2018/11/30

ACE inhibitorが癌の増加に寄与??

 高血圧患者の割合は多く、高血圧に対して降圧薬の内服をしている人も非常に多い。

 また、高血圧の基準に関しては近年変遷が大きい。これに関しては以前に書いている。

 日本でも2019年度に高血圧治療ガイドラインも刊行が予定されている。

 高血圧の基準値に関しては、現在、ACC(米国心臓協会)の高血圧ガイドラインでは、130/80mmHgに引き下げられている。

 本邦では現時点では、高血圧基準を140/90mmHgとし合併症がない75歳未満の降圧目標を130/80mmHg未満に引き下げる方向となっている。これは、最新の本邦のガイドラインが刊行されてみないとわからない。

 その降圧目標を達成するために、降圧薬もいろいろな種類が使用されている。

 下図はNDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)のデータである。




 割合としては、ARBが多いが、タナトリルやレニベースなどのACE阻害薬(ACE-I)も処方としては多い。

 今回は、このACE-Iが癌の増加に寄与しているのでは?という報告があったのでみてみよう。

 この報告の前までは、メタアナリシスではARBの使用やACE-Iの使用で全般的な癌関連死の増加との関連はないことが示されていた(LANCET oncol 2011)。

 今回の報告は、英国の100万人近いデータのコホート研究でACE-IかARB使用で、癌、特に肺癌との関連はどうなのか?というのを見ている(BMJ 2018)。

 細かい部分は論文を読んでいただきたいが、結論としてはACE-Iでは肺癌の発生率が増加し、また内服期間が延長すればするほど肺癌の発生率が上昇するといったものであった。

 これだけ聞いてしまうと、ACE-Iは肺癌の可能性が上がるから使用しない方がいいのか?と思ってしまう。

 この論文に関しては、早速Rapid responseが寄せられており、ACE-Iの肺癌リスクは少ないと言っている。もちろん肺癌の最大リスクは喫煙である。

 この報告で注意すべきこととしては、交絡や発見バイアスなどが含まれていることである。この場合の発見バイアスは

ACE-Iの使用 → 副作用の咳嗽 → 咳嗽の検査のために肺のレントゲン検査 →肺癌の発見率上昇

 が考えられる。

 この結果は、もちろん交絡因子の除外やバイアスの除外の点などからも前向き研究での検討が待たれる。

 ACE-IはARBに比してコストパフォーマンスはいい。コストの面、リスクの面色々な面を見て患者に適応していければいいと思う。

 
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2018/11/29

「じん」をめぐる冒険

 このところ、投稿の最後にTwitterのことが書いてあるので、もうサイト(https://twitter.com/Kiseki_jinzo)に行ってくださった方もいらっしゃるかも知れない。そして、下図のプロフィール写真にも目を留めてくださったかもしれない。




 これはもちろん、「今年の漢字」のパロディだ。いつかはこんな日が・・と、私はずっと「キセキ」に期待している。腎臓病の治癒ができたら、あるいは、新しい人工腎臓ができたら、叶うかな。しかし今年の応募期間は12月5日までだから、まだ「腎」にもチャンスはある。12月12日の京都・清水寺での発表が待ち遠しい。

 そんなわけで、きょうはこの「腎」という言葉について考えてみたい。まずは、空港でのこんな会話スキットに注目してみよう。




入国審査官「あなたは何をしていますか?」

私「医師です」

入国審査官「専門は?」

私「Nephrologistです」

入国審査官「え、何?」

 
 腎臓内科・腎臓病・腎不全は日本語ではすべて「腎」だが、英語だとそれぞれネフロ(nephro)・キドニー(kidney)・リーナル(renal) と異なる。そしてネフロはギリシャ語、リーナルはラテン語だから、一般には通じにくい(リーナルは、フランス・スペインなどのラテン語圏なら通じるかもしれないが)。

 それで、さきほどのスキットでは「キドニー・ドクターです」と言ったほうが通じやすい。中期英語でよりアングロサクソンな「キドニー」は、豆の名前にもなるくらい誰でも知っているからだ。CRF(chronic renal failure)をCKD(chronic kidney disease)にした米国腎臓財団タスクフォースK/DOQIの2002年宣言にも、名称変更の理由にその旨が明記されている。




 つぎに、「腎」という漢字についてはどうか。左上の臣は「目を見開いた」、転じて「従う・家来」の意味があり、右上の又は「手」の意味がある。そしてこの二つが合わさると、「かたい・しっかりした」という意味になるそうだ。神のしもべの瞳を傷つけ身体を硬くする、家臣がひざまずいて身体を固くするなど諸説ある。

 だから「腎」は、「かたい・しっかりした臓器」ということだ。たしかに、かたい。そして、しっかりしている。余談だが「腎」の「にくづき」を「貝」にした「賢」も同様に、「しっかりした通貨・宝を持っている」から「かしこい」の意味になったという。

 ここまできたから、韓国語と和語についても触れておく。韓国語では、「腎臓」のハングル読み신장(シンジャン)も用いるが、より一般に使うのは콩팥(コンパッ)で、콩は「まめ」、팥は「あずき」だ(あずきカキ氷として日本でもお馴染みなパッピンスの「パッ」)。




 そして和語は、「むらと」だ。平安中期に編纂された辞書「倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」に記載があるらしい。おそらく、身体の各部について説明した形體部だろう。解釈によれば「むら」は「まわる」、「と」は「ところ」に通じ、あわせて「循環するところ」という意味だそうだ。

 循環する臓器はたくさんあるが、腎臓を「むらと」と名づけた先祖はすごい。

 話はめぐってめぐりますが、最初のとおり、Twitterともども今後ともよろしくお願い申し上げます。

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2018/11/28

心臓が悪い人は腎臓も悪いのか??〜後編〜

 前回の投稿の続きで

◆この人にとってベストな治療はどうだろうか?について考えてみる。

 つまり、HFrEFとCKDを有する人に対しての治療である。

 ・治療目標:

 これは、症状の改善、機能の改善(心臓や腎臓の)、入院回数の減少などの生活の質(QOL)の向上、死亡率の改善であろう。

 ・治療としては、どんな方法があるのか?

 まず、HFrEFの治療として・・・ESC ( European Society of Cardiology)のガイドラインでは、ACE inhibitor、β blockerは耐えうるEBMで確立された最大投与量がFirst Lineの治療となる(下図に日本語のものを添付)。

 その後、症状残存しEFが35%以下ならばミネラルコルチコイド阻害薬を投与する。これも耐えうるEBMで確立された最大投与量が推奨されている。

 これでも、改善がない場合には本邦での発売は2018年12月現在未ではあるが、イバブラジンやARNI (Angiotensin Receptor Neprilysin inhibitor)を考慮する。

 それでも、難しい場合はジゴキシンやH-ISDN (Hydralazine and isosorbide dinitrate)やLVAD (左室補助装置)や心臓移植を考慮する必要がある。




では、CKDが加わった場合にはどうか??

 やはり薬がCKDに対してどれだけ影響を与えうるかは考える必要がある。

 ・ACE inhibitor、ARB

 これは我々が最も使用する薬の一つであると同時に悩ましい薬ではないだろうか?少なくとも私にとっては悩ましい薬である。

 では、CKDを有する心不全患者に対しての使用はどうであろうか?

 まず少し先行研究を振り返る。

 – 1987年にNEJMからCONSENSUS Trialが提唱された。

 これは、重症心不全に対して従来治療にenalapril(ACE阻害薬)を加えると全死亡はどうなるかを見た研究であるが、この結果でACE阻害薬の有用性が認められた(NYHA分類や心臓サイズの減少)。

 この際の腎機能としては平均で血清Cre 1.5mg/dL程度であったが、1.7~3.4mg/dLはハイリスク群として投与量を2.5mg/dayより開始し漸増する方法を用いた(通常は10mg/dayより漸増)。

 – 2001年にNEJMからVal-HeFT trialが提唱された。

 これは、慢性心不全治療に従来治療にvalsartan(ARB)を追加した場合の死亡率、合併症発生率などを見たものである。

 この研究は、ARBを従来治療(ACE-I, β遮断薬, 利尿薬, ジゴキシン)に加えた際に、死亡率や合併症発生は減少したが、ARB+ACE-I+β遮断薬の併用じは死亡率および合併症に有害な結果が出ていることがpost hoc analysisから分かっている。

 この研究では、血清Cre >2.5mg/dLは除外されている。

 CKD stage4以降の患者対象での研究がほとんどないため、結論づけは難しいがCKD stage3までのHFrEFの患者ではACE-Iの使用は効果を考えると使用はやむを得ないと考える。

・β遮断薬

 では、β遮断薬についてはどうであろうか?

 これも少し先行研究を振り返る。

 –1999年にLANCETからでたMERIT-HF trialをまずは話す。

 HFrEFに対してmetoprolol投与で全死亡や全入院の推移を見たものである。

 結論としては、死亡率、突然死、入院の低下、NYHA心機能分類の改善に寄与した。
この研究では、腎疾患での除外を行っていなかったためpost hoc analysisで、eGFR<45mL/min/1.73m2の患者群で見た時に、eGFR>60の患者群よりも死亡率の低下に寄与したと報告されている。

 なので、進行したCKDでもβ遮断薬の使用は有用である。

 これと同様の結果は、高齢者を見たSENIORS trialCIBIS-Ⅱなどでも示されている。

 ただ、すべてのβ遮断薬がいいというわけではなく、アテノロール、ナドロール、ソタロールなどの腎排泄性のものに関しては、高度腎不全の際には使用を控えることが推奨される。

 腎臓と心臓に関して少し見ていけたかと思う。

 また、もしミネラルコルチコイドについてなどやARNに関して、またACE-Iを途中でや得た場合どうなるのか?などの希望があれば書きたいなとおもう。

 もし、希望があれば是非Twitterのフォローとツイートをお願いします。

 https://twitter.com/Kiseki_jinzo







2018/11/26

どうするDKD

 61才女性、糖尿病の既往あり(HgbA1cは7.2%)。かかりつけ医の血液検査で47ml/min/1.73m2のeGFR低下を指摘され、みずから予約して腎臓内科を受診。ARB内服中、アルブミン尿は30mg/日未満。




Q:(潜血・網膜症の有無にかかわらず)腎生検しますか?

 
 上の例は、日本糖尿病学会・日本腎臓学会が2014年に発表した腎症ステージ(下図)のピンク、1期に該当する。両学会はこれを「腎症早期」とも呼んでいるが、これが本当に早期なのかは、議論のあるところだ。




 第一に、2期・3期と進行していく(上図で右に向かう)のか分からない。DKDと言う言葉が出てきた時にも紹介したが、1型糖尿病とちがって2型は従来の腎症モデルがあてはまらないかもしれない。蛋白尿が増えずに4・5期に至る(上図で下に向かう)例もあるかもしれない。

 あるいは、ずっと1期のままかもしれない。大規模CKDコホートCRICでこの群(正確にはeGFRが20以上なので、上図で1期の真下まで含む)を6年余り追跡したところ、eGFRの低下は年にマイナス0.17ml/min/1.73m2で、末期腎不全に至ったのは5%だった(AJKD 2018 72 653、下図はGFR50%以上低下・末期腎不全をあわせた累積ハザード)。




 第二には、「糖尿病患者の蛋白尿のないeGFR低下」は、糖尿病性腎症でないかもしれない。腎硬化症、軽度のIgA腎症なども混じっているかもしれない。

 それで、冒頭の「腎生検しますか?」という問いが出てくる。やってもやらなくても予後が変わらないのなら、生検リスクを重く考えて見送る施設が多いかも知れない。しかし、病態解明には生検したほうがいいのかもしれない。尿細管病変中心とか(蛋白尿と尿細管といえば治験薬バルドキソロンも思い出されるが、こちら)、いろいろ情報が得られるかもしれない。

 ただでさえ糖尿病性腎症は「やっても治療が変わらない」と腎生検が避けられる傾向にあり、腎病理分類が確立したのもごく最近のことだ(JASN 2010 21 556、糸球体病変の診断フローは下図)。それからも、「8例生検しました」という報告で論文にできるほど(Diabetes Care 2013 36 3620)。




 そんなわけで、まだ「糖尿病患者の蛋白尿のないeGFR低下」を表す言葉は、正式に決まっていない。ただ、それを包含する考え方としてDKDが生まれたからには、NP-DKD(non-proteinuric diabetic kidney disease)、NA-DKD(normoalbuminuric diabetic kidney disease)など、DKDに関連した派生語になるかもしれない。

 この群を病態解明のために積極的に生検すべきか?腎予後の極めてよい群であり不要なリスクは避けるべきか?

 これが「がん」なら、早期癌でも前がん病変でも癌のように見える正常組織でも、比較的迷わず生検されるかもしれない。心血管死や腎不全はがんとは少し違うが、議論のポイントとしては似ている。患者さんもまじえて議論すべき、難しい問題だ。



2018/11/23

シカゴおみやげ

 例年春と秋は学会シーズンだが、シカゴはこの時期に多数の学会誘致に成功している(もう寒いにもかかわらず・・私の留学していた夏はこんな感じだが)。本土の真ん中にあってみんなが参加しやすいのかもしれない。




 そのひとつがAHA(米国心臓協会)で、私は参加していないがこんなニュースがメールボックスに入ってきた。 

Cardiac Remodeling Following Ligation of Arteriovenous Fistula in Stable Renal Transplant Recipients: a Randomised Controlled Study. Abstract 19322

 発表は著者がインタビューを受けるくらい(リンク内にYouTube動画あり)だから、かなり注目されたのだろう。

 これは、腎移植後1年が経過し、安定したグラフト機能があって、もう透析することはないと見込まれるのなら、「保険」としてシャントを残すメリットよりも、心負荷のデメリットのほうが大きいんじゃないですか?という問いに答えるスタディだ。
 
 約30例ずつのランダム化で結紮群と非結紮群をくらべたところ、6ヵ月後に結紮群で心MRI上左室筋肉量がマイナス11g/m2と有意に減少した。左室筋肉量は心血管死の代理マーカーとして確立しており、これは相当インパクトのある数字だ。ほかにも、左房容積がさがる(心房細動になりにくい)、ANP・BNPなどの心筋ホルモン値の低下などがみられた。

 そうはいっても、移植患者さんのシャントを閉じるというのは相当覚悟のいることで、(シャント感染など他の理由がない限り)まずやらない。この発表が大きく取り上げられたのも、そのためである。

 移植業界は施設間で診療の差が大きいが、このオーストラリア発のパイロットスタディから、グラフト生着率のよい時代にあわせ移植医療がかわっていくかもしれない(下図は英エコノミスト誌2018年10月27日付のオーストラリア特集号)。






2018/11/22

心臓が悪い人は腎臓も悪いのか?? 〜前編〜

 腎臓の増悪を腎臓内科としては防ぐことが重要である。

 腎臓が悪くなる原因に色々とあるが、心臓が悪いというのは一つ大きな原因として見かける。

 今回は、慢性腎不全(CKD: Chronic Kidney Disease)と心機能が低下している人について考えてみる。

 ある症例を見てみよう。

 もともと慢性腎臓病で腎臓内科外来に通院していた80歳男性。この男性は、高血圧と心筋梗塞の既往があり循環器内科にも通院している。心臓に関しては収縮機能の低下した心不全(HFrEF: Heart Failure with reduced Ejection Fraction)として管理されている。内服薬はアスピリン、βブロッカー、ループ利尿薬、スタチン、ARBを内服している。バイタルは、血圧:118/70mmHg、心拍数:62回/分、呼吸数:16回/分。身体所見上は軽度のpitting edemaを下肢にに認めるが、JVPの上昇などは認めていない。生活の中では、悪い時にはNYHA class Ⅱの症状を夜間に感じるが朝には改善するとのこと。

 もともと外来では血清Cr:1.3-1.6mg/dL程度であったが、ここ2年間では2.1-2.3mg/dLと増悪を認めている。特に尿蛋白定量や尿所見での新たな異常の出現はない。。

 心機能に関しては心エコー所見でEF 38%であった。

 ここで疑問がわく。

 ◆これは、心腎症候群 (CRS: Cardio Renal Syndrome)なのだろうけど、HFrEFの患者でCKDを持っている人はどのくらいなのだろうか??

 ◆この人にとってベストな治療はなんだろうか??

 CRSの機序に関しては、下記の図が非常にまとまっている。


AJKDより引用


 このような場面は、よく遭遇する機会が多い。今回はこの部分を少し考えれたらと思う。

 ・まず、HFとCKDが共に起こる割合はどうか?

 –これに関しては、年齢上昇とともに並存する割合は増加する。また、高血圧、糖尿病、心血管疾患、腎疾患などのリスクファクターに強く影響を受ける。

 ☆エビデンスとして・・

 ADHERE(The Acute Decompensated Heart Failure National Registry)の報告から、12万人のうっ血性心不全で入院した患者の半数以上がCKDの並存があったとしている。

 HFrEF、HFpEF( Heart Failure with preserved Ejection Fraction)の患者が混合しているが、25の研究のメタアナリシスで55%の患者が、CKDを有していることが示された。

 →なので、まず最初の疑問のどのくらいかに関しては50-60%の割合で持っていることがわかる。

 ・では、このように高率で併存する場合に何か悪いことがあるのだろうか?

 –これに関しては、腎機能の低下と死亡率の上昇は先行研究によって示されている。下図が非常にわかりやすいが、CKDのステージが進行すると共にこの場合は生存割合は減少することがわかる。





別のデータ(USRDS)からもCKD患者の40%以上が慢性心不全を併発するのに対し、CKDがない患者では20%未満になることもわかっている。(下図)




 なので、我々は腎不全の進行を抑えることは心不全の併発の割合を抑えているんだなーと感じながら管理をする必要がある。

 ただ、腎機能だけを見ているわけにはいかず、ARIC(The Atherosclerosis Risk in Communicate) studyから、尿中のAlbumin/Cr比が心不全発生に関与していることも示されているため、尿中のデータも見て行く必要がある。




 では、次の疑問のどのように管理すれば適切なのかであるが、今日は長くなってしまったので次回にしようと思う。

 何かコメントあれば、Twitterにぜひ!

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 とても、commonではあるが非常に重要なテーマなのかなと思う。



2018/11/20

さまざまな血管雑音

 腎臓内科医は、じつは腎臓をあまり診察しない。腎臓の診察といえばCVA叩打痛が有名だが、これらが陽性になるのは結石や腎盂腎炎のときだ。また腎臓を両手でお腹と背中から挟むように診察する方法(下図は日内会誌2000 89 2465)もあるが、ADPKDを疑う時などを除き実際はあまりしない。



 ではどこを診ているのかと言うと、体液量の評価・血管の評価・膠原病関連の評価になる。体液量は浮腫や頚静脈怒張・hepatojugular refluxなどをみる。膠原病関連は関節・皮疹・紫斑・末梢神経障害・爪周囲の毛細血管など(本家のリウマチ内科に比べればざっくりだろうが)。

 血管の評価では、coarctationの有無をざっくり血圧左右差でみたり、足背動脈をふれてPADを疑ったりする。さらに腹部にも聴診器をあてるが、これは腸音よりは血管雑音を聴こうとしている。少し深めにベルを押し当てる人もいるかもしれない。

 そこで拍動性でシューシューした音がきこえたら、どうするか?




 腎動脈からの音(腎血管性高血圧が示唆される)、大動脈からの音(瘤がみつかるかもしれない)などが疑われるので超音波(検査についてはこちら、腎動脈瘤についてはこちらも参照)やその他の画像検査、また見つかれば治療(実際は内服が最初になることが多い、こちらも参照)などが考慮される。

 しかし、シューシューするものがすべて腎臓・大動脈からとは限らない(写真は、シェイクスピア『ヴェニスの商人』で有名になった引用句「輝くものがすべて金とは限らない」)。



 
 そのひとつが、内側弓状靭帯症候群(Median Arcuate Ligament Syndrome、MALS)だ。別名を腹腔動脈起始部圧迫症候群(Celiac Artery Compression Syndrome、CACS)とも言い、同靭帯によって腹腔動脈が圧迫される(図右、引用元はWikipedia英語版)。




 この疾患は、原因不明の腹痛が聴診ひとつで診断に至る点で教訓的だ。それもあって、日本(QJM:An Internal Journal of Medicine 2018 111 407)をふくむ各国から多数の報告がある(J Investig Med High Impact Case Rep 2017 5 2324709617728750)。しかし腹腔動脈が圧されている人は全体の10-20%いるとされ(Radiographics 2005 25 1177)、症状がなければ減圧手術などの介入を必要とせず経過観察となる。

 ほかにも腹部血管雑音の原因はあるようだ(肝海綿状血管腫の報告はTrop Gastroenterol 1985 6 10)。せっかく聴きに行くのだし、腎臓内科医としてはこれらの鑑別を知っておきたい。さらに部位と音の違いだけで診断できれば、なおカッコいい。




2018/11/19

チーム・チミーノの栄光

 以前、カテーテル関係で英国のショルドン医師とフランス領アルジェリアのオーバニアック医師を紹介した。こんどは、内シャントを語る上でかならず紹介される米国のJames E. Cimino(チミーノ、1928-2010)医師の話をしよう。


画像はこちらから

 彼自身に取材して書かれたRenal and Urology News(2006年10月1日付)も参考にされたい。当初は呼吸生理の研究を志していたチミーノ氏だが、32歳で1960年にブロンクスの退役軍人病院の透析センターを立ち上げを依頼されオファーを受ける。

 彼によれば、当時は(今もだが)バスキュラーアクセスは「血液透析のアキレス腱」だった。透析のたび刺していると、刺せる血管がなくなってしまう。それで1959年に開発されたのがScribner-Quintonシャント(写真)だが、外シャントであり閉塞・感染・皮膚壊死などが多発した。


CJASN 2010 5 2146

 そこで何とかできないかと考えた彼が思い出したのが、学生時代にベルビュー病院でphlebotomist(採血・ルートなどで静脈穿刺する仕事)をしていたときの記憶だった。これは割と有名な話のようだ。

 当時、病院にいた多くの朝鮮戦争の退役軍人のなかには損傷によって動静脈瘻(fistula)を持つ患者がいた。そして彼は、そういった血管は穿刺が容易なことを経験として知っていた。

 ならば、身体の中で血管どうしを人工的につなげてはどうか?というわけだ(それで、この方式を英語ではシャントといわずfistulaという)。最初は心不全などを怖れて(こちらも参照)静脈-静脈シャントを作成したが、流れが少なくうまく行かない。

 心不全は恐ろしい。Do no harmだ。しかし、どれだけ非生理的な流れであっても、バスキュラーアクセスなしでは透析患者さんは「どうしようもない(doomed)」。

 それで意を決して橈骨動脈と橈側皮静脈をつないだ。最初の症例は患者の脱水がつよく血圧が低すぎて閉塞した。そのあと試行錯誤を繰り返し、1966年の学会(ASAIO、まだASNはなかった)に発表し、同年論文もだした(NEJM 1966 275 1089)。筆頭著者のブレシア医師は、当初は3年目レジデントとしてチームに参加していた。

 そんな若いチームの発表なこともあってか、学会ではほとんど無視されたそうだ。しかし、彼によれば「よいネズミ捕り器はいずれ人々の心を勝ち取る(経済学で、クオリティーが宣伝に勝る意味のことわざ)」もので、数年のうちに大ヒットとなった。いまでもだ(最近はeverlinQ®などの血管内アブレーションも行われるが、原理としてはチミーノ・シャントのバリエーションに過ぎない)。


 彼自身はその後、栄養学や緩和ケアの道に進んだが、Calvary Hospitalという米国有数の緩和ケアセンター・グループをつくるなど、どの分野でもパイオニアとして活躍した医師だった。このように現状に満足しないで挑戦する姿勢から学べる点は、多い。改めて冥福をお祈り申し上げる。



2018/11/15

じーんとする学会

 ポスター・口演から生涯学習・人脈作りまで、学会に期待するものは沢山あるだろう。しかし、せっかく世界規模の学会に行くからには、「ビックリ・ワクワクするような発見や発表はないかな?」という蓋を開ける前のサスペンスにも期待したい。



 そんなわけで今年の米国腎臓学会にもHIGH-IMPACT CLINICAL TRIALS(RESULTS THAT COULD IMPROVE KIDNEY CARE)コーナーがあって、大事な研究成果を研究者から直接聴くことができた。一覧はもう公表されている。

・ DPP4阻害薬リナグリプチンのCKD患者に対する腎保護・心血管系の安全性について(CARMELINA®スタディ)

・透析患者で鉄を高用量静注投与しESA量を下げる試みと、その安全性について(PIVOTALスタディ、DOI: 10.1056/NEJMoa1810742)

・次世代SGLT2阻害薬(ベキサグリフロジン)のステージ3CKD患者への有効性と安全性について

・心臓手術後の輸血戦略を比較したTRICSスタディで、閾値を7g/dlにさげてもAKIは増えな
かったというサブ解析

・カナダで透析導入を遅らせる政策が施行されたあとの影響をしらべた、プラグマティック・スタディ

・炭酸カルシウムと炭酸ランタンをくらべて透析患者の心血管系死への影響を調べたLANDMARKスタディ(開始前の説明はClin Exp Nephrol 2017 21 531)

・透析のうつ病患者にSSRIと認知行動療法(透析中、あるいは個室で)を比較したところSSRIのほうが優れていたというスタディ


 PIVOTAL、LANDMARKについては別に考察したい。DPP4阻害薬とSGLT2阻害薬の話は、おそらくそのうち製薬会社の方々から説明されるだろう。透析導入の話は、カナダで巨大な透析レジストリができて、今後さまざまなプラグマティック・スタディが組めるようになったことに意義があるようだった。

 いずれも今後が期待されるし、そういう拍手に会場はつつまれた。

 しかし、最後のスタディは少しちがった。

 結果は私には意外だった。認知行動療法はすべての人には向いていない(宿題をしたり大変)し、透析中にやるのとカウンセリング室でやるのでは効果がちがうのかもしれない。ただ、リハビリなどと一緒で、長生きもさることながら患者さんが透析室に来るのが楽しくハッピーになることを意図した取り組みは、歓迎されるべきだ。

 発表のあと、聴衆の一人が「質問ではありませんが」と前置きしたうえで、「あまり誰も気に留めないこの問題に取り組んでくれて、ありがとう」とコメントした。そして、そのあとに暖かな拍手が起きた。

 それを聴くのは、2013年アトランタの米国腎臓学会で経験したのにも近い、じーんとする感覚だった。

 ワクワク・ドキドキだけでなく、(腎臓だけに?)じーんとするのも学会の醍醐味かもしれない。




 

 


2018/11/12

FOAMedステートメント

 このブログも、ついに前回で投稿が800件に達した。そこで、私達の立ち位置について少し考えてみよう。このブログは、欧米諸国でここ最近よく聞かれるキーワード、FOAMedの日本語版である。




 FOAMedとは、「フリー・オンライン・アクセス・メディカル・エデュケーション」の略である。救急医学で最初にこの言葉がうまれたそうだが(こちらも参照)、要は「分かりやすく面白く知識や経験をウェブに共有して、この世界を少しでも良くしよう」という働きかけだ。「学ぼうとする者には報酬なく医のアートを教えます」というヒポクラテスの誓いを汲んだ行動でもある。
 
 勉強することの多い腎臓内科は、とくにFOAMedが多い(一覧はこちら)。NephJCで注目トピックについてチェックしているという人は、日本にも多いだろう(仕掛け人のブログ、PB Fluidも定評がある)。Nephron Powerは、Kidney Newsに不定期連載しているDetective Nephronの著者が書いているので、それらを通して読むこともできる。

 そして、フェローたちが書きたいという気持ちだけで書くRenal Fellow Network(RFN)は、10周年を期にASNと公式にパートナーシップを結んだ(CJASNに取り上げられた、doi.org/10.2215/CJN.06700518)。ややレイアウトが読みづらくなったのは残念だが、今後も発展が期待される。

 私達も、2012年にRFNから情熱の灯火を受け継ぎ(こちらも参照)、色々ありましたが、こうしていまも書いています。今後とも続けていく所存ですので、応援くだされば幸いです。




(Twitterアカウントは、@Kiseki_jinzoです)


2018/11/11

Kir

 クイズです(写真は1992年まで日本テレビ系列で放送された、アメリカ横断ウルトラクイズ)。




出題者:生活習慣病等の厚生労働大臣が別に定める疾患を主病とする患者について、プライマリケア機能を担う地域のかかりつけ医師が計画的に療養上の管理を 行うことを評価したもので、厚生労働大臣が定める疾患を主病とする患者に対して、治療計画に基づき、服薬、運動、栄養等の療養上の管理を行った場合に、月2回に限り算定できるのは・・・

回答者:「特定疾患療養管理料(ただし許可病床数200 床以上の病院においては算定できない)」!

出題者:ですが、カリウム摂取で血圧が下がるのはなぜでしょう?

回答者:・・・。



 カリウム摂取と血圧の関係は疫学で証明され(NEJM 2014 371 601)、クリニックで高血圧の患者さんに「野菜を摂りましょう」といえば上記加算も取れるだろう。しかし、そのメカニズムはどうか?

 アルドステロンなどさまざまな要素が関与しているので全貌は分かっていない。ただ、米国腎臓学会の小部屋でおこなわれたWNK(以前も何度か紹介した)セッションに出て、遠位尿細管の間質側にあるKirチャネルがWNKを制御しているらしいことがわかった(写真は辛口白ワインに甘いカシスリキュールを加えたフランスうまれのカクテル、Kir)。




 Kirチャネルはカリウムチャネルで、irはinward rectifying(細胞内への一方通行)の略だ。脳で発見されて(初期論文のひとつはNature 1993 362 127)以来、多くのスーパーファミリーが見つかり、さまざまな場所で発現していることがわかっている。

 腎臓もそのひとつで、たとえば有名なROMKはKir1.1だ。遠位尿細管の間質側にはKir4.1(遺伝子KCNJ10)とKir5.1(KCNJ16)でできたヘテロ4量体があり、これが血中カリウム濃度を感知していると考えられている。そして、血中濃度がたかいとNCC発現が下がり(下図紫線、JASN 2017 28 1814)、ナトリウム再吸収が落ちる。



 Kir4.1遺伝子を腎臓に限りノックアウトするとどうなるか?Kir5.1のヘテロマーはカリウムを通さないこともあり、カリウムセンサーの働きが失われる(上図赤線)。なぜ腎臓に限りノックアウトするかというと、けいれんを起こしてしまうからだ。

 この遺伝子異常はヒトでも知られており、EAST症候群(Epilepsy, Ataxia, Sensorineural deafness, Tubulopathy)と呼ばれる(NEJM 2009 360 1960)。NCC発現が減るのでGitelman症候群に似て低K血症、アルカローシスをきたす。

 Alport症候群(治験の話はこちら)、Pendred症候群、ループ利尿薬、シスプラチンアミノグリコシドなどほかにも耳と腎臓に影響する疾患はあるが、EAST症候群もそのひとつとして覚えておきたい。
 
 Kir5.1をノックアウトすると、Kir4.1のホモ4量体はヘテロ4量体と異なりpHに関わらず恒常的にカリウムを通すので、NCCが過剰発現になる(JCI insight 2017 2 pii92331)。その結果、Gitelmanのミラーイメージ、FHHt(Gordon症候群)にちかい病状となる(整理されたものはこちら)。

 さらに、間質側のKirが、どうやって反対側(内腔側)のNCC発現を制御しているのかについての話もあった。下図(PNAS 2014 111 11864)にあるように、細胞内クロール濃度、SPAK、KS-WNK1などが関与しているようだが、それはまた。






 遠位ネフロンのイオンチャネル研究といえば、もとは腎臓内科の花形(いまは、近位尿細管腸管のほうが流行りではあるが)。高血圧の健康と社会への影響の大きさを考えても、今後の発展と応用が期待される。


2018/11/08

PPI(プロトンポンプ阻害薬)はどうするべき?(腎臓疾患の場合)

 毎年、米国腎臓学会でもこの話題はポスター発表などで見かけることが多く、また関心が強い理由としては処方することの多さなのかもしれない。
 
 下記の表は2016年に発表されたNDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)のものであるが、PPIの使用は2番目に多い。




 では、今回は腎疾患患者でどんな場合にPPIが必要なのか?

 使った場合のデメリットをどこまで考えているかを少し話したいと思う。

 台湾や韓国の報告(Ren Fail 2011, World J Gastro 2015, Clin Exp Nephrol 2016)などで、いくつかPPI使用がいいという報告(上部消化管症状の改善、上部消化管出血の減少、QOLスコアの改善など)がある。

 これらの報告は、血液透析患者を患者群としたものであるが、報告の中には使用期間が4週間だけであったり実際の臨床の現場とそぐわないものも多い。

 PPIの使用に関しては、色々なところで警鐘が鳴らされており、一つにCanadaのChoosing wiselyでも取り上げられている。

 ・Do you need a PPI?
 ・PPIs have risks.
 ・PPIs can change the way other drug work.
 ・When should you consider a PPI?
 ・Ease heart burn without drugs.
 ・Watch what you eat.
 ・Eat smaller meals and do not go to bed right after you eat.
 ・Stop smoking.

 これは非常に大事なことである。

 PPI使用のリスクは既知の事実かも知れないが列挙しておく(Eur J Gastroenterol Hepatol 2018)。

 一般的には

 ・低マグネシウム血症(入院率増加、利尿薬と併用で増加)
 ・VitB12欠乏症
 ・CD(Clostridium difficile)感染
 ・認知症(BBB通過し、アミロイドの変性を起こしアルツハイマーに。)
 ・肺炎
 ・臀部骨折
 ・心血管疾患(最近の研究でも示唆、Plasma Asymmetrical Dimethyl Arginineの上昇と NO(nitro oxide)の減少が心血管疾患発症に関連)
 ・悪性腫瘍(大腸、膵臓、胃がんなど)
 ・腎疾患

 などを引き起こす。

 血液透析患者でPPI使用のリスクも報告されている。低マグネシウム血症、高リン血症、動脈石灰化、骨密度低下などである(Drug Saf 2013, Nephrology 2012, Int J Clin Pract 2009,)。

この中でも、やはり骨折を起こさせないことは重要になる。

 一般でのPPI使用での骨折の絶対リスクは低い(0.1-0.5%)。しかし、透析患者ではこの割合は高くなる。また、骨折を生じた場合に入院が必要になり廃用が進み寝たきりになる可能性もある。

 我々の処方がどこまで患者さんのアウトカムにはつながるかは、目に見えてわかるものではないが、処方をするときになるべくリスクを考え、必要なものを最小限にを目標にできたらと思う。





2018/11/07

Karnivalのあとで

 米国腎臓学会メイン会場のエキシビションにはさまざまな会社・団体が出展して(日本腎臓学会もそのひとつ)いるが、今年もっとも派手に宣伝していたのはPatiromerで、カリウムだけに"K"arnival(カーニバル、写真)と題したブースでお祭り気分を演出していた。




 この新規K吸着薬(商品名Veltassa®)はこのブログでも何度か紹介した。スイスの製薬会社がつくったが、2018年には日本の製薬会社が国内における独占的開発・販売契約を締結した。どこかで外挿試験をして、認可されればMRさんがパンフレットを持ってくるかもしれない(ペンやお弁当の提供については、来年以降さらに業界の自主規制が強まる見込みなので、わからない)。

 そのpatiromerについて、新しい論文(doi.org/10.2215/CJN.04500418)がCJASNにでた。こちらのvisual abstractにあるように、一番のメッセージはこの薬を4週間内服すると尿リン排泄(24時間、尿Cr補正)がさがるが、尿Ca排泄は変わらないということだ。

 PatiromerはCa/K交換なので、Kを吸着する代わりにCaが腸管にでて、リンを吸着すると言いたいようだ。CKD患者でリンが減るのはよいが、Ca含有リン吸着薬のように放出されたCaが血管石灰化などを起こしては困る。尿Ca排泄に有意差はなかったが、このスタディはカルシウムのネットバランスをみていないし、4週間と短期間なので長期の影響はなんともいえない。

 またabstractには載っていないが、以前から知られているように血中Mg濃度は有意に低下した(0.2mg/dl、P<0.001)。マグネシウムもまた、減ると血管石灰化や心血管系イベントなどさまざまな悪影響があるとされているから、これにも注意を要する。
 
 ただ正直、これらの心配にどれくらい実質的に意味があるかは分からない。

 実はCa/K交換樹脂(カリメート®、アーガメイト®)とNa交換樹脂(ケイキサレート®)の争いは、日本でずっとある。そして、例によって前者は石灰化の心配、後者はNa貯留・血圧上昇の心配などが言われている。また最近は、K+吸着選択性の高い後者がK+とサイズの似ている(こちらも参照)NH4+をよく吸着しアシドーシスを補正するという。しかし、宣伝文句以上ではない印象もある。
 
 お祭り騒ぎのPatiromerだが、宣伝文句以上の効果があればいいなと思う(写真は2011年ドラマ『パーティーは終った』の主題歌、『夢の世界』を歌ったMonkey Majik)。




対岸のカテ感染予防

 透析カテーテルの話は、血液透析(HD)であれ腹膜透析(PD)であれ、それらを診ていない限りは「遠い」ものになってしまう。以前アメリカにいたころPDカテ感染予防に蜂蜜を試した話を書いた(結局だめだった、Lancet Infect Dis 2014 14 23)が、話としては興味深くても「ふーん」で終った感がある。

 またPDカテ感染では「さまざまなペット動物がPDカテーテルを触って珍しい感染をおこした」という報告も多い(たとえば、ハムスターはPediatr Infect Dis J 2004 23 368)が、これもPDを診ていないと実感はわかないだろう。




 血液透析カテーテルの感染も同様で、診ていないと「カテーテルなんかにするからでしょ」「うちはカテーテルの患者さんはいないので」で終ってしまうが、診ていると切実な問題だ。だから、カテーテルでHDを行なう患者さんの多い(導入時の80%!)米国で行なわれた米国腎臓学会で、カテーテル感染予防キットClearGuard HD(図)が注目を集めていたのもうなずける。




 この分野ではながらく抗菌薬によるロックが主流だったが、Clear Guard HDは芯の部分にChrolhexidineがコートしてあり、カテーテル内腔を消毒する。透析大手DaVita施設で既存のTego + Curosに対する有意性を示した論文はJASNに(JASN 2018 29 1336)、別の大手Fresenius施設で標準カテ指導と比較して感染を有意に減らした論文はAJKD(AJKD 2017 69 220)にそれぞれ載った。

 もちろんopen-labelだが、いずれも大規模スタディであり、Chrolhexidineは術創消毒などでは第一選択になりつつある。コスト(1回で使い捨てなのでそれなりにお金はかかるだろう;ただし、感染を防ぐことで費用対効果があるかもしれない)や副作用次第では広く用いられるようになるかもしれない。

 「ふーん」と思うのも、無理はない。以前触れたようにいまの数字ではカテーテルは日本の血液透析患者さんの1%にすぎない。しかし、2018年は透析学会により10年に一度の調査がおこなわれるはずで、その結果カテーテル患者さんが1%から少しでも増えていた場合、この話題は割とクローズアップされるだろう(患者さんの高齢化など、そうなる可能性は十分ある)。個人的には、そうでないことを願う。

 

2018/11/02

IgA腎症アップデート

「IgA腎症の治療は、かつてないほどエキサイティングな時期を迎えています。もうすこしで、よい治療がうまれると思います。」

Q:2018年の米国腎臓内科学会で、講演者の女性がこう話したのはなぜでしょう(写真は、サンディエゴでパーティを楽しむ人々)?




 IgA腎症の治療は、日本と海外で大きく異なる。そして、2012年KDIGOガイドラインの推奨に従ってしまうと、確立したものがACEI/ARBくらいしかない(こちらも参照)。糖尿病性腎臓病にしても、IgA腎症にしても、コモンすぎると原因が多すぎて、全てにあてはまるとなると最大公約数的な治療に限定されてしまうのかもしれない。

 しかし、そんななかでも近年はIgA腎症の病態解明がすすんで、潜在的な治療ターゲットもふえてきた。

 以前にも言及されたように、粘膜免疫(扁桃、パイエル板など)でつくられるGd-IgA1(二量体をつなぐヒンジ部にガラクトース糖鎖が少ないIgA1、しばしば多量体)がIgA腎症の鍵になる異常である。それに対して自己抗体(IgA、IgG)ができたり補体が活性化したりして炎症がおこると考えられている(図はNDT 2015 30 360)。




 それでステロイドが用いられるわけだが、全身投与のSTOP-IGAN(NEJM 2015 373 2225)とTESTING(JAMA 2017 318 432)では感染症の副作用が多かった(後者は中止になった)。そこで「腸溶カプセルにしたステロイドNeficon®(budenoside)を使おう」というのがNEFIGANトライアルだ(Lancet 2017 389 2117;IGANは、IGA Nephropathyのこと)。結果、8mg/dと16mg/dでeGFRに有意差が出て、16mg/dで蛋白尿(gCr比)で有意差が出た。有害事象には有意差がなかった。

 さらに、異常Gd-IgA1を作る細胞をターゲットにしてはどうかという戦略もある。しかし、RTXをもちいても(JASN 2017 28 1306)蛋白尿、eGFRには無効だった。腸管でGd-IgA1をつくる「CD20陰性CD19陽性CD27強陽性」形質細胞、骨髄で抗Gd-IgA1抗体(IgG)を作る「CD19陰性CD20陰性」形質細胞はRTXでも生き残ることが知られており、無効な理由のひとつかもしれない(CJASN 2018 13 1584に解説あり)。

 ならばと、形質細胞をターゲットにしたBortezomibも治験されている。パイロットスタディ(KI Reports 2018 3 861)では8人中3人で寛解した。なおいずれの病理像も、免疫抑制が効きやすい(というよりも、免疫抑制しなければ予後不良な)Oxford分類E1で、管内増殖ありだった。

 しかし、今日この頃は「腸管」とか「細胞」というターゲットでは大雑把過ぎる。そこで、より細かなターゲットも試されている。

 Blisibimodは、BAFF阻害薬であり、SLEに用いられるBelimumabの仲間だ。BAFFはB細胞の活性化因子のひとつで、IgA腎症においても、粘膜免疫でB細胞が異常IgA1をつくるのにAPRIL、TACIなどと同様にBAFFが重要な役割を果たしていると考えられている。じつはBlisibimodはSLEのPhase 3トライアルではエンドポイントを満たさなかった(Ann Rheum Dis 2018 77 883)が、IgA腎症のBRIGHT-SCトライアルは結果まちだ。

 さらに抗BAFF・抗APRILのAtaciceptもリクルート中(NCT02808429)で、spleen tyrosine kinase(SYK)阻害薬Fostamatinibのスタディも進行中だ(NCT02112838)。ここまでくると正直私の理解をとうに越えているが、WikipediaとJaneway's immunobiologyによればSYKはFcγRやITAMなどに関係しB細胞の成熟や活性化に関与しているらしい。

 さらに、どこかで誰かが始めているかもしれないのが、補体をターゲットにした治療だ。レクチン経路の関与(腎病理におけるC4dの病的意義を示したのはCJASN 2014 9 897)、alternative pathwayの関与(C3aを押さえているH因子を抑制する、Factor H-related protein1・5の関与を示したのはKidney International 2017 92 953)は明らかで、アバコパンなど抗補体薬の報告が見られるようになるかもしれない。