2018/11/20

さまざまな血管雑音

 腎臓内科医は、じつは腎臓をあまり診察しない。腎臓の診察といえばCVA叩打痛が有名だが、これらが陽性になるのは結石や腎盂腎炎のときだ。また腎臓を両手でお腹と背中から挟むように診察する方法(下図は日内会誌2000 89 2465)もあるが、ADPKDを疑う時などを除き実際はあまりしない。



 ではどこを診ているのかと言うと、体液量の評価・血管の評価・膠原病関連の評価になる。体液量は浮腫や頚静脈怒張・hepatojugular refluxなどをみる。膠原病関連は関節・皮疹・紫斑・末梢神経障害・爪周囲の毛細血管など(本家のリウマチ内科に比べればざっくりだろうが)。

 血管の評価では、coarctationの有無をざっくり血圧左右差でみたり、足背動脈をふれてPADを疑ったりする。さらに腹部にも聴診器をあてるが、これは腸音よりは血管雑音を聴こうとしている。少し深めにベルを押し当てる人もいるかもしれない。

 そこで拍動性でシューシューした音がきこえたら、どうするか?




 腎動脈からの音(腎血管性高血圧が示唆される)、大動脈からの音(瘤がみつかるかもしれない)などが疑われるので超音波(検査についてはこちら、腎動脈瘤についてはこちらも参照)やその他の画像検査、また見つかれば治療(実際は内服が最初になることが多い、こちらも参照)などが考慮される。

 しかし、シューシューするものがすべて腎臓・大動脈からとは限らない(写真は、シェイクスピア『ヴェニスの商人』で有名になった引用句「輝くものがすべて金とは限らない」)。



 
 そのひとつが、内側弓状靭帯症候群(Median Arcuate Ligament Syndrome、MALS)だ。別名を腹腔動脈起始部圧迫症候群(Celiac Artery Compression Syndrome、CACS)とも言い、同靭帯によって腹腔動脈が圧迫される(図右、引用元はWikipedia英語版)。




 この疾患は、原因不明の腹痛が聴診ひとつで診断に至る点で教訓的だ。それもあって、日本(QJM:An Internal Journal of Medicine 2018 111 407)をふくむ各国から多数の報告がある(J Investig Med High Impact Case Rep 2017 5 2324709617728750)。しかし腹腔動脈が圧されている人は全体の10-20%いるとされ(Radiographics 2005 25 1177)、症状がなければ減圧手術などの介入を必要とせず経過観察となる。

 ほかにも腹部血管雑音の原因はあるようだ(肝海綿状血管腫の報告はTrop Gastroenterol 1985 6 10)。せっかく聴きに行くのだし、腎臓内科医としてはこれらの鑑別を知っておきたい。さらに部位と音の違いだけで診断できれば、なおカッコいい。