2020/06/25

FEATHER、PERL、CKD-FIXスタディのあとで

 今日付けのニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに、尿酸降下薬によるeGFR低下の抑制を意図した2つのスタディ、PERL(NEJM 2020 382 2493)とCKD-FIX(NEJM 2020 382 2504)が出た。もうご覧になった方もおられるだろうが、どちらも否定的な結果であった。

 PERLは、1型糖尿病の早期CKD患者約530人を対象にした米国のスタディ。彼らの平均尿酸値6.1mg/dlを、アロプリノールで2.5-4mg/dlにさげたら、GFRの年低下率を抑制できるかを調べたものだ。アロプリノールは、最初の月に100mg/d、以後は最大で400mg/dまで増量可能であった(GFR低下例では程度に応じ200mg/d、300mg/dまで)。

 なお患者の平均年齢は51歳、男性が66%、白人が84%。糖尿病の平均罹患歴は34年、平均HgbA1cは8.2%。イオヘキソールによる平均実測GFRは74ml/min/1.73m2、平均尿アルブミン排泄速度は41mcg/min(59mg/d)、90%がRAA系阻害薬を内服していた。
 
 その結果、164週の観察で、尿酸値は介入群で平均3.7mg/dlに維持されたが、GFRの平均低下率は3ml/min/1.73m2/年で、2.5ml/min/1.73m2/年のプラセボ群と有意差がなかった。むしろ、尿アルブミン排泄速度は介入終了時に47mcg/min(68mg/d)と、プラセボ群の37mcg/min(53mg/d)より有意に高かった。

 いっぽうのCKD-FIXは、CKD3-4期またはeGFRが3ml/min/1.73m2/年以上低下した患者約360人を対象にしたオーストラリアのスタディ。彼らの平均尿酸値8.2mg/dlを、アロプリノールで5mg/dl程度まで下げてeGFR低下を抑制できるかを調べたものだ。アロプリノールは100-300mg/dとされた。

 患者の平均年齢は62歳、男性が63%、白人が75%、DKDは45%(糖尿病の病歴じたいは58%)。平均eGFRは31ml/min/1.73m2、尿アルブミンクレアチニン比は約700mg/gCr、40%がACE阻害薬を、36%がARBを内服していた。
 
 その結果、104週の観察で、尿酸値は介入群で平均5.1mg/dlに維持されたが、eGFRの平均低下率は3.1ml/min/1.73m2/年で、3.2ml/min/1.73m2/年のプラセボ群と有意差がなかった。尿アルブミンクレアチニン比、血圧などにも有意差はなかった。


 これにより、PERL、CKD-FIX、そして日本でフェブキソスタットを試したFEATHER(AJKD 2018 72 798)の3スタディは、いずれも腎機能低下についてのプライマリ・エンドポイントでよい結果を示せなかったことになる。だから、おそらく次のKDIGOガイドラインは、こんな風にかかれるだろう。

推奨■.■ CKDにおける無症候性(痛風や尿酸結石のない)高尿酸血症の、腎機能低下抑制を目的にした治療については、行わないことを推奨する(レベル□□)。

 それで、どうなるのか?治療薬があるので、尿酸値が赤字のまま治療せずにいるのは、臨床家には勇気のいることかもしれない。しかし、こうしたスタディが出た以上は、使用にいっそう正当化が求められるだろう。

 そのために、まずはスタディのサブ解析(一部の患者には効くのかを調べる)やポスト・ホック解析(別のエンドポイントでは効くのかを調べる)が行われることは、想像に難くないし、筆者もそうすべきと考える。

 たとえば、FEATHERスタディは蛋白尿の陰性群に限ると介入群でeGFRは有意に「上昇」し(p=0.005)、PERLスタディでもアルブミン尿のない群はよさそうだった(信頼区間のまたぎ方がもっとも介入群寄り、図矢印)。


NEJM 2020 382 2493より


 こうした所見は、統計が生んだ「残念賞」なのかもしれない。しかし、もしかしたら、本当に尿酸値低下による(RAA系阻害薬などとは別の機序の)腎保護作用があるのかもしれない。そういった作用を強調した別の治療が、限られた群に有効なのだとしたら、上記3スタディも無駄ではなかったことになる。

 
 できれば、そっちのほうが前向きだ。



出典はこちら
(ライブ動画は、こちら!)



 
 

2020/06/18

速報 KDIGO 2020 GNガイドライン案

 KDIGO(Kidney Disease Improving Global Outcomes)と聞けば、腎臓内科医師は必ず振り返る。代表的な腎臓疾患に対するその時点でのエビデンスを集約したガイドラインを作ってくれるからだ。

 様々な分野に対するガイドラインがあり、世界中の多くのガイドラインも参考にしている由緒正しいものである。しかしながら、トピック毎にアップデートの速度は様々だ。

 そんななか、ついに満を持してKDIGO CLINICAL PRACTICE GUIDELINE ON GLOMERULAR DISEASESのpublic review draftが公開された!

 実にKDIGO2012から8年越しの改訂である(もちろん抜粋であり、あくまでもdraftである点には注意が必要である)。項目としては以下があり、どれも魅力がいっぱいである。
 
  1. 糸球体疾患の全体のマネジメント
  2. IgA腎症/IgA血管炎
  3. 膜性腎症
  4. 小児のネフローゼ症候群
  5. 成人の微小変化群
  6. 成人の巣状糸球体硬化症
  7. 感染関連糸球体腎炎
  8. MPGN関連の免疫グロブリンや補体関連腎症
  9. ANCA関連血管炎
  10. ループス腎炎
  11. 抗GBM抗体糸球体腎炎

 特に注目すべきは、どんな点だろうか?一部を紹介すると:

・膜性腎症とMPGN関連のところは、治療のスタイルが変わるだろう。

・ステロイドを用いた免疫抑制療法に対するスタンスが、この8年でだいぶ変化したと感じるだろう。

・IgA腎症に対する扁桃摘出術の記載が変更されたことにも、気づくだろう。

 筆者たちも、これからしっかり目を通したい。なお、まだpublic review draftであるから、上記KDIGOサイトからは(各章についてと、全体についての)コメントやフィードバックを6月30日まで提出できるようになっている。




 



2020/06/17

切らない、縫わない、内シャント

 切らない、縫わない、内シャント・・「ないないづくし」だが、そんなデバイスが本当に「ある」。しかも、二つ。すでに認可された欧米では「どちらがよいか」まで議論になり始めているので、本ブログでも紹介したい(参考文献はGefässchirurgie 2019 24 25、doi:10.1007/s00772-018-0500-y)。


1. 手技


 まず前提として、両者とも肘窩ないし前腕近位のシャントとなる。静脈には表在静脈と深部静脈をつなぐ貫通枝が、動脈には上腕動脈(または橈骨動脈・尺骨動脈の近位)が用いられるため、グラーツ・シャントの変法とも言える(図はKI 1977 11 71)。


C:橈側皮静脈、B:正中皮静脈、P:貫通枝、BA:上腕動脈


 一つ目のWavelinQ®は、動静脈に0.014インチ・ガイドワイヤーをつうじてカテーテルを留置し、吻合予定部に置かれた磁石によって動静脈をくっつける。そして、静脈側に付けられた電極から60Wのラジオ波を0.7秒放射して、幅1mm・長さ4mmの吻合スリットを形成する。


(出典はこちら


 第一世代は6Frシステムで上腕シースからのアプローチだったが、第二世代は4Frシステムで、手首の橈骨動脈からもアプローチ可能だ。後述するEllipsys®とちがい、術後は血管造影を行い、深部の上腕静脈にコイル塞栓が追加されることが多い。よって、手技も1時間くらいはかかる(ラジオ波による不随意運動を防ぐため、腕は固定する)。


 二つ目のEllipsys®システムは、肘窩の皮静脈から6Frシースを留置し、0.021インチ・ガイドワイヤーに沿わせたマイクロ・パンクチャー・ニードルで動脈を貫通させ、ガイドワイヤーを通す。ガイドワイヤーを0.014インチに入れ替えてからカテーテル(thermal resistance anastomosis device、TRADとも)を挿入し、その先端で動静脈を挟み、15秒間くらい加熱して吻合する。


(出典はこちら

 
 確認に血管造影は不要で、全過程をエコー下で行う。前述のWavelinQ®は吻合部位が脆弱なため直後のPTAは不可なのに対し、Ellipsys®は直後のPTAが推奨される。カテーテル1本であり、慣れた人がやれば20分もあればできるらしい(こちらも参照)。


2. 臨床成績

 WavelinQ®はFLEX(J Vasc Interv Radiol 2015 26 484)、NEAT(AJKD 2017 70 486)、EASEスタディ(Ann Vasc Surg 2019 60 182)などで検証されている。

 最新のEASEスタディは32人の患者を対象にしたパラグアイの1施設試験だが、成功率100%、有害事象に静脈のガイドワイヤー穿通が1件、平均血流量は術後1・30・180日で751・886・845ml/minだった。6ヶ月後の開存率は83%、PTAなどの再介入率は0.2/年・人。シャント穿刺までの平均日数は43日だった。

 Ellipsys®も少なくとも3つのスタディ(J Vasc Interv Radiol 2017 28 380、J Vasc Interv Radiol 2017 29 149 e5、J Vasc Surg 2018 68 1150)で検証されている。

 最も新しい34人の患者を対象にしたパリとオクラホマの試験では、成功率97%、平均血流量は術直後とフォローアップ時に669・946ml/min。手術の6週後には全例がシャント穿刺可能で、有害事象と再介入は1件もなかったという。

 ただし、これらのスタディはランダム化や対照ができないうえ、各種バイアスを免れない。慣れた人が向いている患者にやれば、うまくいくということだろう。


3. 外科的内シャント造設との比較


 経皮的な内シャント造設は、静脈への侵襲が少ないので手術より狭窄を起こしにくいようにも思われるが、心不全やスティールなど年単位の長期成績は検証されなければならない。また、欧米では手術費用が高額のため「(デバイスは高価だが)手術代とPTA代が浮く」という論調も増えてきている(J Vasc Access 2017 18 8、DOI: 10.1177/1129729820921021など)。


☆ ★ ☆


 いかがであろうか?日本では、①前腕ファースト(米国は上腕ファースト、こちらも参照)であり、②手術費用も相対的には安い(保険点数は18080点、前掲論文は手術費用を€33041と算定している。なお経皮的内シャント造設の費用は€5722)。だから現状では、日本への影響は限定的かもしれない。

 しかし、大動脈瘤や大動脈弁狭窄症などで手術の代わりに血管内修復術やTAVRなどができるようになった流れを考えれば、より低侵襲の治療モダリティはあったほうがよい。短時間の手技で再介入率が低いのなら、なおさらだ。

 「WavelinQデバイス」、「Ellipsysデバイス」とGoogle検索しても日本のサイトがヒットしないくらいだから、日本市場への参入はあっても水面下なのだろうが、そのうち登場する日も来るだろう。それを慎重かつ楽しみに待っていたい。






2020/06/12

病理検査室の扉を開けよう!

 以前、腎生検の生検針・切り出しについて投稿した本ブログであるが、そのあとプレパラートと報告書が届くまでの過程については、「ブラックボックス」のままだった。そこで今回、病理検査室の扉の奥に広がる世界をご紹介したい。

 なお、各病理染色の基本事項とその診断的な意義については、2012年に投稿したこちらも参照されたい。




1. 検体作成と染色のプロセス

 
 まず、以下のような過程を経て検体スライドができあがる。

 固定・・中性緩衝ホルマリンなどの架橋剤で、腐敗や自己融解の進行を止める。「中性緩衝」とあるように、リン酸ナトリウムでpHを約7.4に調整し、蟻酸の生成(による核酸の傷害)を防いでいる。

 脱水、脱脂、パラフィン浸透・・パラフィン(ろう)を浸透させなければ、スライスしてもギザギザになって切片が作れない。そのために、まずエタノールやメタノールなどで検体の水分を除く。アルコールはパラフィンとの親和性がないため、キシレンなどの溶剤に置換してから、パラフィンを浸透させる。

 なお、この過程は「密閉式自動固定包埋装置」なるもので約24時間かけておこなわれるところもあるようだ。

 包埋(ほうまい)、薄切(はくせつ)・・包埋カセット(または包埋皿)に載せてパラフィンを注ぎ、パラフィンブロックを作る。そして、それをミクロトームとよばれる極薄の裁断器でスライスし、そっと切片をスライドグラスに載せる。載せるときには、刷毛、ろ紙、筆などの小道具が用いられる。

 これだけでも2日はかかるが、そこから染色が始まる。PAS染色を例に挙げると、こんな工程だ(あくまでも一例、施設ごと微妙な違いがある)。

脱パラフィン→脱キシレン→水洗→1%過ヨウ素酸→流水水洗→シッフ試薬→メタ重亜硫酸→水洗→ヘマトキシリン→水洗→塩酸アルコール→ 色だし(ぬるま湯)→水洗→脱水→透徹→封入

 いかがであろうか?筆者は研修医時代に「グラム染色は自分でやるべし!」と教わったが、検査室を散らかし白衣を染めるばかりで、(向いてないな)と諦めたことがある。だから、上記をみただけでも「染物師」ならぬ検査技師さんたちに頭が下がる。

 しかし、外注先から送られるのに2週間はかかる光顕スライドが、3-4日もあればでき上がるなんて、素晴らしいことだ。だから、もしそんな恵まれた施設にいるなら、技師さんたちに感謝しながら「染まりました?」と気持ちよく検査室のドアを叩きたい。


2. 各染色について

 
 ここまでは「社会科見学」のようなものだが、さらに病理検査室の窓から広がる世界を紹介したい。

A. ヘマトキシリン

 「ヘマト」は血、「キシリ」は木のこと(木琴のxylophone、木糖ともよばれるxylitolと同語源)。中央アメリカに生育するマメ科の木(Hematoxylon canpechianum)の幹から取れる染料だ。

 マヤ文明では薬としても用いられていたそうだが、スペイン人の到着により染料として大量に輸出され、ユカタン半島西部にある積み出し港カンペチェの繁栄をもたらした。そして、その富を狙うパイレーツ・オブ・カリビアン達の度重なる襲撃を受けることにもなった。


世界遺産、サン・ミゲル要塞
(出典はこちら


 なお、ヘマトキシリン自体は無色。その誘導体ヘマテインとアルミニウム錯体ヘマルムが色を放つ。それらの濃度や配合のちがいにより、マイヤー・ギル・カラッツィ・ハリスなどさまざまなブランドがあるようだ。

B. エオジン

 プロシア領(現ポーランド)生まれの化学者ハインリヒ・カロ(1834-1910)が、Chemische Fabrik Dyckerhoff Clemm & Co.(現在の化学メーカー最大手BASF)にいた頃、フルオレセインの研究過程でみつかった染料で、細胞質などを薄赤~ピンクに染める。

 そしてなんと、その名の由来は彼の幼馴染アナ・ピータースのあだ名、エオス(ギリシャ神話にでてくる、暁の女神)にちなむ。「ばら色の指」と形容されるエオスだが、アナもそのように美しい指をしていたのだろうか。


イヴリン・ド・モルガン『エオス』
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 現在よく用いられるのはエオシンYで、1902年にノーベル化学賞を受賞したエミール・フィッシャー(1852-1919)が発見したもの。そして、ヘマトキシリンとエオシンを最初に組み合わせて報告したのはロシア・カザン帝国大学の講師、Wissowzkyとされる(Archiv für mikroskopische Anatomie 1876 13 479)。

C. PAS

 PASのPAは、過ヨウ素酸(per-iodic acid、HIO4)。最高酸化数(+VII)のヨウ素をもつ強力な酸化剤だ。それにより多糖類からアルデヒド基が立ち上がり、そこにSchiff試薬が反応して赤色になる。

 なおSchiffとは、ドイツ出身の化学者ユゴー・シフ(1834-1915)のこと。尿素をはじめて合成した有機化学の祖、フリードリヒ・ヴェーラーに師事していたが、政治的な理由でイタリアに移住・帰化した(ヴィクトル・ユゴー著『レ・ミゼラブル』のクライマックス、1832年の6月暴動と同世紀のことである)。


『民衆の歌』より
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D. PAM

 Periodic acid methenamine silver、つまりPASとメセナミン銀染色をあわせたものだが、米国ではもっぱらJones' methenamine silver (JMS)と呼ばれる。考案したのはデヴィッド・B・ジョーンズ先生(1921-2007)で、SUNYシラキュースで永らく教鞭をとり研究をつづけた腎病理医だ(染色を有名にした論文は、Am J Pathol 1951 27 991)。

E. マッソン・トリクローム

 マッソンとは、Claude L. Pierre Masson先生(1880-1959)のこと。フランス生まれでパリ大学医学部をでて、パスツール研究所・ストラスブール大学で神経内分泌学や脳腫瘍病理などで業績を残すかたわら、この染色を編み出した。

 トリクロームとは3色の意味だが、本来は赤血球(鮮やかなオレンジ~赤)、フィブリン・筋線維(赤)、コラーゲン線維(青)の違いを区別できる染色という意味だったようだ(実際は、鉄ヘマトキシリンで核を黒く染めるので、黒・赤・青の3色)。

 赤と青では2色だが、背景の白で(フランス国旗のように)3色なのかもしれない。筆者としては、1927年にモントリオール大学に移るまで第3共和政時代のフランスを生きたマッソンが、トリクロムとトリコロールにどんな思いがあったのだろうかも興味深い。


フランス王家の紋章を抱く、ケベックの旗
(出典はこちら


F. コンゴ・レッド

 最後にコンゴ・レッドの由来について。1883年、バイエル社にいたポール・ベッティンガー(生没年は未確認)が発明した染料だが、その由来は翌年にビスマルクの主導で開催された「コンゴ会議」だ(英語では西アフリカ会議、日本語ではベルリン会議とも)。

 この会議はコンゴ地域の領有をめぐる欧米列強の争いを調停する目的で開かれた。しかし、この会議により列強によるアフリカ支配の原則が確認され、以後アフリカ分割が本格的に進行することにもなった。


会議の様子(出典はこちら


 とにかく当時、ドイツでは「コンゴ」が流行語だったらしく、キャッチーだとして命名されたのがコンゴ・レッドだ。バイエル社・BASF社・Hoechst社に特許申請を断られたベッティンガーとしては、売り込もうと必死だったのかもしれない(最終的にAGFA社が合意した)。


☆ ★ ☆


 いかがであろうか?当たり前に鏡検している染色の裏に、このような世界史とドラマがあったなんて、筆者としては驚きだった(ちょっとした旅行気分も味わえた)。コンゴ・レッドの命名は複雑だが、今後アミロイド染色は、コンゴレッドよりよく染まるダイレクト・ファスト・スカーレット(DFS)に替わっていくのかもしれない。



東大寺の金剛力士像
(出典はこちら


 

2020/06/10

代謝異常(主に肥満・糖尿病・副甲状腺)と腎移植

今日は腎移植での代謝異常について触れていこうと思う。この代謝異常の管理・認識こそが腎臓内科医が移植医療に介入する意義だと個人的には考える。
代謝異常と言っても様々なものがあるが、①肥満、②副甲状腺機能、③糖尿病に絞ってみていこうと思う。

そして、それぞれの代謝異常を移植前、移植周術期、移植後という違う局面で見てみる。

・移植前
 ①肥満:肥満があることで腎移植患者にとっては様々な悪影響をもたらす(Cardiol Rev 2019)。心血管疾患、CKD、高脂血漿、うつ病、糖尿病、逆流性食道炎、痛風、肝疾患、結石、悪性腫瘍(乳がん、大腸、胆嚢、腎、肝臓、肺、膵臓など)との関連が言われている。
本邦でも、生体腎移植のドナー条件としてBMI 30以下がドナーガイドラインでは推奨されている(マージナルドナーでは、32以下)。レシピエントに関しては、明確な基準は本邦ではないが、systematic reviewでもBMI 30以下が推奨されている。

移植前は、レシピエント・ドナーともに、まずこの目標に達してもらうためにダイエットをしていただくことになる(肥満手術治療も有用であることが言われている(後述))。

 ②副甲状腺機能:移植前のPTH増加は加療する必要性がある。これは腎移植後の副甲状腺機能亢進症の重大なリスクになるためである。移植後副甲状腺機能亢進症は移植後の骨粗鬆症やグラフトに対してのリスクとなりうる。移植前に副甲状腺摘出術を行うことは移植後の骨密度の改善に寄与することは示されている(AJT2014)後ろ向き研究で移植前に正常の6倍以上のPTHレベルの場合には移植後の腎臓廃絶と関連することが示されている(Surgery 2017)。

移植前にPTHコントロールが悪い場合には副甲状腺摘出術も含め積極的に考慮することが重要である。

 ③糖尿病:糖尿病は、心血管リスク増加、生存率低下や移植腎廃絶との関連性が示唆されている(KI rep 2017)。
耐糖能異常者における生体腎移植のドナー条件では糖尿病がないこと(早朝空腹時血糖126mg/dl以下でHbA1c 6.2%以下。迷うときはOGTTを行う)をドナーガイドラインでは推奨している。マージナルドナーとしては経口糖尿病治療薬でHbA1c 6.5%以下で良好に管理されているもの(インスリン治療は適応外)である。

何にせよ生体腎移植前にドナーは糖尿病をもっていないことが望ましい。また、レシピエントも良好なコントロールをすることが必要である。

ただ、移植後に糖尿病になることがある(以前のNODATの記事参照、移植後1年で7-30%)。NODATのリスクとしては研究から7個挙げられている(Diabetes care 2011)(年齢、ステロイド治療、高尿酸血症に対する処方、BMI、空腹時血糖、中性脂肪、2型糖尿病の家族歴)。その他の因子としては人種、C型肝炎、シクロスポリンよりタクロリムスを使用している場合が挙げられる(JASN 2006


・移植周術期
 ①肥満:これは最近のSystematic reviewでBMI>30で急性拒絶、患者死、graft loss、移植腎機能低下のリスクが高くなることが示されている(Exp Clin Transplant2016)また、創傷治癒低下が肥満患者で40%以上が経験する。意外にもステロイド使用は移植後の体重増加との関連はないとされている(Transplant proc 2014)ただ、肥満であっても移植をしたほうが透析をしているよりも予後は良いことがわかっている。

 ③糖尿病:観察研究ではあるが、非糖尿病患者であっても術中高血糖が感染・有害事象・再手術・死亡率の上昇に寄与することが示されている(Ann Surg2013)。また、移植後早期の高血糖は感染と拒絶リスクを上げることがしめされている(Transplantation 2001)。
NODATの予防に有効な薬物療法としてはインスリンである(JASN2012)。これは個人的に知らなかったので驚いた。メトホルミンやSU剤などの有効性に比べ、基礎・追加インスリン治療(速攻型と持効型を用いたもの)のほうがβ細胞の保護やさらなるダメージ防止の観点で有効性が高い。

・移植後
 ①肥満:体重増加は移植後に多く起こるため、肥満は移植後に最も多く直面する代謝異常である(CKJ 2017)。肥満に対しては、体重コントロールのアドバイスよりも肥満手術の方が移植後や末期腎不全の症例に対しても有用性の高さが示されている。これは移植前のBMIのゴールを達成するのにも有用である(Journal of gastric surgery 2019)。肥満は交感神経の活性化・RAA系の変化を起こしうる(Exp Ther Med 2016)。移植後の肥満管理は重要である。

 ②副甲状腺機能:PTH上昇は血管抵抗の構造的変化や血管拡張障害を起こす(EJE 2017)。
二次性副甲状腺機能亢進症はCKD患者で起こり、移植後で66%の患者で持続する。移植後にPTHが正常化することは骨、移植腎機能や死亡率の点でも重要である(Transplantation 2015)。
PTHは下記に示すように腎臓、骨や消化管でのカルシウム・リンのバランス維持に寄与している。

シナカルセルト(レグパラ)は移植後の副甲状腺機能亢進症に対して最もデータがある。しかし、本邦では純粋な保険適応はないのが現状ではある。副甲状腺摘出術に関しては、ある論文では副甲状腺摘出術を行っても移植腎にとってのメリットは少なく、逆に手術をすることで腎機能が軽度悪化したと報告している。RCTで副甲状腺摘出術とシナカルセルトによる薬物治療を比較したものがJASN 2015にあり、これでは副甲状腺摘出術を行った場合の方がカルシウムやPTH濃度のコントロールが容易であり、骨密度の改善もあったが、長期の有用性に関しては定かではない。
副甲状腺機能亢進症があることは移植後にとって良くない結果をもたらすため、移植前にしっかりと対処しておくことが非常に重要である。移植後の管理に関しては、明確なものがないが、シナカルセルトが使用できる状況であれば使用しての管理が適切なのかもしれない。


 ③糖尿病:糖尿病は動脈硬化を促進し、動脈の弾性を低下させる(NEJM 2003)。死亡、移植腎機能、急性拒絶反応との関連性が示唆されている(CJASN 2008)。
移植後DM治療でSGLT2阻害薬は心血管系合併症や微小血管合併症の店でも有用な治療の選択肢となりうる。しかし、懸念されるのは使用に伴う尿路感染ではあるが小さな研究にはなるが移植後1年経過した患者49人にでSGLT2阻害薬を使用したところ、1名だけが尿路感染による敗血症で中止している(Diabetes care 2019)。なので、SGLT2阻害薬は移植後1年を経過し腎機能が安定した症例には考慮していい選択肢の可能性がある。
DPP4阻害薬に関しては低血糖リスクを避けつつ糖尿病管理をするというメリットがある。シタグリプチン(ジャヌビア)は腎移植患者の空腹時血統改善効果が示されているが、腎機能に応じての容量調整が必要になる。その点でリナグリプチン(トラゼンタ)は腎機能に応じての容量調整が必要がないという点で有用である。また、GLP-1阻害薬はインスリン抵抗性の改善と体重減少の点で有用な手段である。
免疫抑制剤は移植後高血糖との関連性が示唆されていて、ステロイドとタクロリムスが代表であり容量依存性である。タクロリムスをシクロスポリンに変更することで高血糖を避けることができる可能性はあるが、拒絶リスクが上昇するためここの症例で吟味が必要である。


腎移植の代謝異常は腎臓内科医にとって重要な部分であるし、ここに注目をして管理をしていく必要性がある。
でも、移植って本当に奥が深いし、その分しっかりと基礎的な知識をつけていかなくてはならないなと実感する。


2020/06/02

1/2の魔法(速報 MAINRTSAN3スタディ)

 ANCA関連腎炎の治療一覧でよく目にする、下図。内科学会誌5月号の腎炎特集(日内会誌 2020 109 886)にも、『専門医を目指すケース・メソッド・アプローチ 腎臓疾患(3版、2017年)』にも出てくるので、これが日本の標準的なケアなのだろう。


最下段は、追加治療や第二選択


 今回は、それを尊重しながら、以下の2点を考察したい。


1. 点滴シクロホスファミドの量


 「0.75g/m2」と聴くと、ループス腎炎のNIHレジメンを思い出す読者も多いだろう(Ann Intern Med 1996 125 549、こちらも参照)。もちろんANCAでこのレジメンを試したスタディはある(Arthritis Rheum 1998 41 1835)し、2012年のKDIGOガイドラインも以下のようになっている。


  • 0.75g/m2、3-4週ごと
  • 初回は0.5g/m2に減量(60歳以上、GFR 20ml/min/1.73m2未満も)
  • 投与2週後の白血球数が3000/mm3以上になるよう用量調節


 しかし、RAVEスタディ、RITUXVASスタディなどの代表的なスタディはいずれも、CYCLOPSスタディで用いられたレジメン(Ann Intern Med 2009 150 670、経口CYとの毒性・効果比較が目的)を使っている:


  • 15 mg/kg、2週あけて3回
  • そのあと3週あけて寛解後3ヶ月まで
  • 年齢・腎機能で減量(下図)


出典はこちら


 NIHレジメンは回数が少なくて済むが、体表面積の算出が手間だ。また日本のはKDIGOの「0.5g/m2に減」を半分にした、「0.25-0.75g/m2」と減量幅が大きい。

 医師の裁量と経験が反映しやすくなっているともいえるが、その根拠は不詳だ。日本人患者に欧米量のクスリを投与すると効きすぎることは確かに多く(フロセミドなど)、経験的な「1/2の魔法」なのかもしれない。


公開が待たれるディズニー映画、『1/2の魔法』
(出典はこちら

 
2. リツキシマブによる維持療法


 ANCA関連血管炎に対するリツキシマブの維持療法を延長したMAINRITSAN3スタディの結果が、きょう米国内科学会誌に発表された(doi:10.7326/M19-3827)。フランスの39施設が参加したものだ。

 対象は、ANCAの種類(PR3-ANCA:MPO-ANCAは約7:3)、初期治療の種類(シクロフォスファミドが6割、リツキシマブ4割、1例がメソトレキセート)を問わず、リツキシマブ維持療法(6ヶ月ごと0.5gを4回)を受けた97例。約半数がPSL 5mg/dを処方されていた。

 彼らをランダム化し、介入群は同様のリスキシマブ維持療法(4回、18ヶ月)を延長した。なお、介入群もプラセボ群もmPSL100mg・アセトアミノフェン1000mg・クロルフェニラミン5mgの前投薬をうけた。すると、延長28ヶ月後の無再発率は以下のようであった。




 有害事象の総報告数に有意差はなかったが、敗血症性ショックの発症は介入群にのみ2件あった(肺炎の発症は介入群で1件と、プラセボ群の4件より少なかった)。延長を正当化できるか、リスクと利益は考えなければならない。

 またスタディ患者は若く(平均63歳)、寛解後で腎機能も良好(eGFRは約60ml/min/1.73m2)、RTXの忍容性も高かった。やはり、日本でよく診る症例には、なんとなく「ステロイド±アザチオプリン(ミゾリビン)」が安全なようにも思える。

 しかし、同じ時代に「それで本当にいいんですか?」という文脈で行動し発表している人たちがいるのもまた確かである。その流れのなかにアバコパンがあり(こちらも参照)、リツキシマブがある(アザチオプリンと比較したスタディは、NEJM 2014 371 1771)。

 米国内科学会誌は「標準的なケアがまた変わる(again, changing the standard of care)」と題するエディトリアルを載せているが、こうした流れが日本の標準的なケアに(どんな魔法をかけて)波及するか、注目したい。

 


2020/06/01

それぞれの人生を歩む

 とある日の慢性腎臓病の外来

 1人目、55歳男性, 糖尿病性腎臓病でeGFR 12 ml/分/1.73m2
 2人目、58歳男性, ADPKDでeGFR 10 ml/分/1.73m2
 3人目、98歳男性, 糖尿病性腎臓病でeGFR 8 ml/分/1.73m2
 
 3人とも、腎代替療法を考える時期である。

 皆が全く別の物語の中で生きているなと感じるのが、腎代替療法の説明の時だ。腎代替療法とは血液透析、腹膜透析、腎臓移植である。この説明の時に、これら腎代替療法のそれぞれの利点や欠点を話しながら徐々に方針を決めていく。

 患者さん本人はもちろん身の回りの人も含めた話し合いになり、普段の外来では窺い知れなかった患者さんの一面も知ることができることが多い。

 ただし、具体的な療法選択の話をする前に最初に確認しなければいけないことがある。

 そもそも患者さんの治療のゴールは何かということである。ここを意識して確認しておかないと、皆で同じ目的に向かって進んでいくことは難しい。

 中には、「腎代替療法をそもそもやるつもりがない。」という人もいる。

 ただ、「やりたくないのであれば、やらない。」ではなく、「どうしてやりたくないのか?」を具体的に確認していく作業が必要だと思われる。実は単なる勘違いだった、質問の意図が理解できていなかったということもある。

 単純にやりたくない→ではやらないという形にならない、非常にナイーブな問題を抱えている。これまでも日本透析医学会から「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」が2014年に発表されていたが、今回その情報がupdateされた(透析会誌 2020 53 173)。

 いろいろと考えることや得ることがあるので、この提言を隅々まで見ることをお勧めする。

 透析の選択に関わる人は必読と思われる。






提言に記載されている、考え方のフローチャート