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2016/06/05

Reniculi

 水族館で働くか海洋哺乳類の研究をするか、どちらも魅力的に聞こえる。海洋哺乳類生物学の講義をUC Santa Cruzとかで聴講するのでもいい。

 それはさておき、海洋哺乳類はどのように体液・浸透圧の恒常性を保っているか。まずクジラ目、鰭脚類、ラッコ、マナティーと陸上では唯一クマの腎臓は、ヒトとは形態が大きく異なる。Discrete multi-reniculate kidneyといって小腎(reniculi)が被膜に包まれぶどうの房というか魚卵の塊のようになっている。ウシの腎臓も似た形をしているが、これは奥でつながって一つになっているので小腎ではない。

 小腎は腎の表面積を増やしクリアランスを増す役割があると言われているが、本当かどうかわからない。小腎だとループ係蹄が短くなり尿濃縮能は落ちるはずだが、クジラ目と鰭脚類でも1000mOsm/kgくらいまではなんとか濃縮できる。それでも尿をマックス濃縮して塩を捨てるのも大変なので彼らは海水を極力飲まず餌の水や代謝水(6O2 + C6H12O6 = 6H2O + 6CO2の水)などでやりくりしている。

 ただラッコとマナティーは2500mOsm/kgまで濃縮できるので海水も結構飲む。複雑な鼻甲介で呼気中の水蒸気を回収することもできる。乳も濃縮されている(皮下脂肪がつくよう脂肪をじゅうぶん供給しなければならないからでもあるが)。またクジラ目には汗腺がない。なお、おなじ海牛目でもジュゴンの腎臓は小腎ではできていないらしい(ジュゴンとマナティーの他の違いについては、以前も書いた)。そしてクジラ目には髄質と皮質の間にsporta perimedullarisという線維筋層があるがその意義はわかっていない。


[2019年6月10日追記]小腎、文章だけではイメージがつかないと思うので、画像はこちら(出典は、冒頭でも触れたUC Santa Cruzの授業資料。海洋哺乳類それぞれの水保存戦略が説明されており、「世界一受けたい授業」と思うのは筆者だけではないかもしれない)。





2013/02/26

sFlt-1

 新大陸とアフリカに住むマナティーと、インド洋から東ユーラシア、オーストラリアにかけて住むジュゴンはいずれもsirenianに属し、じつはクジラよりゾウに近縁だ。私はEverglades国立公園でマナティーを見たが、あの目の優しさはゾウ譲りだろうか。

 そんなマナティーの目にあって、ジュゴンの目にはないものがある。それは角膜内の血管だ。マナティーの角膜には小血管がまばらに走っており(Vet Ophthalmol 2005 8 89)、そんな生物は地球上で今のところマナティーだけだ。痕跡的で、視力を障害するほどではないが。

 どうしてマナティーの角膜には血管があるのか。そもそも角膜には強力な血管新生因子VEGF-Aがあって、ほうっておけば血管が生えてしまう。しかしVEGF-Aが細胞膜のVEGF受容体に触れないようトラップする仕組みがあるのだ。

 その仕組みが、sFlt-1(またの名をsoluble VEGFR1)。これはVEGF受容体の細胞外ドメインだけでできた切れ端で、こいつがたくさんあるとVEGF-Aが捕らえられ本物の膜受容体に結合できない。マナティーにはそれがない(Nature 2006 443 993)。

 この話と腎臓内科に関係は、大有りだ。Pre-eclampsiaは、腎生検すると(誰がしたのか知らないが)糸球体内皮細胞が膨れ上がっており、内皮細胞の異常が機序と考えられている。そして、患者さんではsFlt-1と同じく血管新生を阻害するendoglinの血中濃度が高い(NEJM 2006 355 992)。

 そこから先、sFlt-1がVEGFR1遺伝子のsplicing異常でできるのか、それともVEGFR1タンパクから切り離されてできるのか、胎盤でどんな制御がおきているのか、どうして妊娠後期におこるのか、いま分からないことも研究で明らかになるかもしれない。