2017/05/31

骨粗鬆症の管理に関してのupdate

少しブログの認知度も広がってきたなら非常にうれしい。しかし、その分責任感もより生まれると感じる。記事は気軽に読んでいただければと思う。


今回は骨粗鬆症に対してのお話である。


骨粗鬆症のガイドラインに関してはAAFPの2008年度のが出されており、今回ACPより骨粗鬆症や低骨量のUpdateがでている。
以前に骨粗鬆症に関しては記事を書いている。(AB


骨粗鬆症に関してはとても重要である。
一つは頻度:米国でも50歳以上の50%以上が骨粗鬆症のリスクがあると言われている。
一つはコスト:2025年までに253億ドル(日本円で2.5兆円)のヘルスケアシステムでインパクトがある。


骨粗鬆症に関しては検査のgold standardはDXA(Dualenergy x-ray absorptiometry)で、若年者と比較してSD(Standard Deviation:標準偏差)として表され、Tスコアで表される。
 ・例:Tスコアで-2:若年者と比較して-2SDということ
この検査で-2.5SD以上であれば骨粗鬆症のリスクを考慮する(閉経後の女性・50歳以上の人)
→しかし、DXAでの低骨塩量は骨折の予測にはつながらないと言われ、50%未満しか予測できないと考えられている。


Zスコアもある。Zスコアは同年齢・性別と比較して骨密度のSDの変動がどうかをみている。
 ・例:Zスコアで-2:同年齢の人と比較して-2SDということ
-2以内であれば、年齢相応と考える。
→これの単独で骨粗鬆症のリスクを考えず、FRAX(fracture risk assessment tool)も併用し骨折リスクの予想を行う。


治療に伴っての利点:
・ビスフォスフォネート、デノスマブ、テリパラチド、ラロキシフェン:脊椎骨折の減少
・アレンドロネート、リゼドロネート、ゾレドロネート、デノスマブ、テリパラチド:非脊椎骨折の減少
・アレンドロネート、リゼドロネート、ゾレドロネート、デノスマブ:臀部骨折の減少




治療にともなっての不利益:
ビスフォスフォネート:上部消化管の中等度症状、非典型的な転子下骨折、顎骨壊死
ラロキシフェン:心血管障害(重度)、血栓塞栓現象(肺塞栓)、脳血管死、顔面高潮
イバンドロネート:筋肉痛、下肢痛や下肢けいれん
ゾレドロネート:心房細動、関節炎、頭痛、低カルシウム血症、ブドウ膜炎、インフルエンザ様症状
デノスマブ:中等度上部消化器症状、発疹
テリパラチド:上部消化器症状、頭痛、高カルシウム血症、高カルシウム尿症

推奨:
1:骨粗鬆症がある女性で椎体や臀部の骨折リスクがある人:アレンドロネート、リゼドロネート、ゾレドロネート、デノスマブなどでの薬物治療が推奨(強い推奨:強いエビデンス)


2:骨粗鬆症女性に対して5年間の薬物的治療の推奨(弱い推奨:弱いエビデンス)

3:骨粗鬆症が臨床的に分かっている男性で脊椎骨折のリスク減少にビスフォスフォネートの使用(弱い推奨:弱いエビデンス)

4:骨粗鬆症治療をしている女性に5年間のうちに骨粗鬆症の評価(弱い推奨:弱いエビデンス)

5:閉経の女性にエストロゲン製剤、エストロゲン+プロゲステロン製剤、ラロキシフェンの使用(推奨度高い、中等度エビデンス)

6:65歳~骨折リスクの高い女性に対しての利益や不利益や金銭面などを患者と相談して治療を行うかは決定する(弱い推奨:弱いエビデンス)


今回は一般の人に対してのガイドラインのUPDATEをおこなった。
また、腎障害の人に対してもUPDATEできればと思う。




シナカルセトとエテルカルセチド

 「勝るとも劣らない」と言う言葉は、劣らないとは言っているが勝るかどうかについてはお茶を濁している。「BはAに勝る」と言ってしまうとAに角が立つ。「BはAにも勝るとも劣らない」と言えば、Bを褒めつつAにも気を遣うことができる。そう考えると「ペンは剣より強し」いう慶応大学のモットーが宣言のように力強く感じられるかもしれない。

 さて、薬Aと薬Bで有効性を比べる試験で最近よく聞くのが非劣性(non-inferiority)という言葉だ。従来の薬Aに対して、あたらしい薬Bが非劣勢なら、わざわざ薬Bに替えなくていい気がする。でもそういうときは、効きは劣らないのにBのほうがAより副作用が少ないとか安いとか便利とか、ほかの要素を売りにしている。

 CaSRを刺激しPTHを減らすお薬をcalcimimeticsというが、シナカルセトが先にでて、それに対するエテルカルセチドの非劣勢を示そうとした論文が1月にJAMAにでた(JAMA 2017 317 156)。いままで耳に入ってこなかったのは不思議だ…もっと勉強しなければ。シナカルセトもエテルカルセチドも開発したのはAmgenだが、販売する会社は違うから、おたがいこれに触れない「紳士協定」でもあるのか(写真は1947年公開映画、Gentleman's Agreement)。




 スタディでは欧米、ニュージーランドなどで二次性副甲状腺亢進症(PTH 500pg/ml以上)の透析患者さん600人あまりに対してシナカルセト、経口プラセボ、エテルカルセチド、静注プラセボを26週間投与してPTHの下がりをみた。用量はシナカルセトで30-180mg/d、エテルカルセチドで2.5-15mg/週3回の範囲で5、9、13、17週目にどちらも調節できた。

 結果、30%以上さがった割合はエテルカルセチド群で高かった(68%、シナカルセトは57%)。よく効くぶん、Ca値も低めになる(Alb補正Caが8.3mg/dl以下になる割合は68%、シナカルセトは59%)。シナカルセトで有名な消化器症状は、エテルカルセチドでも同様にみられた(悪心はシナカルセトで22%、エテルカルセチドで18%;嘔吐はいずれも13%)。

 PTHが目標まで降下した割合は、非劣勢なだけでなく、優勢かどうか(superiority)でも有意差がでた。じゃあ優勢なんだから、二次性副甲状腺機能亢進症のcalcimimetics第一選択はシナカルセトからエテルカルセチドに代替わりだろうか?AにもBにも気を遣わなくてよい立場からいくつか考察してみたい。

 エテルカルセチドは、PTHの先にある心血管系イベントや骨粗しょう症予防に実質的に効くかもしれない。エテルカルセチド群はシナカルセト群よりもFGF23の前値がたかかった(4033pg/ml、シナカルセトは2984pg/ml)が、介入後はシナカルセト群より低くなった。骨粗しょう症マーカーも、介入後シナカルセト群より低くなった。マーカーとハード・エンドポイントは違うので再検は必要だが、示唆はされる。

 また透析患者さんはお薬の数がおおいから、注射になって飲む数がへるのは朗報かもしれない。同様のことは、腎性貧血で開発中のHIF阻害薬についてもいえるかもしれない、ESAとちがい経口だから逆に敬遠される可能性がある。

 いっぽう、サブ解析を見るとエテルカルセチドが優勢なのは65歳以下、透析年数5年以上の群だった(65歳以上、透析年数5年以内では有意差がなかった)。透析年数が浅いと残腎機能があってエテルカルセチドが尿中にうしなわれるのかもしれない。また注射製剤は透析室スタッフの手間になる。プリフィルドシリンジでないので、針刺しや用量間違いの元かもしれない。価格も含め、こういった「使い勝手」は透析現場にきいてみないとわからない。

 しかし結局、透析患者さんのPTHをどこまで下げるとどう良いのかには、議論の余地があるかもしれない。シナカルセトとプラセボで透析患者さんにおける心血管系イベントと死亡率を比較したEVOLVE試験(NEJM 2012 367 2482)では介入で有意差がなかった。データが少ないのでPTHゴールは各国ガイドラインで異なる。せっかくエテルカルセチドがよく効くなら、死亡率や心血管系イベント、骨折予防のデータも出るといいなと思う。


2017/05/26

Na-Clを使って得た教訓

 個人的には、Na-ClではAGとHCO3-の和しかわからないので不十分と思っている。しかし生化学のTCO2が測れない以上、Na-Clをスクリーニングにして、正常範囲(36-38mEq/l)からの隔たりで血液ガスをとるしかない。

 Na-Clをスチュワート法のSIDaiとして考える人たちの間には、Na-ClがひくければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシス、と考える向きもある(こちらも参照)。スチュワート法は優れて流行のよい方法だ、SIDaiで世界は回る、Na-Cl万歳…という考えを取り入れてみて、最近落とし穴にはまった。二度。

 1つ目、高ナトリウム血症のコンサルト。

 Na 155mEq/l
 Cl 125mEq/l

 おや、Na-Clが30しかない。アシドーシスか?しかし水分が摂れず脱水状態にある患者さんで、どちらかといえばアルカローシスを疑うけれど…。病棟におねがいして血液ガスを提出。
 
 HCO3 25mEq/l
 pCO2 33mmHg
 pH 7.50

 AGが5mEq/lと低下していた。IVIG後で、陽性荷電したグロブリンがたまっていた影響と思われる。

 2つ目、高カリウム血症のコンサルト。

 Na 134mEq/l
 Cl 88mEq/l

 おやおや、Na-Clが46もある。アルカローシスか?しかし、Cr 9mg/dl、K 7.7mEq/lのAKIでアルカローシス?ガスをすぐさま取ろうかとも思ったが、緊急透析を行うことにし透析カテーテルから採血。

 HCO3 16mEq/l
 pCO2 33mmHg
 pH 7.30

 AGが30mEq/lと開大していた。AKIのほかに、メトホルミン関連乳酸アシドーシスが疑われた(乳酸がでない血ガス分析器なので、外注で結果待ち)。デルタ・デルタ(以前ふれた)を考えれば代謝性アルカローシスも併存しているが。

 ことわっておくがスチュワート法が悪いわけでは、もちろんない。本来のスチュワート法はSIDaのほかにSIDe、SIGもあわせて考えるので、解釈は可能だ。それに、Na-Clが正常範囲からずれているからガスを取ろうと思ったんだから、Na-Clを見る意義はあったといえる。

 教訓:Na-Clを用いるなら、Na-Clが下がっていてもAGが低ければアルカローシス、Na-Clが上がっていてもAGがたかければアシドーシス、と知っておけばいいい。

 困るのはNa-Clが正常でもAGとHCO3-が異常(片方が下がった分もう片方が上がっているなど)のケースだが…。これは、TCO2がないと見逃すかもしれない。



 

2017/05/25

膜のいらない水の浄化

 透析室で大量の塩を消費している、と聞くとびっくりするかもしれない。食事に使っているわけでは、もちろんない。カルシウムやマグネシウム塩によるRO膜の劣化をふせぐために原水をあらかじめイオン交換樹脂に通すが、その樹脂を再生するためだ。それで、透析室には業務用の塩袋(写真はイメージ)が大量につんである。


 
 逆浸透圧(RO)法は海水の淡水化にも利用されるすばらしい技術だが、膜がデリケートで劣化が問題だ。高圧で水分子を漉しだすので多くのエネルギーを消費し設備コストがかさむのも課題だ。この技術を知ったとき、これで世界の水不足問題はあらかた解決するのではないかと思ったが、そうでもない。

 そこで、膜の要らない新しい技術がNature Communicationsに紹介された(doi:10.1038/ncomms15181)。この仕組みでは、水を一面は炭酸ガス、もう一面は空気に触れさせる。すると、H+とHCO3-による濃度勾配ができて、拡散泳動(diffusiophoresis)という原理によって不純物が移動してきれいな水と分離できる(図は論文より)。




 拡散泳動とは、イオンや溶質などの濃度勾配がある水溶液のなかにいるコロイド粒子が、濃いところにいると窮屈なので薄いほうに追いやられることだ(図はTexas Christian大学ウェブサイトより)。




 実験系は長さ1ミリに満たないミクロ規模だが、著者はスケールアップ可能という。将来的に、良質の飲み水が不足して病気が蔓延している途上国地域の都市部などで、工場やごみ処理施設などで発生するCO2を集めて水をきれいにするサステナブルな施設が安くできるかもしれない。

 血液透析の原理は腎臓に似ている面もある(図は限外濾過と糸球体濾過の比較)けれど、吸着透析とか新しい可能性が模索されてもいる(こちらこちらにふれた)。新しい技術や原理は、いまは未熟でもいずれあたらしい治療に結びつくかもしれないから期待したい。




 [2019年3月追加]海水の淡水化(desalination)についての考察が、Economist誌2019年3月2日号に載った。現在世界で15906の淡水化工場が稼動しており、1日あたり9500万立方メートルの淡水を生産している。

 その約半分をサウジアラビア、UAE、クウェートなどの中東・北アフリカ諸国が占め、シンガポールやカタールなど河や湖のない小国では、天然資源としての淡水よりもこうした人工淡水のほうが生産量が多い。
 
 世界の水不足を解決するうえでの問題点は主に三つあり、一つ目は地理だ。海が近くなければ、ただでさえ高い生産コストに輸送コストまで加わってしまう。二つ目は上述のように工場の設営と稼動に必要なコストで、膜の効率性など課題が多い。

 そして三つ目は産業廃棄物(brineとよばれる濃い塩泥、処理に用いられたさまざまな化学物質をふくむ)だ。淡水化工場が生み出す塩泥の量は淡水よりも多い。多くの場合パイプラインで沖合いの海底に捨てられるが、周囲の海水濃度を上げるなど生態系への影響が懸念される。

 こうした問題点もあることから、下水を上水に再生する(イスラエルは農業用水にしているが、シンガポールは飲料水にもしている)など他の方法も検討されているが、いずれもコストがかかる。

 こうした記事を読むと、水が比較的安価に手に入り不足を感じないなんて本当に恵まれているなと痛感する。

 


 

2017/05/24

マラソンは好きですか?? マラソンと腎臓の関係。

最近はマラソンがブームである。よく皇居ランなど自分も一度はしてみたいものである。


今回、AJKDからマラソンランナーと腎機能に関しての論文が出てる。(AJKD 2017)

今回この論文を検討してみる。

背景:

マラソンランナーは26.2マイル(=42.195km)を走り、高温環境などのストレス環境にさらされる。
マラソンランナーの腎機能障害発生に関しては不明確なことが多い。

2014年に米国で55万人のマラソンランナーをみている報告があるが、腎機能障害に関しては見落とされている事が多かった。

今回の研究は、マラソンランナーと腎機能障害の発生に関して多種のマーカーを用いて検討している。


患者:

2015年のHarfoldマラソン参加者で22歳~63歳で同意が得られた人。


Inclusionした人BMI18.5-24.9、少なくとも3年以上のランニング経験、少なくとも3年で週平均15マイルを走っている人。


Exclusionした人:レース前4か月以内にけがをした、4週以内にほかのレースに参加した、レーレース前48時間以内やレース後24時間以降にNSAIDsを使用、レース前8週以内にスタチンやステロイドや輸血を受けた、甲状腺機能低下や腎機能障害や冠動脈疾患、痙攣発作の既往がある人


検査:

尿と血液サンプルを3つのタイミングで測定。

マラソン開始前24時間(day0)、マラソン終了後30分以内(day1)、マラソン終了後24時間(day2)と3つのタイミングを見ている。

項目としては、血清クレアチニン、CK、尿中Alb、尿沈渣など


採血でマーカーも同時期に測定している。


マーカーに関しては6つの障害因子(IL-6IL-8IL-18KIM-1NGALTNF-α)、2つの回復因子(YKL-40MCP-1)を測定。

検体提出に関して:

血液や尿の検体は冷凍してすぐにエール大学に2時間以内に搬送している。

尿沈渣に関しては採取後2時間以内に検査している。

アウトカム評価:

アウトカムに関してはAKIを主要アウトカムとしてみている。

AKIの定義はAKINの分類基準に沿っている。


尿沈渣は腎尿細管上皮細胞や顆粒円柱の数で評価をしている。




結果:

今回22人のランナーが研究に参加。マラソンの日は16.7℃で26.2マイルを全員が完走した。

内訳は9人が男性で13人が女性。そのなかの1人がtypeDMで、6人が2週間以内にNSAIDsの内服をしていた。

バイタルに関してはマラソン直後の脈拍数の増加がみられた。

平均Creday00.81day11.28day20.9であった。


その他の結果はCKに関してはday2でもピークアウトを認めていなかった。
沈渣に関してはday1から増加を認めていて、下記のような顆粒円柱の所見を認めていた。



尿中のAlbに関してもday1で増加を認めた。

各種マーカーに関しては下図で示すとおりDay1で上昇しday2で低下している。



結論:

マラソンに伴いAKIを来す可能性がある。

上記を考える際に考慮すべきこととして:

AKIの評価でCreだけではマラソンの場合に筋肉の崩壊や体液の移行などでも起こる事がありうる。そのため、今回尿沈渣やマーカーなどを用いた。マーカーに関しても最近の研究でマラソンに伴い上昇する事が報告されている。尿沈渣ではAKIの生じた原因がATNであったことを示唆している。健康な人にどのようにATNが生じたのか、構造的な研究はされていないため不明確ではある。


今回の報告はサンプルサイズが少ない点などのlimitationはあるが、マラソンランナーにおいてマーカーや尿沈渣をみた最初の研究であり今後の研究へつながればと考える。


2017/05/19

仮説の検証(塩を捨てても水は捨てない仕組み)

 火星有人探査のための訓練プロジェクト(JCI 2017 127 1932、解説はこちらも参照)から、いくつかの仮説がうまれた。

A. 塩分摂取がふえると尿素が間質にたまり、尿濃縮で水を保存する
B. 塩分摂取がふえると飲水量のかわりに代謝水がふえる
C. 塩分摂取がふえると糖質コルチコイド作用でたんぱく異化が亢進して尿素合成がふえる
D. 間質への尿素の取り込みにはUT-A1が関与している
 
 これらを検証するべく、マウスで実験が行われた(JCI 2017 127 1944)。まずマウスで実験系を確立し、低塩から高塩にするとUNaVが増える分UKVとUUreaVが減ってNa利尿を防いでいること、糖質コルチコイド排泄量がおおいとき尿量がふえ飲水量が減ることなどが有人探査の訓練クルーと程度の差はあれ同じ傾向なことを示した。

 そのあといろいろ調べた結果、おおくのことが分かった。まず、塩分摂取がふえると:

・腎髄質の尿素量がふえる。
・髄質内層のUT-A1発現がふえる。

 ことでAとDが示された。さらに、

・血中の尿素濃度がふえる。
・肝臓と筋肉での尿素合成酵素が活性化する。
・筋細胞で糖質コルチコイド受容体が活性化する。
・筋細胞でオートファジーが活性化する(たんぱく分解を示唆)。

 などでCも示された。これで、火星探査の訓練クルーの実験(JCI 2017 127 1932)では推論だったalternative natriuretic-ureotelic conceptの図から、クエスチョンマークが消えた(Bが残っているので代謝水のところはまだ?な気もするが)。


 このあとこのグループは研究を進めて腎外、とくに肝臓と筋肉の代謝について詳しく調べた。結果、塩分がふえると:

・呼吸商がさがる(エネルギー源のβ酸化へのスイッチを示唆)。
・アラニンなど窒素ドナーになるアミノ酸が筋から失われる。
・アスパラギン酸、グルタミンなどのアミノ酸が肝臓にふえる。
・アラニンをとりこむトランスポーターが肝臓にふえる。
・肝臓で糖新生がさがりケトン体合成があがる。
・筋でβ酸化を促進するAMP、p-AMPK、p-ACCなどがふえる。

 とわかった。これらをまとめると、塩分負荷で肝臓と筋に図のような動きがおきることがわかった(緑は塩分負荷によりふえる・亢進するのに対して青はへる・抑制される)。




 筋がグルコースからできたピルビン酸にアミノ基をつけてアラニンにして肝臓に届ける。アラニンは肝臓に届き、ATPを消費して尿素とピルビン酸がつくられる。ピルビン酸は、ATPを食う糖新生に行かずに、節電モードでアセチルCoAからケトン体になる。ケトン体が筋に届き、エネルギー源がβ酸化に切り替わる。この動きはアラニンーグルコースー窒素シャトルともよばれる。

 このエネルギーの切り替えが論文タイトルにあるreprioritization of energy metabolismだが、じつはこの現象じたいは以前から知られていた。なんと、夏眠(estivation、aestivation)だ。夏眠とは、生物がとくに夏期の乾燥にたえるため仮眠状態になること。カタツムリ、カメ、アフリカハイギョなどのほか、哺乳類でもマダガスカルに住むfat-tailed dwarf lemur(写真)が行っているという。




 アフリカハイギョの夏眠については、あのホーマー・スミス博士も研究していたらしい(J Bio Chem 1930 88 97)。アフリカハイギョは、夏眠で水を身体にためるために尿素を作っている間に、心血管系のエネルギー消費(要は脈拍と血圧のこと)を減らすことが知られている(J Exp Biol 1974 61 111)。

 そこで、夏眠とおなじようなエネルギー消費・産生モードになっている塩分負荷時にも同じ傾向が見られるかをしらべた。すると塩分がふえたマウスはその直後に脈拍があがるが、4日以内には脈拍も血圧もさがり、脈拍パターンは副交感神経優位を示唆し夏眠中のハイギョと似ていた(直後の反応は、糖質コルチコイドがふえることと関係あるかもしれない)。

 塩を捨てないRAA系、水を捨てないバソプレシンに対して、今回わかったシステムは「塩を捨てても水は捨てない」仕組みといえそうだ。これまで塩も水も捨てて心血管系を守りたい、というのでRAA系やバソプレシンを抑制する薬をたくさんつくってきたが、この仕組みがフロンティアなのかもしれない。

 さらに、この仕組みがストレスホルモンを増やすことはもっと興味ぶかく、それにより長期にどんな影響が身体にでるかも調べる価値がありそうだ。端的に言えば、糖質コルチコイドがでるんだから、糖尿病になりやすいかもしれない。私が知らないだけで既にもういろんなことが調べられているにちがいないから、今後に期待したい。





2017/05/18

火星だより 4

 同じ食塩量を摂っていても、アルドステロンとコルチゾンの1日排泄量(それぞれUAldoV、UCortisoneV)には波がある。高い日と低い日の差は、6g/d食でも9g/d食でも12g/d食でも大体同じで、UAldoVは7.6mcg/d、UCortisoneVは33.8mcg/dだった。

 UAldoVが多い日は、少ない日にくらべて飲水量がおおく、尿量がすくなく、水がたまった(体重も増えた)。ここでも、以前に書いた、尿浸透圧と尿量の変化から自由水どれだけたまった(または、捨てられた)かを計算する方法をつかっている。


 いっぽう、6g食から12g食にするとUAldoVは減る(平均5.1mcg/d)。上記変化はUAldoVが7.6mcg/d増えた結果なので、UAldoVが5.1mcg/d減った影響は上記に5.1/7.6を掛けて正負を反転させたものになるとグループは考えた。


 同様のことをUCortisoneVでもおこなうと、次のようになる。6g/d食から12g/dになってコルチゾンはふえるので、今回は正負が反転しない。ここでUAldoVの時と違う点のひとつは、体重が減らなかったことだ。コルチゾンがふえて自由水が捨てられたのに、飲水量がかわらないのだから、体重は減りそうなものだが減っていない。


 これをみてグループは、捨てられた自由水は内因的に作られた水、つまり代謝水だと推察している。食べ物から余計に水が作られれば、飲み水が増えなくてもいい。たしかに糖質コルチコイドには異化を亢進する作用があるから、それでいいのかもしれない。

 では、アルドステロンはどのように尿量をへらし、コルチゾンはどのように尿量をふやすのか?それを調べるのに、グループはそれぞれのホルモンが高い日と低い日の尿中溶質排泄と浸透圧をくらべてみた。

 するとアルドステロンが低い日は、高い時にくらべて尿Na排泄量(UNaV)がふえたが、尿K排泄量(UKV)は減り、尿素排泄量(UUreaV)も減ったので全体の溶質排泄量はかわらず、尿浸透圧はさがった。いっぽう、コルチゾンが高い日は、低い日にくらべてUNaV、UKV、UUreaVいずれもふえたが尿浸透圧はさがった。

 これらの現象でいまのところわかっているのは、アルドステロンがさがるとENaCによるNa再吸収がおちて、それに付随しておこるROMKによるK排泄も減ることくらいだ。これをグループはTraditional natriuretic conceptと呼んでいる(図)が、伝統的というだけあって目新しいことではない。RAA系ということだ。



 いっぽう、アルドステロンと尿素、糖質コルチコイドとNa、K、尿素の関係は、これから調べられるフロンティアだ。これを説明するのに、このグループは伝統的なコンセプトにかわるAlternative natriuretic-ureotelic conceptというコンセプトを提唱していて興味深い(図)。


 なお「-telic」はテロメアのテロと同語源で終末を意味するから、ureotelicとは尿素で終る、つまり「尿素排泄の」ということ。それに対して窒素の最終排泄物がアンモニアの場合をammonotelic、尿酸の場合をuricotelicという(それぞれ魚、鳥など;図はJournal of Experimental Biology 1995 198 273を改変)。


 Alternative natriuretic-ureotelic conceptは、ふえた塩分を排泄するとき一緒に水を失わない合理的な仕組みといえる。RAA系だけでは、塩分がふえるとENaCを介したNa再吸収が減って水が失われてしまう。しかしそれに平行して腎髄質の間質に尿素が蓄積し水を引き、抗利尿に働くかもしれない(推測)。また糖質コルチコイドの働きで代謝水がふえ、飲水量をふやさずに済むかもしれない(推測)。

 これらのメカニズムはいまだ不明だが、糖質コルチコイド作用がたかまってたんぱく異化により尿素が増えているのかもしれない(推測)。髄質への尿素の汲みだしには、UT-A1が関与しているかもしれない(推測)。

 さらに、鉱質コルチコイドと糖質コルチコイドが自由水の管理を互いに拮抗する働きを持ち、どちらも周期的にゆるやかに上下を繰り返していることから、両者はあたかも交感神経と副交感神経、RAA系とプロスタグランジンのように調節しあっているのかもしれない(推測、図)とグループは提唱する。


 このモデルによれば、鉱質コルチコイドがふえると塩と水が身体にたまる(図の環が6時から12時にまわる)。すると今度は糖質コルチコイドが増えて塩と水を捨てる(環が12時から6時にまわる)。塩分摂取がすくなければ塩と水を守る方向、すなわち鉱質コルチコイドが優位になる(図の左半分)。塩分摂取がおおければ逆で、糖質コルチコイドが優位になる(図の右半分)。

 推察ばっかりだが、糖質コルチコイドが体液バランスにおよぼす影響や、尿濃縮に大事な役割をもっているのにいままで(電解質でないためか)あまり掘り下げられてこなかった尿素の仕組みについて考えるきっかけになった。バソプレシン(と血漿浸透圧)を考えなくてもここまで説明できるのは、目からウロコだった。

 ここまで推論したら、あとは実証すればいいというわけで、JCI5月号にもうひとつ載った論文(JCI 2017 127 1944)がそのアンサーソングになっている。これは、べつに紹介する。もしこれからこの領域の知見が増えてくれば、高血圧や腎疾患などの診療が別次元に深まるのかもしれない。UT-A1阻害薬(Nat Rev Nephrol 2015 11 113)とかそういうレベルではなく、それこそ「火星に人が着陸する」くらい、変わるかもしれない。それにしても、宇宙開発はその過程でいろんな科学の副産物をもたらしてくれる。






2017/05/17

火星だより 3

 火星探査訓練の被験者を対象にしたデータが2013年アトランタのASNのKidney Weekで口頭発表されているときには、センセーションだけで何のことだか分からなかった。いま論文を読み返すと(Cell metab 2013 17 125)、JCIの論文がこれを発展させたものだと分かる。

 このときすでに塩分12g/d食から6g/d食にするとアルドステロン排泄量(UAldoV)があがることと、コルチゾール排泄量(UFFV)とコルチゾン排泄量(UFEV)がさがることは発表されていた。コルチゾン/コルチゾール比(コルチゾールを分解する11β-HSD2活性に相関)はあがっていた。



 さらにこの論文でわかったのが、同じ塩の量をとっていてもNa排泄量(UNaV)、UAldoV、UFFV、UFEVが日によってばらつきがあることだ。



 何日も何日も調べたからこそわかる結果と言える。なんとなく4つのグラフはおたがい関係しているようにも思えるが、これだけではわからない。しかしこれらのばらつきを分析する方法が、ある。まずパワースペクトラル濃度をみると、UNaVとUAldoVには6日周期(赤、緑のもっとも大きなピーク)、UFFVとUFEVには約1ヶ月周期(青、黄色の左端のピーク)の波があり、ほかにも3、5、15などいくつかの波がある(グラフ中の数字)ことがわかった。


 どうしてこんなリズムがあるのかはわからない。6日周期は、被験者が6日にいちど夜勤をしていたことと関係がありそうだ(実際夜勤データを重ね合わせると、夜勤日のUNaVはひくくUAldoVは高かった…夜勤の夜食は塩分すくなめがいいのだろうか??写真)。ほかの周期は、わからない。

 さらにふたつのグラフが似ているかどうかをしらべる相互相関分析をおこなうと、UAldoVとUNaVは負に相関(UAldoVが増えるとUNaVは減る、つまりNa排泄抑制)、UFFV・UFEVとUNaVは正に相関(Na排泄促進)することがわかった。図中心のディップとピークがそれにあたる。


 「定常状態」では摂取した塩分量と排泄する塩分量はおなじはずだが、諸行無常の世の中で「定常状態」なんてものは存在しなくて、実際にはおなじ塩分量を摂っていても寄せては返す波のようなホルモンバランスで排泄量は揺れうごく。しかも、RAA系のアルドステロンだけでなく、糖質コルチコイドも影響している。

 …という延長にJCIの論文がある。JCIの論文では、おなじ食塩量を摂っていても日によってホルモン量(UAldoV、UCortisoneV)にばらつきがあることを利用して、ホルモンが多い日、中くらいの日、低い日の三つにわけた。

 そして、6g/d食、9g/d食、12g/d食のときにホルモンが高い群と低い群では尿量、溶質の排泄量、尿浸透圧、自由水クリアランス、飲水量、体重などがどうちがうかを調べて、アルドステロンと糖質コルチコイドの関与を推察した。その結果をまとめたのがFigure 5なのだが、やや複雑なので次にする。つづく。


 

 

透析患者の突然死(sudden cardiac death among HD pattients)

以前に透析患者の心臓死のことを記載した。


今回、血液透析患者の突然死について記載をしてみる。
血液透析患者では日本でも23%と頻度は高い。血液透析患者は動脈硬化性病変も高く
リスクは常に高い。


下記が2011-2013年の突然死のまとめた報告である(Am J Kidney Dis. 2015;66(1)(suppl 1).)。
日本の報告では脳卒中の割合が高く(25.8%)、次に心疾患(19.4%)、感染症(17.2%)が次に続く。


リスクファクターを考えた際には下記の形になる。
要因としては透析の要因、患者の要因、心臓の要因がある(Int J Cardiol .2016;217:16-27)。


では、突然死を防ぐために我々は何ができるのか?
やはり心疾患の除外が大事であり、下記のstrategyは重要かと考える。


よく言われるように
HEFrEF(EF低下の心不全)にはβブロッカーを用いましょう、
HEFpEF(EF維持された心不全)にはHDを頻回にして寝室容積の増加を減らし、RAS阻害薬やスピロノラクトンを使うのを考慮しましょうとしている。


また、不整脈の因子となりうるものを除去する。
電解質としてはカリウムやカルシウムやアルカローシスを避ける事、また透析温度を下げる事で透析低血圧の予防につながる。




透析では一定頻度で突然死は起こりうるが、私たちは電解質の管理を含めた管理をして不整脈を予防し、心疾患のコントロールの基礎知識もしっかり持たねばならない。



2017/05/16

速報 ANCA血管炎とアバコパン

 ACPのメンバーシップは日本内科学会より高い、とくに海外会員だと高い。それでも、その価値があるとおもうから払う。ACP JournalWiseという最新論文お知らせ機能からメールがとどき、JASNにANCA血管炎とアバコパンの論文がでたことをしらせてくれた(doi: 10.1681/ASN.2016111179)。

 インパクトあるので、速報する(火星だよりは後日お送りします)。アバコパン(Avacopan)は経口のおくすりで、C5a受容体の選択的な阻害薬だ。モノクローナル抗体ではない、小分子だ(図)。




 アバコパンは、以前からMPO-ANCA血管炎をおさえることが動物実験でわかっていた。今回の対象はMPOとPR3がだいたい半々、平均年齢50歳、BVASスコア13-14(63が最重症)、平均eGFRは40-50ml/min/1.73m2。薬を作ったのはカリフォルニアのバイオベンチャーChemoCentryx社だが、患者さんはヨーロッパだ。規制がゆるかったのだろうか。

 導入療法にサイクロフォスファマイドないしリツキシマブをもちい、それにくわえて①ステロイド60mg/d、②アバコパン30mg2T2x+ステロイド20mg/d、③アバコパン30mg2T2xのみ、の3群にわけた。どうやらステロイドパルスはしなかったようだ。12週フォローした結果、BVASスコアはこうなった。ステロイド単独より併用がよく、併用とアバコパン単独はあまりかわらない。




 肝腎のeGFRには差がなかった。比較的eGFRが高い群で、フォロー週数も短いからなんともいえない。蛋白尿の低下は併用群でステロイド単独より有意にさがった(アバコパン単独もさがったが有意ではなかった)。

 いっぽう副作用はどうか。どの群も有害事象の割合はおなじだが、アバコパン単独で多かった副作用には高血圧(ステロイド群より割合が多い)、血管炎(定義は?)、リンパ球減少があった。同じくC5を押さえるエクリズマブは髄膜炎菌予防などが必須だが、この薬はどうなのだろう。

 ステロイドを置き換える薬となると、ANCA血管炎だけでなく幅広く使えるかもしれない。まだ選ばれた軽症の患者層で短期間つかっただけなので、これからの研究に期待したい。







 

乳幼児にとっての体液コントロール(心臓手術後)

心臓手術を受ける先天性心疾患の乳幼児のうち30-50%以上が急性腎不全(AKI)に陥る。


そのAKIになるリスク因子としては
・外科要因:心肺装置装着時間、手術時間、血管の阻血
・心臓の要因:RACHS1(Risk Adjustment for Congenital Heart Surgery )リスクカテゴリー(心臓手術後の入院での死亡率の予測に用いられる。)、心室の機能
・術前の要因:AKIの存在、人工呼吸管理、循環作動薬の使用


などがある。


AKIになることは、デンマークの報告でも心臓手術後のAKIの12%がCKDになったという報告や死亡率や入院期間の延長などがあり避けるべき事態である。


だけど、術後のAKIに対して何かできるのだろう??
→腹膜透析の早期開始で体液管理を行いoutcomeを改善させたという報告がある(KI 2013


では、体液管理の観点では利尿薬を使用するのはどうなんだろう?という観点で見たのが今回の研究である(JAMA 2017)。


この研究は単施設の前向きRCTである。
inclusion:6か月以内のPDカテを入れる計画をされた先天性心疾患の手術を受ける患者。
exclusion:eGFR<60と腎機能障害を有している、死亡や再手術が必要になるなどの重篤な合併症が術後24時間以内に発生した者としている。


これをPD群と利尿薬(フロセミド群)に分けて検討。


PD:10ml/kgの1.5%ダイアニールの1時間サイクルで使用
フロセミド:1mg/kgを6時間毎に投与を2日、その後は担当医判断。


primary outcome;術後1日目の体液バランスがマイナスに傾いているか。






結果:
73名の乳幼児が組み入れられ、プライマリーアウトカムに差はみられなかった(1日後の体液バランス)。
違いとしては、フロセミド群では10%以上の体液overの割合が高く、機械換気の期間が長く、入院期間が長かった。また、電解質異常の合併も多かった。PD群では2名がPD関連の出血で輸血をおこなっていた。


この結果をみると、primary outcomeは変化ないが、PDカテーテルを入れた方が体液コントロールが付き、色々な合併症が少なかった印象が強い。
小児では、臨時の血液透析の閾値が大人よりも高い。


日本では少ないが、もし体液管理で今回のように大人で心臓血管手術時にPD管理をしたほうがいいのか利尿薬管理をした方がいいのかを研究がすすむとおもしろい。
ただ、この組み入れのように腎不全ない人におこなうのははばかられるであろう。


日本ではPDはまだまだ普及も少ないため、しっかりと広めていけるように努力しよう。


neph JCより引用

2017/05/15

火星だより 2

 前回、塩分6g/d食のひとが12g/d食になると、捨てる溶質が増えるが尿は濃縮するので自由水クリアランスがへる、つまり自由水が身体にたまるという話をした。いっぽう、6g/d食のひとが12g/d食になると水分摂取量はへる。これが液体の水分なのか食事中のも含むのかが分かりやすい場所に書いていないが、とにかく減る。


 塩を取れば血液の浸透圧があがり喉が渇き水分摂取が増える、という定説と違うが、尿データをかんがえると、溶質が増えても腎臓が尿濃縮で自由水をためるので、身体の浸透圧がさがり口渇がさがるということかもしれない。血液の浸透圧データはないので、詳しいことまではわからない。

 6g/d食から12g/dになって減った水分摂取量の差(図の薄い青)は、腎臓でためた水(図左バー)から不感蒸泄による喪失分(斜線)を差し引いた量(図の濃い青)にほぼひとしかった。一日水分摂取量が一日尿量より32%おおいことから、ためた自由水の32%が不感蒸泄ででていくと推定したそうだが、正確かわからないことは研究グループもみとめている。ちなみに火星探査の訓練なので、被験者は運動も肉体作業もした。


 このあと、彼らは塩をおおくとった時に腎臓が尿を濃縮する仕組みについて考えさらに実験をおこなった。まず一日Na排泄量(蓄尿Na濃度に1日尿量をかけて計算するので、UNaVと書く)と尿Na、K、尿素濃度の関係をみると、一日Na排泄量が多いほど尿Na濃度があがり、尿K濃度は変わらず、尿urea濃度は低くなった(それぞれ左、中央、右)。


 尿の尿素濃度と尿の濃縮にはどんな関係があるか?まず尿素と尿濃縮の関係をおさらいしよう(レビューはJASN 2007 18 679、図)。尿の濃縮に寄与するのは主にNaClと尿素で、NaClは有名なヘンレ係蹄のcountercurrent multiplicationで維持される。一方ureaは、とくに髄質内層の浸透圧勾配に重要だ。


 集合管をおりていく原尿はV2(バソプレシン)受容体の支配下にあるアクアポリン2を介して水を吸われるが、この部分は尿素を通さない。だから原尿が髄質内部の集合管(IMCD、internal medullary collecting duct)までくると尿素濃度はとても高くなっている。

 IMCDには尿素トランスポーターUT-A1、A3があって尿素は一気に間質にでていき、内腔と間質の浸透圧がほぼ等しくなる。それで浸透圧利尿で水が失われるのを防いでいる。その証拠に、UT-A1とA3をノックアウトすると(十分にたんぱくをあたえられた)マウスは水をどんどん喪失してしまう。

 高濃度の尿素を維持する仕組みのひとつはvasa rectaによるcountercurrent exchangeで、ヘアピンになった血管にあるUT-Bを通じて尿素が上がって降りてを繰り返す。もうひとつが尿素リサイクルで、ヘンレ係蹄のUT-A2を通じて間質の尿素が内腔に排泄され、遠位ネフロンをまわりIMCDでふたたび間質に再吸収される、の繰り返しだ。

 それをふまえてみると・・。

 尿の尿素濃度がさがることと尿の濃縮をむすびつけるひとつの考えは、尿素が尿に出てこないぶん腎間質にとどまり、濃度勾配をきつくして尿をいっそう濃縮させたというものだ。研究グループはそういっている。

 ただ間質の尿素濃度は測れないし、UT-A1、A3は濃度依存のトランスポーターだから間質の尿素濃度がたかければ集合管内腔の尿素濃度も高いかもしれない。尿素の摂取量はかわらなかったようだが、異化や同化がかわって尿素がつくられなくなったのかもしれない。この段階では、まだなんともいえない。塩分摂取が増えて尿素排泄がへる理由も、わからない。

 つぎに、研究グループは尿アルドステロン排泄とコルチゾン排泄をしらべたので、それをみてみよう。つづく。




2017/05/14

火星だより 1

 自由水クリアランスについては何度か紹介されている(ここここ)が、基本の考えは「腎臓は血液より濃縮した尿をだすとき自由水をため、希釈した尿をだすとき自由水を捨てている」ということだ。自由水クリアランスというのはどれだけ捨てているかという値だから、捨てている時にプラス、ためているときにマイナスになる(図はJASN 2008 19 1076より改変)。



 自由水クリアランスは尿と血液の濃度をくらべているので血液の値(浸透圧であれ電解質であれ)がないと測れない、はずである。それを尿の値だけで計算する考え方が、JCI5月号の論文(JCI 2017 127 1932)で用いられているようだ。

 この論文は3月にオンラインででたから、4月には日本腎臓学会のメーリングリストKidney Shareでも杉本俊郎先生が取り上げておられた。ニューズレターASN In The Loopにも、こないだでた。なおこの論文は、個人的には、火星への有人探査に備え健常男性を何百日も宇宙ステーションのような部屋(図)に隔離し生活させるデータを解析していることが興味深い。重力は、ある。



 実験結果でもっとも大事なもののひとつが、食塩6g/dの食事をしていた人が12g/dの食事にふやすと自由水クリアランスが減る、というものだ。しかし血中浸透圧への言及はひとつもない。どうやって計算したか?しらべると、Supplementに解説があった。

 ひとことで言うと、二つの状態の尿浸透圧を比較して、前より尿が希釈されていれば自由水クリアランスがプラス、濃縮されていればマイナスということだ。


 図左端のように溶質を1Lの尿に5粒の溶質を捨てていた人が、溶質をたくさん摂って8粒すてるのに、2Lの尿をつくったとする(その隣)。このとき尿浸透圧は、5粒/Lから8÷2Lで4粒/Lに希釈されている。ということは、5粒/Lの尿をだしていたときにくらべ自由水を捨てている。尿浸透圧が5粒/Lのままなら、8粒の溶質を捨てるのに8÷5で1.6Lしか尿はいらないはず。だから、2-1.6の0.4Lが自由水として捨てられた、つまり自由水クリアランスが0.4Lというわけだ。それを式にするとこうなる。


 食塩6g/dのときと12g/dのとき、尿量と尿中溶質量(Na、Kだけでなく尿素もつかうモデル)、そこから計算される尿浸透圧は以下のようであった。溶質は682mmolから872mmolに、食塩6g(NaとClで205mEq)に相当するだけ増えた。しかし尿量は1783mlから1814mlにしかふえておらず、浸透圧が431mmol/lから508mmol/lにまで高くなった。


 6g食のときと同じ尿浸透圧で12g食の溶質を捨てるには、872÷431で2.02Lの尿が必要。なのに1.81Lの尿しかつくらなかったということは、2.02-1.81で0.21L自由水をためこんだ、つまり自由水クリアランスがマイナスになる。

 …ほんとう、だろうか?

 参考文献に2005年版のOxford Textbook of Clinical Nephrologyが載せてあるが、2016年版のwater homeostasisの章には記載が見られない。自由水排泄をきめるのは溶質量とADHで、溶質量の変化よりADHの変化がより大きく働く(図右、バートン・ローズ先生の教科書より)。


 だから、この方法がADHを無視するというかなりざっくりな仮定をしていることは、知っておいていい。実際、著者も論文の最後に認めている。それでも、膨大な尿データから言えることはたくさんあるはず。著者グループはこれまでもこの方法で論文をたくさん書いている(Cell metab 2013 17 125、Hypertension 2015 66 850)から、仮定を受け入れて読み進めてみよう。つづく。