2011/08/25

suPAR

今週のjournal clubは二本の興味深い基礎研究の論文が紹介された。一つ目はカリウムチャネル遺伝子のひとつ(KCNJ5)の変異が細胞内へのカルシウム流入を介してアルドステロン産生と細胞増殖を起こすことを示した、アルドステロン産生副腎腫瘍の病態生理の一部を明らかにする論文(Science 331, 768-772, 2011)。

 この研究者は、遺伝性アルドステロン産生副腎腫瘍の家系を探し出し、腫瘍の遺伝子(exome)をくまなく調べた。そして共通するsomatic mutationを見つけ、その部位が生物種を越えて保存されていることを示した(進化の過程で保存されているということは、それだけ生存に重要と考えられる)。さらにたんぱく質構造解析により変異部位はチャネルの透過特異性に重要ということも示した。

 もう一つの論文は、FSGS(原因不明のネフローゼ症候群、治療法も確立していない)の原因に、circulating urokinase receptorが関与しているというもの(Nature medicine 17, 952-960, 2011)。FSGSは移植した腎臓にも起こるぐらいだから、この病気を起こす何らかの"circulating factor"(血中を流れる未特定の物質)があるに違いないと考えられていた。

 この研究者はすでに腎臓糸球体の足細胞の細胞膜にあるurokinase receptorが、細胞間器質のbeta-3 integrinなどを介して足突起のeffacementを起こすことを知っていた。さらに研究を進めて、urokinase receptorは細胞膜を離れて血中を循環することを突き止めた。

 そこで、①FSGSはcirculating factorによると考えられている、②urokinase receptorは糸球体病変を起こす、③urokinase receptorはserum soluble urokinase receptor(略してsuPAR)として血中を漂っている、という考えを総合して、④suPARがcirculating factorなのではないか?という推論を立てそれを証明しにかかった。

 調べてみると、FSGS患者の血漿には、原疾患を問わずsuPARの濃度が高いことが分かった。また患者血清を健康なヒトの足細胞に振りかけるとbeta-3 integrinが誘導されることが分かった。この効果はrecurrent FSGS患者の血清でより大きく、患者血清に抗suPAR抗体を混ぜると打ち消された。

 さらにsuPAR遺伝子(plaur)ノックアウトマウスを作製し、このマウスにsuPARを大量静注したり、wild typeのマウスにノックアウトマウスの腎臓を移植したり、さらにはwild typeのマウスにplaur遺伝子入りのプラスミドを組み込んでsuPARを異常発現させたマウスを作ったりして、suPARがFSGSを起こすことを美しく論理的に示した。

 これは、膜性腎症にPLA2Rが関与していることが判ったのに続き、難病であるネフローゼ症候群の病態解明につながる重要な論文だ。これからさらに、suPARがなぜFSGS患者で異常に発現しているのか、suPARを除去すれば病気は元に戻るのか(残念ながら今のところ血漿交換はFSGSには効かない)、など研究が進んでいくことだろう。

2011/08/21

jade and dab

 最近学んだ英単語は、jadeとdabだ。Jadeとは翡翠(ヒスイ)のことだけど、「へとへとに疲れさせる」という意味があるので、主にjadedという過去分詞形で「疲れ切った」、転じて「飽き飽きした、うんざりした」という風に使われる。Tiredに近い表現だ。移植コーディネータが「私たちはこの仕事が長いから、患者さんのさまざまなトラブルにjadedなこともあるけどねー…でもおおむねこの仕事は楽しくてやりがいがあるわよ☆」と言っていた。

 Dabは、to strike or hit lightly、to tap gently; pat、という意味だ。腎生検ではまず小さく十字に切れ目を入れた皮膚に針の先端を少しだけ入れて、そこから超音波ガイド下に針を進める。この最初に針を進める動きをdab the needleと言っていた。なおdabにはto apply with short poking strokes、to cover lightly with or as if with a moist substanceという意味もある。筆で絵具をカンバスに少しつける、お化粧を頬に少しつける、という感じだ。

2011/08/19

I can only do so much

 各方面から仕事ややるべきことが積もると、一時的に自分の力ではどうにも出来ない状況に陥ることがある。この時の無力感を打ち破るのには、"I can only do so much"と言い聞かせるのがよい。"There is only so much I can do"と言ってもよい。とにかく、自分に出来ることを自分のペースでやるしかない。ただこれを相手に言っても、それで納得してくれる場合は少ないだろうから、あくまで自分に言い聞かせている。

XO inhibitor

 慢性腎不全の患者さんは心血管系疾患とそれによる死亡率が高い(AJKD 32, S112-119, 1998)。それで、いかに慢性腎不全の患者さんを心血管疾患から守り長生きさせるかが腎臓内科医の最大の課題の一つだ。この課題を解くために、①どの患者さんがハイリスクなのかを見つける、②どうしたらそのリスクを減らすことができるか考える、という二つの問いを立てて多くの人達が研究している。

 リスク因子の一つに、endothelial dysfunctionというのがある。血管内皮細胞には防御機構が備わっていて、狭窄や閉塞などで虚血に陥った場合に代償的に拡張しようとする。しかし腎不全の患者ではその働きが弱くなる。endothelial dysfunctionを計るひとつの方法がFMD(flow-mediated dilatation)だが、FMDが弱い腎不全患者さんは、そうでない患者さんに比べて心血管疾患で死亡する確率がとても高い。

 別のリスク因子は高尿酸血症だ。尿酸は血管肥大、高血圧、RAA(renin-angiotensin-aldosterone、私の好きな生物を陸上で生活できるようにしたシステム)の亢進などにより心血管疾患リスクをあげることが知られている。また移植患者では、CNI(calcineurin inhibitor、すなわちtacrolimusとcyclosporineのこと)により尿酸値が上がるらしい。

 では、尿酸値を下げると心血管リスクは減るの?という話になる。それで調べてみると、xantine oxydase阻害剤(allopurinol)はリスクを下げるが、尿酸排泄促進剤(probenecid)はリスクを下げないことがわかった。さらにallopurinolは、血中の尿酸濃度に関わらず腎不全患者の心疾患を予防するかもしれないという論文がでた(JASN 22, 1382-1389, 2011)。

 しかしNephrology Grand Roundで聞いた話では、LV mass indexのさがり幅が1g/m2と少なく、フォローアップ期間も9か月と短いので、これだけでは何とも言えないようだ。今度読んでみようと思う。Allopurinolと言えば腎不全患者にはdose reductionが必要とか、Acute interstitial nephritisを起こすとか、腎臓内科医には使いにくい薬だが、思わぬメリットがあるようで見直さなければならない。

2011/08/16

7 - K or 8 - K

 透析液のカリウム濃度は「7 - 患者さんのカリウム濃度」にせよという不文律がある。しかし今日のJournal clubで紹介された論文(Kidney International 79 218 2011)を知って、「8 - 患者さんのカリウム濃度」にしといたほうが患者さんが突然死せずに済むかもしれないと思った。この論文は、大手透析会社DeVitaがもつ膨大な患者さんと透析情報を解析した、case-control studyだ。読んでみて、これは結果よりも解釈が重要だなと感じた。

 たとえば「患者さんのカリウム濃度が5.1より1以上高ければ突然死のリスクは46%あがり、1以上低ければ55%あがる」と言われても、このカリウム濃度はイベントが起こった日のカリウム濃度ではなく、月一回計る血液検査時のものだ。カリウム濃度が高い患者には、低いK濃度の透析液を使うために不整脈が起こり突然死するのか。カリウムが低い患者は、日頃から透析をアグレッシブにやりすぎているからいけないのか。カリウムが低い患者は栄養状態が悪いのか。考えられることが色々ある。

[2019年2月追記]上記の透析前カリウムと突然死リスクの相関は下図のようなUカーブで表現されていた。


 透析患者さんは透析前の高カリウム血症もさることながら、透析中の低カリウム血症も心配で、透析前のカリウムは5mEq/l程度でよいのかもしれないというメッセージだった。

 そしてこれを振り返るきっかけになったのが、ahead of printのお知らせメールが昨日届いた(腎臓内科学会メーリングリストでも話題の)CJASNの論文だ(doi.org/10.2215/CJN.08580718)。

 欧州各国とアルゼンチンのDIET-HDコホートから約8000人の血液透析患者さんについて野菜と果物の摂取量をアンケートし、1日5.5以下、5.6-10、10 servings以上の三群にわけると、平均2.7年のフォローで摂取が多いほど総死亡・非心血管系死亡が有意に低かった。




 心血管系死亡は有意差が出なかったが、じっさいの数字(1000人・年あたりの死亡率)は心血管系のみで下がり、感染・がんなどの非心血管系死亡はどの群の数字も同じだった。

 なにがよかったのか?ということで、「ビタミンとか繊維とかがよかったのでしょう」といういつものお話が(相関と因果関係に注意しながら)各所ではじまっていると思われる。カロリー摂取が3群で1700、2000、2400kcal/日と大きく違うのが気になるが、著者は多変量解析でその影響を排除したといっている。

 また透析前カリウムの値はいずれも5-5.1mEq/lで変わらなかった。カリウム吸着薬についての記載はないのでわからないが、「カリウム吸着薬をのんで野菜と果物のいいとこどりをしましょう」という提案も(新規K吸着薬の登場とあわせて)これからなされるかもしれない。

 ただ、「果物の美味しい季節はカリウムに気をつけよう」というわけで、梨でも柿でもイチゴでも旬に高カリウム血症で運ばれる患者さんを診た経験がどの透析施設にもあると思われる(わたしのいた米国施設では「夏はトマトに気をつけろ」といわれていた)。

 せっかく患者さんの食生活と予後を改善しうる結果がでたのだから、慎重に前向きに採用して検証したい。


Anti-HLA antibody

 ドナーがなかなか見つからない患者さんは、desensitizationをしてでもHLA不適合移植をしたほうが、移植せずに透析をして待ち続けるより長生きできるという論文がJournal clubで紹介された(NEJM 365, 318-26, 2011)。

 Donor-specific anti-HLA antibodyは、妊娠や輸血、以前の移植などで作られることが多いが、そうでなくても敏感な免疫の人は元々持っている場合もある。ウイルス感染なども免疫反応を惹起する過程でこれらの抗体を作ることがある。

 この抗体がターゲットとなる抗原をもった臓器をあげたら、免疫の思う壺というか、飛んで火に入る夏の虫というか、移植臓器はdonor-specific anti-HLA antibodyの餌食になってしまう。だからドナーの免疫と移植臓器がマッチすることをあらかじめ確かめる必要がある。

 CDC(complement-dependent cytotoxicity assay)はドナーの血清とレシピエントのリンパ球を混ぜて反応するかをみる試験だ。補体とanti-human globulinをつかって反応を起こりやすくしている。さらに感度が高いのがFCXM(flow-cytometry cross-match)。

 さらに感度が高いのはbead assayで、これはレシピエントとの反応がどうこうというより、単に抗体を検出している。この試験は感度が高い半面、false positiveも高い。言い換えると、非常に抗体価の低いものまで拾ってくるが、これらの抗体がどれだけ移植後悪さをするかは分からない。

 移植にあたってはクロスマッチで反応がおこらない相手を探すのが第一だが、ドナーの30%は残念ながらdonor-specific anti-HLA antibotyを持っており、彼らに適合する臓器を見つけてくることは容易ではない。そこで、ただ待ちぼうけるのではなく、ドナーをde-sensitizeしてはどうかと言う話になる。

 De-sensitizationには大きく二つの方法があり、ひとつは高用量のIVIG、もうひとつは低用量のIVIGと血漿交換を組み合わせたものだ。これを行ってからHLA不適合移植した群は、適合移植の相手が見つかるまで待った群(どちらも移植後は免疫抑制を掛けるが)、相手が見つからずに待ち続けた群に比べて長生きした。

 しかし、どの群もloss of follow upが多く、8年間のフォローアップで得たKaplan-Meier曲線は美しく不適合輸血群の有意な長期生存を示しているものの、説得する真のパワー(計算上の統計学的なパワーでなく)は低い、と先輩フェローがこれをビシッと指摘しており、なるほどなと尊敬した。

2011/08/14

前向き

 移植チームにいると、メンタリティーが外科的というか、前向きに変わる。慢性腎不全というのは徐々に進行する病気であり、診療の根本はそのゆっくりとした下降を(患者さんもそうだし診療チームも)受け入れるところにあると思う。しかし移植をすると、どんどん腎機能がよくなり、だめになった腎臓のために患者さんが失った機能はどんどん回復していく。

 たとえば血圧もどんどんさがって飲む抗高血圧薬が減っていくし、貧血も新しい腎臓が造血ホルモンを作るので回復するし、リンやカルシウムなどの電解質をコントロールする薬を飲む必要もなくなる。腎不全(透析)患者さんは水分制限を強いられるが、移植をするとこんどは新しい腎臓に血液がふんだんに届くよう、脱水を避け一日に2-3Lは水分を取るよう勧められる。

2011/08/12

目からウロコ(ステロイドで血圧があがる仕組み)

 ステロイド内服で血圧が上がるのはなぜか。私はずっと「ステロイドには程度に差はあれども鉱質コルチコイド作用があって体液保持に働くからだ」と思ってきたが、そうではない。pure glucocorticoidであっても血圧は上がるし、ステロイドによる高血圧患者にaldosterone inhibitorを使用しても血圧は下がらない。そこで、「ステロイドがもっと直接に血圧をあげる仕組みがあるんじゃないか?」という話になる。

 それを研究している人達がいて、彼らはvascular endothelial glucocorticoid receptorが関係しているらしいことを突き止めた(J of Hypertension 29, 1347-1356, 2011)。この受容体をノックアウトしたマウスは、大量のdexamethasoneを投与しても血圧が上がらない。しかしphenylephrineには反応する。つまりステロイドはこの受容体を介する、しかしα受容体を介しない機構で血圧を上昇させることが示唆される。

 長年無批判に信じて来たことが違うかもしれないと分かって、ビックリしたが刺激的だった。ステロイド受容体といえば細胞質にあってステロイドと結合すると核内に移動して様々な転写因子のスイッチを入れると記憶している。血管内皮細胞のステロイド受容体は、他の受容体と比べて何か特別な働きがあるのだろうか。最終的には血管収縮に働くわけで、その途中のmissing linksをどう埋めるのだろう。興味深い論文だった。

2011/08/07

ある夜の出来事 3/3

 (前回からの続き)こんなに丸見えの静脈で指導医を夜中の2時に呼びだすことになろうとは思わなかった。ともかく指導医の先生は嫌な顔せず来てくれて、患者さんをTrendelenberg位にした。今回、静脈があまりにも太く丸見えなので私はそんな必要はないと思ってしまった。こちらに来てからのレクチャで「Trendelenbergなんて意味ない」と教わったというのもあるが。

 そのあと先生は超音波プローブを90°回転し、静脈を長軸・短軸で映しながら注意深く針を進めた。長軸像では、横に伸びた静脈の上から、刺入角45°でデモ映像のごとく針が進む。そして先端が静脈壁に触れたときに、私は目を疑った。

 静脈壁が伸びる伸びる、よく伸びる。vasodilatationで弛緩しきった静脈は、針が来てものれんに腕押しだ。へこむばかりで針は静脈壁をなかなか貫通しない。ここでそのまま進めたのでは、浅い側の静脈壁が深い側に達し、針が両方を突き抜けてしまう。それで先生は針を小刻みに動かし、浅いほうの壁を貫いて血管内に入った。

 この時夜中の3時。そのあと私が手技を引き継ぎカテーテルを無事挿入し、家族に「無事入りました」と報告し、胸部X線を待つ間に昨日から残っていた仕事を終わらせた。このまま完全徹夜になったら翌日働けるかなあとぼんやり心配しながらX線でラインが正しい位置にあることを確認し、さあいよいよ透析を回そうかと患者さんを見に行くと、血圧が本当に低い。三つ目の昇圧剤が使われていた。これには万事休すと言わねばならない。

 午前4時、主治医チームが家族に説明するのを手伝う。透析が却って患者さんを害すること、残念ながら腎臓の代わりをする方法はないこと、それ以前に全身の状態が悪化しており腎臓どころではないこと。"I am so very sorry for him..."という最後の私の言葉に泣き崩れる家族を支え、それでも患者さんの苦を除くなど出来ることをしようと励ます。午前5時、主治医チームにあとの治療は任せて、私はMICUの使われていない部屋で少し寝た。

 翌朝病院の庭を歩いていると、リスが歩いている。ああリスも必死に生きているんだよな、という考えが浮かんだ。と同時にガクっときた。分かっていた。私にはこうなることが分かっていた。病状の変化、家族の心の変化、どれも想定されていたことだ。だから心を動かされることはないと思っていた。でも、今回は自分がより責任をもって診療したためか、ラインが入らなかったときにはがっかりしたし、入った時には嬉しかったし、病状が悪くなって悲しかったし、家族が泣き崩れたときにはしばし目を閉じて苦しみを共有した。
 
 助けられないと分かっていても、たった数時間で一期一会の診療でも、それでも何かできることがある。この感情の共有には、きっと意味がある。ホスピス専門の医師でなくても、家庭医療医でなくても、一医師でもできるはずだ。できたじゃないか。これは、いま物凄い勢いで学んでいる医学知識や診療診察に勝るとも劣らず重要なことかもしれない。

ある夜の出来事 2/3 

 (前回からの続き)さて、透析するには透析用の太いカテーテルが必要だ。最も効率よく透析を回せるのは右頚静脈カテーテルだが、当然この静脈はすでにMICUチームの挿入した中心静脈カテーテルが入っている。スイッチしてもいいが、すでに昇圧剤もそこから流れているし、他を探したほうがよさそうだ。オプションは左頚静脈か大腿静脈だ。

 大腿静脈で持続透析すると、患者さんがずっと臥位でいなければならいのが不都合だが、今はそんなことを言っている場合ではない。それで右大腿静脈からアクセスすることにした。しかし、どういうわけか手技中に超音波が浅いところしか映さなくなってしまった。しかも脚の血色が悪く、livedo reticularisのように見える。仕方ないから左大腿静脈に場所を変えてカテーテルを挿入した。これが夜中の1時。

 しかし、折角透析看護師さんが夜中に来て組み立ててくれたCVVHDFマシンが、つないですぐさまhigh access pressure(-200mmHg)を示す。この患者さん、劇症膵炎で腹腔内圧があがり、どうやらIVCから下は全部ペシャンコになっているみたいだ。外科チームは何度か見に来たけれど、横隔膜はよく動いているから減圧手術の適応はないという。

 横隔膜は動いても腎臓と静脈はペシャンコなんだけど…と思いつつ、仕方がないので左頚静脈にアクセスすることにした。腹腔内圧は上がり続け、血圧は下がりはじめていたので、アクセスすべきかはとてもためらった。しかし、いまだ昇圧剤を増やしたりして最大限の治療をしているので、ここで私がテクニカルな理由で「もうだめです」とは言えない。家族に事情を説明し、左頚静脈カテーテルの同意を得る。

 超音波を当てると大きく丸い左頚静脈が皮下8-9mmの浅いところを走っている。これは簡単だろうと手技を始めると、なんど試みても静脈内に入らない。超音波で目の前に見えていながら、こんなに浅いところを、こんなに大きな静脈なのに入らない。そんなバカな…、と起きていることが信じられない。集中治療のフェローに代わってもらったがやはり入らない。続く。

ある夜の出来事1/3

 移植月間の二日目、まだ慣れず夜になっても大量の仕事とカルテに追いまくられていると、ピーピーポケベルが鳴る。そういえば今夜は当直だった。だから移植患者だけでなく、腎臓内科すべてのコンサルトを受ける。ポケベルをみると、丁寧にtext page(メッセージ)で「MICUからコンサルトです、劇的な急性膵炎からアシドーシスになって、pHは6.9、Kは6.7です」と書いてある。

 どうして欲しいのかなあ、と思った。山田ズーニー著『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(2003年)にある、お母さんから保育園への「今日の太郎君は、病院にいくほどではないのですが、少し熱があります」というメッセージと同じだ。透析をお願いしているの?していないの?ただ診てほしいの?何なの?でももちろん私はそんなことは言わない。電話で朗らかに「オッケー☆、じゃあ診察するね☆、see you soon☆」と言い残しMICUへ。これでMICUでの人気もばっちりだ。

 さて、pHとKと無尿、緊急透析の適応はある。でもそれが何か意味のある利益を患者さんにもたらすだろうか…。診察して、私の見立てでは答えは否だった。乳酸も7-8mg/dlと高い。MICUの考えは?と聞くとMICUアテンディングは「私は夜間のカバーだから患者さんのこと良く知らないし」とか言う…。はっきり回復の見込みがないことを伝え治療方針を転換させる気はないようだ。

 まあこういうことは初めてではない。どれだけ見込みがなくても、挿管して昇圧剤を使ってmaximal level of careを提供して、家族が一縷の望みで必死な間には、治療のfutilityを知りつつ「一か八かやってみましょう」ということになる。私はコンサルタントだし、MICUの方針に沿う診療をすることが求められる。また家族が状況を受け入れるのに時間が掛かるのは当然だし、後で「あれをしておけば良かった」と後悔するほど悪いことはない。それで持続透析をすることにした。続く。

免疫抑制

 免疫抑制について話そう。免疫は奥が深すぎて学べば学ぶほど魅せられる分野であるが、ここでは実践的な(仕事で学んだ)ことを紹介したい。免疫細胞をまず根絶やしに(完全ではないけどかなり)するわけで、原理としては化学療法と同じだ。術直前、術後、そして暫くしてからの三つの段階がある。
 術直前が最もharshで、うちの病院ではATG(抗胸腺細胞抗体)またはbaciliximab、MMF(mycofenolate mofetil)、そしてmethylprednisoloneを使う。たいていATGだが、近親living donorのように免疫反応が寛恕な場合にはbaciliximabが用いられる。baciliximabは抗CD25(IL-2受容体のα鎖)モノクローナル抗体で、これはCD3、CD28(co-stimulation)とはまた別のT細胞増殖シグナルを抑制する。
 MMFは血中レベルのモニターも要らないし、たいていの患者さんは1000mg BID(2x/d)で退院してもそのまま変わることはあまりない便利な薬だ。身体が小さい人には少なくする。Purine synthesisの抑制に関わるのでazithiopurineなどと同様に血球減少や胃腸障害が起きることがある。
 CNI(calcineurin inhibitor)はたいていtacrolimus(日本の土から生まれた我らが誇る免疫抑制剤だ)を用いる。afferent arteriolar constrictionが起こることがあり、使用後は腎機能に注意する必要がある。この薬の代謝速度は人種により異なり、黒人が最も早く、アジア人は中間、白人は遅い。高用量では(血中濃度に関わらず)手の震えがでることがある。
 ATGは術前術後あわせて計5mg/kg投与するが、CD3(TCR)をターゲットにするだけあって一撃で血中からリンパ球を一掃するので、リンパ球数が上がって来るまで二度目は打てない。投与速度をゆっくりにしないと、壊れた細胞からサイトカインが一気にでてSIRSを起こす。ヒトの胸腺細胞に対するウサギの抗体なので血清病が起こってもおかしくないのだが、まだ見ていない。他の免疫抑制剤によって抑制されているのだろうか。
 高齢者ではしばしばステロイドの副作用が免疫抑制の利益を上回るので、steroid-sparing protocolをもちいる。ただしそれに当たってはPRA(panel reactive antibody)が低いことを確認することだ。PRAは、「100人の細胞に患者さんの血清を振りかけたら何人が反応を起こすか」という古くからある試験で、これが低ければallo-immunization(他者への免疫反応)は寛容と言える。
 逆に若い患者さんでは、CNI-sparing protocolといってtacrolimusの代わりにsirolimus(mTOR inhibitor)を用いる。CNIは素晴らしい薬だが、10年、20年…、と長期にわたり使用すると不可逆な腎機能障害を起こすからだ。ただしsirolimusはwound healingを遅らせるので、CNIからsirolimusへの変更は術後三か月まで待ってからにする。

sleepy kidney

 術後すぐの移植腎について話そう。移植腎の機能は、移植腎の年齢が若いことが最も効いてくる。若い腎臓は、cold ischemia timeが長くても、DCD(donation after cardiac death, rather than donation after brain death)であっても、摘出前のドナーの腎機能が悪くてpumpingをされていても、老いた腎臓に勝る。living donorもとても予後がよく、多少の組織不適合があっても免疫抑制でなんとかなる。
 移植後、大抵の場合は一日に5L以上の尿が出る。移植前に無尿だった患者さんにとっては驚きである。腎臓は乾燥した環境を嫌うので、十分に輔液してあげる(維持輔液に、尿量と1:1にマッチしたreplacement fluidを加える)。新しい腎臓は尿がでるだけでなく老廃物排泄、カルシウムやリンの調節もしてくれる。クレアチニンが毎日1mg/dl以上減っていくのも、患者さんには嬉しい驚きだ。
 残念ながらそこまで回復が早くない人もいる。術後一週間以内に透析を必要とする場合をlate graft functionと呼び、そこまでではないが回復が遅い場合をslow graft functionという。これらは最終的な移植腎の予後にあまり影響しないので、患者さんに"kidney is sleepy"とか説明しても問題はない。周術期の血行動態、血管吻合部の狭窄などが考えられる。Hyperacute rejectionというのもあるが、手術中にみるみる移植腎がfailするほど超急性なので術後に病棟でみることはない。

腎臓の代わりは腎臓に限る

 移植サービスの特徴の一つは、巨大なチーム医療ということだ。病棟では移植コーディネータ(看護師)、移植外科と毎日話し合う。外来では精神科、感染症科、倫理の専門家、ファイナンシャルアドバイザー、薬剤師、その他さまざまな職種の人が患者さんを診る。いざ移植に当たってはレシピエントの搬送(時には病院のprivate jetで)、ドナーの搬送、これらをコーディネートする沢山の人達がいる。
 この手厚い医療に患者・家族の満足度も高い。これだけ充実しても、患者さんが透析に行かなくなることで浮く医療費を考えれば莫大なお釣りがくる。移植は、手術前後に医療資源が最も投入され、そのあとは免疫抑制剤代くらいしかかからない相対的に安い医療だ。毎日カフェテリアで昼ごはんを食べることを考えれば、贅沢な材料でお弁当を作った方が安いのと同じ。
 そればかりではない。いま仮に55歳の慢性腎不全の患者さんが、移植か透析か選ぶとしよう。移植を選んだ場合、この人は透析を選んだ場合に比べて少なくとも2倍は長生きできることが分かっている。透析を週6日すれば移植並みに生きられるかもしれないという研究はなされているが、誰が週6日透析に来るだろうか、そして誰がただでさえ高額な透析医療費を増やすことに合意するだろうか。
 透析患者をいかに長生きさせるかというのは世界中の腎臓内科が知恵を絞って考えているテーマだが、まだまだだ。ただkT/V(尿素の除去効率)を上げただけでは差が出ないことが分かっている(HEMO study, 2002)。そんなことではGFRは8ml/minから高々12ml/minにしかならない。尿素排泄の他にも腎臓は様々な働きをしている。だから、移植をする人は「腎臓の代わりは腎臓に限る」と言っているわけだ。

インテンシブ

 腎移植サービスの月に入った。診療において注目する点が今までと違う。最初の三日間は新しい知識と経験が怒涛のように押し寄せた。しかしなんとかそれらを飲み込み把握し行動に反映させるに至った。このインテンシブさは、卒後すぐに総合診療科で初期研修をした時に次ぐ。当時、「プロブレムを絞り、必要な情報を集め、解決案を考え、実行してフォローする」という型を部活の基礎練習のごとく毎日反復したのを思い出す。
 ここでも同じで、移植腎の機能、電解質、体液量バランス、免疫抑制、免疫抑制に伴う感染予防(immunoprophylaxisという)、血圧、血糖、術後外科管理(尿カテーテル、腹腔ドレナージなど)、移植前に挿入されたデバイス(血液透析カテーテル、腹膜透析カテーテルなど)の処理などをメインの問題点として取り扱い、それぞれについて必要な情報を集めて毎日議論する。各論は別に書こうと思う。