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2017/06/30

腎臓内科と五苓散 3

 五苓散の臨床応用について調べると、たとえば高血圧に用いた香港の論文がでる(Complementary Therapies in Medicine 2013 21 609)。ただし、五苓散と天麻鈎藤飲(Tianma Gouteng Yin)の併用で、天麻鈎藤飲のほうは成分を「強化」してあった。プラセボとのコントロールはなく、末尾に「コントロールスタディが望まれる」と書いてあるがそれから行われた様子はない。

 日本でのデータでは、漢方治療エビデンスレポート 2013(日本東洋医学会 EBM 委員会タスクフォース編)にいくつか。胆嚢ポリープの術前に五苓散を内服してもらい、術後の尿量やNa値を小柴胡投与群・非投与群と比べたもの(日本東洋医学雑誌 1992 42 313)、高齢者の軽度足背浮腫に対する効果を小柴胡湯と比べたもの(漢方の臨床 1999 44 1091)など。

いろいろあるけれど、スタディの質は余り高くなく思えてしまう。五苓散と同様に高血圧に用いられている天麻鈎藤飲はCochraneがレビューしているが、やはり良質のRCTがなく有効性を評価できなかった(DOI: 10.1002/14651858.CD008166.pub2)。「だから漢方はあてにならない」という立場、「漢方はそもそも方法論がちがうから、西洋医学の考えで有効性を測れるものではない」という立場、いろいろあるだろう。

 これらを解決しようと、東洋医学の臨床研究をどのようにデザイン・報告するかの指針として提唱されたのがCONSORT Extension for Chinese Herbal Medicine Formulas 2017: Recommendations, Explanation, and Elaborationだ。米国内科学会誌に6月27日オンラインで発表された(doi:10.7326/M16-2977、フリーアクセスだ)。いままで作られたCONSORT Extentionに、証(zheng、Pattern)などの東洋医学理論を反映させて更新されたものだ。

 米国内科学会誌なのに、これには中国語版がある。しかも、繁体字と簡体字の両方(繁体字のタイトルは「中藥複方臨床隨機對照試驗報告規範 2017: CONSORT聲明的擴展・說明與詳述」)。日本語版、韓国語版などもできるかもしれない。これが完璧と言うわけではないけれど、ひとつのたたき台として、これから質の高いスタディが組まれて東洋医学が西洋医学を受ける患者さんにも益すればいいなと思う。


2017/06/28

腎臓内科と五苓散 2

 五苓散がむくみをとる仕組みは科学的に説明できるのか。調べてみると、水チャネル、アクアポリンに関係しているようだ。しかも、バソプレシンの直接支配下にないアクアポリンに。Plot thickens(奥が深い)!

 アクアポリンの発見でPeter Agre先生、Roderick MacKinnon先生にノーベル化学賞が贈られたのは2003年のこと(写真はアクアポリン1を発現させたカエルの卵が低張液のなかで水を吸って膨れる様子、Annu Rev Biochem 1999 68 425より)。




 アクアポリンには家族がいて、アクアポリン1、2…など番号で呼ばれる。バソプレシン下に集合管細胞の内腔に出て水を保存するアクアポリン2が有名だが、他にもたくさんある。腎臓だけでもこれだけある(図、Physiol Rev 2002 82 205)。




 2以外のアクアポリンについては、まだわからないことが多い。それでも、これらが水以外の分子も通すこと(8がアンモニアを通すことは触れた)、病気にも関わること(4に対する自己抗体がNMOをおこすことは触れた)などわかってきた。

 五苓散は、調べた範囲でアクアポリン3-5抑制に関わることがわかった(漢方医学 2013 37 2 120、日本の礒濱洋一郎先生らの研究)。とくに4の抑制に働き、五苓散による脳浮腫治療(慢性硬膜下血腫、あるいは、写真のようなアルコール頭痛にアルピタン®が2016年秋から販売されている)の裏づけになっている。マンガンが関与しているらしいこともわかっている。




 では、腎臓ではどうか?上図のアクアポリン3-5に、どのように作用するのか?調べた限りでは見つからなかった。AQP発見のPeter Agre先生は米国腎臓内科学会誌に寄稿している(JASN 2000 11 764)。日本腎臓学会が、すでに研究しておられる先生方と協力して、世界に通じるあらたな水代謝メカニズムをみつけたらステキだなと思う。つづく。


(注:新しいシリーズが途中で始まる雨後のタケノコ形式なこともございます、引き続きお楽しみくださればさいわいです)






2017/06/27

腎臓内科と五苓散 1


僕たちのキセキ 様

拝啓

 平素よりお世話になっております。ツイッターで貴ブログを知ってから、楽しく拝読しております。たくさんの論文を昇華しておられるのに驚嘆します。

 このたびは、調べてほしいことがあってメールしております。

 漢方でむくみの治療に用いられる五苓散は、どんな仕組みで効くのでしょうか。また西洋薬と併用したらよかった、などのデータはありますか。

 お忙しいところお手数掛けて恐縮ですが、調べてもらえれば幸いです。回答お待ちしております。今後の貴ブログの発展を祈念しております。

敬具

 上善如水 拝



 
 五苓散(ゴレイサン、Wuling San)とは名前のごとく猪苓(チョレイ、Polyporus)、茯苓(ブクリョウ、Poria)、朮(ジュツ、Rhizima Atractyloides Macrocephalae)、沢瀉(タクシャ、Rhizoma Alismatis)、桂枝(ケイヒ、Ramulus Cinnamomi)という5種類の生薬を配合したもの。漢方でむくみにもちいられる代表的なお薬だ。

 …が、恥ずかしながらいままで存在も知らなかった。

 来年にも続編が米国で公開される映画『アナと雪の女王』に登場する雪だるまのオラフ(下図)は、In Summerという曲で"The hot and the cold are both so intense. Put them together, it just makes sense!"と歌う。




 おなじように、西洋医学と東洋医学は相互補完的に人類に貢献できるはずという考え方があって、最近は東洋医学をcomplementary medicine(補完医学)といったりする。

 気血水、五行説、証など難解な東洋医学の理論にくわしくなくても、脈や舌などの特別な診察ができなくても、日本ではインフルエンザに麻黄湯、消化管術後に大建中湯、というように1:1的に漢方が処方されることがある。ならば西洋の利尿薬を飲んでいる患者さんに漢方を併用したらどうなる?してもいいのか?したら効くのか?

 腎臓の仕組みがいろいろわかっている今だから、数千年の歴史をもつ東洋の智慧を科学的に解明できるかもしれない。ブルーオーシャンにスポットを当てれば、そこからブレイクスルーが起こるかもしれない。そんな前向きな「補完主義者」の視点で、このテーマが現在どこまでわかっているのかを調べてみよう。つづく。