Wake Forest大学から先生がやってきて講演した。この先生は私の尊敬する今は亡き恩師とUT Southwesternでフェローした腎臓生理学のもう一人の巨人で、ふたりは若い頃一緒に論文も出している(JCI 1979 64 1277)。体液過剰時の集合管によるCl-排泄にprostaglandinが関与しているという刺激的な内容だ。神が授けた互いに拮抗するRAAS系とprostaglandin/kallikrein系のうち、まだ謎の多い後者の作用の一つとして興味深い。
前置きはさておき、講演は遠位RTAについてだった。不揮発酸摂取は1mEq/kg/dayといわれているが、これは米国食文化がsupersizingを迎える前の研究結果なので、高カロリー高タンパクの今はこれよりずっと多いかもしれない。この先生はtype 1 RTAをclassical(最初に見つかったから)、type 4 RTAをgeneralized distal RTAと呼んでいたが、私も「どちらも遠位では?」と思っていたので納得した。
Classical distal RTAはtype A intercalated cellの異常によって酸排泄が出来ない。先天的には内腔側にあるH+-ATPaseのサブユニット(B1、A4;前者は難聴を合併する)、基底側にあるAE1(Cl-/HCO3- exchanger)、細胞質にあるCAIIの異常などが知られている。後天的な原因で有名なSjogren症候群ではH+-ATPaseが細胞質に閉じ込められて酸排泄が出来ない([2015年5月追加]CAIIに対する自己抗体も見つかっている、Am J Med 2005 118 181)。Amphotericin Bは、細胞膜に孔をあけてH+のback leakを起こすらしい。
Classical distal RTAは酸が骨や筋肉(バッファー)を弱くし、先天性なら伸長障害、後天性でも骨粗しょう症などを起こし全身に影響が及ぶ。さらに骨から流れてきたCa2+が腎で結晶しnephrocalcinosisやnephrolithiasisを合併する。しかし、アルカリさえ飲み続ければ治療できる!Classical distal RTAの子供でHCO3-レベルを正常に保ったら、背が伸びた(JCI 1978 61 509)。先生は「Classical distal RTAは治すのに最もお金が掛からない病気だ」といっていた。
[2019年5月24日追記]上述の恩師とは故・John B. Stokes先生、Wake Forestから来たのはThomas D. DuBose Jr.先生。そして昨日、KSN 2019のレセプションで声を掛けたのも、たまたま遠位RTAの第一人者、NorthwesternのDaniel Batlle(「バティエ」のように発音する)先生だった。
彼にDuBose先生の「もっとも安い病気」発言を紹介したところ、"Well・・・"と留保して、「治療があることと、治療を続けることは違う」という答えが返ってきた。アルカリは苦くてかさばり、子供はもちろん大人でも、続けるのは並大抵の容易さではないと。
そして今日、彼の講演のなかで、こんな写真が提示された(NEJM 2008 359 e1)。
上記症例は当時37歳の男性で、9歳に遠位RTAと診断されたが15歳で中断していたという。この時はCr 3mg/dlで、論文には「アルカリ治療で腎機能は安定している」とあるが、実際は10年あまりで透析になったそうだ(遠位RTAで腎機能低下が進行するのは稀)。
Batlle先生が留保した時も、この症例が頭に浮かんだのかもしれない。やはり疾患は、診ていないとイメージがつかみにくい。直接診られれば一番だが、稀な疾患は、たくさん診ている人から話を聴くことも大切だ。
筆者は正直、Batlle先生が第一人者だとは少しも知らずに声を掛けた。そうさせる親しみ深い雰囲気をお持ちだったのもあるが、KSNが交流を重視しており、人と人との距離が近かった。
あるいは、これもまた縁なのだろうか?