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2021/10/11

CKDと貧血を復習〜ESA、HIFについて〜 ESA製剤について

また、前回から期間が空いてしまいました。。

今回は、ESA(Erythropoietin stimulating agents) とHIF(Hypoxia inducible factor) について書いていきます。まずは、EPOについて


EPO製剤について

まず、EPO(Erythropoietin)については、1940-50年代にKrumdieckなどが造血をおこす血漿タンパクを指摘したことから始まった。1957年にJacobsonなどがのちにEPOとして認識される腎臓から産生されるものを認識した。

EPOは組織低酸素に反応して腎臓の間質細胞(Blood 2008)から分泌されるアミノ酸糖タンパク質ホルモンである。

1977年にヒトEPOが貧血患者の尿から抽出されて(J Biol chemi 1977)、1983年に遺伝子のクローン化に成功した。1989年に組み替えEPO(ヒトEPO遺伝子のクリーン化によって作られている)がFDAで承認され使用されるようになった。現在ESAとして知られているものが、組み替えEPO製剤である。



ESAに関しての重要な研究

NHCT:NEJM1998年、1223人の透析患者をHt 42% vs 30%にするようにした場合を比較。Htが高いほうが血管の血栓、死亡率増加、心筋梗塞の比率が増加

→透析患者さんで治療目標は高過ぎないほうがいい

CHOIR:NEJM 2006年、1432人の透析をしていないCKD患者において、Hbターゲットを13-13.5g/dL vs 10.5-11 g/dLで比較。複合エンドポインント(死亡率、心筋梗塞、うっ血性心不全における入院、全ての入院)でHb 13-13.5g/dLの方で増加。

→CKD患者さんで目標Hbは高くする必要なし

・CREATE:NEJM 2006年、603人の透析をしていないCKD患者において、Hbを13-15g/dLにしても10.5-11.5g/dLにしても心血管イベントのリスクは差はなかった。

→CKD患者さんで心臓を守るという意味でも目標Hbは高くする必要なし


EPOを使用するときに効果がない場合

原因:鉄欠乏性貧血、感染やなんらかの炎症、不適切な透析、重度な副甲状腺機能亢進症、悪性腫瘍、血液疾患などを考慮する。

抵抗性であるにも関わらず、増量をし続けることで死亡率の増加(KI sup 2008)、脳卒中を含めた心血管イベントの増加、血液透析アクセスの血栓の増加、高血圧につながることがわかっているので、無闇な投与は控える!


悪性腫瘍患者へのEPO投与(AJKD 2019)

まだ、十分な検証ができていなく結論は出ていないが、多くの研究ではがん患者でEPO投与でHb>12g/dLにすることで死亡率の上昇につながることがわかっている。しかし、癌の進行との関連性はないと言われている。なので、投与に関しては、患者においてリスクとベネフィットを考えて使う必要性がある。


Hbの目標値

KDIGO ガイドラインでは透析患者でESA使用での目標はHb 10-11.5g/dLで、なるべく少ない量のESAで管理する必要がある(鉄欠乏を見逃さないことが重要である。)

しかし、治療目標は個別化する必要もある。若い人に対しては、QOLの点でも高めに設定する場合がある。


次はHIFについて記載したいと思います。少しでも多くかけるように頑張ります!


2021/08/08

CKDと貧血を復習〜原因、病態、鉄について〜

 大変ご無沙汰しています!

こんなに投稿できなかったのは、久々です。執筆陣は元気ですので、ご心配しないでください!


久々の内容はCKD(慢性腎不全)における貧血について少しずつ考えてみようと思います。過去にも投稿はあるので、そちらも参考にしてもらいたいです。


・貧血はCKDの進行とともに必ずくるものなのか?

・・CKD(慢性腎不全)の進行に伴い貧血の重症度は増加するが、CKDの進行と貧血の人数の関係は相関性はなく、患者によって変化する。透析前のCKD患者では約50%が貧血を有していると言われている(Curr Med Res Opin.2004)。


・CKDにおける貧血は影響があるのか?

・・貧血は組織酸素運搬の低下をもたらし、倦怠感や息切れや活動性低下につながる。また、観察研究では貧血は左室肥大(AJKD 1996)、死亡率の上昇(JASN 1999)との関連性が示唆されているが、RCT(NEJM 2009)では貧血の改善に伴い左室肥大や死亡率の改善には寄与していない。これらのことから、貧血ではない他の因子が関連している可能性が考えられている。


・何がCKDにおける貧血の原因になるのか?

・・一般的な原因は下記のものになる(AJKD 2008)。

−相対的エリスロポエチン不足

−鉄欠乏

−失血

−炎症、感染

−隠れている血液疾患

−副甲状腺機能亢進症(透析患者)

−溶血

−栄養不足


・鉄不足の場合には、経口鉄と静脈鉄はどちらがいいのか?

・・安価(経口 8円/錠 vs 60円/1A)で、投与がしやすいことや貧血の改善に効果的であることから経口投与が推奨される。

*少し深掘り

まず、鉄不足は、Absolute iron deficiency (鉄吸収低下による欠乏)とFunctional iron deficiency(機能的鉄欠乏)に分けられる。

Absolute iron deficiencyは消化管出血や手術後の出血、透析によるものなどや稀だが摂取不足によるものが原因となる。TSAT低下、Ferritin低下が特徴。

Functional iron deficiencyは貯蔵鉄はたくさんあるが、ESA製剤を用いても赤芽球への取り込みが悪くなってしまうものである。TSAT低下、Ferritin上昇が特徴。


起こる病態としては、ヘプシジン(鉄の恒常性を調整するもの)上昇に伴う2次性の鉄欠乏であると考えられている(Semin neph 2016)。ヘプシジン上昇は慢性炎症や腎臓からのヘプシジンのクリアランス低下によって生じている。ヘプシジンは細胞の内側から外側へ鉄イオンを輸送する機能を持つ膜貫通タンパク質であるフェロポーチン(Ferroportin)に結合する。それによって、ヘプシジン上昇によって、フォロポーチンの働きを抑制し、鉄の細胞の内在化と劣化を起こす。また、ヘプシジン上昇によって十二指腸や肝臓、脾臓マクロファージからの鉄の放出を抑制する。


・鉄剤の経口投与は飲めない人がいるよどうしよう?

・・一定頻度で、消化器症状で飲めない人がいる。記載時では未発売であるが、Ferric maltol(マルトール第二鉄)は消化器症状は少なめで、効果が高いとのことで、今後に期待はしたい(Ann Pharmacy 2021)。


次回にHIF阻害薬やESAなどについて少し深掘りしていく。

2021/03/08

ACE阻害薬・ARB中止の是非 後編2

3. 結果

 まず、2007年から2017年までに腎レジストリに登録された患者は30180人。そのうち、eGFRが30ml/min/1.73m2未満になるT0時点とその前(2年間の80%日数以上)ACEI/ARBが処方されていたのは10254人。なお18歳未満・移植後・データ不備がある患者などは除外している。

 そのうち、ACEI/ARBを中止されたのは1311人、継続していたのは8484人だった(足して10254人にならないのは、T0から6ヵ月後時点のため)。中止群が圧倒的に少ないのは、中止後ACEI/ARBが再開されていた患者(57%にのぼる)を除外しているからであろう。

 このコホートについてウェイティングし、中止群は9820.1人、継続群は9772.4人となった。

 「患者」は平均約72歳、女性4割、血圧約138/75mmHg(スウェーデンはフランスと同じく人種の統計がない)。既往は高血圧9割、心筋梗塞2割、心不全3割、PAD1割、糖尿病5割、COPD2割、がん1割であった。内服はβブロッカー7割、CCB6割、利尿薬8割、スタチン6割、抗血小板薬4割。

 両群間に有意差はなかった。というか、そのように調整した。

 次にアウトカムであるが、5年間絶対リスクは総死亡・MACEは中止群で有意に高かった。しかし、前編の米国スタディと異なり腎代替療法(KRT)は継続群で有意に高かった。


    中止群 継続群
 総死亡 54.5% 40.9%
 差   13.6%(7-20*)
 MACE 59.5% 47.6%
 差   11.9%(5.7-18*)
 KRT  27.9% 36.1%
 差   -8.3%(-12から-3.6*)
 *95%信頼区間


 総死亡とMACEは中断群と継続群の差が時間と共に開いていくグラフが得られた。いっぽう、KRTは最初中断群のリスクがわずかに高く、3年くらいして中断群が頭打ちとなり継続群の直線的なラインとクロスしていた。


JASN 2021 32 424 図2を元に作成


 また、総死亡・MACEの5年間RMSTは中断群で有意に短く、KRTは中断群で数字上長いが有意差はなかった(単位は、月)。


    中止群 継続群
 総死亡 44.3 47.9
 差   -3.6(-5.4から-1.8*)
 MACE 41.4 44.7
 差   -3.3(-5.3から-1.4*)
 KRT  48.9 48.1
 差   0.8(-0.8から2.5*)
 *95%信頼区間

 
 eGFRが20-30、20ml/min/1.73m2未満のサブコホートについての解析でも「総死亡とMACEは中断群で高く、KRTは中断群で有意に低い」という結論に変わりなかった。

 また年齢性別・既往・カリウム値・蛋白尿が交絡因子かどうかもAERI(absolute excess risk due to interaction)により検討されたが、カリウム値が5mEq/l未満か以上かがKRTリスクに影響していただけだった(ちなみに、血圧の影響は解析されていない)。


4. まとめと感想

①まとめ

 相関でしかないが、このスタディから導かれるのは「腎臓内科医が診れば、死亡とMACEのリスクを取ってACEI/ARBを中止すると腎代替療法を遅らせることができるかもしれない」だろう。

 腎臓内科外来にくる患者は「とにかく透析にはなりたくない」と初診されることが多い。そして医者側も、eGFRのカーブを図解して「透析になるまでの期間をできるだけ遅らせましょうね」と言うことが多い(筆者も、そう言っている)。

 その意味でこの結果は「腎臓内科医の仕事はした」という功績なのかもしれない。重曹・カリウム吸着薬・高用量のループ利尿薬・降圧薬・MRAなどの工夫なのか。あるいは、選択バイアスなのか。いまは推察するしかない。

 しかしその一方で、患者を死亡させたりMACEイベントに晒したりしているのなら、本末転倒である。

 腎臓内科外来にいると、いわゆる「消えたCKD患者パラドクス(CKD3-4期のうち、腎代替療法が必要になる患者はわずかで、大多数は心血管系イベントでその前に死亡しているという統計結果)」の実感がわきにくい。

 しかしこうした結果が出ている以上、安易にACEI/ARBは中止できない。する場合には患者に死亡・心血管系イベントのリスクを負うこと、透析を遅らせられる保証はないことを説明する必要があるだろう。あとは、STOP-ACEiスタディの結果を待ちたい。

 ②感想

 待ちたい・・と書いたものの、STOP-ACEiスタディが進行中にもかかわらずこうした大規模解析が複数の国で行われる理由、それは「待てない」からだと思われる(こちらも参照)。「ルーチンに中止しない」KDIGOガイドラインの推奨と実臨床とのギャップを埋めたいのであろう。その背景について2点から考えたい。

 1点目は医療の質である。「ACEI/ARB中断が医療の質を落としている」ということになると、QI(quality improvement)の進んだ国では医療政策に反映されるかもしれない。

 たとえば米国には「コア・メジャー」があり、たとえば肺炎なら「来院X時間以内に培養・治療開始」が全例に守られないと病院への保険償還が減額される(例外はそのように明記しなければならない)。

 こうした仕組みが多いのは入院診療であるが、いつかどこかのCKD外来で「ACEI/ARBが入っていますか(入っていないなら、その理由は何ですか)?」という問いが全例カルテに挿入されるようになるかもしれない。

 2点目はコストである。「安価でエビデンスもありガイドラインで第一選択」のACEI/ARBは今後、糖尿病におけるメトホルミンのような立ち位置になっていくだろう。ジェネリックになっていない薬との合剤が出る日も近い?かもしれない。




 
 CKD診療は新薬開発が進み、新規MRA・新規吸着薬(カリウムリンプロトン)・HIF-PH阻害薬SGLT2阻害薬バルドキソロンなどが参入してくるだろう。そんな中で、論文著者達は「(eGFRが30ml/min/1.73m2未満でも)まずはACEI/ARBを使いましょう」と言いたいのかなあ、と筆者は推察する。


 以上、2つの論文を考察した。お役に立てば幸いである。





2021/03/05

ACE阻害薬・ARB中止の是非 後編1

 スウェーデンのスタディ(JASN 2021 32 424)を、先に挙げた米国のスタディと比較しながら解説する。


こちらより引用


1. 患者


 腎臓内科に通院するCKD3-5期患者を登録した(4-5期は基本的に義務)スウェーデン腎レジストリが対象である。米国のスタディと異なり、今回は全例が腎臓内科の診察を受けている(といっても、かかりつけ医制度のためか受診は年2-3回だそうだが)。

 レジストリは患者情報や腎臓内科受診時のデータを収集するだけでなく、個人番号により処方薬や死亡のリジストリと連結されている。レジストリは国営で、国外に出ない限りフォローアップが途絶えることはまずないという。

 研究グループはこのデータを利用して、eGFRが30ml/min/1.73m2未満になった時点(このスタディはこちらがT0)から6ヶ月以内に「ACEI/ARBを中止され、以後観察期間中ずっと再開されなかった患者」と「ACEI/ARBが継続され、以後観察期間中ずっと中止されなかった患者」の比較を試みた。

 アウトカムは、5年間の死亡率・MACE(今回は死亡・心筋梗塞・脳血管障害)・腎代替療法(腎移植・維持透析)である。では早速結果を・・・と言いたいところであるが、今回は研究グループが生データに対して細工を行っている。


 そこで、まずそれを説明する。


2. ターゲット・トライアル・エミュレーション(以下、TTEと略す)

 
 TTEとは、仮定したランダム化試験に観察データに似せることで、交絡因子やバイアスの影響を減らし結果や因果関係の信頼度を高める方法である。ここでは簡単に、本スタディが患者選択時とアウトカム計測時に行った工夫を紹介する。


①患者選択時


(JASN 2021 32 424 図S1より)


 まずクローニングでは、データセットを複製して2つ作る(図の上段・下段)。そして、上段セットから「T0から6ヶ月以内にACEI/ARBを中止された患者」を選び、下段セットから「フォロー期間中ずっとACEI/ARBを継続していた患者」を選ぶことにする。

 そのため、1ヶ月ごとにセンサリング(censoring)を行い、上段患者から「中止が6ヶ月以内の中止でない患者」と「中止後に再開された患者」、下段患者からは「継続後に中止された患者」を除外する。

 これによりクロスオーバーは排除できるが、人工的な除外による選択バイアスの可能性が残る。そこで最後にインヴァース・プロバビリティ・ウェイティング(Inverse Probability Weighting、IPW)を行う。

 IPWとは、交絡因子の影響が大きそうな患者のウェイトを減らし、小さそうな患者のウェイトを増やすことで、影響の排除を試みる方法である。

 このスタディでは、「中止群から誤って除外される可能性」と「継続群から誤って除外される可能性」についてモデル係数(時間により変動する要素、年齢、性別、既往、血圧、薬、登録年、入院歴など)を40あまり設定し、両段の全患者にウェイトづけをおこなった。

 これにより患者1人は0.05人とも34人ともカウントされる(99.5パーセンタイル以上の外れ値は切り捨てるが)。なお、こうしたウェイトの総和はもはや患者総数とは全く異なるため、シュード・ポピュレーションと呼ばれる。


②アウトカム計測時


 「ウェイトづけされプールされたロジスティック回帰(weighted pooled logistic regression)」を行った。本気で知りたい方には別の学習手段をお勧めするが、①と同様に結果に与える交絡因子の影響を排除している。重みづけされるので、やはり1つのアウトカムイベントが0.1にも50にもなる。

 ともかく、これにより5年間の絶対リスクが得られ、それを元に「境界内平均生存期間(restricted mean survival time、RMST)」を計算している。「境界」とはこの場合5年間に限るということで、ざっくり言うと生存曲線カーブの面積を積分して得られる値である。
 

例:10年RMSTは左7.54年、右7.94年
(差の95%信頼区間は0.12-0.67で有意)
こちらより引用


 ビッグデータ全盛の昨今、TTE・IPW・RMSTといった概念を目にする機会はこれからどんどん増えると思われる。「プラグマティック・トライアル」ですら理解のあやしい筆者だが、時代に乗り遅れないよう勉強せねばと痛感する(いまの医学部学生は、ここまで習うのだろうか?)。


 「3. 結果」と「4. まとめ」に続く。




2021/03/03

ACE阻害薬・ARB中止の是非 前編

 70歳女性。うっ血性心不全・ステージ3CKDの既往ありARBを内服していたが、ある日の外来でeGFRが29ml/min/1.73m2に低下。




Q. どうしますか?


 KDIGOガイドラインはGFRが60ml/min/1.73m2未満で「AKIリスクをあげる重症の併発疾患をもつ患者」にACE阻害薬・ARB(以下ACEI/ARB)の中断を示唆する一方、「GFRが30ml/min/1.73m2未満の患者でルーチンに中止しない」よう強調している。

 しかし実際はそうもいかず、AKI後に中止してしまう害(そのまま再開できなくなることも多い)、CKD進行時に「透析依存までの時間を稼ぐため」に中止することの害(eGFRは一瞬あがるが、心・腎保護作用はなくなってしまう)が問題視されてきた。

 これについて、現在RCTのSTOP-ACEiスタディ(ISRCTN62869767、NDT 2016 31 255)が進行中である。しかしその前に2本の大規模な観察研究結果が発表されたため、それぞれ紹介したい。まずは昨年発表された米国の報告(JAMA Intern Med 2020 180 718)から。


1.スタディ・患者


 研究はペンシルベニア州にあるガイジンガー・ヘルス・システムの患者データを用いた。2004年から2018年までに162654人にACEI/ARBが開始されていたが、そのうち開始後(内服中)にeGFRが30ml/min/1.73m2未満に低下したのは5408人。

 さらに、eGFR低下から6ヶ月後(T0)までに中止かつ再開された例、カリウム値や血圧のデータがない例、T0までに末期腎不全に至るか死亡した例などを除く、3909例(T0までに中断された1235例と、継続した2674例)が観察対象となった。

 患者は両群とも平均年齢は約73歳、6割が女性、2%が黒人。受診頻度や腎臓内科への紹介率に有意差はなかった。

 平均eGFRは約23ml/min/1.73m2、eGFR低下直前の収縮期血圧は約125mmHgだった。4割に冠動脈疾患、3割にうっ血性心不全、5割に糖尿病、2割に脳梗塞の既往があり、約半数が抗血小板薬・スタチン・βブロッカーを内服していた。


2.アウトカム


 プライマリ・アウトカムはT0から5年間の死亡率、セカンダリ・アウトカムは同期間のMACE(死亡、心筋梗塞、PCI、CABG;心不全と脳梗塞は含まない)と末期腎不全だった。実際の平均観察期間はプライマリについて2.9年。また、AKIと高カリウム血症(5.5mEq/l以上)についても調査された。


3.結果


 死亡・MACEは中断群で高かった(下表、*はプロペンシティー・マッチング後のハザード比と95%信頼区間)。脳梗塞・糖尿病・うっ血性心不全・冠動脈疾患の有無による相関はなかった。中断群の28%でT0以降にACEI/ARBが再開されていたにもかかわらず、である。


        中断群 継続群
 死亡 35.1% 29.4% 
       1.39(1.20-1.60)*
 MACE 40% 34%
       1.37(1.20-1.56)*


 それに対して、末期腎不全には有意差がなかった。糖尿病の有無で結果に差があり、糖尿病患者では中断群の末期腎不全リスクが高かった(ハザード比1.56)。非糖尿病患者では0.61(信頼区間は表示がなく、糖尿病患者との有意差はp=0.01)。


       中断群 継続群
 末期腎不全 7% 6.6%
        1.19(0.86-1.65)*

 
 また、5.5mEq/l以上の高カリウム血症は継続群で有意に高かったが(22.2% v. 15.6%、ハザード比0.65、95%信頼区間0.54-0.79)、病名コード上のAKIには有意差がなかった(中断群の27.8%・継続群の30.1%、ハザード比0.92、95%信頼区間0.79-1.07)。


4. まとめと感想


 あくまで相関ながら、結果からは「死亡・心臓病のリスクを負ってACEI/ARBを中止したところで、透析を遅らせることにはならない(ただし、高カリウム血症にはなりにくい)」の一文が示唆される。

 「eGFRがとても低い群はちがう結果では」「AKIで中止したあと再開されなかった患者をみているだけでは」といった仮説についても感度分析が行われ、以下のような条件で解析しても結果はかわらなかった。


・Fine-Grayモデル(競合死亡リスクの影響を排除するしくみ)
・T0時点でACEI/ARBを6ヶ月以上内服していた群に限る
・eGFR低下時に低血圧や高カリウム血症のあった患者を除く
・AKIがステージ2以上の患者を除く
・がん患者を除く
・eGFRが20ml/min/1.73m2未満に低下した群に限る


 しかし後ろ向き観察研究である。「なぜACEI/ARBが中止されたのか」がまずわからない。さらに、「フォロー中に他の薬はどのように変更されたか(利尿薬・MRA・カリウム吸着薬・重曹など)」、「フォロー中に両群間の血圧はどうだったか」、「どれくらいの患者がいつごろ腎臓内科に紹介されたか」なども、わからない。

 こうした点はアウトカムに影響するし、次に述べるスウェーデンのスタディ結果との比較においても大事になってくる。つづく。



(米国メイン州、スウェーデン)



 

2020/12/04

FIDELIO-DKDスタディ

 「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)をARBまたはACE阻害薬(ACEI)に追加すれば、eGFR低下率を抑えられるか?」という問いは、大規模試験で未検証であった。それで、「AKIと高K血症をおこさなければ使ってよい」と暗然ながら了解されていた。

 しかし昨日、2型糖尿病をもつCKD患者約5600人をランダム化して新規MRAフィネレノンの追加効果を調べた多国籍スタディ、FIDELIO-DKDスタディが発表され(NEJM 2020 383 2220)、平均2.6年のフォローアップでeGFR低下(40%以上の増悪)などが介入群で有意に低下していた。


ベートーベンが完成させた唯一のオペラ、フィデリオ
(Wikipediaより引用


 日本も参加したスタディであり、認可は時間の問題だろう。フィネレノンはカリウムが上がりにくい「非ステロイド選択的MRA」だそうで、そうした治療選択肢が増えるのは喜ばしいことである。

 ただ、(AKIや高K血症になった患者を紹介されるかもしれない)腎臓内科医としては、どうしても慎重にならざるを得ない。そこで、患者背景や有効性などについて思いつく以下の4点を考察したい。


1. eGFR


 まず、本スタディはeGFR25ml/min/1.73m2未満を除外している。「リアル・ワールド」においても、腎臓内科外来などではCKDが4-5期と進行する過程でRAA系阻害薬を中止せざるを得ない(透析開始後に再開)ことがよくある。認可時にどのような禁忌・慎重投与がつくにせよ、こうした例に開始する場合は注意が必要だろう。


2. ARB/ACEI 


 また本スタディでは、ほぼ全例がどちらかを「添付文書の範囲内で患者が忍容できる最大量(maximally tolerated labelled dose)」内服してランダム化を受けている。しかし、添付文書上の最大量を内服していたのはACEI群の約22%(咳のためか?)、ARB群の約55%であった。

 そうした患者で本当にACEI・ARBを増やせなかったのか、フィネレノンだったからこそ追加することができたのか、(添付文書の最大量まで使ってから別のを追加することの多い)筆者としては少し疑問である。


3. K降下作用のある薬


 K降下作用のある薬がどのように併用されていたかも気になるところだ。まず利尿薬は半数以上が内服していた。また、吸着薬(こちらも参照)はベースラインで約2%、スタディ開始後は介入群で10%(プラセボ群は6%)に使われていた。

 しかし筆者が注目したのは、両群ともベースラインで患者の約64%がインスリンを使用しており、彼らの多くはスタディ開始後に導入されていたことである(表S3によれば、患者の約47%とある)。

 患者のベースラインHgbA1cは平均7.7%と「あと一歩」なので、インスリンのよい適応だろう(そう考えてスタディを組んだのなら流石だが・・交絡には留意が必要だろう)。逆に、RAA系阻害薬を増量したいがカリウムが気になる場合は、インスリンも考慮してよいのかもしれない。


4. SGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストとの関係


 最後になるが、じつは本スタディのサブ解析では、残念ながらSGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストの併用患者におけるプライマリ・アウトカム発生率が介入群よりプラセボ群でむしろ低かった(ただし有意差はなく、併用患者数はそれぞれ全体の10%未満であった)。

 今となっては、「ARB/ACEIを忍容最大量内服しているがSGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストを内服していないDKD患者」にまず追加すべきは、MRAよりもSGLT2阻害薬かGLP1受容体アゴニストなのかもしれない。

 だから、論文著者もSGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストを内服している患者にもMRAを追加する利益があることを示したかったと推察される(考察でも、CREDENCEスタディとの違いが強調・詳述されている)。

 それが示せなかったのは残念だが、RAA系阻害とSGLT2阻害は相殺的でなく相補的と思われる(個人的には、そう思いたい)。これについては、今後も検討されていくことだろう。

  

 ともあれ、CKD診療(とくに蛋白尿のあるDKD)の本丸であるRAA系阻害において、今まで微妙だったARB/ACEI+MRAの組み合わせが「アリ」になったなら朗報だろう。結果待ちのFIGARO-DKDスタディにも注目したい。



モーツァルトのオペラ、フィガロの結婚
(Wikipediaより引用


2020/10/02

(EMPEROR Reducedと)DAPA-CKDスタディ

 2019年4月にCREDENCE(こちらも参照)により「糖尿病のある」CKD患者に示されたSGLT2阻害薬の腎保護作用。しかし、当時から同薬は「糖尿病のない」CKDに対しても有効であろうと推察されていた。

 そしてついに、EMPEROR Reduced(doi:10.1056/NEJMoa2022190)、DAPA-CKD(doi:10.1056/NEJMoa2024816)スタディが発表されたので、順を追って説明したい。


1. EMPEROR-Reducedスタディ


 EMPEROR-Reducedは、EFの低下した心不全(HFrEF)患者を対象にエンパグリフロジン(以下、エンパ)の有効性を調べた日本を含む他国籍RCTだ。ダパグリフロジン(以下、ダパ)の有効性を示した前年のDAPA-HF(NEJM 2019 381 1995)よりも左室収縮能が低い患者を対象にしたことを強調した命名である(平均EF 27%、NT-proBNPは1900pg/ml)。

 両群あわせて3730人の患者が「その国の標準的な」心不全治療を受け、介入群にはエンパ(10mg/d)、対照群にはプラセボが投与された。利尿薬がどのように使われたかは不明だが(ARNIとMRAのみ記載がある)、参考までに日本の心不全ガイドラインに挙げられた利尿薬の推奨用量を以下に載せる。


急性・慢性心不全診療ガイドライン
(2017年改訂版)


 その結果、プライマリ・アウトカムの心血管系死亡と(初回)心不全入院で有意差がみられた(介入群15.8/100人・年、対照群21.0/100人・年、p<0.001)。DAPA-HFと同様、糖尿病の有無に関わらず有効性が示された(糖尿病患者・非糖尿病患者のハザード比は0.72・0.78)。

 それだけでなく、セカンダリ・アウトカムの一つ、eGFRの低下率を調べると、有意差がみられた(介入群-0.55ml/min/1.73m2/年、対照群-2.28ml/min/1.73m2/年、p<0.001)。そして、図にあるように、RAA系阻害薬に見られるような「eGFRが開始直後下がって維持される」パターンも示された。


(赤太線は筆者)


 ただし、本スタディは次に挙げるCKD-DAPAと違い、心不全患者を対象にしたものである。よって、患者の平均eGFRは約61ml/min/1.73m2(約半数が60未満だが、20未満は除外)で、蛋白尿などのデータはなかった(除外基準にも含まれてはいない)。

 なお、SGLT2阻害薬は原理的には低血糖を起こしにくいはずであるが、血糖70mg/dl未満で誰かの助けを必要とした低血糖イベントは、非糖尿病患者の介入群で7件(0.7%)報告があった。ただし、対照群でも6件(0.6%)報告されていた。


2. DAPA-CKD


 DAPA-CKDは、DAPA-HFで(糖尿病の有無に関わらず)心不全患者に対する有効性が確認されたダパ10mg/dを、(これまた糖尿病の有無に関わらず)CKD患者に対して用い、腎保護作用がみられるかを確かめたものだ。腎臓内科としては、EMPEROR Reducedよりもこちらのほうが重要であり、詳しめに解説したい。


■対象患者は?


 日本を含む21カ国386施設で、eGFRが25-75ml/min/1.73m2で尿Alb/Cr比が0.2-5.0の成人CKD患者(4週以上ACEI/ARBを内服している)をリクルート。除外基準にADPKD・ARPKD・ANCA関連腎炎・ループス腎炎・NYHA4度の心不全、12週以内の心血管系イベント/治療などが含まれた。

 その結果、両群あわせて4304人があつまった。平均年齢は約61歳、男性約2/3、アジア系約1/3。平均eGFRは約43ml/min/1.73m2(60以上が約10%、45-60が約30%、30-45が約40%、25-30が約15%)、平均尿Alb/Cr比は約0.9(約半数が1.0以上)だった。

 糖尿病かどうかは問わなかった(ただし1型糖尿病は除外された)が、2型糖尿病患者は全体の約2/3を占めた。平均血圧は約130/70台mmHg、ACEI/ARBに加えて約4割が利尿薬を内服し、カリウム値は平均4.6mEq/lであった。


■アウトカムは?


 プライマリ・アウトカムは、①eGFR低下(50%以上の低下が28日以上あけた再検でも持続)、②末期腎不全(28日以上の維持透析依存、腎移植、またはeGFR15%未満が28日以上あけた再検でも持続)、③腎・心血管系による死亡、のいずれかが最初に起きるまでの時間。

 セカンダリ・アウトカムは、以下の3つ。A:上記①-③(③は、腎による死亡のみ)すべてを複合した時間(①のあと②になって③になる患者もいるので)、B:心血管系アウトカム(心血管系による死亡、心不全入院)すべてを複合した時間、C:総死亡だった。

 また、安全性については、一般的な副作用のみならず、体液貯留・低血糖・骨折・足切断・ケトアシドーシス・フルニエ壊疽などSGLT2阻害薬との関連が懸念されるものも特に調べられた(フルニエ壊疽は、全例を内部安全調査グループが検証した)。


■結果は?


 まず、結果が明らかすぎて、早期中止になった。

 平均2.4年の観察期間で、プライマリ・アウトカムに挙げたイベント①~③が対照群の14%にみられたのに対し、介入群では9%。ハザード比は0.61(信頼区間0.51-0.72)、p<0.001、NNT(1人をイベントから救うために何人の患者に薬を飲ませればよいか)は19だった(信頼区間15-27)。

 ①②③の内訳は下記(*をつけた項目はハザード比の信頼区間が1未満、+をつけた項目は1をまたいだ)。


          介入群  対照群
eGFR低下*     5.2% 9.3%
末期腎不全*  5.1%  7.5%
腎関連死亡    <0.1%   0.3% 
心血管系死亡+  3.0%    3.7%

 
 eGFRの低下傾向をグラフにすると、やはり「最初さがって維持される(低下率が緩徐になる)」傾向がみられた。


表3を元に作成
(青:介入群、赤:対照群)


 また、セカンダリ・アウトカムも、下に示したようにA・B・Cのいずれも介入群で有意に低かった。


  ハザード比(信頼区間) 
A   0.56(0.45-0.68)
B   0.71(0.55-0.92)
C   0.69(0.52-0.88)


■サブ解析は?


 プライマリ・アウトカムのハザード比は糖尿病の有無にかかわらず低かった(糖尿病群で0.64、非糖尿病群で0.50;信頼区間はそれぞれ0.52-0.79、0.35-0.72)。また、eGFRでも差はなく(45ml/min/1.73m2以上で0.63、以上で0.49;信頼区間はそれぞれ0.51-0.78、0.34-0.69)、蛋白尿の多寡でも差はなかった(尿Alb/Cr比1以下で0.54、1以上で0.62;信頼区間はそれぞれ0.37-077、0.50-0.76)。

 年齢(65歳以下・以上)・性別・血圧(収縮期血圧130mmHg以下・以上)などでも有意差はなかったが、地域では唯一「アジア」がハザード比の有意差がギリギリ(0.70、信頼区間0.48-1.0)であった。ただ、人種の「アジア系」は、それほどではなかった(0.66、信頼区間0.46-0.93)。


■安全性は?

 
 有害事象による内服中止、重度有害事象、上述のSGLT2阻害薬で懸念される有害事象の発生率は以下の通りであった。とくに懸念されたフルニエ壊疽は、介入群では0件で、むしろ対照群で1件みられた。


          介入群 対照群 
内服中止          5.5%   5.7%
重度有害事象  29.5%   33.9%
足切断      1.6%  1.8%
DKA(確定+疑い) 0.0%  <0.1%
骨折       4%   3.2%
腎関連有害事象  7.2%  8.7%
重度の低血糖   0.7%  1.3%
体液欠乏     5.9%  4.2%


3. 感想


 冒頭にも触れたように、SGLT2阻害薬は以前から「糖尿病の有無に関わらず心不全・CKD患者で有益であろう」と憶測されていたので、これらのスタディ結果は納得といえる。

 米国FDAは、DAPA-HF発表から約半年後の今年5月にダパを心不全に認可している(こちらも参照)。エンパが心不全に、ダパがCKDに認可されるのは時間の問題だろう。その後、日本をふくむ各国でも使用は広がると思われる。

 個人的には、2013年に「こんな薬があるのか!」と驚いてから(こちらも参照)、糖尿病→糖尿病のあるCKD→心不全→CKDと適応がひろがっていくのを同時代に見られていることをエキサイティングに感じる。

 ・・というのも、そうではなかったかもしれないからである。

 SGLT2阻害薬は19世紀フランスでリンゴの樹皮から抽出された(Annales Academie Science 1835 15 178)フロリジンを祖にもち、〇〇フロジンと呼ばれるのもそのためである。

 しかし、尿糖を起こすことはすぐにわかったが、SGLT阻害作用が示されるまで100年以上かかった(Am J Physiol 1973 224 552)。この発見がなかったら、T-1095(日本の製薬会社がつくったプロトタイプ)などの試行錯誤を経て現在に至ることはなかっただろう。

 今後も、こうした「科学的な本草学」ともいうべき方法で(できれば自分とその患者が生きているあいだに)サクセス・ストーリーがたくさん起きるといいなと思う。


 


 

2020/10/01

速報 The 2020 Clinical Practice Guideline for Diabetes Management in Chronic Kidney Disease

 腎臓内科医にとって重要な診療指針の1つであるKDIGOの新しいガイドラインが発表された. CKDと糖尿病の関係はこれまでも, そしてこれからもきっと続いていくだろう.

 ガイドラインは5つのチャプター, 3つのポイント(エビデンスはないが概念的に重要),  12個の推奨(エビデンスあり)より構成されており, 昨今話題のSGLT2阻害薬の使用についても当然に言及されている. 

 下記, 一部抜粋 

 CKDとDMが認められる患者さんへ集学的治療を行う理由は, CKDの悪化の進展の抑制と心血管イベントの抑制のためである.

 集学的治療とは具体的には下記である.

 ・全例:血糖管理, 血圧管理, 脂質異常症への対応, 運動, 栄養, 禁煙

 ・大部分の患者:SGLT2阻害薬, RAS阻害薬

 ・ごく一部の患者:抗血小板薬

 ではさらに一部を細かくみてみる. 

 RAS阻害薬は, DM+高血圧+アルブミン尿が認められる場合は可能な限り最大量を投与する. 特に初回投与後2-4週間後に血清K値とCr値を確認しCr上昇とK値の変動がないか確認する. また, アルブミン尿のみでも投与を検討して良い. しかし, 高血圧もアルブミン尿もなければ投与の意味合いは薄いだろう. RAS阻害薬の開始量, 調整すべき点が具体的に記載された表があり参考にする(下記参照).

 血糖管理に関しては, HbA1cは年2回ないし血糖管理が悪い時はその都度行う. 目標値は<6.5-8.0%で個別化して対応する. HbA1cは腎機能障害の進行と共に正確性が低下する為, 注意する. よって腎機能が高度低下した症例ではHbA1cの代わりにCGMを行うことが血糖コントロールに有効となりうる.

 食事運動に関しては, タンパク摂取は0.8g/日, 透析始まれば1.0-1.2g/kgである. 塩分はNaClで5g<日. 中等度の運動を≧150分/週行う.

 具体的な治療に関しては, 食事運動で体重を落とすことに加えて, 2型糖尿尿の場合は薬剤ではメトフォルミン, SGLT2阻害薬が第1選択である. どちらの薬を最初に投与するかは決まっていないが, メトフォルミンが多いようだ. さらに, メトフォルミン単剤で治療が達成されてもSGLT2阻害薬の投与の余地を検討しても良いようだ. 

 なお上記2剤の使用に関してだが, メトフォルミンの投与はeGFR<45で減量, eGFR<30または透析開始では中止であり, SGLT2阻害薬はeGFR<30では開始せず, 透析開始で中止となっている. 

 その次の薬剤は患者の好み, 合併症, eGFR, 費用までを考慮するがGLP1受容体作動薬が好まれるようである(ここでのeGFR cut offは30であるが, SGLT2阻害薬に関しては, DAPA-CKDの結果を受けて引き下げられる可能性もある.). 他の薬剤の組み合わせについても図がガイドラインの中に記載されている.

 これだけでもまだ抜粋である. 情報量がとても多い. 

 個人的な意見としては, 今回の改定は本文を読まなくてもかなり理解が進むよう図が多様されている点と, 具体性を重視した記載をされている点が素晴らしいと思った. 例えば, RAS阻害薬という括りだけでなく具体的なACEI阻害薬の中での薬剤別の使い方まで詳細に記載されているのが印象的であった. どこから読んでも勉強になるようなガイドラインだなと思うので皆様も是非一読をされると良いだろう.


図:ARB/ ACEIの薬剤別の投与量と注意点(日本の保険用量との差異に注意)
 

 

 



 

 

 

2020/06/25

FEATHER、PERL、CKD-FIXスタディのあとで

 今日付けのニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに、尿酸降下薬によるeGFR低下の抑制を意図した2つのスタディ、PERL(NEJM 2020 382 2493)とCKD-FIX(NEJM 2020 382 2504)が出た。もうご覧になった方もおられるだろうが、どちらも否定的な結果であった。

 PERLは、1型糖尿病の早期CKD患者約530人を対象にした米国のスタディ。彼らの平均尿酸値6.1mg/dlを、アロプリノールで2.5-4mg/dlにさげたら、GFRの年低下率を抑制できるかを調べたものだ。アロプリノールは、最初の月に100mg/d、以後は最大で400mg/dまで増量可能であった(GFR低下例では程度に応じ200mg/d、300mg/dまで)。

 なお患者の平均年齢は51歳、男性が66%、白人が84%。糖尿病の平均罹患歴は34年、平均HgbA1cは8.2%。イオヘキソールによる平均実測GFRは74ml/min/1.73m2、平均尿アルブミン排泄速度は41mcg/min(59mg/d)、90%がRAA系阻害薬を内服していた。
 
 その結果、164週の観察で、尿酸値は介入群で平均3.7mg/dlに維持されたが、GFRの平均低下率は3ml/min/1.73m2/年で、2.5ml/min/1.73m2/年のプラセボ群と有意差がなかった。むしろ、尿アルブミン排泄速度は介入終了時に47mcg/min(68mg/d)と、プラセボ群の37mcg/min(53mg/d)より有意に高かった。

 いっぽうのCKD-FIXは、CKD3-4期またはeGFRが3ml/min/1.73m2/年以上低下した患者約360人を対象にしたオーストラリアのスタディ。彼らの平均尿酸値8.2mg/dlを、アロプリノールで5mg/dl程度まで下げてeGFR低下を抑制できるかを調べたものだ。アロプリノールは100-300mg/dとされた。

 患者の平均年齢は62歳、男性が63%、白人が75%、DKDは45%(糖尿病の病歴じたいは58%)。平均eGFRは31ml/min/1.73m2、尿アルブミンクレアチニン比は約700mg/gCr、40%がACE阻害薬を、36%がARBを内服していた。
 
 その結果、104週の観察で、尿酸値は介入群で平均5.1mg/dlに維持されたが、eGFRの平均低下率は3.1ml/min/1.73m2/年で、3.2ml/min/1.73m2/年のプラセボ群と有意差がなかった。尿アルブミンクレアチニン比、血圧などにも有意差はなかった。


 これにより、PERL、CKD-FIX、そして日本でフェブキソスタットを試したFEATHER(AJKD 2018 72 798)の3スタディは、いずれも腎機能低下についてのプライマリ・エンドポイントでよい結果を示せなかったことになる。だから、おそらく次のKDIGOガイドラインは、こんな風にかかれるだろう。

推奨■.■ CKDにおける無症候性(痛風や尿酸結石のない)高尿酸血症の、腎機能低下抑制を目的にした治療については、行わないことを推奨する(レベル□□)。

 それで、どうなるのか?治療薬があるので、尿酸値が赤字のまま治療せずにいるのは、臨床家には勇気のいることかもしれない。しかし、こうしたスタディが出た以上は、使用にいっそう正当化が求められるだろう。

 そのために、まずはスタディのサブ解析(一部の患者には効くのかを調べる)やポスト・ホック解析(別のエンドポイントでは効くのかを調べる)が行われることは、想像に難くないし、筆者もそうすべきと考える。

 たとえば、FEATHERスタディは蛋白尿の陰性群に限ると介入群でeGFRは有意に「上昇」し(p=0.005)、PERLスタディでもアルブミン尿のない群はよさそうだった(信頼区間のまたぎ方がもっとも介入群寄り、図矢印)。


NEJM 2020 382 2493より


 こうした所見は、統計が生んだ「残念賞」なのかもしれない。しかし、もしかしたら、本当に尿酸値低下による(RAA系阻害薬などとは別の機序の)腎保護作用があるのかもしれない。そういった作用を強調した別の治療が、限られた群に有効なのだとしたら、上記3スタディも無駄ではなかったことになる。

 
 できれば、そっちのほうが前向きだ。



出典はこちら
(ライブ動画は、こちら!)



 
 

2020/05/20

CKDにとって高カリウムの食事をすることは良いこと!?

今回は、Consの立場にたって前回とは違った立場で見てみたい。
前回、CKDの高カリウム血症を改善させるための手段として、内服薬にフォーカスを絞って話をしたと思う。今回は、CKDにとって高カリウムの食事を取ることが悪くないのでは!?ということについて触れたいと思う。

まず、前提としてカリウムが豊富な食事摂取が健康にとっていいという観察研究や介入研究が多数存在している。
− Hypertension 2014:カリウム 摂取により高血圧の頻度を減らしたという報告。
NEJM 2014:カリウム 摂取量が多くなると高血圧の割合改善。ナトリウムも検討
NEJM 2014:カリウム 摂取量が多くなると死亡率・心血管疾患割合減少。ナトリウムも検討
Stroke 2014:閉経後女性でカリウム 摂取量増加とともに脳卒中や虚血のリスクを減少。


このように高カリウム摂取が健康にいいと言われている反面、CKDにおける高カリウム血症の懸念は悩ましい部分である。


まず、食事でカリウムを摂取して、腎臓がどのようにカリウムの調整を行なっているか(Potassium handling)を見てみる。

下図にも提示するが、腎臓に到達したカリウムはほとんどが近位尿細管(60-80%)とヘンレ上行脚の太いところ(20-40%)で再吸収される。

尿細管にカリウムが排出されるのはアルドステロンに反応して遠位尿細管から排出される。
遠位尿細管のチャネルの主役はENacとROMKとMaki-Kがある。
・ENacでは、Na再吸収が主な働きである。Na再吸収は、①尿細管管腔の流速増加、②遠位尿細管へのNa量増加、③アルドステロン増加によって再吸収量が増加する。
・ROMKはK排泄が主な働きになる。K排泄は、①尿細管管腔の陰性荷電、②アルドステロン作用によって尿細管へのカリウム排出を増加させる。

上記から高カリウム血症の治療で、自尿がある患者でフロセミドが治療を用いる理由を考えてみる。
(フロセミドによって、ヘンレループのNKCC2チャネルの阻害にが起こりNa+とK+の再吸収が阻害。遠位尿細管への流速増加とNa量増加しENacが働き、Naの再吸収→遠位尿細菅腔の陰性荷電→K排出が生じる。尿流量の増加でMaxi-K(BK)チャネルが活性化しK排出が生じる)

ここからは数個質問形式で少しお話しする。
Q:食事摂取で血清カリウムは増加するのか?
食事でのカリウム摂取によって、血清カリウムや血清アルドステロン濃度が増加する前にカリウム尿やナトリウム尿が排出される。これは、摂取によって遠位尿細管のNCCチャネルの阻害が生じ、尿流量の増加や遠位尿細管のナトリウム量の増加が生じカリウム排泄が増えるせいだと考えられている(KI 2013:マウスの実験から)。


Q:カリウムは腎不全の人にとっていいのか?
カリウムが多い食事(フルーツや野菜など)は、繊維やアルカリや微量元素など腎不全の人にとって必要なものが豊富である。代謝性アシドーシスになることで、高カリウム血症を助長するし、腎不全の進行にも寄与することが示唆されている(CJASN 2009)。
また、カリウム含有が多いものに含まれいてるアルカリの摂取量増加は腎結石のリスクを減少させ、重要な役割を果たしていると考えられている(CJASN 2016)。

Q:カリウム摂取量は直接的に血清カリウム増加につながる?
カリウム摂取量と血清カリウムの増加は決して単純に平行というわけではない(カリウムが多いものには炭水化物も多くインスリンも働くなどのため)。

Q:カリウム摂取量とCKD進行の関連は?
The PREVEND studyは尿中カリウム排泄(カリウム摂取量の代替マーカー)の低下がCKDリスク増加と関連していると報告している。

では、尿中カリウム排泄とCKDの進行に関しての報告を別のStudyでも見てみる
CRIC study (JASN 2016):尿中カリウム排泄量低下がCKDリスク増加に関連
MDRD post hoc analysis(AJKD 2016):上記の関連性はない。
KNOWN-CKD(CJASN 2019):尿中カリウム排泄量低下がCKDリスク増加に関連
KNOWN-CKD
上記からわかるように尿中カリウムをマーカーとして、直接的にカリウム摂取量で検討している研究は少ない。現在進行中の研究のK+in CKDはCKD3b/4の人を対象に経口カリウム摂取の腎保護作用を見ている研究になる。

主旨は違うが、高血圧によるCKDの代謝性アシドーシス治療に対して、重炭酸治療と野菜やフルーツなどのカリウム摂取治療と通常治療を比較したものがある(CJASN 2013KI 2014)。この研究では重炭酸投与とフルーツ野菜など投与した群ではアシドーシスの改善と腎機能低下が抑えられたという報告がある。ただ、この研究ではカリウムが上がるリスクがある糖尿病患者、投与前にK4.6mmol/L以上は除外している。


CKD患者やESKD患者のカリウム摂取をすることの有用性は、今後のRCTを見てみないとはっきりは言えないが、個人的にはCKD患者であれば、
・高カリウム血症がない場合(Kの数値としては前の論文の4.6mmol/Lをカットオフとするのはいいかも)
・食事以外で、代謝性アシドーシス、コントロールが悪い糖尿病がある場合、組織の破壊が起きている、便秘がある、Kを増加させる必要のない薬剤を内服している場合にはそれらの介入を行う。
上記がクリアできれば、栄養相談もしながらカリウム摂取の過度な制限はかけなくてもいい可能性が高い(透析患者ではCKD患者に比べれば、高カリウム血症のリスクはあがる)。

もし、カリウムが上がっても先に述べた薬も使いながらカリウムを過度に制限しないような生活を過ごすことが、体にとっても非常に大切なことなのかもしれない。



2019/12/05

片腎患者さんの診療を考えてみる(とくにRAA系阻害薬使用に関して)。

みなさんの外来にも片腎で腎機能のフォローを行いながら経過を見ている人はいるだろうか?
先日私の外来にもそんな患者さんがいらっしゃった。片腎で高血圧の患者さんである。
みなさんは、どのように考え血圧の管理をしていくだろうか?

■片腎について
まず、片腎になる理由として先天性のものと後天的に腎臓を取らざる負えない状況(悪性腫瘍、外傷、腎移植での腎提供、生検後の出血)がある。
先天性のものに関しては透析などの腎代替療法が必要になる割合として小児期に40%、成人後は0.6%と言われている。
CAKUT(以前ブログで説明)は様々な重症度にわけられるが、腎の無形成と膀胱尿管逆流症は小児期の腎不全の原因の最多である。

■代償に関して
片腎に伴い、残った腎臓の代償がはたらく。
下図に示したように、腎臓の糸球体や尿細管のサイズにかんしては変化は乏しくネフロンの数が倍増する。また、皮質の肥大化を生じる。

片腎になったあとは1ヶ月以内に残腎の血流量が増え腎肥大が生じる。
生体腎腎移植ドナーの場合を考えてみよう。ドナーは片腎をレシピエントに提供する。
生体腎移植ドナーでは残った腎臓に代償がはたらく。先に述べたような代償機構は特に腎臓にとってリスクがないのかというと、腎臓が突然なくなる場合に残った腎への過剰濾過が生じ、糸球体硬化前の病理像を示したり、腎組織の進行性のダメージをあたえる。そのため、CKDやESRDになるリスクが高くなる(JAMA2014KI2014)。

■RAA系は重要?
胎生期において腎の血管のコントロール、適切な塩分・水分のコントロール、腎臓の発達に非常に重要(Pediatr Nephrol 2014)。 また、RAA系は障害性サイトカインや成長因子など腎ダメージの進展との関連がある。
片腎においても腎機能維持のためにRAA系は非常に重要である。

■その点でRAA系阻害薬の使用は推奨されるのか?
RAA系の使用が先天性or後天性片腎の患者さんのGFR低下に有効に働くかに関して、一部で研究はされているが、はっきりとしてはいない。しかし、腎保護効果はあると考えられている。
・子供にとってAngiotensinⅡの濃度は腎臓の発達や成熟に必要なものである。その点でもRAA系阻害薬の使用は適切である。
・女性はRAA系の活性が低下している(AngiotensinⅡ産生低下と受容体の発現低下)。このことは高血圧や心血管疾患発症をおこしにくくするという点ではいいが、片腎の女性であればRAA系の低下は残った腎臓の機能低下につながる。その点では女性でもRAA系阻害薬の仕様は理にかなっている。
・片腎で高血圧や蛋白尿がでている症例:使用が推奨される。
・腎移植レシピエントへのRAA系阻害薬の使用は推奨されている。

もちろん、RAA系阻害薬使用での副作用には留意しなければならない(下表)
低血圧にも留意する必要があるし、片腎への腎動脈狭窄もどうなのか?にも留意する必要性はある。

■個人的には、片腎へのRAA系阻害薬の使用を女性や子供、蛋白尿の症例には考慮していくべきであると感じた。また、その際には投与後の腎機能のフォローはしていく必要がある(以前の記事)。




2019/11/21

睡眠と腎臓

ああ眠りこそ、愛(は)しきものなれ、
極より極まで愛でぬ人なし。 
―― コールリッジ『老水夫行(1798年)』より

 2017年のノーベル医学生理学賞を受賞したMichael Young博士が、今年の米国腎臓学会で講演した。PER(period)、TIM(timeless)、DBT(double-time)といった概日リズム遺伝子は既によく知られているだろうが、何千もの飼育ボトルに入ったショウジョウバエの睡眠・活動リズムを観察して変異体をみつけた博士には、脱帽するほかない。

 なおヒトでは、PER遺伝子のほか、CRY(cryptochrome)、CLOCK(circadian locomoter output cycles kaput)、BMAL1(brain and muscle ARNT-Like 1)、REV-ERBαなどの遺伝子が概日リズムを司っている。そして、数百の遺伝子が概日リズムに従って「朝型」「昼型」「夜型」などさまざまに活動している(下の左図;概日リズム遺伝子をノックアウトすると下の右図のように規則性がなくなる)。




 腎臓もまた、概日リズムに従っている。ENaC・NHE3・NCCといったイオンチャネル、各種アクアポリン、糸球体ろ過や尿細管排泄に重要なアラキドン酸代謝産物の20-HETE(hydroxyeicosatetraenoic acid)などはいずれも概日リズム遺伝子の支配下にある(Nat Rev Nephrol 2018 14 626)。また、自律神経・ホルモン分泌など腎外の因子についても同様だ。

 その結果、眠っているあいだ①尿量が減る、②血圧がさがる(dipping)、といった「表現型」がうまれる。②についてはすでに注目され、dippingのない患者はある患者にくらべCKD進行しやすいという相関が複数報告されている(KI Report 2016 1 94)。結果、24時間血圧を管理しようという動きもみられる(こちらも参照)。

 さらに最近では、眠りの質・量とCKD進行との相関を示す報告もでてきた(KI 2016 89 1324、JASN 2017 28 3708、PLoS One 2017 12 e0175298など)。多くは大規模疫学コホートのアンケート調査解析で、エビデンスの質は高くない。しかし睡眠は腎臓だけでなく、心血管系イベント・免疫力低下・精神疾患・交通事故・学力低下などさまざまな心身の健康と相関しており、その重要さを疑う余地はないだろう。

 では、CKD外来で患者さんに見せてもらう血圧手帳の「朝の目覚め」欄が△や×で埋まっていたら、どうしたらいいか?




 「薬ください」「はい、どうぞ」の2秒で済ませれば外来時間は節約できるが、有効性や安全性は高くない(Matthew Walker著"Why We Sleep"、邦題は『睡眠こそ最強の解決策である』も参照)。生活習慣・居住環境などいわゆる「睡眠衛生」の改善や、睡眠時無呼吸など原因の検索も重要だが、時間がかかる。

 そこで、概日リズムの研究に期待が高まる。すでにCRY2遺伝子異常が家族性睡眠相前進症候群、PER3遺伝子異常が家族性睡眠相後退症候群に、それぞれ関係することが明らかになっている。これらは稀な疾患だが、今後診断や治療が進めば、より多くの人たちが安眠により心身の健康を増進できる日が来るかもしれない。



2019/11/01

CKDと出血傾向

 尿毒症患者は、出血傾向になる。イタリアの解剖・病理学者モルガーニ(Giovanni Battista Morgagni 1682-1771)が、すでに1764年にそう記載している。なお、彼の師匠はバルサルバ洞で有名なバルサルバ(1666-1723)、その師匠は腎生理学の祖でもあるマルピーギだ(1628-1694)。


(三人の出身、ボローニャ大学の校章)



 このように尿毒症と出血傾向の歴史は古いが、その仕組みは完全には解明されていない。1960年代にはグアニジノコハク酸という尿素回路の副産物が原因とされたが、その後1990年代には内皮細胞が産生するNOが注目され、グアニジノコハク酸も結局はNO産生を増やすことがわかった(Blood 1999 94 2569)。

 現在、Handbook of Dialysis(5版、2015年)には以下のような要因が挙げられている:

  • 血小板顆粒中のADP量の低下
  • セロトニンの低下
  • TXA2産生の障害
  • 内皮細胞でのNO産生の亢進
  • GPIIb/IIIa複合体が活性化されない
  • vWFの異常(議論あり)

 しかし、このように機序がわかっていなくても、侵襲的な処置などで出血が見込まれるCKD患者を前にしたら、臨床家は何か対策しておかなければならない。それで、たとえば腎生検の前には、常識的に以下のような対策をするだろう。

  • 生検の必要性を見極める
  • 内服していた抗凝固薬・抗血小板薬の休薬
  • 気をつけてやる
  • 静脈路の確保、血液型やクロスマッチの採血
  • 止血剤の点滴

 ただし、最後の止血剤については、国や施設によっても議論があるかもしれない。

 日本以外では、ddAVPが用いられることがある。ddAVPはバソプレシンV2受容体の選択的なアゴニストで、内皮細胞のV2受容体を刺激してvWF産生を増やす。腎生検前に 
ddAVP0.3mcg/kg皮下注を用いた群と用いなかった群のRCT(AJKD 2011 57 850、患者数は両群合わせて約160人)では、腎周囲血腫のサイズや入院日数に有意差がみられた。

 しかし、血腫サイズは両群ともに小さなもので(エコー上、介入群で2cm2、プラセボ群で3.8cm2)あった。腎生検程度の侵襲手技でルーチンに投与すべきかには議論もあり(AJKD 2011 57 808)、ddAVP投与が全ての施設で行われているわけではない。

 また、ddAVPには低Na血症のリスクもある(V2受容体は、無論腎臓にもあるからだ)。臨床上さほど問題にはならないが、例外は移植腎の生検だ。腎移植患者は日頃から飲水を励行しており、移植腎生検前にddAVPを行ったことでNa値が127mEq/lから107mEq/lに低下し意識障害を呈した報告もある(CKJ 2014 7 602、前値が低すぎる感は否めないが)。

 いっぽう、日本ではカルバゾクロムスルホン酸ナトリウム(アドナ®)・トラネキサム酸(トランサミン®)がよく用いられる。といっても施設によって幅があり、腎臓学会のアンケートによれば、アドナ®使用施設は全体の73%、トランサミン®は57%にすぎなかった。


 「アドトラ(例の、黄色いやつ)」であれddAVPであれ、止血剤は「転ばぬ先の杖」。筆者も以前、「止血剤なんて、おまじないだ!」と思いあがっていた。しかし、出血で困って「藁をもつかむ」思いをするなど、いろいろ人生経験を積んで考えが変わった。今後も副作用と適応に注意して、お世話になり続けるだろう。



(写真はビッグ・バード。アドナ®は黄色いので!)



2019/09/12

高齢化時代のCKD

 クレアチニンのわずかな上昇による死亡率上昇のリスクを、患者・医療者・社会に注意喚起する便利な数字、eGFR。しかし、ドイツの数学者、レオポルト・クロネッカー(1823-1891)が「自然数は神の作ったものだが、他は人間の作ったものだ」と言ったように、10数年用いられたこの数字もまた、時と共に変わっていくのだろうか?


(出典はこちら


 そう考えさせられたのは、eGFRを修正すべきというヨーロッパからの意見論文がJASNの電子版に発表されたからだ(doi:10.1681/ASN.2019030238)。

 著者らの主張は「高齢者で、蛋白尿などもなく、eGFRだけでCKD3A期になった人は、自然の老化でネフロン数を減らしただけであり、CKDではない」というもので、それ自体は新しいものではない(こちらも参照)。

 筆者からみて新しい点は、2つある。ひとつは、世界中の疫学研究を見直して「65歳以上ではeGFRが45ml/min以下にならないと死亡率が上昇しない」という結論に至ったことだ(一覧表だけで10ページにわたり、日本からは茨城県のデータが引用されている)。

 もうひとつは、小児科の成長曲線にも似た、「老化曲線」による解釈を提案していることだ(図は前掲論文より)。




 たとえば、75歳の白人男性(体表面積1.9m2)でクレアチニンが1.1mg/dlであった場合、eGFRは58ml/min/1.73m2となる。しかし、上図では黄緑色のマルでプロットされ、深緑色で示された標準偏差内におさまっている。こうした場合は、CKD3A期ではなく「老化」とみなそうというわけだ。

 これに対し、大西洋の向こう側(米国)では何と言っているか?

 2つのエディトリアルが載っているが、いずれも一番の論点は「CKDの意義は生命予後だけではない」だ。

 "Renalism"の命名者でもあるスタンフォードのChertow先生は、心血管系イベントリスクが高い(それを示した自身の論文は、NEJM 2004 351 1296)この群を、引き続き「CKD」と名付けて注意喚起すべきだと主張する(doi:10.1681/ASN.2019070743)。

 また、新規アシドーシス治療薬ヴェヴェリマーを開発するTricida社(こちらも参照)の相談役でもあるテキサスのWesson先生は、この群にもみられる代謝性アシドーシスを見落とさないことが重要と主張する(doi:10.1681/ASN.2019070749)。

 これらについて論文著者は「病気(CKDのDは、diseaseのD)と呼ばれることによる社会的な不利益もある」「不必要な精査・不安をいたずらに増やす」などとも指摘しており、どちらにもそれぞれ説得力がある。
 
 今後、太平洋の向こうにある(高齢化のいっそう進んだ)わが国でもこういった議論がなされれば、CKDのヒートマップが骨粗しょう症の検査結果のように「老化曲線」を反映したものになる・・・なんてことも、あるかもしれない。






2019/09/11

慢性腎臓病外来でサプリメント内服を聞いてますか?

みなさんはサプリメントを飲んでいるだろうか?また、慢性腎臓病の外来でサプリメントの内服の有無を尋ねているだろうか?

こんな患者さんの場合どうするだろうか?

50歳男性、2型糖尿病でコントロールは良好。
インスリンの使用もなく、血清Cr 1.2mg/dLで安定。尿蛋白も尿Alb/Cr 25mg/g

今回定期受診・採血で血清Cr 1.7mg/dLと悪化。尿蛋白は大きな変化なし。特に新規にNSAIDsの使用や抗生剤の使用はなし。

この人にサプリメントは何を飲んでいますか?と尋ねてみると
Fish oil 1000mg/day、 ビタミンC 1500mg/day、 ビタミンB製剤
を内服しているという。

ここで腎疾患の悪化の原因がピンときただろうか?

疾患として想起する必要があるのは
Oxalate nephropathy (シュウ酸塩腎症)
である。

この疾患については以前のブログでも触れている。
病態はシュウ酸カルシウムが腎に沈着したり、尿細管に沈着して障害を生じる。

エチレングリコールの投与はOxalate nephropathyを起こすことが知られているが、ビタミンCも一部が代謝されoxalateの生成に関連する。

そのため、慢性腎不全のひとでは特に高用量(>1-2g/day)のビタミンCの投与はOxalate nephropathyのリスクになりうることを注意しなくてはならないし、我々も注意して聞かなくてはならない(AJKD 2013)(Clin Kidney L 2014)(AJKD 2016)。

また、ビタミンB1であるチアミンやビタミンB6のピリドキシンもOxalateの代謝に重要であることも知っておく必要があり、これらの欠乏がOxalate産生増加に関わることを知っておく必要がある。

下記はOxalateが多めの食事。


2019/09/05

外科医からの忠告

 51歳男性。インフルエンザ・MRSAによる壊死性肺炎からショック・ARDS・AKIを合併し入院。昇圧薬、緊急透析などをふくむICU管理を受けた数日後、下血と腹部の筋性防御がみられた。緊急開腹をおこなったところ、回腸末端・上行結腸・盲腸・直腸に多数の穿孔がみられた。病理標本を示す。




 Q:診断は?

 
 じつはこの症例はCJASNの2019年6月号の表紙を飾ったので、ご存知の方も多いかもしれない。紫色で魚のウロコのような構造物は、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム・カルシウム複合体(polystyrene sulfonate complex, PSC)の結晶。緊急透析でも高カリウム血症が改善しないため、1日あたり100グラム以上のPSCが経口・経腸的に投与された。どうしてそんなに大量のPSCが投与されたのかは、わからない。
 
 雑誌には、このあとこの患者がどうなったかは書かれていない。しかし、奇しくも日本臨床外科学会雑誌の2019年5月号に『ポリスチレンスルホン酸カルシウム内服中に発症したS状結腸穿孔の2例』なる報告が載っていたので紹介する(日臨外会誌 2019 80 943)。

 1例目は、CKDで内科外来に通う87歳女性、入院時Cr 1.7mg/dl。S状結腸穿孔により硬便が腹腔内に流出していた。単孔式人工肛門造設術を行い、手術は2時間41分、出血量は150ml。術後は人工呼吸器管理・大量輸液・広域抗菌薬・トロンボモジュリン・エンドトキシン吸着をうけた。回復し、リハビリおこない術後79日に自宅退院。

 2例目は、CKD(入院時Cr 2mg/dl)だけでなく、潰瘍性大腸炎の寛解後でもあった。S状結腸に2箇所の穿孔あり。単孔式人工肛門造設術を行い、手術は2時間10分、出血量は650ml。術後5日目にARDSとなり、一時回復し抜管されるも、再発し34日目に死亡退院。

 この論文が医学中央雑誌で過去の報告を検索したところ、ポリスチレンスルホン酸製剤内服中の下部消化管穿孔は全例が左側結腸に発症していた。製剤により水分を吸いとられ硬くなった便塊が通過障害を起こすためと考察され、上皮機能変容薬(ClC-2チャネル阻害薬など、こちらも参照)の使用が提案されている。

 「新規カリウム吸着薬があれば大丈夫」と思うかもしれないが、イオン交換樹脂であればやはり便中の水分は抜ける。Patiromerでも便秘は11%に見られたし(NEJM 2015 372 211)、ZS-9の第3相試験(CJASN 2019 14 798)でも便秘は6%にみられた(同じ号の表紙にPSC結晶の写真を載せたのにも、警告の意図があるのだろうが)。同様の合併症に注意が必要だ。


 最後に、1例目は低カリウム血症(1.8mEq/l)にも関わらずポリエチレンスルホン酸製剤が投与されていた。著者らは「定期的に血液検査を行い、場合によっては製剤の減量や中止も検討するべきであった」と戒めている。外科雑誌にとどめておくにはもったいない、的確な忠告といえよう(下図は、医原性を意味するiatrogenicの由来でもある、ギリシャ語のiatros)。


 



2019/08/23

NPT2a阻害薬から見える未来

 近位尿細管トランスポーターで治療標的のものといえば、まずSGLT2を思い浮かべるだろうが、URAT1(こちらの追記も参照)、NHE3(こちらも参照、ただし腸管のNHE3に対する薬だが・・)なども実用化にむけて治験が進んでいる。そして今月はJASNに、NPT2aの阻害薬の報告が載った(DOI: 10.1681/ASN.2018121250)。

 NPT2aとは聞きなれないかもしれないが、近位尿細管にあるナトリウム(Na)とリン(iP)の共輸送体だ。NPT2aというからには他のファミリーメンバーもいて、NPT2bは腸管にあり、NPT3cはやはり近位尿細管にある(図はCJASN 2015 10 1257)。なお近位尿細管には別にPiT-2というナトリウム・リン共輸送体もあり、いずれも再吸収をおこなっている。




 今回でた実験は、PF-06869206というNPT2a阻害薬を、5/6腎摘したCKDモデルマウスに静注したものだ。NPT2aだけを阻害しても、上述のようにリンの再吸収は複数のトランスポーターによるので、リン排泄は増えないようにも思われる(おそらくそれが、いままでNPT2a阻害薬が作られなかった背景にあるのだろう)。

 しかし、蓋を開けてみるとリン排泄は増え、血中リン濃度は低下した。組織をみると、近位尿細管でのNPT2a発現が低下したのに対して、たとえばNPT2cの発現は代償性に増えていなかった(ただし定量化はしていないが)。また、NPT2aはナトリウムの共輸送体でもあるので、尿ナトリウム排泄も増えていた。

 つまり、この世にまたひとつ、新しい利尿薬の候補と、高リン血症の治療薬の候補が生まれたということだろうか?

 たしかにそれも大事だが、この実験から予見されるのはそれだけではない。筆者にとっては、少なくとも2つある。

 1つ目は、単にリンを下げるだけでないかもしれないことだ。腸管からのリン吸収を阻害する吸着薬とちがい、NPT2a阻害薬は近位尿細管細胞に直接作用する。そして、近年はFGF23・KlothoとPTHがNPT2a発現を調節する仕組みも解明されつつある(図はKI 2009 75 882、Front Endocrinol 2018 9 267)。NPT2a阻害薬は、こうしたCKD-MBDのホルモン軸に、独自の影響をおよぼす可能性がある。





 そして2つ目は、「(SGLT2阻害薬につづき)近位尿細管の負担を軽減して腎機能低下を抑制する薬」が生まれる可能性である。この実験は注射も1回だし、24時間後の変化しか見ていないが、おそらく連用した場合の腎機能への影響もとっくに調べられているに違いない。「NPT2a阻害薬による腎保護」がコンセプトとして通用すれば、剤形や安全性を高めるなどの課題は工夫すれば解決できるだろう(SGLT2阻害薬がそうであったように)。

 
 やはり、フロンティアというか、いま近位尿細管には「きてる」感がある。今後も勢いよくさまざまな標的分子が治療対象となってゆくだろう。きっと今頃、試行錯誤と努力を続けるどこかの研究室で、未来が生まれているに違いない(写真は伝説的なSF作家、ウィリアム・ギブソンの引用句、「未来はここにある、ただ均等に行きわたっていないだけだ」)。






2019/05/30

慢性腎不全に対する高血圧治療 (ACE-I、ARBは使用すべきなのか?)

 今回は降圧薬について少し具体的にふれていく。

・ACE-I /ARB

 この薬に関してはCKD患者の高血圧治療において主力の薬である。

 既知のようにACE-IはAngiotensin Ⅰ→Angiotensin Ⅱへの変換を阻害し、ARBはAngiotensin Ⅱ受容体阻害としてはたらく。Angiotensin Ⅱは血管収縮作用がある。

 最終的にはAldosteron分泌を減らし末梢血管抵抗の減少をもたらし、収縮期血圧低下に効果がある。

 また、腎臓にとってAngiotensin Ⅱの阻害が糸球体輸出細動脈の拡張をもたらし糸球体内圧を低下させ、腎臓に保護的に働いている。

 これらの薬は、

 ・蛋白尿を伴うCKD患者(AJKD 2007)
 ・HFrEF(Heart Failure with reduction Ejection Fraction)、急性心筋梗塞患者(NEJM 2003)

 に対して確立している治療であり重要な薬となっている。

 腎臓の話題を中心に進めるが、下記のことは疑問に多く生じるのではないか。

 ・最新の状況としてはどのくらい推奨されているか?
 ・ACE-IとARBの両者を一緒に使うのはどうなのか?
 ・末期腎不全の患者には使用していいのか?
 ・最新の状況としてどれくらい推奨されているのか?

 JNC8(Joint National Committee 8):腎予後改善の点で全てのCKD患者における高血圧治療で第一選択、もしくは第二選択以降の追加薬剤としてACE-IやARBの使用を推奨(JAMA 2014)。

 AHA/ACC(American Heart Association and American College of Cardiology):CKD stage3以降、もしくはCKD stage Ⅰ・Ⅱでアルブミン尿が300mg/day以上 or 300mg/g Cre以上の場合には使用が推奨されている(JACC 2018:下図)。


JACC 2018より引用


 両者の適応でCKD stageⅠ、Ⅱの時の蛋白尿の部分での推奨の違いがあるが、これはエビデンスが様々あり、不確実な部分も多いため異なっている。

 ・ACE-IとARBの両者を一緒に使うのはどうなのか?

 一時期これは話題になったが、現在は高血圧治療においての推奨はされていない。この根拠としては、Veterans Affairs Nephropathy in Diabetes Trial(NEJM 2014)の結果がある。この研究では糖尿病性腎症患者に対しての両薬剤の併用により副作用リスク(高カリウム血症、AKI)の増加が認められ早期に中断された。ここに関しては、今後の研究も待たれるところである。

・末期腎不全の患者には使用していいのか?

 末期腎不全患者に対するACE-IやARBの投与はメタアナリシスの結果で、左心室の拡張を減少させたことが示されている。しかし、統計学的に心血管・非心血管死亡を明確に減らしたということは言えてはない(CJASN 2010)。

 血液透析患者に対して薬剤の使用をする際に、ACE-Iは透析で抜ける薬が多いことは知っておく必要があり、透析後に内服・週3回内服で中等度高血圧の改善に寄与している報告も多い。コンプライアンスの点で、ACE-Iを透析が終了し医療従事者が目の前で見ているときに内服をするというのも一つの選択肢ではある。下図はNKF Guideleineの表。ARBと比較してACE-Iの透析性を理解することができる。


NKF Guidelineより引用

 
 今回はACE-I/ARBに関してお話しした。

 次回以降に他の降圧薬についても触れていってみる。続く。


2019/05/24

慢性腎不全における高血圧治療 (降圧をなぜするのか?目標は?)

よく臨床で疑問に思いつつ、本当にこれでいいのかな?と思いながら治療をしているのがこのテーマではないか?筆者もその一人である。この薬をこの人に使って正しいのか?標準化されているものかなどよく考えてしまう。

2019年に本邦では高血圧ガイドラインが刷新された。下表は各ガイドラインの比較のものになる。


日経メディカルより引用


 これをみてみると高血圧の目標基準は全体的に厳しくなっている。高血圧治療には日常的に最も関わるし、治療の方法を知っておかなくてはならない。

 一般的な高血圧治療はガイドラインに譲るとして、今回はCKDやESKDにおける高血圧治療についてみていこうと思う。

・降圧目標:

 降圧目標に関しては、本邦では蛋白尿の有無により目標値が異なってはいるが原則130/80mmHgを目標に治療をしていく。

・なぜ治療するか?:

 これに関しては、高血圧治療がCKD、ESKD患者の心血管疾患予後を改善することがわかっている(NEJM 2015Hypertension 2009)。

 ただ、大規模コホート試験でCKD患者のうち60%の患者は3種類以上の降圧薬を必要とする場合が多いことがわかっている(AJKD 2010)。

→もちろん塩分制限などの一般的な生活改善も必要ではあるが、降圧薬の使用は非常に重要である。

 今回は、CKDやESKDにおける降圧薬でどのようなものを使うのがいいのか?その悪影響はどんなものが出るのか?を少し触れていきたいと思う。

 つづく。

2019/05/09

目の前に腎不全の患者!聞くことは・・

 今回はNEJMにReviewが出ていたので書いてみる。

 先に題名に対する答えからであるが、職業、生活、労働環境は?と聞く必要がある。
NEJMでは、農業群落で働く人に起こる腎不全というReviewが乗っている(NEJM 2019)。


NEJM 2019より引用


 この中に数個の疾患が載っているが、私はあまり馴染みがなかった(Mesoamerican nephropathy, Sri Lankan nephropathy, Uddanam nephropathyなど)。本邦で見る割合は少ないかもしれないが、温暖化が進み、多種多様の海外旅行者が来る現在なので、本邦でも見る機会はあると思う。ただ、この疾患の概念を知らないとわからないことなのかなと思い、今回書いてみた。今回は、この中で一番popularなMesoamerican nephropathyについて触れてみる。

 この疾患は農業従事者に見られる疾患であり、原因不明の慢性腎障害と言われている。発症地域は中米が多いが、他の地域でも報告されている。

 最初に認知されたのは、中米のエルサルバドルで、若年のサトウキビを取っている人たちに原因不明で透析を開始しなくてはならないCKD患者が多くいた(205人中135人の原因が不明)。

 色々な調査でエルサルバドルとニカラグアで、高度が低く沿岸部に住む人にCKD発生が多いことがわかった。また、農業もサトウキビだけでなく、様々な農業の人に起こりうることもわかった。

 リスクファクター:

・高温の環境下で農業や身体を酷使した仕事をしている人
・殺虫剤の暴露がある
・NSAIDsの過剰使用がある
・60歳以上、男性
・痩せている
・砂糖を含んだ飲み物を飲水している。
・貧困、低所得者

 が挙げられる。

 原因:明らかな原因に関しては不明である。

 もっとも可能性のあるものとしては何回も脱水からAKIを生じることと、感染、薬物、毒素などの暴露による尿細管間質性腎炎を生じることが原因ではないかと考えられている。


AJKD 2014より引用


 病理所見:

 早期のMesoamerican nephropathyでは尿細管間質腎炎の所見を認める。
 CKD患者の腎生検では、尿細管の萎縮と繊維化、腎臓の硬化所見を認める。


Kidney Intより引用
左は慢性(尿細管の萎縮)と急性(間質へのリンパ球浸潤)の病態が入り混じっている
右はすでに慢性の状態であり、繊維化が生じている。


 診断:

 GFRが低下している人で、蛋白尿や血尿がない患者でCKDの原因が不明な人にはこの疾患を考慮する必要がある。この場合には、蛋白尿や血尿がなくてもこの疾患を想起して腎生検を行うことを考慮する必要がある。

 この疾患には特異的な治療方法は現段階ではない。

 そのため、予防を行うことが重要である。先にも述べたように高温下で重労働の人々に多いため、環境暴露を避けることも重要である。また、電解質を含んだ水分摂取も重要である。以前は仕事中に5~6Lしか高温環境下で飲んでいなかったが、現在では10L以上飲むようにしているようだ。

 なので、もし腎炎所見もないのにCKDの患者を見たら、何のお仕事ですか?海岸沿いですか?高温環境で暮らしてますか?などの質問をして絞り込むのはいいかもしれない。

 下記は中米のサトウキビ畑で働いている人。かなり高温環境下であることが推測される。





[2019年8月22日追記 by T]本稿で取り上げた、中米腎症(CKD of unknown etiology、略してCKDuとも呼ばれる)が、ふたたび今日付のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンの「温暖化特集」で取り上げられた(NEJM 2019 381 693)。本稿でも解説したように、CKDuは高温ストレスによる腎障害の一種と考えられるからだ。
 
 今後地球温暖化が進めば、生理的な限界をこえた高温・渇水地域が増え、そこに暮らす逃げ場のない(おおくは貧困な)人々がCKDuの犠牲になるおそれがある。熱波は洪水や地震のようにドラマチックな映像にはなりにくいが、その影響は両者に劣らず甚大だ。

 今年の夏が終わっても、また夏は来るし、来年も再来年もいっそう暑いだろう。『喉元過ぎれば「暑さ」忘れる』とならぬよう、さまざまな温暖化への対策をしておく必要があるが、腎臓領域もまたその例外ではない。