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2018/09/08

腎臓の組織が膨化??

 今日のメインはこちら。一緒にブログ書いている友人から腎生検のレポートの組織結果レポートで腎組織が膨化している所見がしばしば返って来ることがある。とのこと。

 あまり自分では意識しておらず、これを機に調べて見た。

 通常の日本での生検は生検後に生理食塩水に浸したガーゼなどで包んで、病理検査室に持って行き、処理をしてもらうことが多い。

 膨化するとしたら、この生理食塩水が悪いのか?とおもったら、本邦で2015年に報告があった(Pathol Int 2015)。

 このグループでは、2匹の雄のラットの腎臓を使って研究している。

・一つは生理食塩水に浸した群
・もう一つは低張なソリタT3やソルデムT3に浸した群
である。

 10分と30分における所見の変化を見ている。ポイントとしては、電子顕微鏡での変化であるということである。光顕での変化は判断は難しい。

 結果としては下記のようになっている。










 生理食塩水に浸していた群で膨化の所見が認められている。

 もちろん人間の体に全ての適応ができるわけではないが、患者さんから同意を得て腎生検をした組織を僕らの管理の仕方で、missleaingするような形は避けるべきである。

 この論文を読んで、組織をとってすぐに病理室に持っていけない場合(30分以上かかる)などは低張液で浸すのがいいなと感じた。

 しかし、低張液の小さいボトルなどがあればいいのだが。。

 なければ、ブドウ糖と生食で混ぜて作るのもひとつかもしれない。




2018/01/30

あなたのネフロンを数えましょう 3

 前回、「ネフロンの数が減っても、一個一個のネフロンが何割増かで働けば、GFRは保たれるのではないか?」という話をした。ここでいう一個一個のネフロンの働きを、シングル・ネフロン・GFR(SNGFR)という。

 SNGFRは、理論上は輸入細動脈、輸出細動脈の圧(静水圧差ΔP、浸透圧πcap)や糸球体のろ過係数Kfなどでスターリンの法則に基づいて以下のように決められる。

SNGFR = Kf x (ΔP - πcap)

 これはこれで、血圧が下がっても輸入細動脈を締める(ΔPをあげる)ことでGFRを維持する、など糸球体を一個取り出してその調節機能を研究するときには役立つ式だ。

 しかし、あなたのネフロン何十万個それぞれのSNGFRがどんなかを一個一個測るのは今のところ現実には無理だ。そこで、GFRをネフロン数で割った平均のSNGFRが代用される。

 SNGFR = GFR / ネフロン数

 本稿の冒頭であげた問題提起にあるように、実際ネフロン数の小さい(と思われる、低出生体重の)動物モデルでは、SNGFRが高くなっているので全体のGFRはかわらない(Hypertens 2003 41 457など)。

 しかし、このようにSNGFRを増やして代償した動物たちを観察すると、高血圧だったり、尿たんぱくが出ていたり、困ったことも起きていた。それで現在では、SNGFRが高くなる→腎臓の負担が増える→ネフロンがさらに(糸球体硬化などで)失われる→さらにSNGFRが高くなる、という悪循環が考えられている(図はBrenner9版22章より)。




 あなたのネフロンを数えましょうの初回に紹介した論文(NEJM 2017 376 2349)も、その流れに符合するものだ。続く(写真はOfficially missing youを2012年にアレンジしてカバーした韓国のGeeksとSoyou)。



2018/01/26

戌年にあたり

 今年は戌(いぬ)年だ。巳(み)年にはヘビの話をしたから、今年も何か干支にちなんだ話をしよう。アステカ文明ではイヌはXolotlという神の化身で、これは稲妻と死の象徴であり、夜に地下世界を見回り太陽を守護するそうだ。

 そして、水を意味する言葉はAlt。この二つをあわせたAxolotl(アホロートル)は「水のイヌ」ということになるが、これはメキシコサンショウウオのことだ。日本ではこの一種のアルビノが「ウーパールーパー(写真はぬいぐるみ)」と呼ばれていたこともある。




 さて、アホロートルには腹膜とつながった(糸球体のない)「オープン」ネフロンと、糸球体とつながった「クローズド」ネフロンの二種類がある。それで、蛋白尿が腎障害を起こすかどうかの実験に用いられたことがある(Kidney Int 2002 62 51)。この話は、Oxfordの腎臓の教科書(137章)に載っているので興味ある方は参照されたい。

 アホロートルの腹腔内に子牛のアルブミンを注射すれば、オープンネフロンの尿細管だけが蛋白尿に曝され、クローズドネフロンは曝されない。そうして各尿細管の炎症マーカーや組織障害などを比較したところ、蛋白尿に曝されたほうがTGF-βが高く、組織の線維化も進んでいた。

 異種のたんぱくなら抗原性などもあるかもしれないが、この実験は「蛋白尿じたいが腎臓にわるいのか、蛋白尿を出させるようなプロセス(糸球体の異常など)がわるいのか」という議論に一石を投じることになった。現在では、たんぱく質が近位尿細管でCCL2(以前にふれた)やCCL5などを分泌させ炎症を惹起し、補体活性化などさまざまな機序で尿細管障害を起こすと考えられている。

 その一方、以前にふれたBardoxoloneのように蛋白尿が悪化しても炎症を抑えれば腎障害を抑えられるという仮説で試されている薬もある。この薬は現在、Alport症候群での治験CARDINALが第3相に入り、米国腎臓内科界をざわつかせている。

 たとえば「バルドキソロンは不死鳥か?」というコメント(doi: 10.1681/ASN.2017121317)、「Alport症候群でバルドキソロンによってGFRをあげるべきなのか?」というコメント(doi: 10.1681/ASN.2017101062)などが、JASNに載ったばかりだ。

 また日本でも、糖尿病性腎症を対象にして失敗した米国BEACONトライアルを改良したというTSUBAKIトライアルがひそかに進行中で、こちらも日本腎臓内科界をざわつかせている。

 そんなわけで2018年は、腎臓病の進行を抑えるとはどういうことなのか?何をすればいいのか?というその方法論が根本から問い直される年になるかもしれない(写真はイヌの概念を問い直すaibo)。






2017/12/30

より安全な腎生検を考えてみる。

 日々感じる疑問のうちの1つを考えてみようと思う。

 このブログを見ている方の中で腎生検を知らない人はいないだろう。腎生検は診断の助けだけでなく腎臓の予後自体も推定できるのではないかと言われている。手段としては大きく分けて、腎臓内科医が行う経皮的生検と外科医に依頼する開放生検がある。
 
 ただ侵襲的な手技であるため、高齢者の場合など、「生検の適応があっても実行はされない。」という状況が起きてしまうため、ジレンマを感じたことがある人も少なからずいるだろう。

 さてそんな腎生検だが、これまで医学生時代から含めていくつかの施設を見てきたが「病院毎にやり方(入院期間、高血圧の管理、抗血小板薬の扱いなど)が異なるのは何故?」と素朴に思っていた。腎生検に関しての解釈などの教科書、レビューなどはたくさんあるが、管理の話に関してはあまり知らないなと思っていた時に出会ったのがこれ(CJASN 2016 11 354)。

 特に面白かったのが、biopsy protocol(筆者たちの考えかもしれないが)、出血、いつ出血が起こるのかの3点である。

1 実施前にCBC、凝固能、Cr、T&Sを行う。
2 薬剤歴は必ず確認し出血リスクを助長するものは本人と確認し調整する。
3 IVラインをとる。
4 超音波ガイド下で16Gで穿刺する。
5 実施後は6時間ベット上安静とする。
6 バイタルは最初の2時間は15分毎、次の4時間は30分毎、その後は時間単位で観察する。
7 腎生検後6から8時間後にCBCを1回評価する。
8 退院前に尿検査を提出し新規の尿潜血がないか確認する。

 腎生検後の出血に関して、出血のリスクをあげる要因として、14Gの穿刺針の使用、Cr>2.0mg/dl、女性、AKI患者、Hb<12g/dlがある。他の報告では40歳以上、SBP>130mmHgなども考えられるようだ。
 
 合併症が起こるタイミングとしては、67%の重大な出血合併症は8時間以内に起こり、24時間以内で91%になるという。ただ10%ほどの24時間以降に発症した人もいるのが悩ましい。

 みなさんの施設ではどうしているだろうか?

 これからも時折、当たり前のテーマを少し深く考えていこうと思う。

 ここで重要なことは、「施設Aはこうだ、施設Bはこうだ、だからダメだ。」という議論ではなく「標準とは何か」を知った上でより安全に腎生検を実施する姿勢だと思う。
 
 全ては患者さんのために

 (写真)とても美しい標本 黒矢印は糸球体




 

2017/08/28

赤ちゃんに学ぶ 3

 FcRnは腎臓のどこにあるか?血管内皮、足細胞、皮質の集合管、そして近位尿細管に発現している(JASN 2000 11 632)。なかでも近位尿細管では刷子縁にあって、アルブミンを再吸収することができる。

 というのも、FcRnはIgGだけでなくアルブミンにも結合するからだ。血中に最も多く、IgGと同様に半減期のながいアルブミンも、FcRnと結合して分解を免れている(結合のしかたや場所はIgGと少しことなり、IgGのようにFcRnとのあいだに塩橋をつくったりはしないが)。

 とくにS1とよばれるより近位の部分では、clathrin-dependent endocytosisやfluid-phase endocytosis(pinocytosis、飲作用とも)によって尿細管内腔のさまざまな溶質分子が取り込まれる。このとき、リソソームによる分解からアルブミンを守り間質側に届けるのにFcRnが大事と考えられている(図はJASN 2014 25 443)。




 近位尿細管のFcRnには、糖化やカルバミル化をうけた処分すべきアルブミンをリソソームに送る働きもある。無傷のアルブミンとは内腔pHがさがるまで結合しないが、これらの不要なアルブミンとはpHが下がる前に結合し、リソソームに引っ張り込んで内腔pHがさがると離して分解させる(図は前掲論文)。




 しかし、そもそも糸球体はアルブミンを通過させないはずでは?教科書にも、陰性荷電とサイズによって糸球体はアルブミンをブロックすると書いてある。なので、前掲論文のタイトルは「近位尿細管とたんぱく尿:まじで!」だし、「このレビューには、糸球体バリアの役割が重要かどうかを議論する意図はない」と予防線を張るように前置きしている。

 FcRnから外れるから詳しくは論文を参照されたいが、アルブミンのGSC(糸球体ふるい係数)はいままで思っていたよりずっと高い(つまり漏れやすい)という研究結果もでている。近位尿細管の再吸収異常でアルブミン尿が出るのは事実だし(ラットでFcRnのない腎臓を野生型に移植するとネフローゼ様になる;JASN 2009 20 1941)、内皮細胞をコーティングするglycocalyxの関与もわかってきた。この領域は、これからも目が離せない。

 いっぽう、腎臓のFcRnとIgGの関係はどうか?つづく。




2017/05/25

膜のいらない水の浄化

 透析室で大量の塩を消費している、と聞くとびっくりするかもしれない。食事に使っているわけでは、もちろんない。カルシウムやマグネシウム塩によるRO膜の劣化をふせぐために原水をあらかじめイオン交換樹脂に通すが、その樹脂を再生するためだ。それで、透析室には業務用の塩袋(写真はイメージ)が大量につんである。


 
 逆浸透圧(RO)法は海水の淡水化にも利用されるすばらしい技術だが、膜がデリケートで劣化が問題だ。高圧で水分子を漉しだすので多くのエネルギーを消費し設備コストがかさむのも課題だ。この技術を知ったとき、これで世界の水不足問題はあらかた解決するのではないかと思ったが、そうでもない。

 そこで、膜の要らない新しい技術がNature Communicationsに紹介された(doi:10.1038/ncomms15181)。この仕組みでは、水を一面は炭酸ガス、もう一面は空気に触れさせる。すると、H+とHCO3-による濃度勾配ができて、拡散泳動(diffusiophoresis)という原理によって不純物が移動してきれいな水と分離できる(図は論文より)。




 拡散泳動とは、イオンや溶質などの濃度勾配がある水溶液のなかにいるコロイド粒子が、濃いところにいると窮屈なので薄いほうに追いやられることだ(図はTexas Christian大学ウェブサイトより)。




 実験系は長さ1ミリに満たないミクロ規模だが、著者はスケールアップ可能という。将来的に、良質の飲み水が不足して病気が蔓延している途上国地域の都市部などで、工場やごみ処理施設などで発生するCO2を集めて水をきれいにするサステナブルな施設が安くできるかもしれない。

 血液透析の原理は腎臓に似ている面もある(図は限外濾過と糸球体濾過の比較)けれど、吸着透析とか新しい可能性が模索されてもいる(こちらこちらにふれた)。新しい技術や原理は、いまは未熟でもいずれあたらしい治療に結びつくかもしれないから期待したい。




 [2019年3月追加]海水の淡水化(desalination)についての考察が、Economist誌2019年3月2日号に載った。現在世界で15906の淡水化工場が稼動しており、1日あたり9500万立方メートルの淡水を生産している。

 その約半分をサウジアラビア、UAE、クウェートなどの中東・北アフリカ諸国が占め、シンガポールやカタールなど河や湖のない小国では、天然資源としての淡水よりもこうした人工淡水のほうが生産量が多い。
 
 世界の水不足を解決するうえでの問題点は主に三つあり、一つ目は地理だ。海が近くなければ、ただでさえ高い生産コストに輸送コストまで加わってしまう。二つ目は上述のように工場の設営と稼動に必要なコストで、膜の効率性など課題が多い。

 そして三つ目は産業廃棄物(brineとよばれる濃い塩泥、処理に用いられたさまざまな化学物質をふくむ)だ。淡水化工場が生み出す塩泥の量は淡水よりも多い。多くの場合パイプラインで沖合いの海底に捨てられるが、周囲の海水濃度を上げるなど生態系への影響が懸念される。

 こうした問題点もあることから、下水を上水に再生する(イスラエルは農業用水にしているが、シンガポールは飲料水にもしている)など他の方法も検討されているが、いずれもコストがかかる。

 こうした記事を読むと、水が比較的安価に手に入り不足を感じないなんて本当に恵まれているなと痛感する。

 


 

2015/06/19

代償性腎肥大とclass III PI3K/mTORC1/S6K1 signaling

 もうその道の先生方ならとっくにご存知かと思うが、腎肥大に関する画期的な論文がJCIに出た(JCI 2015 125 2429)。例の米国の優秀なお友達が論文をくれて、ありがたいことだ(その方は私が以前に書いたremote ischemic pre-conditioningについての最新の論文もくれた)。生体腎移植のドナーや腎腫瘍患者さんなどで片方の腎臓を摘出された場合、残った腎臓が代償性に肥大することは良く知られている。

 腎肥大はなぜおこるのか、その分子的な機序は長年不明であったが、この論文はそのうち二つを明らかにしたものだ。

 一つはEGFRを介したclass I PI3K/mTORC2/AKT signalingで、これは腎摘出とは関係なくEGFRが刺激されると下流のカスケードにスイッチが入り尿細管増生が起り腎massが大きくなる。もう一つは、片腎を摘出した後に残りの腎への血流が増え栄養が増えることにより賦活化されるclass III PI3K/mTORC1/S6K1 signalingだ。

 画期的な研究だが、個人的には腎massの増大が尿細管の増生なことに少しの違和感を感じる。つまり、糸球体の数は変わらないということだ。Hyperfiltrationになるのは片腎への血流が増えるからで、じつは糸球体に負荷がかかっているのかもしれない。尿細管が増生しても、各種イオンの排泄・再吸収には貢献するだろうがeGFRにはあまり関与しない。むしろ、論文のdiscussionに書かれているように代償性肥大は腎に負荷がかかりいずれmaladaptationに陥る(ネフロンの障害や間質の線維化を起こす)という考えもある。先日書いたobestity-related glomerulopathyなどはそのよい例だ。

 しかし生体腎ドナーは腎予後もよく長生きするわけだし、尿細管の増生によって成長因子や良いサイトカインが出てネフロンが保護されているのかもしれない。



2015/06/09

アカデミズム(aka ORG)

 大学の勉強会に参加してきた。教授が親切にも(医局員でもない)私の成長を気遣ってくださり、ご厚意で参加を許されてありがたいことだ。心の中は不思議と静謐で、やはりアカデミズムのなかにいると自分は落ち着くようだ。そして、そこで私がフェロー時代に同級生がNephrology Grand Roundで最初に(2011年9月)発表したobesity-related glumerulopathy(ORG)を思わせる症例を聞いた。

 糖尿病のない重度肥満に伴うネフローゼ症候群は1974年に初めてPalo AltoのVA病院から報告された(Ann Int Med 1974 81 440)。腎病理標本データベースを見直したコロンビア大学の報告(KI 2001 59 1498)によれば、その頻度は徐々に増えているそうだ。まあ肥満じたいが増えているから無理もない。

 病理像としてはFSGSないし糸球体肥大を呈する。原発性FSGSと比較すると、ORGは蛋白尿の程度が軽度でネフローゼ症候群にまでなることは少なく、分節性硬化や足突起のeffacementは少ない代わりに糸球体は肥大していたそうだ。またイヌに高脂肪食を食べさせて肥満にすると(JASN 2001 12 1211;こんな実験は今はもう出来ないかもしれないが)腎が肥大し、糸球体が肥大し(TGFβ1の発現が亢進し)、hyperfiltrationになり、intraglomerular hypertensionを反映してか(交感神経の刺激により)RAA系が亢進する。またadiponectin減少も病態に大きく関係しているようだ(NDT 2008 23 3767)。

 治療はRAA系阻害薬、睡眠時無呼吸の治療、bariatric surgery(減量のための胃切除;有効性を示したペンシルベニア大学の発表はClin Nephrol 2009 71 69)など。



2013/04/04

尿細管分泌 2/2

 1970年代初頭、米国カンザスにあるJJ Granthamの実験室では利尿剤がいかに尿細管の再吸収を阻害するかを調べていた。そのnegative controlにPAHを用いると、それまで再吸収していたウサギの近位尿細管が再吸収をやめ、なんと内腔側に体液を分泌し始めた。

 近位尿細管が体液分泌なんて誰も信じるわけがない、と再検を繰り返すが結果は同じ。1mmol/LのPAHを添加された尿細管はそれを39mmol/Lに濃縮し、内腔に0.1ナノリットル/min/尿細管mmの体液を分泌した。これは腎全体にして一日1リットルに相当するという(JCI 1973 52 2441)。

 近位尿細管だけではない。水と塩を再吸収するために授けられたはずの遠位ネフロンも、cAMPを添加するとNa+Cl-が豊富な体液を排泄する(Am J Physiol Renal Physiol 2001 280 1019)。これは腎臓にあるが役割は謎とされるCl-チャネル、CFTRを介しているかもしれない(Am J Physiol 1995 269 C683)。これらは何を意味するのだろうか。

 一日数リットルの尿細管分泌は、一日180リットルの糸球体ろ過に比べればごく微量だ。しかし、GFRが低下した時には尿細管分泌の相対的な役割が大きくなるのではないか?これを、糸球体を捨てた海水魚の腎臓に喩えて「ネフロンの海帰り」と呼ぶ人もいる(Am J Physiol Renal Physial 2002 282 F1)。

 GFRがほとんどないのに尿のある透析患者さんが、ない患者さんに比べて予後が良いことはCANUSA(JASN 2001 12 2158)はじめさまざまなスタディで示されているが、その差はいくら透析の効率を上げても補えない(KI 2006 69 1726)。

 Volume、EPO、リン排泄など色々言われているが、尿細管による有機溶質の排泄も理由の一つかもしれない。Uremic toxinの多くは有機溶質だが、これらはタンパク結合率が高く透析でなかなか除去できない。残存尿細管機能のある患者さんは、これらの毒素がたまりにくいのかもしれない(FSEB J 2011 25 1781)。

 CKDモデルラットの腎臓に有機陰イオンのトランスポーターOATPを過剰発現させると血圧が下がり、心肥大が緩和し、腎炎症マーカーが低減したというデータもある(JASN 2009 20 2546)。原始腎から伝わる尿細管分泌能のさらなる研究が、CKD・ESRD患者さんを救うカギになるかもしれない。

2013/04/02

尿細管分泌 1/2

 20世紀前半にmicropunctureなどにより糸球体ろ過/尿細管再吸収を中心にネフロンの機能が解明されていった。糸球体ろ過/尿細管再吸収は進化の頂点にある驚異的に洗練されたデザインだ。それにしても世界中どこのエンジニアが、体液を浄化するのにそのすべてをいったん外に出して、必要なものを再吸収してからまた体内に戻すことで老廃物を除くなんてシステムを考えつくだろうか(Homer Smithの"From Fish to Philosopher"より)?

 そんな魅力的なシステム、糸球体ろ過/尿細管再吸収の研究が進むあいだに尿細管分泌の研究は脇におかれた。尿細管分泌の研究者は自分達を「異端者(heretics)」と呼んでいるほどだ。しかし今回はそんな彼らにスポットを当てて、腎の分泌メカニズム、そしてその今日的な意義について書いてみたい。

 毒物など身体から積極的に除去したい物質は、尿細管分泌が糸球体ろ過を補って毒物が血液が腎臓を一回通過するだけでほぼ100%除去できるようになっている。Homer Smithが1945年にPAHを用いて実験し(JCI 1945 24 388)、JJ Granthamにより有機溶質が近位尿細管で分泌され、その輸送はNa+-K+-ATPaseとリンクしていることがわかった(Physiol Rev 1976 56 248)。

 その後、有機陽イオン分泌については、OCT、MATE(陽イオン/H+ exchanger)などの輸送タンパクが見つかった。有機陰イオン分泌についてはNaDC(3Na+-R(COO-)2トランスポーター)、OAT、OATPなどが見つかった。こちらは、NaDCによってNa+-K+-ATPaseの電位差でα-ketoglutarateの勾配が生じ、それによりOATがα-ketoglutarateと有機陰イオンをexchangeしている。

 なお、抗体がDNA再構成によって無限の抗原に対応しているのと対照的に、尿細管分泌に関わるトランスポーターは特異性がものすごく広い。除去したい物質のリストなど無限だし、未知の有害物質(薬とか)もあるのに、腎臓は数種類のトランスポーターだけで除去物質を何でもかんでも認識している。この仕組みはまだ分かっていない。

 とまあ、ここまでは教科書にも載っている正統的な知識だ。さあここから、いまだ少数派にしか受け入れられていないことを書こう。その内容とは?つづく。


2013/03/29

ネフロンの大冒険 2/3

 高張の海水に住む海水魚たちは、放っておけば水が抜けて塩が入ってくる。しかし彼らは、海水を飲んで溶質イオンを排泄することで干物になるのを防いでいる。海水からイオンを抜いて「蒸留水」を手に入れるなんて、現代の海水から淡水を作る技術に引けを取らない生物の大発明だ(Am J Physiol Renal Physiol 2004 286 F811)。

 溶質イオンの排泄だが、Na+とCl-は主に鰓で排泄され、腎臓は残りのCa2+、Mg2+、SO42-などの二価イオンを主に排泄している。これだけなら糸球体など必要ない、尿細管分泌で十分だ。それで、海水魚には糸球体があってもほとんど機能していない(5%以下)。腎が受けた血漿の0.08%しか糸球体ろ過されていないという実験もある。

 0.08%なんて、どうやって調べたか?答えはイヌリンクリアランス/PAHクリアランス。ろ過されるが尿細管で再吸収も分泌もされないイヌリンはGFR、ろ過と分泌によって一度の腎通過でほぼ100%除去されるPAHはRPFに相当するから。この二つ、実はこの文脈で魚について調べられたのが最初なのだ。

 さらに、いくつかの魚では糸球体がない(たとえば、アンコウ)!要らないから、取っ払ってしまったのだ。糸球体がない魚がいることは以前から知られており、糸球体ろ過と尿細管分泌の論争においてHeidenhain(Hermann's Handbuch d. Physiol 1883 5 279)、Johns HopkinsにいたE. K. Marshall(Am J Physiol 1930 94 1)ら所謂"secretist"達を産む元にもなった(異端者扱いされた彼らの業績については、後に述べる)。

 せっかく糸球体を獲得した淡水魚が海に戻って糸球体を捨てている間に、陸上の脊椎動物たちはどうしたのだろう。そもそも淡水魚が水排泄に重宝していた糸球体を、乾燥した陸上でどう活かそうというのか?つづく。

2013/03/27

ネフロンの大冒険 1/3

 19世紀後半から20世紀前半にかけて続いた、糸球体ろ過/再吸収と尿細管分泌の論争。しかし、糸球体と尿細管の間で揺れ動いてきたのは研究者だけではない。じつは生命そのものが、進化と適応の過程で両者の間を行ったり来たりしているのだ。どういうことか?ここで、5億年の間にネフロンが遂げた変化を追いかけてみよう。

 原始生物の腎臓には糸球体はなく、尿細管分泌による毒や老廃物の排泄を行っていたと考えられている(Am J Physiol Renal Physiol 2002 282 F1)。原始脊椎動物である円口類の腎はいまでもそうだし、amniotes(有羊膜類:爬虫類、鳥類、哺乳類の総称)が胎生期に利用するpronephros(前腎)も尿細管だけで糸球体はない(Dev Biol 1997 188 189)。

 糸球体があるとどう良いのか?例として淡水魚を考えてみよう。浸透圧が1mOsm/kgH2O未満の淡水では、浸透圧の高い体内に水がどんどん浸透してくる。その一方で、拡散により溶質は体外に出て行く。そんな環境で生きていくには、大量の水を捨ててしかも塩を保つ仕組みが必要だ。

 糸球体で体液をごっそりろ過すれば、水をじゃんじゃん捨てることができる。しかし体液をじゃんじゃん捨てたら死んでしまうので、貴重な溶質は尿細管(正確には遠位尿細管と膀胱上皮)でほとんど再吸収している。最終的な尿は40mOsm/kgH2O以下まで溶質フリーにできる(Am J Physiol Renal Physiol 2004 286 F811)。

 糸球体により淡水でも内部環境を維持することができるようになった脊椎動物。このあと彼らはネフロンの頭に糸球体を載せて岸から上陸し進化を遂げる一方、海水にも戻っていく。まず海の話をしよう。浸透圧が1000mOsm/kgH2O以上ある海水では体外に水がどんどん逃げ、塩が体に入ってくる。さて今度はどうやって体内環境を維持しよう?つづく。