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2020/08/31

もうひとつの低カルシウム尿性高カルシウム血症

 乾癬、喘息、類天疱瘡、自己免疫性膵炎などの既往ある66歳女性。類天疱瘡に対して経口ステロイドを開始後に(MMFの追加・増量とともに)漸減・中止したところ、高カルシウム血症となった。以下に、データを示す。

Ca 13.4mg/dl
iCa 1.77mmol/l
IP 2.1mg/dl
iPTH 128pg/ml
1,25(OH)2・25(OH)VitD 基準範囲内
蓄尿Ca 19mg/d
Ca/Crクリアランス比 0.004

 Q:診断は(症例はNEJM 2004 351 362より)?


 高カルシウム血症にかかわらずiPTHが抑制されていないが、尿中のカルシウム排泄がとても少ない。原発性副甲状腺機能亢進症では、多くの場合Ca/Crクリアランス比が0.02以上となる(ビタミンD欠乏の合併例はその限りではないが、本例では除外されている)。副甲状腺腫もみられなかった。

 いわゆる「低カルシウム尿性高カルシウム血症(hypocalciuric hypercalcemia、HH)」であるが、家族性(FHH)だろうか?


(引用元はこちら


 FHHには1型(CASR遺伝子)、2型(G蛋白α11サブユニットをコードするGNA11遺伝子)、3型(アダプター関連蛋白複合体2のσ1サブユニットをコードするAP2S1遺伝子)が知られているが、いずれも常染色体顕性遺伝であり、世代間の浸透度も高い(日内会誌 2007 96 681も参照)。


(Best Pract Res Clin Endocrinol Metab 2018 32 609より)


 孤発例もありえるが、そもそも本例は以前に血清カルシウム濃度が正常であったことが確認されている。となると、後天性(AHH)も考えなければならない。さらに、自己免疫疾患の病歴、ステロイド中止後の発症(じっさいは、再発)も考えると・・。


 A:抗CaSR抗体によるAHH


 本例では、CaSRを発現させたHEK細胞に患者血清を添加するなどして、IgG4サブクラスの抗CaSRポリクローナル抗体(CaSRの細胞外ドメインに結合)の存在が証明された。ステロイド量と抗CaSR抗体価・血清Ca値に相関がみられ、ステロイドの再開でコントロールされたという。

 AHHでは、抗CaSR抗体によりCaSRのスイッチが入りにくくなる(PTHの抑制が起きにくくなる)。ただし、どの経路を阻害するか(Gq蛋白によるイノシトールトリスリン酸の蓄積、Gi蛋白によるERK1/2のリン酸化)は、抗体の種類によって異なるようだ。

 本例や、抗グリアジン抗体・抗甲状腺抗体陽性例(J Clin Endocrinol Metab 2003 88 60)、抗核抗体・抗RNP抗体陽性例(J Clin Endocrinol Metab 2011 96 672)などの「いかにも」な症例だけでなく、高血圧だけの症例(PNAS 2007 104 5443)も報告されており、注意が必要だ。


 AHHはおろかFHHの理解すら「ふんわり」の筆者であるが、じつはAHHは日本内科学会雑誌の「今月の症例」に取り上げられている(日内会誌 2014 103 1180;なお前掲PNAS論文も日本からの報告)。「セルフトレーニング」に取り上げられる日も近い?・・かもしれない。



(引用元はこちら


2018/06/14

CaSR組曲 6

6. 集合管
 
 集合管の介在細胞、主細胞それぞれにCaSRはある。集合管はヘンレのループが生み出した浸透圧勾配を利用して最終的に尿を濃縮する場所だ(下図は著者が2013年に米国の腎臓内科で発表した腎生理レクチャ『ADHと水』スライドより)。




 そもそも髄質の深いところは、濃縮によってカルシウムが結晶しやすい(これをRandall's plaqueと呼ぶことは以前にもふれた、写真はJCI 2003 111 607より)。





 だから、そんな集合管でのCaSRの働きは「いかに石を作らせないか」で考えると分かりやすい。

 まず介在細胞では、内腔側で高Ca尿を感知したCaSRが、H+-ATPaseを刺激して尿のacidificationを促進する。カルシウムリン酸結石は尿pHがたかいほど析出しやすいので、これは理にかなっている。カルシウム再吸収チャネルTRPV5をノックアウトして尿中カルシウム濃度を増やしても、H+-ATPaseが働いて尿pHをさげるので石はできない。

 しかし、TRPV5だけでなく集合管にあるH+-ATPaseのB1サブユニット(ここが異常だと遠位RTAになる、こちらを参照)もノックアウトすると、尿pH低下という防御機構が働かないので腎臓が石化(nephrocalcinosis)して生きられない(JASN 2009 20 1705)。

 つづいて主細胞では、CaSRはなんとAQP2と共発現している。AQP2はAVPの支配下にあって水再吸収をふやす(図もおなじレクチャで取り上げたもの、Eur J Physiol 2012 464 133より)。




 CaSRは高Ca尿を内腔で感知して、上記支配に拮抗してAQP2を細胞内に引っ込める。その仕組みには、AQP2セリン残基(256番目)リン酸化の抑制が関与しているとされる(J Cell Sci 2015 128 2350)が、詳しいことはまだ分かっていない。

 AQP2とCaSRが共発現しているというのは、少し立ち止まって考えていいことかもしれない。AVP-V2R-AQP2というのは陸上生活に不可欠な軸だ。そのことは、軸が機能しない時(尿崩症)を考えてみればよく分かるだろう。水は貴重だ(写真はカリフォルニア州・デスバレー国立公園)。




 また、バソプレシンに似たペプチド(プロトタイプの名前を取ってバソトシン・スーパーファミリーとよばれる)は種を越えて保存されており、進化に大きく関与しているとされる。オキシトシンもその一種だが、オキシトシンがなければ哺乳類も生まれなかったかもしれない。

 そんな生命の根源にあたる軸に拮抗するCaSRには、CaSRなりの大事な役割があるのだろう。

 陸上の体液保持に不可欠といえども、尿濃縮の仕組みには結晶・析出のリスクが常に付いてまわる。しかし、腎臓が石になっては元も子もないので、それを防ぐ仕組みがどうしても必要だったのではないか(写真はメドゥサ退治のためアテナからペルセウスに与えられ、退治後はそのメドゥサの頭をつけさらに最強の盾となった、イージス)。




・おわりに
 
 ここまで、「組曲」の体裁をとってCaSRとネフロンについて概述してみた(おもな参考文献は、Oxford Textbook Clinical Nephrology、Nat Rev Nephrol 2016 12 414)。基礎医学的な内容ではあるが、臨床的な話を理解する助けにもなれば幸いである。

 たとえば、「結石患者にCaSR(Curr Opin Nephrol Hypertens 2012 21 355)やクローディン14(Nat Genet 2009 41 926)の遺伝子多型が多い」とか。

 あるいは、「CaSR遺伝子がないとTALでのCa2+再吸収が抑制されず、低カルシウム尿症になる(JCI 1983 72 667)」とか(これと、PTHによるCa2+再吸収に抑制がかからないことが、少なくともCaSR遺伝子異常によるFHHの本態とされる)。
  

 それにしても、ネフロンは面白い。次は、どんな「組曲」を書こうかな?




 [2019年4月追加]日本人の結石患者におこなったGWAS結果が、JASNにでた(doi.org/10.1681/ASN.2018090942)。BioBank Japanのビッグ・データを使って、「minor allele frequencyが0.01以上」、「Hardy Weinberg Equilibriumが10のマイナス6乗以上」、「call rate が0.99以上」など未知の方法論で検索すると、17個の有意な遺伝子多型がみられた(Pが5×10のマイナス8乗未満という)。

 乗っている染色体、遺伝子とその主な機能をあわせて表にすると:




 筆者にはCaSRが出てこないのが意外だったが、CKDのGWASでもお馴染みのUMODが出てくるのは納得(こちらも参照)だった。

 なお上記で「?」とあるように、Regulator of G protein signaling 14、Indolethylamine N-methyltransferase、Family with Sequence Similarity 128 member B(論文には188とあるがOMIMには128しかない・・誤植だろうか)、Diacylglycerol Kinaseといった遺伝子に乗っている多型の作用は、いまだ分かっていない。

 結石と言えば「カルシウム・リン・PTH」や「中性脂肪・尿酸・肥満」にかかわる異常が背景にあることは、なんとなく分かっている。今やそれが遺伝子多型でわかるんだから、まさにprecision medicineといえる。

 今後、こういう論文がどんどん増えて、疾患の機序解明や治療につながることが期待される。いっぽう、こうした多型の有無を調べるだけなら、市販のキットで安価かつ簡単にできるようになる。好むと好まざるに関わらず、外来患者に「私はrs6975977多型があるらしいのですが、どうしたらいいですか?」といわれても対応できなければならない。
 

2018/06/13

CaSR組曲 4-5

4. TAL(ループ上行脚)
 
 TALではCaSRは基底膜側にある。で、よく知られているようにNKCC2とROMKを止めてNa再吸収という「波」を鎮め、波に乗ってカルシウムが細胞の脇から間質側へ打ち上げられるのを防ぐ(図はオンライン・ファーストのJASNから、doi: 10.1681/ASN.2017111155)。





 CaSRは、どのようにNKCC2とROMKを止めるのか?細胞内での仕組みとしては、ホスホリパーゼA2がROMKを止めるらしいことがわかっている(Am J Physiol 1997 273 F421)。ROMKを止めたら、NKCC2も止まる。なぜか?

 TALにおける「波」とはNKCC2からのNa+とCl-の流入を意味する。ならば、NKCC2はカリウムまで通さなくてもよさそうなものだ。しかし実際には、カリウムは調節役を果たしている。

 NKCC2から入ったカリウムはROMKから排出されて内腔側にリサイクルされるが、ROMKの阻害でそれが止まってしまえば内腔のK+が少なくなって、NKCC2は動かなくなるのだ。内腔K+がTALでのNaCl再吸収量を規定することは実験でも示されている(JASN 2001 12 1788)。

 なお、TALでのNa+、Cl-再吸収が障害される遺伝疾患をBartter症候群と総称するが、このCaSR遺伝子異常によるものをBartter 5型という(他の遺伝子についてはこちらも参照)。この場合、CaSRが恒常的に働いてしまうほうの異常(gain of function)であり、常染色体顕性(優性)遺伝だ。

 さらに、最近は細胞間にあるタイト・ジャンクションを形成するClaudinにも直接影響すると考えられている。Claudとはラテン語でlame(足が不自由な)、転じて「遅い」「止まる」という意味がある(写真は交響曲『海』でも有名なClaude Dubussyが載った20フラン札)。



 
 そのClaudin 14、16、19分子は互いにダイマーをつくり、それぞれが異なったカルシウム透過性(とマグネシウム透過性)をもっている。CaSR刺激は、このうちクローディン14遺伝子の転写を抑制することがわかっている。なお薬剤のなかではシクロスポリンもクローディン14を抑制する(JASN 2015 26 663)。

5. DCT(遠位尿細管)

 腎臓内科界の2018年10大ニュース、とまでは言わないが、腎生理のなかでは割とインパクトがあると思われる論文がこないだ出た。それが、「CaSRはWNK4-SPAK経路を通じてNCCを活性化する」というものだ(doi: 10.1681/ASN.2017111155)。

 NCCがヒラメの膀胱から発見されて(PNAS 1993 90 2749)25年になるが、現在ではNCCを調節する分子がだいぶん上流まで見つかっている。そのひとつがKLHL3-WNK-SPAK-NCCという系だ(詳細はこちらも参照)。

 また、いわゆるaldosterone paradoxと呼ばれる現象(アルドステロンは高K血症時にはK+排泄をしてNaCl再吸収はしないのに、体液不足時にはNaCl再吸収はするのにK排泄はしない)にもアンジオテンシンIIとWNK4が関わっていることが分かっている。

 さて、そのNCCがあるDCTで、CaSRは内腔側にある。CaSRが(Gqタンパク→PKC→KLHL3リン酸化によって、WNKが分解されにくくなり、結果SPAKを介して)NCCを活性化させるというのは、どういう意味があるのだろうか?

 ひとつ考えられるのは、高Ca血症を間質側で感知したTALでのさまざまな変化をDCTの内腔でキャッチし、ファイン・チューニングすることだ。たとえばTALではNaCl再吸収が抑制されるので、DCTでNCCを活性化して体液喪失を緩和しているのかもしれない。同様に、DCTでCaSRはカルシウムチャネルTRPV5のすぐ隣にあって、CaSRはTRPV5によるカルシウム再吸収を亢進させる(Cell Calcium 2009 45 331)。

 とはいえ、DCTのCaSRがナトリウム再吸収をどうしているかについてはまだ未確定な部分がおおい。

 基底膜側のNCX1(Ca2+を一個だす代わりにNa+を三個細胞に入れる)を刺激するとか、KCNJ10(基底膜側のNa+/K+-ATPaseで細胞内に入ったK+を間質側にリサイクルする)を抑制する(Am J Physiol 2007 292 F1073)とか、むしろナトリウム再吸収の抑制を示唆する知見もある。今後の論文にも注目したい。

 最後に、集合管でのCaSRについて説明する(図は企業の社会への責任を表すCorporate Social Responsibility、CSR)。




2018/06/12

CaSR組曲 1-3

1. 糸球体

 存在自体に諸説あったものの、いまでは糸球体にCaSRがあることは確実視されており、足細胞とメサンギウム細胞でさまざまな病態に関わっていることが示唆されている。足細胞のCaSRをCaSRアナログで刺激すると糸球体ダメージが起こりにくくなる(Kidney Int 2011 80 483)。

 いっぽうメサンギウム細胞のCaSRを刺激すると、糸球体傷害がおこる。その機序にはGqタンパクによる細胞内カルシウム移動、TRPC3やTRPC6が開くことによる細胞外からのカルシウム流入が考えられている(JCI 2015 125 1913)。

 なおTRPCという名前は、最近の和雑誌にTRPC5が紹介された(日腎会誌 2018 60 526)こともあり、聞いたことがある人も多いかもしれない。TRPC5は細胞膜にあるRhoキナーゼRac1のシグナルを受けて足細胞破壊を起こす(ネフローゼとなる)。

 電解質が糸球体疾患にも関与しているなんて、面白い。まさに、「すべての道は、電解質に通ず」だ(写真はローマ皇帝シーザー、Caesar)。





2. 傍糸球体装置

 傍糸球体装置(JG)、T-Gフィードバックといわれても生理学の最初に学んだきり忘れているかもしれない(図はTGIF、Thank God it's Friday)。




 目的論的にはGFRや体液量を維持する仕組みだ。具体的には糸球体でろ過された原尿の量や濃度を尿細管のマクラデンサが感知して、JG細胞によるレニン分泌を調節している。

 カルシウムとレニン分泌については、「カルシウム・パラドクス」という現象が知られている(Am J Physiol Renal Physiol. 2010 298 F1)。これは、多くの分泌細胞でカルシウム濃度の上昇は分泌を促進するのに対して、JG細胞のレニン分泌はカルシウム濃度の上昇でむしろ抑制されることを指す。

 CaSR刺激によるGqタンパク活性化、カルシウム支配下にあるアデニル酸シクラーゼADCY5、ADCY6によるcAMPプールの抑制などはわかっているが、どうしてカルシウムがレニンを抑制するのかは分かっていない。高カルシウム(CaSR刺激)が一般に尿細管内の結晶化を防ぐことを考えると、RAA系を抑制して尿細管再吸収を減らしたいのかもしれない。 

3. 近位尿細管

 近位尿細管のCaSRは、内腔側にある(Oxfordの教科書はsubapicalと書いているが)。現在わかっている働きとしては、PTHによるリン利尿の抑制、ビタミンD活性化の抑制、NHE3による酸排泄とNa再吸収の促進がある。

 PTHはリンとナトリウムを再吸収するNPT2a、2cを抑制してリン排泄を促進しているが、CaSRはそれに拮抗する。といっても、両方が相殺するように働いては調節できないので、高リン摂取時などリンを排泄したいときにはPTHが勝ってCaSRは抑制される。

 ビタミンD活性化(近位尿細管での1α水酸化)を抑制するのは、活性化ビタミンDによってカルシウム再吸収が増えてほしくない高カルシウム血症時を考えれば納得されるだろう。また、CaSRとPTHをダブル・ノックアウトしたマウスの実験からは、CaSRは活性化ビタミンDの作用そのものまで減弱させることが示されている(Am J Physiol Renal Physiol 2009 297 F720)。

 なお、CaSRは内腔カルシウム濃度を感知しているが、濃度上昇の刺激によって活性化されるのはカルシウムチャネルではない。近位尿細管でカルシウムは受動的に細胞の脇をすり抜けるように打ち上げられるからだ(写真は波に打ち上げられた椰子の実)。




 そして、その波にあたるのがNHE3刺激によるナトリウム再吸収といえる。その結果、近位尿細管ではカルシウム再吸収が促進されることになるが、最終的なカルシウムの出納は以遠ネフロンで調節される。

 なお、NHE3はナトリウム再吸収と引き換えにH+(じっさいはNH4+とも)を放出するが、それは結果的に近位尿細管での大量のHCO3-再吸収(reclamation)の元になる。この辺のくだりは以前にもまとめたが、体液と酸塩基平衡の維持にCaSRが関わっているとは(実はPTHも関わっている;CaSRと拮抗的に)!話は一層面白くなる。

 後編へつづく(図は2006年のピクサー映画、Cars)。





2018/06/07

CaSR組曲 前奏曲

 ことし生誕333周年を迎える大作曲家、バッハ(1685-1750)。数々の名曲のなかでも、国名を冠した組曲はイギリス組曲とフランス組曲だけである。なお国名を冠した曲には他にフランス風序曲、イタリア協奏曲などがある。

 組曲というのは今ではいろんな意味で使われる言葉だけれど、当時の慣習ではアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグなど特定の舞曲が組み合わさったものを指していたという。そして、たいていはこの順で演奏された(写真はバッハを愛したグレン・グールド)。



 
 おなじように、腎臓において何かががどのような働きをしてどのような病態に関わっているかを糸球体、傍糸球体装置、近位尿細管、TAL、DCT、集合管というように順番に沿って説明することを「組曲」と呼んではどうだろうか。

 この概念自体は以前から知られているし、たとえば「アンモニア組曲」とか(このブログではこちらで説明した、図はこちら)はわりと有名かと思う。

 まあ「絵巻」でも「縁起」でもいいのだけれど、とにかくそんな風に、CaSRについて説明してみようと思う。

 以前「TALのCaSRが」などと軽く触れてからそのままになってもいたので。レジデントノート増刊を渡して何か質問があるかと聞いたら「TALでCaSRによるROMK阻害って、どうやって起こるんですか?」と質問してくれた(腎臓志望でもないのに!)学生さんにも、書くきっかけをくれたことを感謝したい。

 それでは、アイン・ツヴァイ・トライ(写真は1968年発表のBeatlesによる"Back in the USSR")。




2017/05/31

シナカルセトとエテルカルセチド

 「勝るとも劣らない」と言う言葉は、劣らないとは言っているが勝るかどうかについてはお茶を濁している。「BはAに勝る」と言ってしまうとAに角が立つ。「BはAにも勝るとも劣らない」と言えば、Bを褒めつつAにも気を遣うことができる。そう考えると「ペンは剣より強し」いう慶応大学のモットーが宣言のように力強く感じられるかもしれない。

 さて、薬Aと薬Bで有効性を比べる試験で最近よく聞くのが非劣性(non-inferiority)という言葉だ。従来の薬Aに対して、あたらしい薬Bが非劣勢なら、わざわざ薬Bに替えなくていい気がする。でもそういうときは、効きは劣らないのにBのほうがAより副作用が少ないとか安いとか便利とか、ほかの要素を売りにしている。

 CaSRを刺激しPTHを減らすお薬をcalcimimeticsというが、シナカルセトが先にでて、それに対するエテルカルセチドの非劣勢を示そうとした論文が1月にJAMAにでた(JAMA 2017 317 156)。いままで耳に入ってこなかったのは不思議だ…もっと勉強しなければ。シナカルセトもエテルカルセチドも開発したのはAmgenだが、販売する会社は違うから、おたがいこれに触れない「紳士協定」でもあるのか(写真は1947年公開映画、Gentleman's Agreement)。




 スタディでは欧米、ニュージーランドなどで二次性副甲状腺亢進症(PTH 500pg/ml以上)の透析患者さん600人あまりに対してシナカルセト、経口プラセボ、エテルカルセチド、静注プラセボを26週間投与してPTHの下がりをみた。用量はシナカルセトで30-180mg/d、エテルカルセチドで2.5-15mg/週3回の範囲で5、9、13、17週目にどちらも調節できた。

 結果、30%以上さがった割合はエテルカルセチド群で高かった(68%、シナカルセトは57%)。よく効くぶん、Ca値も低めになる(Alb補正Caが8.3mg/dl以下になる割合は68%、シナカルセトは59%)。シナカルセトで有名な消化器症状は、エテルカルセチドでも同様にみられた(悪心はシナカルセトで22%、エテルカルセチドで18%;嘔吐はいずれも13%)。

 PTHが目標まで降下した割合は、非劣勢なだけでなく、優勢かどうか(superiority)でも有意差がでた。じゃあ優勢なんだから、二次性副甲状腺機能亢進症のcalcimimetics第一選択はシナカルセトからエテルカルセチドに代替わりだろうか?AにもBにも気を遣わなくてよい立場からいくつか考察してみたい。

 エテルカルセチドは、PTHの先にある心血管系イベントや骨粗しょう症予防に実質的に効くかもしれない。エテルカルセチド群はシナカルセト群よりもFGF23の前値がたかかった(4033pg/ml、シナカルセトは2984pg/ml)が、介入後はシナカルセト群より低くなった。骨粗しょう症マーカーも、介入後シナカルセト群より低くなった。マーカーとハード・エンドポイントは違うので再検は必要だが、示唆はされる。

 また透析患者さんはお薬の数がおおいから、注射になって飲む数がへるのは朗報かもしれない。同様のことは、腎性貧血で開発中のHIF阻害薬についてもいえるかもしれない、ESAとちがい経口だから逆に敬遠される可能性がある。

 いっぽう、サブ解析を見るとエテルカルセチドが優勢なのは65歳以下、透析年数5年以上の群だった(65歳以上、透析年数5年以内では有意差がなかった)。透析年数が浅いと残腎機能があってエテルカルセチドが尿中にうしなわれるのかもしれない。また注射製剤は透析室スタッフの手間になる。プリフィルドシリンジでないので、針刺しや用量間違いの元かもしれない。価格も含め、こういった「使い勝手」は透析現場にきいてみないとわからない。

 しかし結局、透析患者さんのPTHをどこまで下げるとどう良いのかには、議論の余地があるかもしれない。シナカルセトとプラセボで透析患者さんにおける心血管系イベントと死亡率を比較したEVOLVE試験(NEJM 2012 367 2482)では介入で有意差がなかった。データが少ないのでPTHゴールは各国ガイドラインで異なる。せっかくエテルカルセチドがよく効くなら、死亡率や心血管系イベント、骨折予防のデータも出るといいなと思う。


2012/11/15

Evidence-based management of hypercalcemia

 電解質第三弾、高Ca血症。高Ca血症は、悪性疾患などで患者さんの状態が元々良くないうえ、腎不全などをきたし、じつは予後不良だ。San Diego VAのretrospective studyでは約30%が悪性腫瘍によるものだった(Endocrine Practice 2006 12 535、この患者層はほとんどスモーカーだが)。台湾のERが行ったretrospective studyでは、高Ca血症患者の死亡率が23%だった(Am J Med Sci 2006 331 119)。意外な数字だが、副腎不全や結核患者も多かったようだ。

 悪性腫瘍による高Ca血症の原因は80%がHHM(PTHrPによる、とくに扁平上皮細胞由来の悪性腫瘍)、20%がosteolytic、1%以下が1,25-OH vitamin D上昇による(NEJM 2005 352 373)。PTHrPはtype1 PTH receptorに結合しPTHと同じく骨の脱石灰化を亢進し尿中のCa排泄を阻害する(JCI 1988 81 932)が、1,25-OH vitamin Dを抑制するのがPTHと反対だ(J Bone Miner Res 2005 20 1792)。

 治療はどうか?先月のCJASNにまとまったレビュー(CJASN 2012 7 1722)が出た。まずはカルシウムに毒されたTALと集合管を助ける。どちらもCaSRがあって、高Ca血症で前者ではNaClの再吸収が落ち、後者ではADHが不応になるから、補液でこれを解消する。生理食塩水が用いられるが、volume overloadと低Na血症に気を付ける必要がある。

 ループ利尿剤はどうか?生理食塩水との併用は(とくに腫瘍内科領域で)慣習だが、エビデンスは乏しい(Ann Int Med 2008 149 259)。というか、あるのはfurosemide単独使用の小規模スタディだけで、これは1120mg/dという高用量でも1/3の患者しかCaが正常化せず、多くは低Mg血症を発症した。生理食塩水との併用は、だから、奨めるデータも奨めないデータもない。少なくともvolume overload例には正当化できるだろう。 

 Bisphosphonateはどうか?効く、量に比例して効く(Am J Med 1993 95 297)、とくに強いpamidronate、zolendronate、ibandronateは(ibandronateはFDAが適応を認可していないが)。しかし腎毒性と腎機能低下時のdose adjustmentに留意が必要で、ASCOがガイドラインを出した(CJASN 2012 7 1722、表1)。腎毒性はcollapsing FSGS(とくにpamidronateに多い)、ATN(zolendronateに多い、不可逆的で透析導入になることも)、どちらも繰り返し投与した場合に起こりやすい。

 Calcitoninは?サケ(salmon)から作られるというのがユニークだが、まあ効かない、でも害もない。重症の高Ca血症でbisphosphonateと併用したら良かったというデータはある(BMJ 1986 292 1549)。[2015年5月追加]日本では即効性があるとして使われるようだが、推奨量が4単位/kgなのにたいして、日本の保険適応上限は80単位で足りないそうだ。なおBMJのスタディでは10単位を8時間ごと皮下注している。

 とまあここまでは知っている話で、ここからが新しかった。Gallium Nitrate(ガリウムは周期表の第13族、アルミニウムと同じ)は破骨細胞を止めるらしく、五日間連続静注でbisphosphonateより効くかもしれないというデータがある(Cancer J 2006 12 47)。ステロイドはリンパ腫による高Ca血症に用いられ、1α-hydroxylaseを阻害して1,25-OH vitamin Dを下げるという(NEJM 1992 326 1196)。

 抗PTHrP抗体(Clin Cancer Res 2005 11 4198、日本の研究)、抗RANKL抗体denosumab(Lancet 2011 377 4198)も開発された。RANKL(receptor activator of nuclear factor κB ligand)とはosteoblastがosteoclastに話しかけるシグナルの一つで、これを受けた破骨細胞は成熟し増殖し活性化する(逆のシグナルは以前ここでも紹介したosteoprotegerin)。Bisphoshonate不応の高Ca血症にdenosumabを試した報告(一例、Ann Int Med 2012 156 906)もでた。

2012/02/04

Teleological

 英単語を、一度覚えても使わないうちに忘れてしまい、思い出せずにいたら誰かが使って再び思いだすことがある。その一つがteleological(目的論的な)だ。τέλος(telos:終わり、目的)から派生した言葉だ。

 たとえば腎臓にはCaSR(カルシウム感知受容体)があって、高カルシウム血症でそれらが活性化するとthick-ascending limbでNKCC2(Na-K-2Cl cotransporter)が動かなくなったりcollecting ductでaquaporinが引っ込んだりして尿の希釈が起こる。これを「尿管結石ができないように腎臓が高カルシウム血症に適応している」とするのがteleologicalな考え方だ。

 あるいは尿中にはurokinaseという線溶系を活性化する酵素があるが、これも「urokinaseは尿細管内が血栓で詰ってしまわないようにしている」と考えることもできる。このようにteleologicalな考えは理にかなっているので私は好きだが、証明ができないのでただのお話になってしまうのが難点だ。