2019/10/29

半月体形成をみた時に考える疾患

半月体形成性腎炎を見た時にどんなことを考え、どんな疾患を想起するだろうか?

カンファレンスとかでもこの疾患は半月体になるの?とか話題になるはず!
そんな時に少しでも助けになる話になれば。

・半月体って?

まず、半月体は基本的には修復過程でできているということを是非覚えていもらいたい。
糸球体の毛細血管に強い炎症が起こり、血漿蛋白がボウマン嚢へ漏出し、ボウマン嚢がそれを感知してボウマン嚢上皮を増殖させ、それを防ごうとする。そのボウマン嚢の増生によってできるのが半月体である。


・では、半月体形成=腎臓は手の施しようがない状況なのか?

これに関しては、答えはNoである。
半月体形成は重度糸球体障害の結果であり原因ではない。半月体形成は糸球体の修復過程なので瘢痕もなくなおることも多く報告されている。
半月体がなおるか治らないかはボーマン嚢の障害の状況と半月体細胞成分の構成のものによって変化する。
ボウマン嚢の破壊や構成成分が線維芽細胞やマクロファージが著明の場合には線維性半月体に進展し糸球体瘢痕につながると報告されている。

・半月体を見た時にどんな疾患を想起するか?

下図は2003のKIのを簡易的にまとめたものである。


やはり我々がすぐ想起する抗GBM抗体症候群やANCA関連は多い。
意外にもヘノッホ・シェーンライン紫斑病の割合が高い。
また、糖尿病や膜性腎症でも起こりうるというのは改めて勉強になった。


腎臓内科医にとって半月体はあまり患者さんの病理では見たくない所見ではあるが、このしっかりとした解釈をすることは非常に重要である。




2019/10/18

虎ノ門みやげ 後編

 前編のあと、先生は腎性低尿酸血症のお話をされた。

 腎性低尿酸血症といえば、URAT1またはGLUT9の異常により尿酸が再吸収されず、極端な低尿酸血症・尿結石・運動後AKI(悪心嘔吐・ひどい腰痛が特徴で、来院時Crが5mg/dl程度のわりに非乏尿で尿酸値が低め)・GLUT9異常では脳梗塞を合併する疾患だ。詳細は先月の投稿も参照されたい。

 ここでは、講演で得られた感動を二つ共有したい。

 1つ目は、ウリカーゼの進化史だ。先生は「尿酸といえば(痛風や脂肪肝など)害が多く、大悪党ではなくても小悪党くらいに思う方が多いだろう」とお話したうえで、生物が進化の過程でいかにウリカーゼを不活性化(同遺伝子を偽遺伝子化)してきたかを概述された。

 ヒトのウリカーゼ遺伝子は、①コドン33がストップコドンに、②イントロン2の2塩基AGがAAに(スプライシングが不可能に)、③コドン187がストップコドンになっているという。講演では、霊長類でこうした異常がどう共有されているかを示す、以下のような図が提示された(出典の記載がなかったので、ここにはPNAS 2014 111 3763)!


列記された動物は上から、ヒト、チンパンジー、ゴリラ、
オランウータン、テナガザル、カニクイザル、アカゲザル
(網掛け部分が偽遺伝子化している)


 さらに興味を持って調べてみると、哺乳類は長いあいだ徐々にウリカーゼ活性を落としてきたことがわかった(図はPNAS 2014 111 3657)。まるで「哺乳類補完計画」だが、ウリカーゼ活性を止めて血中に尿酸を増やすことには、果糖を代謝しての脂肪蓄積作用や抗酸化作用などの進化論的利点ががあったと推察されている(Semin Nephrol 2011 31 394)。


時間軸上段は白亜紀、第三紀、第四紀
下段は暁(ぎょう)新世、始新世、中新世、鮮新世

 
 2つ目は、腎性低尿酸血症がAKIや脳梗塞を合併する機序についてだ。先生は推察だとしつつも、血中に尿酸がないと、運動などで酸化ストレスが増えたときに、血管を拡張しておくことができないのではないかとおっしゃった。

 先生によれば、腎臓で消費されるATPは全身の10%に及ぶという。調べてみると、たしかに腎臓の安静時エネルギー消費量は440kcal/kg/dで、心臓と並んで臓器の中で最も高い(Marinos Elia先生による、検証はAm J Clin Nutr 2010 92 1369)。そう考えれば、運動時AKIは「一時的な腎梗塞」であり、ひどい腰痛がおきる点も符合する。


 尿酸がどのように血管収縮を抑制しているか、どうして心筋梗塞にならないか、ウリカーゼのある他の哺乳類はどうしているのか、・・など疑問は尽きない。しかし、こうして得られた感動こそ「キセキ」。その意味でも、人間でよかった(図は、まんが日本昔ばなしエンディングテーマだった、『にんげんっていいな』より)。





2019/10/17

ネフローゼ症候群患者に実際に抗凝固療法を使う場合に。

今回は短めに。
実際にネフローゼ症候群の患者さんに抗凝固療法を使用する場合にどうすればいいのか?

原則は普通の患者であれば静脈塞栓症の治療と同等の量が推奨される。
低分子ヘパリンに関しては腎機能が低下、もしくは変動する人には注意して使用する。

抗凝固療法(抗血栓療法も含まれるが。。)の選択肢としては下記
・Albが2.0-3.0g/dL
 →アスピリン 75mg/day
・Alb<2.0g/dL
 →低分子ヘパリンやフォンダパリヌクスの1-2回/日の皮下注、もしくは未分化ヘパリンの静脈投与or皮下注、長期化するならワーファリンに変更
*DOACsに関してはまだ十分な臨床データが揃っていない。
を用いる。
投与量などは、日本循環器学会の深部静脈血栓症の診断・治療のPDF参照

では、腎生検前後に抗凝固療法をどのくらいの期間終了すればいいのか?に関しては、CJASN 2016のreviewが一番わかり易い。


上手の解像度が悪いが、低分子ヘパリンに関しては、24時間前に皮下注は終了して、再開は48-72時間後が一つの推奨である。

実際には未分化ヘパリン静注→生検時に中止→生検後2-3日で再開が多いと思う。静注の場合はずっと持続してつながっているので、患者さんのADLを落とす可能性は高い。
なので、個人的には皮下注で管理がいいのかなと思う。

何よりもしっかりと患者さんのリスクとベネフィットを考えて治療を行う必要がある。



2019/10/16

虎ノ門みやげ 前編

 NBCe1と言われても、何の略かわかりにくい。NaとBicarbonateのCo-transporterと、元素記号と英語がチャンポンになっているが、要はHCO3-を近位尿細管の細胞内から間質側に出す輸送体だ(図はFront Physiol 2013 19 350より)。




 本ブログでも何度か名前くらいは紹介してきた(こちらこちらも参照)ものの、これだけを取り上げたことはなかった。・・今日までは。

 東部腎臓学会の教育講演16「近位尿細管性アシドーシスと腎性低尿酸血症(Nat Genet 1999)」では、この輸送体とその遺伝子異常について、発見した先生ご本人からお話があった。行かれなかった方のためにも、その内容(と興奮)を一部紹介したい。

 講演ではまず、遺伝子異常が濃厚に疑われる近位尿細管性アシドーシス(ただしFanconi症候群はみられない)・帯状角膜変性・脳基底核の石灰化・膵酵素上昇などを合併した女子の症例が提示された。

 先生はまず、これを"systemic disease with a distinct clinical entity which may be transmitted by autosomal recessive inheritance"として報告した(Pediatric Nephrol 1994 8 70)。まだ責任遺伝子は不明で、1979年報告の類似症例では(男子の兄弟だったため)X-linkedと誤解されていたほどだ。

 近位尿細管でHCO3-再吸収に関わる上図輸送体のうち、①NHE3とNa-K-ATPaseは全ての細胞にあるし、②CA2は大理石病という別の疾患を起こす。残りはNBCe1(当時はキドニーのkをとって、kNBCと呼ばれていた)だが、この輸送体の異常による疾患はいまだ報告がなかった。

 しかし、調べてみると、はたして輸送体をコードするSLC4A4遺伝子に責任となる異常が見つかった(講演タイトルのNat Genet 1999 23 264)!

 以後、角膜変性が角膜内のpH上昇による石灰化であること(JCI 2001 108 107)、遺伝子変異の場所によってさまざまな表現型があり、家系により偏頭痛が起きるのにはシナプス内のpH上昇が関連しているらしいこと(PNAS 2010 107 15963、図はdoi:10.5772/39225より)などが、続々分かった!




 先生は締めくくりに、「存在しない疾患とされていた疾患が存在した」と仰った。それが今や、NBCe1異常による疾患だけのレビュー論文まである(上述のFront Physiol 2013 19 350)。まさに、学会テーマである「目前に悩む患者の中に明日の腎臓内科学教科書の中身がある」だ。

 筆者も臨床医のはしくれ、診ている患者の中にも未知の疾患が隠れているという眼を忘れないようにしようと思った。なお先生によれば、現在は日本医療研究開発機構(AMED)が研究班と進める未診断疾患イニシアチブ Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases(IRUD、サイトはこちら)もあるそうだ。


 つづく(写真は、会場そばの浄土宗榮閑院。杉田玄白先生のお墓があるので、学会ついでに参拝された方もおられるかもしれない)。






2019/10/15

ネフローゼ患者さん診察のとき、あなたは抗凝固どうしますか?

これに関しては、結論がまだ出ていない。

ただ、いつも議論に登り、生命に関わる話である。
ネフローゼで血栓が生じた患者さんを経験した医師は人一倍これに注意を払う。

まず、一般論から話したいと思う。
ネフローゼ症候群の患者では
・静脈血栓症のリスクが高い(深部静脈血栓症、腎静脈血栓症、肺塞栓症、頭部静脈血栓症など)。
 1%/年【通常に比べ8倍多い】

・動脈血栓症も一般に比べ増加する(手足や脳の血栓)
 1.5%/年【通常に比べ8倍多い】

血栓症はネフローゼの診断後、6ヶ月以内が一番多い。

■どんなネフローゼ症候群が起こしやすいのか?
膜性腎症が最も起こしやすい。
 ーKidney Int 2012の研究では1313人の患者でみて、静脈血栓は膜性腎症で7.9%、FSGSで3.0%、IgA腎症で0.4%であった。

また、微小変化群もリスクが高い可能性もある。
 ーAJKD 2017の報告では125人のケースシリーズで9%に血栓症(動脈 or 静脈)が生じている。

■ほかに血栓症を起こしやすいリスクは?
低アルブミン血症の重症度が高ければ起こしやすい(膜性腎症での検討が主)

■なぜ血栓症をネフローゼ症候群で起こすのか?
解明されていない部分が多いが、下図に示すように止血と溶解のバランスで止血の方向に傾くためと考えられている(アンチトロンビンⅢ、プラスミノゲン、プロテインC・Sの低下や血小板凝集能の増加、プラスミノゲン活性の消失など)。

CJASN 2012より引用

■では、血栓症をどう対処すればいいか?
ここで考えなくてはいけないのは、心房細動の血栓症予防と同じように血栓症予防のベネフィットがどれだけあるのか?また、投与することによるリスク(主に出血イベント)がどれだけあるのか?を考える必要がある。

ここで、2つアルゴリズムを示す。

■1つめは、Kidney internal medicineからのものである。これに関しては、まずが出血リスクを判断し、そしてアルブミンの数値をみてリスクとベネフィットで上回るようであれば抗凝固を開始するというものである。


Kidney Int 2013より引用


出血リスク:
・貧血(Hb: 男性<13、女性<12g/dl)   3点
・重度腎機能障害(eGFR<30ml/min)  3点
・年齢>74歳              2点
・何らかの以前の出血の診断        1点
・高血圧の診断              1点

0-3:Low risk、4:intermediate risk、5-10:high risk

アルブミンに関してはアルブミン<2.0g/dlを一つの指標としている。

■もう一つはUp to dateのものである。
これに関してもまずは出血リスクをみて、その後にネフローゼの原因疾患を見ている。
膜性腎症とそれ以外のネフローゼの場合によって分けている。

Up to dateより引用

抗凝固薬は様々な報告があるが、腎生検もする可能性も考えるとヘパリンがいいと考える。
ヘパリンの腎生検での話は次回に回そうと思う。

今回、まだ明確には決まってはいなく、おそらく施設によっても対応は異なると思うが、まずはネフローゼ症候群の患者を見た際に抗凝固の予防は必要なのか?という考えを持つことは重要である。
そして、出血リスクは?アルブミン濃度は?疾患としては何が考えられる?
ということを考え、必要があれば予防を行ってあげることも必要である。


2019/10/07

人を指差す時は 2

 75歳男性。高血圧・高脂血症などの既往あり前医の診療を受けていたが、2ヶ月前から下肢に浮腫がみられた。前医で腎機能正常、尿蛋白・潜血なし、心電図・胸部X線に異常なし(低栄養・肝硬変・甲状腺機能低下症もみられず)。体重の増加はないが、症状持続するためフロセミド処方されるも、改善なし。精査加療目的に、腎臓内科を紹介受診。


Q:診断は?


 腎機能正常、蛋白尿・潜血尿もない(非アルブミン尿の除外はするにしても)となると、正直「腎臓じゃないと思いますけど・・」と言いたくなる。しかし、自分達も総合内科医だと思っている腎臓内科医(こちらも参照)が、よりによって浮腫の症例で総合診療科にスルーパスするわけにもいかない。

 じつは、ここまで浮腫の鑑別疾患が除外されていると、残りはそんなに多くない。主なものは、全身ないし局所の血管透過性亢進か、リンパ還流の障害だ。そう思って問診・診察・検査所見を見直すと、以下が分かった。


  • 浮腫は下腿だけでなく手指にもある
  • 以前から、手指の関節がつっぱって動かしにくい
  • 両手指PIP関節が左右対称に軽度発赤
  • 下腿には圧痕浮腫
  • CRP高値
  • リウマチ因子陰性


 ここまでくれば、RS3PE(Remitting Seronegative Symmetrical Synovitis with Pitting Edema)症候群を最も疑うだろう。しかし恥ずかしながら、筆者は以前にもこの疾患を診た(本ブログにもまとめた)にも関わらず、知識がアヤフヤで、自分で診断を確定する勇気がなかった。

 そこでリウマチ内科にご相談したところ、典型例だったのだろう、すぐさま診断を確定して治療を開始していただけて、とてもありがたかった。人を指差すときには、相手への敬意を忘れないようにしようと思った。

 

元は、Aretha Franklinの1967年ヒット曲、"RESPECT")