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2021/08/08

CKDと貧血を復習〜原因、病態、鉄について〜

 大変ご無沙汰しています!

こんなに投稿できなかったのは、久々です。執筆陣は元気ですので、ご心配しないでください!


久々の内容はCKD(慢性腎不全)における貧血について少しずつ考えてみようと思います。過去にも投稿はあるので、そちらも参考にしてもらいたいです。


・貧血はCKDの進行とともに必ずくるものなのか?

・・CKD(慢性腎不全)の進行に伴い貧血の重症度は増加するが、CKDの進行と貧血の人数の関係は相関性はなく、患者によって変化する。透析前のCKD患者では約50%が貧血を有していると言われている(Curr Med Res Opin.2004)。


・CKDにおける貧血は影響があるのか?

・・貧血は組織酸素運搬の低下をもたらし、倦怠感や息切れや活動性低下につながる。また、観察研究では貧血は左室肥大(AJKD 1996)、死亡率の上昇(JASN 1999)との関連性が示唆されているが、RCT(NEJM 2009)では貧血の改善に伴い左室肥大や死亡率の改善には寄与していない。これらのことから、貧血ではない他の因子が関連している可能性が考えられている。


・何がCKDにおける貧血の原因になるのか?

・・一般的な原因は下記のものになる(AJKD 2008)。

−相対的エリスロポエチン不足

−鉄欠乏

−失血

−炎症、感染

−隠れている血液疾患

−副甲状腺機能亢進症(透析患者)

−溶血

−栄養不足


・鉄不足の場合には、経口鉄と静脈鉄はどちらがいいのか?

・・安価(経口 8円/錠 vs 60円/1A)で、投与がしやすいことや貧血の改善に効果的であることから経口投与が推奨される。

*少し深掘り

まず、鉄不足は、Absolute iron deficiency (鉄吸収低下による欠乏)とFunctional iron deficiency(機能的鉄欠乏)に分けられる。

Absolute iron deficiencyは消化管出血や手術後の出血、透析によるものなどや稀だが摂取不足によるものが原因となる。TSAT低下、Ferritin低下が特徴。

Functional iron deficiencyは貯蔵鉄はたくさんあるが、ESA製剤を用いても赤芽球への取り込みが悪くなってしまうものである。TSAT低下、Ferritin上昇が特徴。


起こる病態としては、ヘプシジン(鉄の恒常性を調整するもの)上昇に伴う2次性の鉄欠乏であると考えられている(Semin neph 2016)。ヘプシジン上昇は慢性炎症や腎臓からのヘプシジンのクリアランス低下によって生じている。ヘプシジンは細胞の内側から外側へ鉄イオンを輸送する機能を持つ膜貫通タンパク質であるフェロポーチン(Ferroportin)に結合する。それによって、ヘプシジン上昇によって、フォロポーチンの働きを抑制し、鉄の細胞の内在化と劣化を起こす。また、ヘプシジン上昇によって十二指腸や肝臓、脾臓マクロファージからの鉄の放出を抑制する。


・鉄剤の経口投与は飲めない人がいるよどうしよう?

・・一定頻度で、消化器症状で飲めない人がいる。記載時では未発売であるが、Ferric maltol(マルトール第二鉄)は消化器症状は少なめで、効果が高いとのことで、今後に期待はしたい(Ann Pharmacy 2021)。


次回にHIF阻害薬やESAなどについて少し深掘りしていく。

2020/12/08

炎症性貧血とジルチベキマブ

 先日、米国の血液透析患者の炎症性貧血に対して抗IL-6ヒトモノクローナル抗体のジルチベキマブの効果を調べた第1/2相試験が米国腎臓内科学会誌に発表された(doi:10.1681/ASN.2020050595)。

 IL-6といえば「急性期反応」を引き起こす重要なサイトカインであり、わが国で発見されていち早く抗IL-6Rヒト化モノクローナル抗体・トシリズマブが開発されたことでも知られている(現在は抗IL-6Rヒトモノクローナル抗体・サリルマブもある)。

 急性期反応には有名な「C反応蛋白(CRP)」だけでなくヘプシジンなども含まれ、IL-6は炎症性貧血に重要な役割を果たす。実際に、トシリズマブやサリルマブでリウマチ患者の貧血が改善するのはその道では常識だった。

 ジルチベキマブはIL-6の受容体ではなくリガンドに対する抗体で、AstraZeneca傘下のMedImmuneとWuXi AppTecの合弁ベンチャーにより抗リウマチ薬として開発された。しかし現在では、Novo Norvisk傘下のCorvidiaにより腎領域で治験されている。

 筆者が知る限り治験は2つあり、1つはCKD3-5患者を対象に月1回7.5、15、30mg皮下注してCRPやproNT-BNPなどの低下を調べる1/2相治験RESCUE(NCT03926117)。そしてもう1つが上述の治験だ。

1. 治験の概要

 対象はESA抵抗性指数(エリスロポエチン[U/kg]とHgb[g/dl]の比)が8以上の貧血ある成人の血液透析患者。それに加えて、①IL-6値が4pg/ml以上、②TMPRSS6(別名マトリプロテアーゼ2)のrs855791多型も条件だった。

 TMPRSS6は膜たんぱく質で、肝細胞表面でヘモジュベリンを分解している。ヘモジュベリンが分解されると、ヘプシジン遺伝子HAMPをONにするBMP複合体が作られない。ヘプシジンが抑制されるとフェロポーチンが細胞表面によく出るので、鉄の輸送・利用がされやすくなる。


(Haematologica 2009 94 840より)


 上記の多型があると、TMPRSS6のIL-6に対する反応が高まるのだという(Corvidia内部データ)。そこで、とくにIL-6阻害によるヘプシジン抑制・貧血改善効果が見込めるということでこの多型が治験参加の条件になっている。

 実際の患者は61人。4群に分かれて、それぞれプラセボ・2・6・20mgの透析時静注を14日ごと12週間受けた。ただし、人数が少ないためか群ごとの患者背景には違いがあり、介入群で女性・黒人・人工血管グラフトの比率が高かった。また、高感度CRPも0.4・0.6・0.9・1.3mg/dlと、用量の多い群ほど高かった。

2. 結果

 10-12週後に、hsCRPは有意低下、ヘモグロビンは約1g/dl上昇(有意差つかず)、ESA抵抗指数は有意低下(6・20mg群はp<0.05、用量反応についてのP-DR<0.01)。ヘプシジンは4週後には低下傾向(p=0.08)も、鉄用量変更が可能になった12週後にはまちまちだった。


JASNより引用
(*はプラセボとp<0.05、†はP-DR<0.01)


 安全性はというと、皮下注射ではないので局所反応はなかった。しかし、34週までの観察期間までふくめると、6mg群と20mg群でそれぞれ2人の患者が死亡していた(敗血症、突然死)。治療との関連はないとされ、死亡率は米国統計であるUSRDSデータの平均よりも低かった。

3. 感想

 ペニシリン発見者フレミング卿の師であるライト卿は、「将来の医者とは、免疫者のことになるだろう」とよく語っていたという(アンドレ・モロワ『フレミングの生涯』より、邦訳は1959年)」。炎症は感染症や膠原病に限った病態ではなく、本来はすべての医者が扱うべきテーマなのだろう。

 1/2相で、無関係とはいえ死亡例もあった本治験がこうして発表された背景にも、炎症に「うまいこと」効く薬の開発を応援する意図があると思いたい(あのHIF-PH阻害薬も、炎症そのものは改善しないそうである)。

 また、IL-6は新型コロナウイルスにおいても病態に大きく関与しているといわれ、この経路をさまざまに阻害してサイトカイン・ストームを緩和できないか検討されているのは周知の通りだ(doi:10.1016/j.cytox.2020.100029)。


こちらより引用)

 IL-6にはじつは抗炎症作用もあるなど、免疫は複雑だ(Medical Hypotheses 2020 144 110053の著者らは、COVID感染へのIL-6阻害には否定的のようだ)。しかし、フレミングがペニシリンの発見に至ったように、努力していればいつかは何かにうまく使える薬ができるはず。筆者は、そう信じたい。






2018/12/06

PIVOTAL 前編

 62歳男性、81kg。糖尿病性腎症による末期腎不全のため血液透析をはじめて、4.9年。ヘモグロビン10.6g/dl、EPO32000単位/月(ネスプ®約40mcg/週相当)、フェリチン214mcg/l、TSAT20%。鉄補充はうけていない。

Q:何か問題ありますか?




 日本のガイドライン(透析会誌 2016 49 89)は、ESA投与下でHgbが維持できない患者であっても、「フェリチン100未満」と「TSAT20%未満」のどちらも満たさなければ鉄補充療法は推奨していない(1B)。

 これより緩和された、「フェリチン100未満」と「TSAT20%未満」のどちらかがあれば鉄補充を提案する(ただし鉄利用障害を除く)、というステートメント3.2もある。しかし、これはなんと「作成ワーキンググループ会議にて全会一致ではなく 2/3 以上の合意をもって採択された唯一の記載」だ。




 それくらい、ひとことで言うと(高ESAの害よりも)鉄過剰の害を嫌う。鉄の害とは感染症、酸化ストレス、沈着による臓器障害(要はヘモクロマトーシスのような)、などのことだ。

 それで、鉄含有リン吸着薬も「リンが減って鉄も補充できて一石二鳥!」とはならない(残念ながら鉄が少しは吸収されてしまいます・・・という売り方になる)。「補充時にフェリチンが 300を越えないように」という閾値も、世界で最も厳しい。極論すると、フェリチンが一桁でも、現場は意外とこれはまずい!ということにならない(慢性的な消化管出血の除外などは考慮するにしてもだ)。

 では実際のところ、鉄の害(以前学会ではこんな話もあった)と高ESAの害ではどちらが悪いか?という話は、日本だけでなく世界各国でされている。それで、実際に鉄補充によるESA反応性改善のメリットと、鉄過剰のデメリットをくらべたPIVOTALスタディが英国で組まれた(DOI: 10.1056/NEJMoa1810742、2018年米国腎臓学会でも注目された)。

 冒頭の患者は本スタディの平均的な症例だ。この試験にはフェリチン400未満、TSAT30%未満でESA使用中の血液透析患者が登録された。

 なお、4割が透析カテーテルで、6割が内シャントまたは人工血管で透析されていた。




 平均2.1年のフォロー中、毎月フェリチンとTSATを測り、高用量群では400mg/月のスクロース鉄をフェリチン700、TSAT40%を越えないように打った(Vifor Pharma社のVenofer®を、同社が無償提供)。

 実際の投与量は264mg/月で、フェリチンは650、TSATは28%となった。264mg/月と400より低いのは、最初の数ヶ月で鉄が一気に満たされ、以後は打たなくてよくなったからでもある(下図青線、縦軸はフェリチン)。




 いっぽう低用量群では毎月0-400mgのスクロース鉄をフェリチン200以上、TSAT20%以上を保つように加減して投与した。そして実際の投与量は121mg/月で、フェリチンは200、TSATは20-22%であった。

 それでどうなったか?つづく(写真の新型スーパーあずさを鑑賞するのは、別の「鉄」分補給。いつかできるかもしれないリニア中央新幹線よりずっと遅いが、車窓はなかなか)。




2018/11/15

じーんとする学会

 ポスター・口演から生涯学習・人脈作りまで、学会に期待するものは沢山あるだろう。しかし、せっかく世界規模の学会に行くからには、「ビックリ・ワクワクするような発見や発表はないかな?」という蓋を開ける前のサスペンスにも期待したい。



 そんなわけで今年の米国腎臓学会にもHIGH-IMPACT CLINICAL TRIALS(RESULTS THAT COULD IMPROVE KIDNEY CARE)コーナーがあって、大事な研究成果を研究者から直接聴くことができた。一覧はもう公表されている。

・ DPP4阻害薬リナグリプチンのCKD患者に対する腎保護・心血管系の安全性について(CARMELINA®スタディ)

・透析患者で鉄を高用量静注投与しESA量を下げる試みと、その安全性について(PIVOTALスタディ、DOI: 10.1056/NEJMoa1810742)

・次世代SGLT2阻害薬(ベキサグリフロジン)のステージ3CKD患者への有効性と安全性について

・心臓手術後の輸血戦略を比較したTRICSスタディで、閾値を7g/dlにさげてもAKIは増えな
かったというサブ解析

・カナダで透析導入を遅らせる政策が施行されたあとの影響をしらべた、プラグマティック・スタディ

・炭酸カルシウムと炭酸ランタンをくらべて透析患者の心血管系死への影響を調べたLANDMARKスタディ(開始前の説明はClin Exp Nephrol 2017 21 531)

・透析のうつ病患者にSSRIと認知行動療法(透析中、あるいは個室で)を比較したところSSRIのほうが優れていたというスタディ


 PIVOTAL、LANDMARKについては別に考察したい。DPP4阻害薬とSGLT2阻害薬の話は、おそらくそのうち製薬会社の方々から説明されるだろう。透析導入の話は、カナダで巨大な透析レジストリができて、今後さまざまなプラグマティック・スタディが組めるようになったことに意義があるようだった。

 いずれも今後が期待されるし、そういう拍手に会場はつつまれた。

 しかし、最後のスタディは少しちがった。

 結果は私には意外だった。認知行動療法はすべての人には向いていない(宿題をしたり大変)し、透析中にやるのとカウンセリング室でやるのでは効果がちがうのかもしれない。ただ、リハビリなどと一緒で、長生きもさることながら患者さんが透析室に来るのが楽しくハッピーになることを意図した取り組みは、歓迎されるべきだ。

 発表のあと、聴衆の一人が「質問ではありませんが」と前置きしたうえで、「あまり誰も気に留めないこの問題に取り組んでくれて、ありがとう」とコメントした。そして、そのあとに暖かな拍手が起きた。

 それを聴くのは、2013年アトランタの米国腎臓学会で経験したのにも近い、じーんとする感覚だった。

 ワクワク・ドキドキだけでなく、(腎臓だけに?)じーんとするのも学会の醍醐味かもしれない。




 

 


2017/06/05

HIF-PH阻害薬アップデート

 貧血で輸血依存で大変だった透析患者さんが、EPOの発見・単離・合成で救われた。けれどもEPO(ESA)抵抗性というのはあって、ESAだけでは治らない貧血も多い(いくつかの原因について以前にふれた;図はそこで取り上げた論文より)。そして、ESA必要量が多くなる患者さんほど予後がよくない。




 ESA抵抗性のひとつに、機能的鉄欠乏(functional iron deficiency、FID)がある。端的に言うと鉄利用障害で、2003年に発見されたヘプシジンなどが重要な責任分子だ。この状態に陥ると、鉄を補充しても却って貯蔵鉄の利用ができなくなり、悪循環になる。

 FIDを解決しようと開発されているのがHIF-PH阻害薬だ。以前にこのブログでも取り上げられた(ここここ)が、HIF-PHを阻害するとHIFが分解されずに安定し、造血と鉄利用障害が改善する。

 そのHIF-PH阻害薬のレビュー論文(AJKD 2017 69 815)がでたから紹介する。「あと少しで市場にでてくるから、MRさんがきれいな動画とパンフレットをもって説明に来る前に、自分達でも準備しておきましょう」ということなのかもしれない(HIFは高地への適応と関係あるから、パンフレットはこんな表紙かも)。




 いまのところ、治験中なのは4種類だ。

 Roxadustat(FG-4592):週3回飲むお薬で、第3相。日本では透析患者さんを対象にしたオープンレーベルの試験(NCT01888445)、透析非依存の患者さんを対象にした二重盲検試験(NCT01964196)がおこなわれている。下痢、悪心、高血圧が副作用に挙げられる。

 Vadadustat(AKB-6548):毎日飲むお薬で、第3相。Roxadustatも下痢、悪心、高血圧を起こすことがある。透析患者さんを対象にしたINNO2VATE、透析非依存患者さんを対象にしたPRO2TECTプログラムが治験中だ。なお、Akebia社が開発した6548番目の分子なだけで、AKB48とは関係ないはずである。

 Daprodustat(GSK-1278863):毎日のむお薬。米国で第2相、日本では第3相(JASN 2015 Suppl 26 818Aというポスター発表もされている)。悪心が知られる。

 Molidustat(BAY85-3934):毎日のむお薬。第2相。ほかのに比べて、高血圧になりにくいかもしれない。動物実験で血圧をさげるデータがあるそうだ。

 なおDPP4阻害薬がラットである種の腫瘍をおこしたように、HIF-PH阻害薬もVEGFの活性化により悪性腫瘍や糖尿病性網膜症を悪化させる可能性がある。いままでの治験ではVEGFレベルに変化はないらしいが、注意は必要だ。

 腎性貧血はEPO欠乏とFIDどちらもが関与しているからESAはESAで重要だ。HIF-PH阻害薬は、ESA抵抗例から用いられていくのかなと思う。そのように用いられながら長期の安全性が確かめられ、「使い勝手」もわかってきて、適応や使用例がだんだん広がっていくのかもしれない。

 治療の武器はたくさんあったほうがいいので、このクラスも慎重に広まって根付いてくれたらいいなと思う。



 [2019年10月4日追記]上記のRoxadustatが、ついに日本でも透析患者に認可された!




 しかも、上図のように高山を意識した宣伝になっていた(商品名:エベレンゾ®)!このクラスで世界初なので、最高峰のエベレストにあやかったのだろうか?




 Roxadustatは、じつは昨年12月には中国で透析患者にまず認可され(商品名は爱瑞卓、Ai Rui Zhuo®;エポエチンアルファとの非劣勢を示したスタディはNEJM 2019 381 1011)、今年4月には非透析依存患者にも拡大していた(プラセボと比較したスタディはNEJM 2019 381 1001)。今後世界で認可が広がるだろう。

 内服なので注射が要らない(冷蔵保存なども要らない)利点がある一方、透析患者では「飲み薬がまた増える」という面もあるだろう。週3回なので、まだ少ないとも言えるし、飲み忘れやすいとも言える。

 また、上に挙げた消化器系副作用や理論上のVEGF活性化だけでなく、前掲論文では高カリウム血症・代謝性アシドーシスが多かったので、これらには引き続き注意が必要だろう(保存期CKD患者では重曹量が増えるかもしれない)。

 非EPOのESAではPegisenatideで残念な思いをしたが(こちらも参照)、HIF-PH阻害薬はHIF-PHという別の軸で効くお薬でもあり、日の目を見ることを期待していた。スタートラインに立ったこのクラスが、腎臓内科領域で大事な位置を占めるといいなと思う。


(写真は、ハイチのことわざ「山を越えればまた山がある」をタイトルにした、ポール・ファーマー医師の話。ピュリッツァー賞を受賞し、『国境を越えた医師』として2004年に訳書が刊行されている)




2017/01/11

CHOIR trial , CREATE trial , TREAT trial(腎不全の貧血における大切な論文)

前々回の投稿で上記に関して触れると言うお話をしていたので、今回はこの話題に触れたいと考える。
日本透析学会から2015年に慢性腎不全における腎性貧血治療のガイドラインが出ている。
これは細かいところやエビデンスなども書かれており参考になるので、一度読んでいただけたらなと思う。


その中で、今回重要な3つのtrialについて触れたいと思う。
目的:慢性腎不全(CKD)患者1432例において、遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン(エポエチンα)によるヘモグロビン改善により心血管疾患および心血管死のリスクを低下できるかを検討した研究である。
一次エンドポイント:死亡+心筋梗塞(MI)+うっ血性心不全(CHF)による入院(腎代償療法を除く)+脳卒中としている。
割付:この研究はヘモグロビン高値群(715例):目標Hb値を13.5g/dLとしてエポエチンαを投与,低値群(717例):目標Hb値を11.3g/dLとしてエポエチンαを投与した。
結論:目標ヘモグロビン値を13.5g/dLとした場合、11.3g/dLの場合と比べ心血管リスクが上昇し,QOLのさらなる改善は認められなかった。
追加解析結果:到達したHb 値とエポエチンα 投与量を指標とし、高Hb 値群に割り付けられた患者の中でも到達したHb 値が高い患者のほうがむしろ予後がよく、エポエチンα高用量の使用が予後悪化との関連性を説明する因子となり、目標のHb 値が高いことと予後悪化の関連性は確認されなかった。

なので、高用量のEPOの使用をなるべく控えるために、鉄剤や今後出るかもしれないHIF阻害薬は有効なのかなと感じた。

目的:CKD stage3~4の患者(603人)で、貧血の完全正常化により心血管転帰が改善するかを検討。
一次エンドポイント:突然死+心筋梗塞(MI)+急性心不全+脳卒中+一過性脳虚血発作+24時間以上の入院を要する、あるいは入院が長引く狭心症+末梢動脈疾患+24時間以上の入院を要する不整脈とした。
割付:貧血完全正常化群(301例):目標Hb値13.0~15.0g/dLとしてエポエチンβを2000IU/週で皮下注、貧血亜正常化群(302例):目標Hb値10.5~11.5g/dLのレベルまでエポエチンβを皮下注。
結論:CKD患者において、早期に貧血を完全正常化しても心血管イベントのリスクは低下認められなかった。


目的:慢性腎疾患(4038例の2型糖尿病患者)で貧血を有する2型糖尿病において、エリスロポエチン製剤darbepoetin alfa(ネスプ)の臨床アウトカムへの効果を検討。
一次エンドポイント:全死亡+心血管イベント(非致死性心筋梗塞,うっ血性心不全,脳卒中,心筋虚血による入院)、全死亡+末期腎疾患とした。
割付:darbepoetin alfa群(2012例)では、ヘモグロビン値13g/dL維持を目標。プラセボ群(2026例)では、ヘモグロビン値<9.0g/dLの場合にdarbepoetin alfaを投与。
結論:CKDで貧血を有する2型糖尿病患者において、darbepoetin alfaによる臨床アウトカム改善は認められず、脳卒中リスクが増大。

現在のマネジメントとしては、Hbの目標値は10-12g/dLとして管理推奨されている。
その際に、EPOの使いすぎは良くないので、鉄剤の適切な使用や今後出てくる貧血の改善薬の使用はEPOの量を抑えると言う点で重要である。
また、CKD患者では出血リスクも高いため、出血の有無を確認することは重要である。




2017/01/09

HIF(hypoxia-inducible factor)について

最近HIFについてよく耳にすることも多いとおもう。
HIFは日本語では低酸素誘導因子と言われる。言葉の通りで、細胞組織に対する酸素供給が不足した際に誘導されるタンパク質である。

まず、HIFの分類について簡単に書く。
HIFは3種類のHIF-αサブユニット(HIF-1α、HIF-2α、HIF-3α)、HIF-1βサブユニットに別れている。そもそも、HIFはDNAとの結合に関わるタンパク質であり転写因子として機能するものである。

発見の歴史として、HIF-1は,肝がん細胞株Hep3Bにおいて「低酸素依存的にエリスロポエチン(EPO)を誘導する因子」として1992年にSemenza らによって発見された。そして1995年にHIF-1がHIF-1α HIF-1βのヘテロダイマーであることが報告され、同年に各遺伝子がクローニングされた。その後,相次いでHIF-2αHIF-3αが同定された。

HIFが注目されているのは、一つは腎性貧血の分野である。
HIFは細胞組織に酸素が十分にあるときは分解されるが、低酸素の状態の時には核内に移行して、エリスロポエチンの転写を促進する。
腎性貧血の原因としてエリスロポエチンの産生細胞の機能低下ではなく、HIF活性低下が原因であると言われている。
また、HIFに関してはプロリルヒドロキシゲナーゼによって制御されていると言われている。

なので、最近は腎性貧血の治療にここのHIFをターゲットにした治療が行われている。
例えば、AJKD2016の論文のRoxadustat(FG-4592)はプロリルヒドロキシゲナーゼの阻害薬で、これによりHIFの活性化をはかり腎性貧血を改善するものを見た研究になる。

この研究は第2相試験のものであり、詳細に関しては割愛はするがRoxadustatを使用することで、慢性腎不全や維持血液透析を行なっている人のHbの維持に寄与したと報告している。Limitationとしては人数がpart1で54人、Part2で90人と少なく、期間もPart1で6週間、Part2で19週間と短かった。

しかし、今後腎不全患者の貧血の薬としてEPO製剤、鉄剤に続き出てくるであろう。いろいろな方向で患者さんの治療を行うことは重要であると感じる。

次回は貧血の研究で重要な研究であるCHOIRとCREATEについて触れられたらと思う。


HIF-1αの構造


[2019年10月8日]2019年のノーベル生理医学賞が、上述のSemenza先生(写真左)と、Ratcliffe先生、Kaelin先生に贈られた!



(ノーベル財団ウェブサイトより)


 ノーベル財団ウェブサイトの解説がわかりやすいが、Semenza先生によるHIFとHIF遺伝子の発見後には「酸素があるとどのようにHIFが分解されるのか」が研究対象になった。HIFは酸素があるとユビキチン化されてプロテアソームで分解されるが、その仕組みがわからなかったのだ。

 すると同時期、von-Hippel Lindau病を研究していたKaelin先生が、VHL遺伝子変異のある癌細胞では、低酸素で活性化される遺伝子がONになっていることを発見した。VHLタンパクには、分解したいタンパクをユビキチンで標識する働きがある。そしてRatcliff先生が調べてみると、じっさいにVHLはHIF-1αと結合していた。

 残りは、「酸素があるとどうしてVHLはHIF-1αに結合するのか?」という問いだ。これをKaelin先生とRatcliff先生が一緒に調べると、酸素があるとHIF-1αタンパクの2ヶ所が水酸化されることがわかり(プロリル水酸化、下図も参照)、さらにRatcliff先生のグループがプロリル水酸化酵素、プロリルヒドロキシゲナーゼを同定した。


(ノーベル財団の解説PDFより)


 こうして見つかった「HIFのプロリルヒドロキシゲナーゼ(HIF-PH)」阻害薬が、上述のRoxadustatをはじめとするHIF-PH阻害薬というわけだ!


(ACKD 2019 26 253より)


 2018年のノーベル賞では、「腎臓内科でもそんなふうに研究成果が身近に感じられるといいな」と、うらやましく思った(こちらも参照)。今年は、身近に感じられて、うれしい。来年も、そうだといいな。





2016/08/08

EPO/ESA cross reactivity

 腎性貧血においてエリスロポエチンをはかることが日本透析学会ガイドラインでは推奨され500U/l以下というカットオフがついているが、ルーチンに測っているかはしらない。私は測らない慣習のところで育ったので測らない。ただエリスロポエチン検査の保険収載に「…エリスロポエチン若しくはダルベポエチン投与前の透析患者における腎性貧血の診断のために行った場合に算定する」とあるから、始めちゃってから測っても点数がつかないかもしれない。

 というか、点数がつかないだけではなく、意味がないかもしれない。というのは、この検査は少なくとも私が問い合わせたところではALP標識の抗EPOトリポリクローナル抗体で行うので、抗原認識がかなりざっくりで、ESA製剤はどれも交差するからだ。そしてESA製薬会社が「どれくらい交差する」というデータをくれないので、それを考慮して解釈することも不可能。ただ、将来HIF賦活薬(以前に書いた)が入ってくれば投与後のEPO濃度やヘプシジン濃度変化をみるかもしれない。



2016/05/12

Non-EPO ESAs

 血液透析患者さんのHgbターゲットはKDIGOで10−11g/dl、日本透析学会で10−12g/dl(保存期CKDでは11-13g/dl)だが、使える治療が鉄とESAなのは変わらない。ESAはrecombinant human EPO(糖鎖の違いでalpha、beta、delta)、糖鎖をたくさんつけて半減期を伸ばしたdarbepoietin、さらにペグをつけたCERA(cutaneous erythropoietin receptor activator;epoetin beta pegol)。

 Non-EPO ESAとしてはEPOと構造の違うepomimeticペプチドであるpegisenatideがEMERALDスタディで治験された(NEJM 2013 368 307)が販売は中止になったと認識している。他にはHIF stabilizerと抗hepcidin薬などが研究されており、HIF stabilizer(HIF proryl hydroxylaseがHIFを分解するのを阻害するdecoy receptor)については米国でPhase IIまでいっていたはずだが、その結果を最近知った。

 ひとつはもう名前がついていてRoxadustat(JASN 2016 27 1225)。経口で週3回内服し(半減期10−12時間で、間欠的にHIFを増やすようにしているらしい)、投与量は体重による(血液透析患者でHgbを維持するには1.5-2.0mg/kg)。非透析患者、透析導入患者、透析患者でスタディされており、Hgbを2g/dl程度上昇させ、透析患者群では19週の追跡でEPOと差がなかった(AJKD ahead of print、doi: 10.1053/j.ajkd.2015.12.020)。

 もう一つはGSK1278863で(JASN 2016 27 1234)、このスタディは用量決定のための4週間追跡調査だが、経口5mg/dで非透析患者のHgbを1g/dl程度あげ、透析患者でHgbをEPO群と同様に維持した。

 HIF stabilizerはEPO産生を活性化させるだけでなく鉄代謝を正常化する働きがあってhepcidinも減り、炎症反応が高くても低くても同様に効果を示すとされる(EPO抵抗性はHgbの値自体よりも心血管系イベントに相関する言われるので、HIF stabilizerの売りもここにある)。両者でFerritinがさがりトランスフェリチン、TIBCがあがった。Roxadustatでは非透析・透析群ともにhepcidinが下がり、GSK1278863ではHgbが増加した5mg/dの非透析群で下がった。Roxadustat用量はCRPと相関がみられなかった。

 副作用はRoxadustatでは高血圧で、薬剤に関係ないとはされたが心不全によるとみられる入院や死亡もあった。どのスタディも数十人を対象にしてフォローアップも短いのでこれからもっと見つかるかもしれない。

 懸念されるほかの副作用は悪性腫瘍(HIF系は細胞増殖シグナルも活性化する)だが、GSK1278863がVEGF濃度を測るとclear differenceはみられなかった(表の数字では明らかに5mg/d投与群で必要群にくらべて高くなっているが)。同様の懸念はDPP4阻害剤の時もあったが(あれはたしか膵癌)、データの蓄積を待っているところなようだ。

 抗hepcidin薬はESAとはいえないかもしれないが、Lexaptepid pegol(ドイツ製なのでSpiegelmer®)が研究されている。これはpegylated structured l-oligoribonucleotideで、hepcidinに結合して不活性化する(分解するわけではない)。いまのところ健常被験者にLPSを注射した炎症による貧血モデルで鉄利用障害を改善する(が炎症を悪化させることはない)ところまで示されている(Blood 2014 124 2618、Br J Pharmacol 2016 173 1580)。まだ遠い感じがするが著者はpromisingと言っている。

 糖尿病ではインスリン市場に食い込むようにGLP-1やDPP4阻害薬などのsecretogogueが開発され、腎性貧血も似た感じに見える。ただEPO類のESAはたしかに冷蔵保存したり注射だったり面倒だが、血液透析患者は自分で打つわけではないしそんなに不便ではないかもしれない。ただ前述のようにEPO抵抗性の改善や鉄代謝の改善などのメリットがhard endpointで出て安全性が確立すれば一気に促販されるかもしれない。

 [2016年6月追加]GSK1278863のPhase 2Aトライアル結果(AJKD 2016 67 861)がでた。非透析患者群70人で10mg、25mg、50mg、100mg/d、透析患者群37人で10mg、25mg/dとプラセボが比較された。50mg、100mg/dは副作用が多くHgb上昇も急激で離脱率が高かった。




2012/10/23

Anemia in CKD

 今月は仕事が忙しくなくて、読む時間があるので勉強になる(それに、他のアカデミックなプロジェクトが色々進んでいる)。読むのはだいたい症例で経験した臨床的なトピックに関する論文で、今日は慢性腎不全と貧血についてのレビュー(JASN 2012 23 1631)を読んだ。

 貧血が慢性腎不全患者のほぼ全員に起こり、QOLを下げ多くの疾患のリスク因子であることは既に知られている。EPO(erythropoietin)が1950年代に発見され、1980年代にrecombinant human EPOが作られたまでは良かったが、それで話は終わらない。

 まず、ESA(erythropoiesis stimulating agent)によりHgbを上げ過ぎた群では死亡や疾患リスクが高かった(secondary analysesでは高いHgb自体ではなくEPO resistanceがリスクと示されたが)。それで、KDOQIガイドラインは"should generally be in the range of 11.0 to 12.0 g/dL"だった。

 さらに、最近のKDIGOガイドライン(KI supplement 2012 2 299)では"In general, we suggest that ESAs not be used to maintain Hb above 11.5 g/dl"とターゲットが引き下げられた。ESA開始時期も、非透析患者は"ESA therapy not be initiated with Hb concentration >10.0 g/dl"、透析患者は"ESA therapy be used to avoid having the Hb concentration fall below 9.0 g/dl when the hemoglobin is between 9.0–10.0 g/dl"という。

 さらに、ESA resistanceがあるように、慢性腎不全患者の貧血はmulti-factorialだ。uremic inhibitors of erythropoiesis(想像上だが)、赤血球の短寿命、ビタミンB12不足(透析で失われると考えられ、透析患者さんはnephrocapというビタミン剤を飲む)、それに何より鉄欠乏だ。

 鉄欠乏の原因に、鉄喪失(透析で失われる、uremic platelet dysfunctionによる出血)、鉄吸収障害、鉄利用障害(reticulo-endothelial cell iron blockade)などがある。鉄利用障害があると、ferritinが高値でiron saturationが下がる(ferritinは急性炎症でも上がるが)。

 鉄吸収・利用障害の原因は?と思っていたら2000年にhepcidinという分子が発見された。これは肝臓で作られ血中をめぐり、鉄トランスポータのferroportinを壊す。このトランスポータは十二指腸、マクロファージ、肝細胞などにみられ、hepcidinがあると鉄吸収・鉄利用ができなくなる。hepcidin/ferroportin axisに効く薬が動物実験レベルで研究中という。

 [2015年5月追加]鉄欠乏性貧血のレビューがでたのを知った(NEJM 2015 372 1832)。鉄の吸収はHIF-2αにより腸管細胞の内腔側に表出されるduodenal divalent metal transporter 1 (DMT1)を通じて細胞内に入り、ferroporinによって細胞の外にでて身体をめぐる。そのためにはferroportinを壊すhepcidinが抑制されていなければならないが、hepcidinを抑制するものには次のようなものがあるという:

 鉄が結合したtransferrinや肝内鉄量の減少
 hepcidinのinhibitorであるtransmembrane protease, serine 6 (TMPRSS6)の上昇
 hepcidinのactivatorであるbone morphologic protein 6 (BMP6)の減少
 hepcidinを抑制するerythropoietin-stimulated erythropoiesisの増加