ラベル クロール の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル クロール の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020/09/24

食後の腎生理

 食欲の秋に、ビックリ?な発見だ。JASN・8月号の表紙をご覧になった方はもうご存知だろうが、アルカリン・タイド(食事摂取時に胃酸が放出される分、身体にアルカリがたまる現象)後に腎がどのようにして過剰なアルカリを排泄しているかが明らかになった(JASN 2020 31 1711)。


(ビックリ・・ならぬ、栃の実)


 なんと、食後に小腸粘膜細胞から分泌されるセクレチンが、腸液や膵液の分泌を促進させるだけでなく、β介在細胞(acidではなくbaseを排泄するため、αではなくβ)にも作用することがわかったのである。

 β介在細胞にセクレチン受容体があるだけでも驚きだが、この受容体の刺激により活性化された細胞内のホスホキナーゼA(PKA)は、Cl-チャネルCFTRを活性化する。そして、活性化されたCFTRがHCO3-/Cl-交換輸送体のベンドリンを活性化・安定化させるのだという。


(図は前掲論文より)


 CFTRといえば嚢胞線維症(Cystic Fibrosis、CF)の責任遺伝子であるが、そもそもこの発見はCF患者さんの観察から得られたもの。CF患者さんは腸液や膵液だけでなく尿中アルカリ排泄も障害されており、セクレチンに対する反応が乏しいことが知られていた。それで、その仕組みを調べたわけだ。 

 なお、実験にはCFに対する新薬も使われている。海外のCFTR遺伝子異常で多いのはΔF508であるが、この病型に対しては既にシャペロンやポテンシエイター(elexacaftor、ivacaftor、tezacaftor)が存在する。実験ではこれらの薬によってCFTR発現を調節し、セクレチンによる反応がどう変わるかを調べている。

 β介在細胞はCl-と交換にHCO3-を排泄するので、尿細管内腔にCl-がないと働くことができない(それが、Cl-欠乏時に代謝性アルカローシスが維持される仕組みなことは、以前も紹介した)。しかし、CFTRチャネルがあると、細胞内から尿細管内腔にCl-を供給してペンドリンを回せるので、何かと都合がよさそうだ。

 CFTRチャネル・・セクレチン・・今まで「素通り(腎臓には関係ない?と思っていた)」してきた筆者としては、反省しきりである。とくにCFTRチャネルは、腎臓内科の「裏テーマ」とも言うべきCl-の腎ハンドリングで大きな役割を果たしているかもしれず、今後に期待したい。



(Biophys Rev 2009 1 3より)



 

 

2020/05/12

デント病アップデート

 2013年に本ブログでも取り上げた、近位尿細管のエンドサイトーシス障害を起こすX連鎖の遺伝疾患、デント病(Dent's disease)。復習すると、臨床的には以下が診断の手がかりになる(Orphanet J Rare Dis 2010 5 28)。

・低分子蛋白尿(β2ミクログロブリンなど)
・高Ca尿症(0.25mg/mgCr以上)
・以下のうち少なくとも一つ(腎石灰化・腎結石・血尿・腎機能障害)

 デント病1型の責任遺伝子は、小胞体pH低下に関わる2Cl-/H+交換輸送体のCLCN5。次に多い2型は、小胞体のソーティングなどに関わる細胞膜分解酵素のOCRL1遺伝子による(より重症のLowe病とちがい、知的障害はないことが多い)。

 デント病は稀な疾患ではあるが、細胞生理学や腎生理学のエッセンスが詰まっている。そこで、ここに改めて4点について図表を用いてアップデートする。


1. CLC5


 小胞(early endosome)内のpHは、V-ATPaseプロトンポンプが細胞質からH+を小胞内に汲み入れることで下がる。どうしてCLCN5遺伝子異常でも、pHが下がらなくなるのだろうか?

 これについて、以前は遺伝子のコードするタンパク、CLC5が単純なCl-チャネルと信じられていたため、「H+と一緒にCl-も小胞内に入れないと電気的中性が保てないから」とされていた。

 しかしその後、CLC5は2Cl-/H+交換輸送体なことがわかり、話は複雑になった。プロトンポンプがH+を汲み入れる隣で、CLC5はH+を汲み出してしまう(両者は同じ場所に局在)・・どういうことか?


Front Pharmacol 2017 8 Article# 151より


 CLC5をただのCl-チャネルに変異させると、小胞体のpHが下がりにくいことはわかっている(Science 2010 328 1398)が、詳細は不明だ(筆者は、H+が「クルクル」回るのかなあ、などと空想するが・・根拠はない)。



  
 さらに、CLC5のどこにどう異常が起きるかも一定していない。CLCN5遺伝子の変異は遺伝子全域に分布し「ホットスポット」に乏しいからだ(日本の報告はNDT 2014 29 376)。なおこのことは、後述する表現型のばらつきとも関係するのだろう。


2. 高リン尿症、高Ca尿症


 近位尿細管でエンドサイトーシスができないと、どうして高リン尿症や高Ca尿症になるのか?2013年の記事にも定説をまとめたが、あるレビュー(Front Pharmacol 2017 8 Article# 151)に下図を見つけたので紹介する。




 まず高リン尿症は、PTHの再吸収障害による。尿細管を流れてきたPTHは、尿細管内腔のPTH受容体を刺激する。その結果、リンをNa+とともに再吸収するNPT2aチャネル(こちらも参照)の発現が低下し、高リン尿症となる。

 つぎの高Ca尿症は、もう少し複雑だ。PTH受容体からのシグナルは、25(OH)VitD3から1,25(OH)2VitD3への活性化を亢進させる。いっぽう、基質となる25(OH)VitD3は、尿細管内腔からのエンドサイトーシスが低下するので、尿細管細胞内に届きにくい。

 高Ca尿症はデント病の全例に診られるわけではない(前掲のNDT論文では46%)が、それは遺伝子変異部位の多彩さに加えて、VitDの基質の量と活性化酵素のバランスにもよるのかもしれない。


3. CLCファミリー


 デント病といわれてもピンとこないのには、CLC5という存在のマイナーさもあるだろう。しかし実は、CLC5には家族がいる。それも、こんなに沢山(図はPhysiol Rev 2018 98 1493より)!




 さらに、これらのファミリーの発現と疾患との関連についてもまとめると、以下のようになる。まず上皮細胞のイオン輸送にかかわるCl-チャネル群は、こちら。


Physiol Rev 2018 98 1493を元に作成


 アルドステロンやBartterなどと聴けば、デント病も今までより身近に感じられるのではないだろうか。さらに、CLC-2には分子標的阻害薬まである。上皮調節便秘改善薬、Lubiprostoneだ(アミティーザ®、こちらも参照)。

 つぎに、小胞体やリソソームの機能に関わる2Cl-/H+交換輸送体群は、こちら。


Physiol Rev 2018 98 1493を元に作成


 こちらは細胞内にあることなどもあってか未解明な点も多い。しかし小胞内pHはさまざまな生理・病理現象に関連している(あの新型コロナウイルスも、小胞を通して細胞内に入る!)。

 未知領域への入口のようなデント病の解明がもたらす恩恵は、想像以上に大きいのかもしれない。
 

4. CLC-0


 CLCファミリー発見のきっかけとなったプロトタイプ、CLC-0。こういう場合にはよくあることだが、CLC-0は動物で見つかった。となると、動物ネタで知られる?本ブログで紹介しないわけには行かない。

 なんと、CLC-0が発見されたのは、シビレエイ(Torpedo marmorata)の電気器官(electric organ)だった!
 

出典はこちら


 電気器官の存在自体は太古から知られており、18世紀には英国で解剖的に考察されている(Philosophical Transaction 1773 63 489、こちらも参照)。上図のように、極めて太い神経束が電気器官にのび、その終末が六角柱に積み上げられた電気細胞(electrocyte)一枚一枚に張り巡らされている。


Sci Rep 2016 6 Article# 25899より


 六角柱をくわしくみると、神経終末は下図のように電気細胞の片面にのみ分布し、同側の電気細胞膜にあるアセチルコリン受容体(青丸)を刺激してNa+の流入を起こす。いっぽうのClC-0(赤丸)は細胞の裏側に分布し、電位依存にCl-を流入させる。

 




 これにより、細胞の表と裏のあいだに90mV程度の電位が発生する。さらに電位は積み重なり、全体では50Vにも100Vにもなる・・。ピカチュウもびっくりの、何ともシビれる話ではないか!

 なお、CLC-0はホモダイマーで極めて大きなCl-コンダクタンスを持ち、それをCl-イオンじたいが調節しているなど、その道の方々にはとても興味深いチャネルだ。興味がある読者は、パイオニアが回想がてら書いたレビュー(J Physiol 2015 593 4085)も参照されたい。


★ ☆ ★


 いかがであろうか?他にもLubiprostoneがその名の通りプロスタグランジンの派生物であること(プロスタグランジン系がCl-輸送に深く関わっていること)など、さまざまな学びが派生していく、デント病。本疾患とそれが関わる未知領域への注目を集めるのに、少しでも役立てば幸いである。








2017/05/26

Na-Clを使って得た教訓

 個人的には、Na-ClではAGとHCO3-の和しかわからないので不十分と思っている。しかし生化学のTCO2が測れない以上、Na-Clをスクリーニングにして、正常範囲(36-38mEq/l)からの隔たりで血液ガスをとるしかない。

 Na-Clをスチュワート法のSIDaiとして考える人たちの間には、Na-ClがひくければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシス、と考える向きもある(こちらも参照)。スチュワート法は優れて流行のよい方法だ、SIDaiで世界は回る、Na-Cl万歳…という考えを取り入れてみて、最近落とし穴にはまった。二度。

 1つ目、高ナトリウム血症のコンサルト。

 Na 155mEq/l
 Cl 125mEq/l

 おや、Na-Clが30しかない。アシドーシスか?しかし水分が摂れず脱水状態にある患者さんで、どちらかといえばアルカローシスを疑うけれど…。病棟におねがいして血液ガスを提出。
 
 HCO3 25mEq/l
 pCO2 33mmHg
 pH 7.50

 AGが5mEq/lと低下していた。IVIG後で、陽性荷電したグロブリンがたまっていた影響と思われる。

 2つ目、高カリウム血症のコンサルト。

 Na 134mEq/l
 Cl 88mEq/l

 おやおや、Na-Clが46もある。アルカローシスか?しかし、Cr 9mg/dl、K 7.7mEq/lのAKIでアルカローシス?ガスをすぐさま取ろうかとも思ったが、緊急透析を行うことにし透析カテーテルから採血。

 HCO3 16mEq/l
 pCO2 33mmHg
 pH 7.30

 AGが30mEq/lと開大していた。AKIのほかに、メトホルミン関連乳酸アシドーシスが疑われた(乳酸がでない血ガス分析器なので、外注で結果待ち)。デルタ・デルタ(以前ふれた)を考えれば代謝性アルカローシスも併存しているが。

 ことわっておくがスチュワート法が悪いわけでは、もちろんない。本来のスチュワート法はSIDaのほかにSIDe、SIGもあわせて考えるので、解釈は可能だ。それに、Na-Clが正常範囲からずれているからガスを取ろうと思ったんだから、Na-Clを見る意義はあったといえる。

 教訓:Na-Clを用いるなら、Na-Clが下がっていてもAGが低ければアルカローシス、Na-Clが上がっていてもAGがたかければアシドーシス、と知っておけばいいい。

 困るのはNa-Clが正常でもAGとHCO3-が異常(片方が下がった分もう片方が上がっているなど)のケースだが…。これは、TCO2がないと見逃すかもしれない。



 

2017/04/28

SAFE、CHEST、SPLITトライアル

 0.9%NaCl輸液は、生理食塩水といわれるがNa濃度もCl濃度も生理的ではないし、英語でノーマル・セーラインというが何がノーマルなのかよくわからない、というくだりはよく聞く(生理食塩水が嫌いな作者が歴史を詳述したClin Nutr 2008 27 179がよく引用される)。

 ただし食塩水の電離係数が0.93なので浸透圧が154+154の308mOsm/kgではなく286mOsm/kgと等張だ。それで赤血球は溶血しないし、SAFEトライアルで脳外傷患者にたいして低張のアルブミンより脳浮腫を予防し優れた結果を残しもした。

 そのSAFEトライアルではアルブミン、CHESTトライアル(NEJM 2012 367 1901)ではHESとの比較で勝ち残った0.9%NaCl輸液だが、これらのスタディがいずれもオーストラリア・ニュージーランドで行われていることに気づいた人も多いだろう。どうして輸液のスタディを組みまくっているのか知っている人がいたら教えてほしい。

 なお、オーストラリアはSAFETRIPS(Crit Care 2010 14 R185)という輸液の国際比較スタディまで組んでいる。2007年の各国ICUの状況を「スナップショット」にとるとこうなった。


 こうしてみるとアメリカで晶質液、イギリスで膠質液を主に使っていたのがとびぬけているが、近い隣国なのにオーストラリアがイギリスのように膠質液中心なのにニュージーランドは晶質液が中心だ。膠質液の種類でみても、オーストラリアはアルブミンとゼラチンが半々、ニュージーランドはほとんどHESと全然違う。おたがい主張してスタディで決着することにしたのだろうか。SAFETRIPSの続編で2014年の状況をまとめたFluid-TRIPSもそのうち発表されるので興味深い。

 さて、オーストラリア・ニュージーランドがつぎに送る0.9%NaCl輸液へのチャレンジャーがPlasmaLyte®で、2015年にSPLITトライアル(JAMA 2015 314 1701)として発表された。ニュージーランドの内科・外科ICUの患者約2000人を対象に、一定期間ICUごと0.9%NaClまたはPlasmaLyteだけを使ってもらった(バッグには「A液」「B液」とだけかかれブラインドされた)。結果、RIFLEでみてもKDIGOでみても透析依存でみても、AKI発症に有意差はなかった。ICUごと、敗血症や外傷の有無などで分類しても差がなかった。


 というわけで著者は「(やっぱり)晶質液のresuscitationは0.9%NaCl」と言っている(Crit Care Med 2016 44 1538)。批判は、投与された輸液量が2Lと少ないこと、患者さんの重症度がわりと低いこと、Cl濃度が測られておらず両輸液のちがいがどこまで影響しているかわからないことなどがあげられる(JAMA 2015 314 1695)。これらの課題をおそらく克服した、より大規模なPLUSトライアルが患者さんを募集中というから、また南半球からビッグな論文がでるのを期待したい。

 それまではどうしよう?SPLITはよく組まれたスタディだから、そこまで重症でない入院患者で2L程度最初に輸液するだけなら、かならずしも0.9%NaCl輸液を嫌う必要はないのかもしれない。理論上多少高Cl血症になり腎血流が減るかもしれないが、AKIや死亡率には影響せずにしばらくしたら戻るかもしれない。

 大量に輸液しなければならないときはどうか?前向きスタディは、ない。メタアナリシス(Br J Surg 2015 102 24)では、死亡率に差はない(図)けれどAKIや代謝性アシドーシスには弱い相関があった。



 いっぽう、最近出た一施設ICUの60ml/kg/d以上輸液を要したコホートの後ろ向きスタディでは、Cl負荷と死亡率には相関があったがAKI・代謝性アシドーシス(base deficit 2mEq/l以上)には相関がなかった。というわけでミックスした結果なのでなんともいえない。カリウムが入っているほうがいいとか、等張なほうがいいとか、個別になんとなく選ぶしか、ないか。

[2018年10月追加]Fluid-TRIPSがでていた(PLoS One. 2017 12 e0176292)。結論は、コロイド主体だった各国と地域で、英国を除き晶質液の使用が有意に増えていた。調査したICU全体の輸液では、80%が晶質液という結果になった。また興味深いのは晶質液の内訳で、0.9%NaCl液よりもより生理的な輸液(buffered salt solution, BSS)のほうが多かった。




 

高Cl血症とSIDアシドーシス

 0.9%NaCl輸液をつかうとアシドーシスになるとして、それがまずいのだろうか?0.9%NaCl輸液につて、賛成と反対の立場から書いた論文がKidney Internationalにでていた(賛成はKI 2014 86 1087、反対はKI 2014 86 1096)が、じつはどちらの立場もアシドーシスがわるいとはあまり言っていない。

 0.9%NaCl輸液がAKIや死亡率上昇に相関するスタディは、とくに集中治療の分野で多くだされている。ただし、ここでAKIの主因に考えられているのは高Cl血症による腎血流低下(動物実験だけでなく、健常者のボランティアでも示されている;Ann Surg 2012 256 18)で、そのメカニズムとしてマクラデンサを介したT-Gフィードバック(図はKI 2014 86 1096)が考えられている。ほかに、Cl貯留による浮腫・腎内圧亢進など。



 だから、アシドーシスじたいの害かどうかはわからない。実験動物にHClを点滴して高Cl代謝性アシドーシスにするとサイトカインやNFκBがふえるという論文もある(Chest 2006 130 962)が、アシドーシスにはヘモグロビンの酸素解離曲線を右に押し下げ(Bohr効果)組織の酸素化を改善する(Br J Anaesth 2008 101 141)ともいわれる。

 むしろ、アルカリ化でAKIを予防しようと心臓手術の麻酔開始時から24時間重曹を輸液した群と0.9%NaCl輸液した群を比較したスタディもあった(PLOS Med 2013 10 e1001426)が、かえってAKIと死亡率が悪化して、中断された。もっとも、このスタディでは重曹群でアルカローシスになったのに0.9%NaCl群でアシドーシスにはならかったので、重曹群でアルカローシスの害が出ただけのかもしれないけれど。

 高Cl血症とSIDアシドーシスはスチュワート的には同義かもしれないけれど、Cl自体の害とアシドーシスの害はまた、ちがうのかもしれない。



2017/04/25

スチュワート法のエッセンス 1

 生理食塩水を最近は0.9%NaCl輸液と呼ぶことがおおい。これを大量輸液すると高Cl-代謝性アシドーシスになる。婦人科手術で0.9%NaCl輸液を輸液した群とLRを輸液した群をくらべると前者でpHが下がっていた論文が有名(Anesthesiology 1999 90 1265)だが、この現象自体はよく知られているし、これがおこることに異論はない。問題は解釈と臨床的な意義だ。まず解釈についてふれる。

 高Cl輸液で代謝性アシドーシスになるのは、HCO3-が希釈されるというのがHenderson-Hasselbachの考え方で、裏返しはコントラクション・アルカローシスだ。それに対して、Cl-濃度が増えるからアシドーシスになるというのが、スチュワート法の考え方だ。複雑なギャンブルグラム(米国の生理学者 James L. Gamble先生が提唱した、陽イオンと陰イオンをつみあげた2本の棒グラフ;図はAJKD 2016 68 793)や計算式が学ぶ者のやる気を阻むスチュワート法だが、とりあえず上記の例で考えるとエッセンスはつかめると思う。




 スチュワート法は二つの原理を基本にしている(BioMed Research International 2014 Article ID 695281)。ひとつは電気的中性で、陽イオンの総和と陰イオンの総和は等しい。だから、血中Na濃度が140mEq/l、Cl濃度が106mEq/lのところにNa濃度が154mEq/l、Cl濃度が154mEq/lの輸液をすればCl-が溢れ、そのままでは身体が陰性に荷電してビリビリする。でも電気的中性はゼッタイだからそんなことはおこらない。

 そこでもうひとつの原理、水の電離定数がでてくる。すなわち、[H+]と[OH-]の積は25度で10のマイナス14乗と決まっている。このおかげで、Cl-が増えた分、水が電離しH+がふえてOH-が下がるようにバランスをとってくれる。この書き方がポイントで、スチュワート法ではCl-が増えたのが「主」、それによってH+がふえるのでH+の変化は「従」、と考える。

 Cl-が増えたことを、スチュワート法ではSID(Strong Ion Difference)が減ったという。Strong ionというのは生理的なpHで完全に電離しているイオンのことだ。たとえばHCl(塩酸)は強酸だから、pHがちょっと変わったからといってCl-イオンとH+がくっついて電気的に中性なHCl分子になったりしない。あくまで陰イオンとして居座るイメージだ。このように「強い」陽イオンと陰イオンの差がSIDで、これが減ればH+は増える(アシドーシス)し、ぎゃくに増えればH+は減る(アルカローシス)。

 このようにpHを規定する「主」の因子はスチュワート法では3つあるが、一番効くのはSID。ほかの二つは弱酸総濃度(HA ⇔ H+ + A-の平衡にあるHAとA-のトータルだからAtotと書く)、CO2分圧だ。スチュワート法では、この三つの値がわかっていれば、ほかに電離定数や平衡の定数などいれた4次方程式をとくことで理論上H+濃度を算出できる。参考までに載せておくと:

aH^4 + bH^3 + cH^2 + dH + e = 0
a = 1
b = SID + Ka
c = Ka x (SID - Atot) - Kw' - Kc x pCO2
d = - [KA x (Kw' + Kc x pCO2) - K3 x Kc x pCO2]
e = - (Ka x K3 x Kc x pCO2)

 これがスチュワート法の素晴らしいところでもあり、複雑すぎてついていけないところでもある。Hendersonらのアプローチ(最近はボストン法というらしい)ではHCO3-とpCO2、AGを求めるのにNaとClをいれた4つでよかったのに、スチュワート法では他にCa、Mg、Cl、乳酸、アルブミン、リンが要る。というか、測定できるイオンが増えれば増えるほど式は長くなる。それでコンピュータにプログラムを入れたり工夫しているわけだが、とっつきにくい。

 おもわず好きになってまうねずみのスチュワート(図)のように、フレンドリーなスチュワート法の道具はないのだろうか?つづく。
 




2016/11/17

クロールって注目度低い? クロール異常について

クロールの異常はあまり無視してしまうことが多いと思う。
かくいう僕もそうである。
今回書くことが、自分の戒めとみなさんの何か診療につながればと思う。

クロールは前述した通り、濃度で見ていることに注意である。

■低クロール血症:98mEq/L未満をいうらしいが大抵は引っかかりそうである。
−起こること
 :ECF低下、細胞内アシドーシス、カリウム低下、重炭酸の産生亢進、血清浸透圧低下

−原因としては
 :代謝性アルカローシス、低ナトリウム、フロセミド、サイアザイド、AG上昇性の代謝性アシドーシス、Bartter syndrome、Cystic fibrosisなどが挙げられる。

なので、低クロール血症から診断できる疾患もあるためしっかりと頭の片隅に置いておく。特にフロセミドなどを使用することでのCl depletion alkalosisは重要な概念であり、ブログ内でも記載してあるので、注意して見ていただきたい。

■高クロール血症:108mEq/L以上をいうが以外に多く周りにいるのではないか。
−原因として
:覚えておいてもらいたいのは、Pseudo hyperchloremiaである。つまり本当は上がっていないが、上昇して見えることである。この原因は臭素中毒やヨウ素中毒がある。
なぜ、臭素などでクロールが高くなるかに関しては測定で用いているイオン電極法では臭素がクロールとしてカウントされてしまい測定上は高クロール血症になる。
日本の市販薬(ナロンエース)などにも臭素は含有しているため、大量内服者は注意である。

:そのほかは、生理食塩水の大量投与、自由水欠乏、AG非開大性アシドーシス(トルエン大量服薬などで急峻な酸の陰イオン増加した場合)などがある。

原因からわかるようにある程度病歴などで鑑別は絞れてくる。
そのため、患者さんの話に耳を傾け、クロールにも注目してあげよう!きっと、僕たちが診断をするのに、情報は多い方がいいので。。



2016/11/16

クロール(Cl)って注目度低い? 機序について 

僕は電解質が出来ないながらも好きある。
電解質といえば王道は一価であればナトリウム、カリウムであり、二価であればリン、カルシウム、マグネシウムである。
その中でルーチンで我々が測るクロールについて少し考えてみた。

クロールは細胞外に存在する最も多くの陰イオンであり、高クロール血症はナトリウムと同じように血漿のクロール濃度の上昇と定義されている。

高クロール血症を認めることに弊害はあるのか?
→腎血流量の低下(J Clin Invest. 1983;71:726–35.)、腎臓や消化管の間質浮腫(J Surg Res. 2011;166:120–30.)、重症患者の死亡率の増加(J Crit Care.
2011;26:175–9.)、AKIの患者の回復が悪くなり生存率が低下する(Kidney Int. 2009;76:422–7.)ことが言われている。

では、クロールは濃度を腎臓でコントロールいている。では、腎臓がどのように調整しているのか?
糸球体:クロールは自由に通過
近位尿細管:約60%が再吸収される(S1,S2領域でNaや他の陰イオンが再吸収され、クロールの濃度は上昇し、S3領域で吸収される。もちろん、S1,S2領域でもクロール−anion 高関係があり吸収される)。
ヘンレの太い上行脚:クロールの再吸収に重要な場所である。
遠位尿細管:NCCチャネルでクロールの吸収を行う。
集合菅:重要であり、Naと異なり尿細管と血管の荷電差からクロールの吸収が糸球体傍から生じる。pendrinからもクロールは吸収される。

本当に上記には簡単に記載している。

少し、クロールって意外に重要なんだな?って思っていただけたら嬉しい。
次回は高クロール血症の話に触れたいと思う。

2013/09/27

代謝性アルカローシス 3/5(aka CDA)

 私が腎臓内科フェローになったばかりの頃、スタッフが「contraction alkalosisはもう古い、今はchloride-depletion metabolic alkalosisだ」と教えてくださり、NephSAPのeditorial(2011 10 91)をコピーして配ってくれた。そこには体液喪失によるアルカローシスはNaPO4によって戻らず、KClによって戻り、必要なのはNa+ではなくCl-と結論できる、とあった。それから、「そうなんだ」と実験結果を受け止めつつも分からないままにしていた機序が、いま少し分かった。

 そもそもcontraction alkalosisとは、ECFが減ってもHCO3-は減らない(Cl-が豊富な体液にはHCO3-が少ない)という前提で、要は「HCO3-が濃くなる」ということだ。そして、ECFが減ると(どういうわけか)近位尿細管でのHCO3-再吸収が増えて、代謝性アルカローシスが進行・維持されると考えられた。

 では、chloride-depletion alkalosis(CDA)はどういう考えなのか。最近のレビュー(JASN 2012 23 204)によれば、代謝性アルカローシスにとって重要だと分かってきた遠位ネフロン、そのなかでもβ介在細胞が鍵だ。Cl-欠乏で遠位ネフロンへのCl- deliveryが減って、β介在細胞がPendrinによってHCO3-を排泄することが出来ないから、代謝性アルカローシスが進行・維持される。

 これは、たとえNa+を補っていても、Cl-が欠乏するだけで起こる(Na+とリンクしていない)。また、ENaCによるNa+再吸収で起きた代謝性アルカローシスであっても、Cl-を補充してβ介在細胞からHCO3-を排泄しない限りは代謝性アルカローシスは改善しない(前回、PendrinがHCO3-を捨てたらENaCが活性化するとか書いたが、それでも結果的にはCl-補充で代謝性アルカローシスは補正される)。

 ここまで書いて、やっと次に代謝性アルカローシスの各論(嘔吐とか)を説明できる。


2013/03/20

涙と腎臓内科

 日本は今ごろ年度末、別れの季節に涙はつきもの。「なみだ(なみた)」は一説によれば「泣水垂(なきみたり)」が由来だとか。古今東西を問わず歌われてきた涙だが、私がまず思い出すのは岡本真夜の"TOMORROW"(1995年、写真はYouTubeより)。18年経っても「涙の数だけ強くなれるよ」で始まる歌詞は私の心で輝き続けている。

 さて、腎臓内科医たるもの尿と血液以外の体液組成も知っておきたい(膵液のは昨年書いたが)。そこで涙について調べると、意外なことが分かった。まず、60年前にRockefeller研究所のJørn Hess Thaysenらが涙の組成について調べた論文を発表した(Am J Physiol 1954 178 160)。

 彼らは同時期に唾液(Am J Physiol 1954 178 155)、汗(Am J Physiol 1955 179 114)の組成も調べ発表している。これら「体液三部作」は全てhuman subjectsが対象で、涙を採取する実験は男性二人に玉ねぎをスライスさせた(感動映画を見せるほどロマンチストではなかったようだ)。

 結果は、涙のNa+と尿素濃度は血液と同じなのに、K+濃度はなんと血液の3-5倍あった。つまり、1リットルの涙(映画ではないが…)に20mEq近いカリウムが含まれる計算だ。この仕組みと意義はずっと不明であったが、50年経ってJohn L. UbelsらがcDNA microarray法でラット涙腺細胞の遺伝子発現パターンを調べた(IOVS 2006 47 1987)。

 すると、涙腺導管細胞は間質側にNa+-K+-ATPase、NKCC1(Na+、K+、2Cl-のco-transporter、ヘンレ係蹄上行脚の内腔側にあるNKCC2の兄弟)、M3受容体、内腔側にKCC1(K+とCl-のco-transporter)、IKCa1(Ca2+依存型K+チャネル)、さらには嚢胞線維症で有名なCl-チャネルCFTR、水チャネルAQP5(腎で抗利尿ホルモンの支配下にあるAQP2の兄弟)などを発現していることが分かった。

 これらの結果から、①Na+-K+-ATPaseによりK+が細胞に流入してK+を内腔へ押し出すgradientができる→②副交感神経によるM3受容体刺激により細胞内Ca2+濃度が上昇し、IKCa1が開く→③濃度勾配に従ってK+がIKCa1とNKCC1チャネルにより内腔へ分泌される→④NKCC1によりNa+、K+、Cl-は間質側から供給され続ける(Na+は①により再び間質へ)、と仮説されよう。

 腎の尿細管も涙腺の導管細胞も同じようなトランスポーターやチャネルを用いているから、腎臓内科の知識が理解に活用できる。こうして解明されつつある涙が出る仕組みは、ひいてはドライアイやUVによる角膜障害の病態理解に役立つかもしれない。Ubelsらによる、涙液のK+がUV-Bによる角膜障害を防いでいるかも知れないと示唆する論文も出た(Exp Eye Res 2011 93 735)。



 [2017年12月追記]どういうわけか、最近このブログエントリーがよく読まれているようです。これを書いたときはまだアメリカにいて、そのあと何がどうなるかもわからなかったですけど。地道に続けていれば、いろんないいこと(つまり、キセキ)があります。まさに「涙の数だけ強くなれ」ますね。どうぞ、これからもよろしくお願いします。