporogenes、C. clostridiforme、C. leptum、Peptostreptococcus asaccholyticus、P. indolicus、Bacteroides thetaloaomicron、B. putredinis、Fusobacterium nucleatum、Actinomyces israelii、Megalofaera elsdinii、Propionibacterium acnesなど;FEMS Microbiol Ecol 1998 25 355)が増えて細菌叢のバランスがくずれる(Brachybacterium, Catenibacterium, Enterobacteriaceae, Halomonadaceae、Moraxellaceae、Nesterenkonia、Polyangiaceae、Pseudomonadaceae、Thiothrix族なども増える;KI 2013 83 308)。


 この双方向の「腸腎連関」はよく知られた概念で、"The intestine and the kidneys: a bad marriage can be hazardous(Clin Kidney J 2015 8 168)"などと巧いこと言ったつもりの論文もあるが、ではどうしたらいいか。吸着剤(AST-120)。プレバイオティクス(善玉菌の餌;inulin、fructo-oligosaccharides、galacto-oligosaccharidesなど)。プロバイオティクス(ラクトバチルスなど)。プレバイオティクスとプロバイオティクス両方(シンバイオティクス;最近ではSYNERGYスタディ CJASN 2016 11 223)。いずれも血中尿毒素の低下がみられたが吸着剤以外は数週間の短いスタディで、CKD進行やESRD進展、all-cause mortalityなどへの効果はまだわからない。動物実験ではClC2チャネル活性薬(lubiprostone、アミティーザ®;JASN 2015 26 1787)など。

 今月のJASNにCKD患者と非CKD患者の便中揮発性物質の比較をして間接的に腸内細菌叢の代謝差異をみた論文がでた(JASN 2016 27 1389)。冒頭のメタジェノミクスプロジェクトは健康な被験者を対象にしたものだ。CKD患者の腸内細菌叢のメタジェノミクスを調べて、スーパーコンピュータかなにかを使ってわーっと非CKD患者のそれと比較すれば、ターゲットを絞った治療ができるだろうか。まだ腸腎連関の病態解明の段階だとは思うが、新しい治療につながればいいなと思う。




2013/07/01

クンクンする腎臓

 私にとって腸管で興味深いことの一つは、それが無菌の水を吸収することだ。無菌の血液を受け取り処理する腎臓と違い、腸は魑魅魍魎な微生物達が跋扈する内腔からpure waterや栄養を吸収している。トランスポーターの選択性の高さと、細胞内の殺菌メカニズムが関与しているのだろう。

 さて私達と同居している億兆の腸内微生物達だが、実は彼らが私達の身体の働きに今まで知られている以上に多くの役割を果たしているらしいことが分かってきた。これは医学界だけでなく、昨年はThe Economist、今年はThe New York Times Magazineが特集したくらい関心が高い。

 私の知るところでは、5月に発表された論文(Nat Med 2013 19 576)が、L-carnitineを多く摂取していると腸細菌の構成が変わり代謝産物trimethylamine-N-oxide (TMAO)が多く作られ動脈硬化が進むことをマウスで示した。また血中L-carnitineレベルが高い(心疾患リスク群と考えられた)患者群のうちで、実際にリスクなのはTMAOレベルも一緒に高い群だけだったことも示した。

 さらに、先日のPNAS論文(doi: 10.1073/pnas.1215927110)によれば、腸細菌は私達の血圧までもコントロールしているかもしれない。腸内発酵により生じる短鎖脂肪酸レベルが血圧低下と相関することは知られていたが、この研究はさらに短鎖脂肪酸が腎臓のjuxtaglomerular apparatusにある化学受容体Olfr78を介しrenin産生を制御して、血圧を変化させていることをマウスで示した。

 話はこれで終わらない。なんとOlfr78とは、名前が示すように鼻腔の嗅細胞にある化学受容体(olfactory receptor、OR)と同じなのだ!つまり、腸管で細菌が作った短鎖脂肪酸が血中に入り腎臓に届き、腎臓はそれをクンクン嗅いでいるわけ。このグループによれば腎臓には少なくとも六つのORがあるらしい(PNAS 2009 106 2059)。

 [2016年7月追加]赤身肉とESRDの相関を調べたシンガポールのスタディ(doi: 10.1681/ASN.2016030248)がでた。結果赤身肉は量に比例してESRDと相関し、白身肉、魚介類、野菜たんぱくのリスク低減比が有意だった。食事摂取記録によるもので、交絡因子もあるかもしれないが、やはりTMAOか。