2018/04/28

待てないSMART、SALT-ED 2

 さて、SMARTもSALT-EDもプラグマティック・スタディ(pragmatic trial)と銘打っているが、これはどんなものか?2016年のNEJMに"Pragmatic Trials"という論文(NEJM 2016 375 454)がでているくらいだが、じつは意外と知られていないかもしれない。かく言う私も、最近まで知らなかった。

 ただ、「リアル・ワールド」という言葉は、よく耳にするようになったのではないだろうか。プラグマティック・スタディもその流れにある。いままで、立派なRCTスタディ(プラグマティックに対して、explanatoryと呼ばれる)を組んで立派な論文に載せても、実際の患者さんに当てはめるのには多くの問題があった。

 実際に診ている患者さんは、何かしらの問題があって治験では除外されていたり、治療のセッティングが違ったりするかもしれない。これは統計用語ではvalidity(妥当性、または整合性)と呼ばれ、スタディの条件を整えるほど内的妥当性は上がるが、外的妥当性がさがってスタディ外への適応が難しくなることも多い。

 そこで、もっとリアル・ワールドに近い設定でスタディを組んだほうが、簡単にできて結論も一般に受け入れられやすいのではないか?という考え方から登場したのがプラグマティック・スタディだ。概念じたいは以前からあったが(J Chronic Dis 1967 20 637)、具体的な項目が確立してきたのは最近だ。

 その特徴は、「プラグマティックさ」の相対的な基準をまとめたPRECIS-2(BMJ 2015 350 h2147)に、①治験参加施設と患者のリクルート、②治療介入、③フォローアップ、④アウトカムに分けてまとめられている。が、抽象的でわかりにくいので、それぞれ簡単に説明していこう(統計が好きな人は、前掲NEJM論文の表1を読んでほしい)。

 まずリクルートだが、理想的にはall-inだ。そのために幾つかの工夫があって、たとえばできるだけ強制力のある(国とか、保険とか)形で地域全体、病院全体での参加を求める。SMART、SALT-EDはバンダービルト大学病院にある5つのICU、すべての患者が参加している。患者への説明や同意は、多くの場合不要だ(びっくりするかもしれないが、介入Aも介入Bもすでに医学的に認められているなら可能という)。

 介入はどうか?Explanatoryのように丁寧なランダム化は手間が多いので、これも工夫する。よくあるのは施設と期間で分ける方法で、cluster randomization、stepped-wedged cluster randomized designなど様々ある(図はBMJ 2015 350 h391より)。SMART、SALT-EDも、ICUごと、月ごとに輸液を分けている。またNHANESのような一般的なコホートと比較するのも簡単な方法だ。




 もうひとつ介入で留意すべきは、多くのプラグマティック・スタディはブラインドされないということだ。So what?とまでは言わないが、実際には、言っている(NephJCでのSMART、SALT-EDの考察でも、「生食群と生理的輸液群がブラインドされていないのは確かだが、それがいったいどんな影響をおよぼすだろうか?」と書いてある)。

 そしてフォローアップとアウトカムだが、まずフォローアップは、しないのが一番簡単だ。正式には何週後、何ヶ月後と外来に来てもらうが、引っ越したり忙しかったり面倒くさかったり、なんだかんだでフォローアップ率は下がる宿命にある。メールやウェブ上のアンケートもよいが、いっそフォローアップしなくても得られるアウトカムを設定してしまえばよい、というわけだ。

 では、どんなアウトカムを立てるのか?患者にとって重要で、調べるのが容易なもの。一番は、比較的短期の死亡率だ。電子カルテやレセプトのネットワークがあれば抽出しやすいし、そもそも病気とちがって出生と死亡は公的記録だから調べやすい。なおSMART、SALT-EDは、死亡率と透析と持続する腎障害を合わせたアウトカムを使用している。

 このような、まったく新しいスタディが、これからたくさんでてくるだろう。簡単にできて、同意も要らず、実効的に臨床や政策決定にインパクトを与える「ゲーム・チェンジャー」と歓迎すべきなのかもしれない。ただ、やっぱり鵜呑み(英語ではswallow、図はオスカー・ワイルド『幸福な王子』とツバメ)にはできないから、批判的吟味(critical appraisal)をできるようになりたい。日本も含めて世界中の医学部、研修病院、Journal Clubなどでどう教えられているか、興味深い。





 ここまで、背景を話した。最後に、SMART、SALT-EDの結果について論じたい。つづく。

2018/04/14

高K血症と一つの腎臓の歴史

 歴史と聞くとワクワクする。

 人が生まれてから死ぬまで、それぞれの臓器は働く。もちろん臓器の一つである腎臓だって同じだ。ただ時期、状況により腎障害を受けたり、透析になったり、、、。腎臓も色々なことを経験する。・・・大変だ。

 そう考えると、同じ電解質異常を見ていても、腎臓の背景が何があるかで機序が変わってくることもある。高K血症の診断、治療なんてたくさんのレビューがいたるところにある。しかし、この記事はキラリと光る、面白い切り口で書いてある。(Clin J Am Soc Nephrol 13: 155157, 2018. 
 
 この記事は下記の症例提示から始まる。

 2型DMと高血圧が認められ、1ヶ月前に献腎移植を行われたESRDの55歳男性がK5.5mEq/Lで来院した。10年前に緊急透析を要する重症高K血症を伴う敗血症関連のAKIを発症した。そこから数年間は高K血症によりRASS阻害薬を使用できなくなるほどのCKDヘと増悪した。腹膜透析を行なっている間は、Kは3.6mEq/Lから4.2mEq/Lで推移した。その後患者は血液透析が開始され、透析前のK濃度は5.5mEq/Lから5.8mEq/Lであった。

 同じK5.0mEq/Lだったとしても、それぞれの時期での高K血症は起きる機序が異なるというのである。

 腎臓の歴史の区切り方として腎機能を挙げている。

1 正常
2 AKI
3 CKD GFR>15ml/min
4 CKD GFR<15ml/min
5 血液透析
6 腹膜透析
7 移植

 同じ高K血症でもこの7つのパターン、みなさまはどの程度違いが分かるだろうか。
私はよく知らない。だから勉強しなければと思う。

 常日頃感じるが、臨床医の醍醐味って、点だけではなく、点と点を結んだ線それはすなわち、因果関係や歴史を知り理解することだと思う。

 高K血症の患者さんが来院してきたら、背景は一体どんな人だろうと常に思いを巡らせたい。
 
 患者さんの歴史により興味を持つきっかけになる切り口と思った。




2018/04/12

待てないSMART、SALT-ED 1

Q:問題です。

 樹の幹にリスが停まっており(写真)、あなたがリスを見ようと樹の周りをまわると、リスは逃げるように周る。このとき、あなたはリスの周りをまわっているか、まわっていないか?




 この話はウィリアム・ジェイムスの『プラグマティズム』にでてきて(does the man go round the squirrel or not?)、彼はそんなことを議論するのに意味はないという現実主義を唱えた。

 そんな現実的で実践的な考え方はアメリカ医療にも根付いており、「議論ばかりしているけど、結局プランは何?」とか「やってみよう、やってみて考えよう」という態度が医療者側にも患者側にも感じられるときがある。


Q:続いて質問です。

 初期輸液の細胞外液は0.9%NaClがよいか、電解質バランスの取れたものがよいか?




 Yes or Noと言われても困るかもしれない。私としては以前に投稿したように、RCTとしては2015年に豪州・NZからRCTがでて、より大規模のPLUSなどが進行中で結果待ちと思っていた。

 しかし、それを待たずに昨月米国らしい「プラグマティックな」スタディ、SALT-EDとSMARTがでた(それぞれNEJM 2018 378 819、NEJM 2018 378 829)。

 米国中心の腎臓内科コミュニティーNephJCでも取り上げられているし、おそらくMarch Madness(米国中が大学バスケットボール部のNCAAトーナメントに熱狂することを言う)よろしく日本でもいろんな病院ですでに議論たけなわなことと思う。

 そこで、遅ればせながらこのブログでも、「プラグマティック」スタディとは何か?、また「で、どうするの?」というプラグマティックな点などを中心に数回で紹介してみたい。



2018/04/09

狼退治まであと何歩だろう

 "Who's afraid of Virginia Woolf?(ヴァージニア・ウルフなんてこわくない)"といえば元はブロードウェイの戯曲だが、Martha役をエリザベス・テイラーがつとめた映画化作品のほうが有名かもしれない(1966年、写真;左のGeorge役はリチャード・バートンで、当時彼女の夫でもあった)。わたしはこの映画を大学生の頃に観て、激しい口論にはハラハラしたが、結末から何を感じ学べばよいのかよく分からなかった。




 このタイトルはもちろん「狼なんか怖くない」のwolfとヴァージニア・ウルフをかけているわけだが、同じ狼(ラテン語でlupus)を名前に持つ数少ない疾患であるSLEもまた、映画に劣らず難解で奥が深い。それでも膠原病領域の研究が著しく進歩して、リツキシマブ、ベリムマブ(この薬を最初に聞いたのは2011年のことだ)などの応用にもつながっている。

 しかしループス腎炎のほうは、SLEのなかでも重症なためか、MMFなど若干の変化にとどまっている印象だ(こちらこちらにもまとめています)。そんななか、ループス腎炎の動物モデルですばらしい効果が示されたという論文がJCIにでた(JCI 2018 128 1397)。これほど基礎の段階でも各方面(NKFのニューズレターなど)で注目を集めているこの研究が、狼退治の新しい治療につながればなと思う。




 論文を説明すると、ADAM(a disintegrin and metalloproteinase)17は膜結合タンパクの切断酵素(こんなふうに切る、図元はwikipedia)で、TTPにでてくるADAMTS(a disintegrin and metalloproteinase with thrombospondin motifs)13とは似ているが違うファミリーだ。17番はとくにTNF-αとEGFRリガンド(HB-EGFなど)を切り、炎症や組織傷害の火付け役になる。




 ただし、他にも大事なものをいろいろ切っている(アルツハイマー病に関連したβアミロイドができないようにもしている)ので、全部をブロックするわけにも行かない。そこで近年みつかったADAM17の調節因子iRhom(inactive rhomboid)2に注目して、SLEモデルマウス(Fcγ受容体IIB遺伝子ノックアウト)でiRhom2もノックアウトさせたらどうなるかを調べたのがこの研究だ。

 で、どうなったか?腎障害は、防がれた(足突起やポドシンが保たれ、KIM-1などの傷害マーカーも上昇しなかった)。その一方、dsDNAなどのマーカーは下がらず、糸球体への免疫複合体の沈着も変わらなかった。つまり、腎組織が破壊される最後のところがブロックされ、実際その指示を出す腎の組織球(マクロファージ)ではTNF-αやEGFRによるカスケードのスイッチが入っていなかった。

 ここまでは、美しい。

 ここからが、大変だ。

 腎組織球のスイッチを入れない治療があればいいんですね!ということになるが、TNF-α阻害薬もEGFR阻害薬も、効く場所としては非特異的だし、膜結合と遊離のどちらも阻害してしまう。実際スタディされているが結果はいまひとつだ。いっそ、iRhom2の阻害薬を作れば?と思うだろうし、実際その方向で研究は進んでいると思われる。ただ、他に何をどこでしているかも分からないものを阻害するのには心配もあるだろう。

 腎組織球の炎症スイッチを切る方法があれば、ループス腎炎だけでなく、さまざまな腎炎、さらにはAKIやCKDの治療にまで役立つだろう。方法論的にはあとひとつブレイクスルーがあれば越えられる気もする。それが何かわかれば、いいのだが…。
 



2018/04/05

1年後のアミノ酸トランスポーター

 昨年4月に近位尿細管のアミノ酸トランスポーターについて書いたのを覚えておられる読者がどれくらいいるかはわからないが、アミノ酸トランスポーターのうちで基底膜側にあるTAT1、LAT2/CD98hcをダブル・ノックアウトしたマウスの実験結果がJASNに報告された( doi: 10.1681/ASN.2017111205)。

 それぞれ直接には芳香族アミノ酸と(非芳香族の)中性アミノ酸の再吸収にかかわるが、両方をノックアウトするとこれらのアミノ酸排泄、とくにチロシンが単独時よりも大幅にふえることから、両者は協力しあっているのではないかと考えられた。

 さらにこのダブル・ノックアウトマウスでは、TAT1とLAT2のいずれも通過しない陽イオンアミノ酸とイミノ酸のプロリンの排泄がふえていた。これらの機序は不明だが、前者については陽イオンアミノ酸を通過するトランスポーターのひとつY+LAT1/CD98hcの転写と発現がふえていたことが関係しているかもしれない。

 後者は、未知のプロリントランスポーター(イミノ酸トランスポーターIMINOや、イミノグリシン尿症の原因遺伝子PAT2とは別の)があるのかもしれない。

 ここまで書くと、どこにどんなトランスポーターがあるかの図が欲しくなると思う。この論文でも図を挙げているが分かりにくいので、昨年の記事で紹介した参考文献(Biochem J 2011 436 193)から下図を挙げておく。




 ちなみに今年でた論文の著者と昨年あげた参考文献の著者は、同じだ。アミノ酸トランスポーターは研究施設が少ないのだろうか。近位尿細管のしくみは複雑で変数が多く難解な印象があるが、インパクトをあたえる臨床応用に結びつくことを期待したい。

(下図は腸管のトリプトファン吸収障害によって高カルシウム血症をきたすBlue Diaper Syndromeに特徴的な、インジゴブルー尿。TAT1やLAT2の関与が推定されているが原因遺伝子は特定されていない)