2020/04/17

PD乳び排液をみたら

 末期腎不全で腹膜透析(CAPD、こちらも参照)をうける41歳女性。1日前から透析液が白濁したため、救急外来を受診。




Q1:診断は?

 
 上記は台湾からの症例報告(KI 2009 75 868)であるが、排液の見た目はまさに「乳び」。排液検査でトリグリセリド濃度が251mg/dlとたかく、細胞・細菌はみられず、診断は容易だろう。


Q2:原因は?

 
 リンパ還流障害と考えれば、腹腔内の悪性腫瘍(リンパ腫など)、炎症(膵炎・サルコイドーシス・SLEなど)、外傷(PDカテーテル挿入など)などがまず考慮されるだろう(Semin Dial 2001 14 37、SLEの報告はJ Rheum 2002 29 1330)。
 
 また、リンパ管は左右の静脈角(内頚静脈・鎖骨下静脈の合流点)に接続するので、上大静脈の圧が高まるSVC症候群や拡張型心筋症などでも乳び排液の報告はあるようだ(SVC症候群のはNDT 2000 15 1455)。


出典はこちら


 こうして解剖生理学的に鑑別診断を編み出すのも大切だが、臨床医としては現病歴からもアプローチしたい。もしかしたら、前日脂肪の多い食事を食べすぎたのかもしれない(本例ほど真っ白にはならないだろうが、混濁することはある)。

 ・・すると本例は発症2日前、あらたにカルシウム拮抗薬(lercarnidipine)が処方されていた。


 また、カルシウム拮抗薬(こちらも参照)?

 
 ・・じつは、カルシウム拮抗薬は乳びPD排液を起こす。機序は不詳だが、どの報告も、①薬を中止して軽快し、②再開してふたたび白濁することで証明している。ジヒドロピリジン系の報告がほとんどだが、2012年にはインドからジルチアゼムによる症例が報告された(Perit Dial Int 2012 32 110)。

 
 日本で最初に報告されたのでご存知の方も多いのかもしれないが(Clin Nephrol 1993 40 114)、腹膜透析診療における緊急事態のひとつである「混濁排液」の原因として、カルシウム拮抗薬の処方歴はぜひ押さえておきたい。
 
 



[2020年8月21日追記]今月の日本内科学会雑誌に、「リピオドールリンパ管造影ならびにオクトレオチドが有効であった非外傷性乳糜胸水の1例」が報告された(日内会誌 2020 109 1585)。肝硬変と慢性腎不全を背景にした症例で、タイトル治療が有効だったとのこと。お手元に雑誌が届いた方は、ぜひご覧いただきたい。

 ・・さらに、「乳び尿」についても言及したい。聞いたことない方もおられるかもしれないが、実在する病態だ(写真はBMJ Case Reportsより、doi:10.1136/bcr.01.2012.5635)。




 報告はインドの30代男性。尿TG濃度は167mg/dl(血清は84mg/dl)。6.5g/dの蛋白尿と2.2g/dlの低アルブミン血症をともなっていたが、腎生検では異常をみとめなかった。しかし、患者はフィラリア感染地域に居住しており、尿からはバンクロフト糸状虫が観察された。

 フィラリアに典型的な下肢リンパ管異常はみられなかったが、感染にともなうものと考えられた。抗寄生虫薬ジエチルカルバマジンを投与されたが改善なく、結局(乳び尿のでてくる)右尿管側にポビドンヨードを注入して消失した。

 日本では、バンクロフト糸状虫もマレー糸状虫も根絶され、新たな感染の報告はないそうだ。しかし、乳び尿は他にも感染・悪性腫瘍・外傷などさまざまな原因で起こりうるそうだ(前掲BMJ Case Reports論文より。表自体は、沖縄からの報告論文を引用している;Lymphology 1990 23 164)。いつか、会うこともあるかもしれない。