2017/06/30

腎臓内科と五苓散 3

 五苓散の臨床応用について調べると、たとえば高血圧に用いた香港の論文がでる(Complementary Therapies in Medicine 2013 21 609)。ただし、五苓散と天麻鈎藤飲(Tianma Gouteng Yin)の併用で、天麻鈎藤飲のほうは成分を「強化」してあった。プラセボとのコントロールはなく、末尾に「コントロールスタディが望まれる」と書いてあるがそれから行われた様子はない。

 日本でのデータでは、漢方治療エビデンスレポート 2013(日本東洋医学会 EBM 委員会タスクフォース編)にいくつか。胆嚢ポリープの術前に五苓散を内服してもらい、術後の尿量やNa値を小柴胡投与群・非投与群と比べたもの(日本東洋医学雑誌 1992 42 313)、高齢者の軽度足背浮腫に対する効果を小柴胡湯と比べたもの(漢方の臨床 1999 44 1091)など。

いろいろあるけれど、スタディの質は余り高くなく思えてしまう。五苓散と同様に高血圧に用いられている天麻鈎藤飲はCochraneがレビューしているが、やはり良質のRCTがなく有効性を評価できなかった(DOI: 10.1002/14651858.CD008166.pub2)。「だから漢方はあてにならない」という立場、「漢方はそもそも方法論がちがうから、西洋医学の考えで有効性を測れるものではない」という立場、いろいろあるだろう。

 これらを解決しようと、東洋医学の臨床研究をどのようにデザイン・報告するかの指針として提唱されたのがCONSORT Extension for Chinese Herbal Medicine Formulas 2017: Recommendations, Explanation, and Elaborationだ。米国内科学会誌に6月27日オンラインで発表された(doi:10.7326/M16-2977、フリーアクセスだ)。いままで作られたCONSORT Extentionに、証(zheng、Pattern)などの東洋医学理論を反映させて更新されたものだ。

 米国内科学会誌なのに、これには中国語版がある。しかも、繁体字と簡体字の両方(繁体字のタイトルは「中藥複方臨床隨機對照試驗報告規範 2017: CONSORT聲明的擴展・說明與詳述」)。日本語版、韓国語版などもできるかもしれない。これが完璧と言うわけではないけれど、ひとつのたたき台として、これから質の高いスタディが組まれて東洋医学が西洋医学を受ける患者さんにも益すればいいなと思う。


2017/06/29

がん患者での急性腎不全 1

今回は上記の題名について少し考えていきたい。




腎臓内科の医師の中には悪性腫瘍をみることがないから腎臓内科になりましたという人も少なか
らずはいると考える(私見であるが)。




ただ、悪性腫瘍患者の割合は現在増加しているのが現状であり、悪性腫瘍の死亡率も増加傾向である(下記:平成23年度統計調査)。




★今回の話題の急性腎不全であるが、がん患者として起こりやすい場面として(Journal of crit care 2012)
・感染症の併発
・悪性腫瘍自体に伴う直接的腎障害
・代謝異常
・抗がん剤による腎障害の影響


が考えられる。

★どんな人がAKIになりやすいのか?(CJASN 2009
悪性腫瘍を有している人が全員がなりやすいわけではない。
・高齢者(65歳以上)
・女性
・合併疾患がある症例(糖尿病性腎症や糖尿病性腎症など)
・循環血液量低下者(嘔吐や下痢による)
・腎虚血者(肥大型心筋症、肝硬変、ネフローゼ症候群による)

はAKIになりやすい。

★がん患者でAKIになると予後に影響はするのか?
・これに関してはがん患者のAKIが死亡率との関連する事は報告されている(CJASN 2012Cancer 2010)。
・AKIになることで、化学療法の毒性リスクの上昇やがん治療自体が危険になりやすくなるとも言われている(NDT 2016)。

なので、ここまでのまとめとしては
・腎臓内科医もがんに立ち向かう時代である。
・がんとAKIは多い!
・AKIの併発により色々な影響が出るので、しっかりとリスクの認知が重要!

では、またつづく、、








2017/06/28

腎臓内科と五苓散 2

 五苓散がむくみをとる仕組みは科学的に説明できるのか。調べてみると、水チャネル、アクアポリンに関係しているようだ。しかも、バソプレシンの直接支配下にないアクアポリンに。Plot thickens(奥が深い)!

 アクアポリンの発見でPeter Agre先生、Roderick MacKinnon先生にノーベル化学賞が贈られたのは2003年のこと(写真はアクアポリン1を発現させたカエルの卵が低張液のなかで水を吸って膨れる様子、Annu Rev Biochem 1999 68 425より)。




 アクアポリンには家族がいて、アクアポリン1、2…など番号で呼ばれる。バソプレシン下に集合管細胞の内腔に出て水を保存するアクアポリン2が有名だが、他にもたくさんある。腎臓だけでもこれだけある(図、Physiol Rev 2002 82 205)。




 2以外のアクアポリンについては、まだわからないことが多い。それでも、これらが水以外の分子も通すこと(8がアンモニアを通すことは触れた)、病気にも関わること(4に対する自己抗体がNMOをおこすことは触れた)などわかってきた。

 五苓散は、調べた範囲でアクアポリン3-5抑制に関わることがわかった(漢方医学 2013 37 2 120、日本の礒濱洋一郎先生らの研究)。とくに4の抑制に働き、五苓散による脳浮腫治療(慢性硬膜下血腫、あるいは、写真のようなアルコール頭痛にアルピタン®が2016年秋から販売されている)の裏づけになっている。マンガンが関与しているらしいこともわかっている。




 では、腎臓ではどうか?上図のアクアポリン3-5に、どのように作用するのか?調べた限りでは見つからなかった。AQP発見のPeter Agre先生は米国腎臓内科学会誌に寄稿している(JASN 2000 11 764)。日本腎臓学会が、すでに研究しておられる先生方と協力して、世界に通じるあらたな水代謝メカニズムをみつけたらステキだなと思う。つづく。


(注:新しいシリーズが途中で始まる雨後のタケノコ形式なこともございます、引き続きお楽しみくださればさいわいです)






2017/06/27

腎臓内科と五苓散 1


僕たちのキセキ 様

拝啓

 平素よりお世話になっております。ツイッターで貴ブログを知ってから、楽しく拝読しております。たくさんの論文を昇華しておられるのに驚嘆します。

 このたびは、調べてほしいことがあってメールしております。

 漢方でむくみの治療に用いられる五苓散は、どんな仕組みで効くのでしょうか。また西洋薬と併用したらよかった、などのデータはありますか。

 お忙しいところお手数掛けて恐縮ですが、調べてもらえれば幸いです。回答お待ちしております。今後の貴ブログの発展を祈念しております。

敬具

 上善如水 拝



 
 五苓散(ゴレイサン、Wuling San)とは名前のごとく猪苓(チョレイ、Polyporus)、茯苓(ブクリョウ、Poria)、朮(ジュツ、Rhizima Atractyloides Macrocephalae)、沢瀉(タクシャ、Rhizoma Alismatis)、桂枝(ケイヒ、Ramulus Cinnamomi)という5種類の生薬を配合したもの。漢方でむくみにもちいられる代表的なお薬だ。

 …が、恥ずかしながらいままで存在も知らなかった。

 来年にも続編が米国で公開される映画『アナと雪の女王』に登場する雪だるまのオラフ(下図)は、In Summerという曲で"The hot and the cold are both so intense. Put them together, it just makes sense!"と歌う。




 おなじように、西洋医学と東洋医学は相互補完的に人類に貢献できるはずという考え方があって、最近は東洋医学をcomplementary medicine(補完医学)といったりする。

 気血水、五行説、証など難解な東洋医学の理論にくわしくなくても、脈や舌などの特別な診察ができなくても、日本ではインフルエンザに麻黄湯、消化管術後に大建中湯、というように1:1的に漢方が処方されることがある。ならば西洋の利尿薬を飲んでいる患者さんに漢方を併用したらどうなる?してもいいのか?したら効くのか?

 腎臓の仕組みがいろいろわかっている今だから、数千年の歴史をもつ東洋の智慧を科学的に解明できるかもしれない。ブルーオーシャンにスポットを当てれば、そこからブレイクスルーが起こるかもしれない。そんな前向きな「補完主義者」の視点で、このテーマが現在どこまでわかっているのかを調べてみよう。つづく。




2017/06/25

抗凝固薬と腎機能障害 4

では、診断と治療に関してであるが以前にも述べたようにこんな疾患があるという事を疑う事が非常に重要である。


特にAKIがあって、直近のPT-INR>3.0の人には鑑別のなかに入れるべきである。
しかし、DOACの場合にはINRでは判断できない。


ここで、AKIを診断する話になるがAKIの診断で重要なのは3つである。
①病歴
 -(その人がどんな薬をのんでいるか?血圧低下のエピソードが直近でないか?造影剤を直近で使用していないか?)
②画像検査
 -腹部超音波検査で水腎症の有無や腎の大きさの確認でCKD合併の鑑別など
③尿沈渣
 -尿沈渣で顆粒円柱や蝋様円柱の存在がATNを示唆しないか。


まず、これを行いAKIの原因を絞り込むことが重要である。


その後ARNの鑑別には血尿(顕微鏡的でも肉眼的でも)の有無を考える必要がある。




ただ、しっかりと診断をつけるのであればもちろん腎生検ではあるが、出血リスクが非常に高いため行う事は推奨されていない。


なので、診断に関しては腎生検をなるべくまずは避けて、AKIの原因を探るという事が重要である!まさに、患者さんに病歴を聞いたりすることが非常に重要になっている!!




治療に関してであるが、基本的には支持療法である。
・INRを治療域にすぐに戻すことが改善につながるかについては不明確なところである。
だが、できることとしては糸球体内圧を低下させるために血圧のコントロールを行い、抗凝固薬の量の調整を行う事である。


予防がやはり大事でワーファリンを使用する場合には、しっかり評価を行いながらすることが重要となってくる。


DOACを使う際にもヨーロッパのガイドラインでは3か月毎には腎機能をフォローすることが推奨されている。
下記にどのくらいの頻度での推奨期間かを示して、このシリーズは終了する。


Initiation (3 months)Maintenance
GFR > 60 mL min−1GFR 30–60 mL min−1GFR < 30 mL min−1
  1. GFR, glomerular filtration rate; DOAC, direct oral anticoagulant.
Warfarin3–4 weeks6 months2–3 months2–3 months
DOAC3–4 weeks12 months6 months3 months


薬はいい部分も悪い部分も大きいので、しっかりと注意をしていく必要性がある。





2017/06/24

抗凝固薬と腎機能障害 3

前回の話までで、ARNの概念と認知をしていただいたと考える。

今回は少しふみ込んでの話をしていく。

ARNのメカニズムはどんなメカニズムなのか?
・わかっている事:大まかな機序に関しては明確になっている。
糸球体透過性の破たんにともない、出血がボウマン嚢に流出し尿細管に流出する。赤血球が赤血球円柱を尿細管で作り閉塞や尿細管虚血を生じる。
キーワードとしては
・糸球体出血
・赤血球円柱による尿細管閉塞
・尿細管細胞障害
である

・不明確な部分:分子生物的なメカニズムは不明
PARs(proteinase-activated receptors)が糸球体の内皮細胞に発現していて、これがトロンビンによって活性化されている。トロンビンの活性化を抑えるVit K拮抗薬の投与によって内皮細胞障害を生じ、糸球体出血を生じさせるのではないか?と考えられている。これは、どう物実験などでも検討はされている。
ワーファリンやダビガトランなどの治療合併症として、高血圧が知られているが、これは内皮細胞障害にともなうものではないかと考えられていて、また高血圧がさらに腎機能障害を助長する可能性がある。


分子生物学的メカニズム:プロテインCがpodocyteの壊死の防いでいる。

ARNは何かしらの予後につながるのか?
・ARNがあることで、腎予後や全死亡率の上昇につながることが分かっている(KI:2011)。

ここまでで、ARNがおおまかにどのように生じるのか?
起こることがあまりよくないことなんだなとつかんでもらえたら幸いである。


これは、赤血球円柱の所見の図である。

2017/06/23

抗凝固薬と腎機能障害 2

前回抗凝固薬の基礎的なことについて話した。


今回はARN(anticoagulation related nephropathy)についてである。

ARNに関しては見逃している可能性がある抗凝固薬の合併症として非常に多い。

ワーファリンに関しては60年以上も使用され、最近になって腎機能に対する悪影響が報告されている。つまり、昔は抗凝固薬処方されている人に腎機能障害をみても認知度が低かったため、見逃されていた可能性が高い。

今回、この話題に触れさせて頂いたのは、これを読んでいる読者には少しでも認知をしていただいて、腎機能障害の原因に今飲んでいる抗凝固薬があるなと考えてほしかったからである。

つねに、僕らは患者を治療はしているが、その治療薬が患者に対して害を与えているのではないか?と考えることが重要である。

そもそもARNの定義は何なのか?
・AKIと診断され、他の原因がなくINR>3.0の時を定義としている。

抗凝固薬飲んでいる人全員が腎機能障害になるか?ということだが、やはりすべての人が腎機能障害になるわけではない。なりやすい人としては
・慢性腎機能障害を持っている人←最もリスクが高い!!
・高齢、糖尿病、高血圧もリスクファクター
・INR>4以上は生じやすい

どれくらいの人に起こるのか?
・さまざまな報告があるが、ワーファリン内服患者の20.5%に生じると言われている。

ワーファリン以外のDOACなども同じように生じるか?
・これに関しては報告が少ない。直接トロンビン阻害薬のダビガトランがARNを起こしたという報告は少数の報告や動物実験で認めている。
・Xa阻害薬に関しては報告としてはないが、起こしうると考えられている(ここは今後の報告に期待)

どのような臨床経過で生じるか?
・観察研究でワーファリン開始後8週間以内に生じている(Kidney Int. 2011;80(2):181.)。

まずは、ARNの概念をしっかりとつかんでもらえたらと思う。

この続きはまた次回とする。

2017/06/22

CANVASとCREDENCE

 Canagliflozinの治験CANVASと、続編CANVAS-Rスタディの結果がNEJMにでた(DOI:10.1056/NEJMoa1611925)。昨年書いたEMPA-REGと似た結果で、心血管系イベントが有意に下がったといっても、心不全がRR 0.78(信頼区間0.67-0.91)なほかは信頼区間が1.0をまたいでしまう。血圧がさがり体重がへるのもEMPA-REGと同様だ。

 気になることが3点ある。1点目はサブ解析の結果だ。人種ごとに結果を見ると白人の心血管系イベントRRは0.84(0.73-0.96)で有意、黒人はRR 0.45だが信頼区間は0.19-1.03でギリギリ1をまたぐ。そしてアジア系はRR 1.08(信頼区間0.72-1.64)で、なんとプラセボと変わらない。がっかりだ。

 このスタディは30カ国でおこなわれたのでアジア系は全体の13.4%とそんなに少なくはない。有意差が出なかったというのは信頼できるデータかもしれない。そのうち「CANVAS-J」みたいな日本のデータがでるだろうが(パンフレットの表紙はこんな感じか?写真)、この結果と余りに違わないか検証する必要がある。




 2点目は腎予後だ。アルブミン尿の進展、eGFRの低下、透析や腎による死亡はいずれも介入群で数字上はめざましく低い(CIが余裕で1.0未満)。しかしアブストラクトにもあるように、これらの結果は彼らが事前に計画した仮説検証モデルによれば統計学的に有意とはいえなかった。それで結論はpossible benefitと言っている。まして、人種差があるかもわからない。

 SGLT2阻害薬のクラスはどれも腎症予防効果があるように言われているし、その期待に水を差すつもりはない。武器は多いほうがいい。適応のあるひとに期待して使うことも、間違っていないと思う。ただ結果が「possible effect(効くかもしれない)」なことは知っておきたい。

 ここでやめておいても「効く(らしい)!」で(特に日本では)売れるだろうに、「結局ちがった…」というリスクを負ってでも、この会社と研究者は白黒つけに腎予後のCREDENCE(信用という意味)スタディを走らせている。金儲けだけじゃなくて、ほんとうに結果を追求したいのならplausibleなだけでなくapplaudableと思う。

 だからこそ突き詰めてほしいのが3点目、副作用についてだ。以前にFDAが警告していたが、やはり介入群で有意に足切断例がおおかった。ほとんどは趾レベルだが、気持ちが悪いし、いつか足元をすくわれそうだ(写真は絵にかいた穴)。糖尿病患者さんにとって末梢動脈疾患と足壊疽は大問題であり、この仕組みがわかって新しい治療になるかもしれないから研究を期待したい。




 また、日本ではまだあまり知られていないようだから書いておくが、SGLT2阻害薬には血糖正常DKA(eDKA)の副作用がある。すい臓のα細胞にSGLT2があるのでグルカゴン産生に傾く。私も書いたが、代謝のお話だし、詳しくは日本の先生方がお書きになったこちらの論文を参照してほしい。こちらはここまで分かっているし、足壊疽も調べたら何か分かるはず。



[2019年4月18日追記]上に紹介したCREDENCEの結果が、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに今日でた(DOI: 10.1056/NEJMoa1811744、無料で読める)!





 eGFRが30-90ml/min/1.73m2(30-60の患者が60%、中央値は56)でアルブミン尿(300-5000mg/gCr、中央値は927)のあるDKD患者(HgbA1cは6.5-12%、ドイツのみ6.5-10%、中央値は8.3)を対象にして、カナグリフロジン100mg/日とプラセボを比較したこの試験は、アウトカムに早期から明確な差が出て2.6年で「うれしい」中断となった。

 プライマリ・アウトカムは①末期腎不全(30日以上の透析、腎移植、30日以上のeGFR15未満)、②Cr増加(ランダム化前・時から2倍以上が30日以上)、③腎・心疾患死亡を合わせたものだった。これが介入群で43.2/1000人・年、プラセボ群で61.2/1000人・年だった。
もちろん介入群で有意に低い。

 つまり、こういうことだ。





 絶対リスク減少(ARR)は61.2/1000と43.2/1000の差で、1.8%/人・年。1000人を2.5年治療すると、1000×0.018×2.5で45のアウトカム・イベントを予防できることになる。これを言い換えたものがNNT(number needed to treat、何人に治療すればイベントをひとつ回避できるか)というが、CREDENCEで計算されたCanagliflozinのNNTは:

 「22(95%信頼区間15-38)」だった。

 アトルバスタチン10mgを加えた時の心血管イベント/死亡予防効果をしらべたASCOT-LLA(Lancet 2003 361 1149)では、3.3年間治療して得られるNNTが98だったというから、かなりよい数字といえよう(下表は、Oxfordの関係者が独自にエビデンスを鑑定するサイトBandolierから)。




 では、誰に何がどう良かったのか?

 まず「誰に」であるが、サブ解析ではeGFRは60未満の群(数字上は30-44よりは45-59のほうがいっそう有意)、アルブミン尿は1000mg/gCr以上の群で有意差がみられた。スタディが5000mg/gCr以上を除外したのは効果がでないことを怖れたからと思われるが、1000mg/gCrではむしろ有意差が出なかったので、蛋白尿がある程度あったほうが効果が期待できるのかもしれない。

 また特筆すべきは、CANVASでは信頼区間が1にかかってしまったアジア系(コホート全体の19%:アジアからは中国が参加している)が今回ハザード比0.66で、95%信頼区間も0.46-0.95だったことだろう。

 つぎに「何が」についてであるが、個々のアウトカムはいずれも介入群で低かった。ただし細かく見ると、ハザード比の95%信頼区間が0.99未満だったのはCr上昇とeGFR15未満で、透析・移植と心血管死亡はそれぞれ0.55-1.00、0.61-1.00であった。公平に言ってフォロー期間が短く実数が少なかった可能性を最も疑う。

 最後に「どう」であるが、これが解明されるのはもう少し先になりそうだ。糸球体ろ過圧から尿細管代謝まで、論文の引用文献11-17にさまざまな推察が載っているので、アクセスのある方は読んでみるとよいだろう。

11:Circulation 2014 129 587
12:Physiol Rev 1990 70 665
13:JCI 1987 80 670
14:Curr Hypertens Rep 2019 21 12
15:Eur J Endocrinol 2018 178 R113
16:Cell Rep 2018 25 677 (e4)
17:ACKD 2018 25 244

 それでは、副作用についてはどうか?

 上にも書いた足切断や骨折のリスクには有意差がなかった。DKAはやはり有意に高かったが、使い方を分かってきたせいか11件/2200人だった(サプリメントによれば1件が血糖250mg/dl未満のいわゆる「eDKA」であった)。

 尿路・性器感染症についてはサプリメントに書かれているが、尿路のほうは有意差がなく、性器真菌感染症は男性で28件/1439人、女性で22件/761人と有意に高かった。


 腎臓内科のフィールドで、しかもDKDという本丸で、ここまで強いエビデンスが出たのは本当に久しぶりだと思う。約束どおり、investigatorの皆さまに拍手を送りたい。近位尿細管などいままで未解明だった領域に臨床応用が進む第一歩。今後もこの調子で行けば、きっとキセキは起きる。




[2019年5月24日追記]上記CREDENCEの結果はメルボルン開催のWorld Congress of Nephrology(WCN)でPIのVlado Perkovic先生から発表されたが、そのとき会場の聴衆が本当にスタンディング・オベーションしていたことが分かった。

 スタンディング・オベーションは、プライマリ・アウトカムを紹介する時、あえてP値のない2本のグラフをスライドにして、そのあとからP値が「0.00001」だと発表したときに起こったそうだ。いわれてみれば、驚異的な値だ。

 もう読者は推察されているだろうが、これもKSN2019で得た情報だ。APSN/KSN CMEで、APSN会長でもある(WCNにもいらっしゃった)南学正臣先生が、酸化ストレスと低酸素のAKIやDKDへの影響についてのレクチャのなかで紹介してくださった。

 もちろんレクチャはスタンディング・オベーションだけでなく、「何が良かったか?」「これからは?」など一歩も二歩も踏み込んだもの(写真は、バルドキソロン国内第三相試験、AYAMEの紹介)だったが、それについては稿を改めて紹介する予定だ。






2017/06/19

滝を追いかける 5

 閉塞後多尿(POD)のマネジメントについて、いろんな先生がいろんなことをいっているが根拠はあいまいなことがおおい。そんななか、ある文献(Can Fam Physician 2015 61 137)には、

・いたちごっこをさけるため、1時間にでた量の75%を次の1時間で補う(レベルIIIエビデンス)

 など一部の記載にエビデンスがつけてある。この文献ではさらに、

・認知機能の問題がなければ食事飲水してもらう
・認知機能に問題があれば0.45%NaClで補う
・24時間尿3L以下ならおそらく自然軽快していく
・3L以上でるなら病的PODで、Na・K・Mgなどの電解質異常や酸塩基平衡異常、ショックなどに注意して輸液する

 とも書いていて、これらはエビデンスはない。けれども、どの先生もだいたい同じようなことを言っているのでコンセンサスかと思う。0.45%NaCl輸液を推奨するのは、PODの尿がisothenuric(希釈も濃縮もされない、という意味)で尿Na濃度がだいたい80mEq/lだからという。




 …とまあ、コンサルトを受けると腎臓内科医はいろいろ調べる。そのうえで、どうやってお返事したらいい?ここからはサイエンスというより、アートかもしれない。正解はひとつじゃないけれど、たとえば回答例は:



 
ネフロ・ガールさん、


 ブログを読んでくださりありがとうございます。ご相談ありがとうございます、AKI後の利尿期にどう輸液するか、悩みますよね。おっしゃるように、足りないのも困るし、入れすぎても「いたちごっこ」になるのが心配です。

 AKI後の利尿期に特化した文献はあまりみつからなかったのですが、似た病態(移植後、閉塞後)なども参考に、またわたしの経験も参考にすると、この三点を考えてはどうでしょう。

1.どれくらいの量、どんな組成の尿がでているのか 

 3-4L/d以上ならより心配で、電解質や腎機能をこまめに測る必要があるかも知れません。尿Na 80mEq/lくらいが多いですが、尿生化学・比重もチェックしておくと安心と思います。

2.輸液をはじめる時点でどれくらい体液がたまっているのか

 たまっているほどたくさんでるかもしれませんし、血圧や腎機能が安定していれば追いかけすぎないほうがいいおかもしれません。個人的には、体重をはかって入院前と比較してどれくらい体液過剰になっているかの目安にしています。

3.輸液と尿以外に、どのような水分摂取と水分喪失があるのか

 食事(経管栄養)、飲水、不感蒸泄、消化液(胃管のドレナージや下痢)など、日を追って状況が変わりますのでそれを考えて輸液量を決めるのがいいと思います。


 そのうえで、具体的にはこんなアドバイスができるかもしれません。あくまで参考にされて、ご自分のいる施設のやり方や他の先生のやり方も聞いてみるといいと思います。

 
 尿測して1時間に200ml/h以上(5L/d以上)でるようなら、1時間ごとポンプで輸液速度を変えて追いかけられる環境で尿量の75%くらい追いかけたほうがいいかもしれません(腎移植後などがそうです)。体液喪失でショックがみこまれるならICUなども考慮して、最初の24時間くらいは6-12時間おきに血液検査や尿検査してもいいかもしれません。

 尿量がそれより少ない(3L/dくらい)なら一般病棟でみてどうでしょう。輸液は、食事や飲水ができていなければ「維持液」と「補充液」にわけると管理しやすいかもしれません。前日から3Lでたなら、2L(50-75%)くらい全体で輸液するとして、維持液1-1.5L、補充液0.5-1Lとか。3L以上でたら1Lごとに0.5Lの追加輸液する必要時オーダも選択肢と思います。

 数日のうちに経口摂取が大丈夫になって尿量も落ち着くでしょうから、それに応じて漸減するといいと思います。その頃には維持液とか区別しなくてもいいと思います。慣れれば、予め数日分漸減する輸液オーダをして、尿量や電解質・腎機能に応じて調整してもいいと思います。ここでも、測れれば、体重が意外と役立つかもしれません。

 輸液の種類ですが、移植後や閉塞後多尿には0.45%NaClが推奨されることがおおいです。ただAKI後利尿の場合はこれというのがないので、電解質、尿生化学などをみて決めると思います。日本はNa 0mEq/l、約30mEq/l、約100mEq/l、約130・140・150mEq/lの500ml輸液が一般的なので、それらを組み合わせてもいいと思います。


 参考になれば幸いです。輸液管理がうまくいき、またやりがいあるものになって、患者さんがよくなるよう願っています。貴重な学びの機会をありがとうございました、これからも応援よろしくお願いします!


 追伸:多尿だったりAKI後だったりで尿カテーテルが入ってる人は、入れっぱなしに注意したほうがいいと思います。




(写真はWaterfallという曲を1994年にだしたTLC。歌詞に「滝を追いかけないで」とある)



2017/06/18

抗凝固薬と腎機能障害 1

今回は抗凝固薬と腎機能障害について考えてみる。
当ブログでも以前にも抗凝固薬については色々と触れている。

まず、抗凝固薬についての簡単な振り返りである。
よく比較されるのが、抗血小板薬である。

ご存知のように抗血小板薬は血小板血栓(血小板凝集に伴いできる)を防ぎ、抗凝固薬はフィブリン血栓を防ぐ。

血小板血栓に関しては動脈(流れが早い所)に多い。そのため、脳梗塞などの予防にはこう血小板薬が用いられる。

対して抗凝固薬はフィブリン血栓は静脈(流れが遅い)に多い。そのため、深部静脈血栓症や心房細動の際の血栓予防に用いられる。

抗凝固薬は作用機序によって大きく3つに分かれる。
・ビタミンK拮抗作用(Ⅱ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹの凝固因子の補因子)のあるワーファリン
・直接的にトロンビンを阻害するダビガトラン
・Ⅹa因子(トロンビンの活性化を促進する)阻害薬のリバロキサバン、エドキサバン
、アピキサバン
がある。

ちなみに商品名は
  1. ダビガトラン(商品名:プラザキサ®)
  2. リバーロキサバン(商品名:イグザレルト®)
  3. アピキサバン(商品名:エリキュース®)
  4. エドキサバン(商品名:リクシアナ®)
  5. である。

ワーファリン以外の抗凝固薬の総称に関しては以前はNOAC(novel oral anticoagulation)と言われていたが、2015年の国際血栓止血学会の提言でDOAC(direct oral anticoagulation)という名称の呼び名になった。
この呼び名に関してもNOACが新規の時期を過ぎたために、違うのにしようと先の国際血栓止血学会はボードメンバーに様々な用語の提案をしている。
具体的には
・「直接経口抗凝固薬(DOAC:direct oral anticoagulation)」
・「非ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(NOAC:non vitaminK antagonist oral anticoagulation)」
・「新規経口抗凝固薬(NOAC:novel oral anticoagulation)」
・「経口直接阻害薬(ODI:oral direct inhibitor)」
・「特異的経口直接抗凝固薬(SODA:specific oral direct anticoagulant)」
・「標的特異的経口抗凝固薬(TSOAC:target specific oral anticoagulation)」
が提示され、
DOAC(58.4%)、TSOAC(49.4%)、非ビタミンK拮抗OACでNOAC(39.0%)の順であった。

まずは、ここまでで、次回これらを使うことの腎臓にとっての影響などに触れたいと考える。


2017/06/16

滝を追いかける 4

 閉塞後多尿(POD)は、実験しやすいので昔からいろいろ調べられており、教科書にも割と深くその仕組みが書いてある。Brennerの37章がそれに当てられているが、著者の一人がMark L. Zeidel先生なことから話は少しdigress、つまり脱線する。

 Zeidel先生と出会ったのは2003年のピッツバーグ(当時の写真はこちら;この投稿を書いたのは私ではないが)。そのときは、Zeidel先生が腎臓内科医なことも知らなかったし、そのあとこの街で研修することになるなんて思わなかった。

 2010年、ピッツバーグで研修医になりCCUをまわっていたとき、循環器フェローがボストンでZeidel先生に教わったと聞き、ピッツバーグから移られたのを知った。そして今年、この調べものをして先生の著作に会った。7年周期なのだろうか。

 医師のジェダイ道は、私は大事だと以前から思ってきた。そして、たくさんの恩師から心に刻む教えを受けた(たとえばこれ)。こういう質問に答えるのも、知識や智恵を共有するのも、ジェダイ・ナイトフッドの実践と思ってつづけていきたい(写真はオビ=ワン・ケノービ)。





 さて、そのZeidel先生は何と書いているか?閉塞解除後は、糸球体の機能が落ちてGFRが下がるのに尿細管機能もおちて再吸収と濃縮ができなくなり尿は多くなる(JCI 1978 62 1228、JCI 1982 69 165)。また両側閉塞では体液貯留の影響もある。

 遠位尿細管、ループ上行脚などネフロンほぼ全域にわたってNKCC2、ENaC、NHE3、NaPi-2など多くの輸送体遺伝子の転写とたんぱく発現が低下する。NKCC2の再吸収がおちれば対向交換系がはたらかず、ネフロンの浸透圧勾配と、それによる濃縮力がおちる。

 この仕組みもある程度調べられている。ミトコンドリアの密度が低下しATPが作れなくなるので、Na/K-ATPaseによる能動輸送にまでエネルギーを回せなくなる。閉塞で尿がとどかなくなるので、再吸収しなくてよくなるせいもある。COX-2誘導でPGE2が著明にふえる、単球が誘導され炎症サイトカインをだす、AGII-AT1Rの系も関係しているようだ。

 尿濃縮は浸透圧勾配と、集合管のAVP-V2R-AQP2系(図はEur J Physiol 2012 464 133)による水再吸収が大事なはたらきだ。閉塞後にはV2R自体も減っているが、その下流の細胞内cAMP濃度上昇を起こしてもAQP2は増えないし内腔側にも動いてくれない。PGE2濃度上昇がAQP2抑制に効いているという結果がでているらしい。




 両側閉塞のばあい、体液貯留が問題になる。その結果、浸透圧利尿もおこるし、ほかに交感神経低下、アルドステロン低下、ANP増加などがおこる。とくにANPはマクラデンサでreninを抑制し、近位尿細管でAGIIを抑制し、集合管でアルドステロンを抑制するらしい。


 このように仕組みがいろいろ分かっているのは素晴らしいが、具体的にどう治療すればいいのだろうか?つづく(写真はピッツバーグ近郊の落水荘)。




2017/06/14

滝を追いかける 3

 移植がうまくいくとみんながハッピーで、人類愛に満たされ心があたたまる。しかし移植後は危険も潜んでいるから注意が必要だ。移植後多尿に関するそんな論文が、ふたつあったので紹介する。

 一つ目(doi:10.1111/j.1432-2277.2005.00221.x)は155cm45kgの30代女性が195cm111kgの夫から腎グラフトを受けたケース。体格ミスマッチの移植には独特の問題がある(こちらも参照)が、ともかくフロセミドとマニトールも使ったので、この例は術後に1-2L/hの尿が出た。

 それをハーフ生食で補充していたが、移植9時間後にけいれんを起こし、調べるとNaが140mEq/lから113mEq/lに低下。Na欠乏量を体重×0.5×(140-113)で計算し602mEqと見積もったが、一気に戻すわけにもいかないので12時間で120mEq/lに戻そうと、体重×0.5×(120-113)の155mEqに近い量を3%食塩水で投与した(25mlを12時間で153mEq)。

 けいれんは止まり、12時間後には122mEq/lになった。その間にも尿は出ていたはずだが、尿については補充をつづけ、Na補正は3%食塩水でおこなったのかもしれない。そのあと0.9%食塩水に切り替え、予後良好で退院した。

 ふたつ目(CKJ 2016 9 180)は44歳男性で献腎移植を受けたケース。移植後の多尿がおさまらない。この方は多尿の家族歴があって幼い頃「腎性尿崩症」と言われたそうだが、腎臓を移植しても腎性尿崩症がつづくだろうか?

 しらべてみると、中枢性尿崩症だった。遺伝子検査をおこなうと、AVP遺伝子そのものではなくて、その9kb先にあるc.225>G point mutationが異常だった(flanking microsatellite markersを用いてわかったそうだ)。これが異常だと、AVP遺伝子のNeurophysin II部分(図はBrenner教科書)、75番目のアミノ残基がシステインからトリプトファンにかわるので、たんぱくの折りたたみが異常になるのかもしれない。




 たまっていた浸透圧物質と水が腎臓の尿濃縮能低下で排泄され多尿になる事態が、AKI後、移植後とべつに少なくとももうひとつある。もうお分かりかもしれないが、閉塞後多尿(post-obstructive diuresis、POD)だ。つづく(写真はヴィクトリアの滝)。



 

2017/06/12

滝を追いかける 2

 移植直後の多尿は、経験すれば忘れない(アメリカ時代、移植ローテーションの月に書いた)。けれど、移植を経験しなければ、移植直後に多尿になるということは意外と知られていないかもしれない。

 無尿の透析患者さんが、移植の瞬間からどんどん尿が作られるのは感動的でもある。逆に、献腎で虚血時間が長いなどあればDGF(Delayed Graft Function)、つまり移植後もしばらく透析が必要になり、眠っている腎グラフトが起きるまで待つ。
 
 おそらく移植施設の数とおなじだけ輸液プロトコルがあって、統一されたものはない(Clin Trans Proc 2002 34 3142)。ただ、多くは「維持液」と尿量に応じて増やす「補充液」の二本立てで、この補充液を徐々に減らして「いたちごっこ(autodiuresis)」を防いでいるのはコンセンサス。

 Handbook of Kidney Transplantation5版の例は、維持液が5%グルコース30ml/h、補充液がハーフ生食(移植後の尿の組成にちかい)。補充液は、1時間の尿が200mlまでは100%、それ以降は50%補充している。300mlなら、200+100×50%で250ml。電解質や酸塩基平衡は、適宜測る。
 
 こんなに丁寧に輸液するのは移植後がクリティカルな時期だからで、AKI後の利尿期にそこまではできない。けれど「維持液と補充液に分ける」「尿組成にあわせた補充液を選ぶ」などの考え方や、「尿の一定量ごとに一定量の輸液を補充する約束オーダ」、などは役に立つかもしれない。

 移植後多尿は感動的な日常茶飯事とはいえ、ときに危険なことも。つづく(写真はイグアスの滝)。






 

2017/06/08

滝を追いかける 1

僕たちのキセキさん、

 こんにちは!いつもブログ、楽しみにしています。

 きょうは質問にメールしちゃいました(> <)!

 AKIから回復して「利尿期」の入院患者さんって、輸液どうすればいいですか??

 いつも「3本(1500ml/d)」とか、「5本(2500ml/d)」とか、なんとなくでオーダーしちゃってます...f(^^;)

 でも、滝のようにでる尿をみながら不安なんです。。。

 追いつかなかったらどうしよう…(××;)

 とか、

 追いかけすぎてもいたちごっこだし…(-ω-;)?

 とか考えちゃって。もし何か参考になるものがあれば教えてください!

 それでは、今後の投稿も楽しみにしてます☆

 ネフロ・ガール




 彼女になんと答えよう?

 正直「追いかけて、追いかけても、つかめないものばかりさ(CHAGE and ASKA 『太陽と埃の中で』、1990年)」などと、彼女にわからない冗談をいってお茶を濁したくなる。調べてもあまりよい文献が見つからないからだ。

 Post-ATN diuresisで検索して、かろうじて17年前の家庭医向け総説(Am Fam Physician 2000 61 2077)に「数日後から数週間は多尿になるので脱水に気をつけて」の一言があった。その根拠となる22年前の総説(Lancet 1995 346 1533)にも「ARF(当時はまだAKIじゃない)はまず乏尿期、つぎに利尿期になる」とあるだけ。

 それより上位にヒットするのは、50年前の西ドイツの論文(Proc Europ Dial Transpl Ass 1967 4 297)で、「ARF後の多尿は、総たんぱく濃度がさがると止むが、アルブミンを補充すると再開する」という、昔のアル・ラシ(アルブミンとラシックスを一緒に注射し利尿を図った治療)を髣髴とさせる内容だ。

 ならば、Google先生に頼るのはやめて自分の脳を使うしかない。

 AKI後の多尿には、主に三つが考えられる。一つ目は、たまっていた浸透圧物質がでていく際におこる浸透圧利尿。二つ目は、尿細管障害による一種の「腎性尿崩」状態。三つ目は急性期の輸液負荷した分が戻ってくることだ。

 そう考えると、AKI後の利尿期と似たような場面がふたつある。

 ひとつは、移植直後の多尿だ。

 PEKTをうけるCKD患者さんであれ透析患者さんであれ、移植前には老廃物がたまっている。腎グラフトは生体腎であれ献腎であれcold ischemia timeとwarm ischemia timeが存在するから、虚血後再潅流で尿細管機能が完全ではないかもしれない。そして、移植前・移植中は低血圧を避けるため、DWより残して透析を終えたり輸液したりする。

 じゃあ、移植直後の多尿について分かっていることはなんだろう。つづく(写真はナイアガラの滝)。





2017/06/06

低ナトリウム血症におけるreset osmostat(reset osmostat in hyponatremia)

 今回、低ナトリウム血症の中のreset osmostatについて触れたいと思う。

 僕はこの概念を知ったのは後期研修医になってからと比較的遅かった。最初はよくわからないなと感じて、今回この論文(AJKD 2017)をよんで色々と分かった部分もあり、つねに勉強することが重要だなと感じた。

 まず、入院患者の低ナトリウム血症で最多の原因としてはSIADHといわれている(Eur J Endocrinol 2010)。
 
 SIADHにおいてはADH調整パターンは下記のように4つあると言われている。

 ①:古典的SIADH:浸透圧とは関係なしにADHが出てしまう(悪性腫瘍などに多い)。
 ②:視床下部のバソプレシン抑制ニューロンの障害で持続的にバソプレシン(ADH)がでてしまう。
 ③:臨床的にはSIADHを疑うが、ADH増加はみとめていない。:まれだがバソプレシン受容体変異により不適切に抗利尿が働くパターン(大人にも子供にも表出)
 ④浸透圧調整系に対するバソプレシン反応も問題なく、集合管での濃縮希釈機能も問題ないが、ADH分泌の閾値が低い

 この中の④がいわゆるreset osmostatにあたる。

 これは、重度の神経学的な異常、肺疾患、感染症、アルコール依存、悪性腫瘍、外傷などでもみられる。

 古典的なSIADHとreset osmostatを分けることは治療にとっても非常に重要な部分である。SIADHであれば飲水制限が重要ではあるが、reset osmostatではそうではない。

 ・定義について

 基本的な事項として人間の体では、血清浸透圧は280-290mOsm/kgになるように調整されており、これが浸透圧系とよばれている。この調整に関わる因子がADHである。
血清浸透圧が<275mOsm/kgではADH分泌は抑制されるし、血清浸透圧が上昇すればADHが分泌し浸透圧を整える。

 しかし、reset osmostatでは、ADHの出る閾値が低く慢性的な低ナトリウム血症になっている。




 この図ははreset osmostatの患者で血清Naが低いのに尿浸透圧上昇しているのがわかる。



 この図はreset osmostatの患者の血清Naと尿浸透圧の推移であり、血清Na130前後で尿浸透圧の増加がある。

 ・検査について

 Reset osmostatの検査にはどんなものがあるかだが、水分負荷試験である。

 経口でも点滴でもかまわないが、10-15ml/kgの水分負荷をおこない、reset osmostatであれば4時間以内に水分負荷量の80%以上が尿から排出されるが、SIADHではこれがおこらない。

 これは、reset osmostatでは前述したように集合管の部分の機能は維持されているためである。

 ・機序について

 なぜ、これが起こるかに関しては様々なものが言われている。

 ①腫瘍浸潤や自律神経の疾患で抑制系に支障がきて低い浸透圧でADHがでてしまう。
 ②sick cellsといわれる細胞膜の障害で細胞内外の電解質のバランスが崩れてADHの早期分泌が生じる。

 妊娠はreset osmostatがしばしば生じるため注意をする。平均5mEq/L低下し、妊娠後8-10週で達する。

 ・治療について

 治療は前述した何らかの原因があるのであれば、そちらの治療を行う(結核が根底にあるならそちらの治療を)。

 補正をすることで、逆に狡猾が刺激される場合があるため無理に正常に戻す必要はない。

 今回の論文ではもともと中枢性尿崩症で慢性的にDDAVPを使用しており、その慢性的な使用がreset osmostatを生じたのではないかというものであった。

 DDAVPに関しては短期的な副作用で多いのは軽度の低ナトリウム血症や頭痛である。
長期的使用に伴う副作用の報告は少ない。

 慢性的にDDAVPを使う中枢性尿崩症などの症例に出会うことは腎臓内科医としては少ないかもしれない(内分泌科で管理が多いかと。)

 ただ、今回この論文からはreset osmostatについても勉強になる部分も多い。



2017/06/05

HIF-PH阻害薬アップデート

 貧血で輸血依存で大変だった透析患者さんが、EPOの発見・単離・合成で救われた。けれどもEPO(ESA)抵抗性というのはあって、ESAだけでは治らない貧血も多い(いくつかの原因について以前にふれた;図はそこで取り上げた論文より)。そして、ESA必要量が多くなる患者さんほど予後がよくない。




 ESA抵抗性のひとつに、機能的鉄欠乏(functional iron deficiency、FID)がある。端的に言うと鉄利用障害で、2003年に発見されたヘプシジンなどが重要な責任分子だ。この状態に陥ると、鉄を補充しても却って貯蔵鉄の利用ができなくなり、悪循環になる。

 FIDを解決しようと開発されているのがHIF-PH阻害薬だ。以前にこのブログでも取り上げられた(ここここ)が、HIF-PHを阻害するとHIFが分解されずに安定し、造血と鉄利用障害が改善する。

 そのHIF-PH阻害薬のレビュー論文(AJKD 2017 69 815)がでたから紹介する。「あと少しで市場にでてくるから、MRさんがきれいな動画とパンフレットをもって説明に来る前に、自分達でも準備しておきましょう」ということなのかもしれない(HIFは高地への適応と関係あるから、パンフレットはこんな表紙かも)。




 いまのところ、治験中なのは4種類だ。

 Roxadustat(FG-4592):週3回飲むお薬で、第3相。日本では透析患者さんを対象にしたオープンレーベルの試験(NCT01888445)、透析非依存の患者さんを対象にした二重盲検試験(NCT01964196)がおこなわれている。下痢、悪心、高血圧が副作用に挙げられる。

 Vadadustat(AKB-6548):毎日飲むお薬で、第3相。Roxadustatも下痢、悪心、高血圧を起こすことがある。透析患者さんを対象にしたINNO2VATE、透析非依存患者さんを対象にしたPRO2TECTプログラムが治験中だ。なお、Akebia社が開発した6548番目の分子なだけで、AKB48とは関係ないはずである。

 Daprodustat(GSK-1278863):毎日のむお薬。米国で第2相、日本では第3相(JASN 2015 Suppl 26 818Aというポスター発表もされている)。悪心が知られる。

 Molidustat(BAY85-3934):毎日のむお薬。第2相。ほかのに比べて、高血圧になりにくいかもしれない。動物実験で血圧をさげるデータがあるそうだ。

 なおDPP4阻害薬がラットである種の腫瘍をおこしたように、HIF-PH阻害薬もVEGFの活性化により悪性腫瘍や糖尿病性網膜症を悪化させる可能性がある。いままでの治験ではVEGFレベルに変化はないらしいが、注意は必要だ。

 腎性貧血はEPO欠乏とFIDどちらもが関与しているからESAはESAで重要だ。HIF-PH阻害薬は、ESA抵抗例から用いられていくのかなと思う。そのように用いられながら長期の安全性が確かめられ、「使い勝手」もわかってきて、適応や使用例がだんだん広がっていくのかもしれない。

 治療の武器はたくさんあったほうがいいので、このクラスも慎重に広まって根付いてくれたらいいなと思う。



 [2019年10月4日追記]上記のRoxadustatが、ついに日本でも透析患者に認可された!




 しかも、上図のように高山を意識した宣伝になっていた(商品名:エベレンゾ®)!このクラスで世界初なので、最高峰のエベレストにあやかったのだろうか?




 Roxadustatは、じつは昨年12月には中国で透析患者にまず認可され(商品名は爱瑞卓、Ai Rui Zhuo®;エポエチンアルファとの非劣勢を示したスタディはNEJM 2019 381 1011)、今年4月には非透析依存患者にも拡大していた(プラセボと比較したスタディはNEJM 2019 381 1001)。今後世界で認可が広がるだろう。

 内服なので注射が要らない(冷蔵保存なども要らない)利点がある一方、透析患者では「飲み薬がまた増える」という面もあるだろう。週3回なので、まだ少ないとも言えるし、飲み忘れやすいとも言える。

 また、上に挙げた消化器系副作用や理論上のVEGF活性化だけでなく、前掲論文では高カリウム血症・代謝性アシドーシスが多かったので、これらには引き続き注意が必要だろう(保存期CKD患者では重曹量が増えるかもしれない)。

 非EPOのESAではPegisenatideで残念な思いをしたが(こちらも参照)、HIF-PH阻害薬はHIF-PHという別の軸で効くお薬でもあり、日の目を見ることを期待していた。スタートラインに立ったこのクラスが、腎臓内科領域で大事な位置を占めるといいなと思う。


(写真は、ハイチのことわざ「山を越えればまた山がある」をタイトルにした、ポール・ファーマー医師の話。ピュリッツァー賞を受賞し、『国境を越えた医師』として2004年に訳書が刊行されている)




2017/06/02

脂質異常症の治療〜PCSK9阻害薬にもふれて〜

脂質異常症についての簡単なUPDATEについて前回はふれた。

やはり慢性腎不全の患者でも脂質の管理に関しては本当に悩まされる。
少し、今回は治療についてふれたいと思う。

治療に関しては大筋は
・スタチン製剤
・非スタチン製剤
に分けられる。

非スタチン製剤はエゼチミブ(小腸コレステロールトランスポーター阻害)、PCSK9阻害薬に大きくは分けられる。

エゼチミブに関してはNEJM 2015に急性冠症候群の治療で、スタチンにエゼチミブを併用するとLDL-Cの改善と心血管アウトカムが低下するという報告が出ている(IMPROVE-IT trial)。この研究ではLDL-コレステロールを下げるのは悪いことではないという形で報告している。





もう一つの非スタチン製剤がPCSK9阻害薬である。
この薬剤に関してはPCSK9は肝臓で産生されるプロテアーゼ。
これに対するモノクローナル抗体で、PCSKを阻害する。
本来は図の上のようにPCSK9がLDL receptorにくっつき、細胞内でLDL-Cと一緒に分解されてしまう。
PCSK9阻害薬により下の図のようにLDL-receptorは破壊されず、LDLの血中からの吸収を行い続け低下させる仕組みである。
現在日本にはPCSK9阻害薬は2種類でエボロクマブ(レパーサ皮下注)とアリクロマブ(プルエント皮下注)である。
PCSK9阻害薬の試験といえば有名なのはFOURIER trial(NEJM 2017)である。
この研究は日本を含む機関で実施された研究で27564名を対象に行われている。
この結果はPCSK9阻害薬の使用でLDL-Cは92mg/dL→30mg/dL(48week)と優位なLDL-C低下作用を認め、一次エンドポイントとして設定した主要心血管イベント(心血管死,心筋梗塞[MI],脳卒中,不安定狭心症による入院,冠動脈血行再建術の複合エンドポイント)も低下させた。
腎不全の人には使用できるという点では安心ではある。

常に考えるのは値段である。
エボロクマブは140mgの注射は1本 23000円近い。通常は2週間に1回の使用か4週間に3回の使用であり、1ヶ月に5万円ほどかかる。。
患者にとっての負担は大きく、これに関してはJAMAの論文でもふれていて、もっと安ければ費用対効果はいいのにとしている。

現在、悪性腫瘍に関しても抗体製剤が出現しており、費用が問題となっている。
我々は、患者さんのことももちろん経済的なことやpolypharmacyにならないように常に考える必要がある。



2017/06/01

脂質異常症について。ガイドラインを踏まえて。

今回は、腎疾患患者では非常に重要な脂質異常症のガイドラインについて簡単に触れたいと思う。

Q1:そもそも脂質異常症のガイドラインは一つなのか?
→かなり色々と分かれている。
・ACC/AHA  (2013 米国循環器学会)
・JBS3 (2014 英国)
・ESC/EAS(2016 ヨーロッパ)
・USPSTF(2016 米国予防学会)
・AACE/ACE(米国 内分泌学会)→これが最新(2017/5)

上記の赤字の部分はCKDにおける脂質異常症に触れているものである。KDIGOからも脂質異常症のガイドラインが出ている。

日本では2013年に脂質異常症治療ガイドが出ている。(動脈硬化学会)


Q2:どのガイドラインも同じ方向性?
→推奨はやはり各ガイドラインでばらつきがある。
ただ、基本方針としては
・患者のリスク評価→スタチン治療の検討→評価という形かと思う。

Q3:患者のリスク評価はどうすればいい?
→これもやはりばらつきはある。(添付にカリキュレーターがある。)




Q4:では、目標は何をターゲットにして、最近のガイドラインはどのように変更されたのか?
→目標に関しては、最近はLDL-Cがターゲットになっている。
これは、LDL-C上昇が心血管リスクイベント上昇との相関があるためである。

では、LDL-Cに関して
ESC/EASガイドラインではリスクを①very high risk、②High risk、③moderate/low riskに分けている。
①:LDL-C<70
②:LDL-C<100
③:LDL-C<115
が推奨されていた。

今回2017年のAACE/ACEガイドラインでかなり数値を厳しくしている。
リスクは5つに分かれ、①Extreme risk、②Very high risk、③High risk、④Moderate risk、⑤Low riskに分かれる。
①:LDL-C<55
②:LDL-C<70
③:LDL-C<100
④:LDL-C<100
⑤:LDL-C<130
が推奨されている。

ちなみにCKD患者は最新のガイドラインではどこに入るだろうか?
CKD患者でCVD疾患を有している人は①
CKD患者でCVDリスクを有している人は②
CKD患者でリスクを持っていない人は③
となる。

なので、CKD stage3以上の人は少なくともLDL-C<100は目標にすべきである。

次回、治療薬について少し進展している話題を触れたいと思う。