2020/02/28

Critical care nephrology 腎臓が悪くなるのを知るために。

今回から少しだけ集中治療と腎臓という視点で話していこうと思う。
最近良く耳にすることも多いCritical care nephrologyについて話していく。

この概念はイタリアのClaudio RoncoとオーストラリアのRinaldo Bellomoなどが集中治療領域に高頻度におこるAKIやESRDのことを指し、Intensivist・Nephrologistが手を取り合って治療していく必要性が有る。まだまだ、歴史の浅い分野であり日本での地位が確立している病院は正直少ない印象を受ける。
彼らの著書のCritical care nephrologyは必読のものである。2019年に改定されている。

はじめは集中治療とAKIを早期に認識することについて触れたいと思う。
最近の研究で、97施設1800人の集中治療患者で患者の57%が1週間以内にAKI(ステージを問わず)に進展したという報告があった。そのなかで、39%が重症AKI(KDIGO stage 2 or3)、13.5%が腎代替療法を必要とした。


集中治療領域でAKIになることは死亡率を上げるリスクファクターとして知られている。
腎代替療法を必要とするAKIの死亡率は40-55%といわれ、集中治療領域の心筋梗塞(20%)、AKIを伴ない敗血症(15-25%)、人工呼吸器を必要とするARDS(30-40%)の死亡率(カッコ内は死亡率)より高いというのは非常に驚かされる。

しかし、AKIにだれがなるか、AKIの人で腎代替療法が必要になるかはわからない場合が多いが、その中で患者のリスク層別化をすることは重要になる。

まず、このリスクの層別化でぱっと思い浮かぶのは以前にもお話したことが有るbiomarkerである。

しかし、このbiomarkerを使用する上で注意するべき点が有る。
それは、やたらめったらと取らないことである。
ん?どういうこと?なのかというと、検査前確率が高い人に行うべき検査であるということである。

その他に用いられるリスク層別化としては下表のものになる。
少し下に解説を入れていきたい。
1:Clinical risk prediction score
 下記のスコアで5point以上であればAKIのリスクが高いと判断する。
NDT 2018より
2:Computer algorithms
 これは今後AIが発達していく世の中になるであろうし、血中biomarkerよりも6時間以上早くAKIを予測したという報告も有る。

3:Furosemide stress test
  高用量フロセミド負荷(1mg/kgのフロセミド負荷、もしくは投与してある人には1.5mg/kgのフロセミド負荷)をして、2時間尿を測定し200ml/2hrをカットオフとして判断する(感度87%、特異度84%)。

このようなリスク層別化のツールを用いながらAKIのリスクをしっかりと想起することはわれわれにとっても大切だし、AKIになると患者さんの死亡にも寄与するため、その対抗策を講じることは非常に重要である。

今回はCritical care nephrologyの最初の部分をかたった。

腎臓内科の医師は基本的にはクレアチニンなどの数字に踊らされることはないと思うが、尿も含めて患者をトータルに見れる視点を持つことが非常に重要である。


2020/02/26

尿中オートブルワリー症候群

 米国内科学会誌で、尿中オートブルワリー症候群(urinary auto-brewery syndrome)なる症例が初めて報告され(DOI: 10.7326/L19-0661)話題になっている(下図はネット上も含めた引用度を示すAltmetrics、日を追うごとに上がっている)。




 オートブルワリーとは、体内で真菌などが発酵・醸造してエタノールを産生してしまう稀な病態をいう。オートブルワリーがあると、飲酒をしていなくても各種エタノール検査が陽性になってしまうので、社会医学・法医学的に問題になる。

 今回の症例も、肝移植のリストに載せるどうかが争点となって見つかった。患者は肝硬変・コントロール不良の糖尿病をもつ60歳代の女性だが、断酒していると主張しているにもかかわらず尿中エタノールが陽性のため他施設でリストに載らず、論文著者の施設にやってきた。

 しかし、飲酒していれば上がるはずの血中エタノール濃度や代謝産物が陰性であり、よくみると尿中に大量のグルコース(1000mg/dl以上)と多数の出芽酵母(Candida glabrata)がみられ、尿中のオートブルワリーが疑われた。

 そこで論文著者らは患者の尿を採取し、遠心して上清と沈殿(酵母を多く含む)に分けて、それぞれを異なる温度の培養器に入れた。すると24時間後には、沈殿の検体から大量のエタノール(37℃で816mg/dl)が検出された。

 発酵を抑制するフッ化ナトリウムで抑制されたことから、エタノールは酵母の発酵で作られたと結論された。そして、移植リストに載せるかについても「再検討」されることになった(血糖や感染など課題が多いので、少なくともすぐには載らなかったのだろう)。


 法医学の世界ではすでに、死後に尿中で菌が発酵してエタノールが検出されうることが知られていたが、存命患者の症例報告は今回が初という。大量の出芽酵母と尿糖のある患者じたいはどの国でも珍しくないうえ、今後SGLT2阻害薬の使用が広がれば、こうした事例を目にする機会が増えるのかもしれない。

 なお、尿中エタノールが検査に出せない場合は、尿浸透圧ギャップが手がかりになるかもしれない。が、その際には「計算上の尿浸透圧」を求めるときに尿糖(mg/dlなら18で割る)を加えるのを、お忘れなきよう(以前の投稿では含めなかったので!)。


 

 





2020/02/21

移植後にMMFの血中濃度気にしていますか?

腎移植後の免疫抑制剤のときの血中濃度について腎臓内科医が考えることとして、

1:タクロリムスの血中濃度の定期的な測定は重要であり必要である。

2:Mycophenolate mofetil(MMF)の血中濃度は測定する必要性は低い

と考える場面が多いと言われていた。
実際、私も今まではこのように考えて診療をおこなってきた。ただ、違う施設にきてから2の血中濃度をしっかり測定していること(タクロリムスはトラフ濃度、MMFはAUC濃度)に非常に関心をして、今回の記事を書いてみようと思った。

今回の記事に関してはTransplantation 2019の論文が非常にまとまっており、この論文を中心に記載をしようと思う。

まず、薬物の話でありPKとPDを簡単に復習をしよう。
・PK(PharmacoKinetics):
投与された薬物がどのように吸収され、組織に分布し、代謝され排泄されるのかを解析している。

AUC24h:血中濃度時間曲線下面積:体内に取り込まれた薬の量を示す指標
Cmax:最高血中濃度


・PD(Pharmacodynamics):
薬物の作用部位における薬物濃度と薬物効果をみている。


MMFに関しては、当初は固定量をしっかりと投与(Fix dose)すればいいと考えられていたが、PKの点において、個体差がかなり大きいことが分かってきた。人によって10倍の差があると報告もされている。
なので、MMFに関してはTDM(Therapeutic drug monitoring)を行うことが良いとされている。とくにAUC 0-12h がいいのではと言われている。

では、一般的な薬において、固定量を投与したほうが良いか?AUCを測定し投与量を決定したほうが良いかに関しては、下記の図を見るとわかりやすい。


この図では、DrugA~Cは固定量、DrugDではAUC測定し量を決定が推奨されている。

理由としては、DrugDは非常にばらつきがある(投与量によっていい効果にもなりうるし、効果がなかったり毒性などの悪い効果もでる。)
→なので、DrugDなどは、TDMを測定しAUCなどを見る意義がある。

DrugA~Cは固定量でもいい(ただ、DrugBは量を多めにする必要があるし、Cは少なめにする必要がある)

このようにばらつきが多いものはTDMを行う必要性が有る。

前置きが長くなってしまったが、今回の論文は
1 MMFを投与することとAUC 0-12h の関連性
2 MMFを投与し、AUC 0-12h を行うことでの毒性の減少に寄与するかを検証している。

この2つに関して、過去の研究を検証している。



結論から書くと、
MMFのAUC 0-12h は薬剤効果を知る上で、投与量よりも有用なマーカーになりうる。ただ、AUC 0-12h をやることのデメリットとしては採血の回数の多さと入院が必要になることである。
MMFを固定量で投与することによって、薬剤過量や過少になったり、毒性を誘発するリスクは高くなる。
なので、基本的にはMMFに関してはAUCを行いう薬剤の調製を行う必要がある。

今回のことを踏まえながら、僕の診療も少しずつ変えていければ良いなと思う。



2020/02/18

ナトリウム異常症(低ナトリウム血症、高ナトリウム血症)の時の計算式、ADHの重要性。

みなさんの興味のあるナトリウム異常症(低ナトリウム血症、高ナトリウム血症)

今回は、AJKDのcore curriculum seriesのを紹介したいと思う。
このseriesは、無料で提供されており非常に内容もまとまっている。また、Essential readingという読んでおくべき論文も提示してあり、個人的には大好きなSeriesである。

今回ナトリウム異常症に関しての論文が出ていたので少しかいつまんで。

個人的には、まずはナトリウム異常症に必要な公式から。
下記が主なものになる。

■Plasma osmolality(血漿浸透圧), mOsm/kg H2O:
  =(2 × [Na+] (mEq/L)) + BUN (mg/dL)/2.8 + glucose (mg/dL)/18

■Plasma tonicity(血漿張度), mOsm/kg H2O: 下記のどちらでも
   =Measured plasma osmolality (mOsm/kg H2O) − BUN (mg/dL)/2.8
   =(2 × [Na+] (mEq/L)) + glucose (mg/dL)/18

■Edelman formula, simplified:
     [Na+] = (eNa+ + eK+)/TBW(体液量)*
                                  *TBW=0.6×体重

■Urine to serum electrolyte ratio: Ratio>1では、飲水制限でも悪化し、生食投与でも
                               悪化することを示唆
     =(UNa + UK)/[Na+]


■Infusion rate, hypertonic saline solution: 1 mL/kg/h増加させるためには
    = [Na+] 1 mEq/L/h

■Infusion rate, D5W, to relower [Na+]:高Na血症のときに低下させるには0.5mEq/hr
                        ( 12mEq/day )で低下させる場合
    =2 mL/kg/h

■Free-water deficit:
    =TBW (L) × (([Na+]/140 mEq/L) − 1)
        *TBW=0.6×体重

■Electrolyte-free water input(EFWI)
     =Infusion volume × (1 - (INa + IK)/[Na+K])

■Electrolyte-free water clearance(EFWC):
     =Urine Volume × (1 − (UNa + UK)/[Na+K])

■Electrolyte-free water balance(EFWB):
     =EFWI ー EFWC

Front med 2018より引用
生体はEFWBをうまくコントロールしながらナトリウム異常を起こさせないように働いている。

やはり、ナトリウム異常症に重要なADHについて。
ADHの分泌刺激としては、ご存知のように一番は張度の変化である。
下の図の白丸(○)に記載してあるように、高張度になることによってADH分泌が生じる。
次の刺激が血管内循環血液量の減少である。
これは下の、黒丸(●)に記載してあるように血管内循環血液量の減少が刺激になる。


ちなみに、低ナトリウム血症でADHが出ている場合は、低ナトリウム血症自体多くは低張度であり、ADH刺激としては循環血液量減少が関与しているか不適切にADHが分泌している場合(SIADH)であるとわかる。

低ナトリウム血症の際にADHがでているかを判断する材料としては、Uosmになる。
1:Uosmが上昇している場合にはAVPが何らかの関連をしているんではないか?と考えることが重要である。
2:その後に、UNaを測定して循環血液量がどうかを判断する。UNa>30mEq/Lであれば、尿中にいらないNaを出している状態(利尿剤などは使用していないことが前提であるが。)なので、循環血液量減少はないと判断することができる。


なんにせよ、ナトリウム異常症はADHの概念を掴むことが非常に重要になる。


2020/02/17

急性腎不全のマーカーについて、新規で報告されたsuPARとともにに考える。

今回、2015年にSuPARと慢性腎不全でNEJMに発表したグループからSuPARと急性腎不全という話題で論文が出た。
一つのことをしっかり続けていく重要性を実感する論文である。

急性腎不全に関しては様々なマーカーが有る。
NGAL、KIM-1、IGFBP7、TIMP-2

AKIのバイオマーカーに関しては浜松医大の安田先生の記事がとてもわかり易い。これに関しては必読するべきである。

CJASN 2015より引用
CJASN 2015より引用
上図はAKIのバイオマーカーについてまとまっている2015年の論文になる。

suPARは通常では様々な細胞(内皮細胞、足細胞、単球、リンパ球など)に僅かにしか発現していない。このsuPARの上昇が腎機能障害に関連することは様々な研究からも示されている(CJASN2018など)。


このsuPARの上昇とAKIの関連性を見たのが今回の話になる。

今回のものは、
患者:AKIとしては冠動脈造影後、心臓血管術後、集中治療患者を主に見て、
Outcom:suPARの血中濃度を用いながらprimary outcomeとして7日目の急性腎不全のリスク評価、secondary outcomeとして90日でのAKIと死亡をみている。

追加で行ったこと:ウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベータ受容体(uPAR)に対するモノクローナル抗体が造影剤AKIのトランスジェニックマウスに対する効果を検討し、ヒト腎近位尿細管(HK-2)細胞に組換えsuPARを曝露させ、細胞のエネルギーの検証と活性酸素産生を検討した。

結果としては、下記になる。
4分位群(CAG後のAKIの割合をみてもの)に関してはModel3にいくほど、多変量解析になっている。その点でModel3の結果を見ると、Primary outcomeのsuPAR増加とAKIの発症の相関は認められた。
心臓血管術後、造影剤使用後も同様の結果が得られた。
NEJMより引用

また、野生株(Wild type)とsuPAR transgenic(ヒト腎近位尿細管(HK-2)細胞に組換えsuPARを曝露)株マウスで、造影剤(iohexol)投与したものと、造影剤+uPAR抗体を投与したものをみたものが、下表のものになる。
造影剤投与で悪化は認めるが、suPAR transgenic株では、尿細管拡張などが見られている。
造影剤+uPAR抗体では、suPAR transgenic株の尿細管拡張所見が明らかに抑えられている。
このことから、suPARを抑えることで腎障害が改善しており、過剰発現の際には腎障害になりやすいことがわかる。
NEJMより引用

今後、このマーカーが使われる日が来て、治療でuPAR抗体を使う時が来るのだろうか。抗体製剤なので、きっと高額であろう。AKI治療で改善をする可能性も高い中で、どこまでその治療をしていくのか?
まずは、AKIからCKDに移行しやすいリスクの層別化を行い、その後治療をというのが未来の治療なのかもしれない。

2020/02/14

とりあえずじゃダメな輸液

 70歳女性。10日前に発熱あり、前医で抗菌薬を処方された。以後、解熱したが咳がつづき、数日前から咳き込むたび吐くようになった。食思不振を心配した家人が「点滴を希望して」受診させた。発熱なし、血圧120/60mmHg、脈拍60/min。


Q1:とりあえず、どうしますか?



 
 外来・救急室で抗生物質くらいよく聞かれるであろう、点滴のお願い。点滴に益はあまりないが、害もあまりない(抗生物質とちがって耐性菌が増えるわけでもない)から、このようにバイタルに問題のない症例でも、お願いを叶えてしまいがちだ。

 また、血液検査をオーダしたあと看護師さんから「輸液もつなげますか?」と聞かれることもあるだろう。静脈路が必要なら採血と一緒に取ったほうが便利だし、患者さんも痛くない。

 しかし、残念ながら「とりあえずの輸液」にも害がないわけではない・・(なお、1Lの輸液が生死を分けるかもしれない話として、他にSALT-EDスタディも参照されたい)。


Q2:以下ですが、どうしますか?

Na 122mEq/l(←138mEq/l)
Cr 1.8mg/dl(←1.0mg/dl)

 Q1で低張の維持液を選択したなら、いまごろ低Na血症を増悪させているだろう。AKIを合併しており、食思不振・体液量減少にともなう腎前性を疑いたくなる。では、高張の細胞外液を輸液すればよいだろうか?


Q3:以下ですが、どうしますか?

体重 52kg(←49kg)
診察 下腿浮腫あり
BNP 1000pg/ml(←100pg/ml)

 よく診ると、もともと本例には心不全の既往があり、食べなくなったのは(ウイルス感染による)心不全増悪のため悪化した、咳のためだった。AKIも同様に、腎うっ血にともなうもの(+RAA系阻害薬の影響)と考えられる。

 だから細胞外液を輸液することは、患者に害になると考えられる。RAA系阻害薬を中止して利尿薬を点滴するのが適切だろう。結果、咳はおさまり、体重・Crもベースに戻り、食事が摂れだし、低Na血症も改善した。


 そもそも最初からよく話を聴いて診察していれば、こうはならないのだが・・。忙しい診療では反射的に対応してしまうこともある。大切なのはフォローして考えなおすことだと、痛感する。そしてそれこそが、医師が「点滴屋さん」と違うところなのだと、信じたい。
 



2020/02/07

救急室と酸塩基 後編

前編からのつづき:AG開大・浸透圧ギャップの開大した著明なアシドーシス症例で、尿馬尿酸が陽性。どういうことですか?)


 馬尿酸といえば、トルエンの代謝産物だ。体内に曝露されたトルエンは、肝臓でメチル水酸化・酸化されて安息香酸となり、さらにグリシン抱合により馬尿酸になる(下図も参照)。そして、主に馬尿酸として腎から排泄される。





 体内に入った有機物質のうち、荷電していない分子は、浸透圧ギャップを上げる。しかし、代謝されて陰イオンになってしまえば、そのぶん血中からHCO3-イオンが減るので、浸透圧ギャップは閉じる。そして、そのかわりにアニオンギャップが上がる。

 だから、トルエン分子じたいは浸透圧ギャップを上げるし、代謝された馬尿酸イオン(hippurate)はアニオンギャップを上げる。

 ただし、通常は肝臓がすばやくトルエンを代謝してしまうので体内にトルエンは残らない(浸透圧ギャップはあがらない)ことが多い。また、馬尿酸イオンも腎臓がすばやく排泄してしまう(糸球体ろ過だけでなく、尿細管から能動的にも排泄される)ので、アニオンギャップも上がらない。

 しかし、摂取後短時間であった場合や、摂取が大量の場合、さらに、肝機能や腎機能が低下している場合(搬送後まもなくショック・無尿となった、など)には、体内にまだまだ代謝前のトルエンや排泄前の馬尿酸イオンが残り、両ギャップは上昇する。


Q5:尿アニオンギャップは、いくつですか?

尿Na    97mEq/l
尿K      60mEq/l
尿Cl     73mEq/l

 尿アニオンギャップは、尿Na+K-Clで、84mEq/l。信じられない値である。そもそも尿アニオンギャップは、陽イオンであるNH4+を推定するためのもので、酸排泄に問題がなければ負の値になる。

 それがここまでプラスに振り切れているのは、尿中にNH4+がないからではなく、未知の陰イオンが溜まっているからだ(血液のアニオンギャップと同様に考えればよい)。本例では、馬尿酸イオンや安息香酸イオンと考えられる。


Q5:尿浸透圧ギャップは、いくつですか?

尿浸透圧     602mOsm/kg
尿尿素         245mg/dl
(尿糖      陰性)

 計算から求められる尿浸透圧は、尿尿素/2.8+(尿Na+尿K)×2で、401mOsm/kg。よって、実測値と201mOsm/kgのギャップがある(正常値は10-100mOsm/kg)。このうち半分が陽イオンのNH4+と考えられ、のこりの半分に馬尿酸イオンや安息香酸イオンがふくまれる。よって本例では、NH4+濃度は100mEq/l程度と考えられる。

 トルエン中毒による典型的な「AG非開大」代謝性アシドーシスでは、大量のNH4+イオンが場尿酸イオンとセットで排泄されるので、ギャップが400mOsm/kg以上(尿NH4+が200mEq/l以上)に振り切れることも珍しくない。本例は、そうなる前なのだろう。


 なお、トルエンによる「AG非開大」代謝性アシドーシスは、世界中で腎臓内科のクイズや試験として頻出される、超人気トピックだ(米国腎臓学会でのクイズは、CJASN 2014 9 1132など)。本ブログでも何度か言及しているので、こちらこちらも参照されたい。


Q6:それで、どうしますか?


 典型的なAG非開大性代謝性アシドーシスでは、馬尿酸イオンとともに大量に排泄されるNa+とK+を補うことが治療の本幹となる。そのため、輸液による体液補充も、最初は重曹が避けられるほどだ(低K血症を増悪させるため)。

 しかし、本例のようにAG開大・浸透圧ギャップ開大症例の治療となると、趣きが異なる。未代謝のトルエンが大量に溜まっており、しかも尿中排泄もできず、全身状態が不良となると、やはり透析で除去するしかない。

 さらに、意識状態悪化や痙攣重積にでもなれば(トルエンは、言うまでもなく中枢神経にも影響をおよぼす)、呼吸性アシドーシスの予防と治療に、気道確保と人工換気(強制的な過換気)も避けられないだろう。

 こうしてアシドーシスを治療しているうちに、ショックを脱して腎機能が回復して脳予後良好に回復してくれればよいが、そのように救えるタイム・ウィンドウが限られていることもある。

 Kussmaul呼吸を診断するのには1分も掛からないし、血液ガスの結果が出るのも数分。そのあと、ABCを保ちながら最短・最適に動けるか。救急室の酸塩基は、スリリングだ。







2020/02/05

救急室と酸塩基 前編

 50歳男性、呼吸苦で救急要請。以前に過換気症候群で搬送歴あり。体温36C、血圧110/60mmHg、脈拍70/min、呼吸数28/min(SpO2 100%RA)、深く大きな呼吸。傾眠がち。検査室から、血液ガス分析の異常値が報告された:

pH          6.80
pCO2     29Torr
HCO3    4mEq/l



Q1:アシドーシスは、代謝性ですか?呼吸性ですか?


 呼吸数が多いときには、過換気症候群や呼吸不全だけでなく、代謝性アシドーシスの呼吸性代償(二次性変化)も疑う必要がある。アドルフ・クスマウル先生(1822‐1902、写真)が糖尿病性ケトアシドーシスの症例で報告したことでもお馴染み、Kussmaul呼吸だ。


(出典はこちら

 
 本例も、著明な代謝性アシドーシスがあり、pCO2も正常範囲から下がっているので、呼吸性代償が起きていると思われる。しかし、代償が不十分なことは、あまりにも低いpHからも明らかだ。

 代償で期待されるpCO2は、ウィンターの式をつかえば14Torr(4×1.5+8)。ΔHCO3とΔpCO2との関係から求めても、16Torr(40-20×1.2)であり、それ以上にpCO2がたまっている。このことから、呼吸性アシドーシスも合併している。


Q2:アニオン・ギャップは開大していますか?いませんか?

Na     144mEq/l
K       4.4mEq/l
Cl      104mEq/l
Alb    4.7g/dl 

 アニオン・ギャップは、Na+ClーHCO3とすれば、36mEq/lで開大している(カリウムを含める方もいる;低アルブミン血症はないので、その補正は不要だ)。ΔAGは24、ΔHCO3は20だから、ほぼAG開大代謝性アシドーシスといってよさそうだ(こちらも参照)。

 pHが7未満でショックも心肺停止もない、意識障害を伴う、AGの著明開大・・。なにか飲んだのだろうか?患者に聞いても、答えてくれない。様子を知る付き添いの方もいない。酒臭くもない。中毒に詳しい救急スタッフもいない。狭める方法はないか。
  

Q3:浸透圧ギャップは、開大していますか?いませんか? 

BUN      23mg/dl
血糖      197mg/dl
血清浸透圧(実測)   366mOsm/kg

血清浸透圧の基準値は280-290mOsm/kgであるから、あきらかに実測の血清浸透圧が高い。そして、それに見合ったナトリウムやBUN、血糖上昇がないことから、血中に未測定の浸透圧物質が存在すると考えられる。

 計算してみよう。予測される血清浸透圧は、327mOsm/kg(144×2+23/2.8+197/18)。したがって、実測浸透圧とのあいだに、39mOsm/kgのギャップがある。

 アニオンギャップと浸透圧ギャップがどちらも開大する物質として代表的なのは、メタノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコールなどだが・・。





Q4:これ、どういうことですか?

尿馬尿酸  1.29g/l

 つづく。



(hippoはギリシャ語ではウマ、英語ではカバ)