2017/06/05

HIF-PH阻害薬アップデート

 貧血で輸血依存で大変だった透析患者さんが、EPOの発見・単離・合成で救われた。けれどもEPO(ESA)抵抗性というのはあって、ESAだけでは治らない貧血も多い(いくつかの原因について以前にふれた;図はそこで取り上げた論文より)。そして、ESA必要量が多くなる患者さんほど予後がよくない。




 ESA抵抗性のひとつに、機能的鉄欠乏(functional iron deficiency、FID)がある。端的に言うと鉄利用障害で、2003年に発見されたヘプシジンなどが重要な責任分子だ。この状態に陥ると、鉄を補充しても却って貯蔵鉄の利用ができなくなり、悪循環になる。

 FIDを解決しようと開発されているのがHIF-PH阻害薬だ。以前にこのブログでも取り上げられた(ここここ)が、HIF-PHを阻害するとHIFが分解されずに安定し、造血と鉄利用障害が改善する。

 そのHIF-PH阻害薬のレビュー論文(AJKD 2017 69 815)がでたから紹介する。「あと少しで市場にでてくるから、MRさんがきれいな動画とパンフレットをもって説明に来る前に、自分達でも準備しておきましょう」ということなのかもしれない(HIFは高地への適応と関係あるから、パンフレットはこんな表紙かも)。




 いまのところ、治験中なのは4種類だ。

 Roxadustat(FG-4592):週3回飲むお薬で、第3相。日本では透析患者さんを対象にしたオープンレーベルの試験(NCT01888445)、透析非依存の患者さんを対象にした二重盲検試験(NCT01964196)がおこなわれている。下痢、悪心、高血圧が副作用に挙げられる。

 Vadadustat(AKB-6548):毎日飲むお薬で、第3相。Roxadustatも下痢、悪心、高血圧を起こすことがある。透析患者さんを対象にしたINNO2VATE、透析非依存患者さんを対象にしたPRO2TECTプログラムが治験中だ。なお、Akebia社が開発した6548番目の分子なだけで、AKB48とは関係ないはずである。

 Daprodustat(GSK-1278863):毎日のむお薬。米国で第2相、日本では第3相(JASN 2015 Suppl 26 818Aというポスター発表もされている)。悪心が知られる。

 Molidustat(BAY85-3934):毎日のむお薬。第2相。ほかのに比べて、高血圧になりにくいかもしれない。動物実験で血圧をさげるデータがあるそうだ。

 なおDPP4阻害薬がラットである種の腫瘍をおこしたように、HIF-PH阻害薬もVEGFの活性化により悪性腫瘍や糖尿病性網膜症を悪化させる可能性がある。いままでの治験ではVEGFレベルに変化はないらしいが、注意は必要だ。

 腎性貧血はEPO欠乏とFIDどちらもが関与しているからESAはESAで重要だ。HIF-PH阻害薬は、ESA抵抗例から用いられていくのかなと思う。そのように用いられながら長期の安全性が確かめられ、「使い勝手」もわかってきて、適応や使用例がだんだん広がっていくのかもしれない。

 治療の武器はたくさんあったほうがいいので、このクラスも慎重に広まって根付いてくれたらいいなと思う。



 [2019年10月4日追記]上記のRoxadustatが、ついに日本でも透析患者に認可された!




 しかも、上図のように高山を意識した宣伝になっていた(商品名:エベレンゾ®)!このクラスで世界初なので、最高峰のエベレストにあやかったのだろうか?




 Roxadustatは、じつは昨年12月には中国で透析患者にまず認可され(商品名は爱瑞卓、Ai Rui Zhuo®;エポエチンアルファとの非劣勢を示したスタディはNEJM 2019 381 1011)、今年4月には非透析依存患者にも拡大していた(プラセボと比較したスタディはNEJM 2019 381 1001)。今後世界で認可が広がるだろう。

 内服なので注射が要らない(冷蔵保存なども要らない)利点がある一方、透析患者では「飲み薬がまた増える」という面もあるだろう。週3回なので、まだ少ないとも言えるし、飲み忘れやすいとも言える。

 また、上に挙げた消化器系副作用や理論上のVEGF活性化だけでなく、前掲論文では高カリウム血症・代謝性アシドーシスが多かったので、これらには引き続き注意が必要だろう(保存期CKD患者では重曹量が増えるかもしれない)。

 非EPOのESAではPegisenatideで残念な思いをしたが(こちらも参照)、HIF-PH阻害薬はHIF-PHという別の軸で効くお薬でもあり、日の目を見ることを期待していた。スタートラインに立ったこのクラスが、腎臓内科領域で大事な位置を占めるといいなと思う。


(写真は、ハイチのことわざ「山を越えればまた山がある」をタイトルにした、ポール・ファーマー医師の話。ピュリッツァー賞を受賞し、『国境を越えた医師』として2004年に訳書が刊行されている)