2013/11/13

開会式で

 学会のopening sessionは、会長による危機感のある挨拶で始まった。押し寄せるAKI・CKD・ESRDの波と、後継者不足。いまだ少ない一般の認知不足、予防への理解不足、そして研究資金不足。しかしここはアメリカ、挨拶は再建の柱をいろいろと提案してポジティブに力強く終わった。

 たとえば認知を広めるためにさまざまな取り組みがあって、New York TimesにもWall Street Journalにも記事が出た。米国腎臓財団(NKF)も積極的に活動しているし、クスリなどによる腎障害を予防するためのKHI(Kidney Health Initiative)も、FDAとASN、それに世界各国の腎臓内科コミュニティを巻き込んで活動しているようだ(パートナーの一覧に聖マリアンナ医科大学と東京大学を見つけた)。

 スピーチのあとは腎臓内科界に貢献した医師や団体、会社らが表彰されたが、そのなかに一人の女性がいた。名前は覚えていないが、彼女は若くして腎臓病になり、透析後に移植を受け、何度かの移植での拒絶反応のあとcPRA 100%になっても「いつかテクノロジーが進歩して新しい治療があるはず」と諦めず、脱感作によりもう一度の移植に成功し、いまでも透析なしで暮らしている。

 彼女はpatient advocateとして同じ病気に苦しむ患者達を支えたいとpatient support groupを作った。透析の患者さんに「諦めないで、いつか治療が進歩するから」と説いてまわっているという。並み居る参加者を前に「you guys are doing great、keep up good work」と言い、最後にこんな中国の諺を引用して締めくくった。

 一時間幸せになりたければ、昼寝しなさい。
 一日幸せになりたければ、魚釣りに行きなさい。
 一ヶ月幸せになりたければ、結婚しなさい(聴衆失笑)。
 一年幸せになりたければ、遺産を受け継ぎなさい。
 一生幸せになりたければ、人を助けなさい。

 聴衆はスタンディングオベーションで答えた。しかし私にはほろ苦い思いもあった。というのも正直、末期腎臓病治療は透析・移植が登場したきりで、少なくとも私が生まれてからの数十年はブレイクスルーがない。循環器領域で人々がLVAD、Impala®、TAHなどと精力的に新しい治療を希求しているのと対照的だ(もっともそれは、透析と腎移植が生命予後に関してはこれらの循環器デバイスよりずっと勝っているからなのだが)。

 そんな複雑な思いと共に開会式は終わった。しかし、その次にstate-of-the-art talkで再生医療の話がはじまり「次の方向はこっちか?」というエキサイトメントを感じた。講演の先生も再生腎臓がまだ初歩なことは認めていたが、透析しないで済むレベルのGFRを生み出すことなら10-20年以内で可能になるかもしれない印象を受けた。また、このような新しいテクノロジーを笑うのではなくembraceする柔軟な自分でありたいと思った。