2019/11/25

すてきな稼業

 70歳女性。末期腎不全のため、ひだり前腕内シャントから血液透析を受けている。再循環率25%、シャント血流250ml/分、RI 0.7。シャントは数年前に造設されたが、いままでシャントPTAを受けたことはない。肘部から末梢側に向けて(流れに逆らって)造影したところ、下図のような所見であった。


末梢側が造影されない


Q:どうしますか?
 

 再循環率がたかいだけなら中枢側の病変も考えられるが、浮腫など静脈高血圧を示唆する所見はみられない。血液流量が低いことから、末梢(吻合部)の病変が示唆される。また、本例のように長い間PTAを受けていない場合、本幹が途絶し側副血行路でシャントが成立していることも多い。

 なので、本症例を動脈側から流れに沿って造影したなら、下図のように「もやもや病」のような所見だろう。


吻合部が狭窄・本幹が途絶・側副路が発達


 側副血行路は患者さんの身体が工夫した結果であるが、残念ながらこのタイプは修復が難しい。PTAをしようにも本幹は途絶して時間が経っているのでガイドワイヤーは入らないことが多い。また手術で再建しようにも、つなぎなおす本幹がない(肘シャントになってしまうだろう)。

 しかし、「意志のあるところに道ができる」というわけで、エコーで道をさがす。すると、下図のようにどうにか一本、糸のような道がみつかることもある。


(破線は元の本幹)


 ここで求められるのが、臆病と蛮勇を避ける中庸の徳を説いたアリストテレスのいう「フロネシス(実践知)」であり、日常語彙でいう「臨床判断」である。通せるのか?安全に?という考えなしに突っ込むわけには行かない。

 そのうえで、たとえ可能性が未知でもやることが正しいと信じるのなら、孟子の言うように「千万人といえどもわれ往かん(公孫丑章句 上)」である。あるいは、先日公開されたディズニー映画『アナと雪の女王2』にある、“Into the Unknown”である。

 細いところを細いワイヤーでそーっと通し(こちらも参照)、追従させた造影カテーテルで道を確認しながらすすめ、固いところは太いワイヤーに入れ替えてぐっと押す。通したら、これまたそーっとバルーンで拡げる。

 すると・・・下図のような新しい本幹ができる。これで、患者さんはその日から透析が問題なく行える。


側副路は造影されなくなる


 ディズニー映画『ピノキオ(1940年)』の“Hi-Diddle-Dee-Dee”で歌われるショービジネスのような「すてきな稼業」ではなく、『メリーポピンズ(1964年)』の“Chim-Chim-Cheree”に歌われる煙突掃除のようなシャントPTA。こんな時はまさに、「何て素敵な、この眺め」である。



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