2019/11/01

CKDと出血傾向

 尿毒症患者は、出血傾向になる。イタリアの解剖・病理学者モルガーニ(Giovanni Battista Morgagni 1682-1771)が、すでに1764年にそう記載している。なお、彼の師匠はバルサルバ洞で有名なバルサルバ(1666-1723)、その師匠は腎生理学の祖でもあるマルピーギだ(1628-1694)。


(三人の出身、ボローニャ大学の校章)



 このように尿毒症と出血傾向の歴史は古いが、その仕組みは完全には解明されていない。1960年代にはグアニジノコハク酸という尿素回路の副産物が原因とされたが、その後1990年代には内皮細胞が産生するNOが注目され、グアニジノコハク酸も結局はNO産生を増やすことがわかった(Blood 1999 94 2569)。

 現在、Handbook of Dialysis(5版、2015年)には以下のような要因が挙げられている:

  • 血小板顆粒中のADP量の低下
  • セロトニンの低下
  • TXA2産生の障害
  • 内皮細胞でのNO産生の亢進
  • GPIIb/IIIa複合体が活性化されない
  • vWFの異常(議論あり)

 しかし、このように機序がわかっていなくても、侵襲的な処置などで出血が見込まれるCKD患者を前にしたら、臨床家は何か対策しておかなければならない。それで、たとえば腎生検の前には、常識的に以下のような対策をするだろう。

  • 生検の必要性を見極める
  • 内服していた抗凝固薬・抗血小板薬の休薬
  • 気をつけてやる
  • 静脈路の確保、血液型やクロスマッチの採血
  • 止血剤の点滴

 ただし、最後の止血剤については、国や施設によっても議論があるかもしれない。

 日本以外では、ddAVPが用いられることがある。ddAVPはバソプレシンV2受容体の選択的なアゴニストで、内皮細胞のV2受容体を刺激してvWF産生を増やす。腎生検前に 
ddAVP0.3mcg/kg皮下注を用いた群と用いなかった群のRCT(AJKD 2011 57 850、患者数は両群合わせて約160人)では、腎周囲血腫のサイズや入院日数に有意差がみられた。

 しかし、血腫サイズは両群ともに小さなもので(エコー上、介入群で2cm2、プラセボ群で3.8cm2)あった。腎生検程度の侵襲手技でルーチンに投与すべきかには議論もあり(AJKD 2011 57 808)、ddAVP投与が全ての施設で行われているわけではない。

 また、ddAVPには低Na血症のリスクもある(V2受容体は、無論腎臓にもあるからだ)。臨床上さほど問題にはならないが、例外は移植腎の生検だ。腎移植患者は日頃から飲水を励行しており、移植腎生検前にddAVPを行ったことでNa値が127mEq/lから107mEq/lに低下し意識障害を呈した報告もある(CKJ 2014 7 602、前値が低すぎる感は否めないが)。

 いっぽう、日本ではカルバゾクロムスルホン酸ナトリウム(アドナ®)・トラネキサム酸(トランサミン®)がよく用いられる。といっても施設によって幅があり、腎臓学会のアンケートによれば、アドナ®使用施設は全体の73%、トランサミン®は57%にすぎなかった。


 「アドトラ(例の、黄色いやつ)」であれddAVPであれ、止血剤は「転ばぬ先の杖」。筆者も以前、「止血剤なんて、おまじないだ!」と思いあがっていた。しかし、出血で困って「藁をもつかむ」思いをするなど、いろいろ人生経験を積んで考えが変わった。今後も副作用と適応に注意して、お世話になり続けるだろう。



(写真はビッグ・バード。アドナ®は黄色いので!)