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2019/09/12

高齢化時代のCKD

 クレアチニンのわずかな上昇による死亡率上昇のリスクを、患者・医療者・社会に注意喚起する便利な数字、eGFR。しかし、ドイツの数学者、レオポルト・クロネッカー(1823-1891)が「自然数は神の作ったものだが、他は人間の作ったものだ」と言ったように、10数年用いられたこの数字もまた、時と共に変わっていくのだろうか?


(出典はこちら


 そう考えさせられたのは、eGFRを修正すべきというヨーロッパからの意見論文がJASNの電子版に発表されたからだ(doi:10.1681/ASN.2019030238)。

 著者らの主張は「高齢者で、蛋白尿などもなく、eGFRだけでCKD3A期になった人は、自然の老化でネフロン数を減らしただけであり、CKDではない」というもので、それ自体は新しいものではない(こちらも参照)。

 筆者からみて新しい点は、2つある。ひとつは、世界中の疫学研究を見直して「65歳以上ではeGFRが45ml/min以下にならないと死亡率が上昇しない」という結論に至ったことだ(一覧表だけで10ページにわたり、日本からは茨城県のデータが引用されている)。

 もうひとつは、小児科の成長曲線にも似た、「老化曲線」による解釈を提案していることだ(図は前掲論文より)。




 たとえば、75歳の白人男性(体表面積1.9m2)でクレアチニンが1.1mg/dlであった場合、eGFRは58ml/min/1.73m2となる。しかし、上図では黄緑色のマルでプロットされ、深緑色で示された標準偏差内におさまっている。こうした場合は、CKD3A期ではなく「老化」とみなそうというわけだ。

 これに対し、大西洋の向こう側(米国)では何と言っているか?

 2つのエディトリアルが載っているが、いずれも一番の論点は「CKDの意義は生命予後だけではない」だ。

 "Renalism"の命名者でもあるスタンフォードのChertow先生は、心血管系イベントリスクが高い(それを示した自身の論文は、NEJM 2004 351 1296)この群を、引き続き「CKD」と名付けて注意喚起すべきだと主張する(doi:10.1681/ASN.2019070743)。

 また、新規アシドーシス治療薬ヴェヴェリマーを開発するTricida社(こちらも参照)の相談役でもあるテキサスのWesson先生は、この群にもみられる代謝性アシドーシスを見落とさないことが重要と主張する(doi:10.1681/ASN.2019070749)。

 これらについて論文著者は「病気(CKDのDは、diseaseのD)と呼ばれることによる社会的な不利益もある」「不必要な精査・不安をいたずらに増やす」などとも指摘しており、どちらにもそれぞれ説得力がある。
 
 今後、太平洋の向こうにある(高齢化のいっそう進んだ)わが国でもこういった議論がなされれば、CKDのヒートマップが骨粗しょう症の検査結果のように「老化曲線」を反映したものになる・・・なんてことも、あるかもしれない。






2018/01/31

あなたのネフロンを数えましょう 4

 このシリーズ初回に紹介した論文(NEJM 2017 376 2349)では、生体腎ドナーのSNGFRを測ってみると、年代ごとに差がなかった(図は表2より作成;70歳以上についてはセレクション・バイアスだろうと言っている)。




 SNGFRを保ちながら少しずつネフロンが減って、全体のGFRが下がっていくのは、老化であって病気ではないということだろうか?CKDのヒート・マップが広まり始めた頃、「高齢者で、蛋白尿などもなく、eGFRだけでCKD3A期になった人を、CKDと呼ぶべきなのか?」という議論があった。SNGFRの概念は、この問題をより明確にしてくれるかもしれない。

 また、上図で70-75歳のSNGFRが際だって高いのはエラーだというが、高齢者・後期高齢者のネフロン数、SNGFRがどのように推移するのかはまだ調べられていないのかもしれない。ネフロンエンダウメントというと子宮内・妊娠中のイベント、出生体重など出産前後の話が多いが、老年医学についても、剖検症例などから学べることがあるかもしれない。

・ ・ ・

 ここまで、ネフロン数、ネフロンエンダウメント、SNGFRなどについて基本的なことを概述してきた。今回の切り口に含まれなかった、出生前後にネフロン数をさげるイベント・機序・遺伝子などについて、また、ネフロンを増やす試み(再生医学が発達すれば自分のiPS細胞からつくったネフロンを移植することも可能になるかもしれない)などについて詳しく知りたい方は、成書など参照されたい。機会があれば触れられると思う。

 ネフロンにも命(写真はカワセミ)にも限りがある。かけがえのない日々を大切に送りたいものだ。



2018/01/30

あなたのネフロンを数えましょう 3

 前回、「ネフロンの数が減っても、一個一個のネフロンが何割増かで働けば、GFRは保たれるのではないか?」という話をした。ここでいう一個一個のネフロンの働きを、シングル・ネフロン・GFR(SNGFR)という。

 SNGFRは、理論上は輸入細動脈、輸出細動脈の圧(静水圧差ΔP、浸透圧πcap)や糸球体のろ過係数Kfなどでスターリンの法則に基づいて以下のように決められる。

SNGFR = Kf x (ΔP - πcap)

 これはこれで、血圧が下がっても輸入細動脈を締める(ΔPをあげる)ことでGFRを維持する、など糸球体を一個取り出してその調節機能を研究するときには役立つ式だ。

 しかし、あなたのネフロン何十万個それぞれのSNGFRがどんなかを一個一個測るのは今のところ現実には無理だ。そこで、GFRをネフロン数で割った平均のSNGFRが代用される。

 SNGFR = GFR / ネフロン数

 本稿の冒頭であげた問題提起にあるように、実際ネフロン数の小さい(と思われる、低出生体重の)動物モデルでは、SNGFRが高くなっているので全体のGFRはかわらない(Hypertens 2003 41 457など)。

 しかし、このようにSNGFRを増やして代償した動物たちを観察すると、高血圧だったり、尿たんぱくが出ていたり、困ったことも起きていた。それで現在では、SNGFRが高くなる→腎臓の負担が増える→ネフロンがさらに(糸球体硬化などで)失われる→さらにSNGFRが高くなる、という悪循環が考えられている(図はBrenner9版22章より)。




 あなたのネフロンを数えましょうの初回に紹介した論文(NEJM 2017 376 2349)も、その流れに符合するものだ。続く(写真はOfficially missing youを2012年にアレンジしてカバーした韓国のGeeksとSoyou)。



2018/01/05

あなたのネフロンを数えましょう 2

 ネフロンというのは便利な言葉過ぎて、言い換えるのが難しい(filtering unitという言葉を使ったこともあるが)。だれが名づけ親なのだろう?ネフロン発見の歴史は以前に書いた(Adv Physiol Educ 2014 38 286も参照)が、ここに登場する誰かが名づけた、という確証はないようだ。ニュートリノ(写真は2008年『グラン・トリノ』)のように、発見される前から想定されていたのだろうか。



 さて、そのネフロンは「ひとつの腎臓に約100万個」と教わるが、これらはむかし酸によるmaceration(浸して柔らかくすること)、立体解析などを使って数えたものでバイアスが多かったらしい。その後fractonator-sampling/dissector-countingというより正確な方法ができたが、これは献体腎のネフロンを体外で解剖的に数えるもので臨床応用は難しかった(以上、Brennerの教科書より)。

 そこで、腎生検と画像を組み合わせて掛け算する方法が試みられたが、当初イヌにMRIを行なった(KI 1994 45 1668)ときには精度が悪かった。だから前回紹介した論文(NEJM 2017 376 2349)はヒトでネフロン数を体内でかぞえた、画期的なものだった。数をかぞえただけでも大変なことだったのだ。

 さて、そのネフロン数にはどんな意味があるのか?

 これについての仮説で、「ネフロンというのは天からの大事な授かりものだ(から、自分の持って生まれたネフロンを大切に)」という考え方をネフロン・エンダウメント(endowは授けるという意味)という。その根拠としてよく挙げられるのは、ネフロンが少ない低出生体重児と高血圧の相関だ。出生体重が1kgすくないと、収縮血圧が数~10数mmHg高い関係がある(J Hypertens 2000 18 815)。

 とくに出生後「追いつくように」体重が増えた群で思春期・成人期に高血圧にになりやすく、これについてネフロン・エンダウメント仮説は「ネフロンが少ないのに負担が増えるから血圧が上がる」と説明する(「腎虚」の証とでも言えようか)。

 また高血圧家系のドナーから腎移植をうけたレシピエントは、高血圧家系でないドナーから受けたのに比べて高血圧になりやすいというイタリアの論文(JASN 1996 7 1131)もある。免疫抑制剤にCNIを使っていない頃のデータだが、ステロイド量や腎機能などを考慮しても差が見られた。

 この論文は「腎臓と一緒に血圧も移植している」という刺激的なタイトルがつき、当時は話題になったようで、さらにドイツでネフロン数と高血圧の相関を示した論文(NEJM 2003 348 101)もでている。あくまで相関なので、ネフロンが少ない→高血圧だけでなく、高血圧→(糸球体硬化)→ネフロンが減る、もあると思われるが。 

 そんなわけでネフロン数が少ないとあまり身体によくなさそうである。しかし、生体腎移植ドナーはネフロン数が半分になっても腎機能は半分以上あるし、(少なくともドナー評価が厳格な米国のデータでは)天寿を全うする。

 これについてはどう考えればよいのだろう?ネフロンの数もさることながら、一つ一つのネフロンの働きも大事なのではないか?つづく(写真は"Officially missing you"を2012年にカバーした、オーストラリア出身で双子のJayeslee)。





2017/12/28

あなたのネフロンを数えましょう 1

 小柳ゆきさんの『あなたのキスを数えましょう』(1999年)では、好きだった相手とのキスを数え、一つ一つを思い出す。釈尊が愛別離苦を四苦八苦のひとつに挙げているように、忘れようとしても、嫌いになって楽になろうとしても、そう簡単に別れの悲しみは消えない。

 だからこその名曲なのだろう。

 同じように、腎臓内科の世界にはネフロンを数えようとする人たちがいる。といっても一個一個数えることはできないので、腎生検をして単位体積の皮質あたり糸球体が何個あるかを数え、造影CTで推定した皮質体積に掛け算して求める。

 そうして得られた腎臓1個あたりのネフロン数は、以下のようになる(NEJM 2017 376 2349の表2より、示したのは平均値)

18-29歳 97万
30-39歳 93万
40-49歳 85万
50-59歳 81万
60-64歳 75万
65-69歳 72万
70-75歳 48万




 数を数えただけで有名雑誌に載るのか?!と思うかもしれないが、さすがに世の中そんなに甘くはない。この論文はシングル・ネフロンGFRについて調べたものであり、さらにその背景には「ネフロン・エンダウメント」という(私の印象では、腎臓内科の裏テーマというか、あまり表に出てこない)概念がある。

 これらについて少し書いてみたい(写真は2004年の"Officially missing you"という曲で知られるカナダR&BシンガーTamia)。