2017/05/01

アシドーシスの裏テーマ 1(歴史)

 現代人が一日に腎臓から排泄する酸は1mEq/kgとよくいわれるが、酸の排泄量は体重だけで決まるわけではない。たとえば、酸をどれだけ摂るかによっても決まるはずである。しかし、ナトリウムやカリウムとちがって、食事の酸制限というのはあまり聞かない。

 そもそも食事中にどれだけ酸がふくまれているかなんて、どうやって計るのだろうか?というのは100年以上まえから研究されているテーマだが、これまで医学の表にあまりでてこなかった。しかしいま、食事に含まれる酸が注目を集めているので、あえてこの裏テーマにスポットを当ててみたい。

 尿細管のチャネルが魚からみつかったように、この分野も最初は動物からはじまった。
草食動物の尿はリトマス試験紙でアルカリ性に、肉食動物の尿はリトマス試験紙で酸性に反応するというのは常識である。 
ーN. R. Blatherwick(Arch Int Med 1914 XIV 409)
 この「常識」に注目したひとりが、フランスの生理学者クロード・ベルナール(1813-1878)だ。彼は研究室(写真)につれてきたウサギが草をたべるとにごったアルカリ尿、肉を食べると(肉しか与えなければたべるらしい)クリアな酸性尿をだすと発表した。原著はLeçons sur les proprietes physiologiques et les alterations pathologiques des liquides del’organisme. Paris: Balliere; 1859、これについてふれたベルナールの伝記論文はNDT Plus 2010 3 335。



 これは酸を摂ればそのぶん酸を、アルカリをとればアルカリを排泄して「内部環境」をたもっているという、彼が提唱した生命の恒常性を例示したエピソードでもある。

 20世紀初頭にはいると、食品を燃やしてできる灰の分析から、より定量的に食事の酸・アルカリを測定する試みがはじまった(J Biol Chem 1912 11 323)。灰にふくまれるK、Ca、Mg、Pなどのミネラルのうち、陽イオンはアルカリを提供し陰イオンは酸を提供するので、陽イオンより陰イオンがおおければ酸、陰イオンより陽イオンのほうがおおければアルカリと考えられた。

 この概念は腎臓内科医にはなじみがあまりないかもしれない(私にはなかった)が、動物界には、単位あたりの食餌における陽イオンと陰イオンの差、DCAD(dietary cation-anion difference)という概念がある。いろんな式があるがよく用いられるのはNa + K - (Cl + S)。

 たとえば、DCADを低くして酸性の食餌をあたえることでカルシウムを骨から出やすくしておくことが、乳牛のミルク・フィーバー(産褥期にカルシウムを乳にとられて低Ca血症になることで熱はでない、写真)予防になる。



 また、水族館のイルカで尿酸アンモニウム結石がおおい(写真はサンディエゴ・シーワールドのDottieというイルカの石;J of Zoo and Wildlife Med 2012 43 101)のは食餌のDCADが野性と比べて低く酸性だからではないかという研究(doi:10.2527/jas.2016.1113)もでている。



 人間界ではどうか?つづく。