2014/02/28

最近の透析経験 2

 ある日、透析患者さんのシャント不全で透析室からPTA依頼があった。しかし入院時の血圧が70mmHg台で、PTAどころではない。普通の(敗血症やら出血やら降圧剤やらの)低血圧になる原因がないが、カルテを見直すと2週間前までは160mmHg台あった人だ。おかしい、とは思ったが、頭の中には「あれかな」という診断があった。

 というのも、透析患者さんの血圧が降圧剤が増えたわけでもないのにあるときから急に下がってしまっ時に心のう液貯留を疑うというのは、米国では腎臓内科専門医試験にも出るくらい有名だからだ。日本でも有名かも知れないが、ともかく透析室ではこの二週間血圧がさがってもターゲット体重を上げて降圧剤を切るばかりで、心エコーなどはなされていなかった。

 そこで「心タンポナーデを疑う」と院外から修行に来てくれたフェローに伝えると、行動力のある彼がICUからすぐさま心エコーを持ってきてくれた。みると、心のう液貯留があるし心臓の動きも悪そうだ。しかし、うちで拡張障害を判断なさるのは心エコー技師さんと循環器科の先生方。透析患者さんに心のう液がたまること自体はよくあるから、慢性貯留と言われて何もしてくれないかな…。

 こういうとき私は、人任せにせず議論できるように心エコー室まで患者さんについていく。画像を見ながら心エコー技師さんは「右室は拡張してるから大丈夫そうです」と第一印象をおっしゃったが、私には右心房が凹んでいるように見えた。循環器内科の先生とも相談して、たしかに拡張障害はあるし右室圧も高いが、心タンポナーデとまでは言えなさそうな結論になった。

 ここでわかったのは、循環器内科医の先生にとって「心タンポナーデ」には「STEMI(ST上昇の急性心筋梗塞)」と同じくらい緊急な響きがあることだ。だから今回のような「慢性心のう液貯留」と「心タンポナーデ」の間の病態は、「亜急性の心のう液貯留により拡張が軽度不全になり、血圧が低下している」と表現することで「じゃあ(心のう液を)抜こう」となった。

 というわけで心のう穿刺となった。しかも、tamponade physiologyがあるかどうかを検証するために右心カテを入れ、穿刺前後の値をチェックすることに。ちょっとドキドキしながら心カテ室の脇から観察していると、約500ml穿刺したあとで右室拡張圧も下がり、90mmHg台だった血圧も130mmHg台、40mmHg以下だった脈圧も正常化した(から本例はタンポナーデだったわけだが、まあ患者さんがよくなれば何と呼ぼうがたいした問題ではない)。

 心のう液の排液後にどんどん上がる血圧を見たときの充実感を私が忘れることはないだろう。よほど朗らかな表情をしていたのか、循環器科の先生も「満足?」と冷やかし混じりに励ましてくれた。米国で学んだことは日本でも使える。それは日本の先生方にも伝わる。そして、それがひいてはチームプレイで人の命を助けることが出来るんだ、と嬉しくなった瞬間だった。


2014/02/25

最近の透析経験 1

 米国から帰って透析患者さんを診るとき耐えなければならないのは「米国透析医療の成績は悪い」という統計的事実だ。しかし患者さんの成績はさておき、「米国透析医療のトレーニングの質」は「日本の透析医療トレーニングの質」に比べてそんなに悪いのだろうか。私はそんなことはないと思う。

 たしかに米国には日本腎臓財団が30年以上前からやって延べ3万人以上を送り出してきた「透析療法従事職員研修」はないし、日本のように透析回診を月水金(または火木土)やったりもしない(「透析療法従事職員研修」は、今いるところに実習に来る人がどんなことをするかは知っているが、集中講義には出ていないのでコメントは控えたい)。

 しかし、日本に「透析バイト」のような診療機会がある一方、私が腎臓内科フェローシップの間にした透析回診では、フェローひとりとスタッフひとりがペアになって、経験豊かなスタッフから透析に関する様々な臨床上の問題を対応する術を学んだ。日本では毎回の透析ごとちがう医師が回診するところもあるそうだが、米国では同じ患者さんを半年担当することでラポールも生まれた。

 だから、自分としては「いくら透析患者さんの生存成績の悪い国からやってきたとはいえ、自分の受けた透析のトレーニングは決して悪くない」と思っている。しかし学び続けなければならないことに変わりはないと日々診療にあたっているが、最近「やっぱりそうだ」と自信になる経験と「それでも甘い」と痛感する経験をした。

 「甘い」経験は、透析患者のシャント関連菌血症。「シャント部の発赤は感度が低い」とはいえ、注意深い観察をすればうっすら紅いことはある。蜂窩織炎ではないので、たとえ紅くなってもうっすらだ。透析患者の発熱でフォーカスが不明なら、たとえ感度が低くてもシャント部は注意深く診察しなければならないし、たとえシャント部が普通に見えてもVANCを始めたい。自信になった経験は、次に書く。


2014/02/18

Peerの重要性

 一緒に働いている先生方に言われるまで、IgA腎症のレビュー(NEJM 2013 368 2402)も、横紋筋融解症のレビュー(NEJM 2009 361 62)も、知らなかった。Peerの重要性はここにある。自分ひとりでは出来ない。こうやって高めあえる相手がいることが大事だ。

2014/02/11

電極法 (aka HCO3- measurement)

 腎臓内科に限らず多くの人が生化学でオーダーしている電解質だが、これがどんなふうに測定されているかをこないだ初めて知った。Na+、K+、Cl-については電極法という方法で測定するそうだ。要は検体とレファレンス溶液の電位差を測定するわけだが、検体にはいろんなイオンが入っているので個々のイオン濃度を測定するには個々のイオンに選択的な電極膜が必要だ。そこでNa+、K+についてはクラウンエーテルと呼ばれる王冠の形をしたエーテル化合物の膜が用いられ、Cl-には超積層固定化分子配向膜が用いられる。クラウンエーテルの構造式はほんとうに王冠みたいで美しいし、「超積層固定化分子配向膜」なんて、そんな高度な技術を用いてCl-濃度を測定していたとは驚いた。

 さて、日本はCl-を測るがHCO3-はガス分析でpHとpCO2から計算した値を用いるので、生化学だけでは酸塩基平衡もアニオンギャップも分からない(それならいっそCl-も測らなければいいという考えもあろうが)。「住めば都」、米国でCRPなしで診療できたように(もっとも私は日本にいたときからCRPは非特異的だし余り使わなかったが)、日本でHCO3-が基本生化学に入っていなくても診療ができないことはない。ただ疑問なのは、米国でCRPは「測らない」だけで「測れない」ことはない(膵炎などでは使ったし、高感度CRPは冠動脈疾患のリスク因子として研究もされている)のに、どうしてHCO3-は日本の病院で「測れない」のだろうかということだ。

 その謎に迫るために、まずHCO3-の測定がどのようになされているのか調べてみた。すると、私が生まれる前の1976年に発表された方法(Clin Chem 1976 22 243)がいまでも使用されていることが分かった。その方法とは、まずHCO3-をphosphoenolpyruvateとともにphosphoenolpyruvate carboxylaseという酵素で反応させoxaloacetateをつくり、oxaloacetateをNADHとともにmalate dehydrogenaseという酵素で反応させmalateとNAD+をつくる。NADHが酸化され減少すると、340nm波長のスペクトルが減少する。このスペクトルの減少幅が検体のHCO3-濃度に比例することから、HCO3-濃度を定量できる。

 ということで、おそらく日本にもphosphoenolpyruvate、NADH、phosphoenolpyruvate carboxylase、malate dehydrogenaseは存在し、スペクトロメターも存在するだろうから、日本でこの方法を用いてHCO3-を測定しないのは単純に慣習の問題なのだろう(あるいは、これらの基質が日本には希少ということもまったくあり得なくはないが)。まあ、静脈サンプルから直接測定したHCO3-濃度とABGから計算したHCO3-濃度にはほとんど差がなかったという報告(Clin Chem 2008 54 1586)もあるし、日本にも血液ガス分析装置ならたいていの病院にはあるのでそこまで不便はないが、この酵素法が日本にもあるのか、もう少し調べてみたい。


 [2016年6月追加]酵素法はシーメンスのディメンション®シリーズ(日本にはEXL®、Vista®があるが最高スペックのRxL Max®を使っているところもあるようだ)で測定できる。また最近、東洋紡がダイヤカラーCO2®を売っている。補酵素にMg2+を使うことと、吸光度計では波長405nm(青紫)と505nm(緑)における吸光度の差を精製水を対照に光路長10mmで測定し、インキュベーション後の吸光度からインキュベーション開始時のを差し引いた値を求めるらしい。またベックマン・コールター社がシンクロンシステム®用の試薬を売っていたがシンクロンじたいが日本にはないようだ(UA®、Unicel DxC®;これらは電極法で緊急時測定項目としてCO2を測れるらしい)。


2014/02/04

HD for hypothermia

 映画『BRAVE HEARTS 海猿』(2012年)は、故障した飛行機を海上着水させて乗客乗員をレスキューする感動的な話だが、季節は触れられていない。低体温の話がでなかったので、おそらく夏だったのだろう(話は東京湾だが、ロケ地は福岡のようだ)。
 さて、今いる場所は北緯26度、冬でも最低気温は平均14~16℃だが、それでも体温よりは低い。だから、事と次第によっては(たとえ普段着で海に飛び込むとかそういう奇想天外なことをしなくても)低体温症は起こる。
 それで血液透析患者さんの低体温症を診ることもあるわけだが、ここで少し問題がある。というのも、暖かい毛布はいいとして、温生食は体液過剰になってしまうし、膀胱洗浄は膀胱が萎縮しているので出来ない。ECMOも腹腔洗浄も侵襲的だ。
 そこで誰しも考えるのが、血液透析による復温だろう。実際、腎機能が正常でも異常でも血液透析が試された報告例はある(CJEM 2009 11 174)し、NEJMの低体温レビュー(NEJM 2012 367 1930)にも、アルゴリズムには載ってないが紹介されている。
 透析液の温度は?HDよりHDF/HFのほうが置換液を直接身体にいれるからいいの?CVVHDFは?チュービングも温めたほうがいいの?質問は尽きないが、前述の症例報告をしたカナダのグループがliterature reviewしてもあまり引っかからなかったようだ。