腎臓内科に限らず多くの人が生化学でオーダーしている電解質だが、これがどんなふうに測定されているかをこないだ初めて知った。Na+、K+、Cl-については電極法という方法で測定するそうだ。要は検体とレファレンス溶液の電位差を測定するわけだが、検体にはいろんなイオンが入っているので個々のイオン濃度を測定するには個々のイオンに選択的な電極膜が必要だ。そこでNa+、K+についてはクラウンエーテルと呼ばれる王冠の形をしたエーテル化合物の膜が用いられ、Cl-には超積層固定化分子配向膜が用いられる。クラウンエーテルの構造式はほんとうに王冠みたいで美しいし、「超積層固定化分子配向膜」なんて、そんな高度な技術を用いてCl-濃度を測定していたとは驚いた。
さて、日本はCl-を測るがHCO3-はガス分析でpHとpCO2から計算した値を用いるので、生化学だけでは酸塩基平衡もアニオンギャップも分からない(それならいっそCl-も測らなければいいという考えもあろうが)。「住めば都」、米国でCRPなしで診療できたように(もっとも私は日本にいたときからCRPは非特異的だし余り使わなかったが)、日本でHCO3-が基本生化学に入っていなくても診療ができないことはない。ただ疑問なのは、米国でCRPは「測らない」だけで「測れない」ことはない(膵炎などでは使ったし、高感度CRPは冠動脈疾患のリスク因子として研究もされている)のに、どうしてHCO3-は日本の病院で「測れない」のだろうかということだ。
その謎に迫るために、まずHCO3-の測定がどのようになされているのか調べてみた。すると、私が生まれる前の1976年に発表された方法(Clin Chem 1976 22 243)がいまでも使用されていることが分かった。その方法とは、まずHCO3-をphosphoenolpyruvateとともにphosphoenolpyruvate carboxylaseという酵素で反応させoxaloacetateをつくり、oxaloacetateをNADHとともにmalate dehydrogenaseという酵素で反応させmalateとNAD+をつくる。NADHが酸化され減少すると、340nm波長のスペクトルが減少する。このスペクトルの減少幅が検体のHCO3-濃度に比例することから、HCO3-濃度を定量できる。
ということで、おそらく日本にもphosphoenolpyruvate、NADH、phosphoenolpyruvate carboxylase、malate dehydrogenaseは存在し、スペクトロメターも存在するだろうから、日本でこの方法を用いてHCO3-を測定しないのは単純に慣習の問題なのだろう(あるいは、これらの基質が日本には希少ということもまったくあり得なくはないが)。まあ、静脈サンプルから直接測定したHCO3-濃度とABGから計算したHCO3-濃度にはほとんど差がなかったという報告(Clin Chem 2008 54 1586)もあるし、日本にも血液ガス分析装置ならたいていの病院にはあるのでそこまで不便はないが、この酵素法が日本にもあるのか、もう少し調べてみたい。
[2016年6月追加]酵素法はシーメンスのディメンション®シリーズ(日本にはEXL®、Vista®があるが最高スペックのRxL Max®を使っているところもあるようだ)で測定できる。また最近、東洋紡がダイヤカラーCO2®を売っている。補酵素にMg2+を使うことと、吸光度計では波長405nm(青紫)と505nm(緑)における吸光度の差を精製水を対照に光路長10mmで測定し、インキュベーション後の吸光度からインキュベーション開始時のを差し引いた値を求めるらしい。またベックマン・コールター社がシンクロンシステム®用の試薬を売っていたがシンクロンじたいが日本にはないようだ(UA®、Unicel DxC®;これらは電極法で緊急時測定項目としてCO2を測れるらしい)。