2010/04/18

学会を終えて

 発表をたくさん聞いて勉強になったが、英語表現も少し学んだ。"robust study"とは、「ちゃんとした(よくデザインされ結果に信頼のおける)研究」ということ。"tease out"とは、「調べて(情報などを)徐々に引き出す、探り出す」という意味。"mitigate"とは「緩和する」の意味。"hit the bull's eye"はダーツから来た表現で、「難しい標的を狙う(bull's eyeとはダーツの的のちょうど真ん中)」。"queezy"とは「吐きそう」の意味。"reader's digest version"とは、「非常に短くまとめること(reader's digestの話は一つ一つが短いため)」。"deter"とは「くじけさせる、阻止する」の意味。
 Career choiceについてのコーナーもあり、各界に進んだ先輩医師によるパネルディスカッションが参考になった。開業、産業(製薬会社で新薬研究、また企業のコンサルタント)、移植、基礎研究、臨床研究、集中治療(腎臓内科と兼職)、教育、などが選択肢のようだった。もちろん多くの人は開業する。集中治療の人は「燃え尽きに気をつけろ」と言っていた。開業しているパネリストは、アカデミックな人たちに囲まれ「ライフスタイルとお金で選びました」と言えない雰囲気で、少し居づらそうだった。
 「なぜ腎臓内科を選んだか」の質問には、「生理学が好き」「初めてついた指導医が腎臓内科医で何でも知っていた」「ほかの内科とも密接に関わる」などとみんなが答え、これは私をふくむほとんどの腎臓内科志望者が同意する理由と思われる。類は友を呼ぶものだ。移植に進んだ先生は「腎移植をうけた患者さんがまるで奇跡のように生活を取り戻すのに関わるのは非常にrewardingだ」と言っていた。
 学会にいって、いつか自分も講演したいという思いが湧いてきた。研究でその分野の第一人者にならないかぎり学会で講演するのは難しいが学んだことや自分が知っていることをレクチャーして教えるのは愉しいものだろう。なお日本人の方にも知遇を得ることができ、目標の一つがかなった。これからキャリアが進むにつれてinteractionが出てくるかもしれない。

critical care nephrology

 プログラム二個目は、critical care update(集中治療)だった。演者は三人ともcritical care nephrologistで、この分野がすでに確立していることを感じさせた。まずは血糖コントロールについて。ストレス下に血糖があがるのは生理的反応であるが、高血糖が炎症サイトカインを誘導するのは確かだ。それでベルギーの医師Van Den Berghのグループが2001年に「インスリンの使い方ひとつでこんなに命が助かる」という衝撃的な論文を発表した。その後さまざまな再試験が行われたが同じ結果にはならず、tight glycemic controlが本当によいかは議論され続けている。いまのところ学会が勧める内科ICU患者のターゲット血糖は140-180mg/dl、「100と180のあいだをとって」という感じである。
 つぎに輸血の適応や是非について。Hgb 7g/dlという線はTRICCという1999年発表された論文に拠るが、exclusion criteriaで対象から外された患者群についてはこれは当てはまらない。ただこの論文は冠動脈疾患を持つ患者群にもあてはまり、急性虚血がない限りはたとえ冠動脈疾患の既往があっても輸血は7g/dlからでよい。Hgbが減っても、isovolemic anemiaであれば血行動態にはさほど影響を与えない。これはUCSFで学生から血を抜いてその分生理食塩水を注射するという実験が行われて実証されたらしい。TRALIのほかにもTACO(circulatory overload)、TRIM(immuno-modulation)、Transfusion-associated kidney injuryなど様々な合併症が知られてきている。また、保存期間が15日を過ぎた輸血赤血球は機能に劣るという迷惑な論文(そんなことを言ったらもっとたくさん献血が必要になる)もあった。
 そのあとは、septic shock時のステロイドについてだった。(ストレスホルモンを産生できない)副腎摘出した動物はストレスに適応できず生き残れない。だから人間でもストレスに適応できない状況ではストレスホルモンを補充したほうがよかろうという考えからステロイド治療が行われるようになった。2002年にJAMAに発表されたDr. Annaneの論文で、hydrocortisone静注とfludrocortisone経口を併用したものだった。その後CORTICUSという追試では静注のみで行われたが有意なsurvival benefitが出なかった。その後いくつもの追試が行われ、結果はバラバラだった。それで2009年JAMAにmeta-analysisが載ったが結論は「どちらともいえない」だった。ただし、CORTICUS studyではステロイド群でショックからの回復が有意に早かったことが示された。vasopressinとの相互作用を示唆する論文もあり、今後もステロイドの有効な使い道を探すべく研究が続けられそうだ。
 なお最後の演者が「主要論文にメタアナリシスがでるということは『誰もよくわからない』ということの高尚な言い換えだ」と言っていたのが面白かった。この演者はDCの人で、シーク教徒でターバンにスーツを着ていたがおそらくIndian Americanで、物凄く雄弁かつ自信に満ちていた。この人は翌日もICU患者のfluid managementについて講演し、身体所見やCVP、CVOPはもはや優れたpreloadのpredictorとはいえず、LVEDVI(体表面積で調整した左室末期拡張期容積)、Li Dilution CO、Impedance cardiography(PWVと近い)、pulse contour CO(動脈ライン波形から計算する)、など新しい機械が次々生まれているらしいことも教えてくれた。

Geriatric nephrology

 その日の学会プログラム一個目は、geriatric nephrology(老年医学)だった。まず高齢者(80歳代 octogenerians、90歳代 nonagenerians)に透析を導入すべきかというテーマで、よりfrail(弱った)で機能が落ちている人には、透析をせずにその他の治療(症状をとる、精神的ケア、家族のケア、など)に専念したほうが生活の質が高いのではないかという話になった。高齢者診療では、simultanious core modelといってまだ元気なうちから少しずつ徐々に弱っていくのに備えた準備が必要と考えられている。Stanfordの先生が第一人者らしく、高齢者で透析を導入した人がどうなったかをよく追跡して調べているようだった。
 続いては65歳以上の患者さんへの腎移植について。腎移植を受けたほうが、受けずにいる(待ち続ける)人より長い目で見ると長生きする。移植腎のallocation(配分)がテーマになっており、ヨーロッパではドナーとレシピエントの年代をマッチして移植し始めている(Eurotransplant Senior Program)。これが年齢差別なのかは、議論されている。高齢者の腎移植では、免疫抑制剤の量に配慮が必要だ(T cell subsetsに変化が起きている)。またNODAT(New Onset Diabetes After Transplant)という疾患概念があるらしい。
 最後はリハビリの話だった。演者はToronto大学から来た人で、やたら声がエレガントだったが、彼女がしていることは非常に興味深かった。「リハビリ集中治療」なるユニットにco-borbidity(合併症)の多く心身機能も非常に弱ったお年寄りを入院させ、リハビリ、薬剤師、栄養師、看護師、(医師)のチームで50日以上かけて患者さんを総合的に回復させる。米国ではSNF(老人ホーム)任せで医師もおざなりにしか診ず、入居者をふたたび家に帰そうなどとは誰も思っていない。しかしここでは入院患者の60%以上が家に帰っていくという。「diseaseを診るのではなくimpairmentを診る」というリハビリ理念を実践している素晴らしい人だと思った。いまの病院にもカナダ出身の同僚が二人いるが、二人とも老年内科志望で数年後はカナダに帰るという。それだけカナダの老年医学はやり甲斐があり上手くいっているのだろうか。

2010/04/16

学会

 Disney Worldというのは果てしなく広く、ランドマークであろうシンデレラ城など奥のほうで全く見えない。日本にあるもので比較できないが、アメリカのNational Parkくらいでかい。そのなかにEpcot、Hollywood Studio、Animal Kingdom、Magical Kingdomという四つのエリアがあるらしい。それと別に、学会の会場となる超巨大なホテルがある。以前にも乗ったことのあるHyundai Sonataをかっ飛ばし、駐車場に乗り付けいざ集合場所へ。

 今回は実に88人の内科・小児科研修医が招かれたらしい。ほとんどが内科で、ほとんどがすでに腎臓内科に進むと決めているが、この招待の本来の趣旨は「まだ腎臓内科に進むか迷っている人を呼ぶ」ことらしい。それなら一年目のときに教えてほしかった。ここに来れば最新の知見が学べ、第一人者の先生の話を聞け、将来行きたいプログラムややりたいことなども早めに見つかったかもしれない。とはいえうちの病院で一年目に学会に行かせてもらうのはほぼ不可能だが。

 さっそく講義を聞く。朝の一つ目は、各種糸球体腎炎について。IgA腎症では、扁桃や骨髄でB細胞から産生されるgalactose-deficient IgAと、その結果おこるmesangeal proliferationが発症に関与しているらしい。膜性腎症では、足細胞表面にあるPLA2Rに対する自己抗体IgG4が発症に関与しているらしい。Ponticelli regimen(ステロイドパルスとサイトキサン)が主流だが各種免疫抑制剤、それにリツキサンも試されている。FSGSについては、HIV-associated collapsing nephropathyの発症にPYH9遺伝子異常が関与しており、この遺伝子異常はアフリカではじまり以後世界中に広まっていったという考えが面白かった。

 朝の二つ目は、慢性腎不全(CKD)と心血管系の疾患の関係について。透析患者の死因の約1/3は心疾患で、そのうち約2/3は不整脈による突然死だという。血中Troponin T濃度、低カリウム濃度の透析液、自律神経異常、睡眠時無呼吸などはリスク因子だ。いまのところ患者さんにbenefitとなる治療はみつかっていない。動脈の硬さの指標に、pulsatility index(脈圧/MAP)、PMV(pulse wave velocity)、AIX(augmentation index)などがある。血圧コントロールをしてもこれらの指標が好転しなければ心血管系イベントは減らない。CKDの領域は「X、Y、Zがmortalityに相関している」という話ばかりで、「じゃあどうすればよいか」という話は数年先なのだろうか。

 午後の一つ目は、FGF-23についての講演を聞いていたが面白くないのと本で調べればよいと思ったので、途中から尿路結石についての講演に変えた。同じ枠に3つの講演が並列しているのだ。結石の話では、尿中にカルシウムを多く排泄している人は必然的に骨密度が低いという話がでて、cinacalcet(副甲状腺細胞のCa-sensing receptorに作用しPTH産生を抑制する)は骨密度を改善しないこと、thiazideとbisphosphonateの併用は改善することなどを学んだ。

 午後の二つ目は、Literature Reviewを聞いた。これは3人の演者が30分ずつ15-25の重要な論文について要点を語るというもので、講談というかしゃべくり漫才というか、演者の話術を楽しむコーナーでもあるようだった。おかげで高血圧、透析患者、腎移植についての最新の知見をすっかり学ぶことができた。なかには移植腎の予後評価に従来用いられるBanff classificationよりも、PRA(panel reactive antibody)、DSA(donor-specific antibody)、microcirculation injuryなどを取り入れた新しい分類のほうが正確という論文や、透析中の患者さんに心エコーをしたらmyocardial stunningが起こっており、これらの心筋はやがてhybernationを起こし、心機能低下や心血管系イベントにつながっていくという論文などがあった。

 夕方には、ポスターを順繰り見て回るというイベントがあったが、この頃にはさすがに疲れてきた。そのあとは会場を後にしたが、今日は面接であった人たちに再会したり、友達の友達に会ったりして学会らしい人とのつながりも感じることができた。そのうちの一人でエチオピア出身でもうじき腎臓内科フェローを卒業するという人とは、一緒にご飯を食べながら少し仕事のことや将来のことなど語り為になった。午前中の講演では大きな会場で質問も一個したし、それなりに参加した一日だった。