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2020/05/15

3つの腎臓

 先週のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに載った「3つの腎臓(NEJM 2020 382 1843)」には、驚かれた方も多いだろう。


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 低位の左腎は右腎と癒合しているが、それぞれの腎臓は独立した尿管をもち膀胱に接続している(明記はされていないが、おそらく腎動脈・静脈も独立しているのだろう)。このような多数腎(supernumerary kidneys)の存在は以前から知られていた(下図はJ Anat Physiol 1911 45 117)が、極めて稀で、報告例は100未満ともいう。


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 機序は不明だが、尿管芽や周囲の間葉細胞の分離や移動の異常ではないかと推察されている(Clin Nucl Med 1999 24 264)。四つ葉のクローバーも、踏まれるなどで原基が分裂し4個になることが主因という(こちらも参照)が、当たらずとも遠からずといったところだろうか。




 では、上記患者さんは、四つ葉のクローバーを見つけた人のように幸運なのだろうか?まずリスクについては、結石や感染が心配されるものの、大抵は無症候性だ(上記NEJM症例も、これと無関係な腰痛の精査で偶然見つかった)。

 一方の腎機能であるが、ネフロン数が1個分多いという報告は見つからなかった(レノグラムで各腎臓ごとの腎機能割合を測ったものはあるが)。上記NEJM症例はブラジルの38歳男性で、Crは0.9mg/dlとある。人種や体格にもよるがeGFRは100-120ml/min/1.73m2と、そこまで高くはないようだ。

 また、極めて稀なこともあり、多数腎の一つを移植したという報告も見つからなかった。いつかは、摘出しやすく機能に問題ない多数腎グラフトの移植が報告されることも、あるかもしれない(写真は、1人の「利他的ドナー」からドミノ式に始まった腎移植のドナーとレシピエント60人;こちらも参照)。



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2018/07/18

速報 成熟足細胞の完成!

 ハーバード大のWyss研究所といえば、人工脾臓とか人工腎臓などの開発研究をつづけているカッティング・エッジなところというイメージがあるかもしれない。そこから、新しい成果がでた。

 なんと、成熟足細胞を作った(Nature Protocols 2018 13 1662)。



 以前から同研究所はiPS細胞から腎の前駆細胞や、いろんな腎の細胞が混じったorganoidを作る技術はあった。しかし今回のプロトコルは、本物と90%相同の足細胞を大量につくるものだ。

 その詳細なやり方が「キドニービーンズのレシピブック」のように論文に載っているのだから、すごい時代だ。なんでも、匠の技で未分化iPSを「糸球体チップ」という糸球体内皮細胞を模したmicrofluidic cell culture systemに作りあげるのだとか。



 もちろん腎臓は複雑だから、足細胞を糸球体に植え込むのと、たとえば心筋に心筋細胞を植え込むのとでは話がちがってくる。それでも、足細胞は極めて分化が高くすばらしい機能をもった「賢い」細胞だから(あと、「優しい」から)、荒廃した糸球体に降り立っても、天使のように瀕死の内皮細胞を抱きしめて、ネフロンを作り直してくれるかもしれない。
 
 

 足細胞が作れるのなら、足細胞以外の細胞も作れるだろう。日本もふくめて世界中で競うように研究しているわけだし、再生腎臓ができるXデーは近いのかもしれない。また、つくった足細胞から足細胞病の理解も進むことが期待される。

 まだあまり(少なくとも日本語では)報道されていないが、価値あるニュースとしてとりあげた。続報に期待したい。





2018/06/22

夢を信じる iRAD治験、まもなく開始!

 来週はいよいよ透析学会。米国にはASNのKidney Weekと、NKFのスプリング・ミーティングというのはあるが、「透析学会」というのはあまり聞かない。まさに、世界に冠たる透析医療の最先端を学べる素晴らしい機会だ。

 米国では目だった透析学会を聞かないが、英国にはUK Annual Dialysis Conferenceというのがある。今年で11回目と歴史は浅いようだが、9月にマンチェスターで開催されるその大会を、私はひそかに心待ちにしている。

 なぜか?

 人工腎臓(写真はUCSFウェブサイトより)治験の途中経過が発表されることになっているからだ(記事はこちら)!




 試されるのは、以前にも解説した人工腎臓、iRAD(開発しているUCSFの動画サイトはこちら)。シリコンポア膜によるフィルター、尿細管細胞をいれたバイオリアクター、そして膜には血栓形成やファウリングを防ぐため食虫植物の原理を応用したSLIPSコーティング技術を用いた、腎アシストデバイス。なんてクールな(写真はUCSFとサンフランシスコを掛けた)!



 ブログ紹介の当時はproof of conceptを終え治験の準備に改良をすすめていたが、ついに英国でその治験が始まる見通しだ。こういう規制緩和も、Brexitと関係あるのだろうか。英国医療はNHSといって国営化されているのに、米国より先にこんなことができるなんてすごい。さすが、産業革命とダイソンを生んだ国は技術革新に積極的なのだろうか?あるいは医療費削減につながることを期待しているのか?

 人工腎臓なんて、夢だと思っていた。iRADだって、ブタで成果が出たといっても、治験をはじめれば血栓とか感染とかいろいろ不具合がでてくるかもしれない。でもよくかんがえれば、透析だって移植だって始める前はみんな夢だと思っていたに違いない。

 いまある技術を安全に提供し改善していくことも大切で、ブレイクスルー・革新への確信も必要なのだなと、あらためて感じた。




[2018年11月追加]上記の英国カンファレンスでは、めだった発表はなかったようだ。最近の報道によれば、今年終わりから来年はじめまでに治験が認可されるのを待っており、被験者に埋め込まれるのは早くても2020年という。2020年を楽しみに待つ理由がもうひとつ増えた(Implantable artificial kidneyでニュース検索すれば、投機熱がじわり高まっていることもわかる)。



 


2018/01/31

あなたのネフロンを数えましょう 4

 このシリーズ初回に紹介した論文(NEJM 2017 376 2349)では、生体腎ドナーのSNGFRを測ってみると、年代ごとに差がなかった(図は表2より作成;70歳以上についてはセレクション・バイアスだろうと言っている)。




 SNGFRを保ちながら少しずつネフロンが減って、全体のGFRが下がっていくのは、老化であって病気ではないということだろうか?CKDのヒート・マップが広まり始めた頃、「高齢者で、蛋白尿などもなく、eGFRだけでCKD3A期になった人を、CKDと呼ぶべきなのか?」という議論があった。SNGFRの概念は、この問題をより明確にしてくれるかもしれない。

 また、上図で70-75歳のSNGFRが際だって高いのはエラーだというが、高齢者・後期高齢者のネフロン数、SNGFRがどのように推移するのかはまだ調べられていないのかもしれない。ネフロンエンダウメントというと子宮内・妊娠中のイベント、出生体重など出産前後の話が多いが、老年医学についても、剖検症例などから学べることがあるかもしれない。

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 ここまで、ネフロン数、ネフロンエンダウメント、SNGFRなどについて基本的なことを概述してきた。今回の切り口に含まれなかった、出生前後にネフロン数をさげるイベント・機序・遺伝子などについて、また、ネフロンを増やす試み(再生医学が発達すれば自分のiPS細胞からつくったネフロンを移植することも可能になるかもしれない)などについて詳しく知りたい方は、成書など参照されたい。機会があれば触れられると思う。

 ネフロンにも命(写真はカワセミ)にも限りがある。かけがえのない日々を大切に送りたいものだ。



2015/09/24

SWPU

 腎臓を作ったら尿ができるわけで、それをどう排泄させるかは実際に腎臓を埋め込む時にも考えなければならない問題だ。いままで後腎組織から腎臓をつくっても尿が排泄できなくて水腎症になっていたそうだが、総排泄腔組織を移植してつくった腎臓+尿管+膀胱を、移植された側の尿管とつないだら(stepwise peristaltic ureter system;SWPU)、尿がちゃんと流れて腎臓も成長して機能したという論文(doi:10.1073/pnas.1507803112)がでて、これはビッグニュースで一般でも取り上げられている。ラットとブタでの実験で、今後ヒトiPS細胞で応用されるようになるかもしれない。

 私は手術のことはさっぱりわからないので、この論文の要であるSWPUが、どれくらい技術的に難しいのかが興味深い。それから、動物で成長させたヒト腎臓+尿管+膀胱(動物の細胞や変な感染症が混じらないように工夫したとして)をどうやって患者さんに移植するのかも興味深い。というかこの段階では尿路(またSWPUするのだろうか?腎移植のように最初はステントを入れたりするのだろうか)だけでなく腎血流も患者さんとグラフトでつなげなければならない(動物のおなかに移植していたときはレシピエント側から血管がやって来てグラフトを栄養していた;論文にはヒト由来の血管が新生するだろうと書かれている)。先をいろいろ考えさせさられる。



2015/06/19

代償性腎肥大とclass III PI3K/mTORC1/S6K1 signaling

 もうその道の先生方ならとっくにご存知かと思うが、腎肥大に関する画期的な論文がJCIに出た(JCI 2015 125 2429)。例の米国の優秀なお友達が論文をくれて、ありがたいことだ(その方は私が以前に書いたremote ischemic pre-conditioningについての最新の論文もくれた)。生体腎移植のドナーや腎腫瘍患者さんなどで片方の腎臓を摘出された場合、残った腎臓が代償性に肥大することは良く知られている。

 腎肥大はなぜおこるのか、その分子的な機序は長年不明であったが、この論文はそのうち二つを明らかにしたものだ。

 一つはEGFRを介したclass I PI3K/mTORC2/AKT signalingで、これは腎摘出とは関係なくEGFRが刺激されると下流のカスケードにスイッチが入り尿細管増生が起り腎massが大きくなる。もう一つは、片腎を摘出した後に残りの腎への血流が増え栄養が増えることにより賦活化されるclass III PI3K/mTORC1/S6K1 signalingだ。

 画期的な研究だが、個人的には腎massの増大が尿細管の増生なことに少しの違和感を感じる。つまり、糸球体の数は変わらないということだ。Hyperfiltrationになるのは片腎への血流が増えるからで、じつは糸球体に負荷がかかっているのかもしれない。尿細管が増生しても、各種イオンの排泄・再吸収には貢献するだろうがeGFRにはあまり関与しない。むしろ、論文のdiscussionに書かれているように代償性肥大は腎に負荷がかかりいずれmaladaptationに陥る(ネフロンの障害や間質の線維化を起こす)という考えもある。先日書いたobestity-related glomerulopathyなどはそのよい例だ。

 しかし生体腎ドナーは腎予後もよく長生きするわけだし、尿細管の増生によって成長因子や良いサイトカインが出てネフロンが保護されているのかもしれない。



2015/06/05

Stem Cell & Regeneration 1

 私が医学生のとき産婦人科の臨床実習でついた指導医は子宮頚がん手術の名人だったが、その先生がある日「本当は子宮頚がんなんてHPVワクチンで撲滅されて俺の技術が要らなくなるのが一番いいんだよな」とぽろりと本音をもらした。そのとき、先生の心意気に感動したことを私はいまでも覚えている。同じように、私も「いつか末期腎不全に再生医療が行われるようになって、透析も(生体・献腎)移植も要らなくなったらどんなにいいか」と本気で思っている。以前に参加した米国腎臓学会の開会式(につづくstate-of-the-art talk)も再生医療がトピックで同じことを考えたと書いたが。自分の学んできた知識や経験の一部が役に立たなくなることなんて、患者さんがハッピーになることに比べたら小さなことだ。

 というわけで、せっかく自分の専門科の学会に来たのだから普段は聞けないような話が聞きたいと「幹細胞・再生」セッションに参加してきた。といっても金曜日の午前中だから参加者は少なめだし、部屋も小さかったから、純粋な臨床医だった聴衆は非常に少なかったと思われる(もしかしたら私だけだったかもしれない?)。尿細管の再生にHGF(hepatocyte growth factor;肝細胞の増殖因子なのに腎臓にも効くなんて面白い)が関係しており、またGDNF(glial cell line-derived neurotrophic factor;こちらは神経細胞の生存を維持する因子だが、腎の発生にも関与している)はHGFの存在下でc-Ret / GFRαRに結合し尿細管再生を促進するそうだ(ただしin vitroの実験だが)。というかいまGoogleでHGFを調べたら、なんとネコの慢性腎臓病にはHGF注射がすでに行われているらしい…知らなかった…。

 あとはさまざまな動物モデルで腎に幹細胞を注射して効果を見る発表がつづいた。虚血後再潅流によるAKIモデルの実験は臨床家としては「ATNなんて時間がたてば徐々に回復するから幹細胞の効果とは言えないんじゃないかな?」とも思ったが、まあいいか。幹細胞もいろいろで、ヒトの乳歯の歯髄からとったもの(SHED;stem cells from human exfoliated deciduous teeth)、MSC(mesenchymal stem cell;ANCA関連血管炎にすでに臨床応用されているという…Mayo Clin Proc 2013 88 1174)←ただし組織因子が増えて凝固傾向になるため、韓国や中国でこの治療を受けた患者さんが肺塞栓で亡くなっているらしい;それで組織因子が少なくなるように培養液を薄めたLASC(low serum cultured adipose tissue-derived mesenchymal stromal cells )が安全かもしれないという発表があった、DFAT(de-differentiated fat)細胞、iPS細胞由来のOSR1+ / SIX2 +中間中胚葉細胞、K(idney)-iPS細胞など。

 K-iPSはメサンギウム細胞由来のものがオーストラリアの研究室でまず作られ(JASN 2011 22 1213;18歳男性の腎臓から採取され培養されたらしい…腎摘の検体だろうか)、尿から尿細管由来のものがオーストリアの研究室で作られた(JASN 2011 22 1221)。再生腎をつくるには、分化前のepigenetic memoryを残した腎由来の幹細胞から作るほうがやりやすいのかもしれない。まだ「再生腎ができました」という発表はなかった(そんなものがあったらとっくに報道されているだろうから無理もない)が、再生医療の研究をしている人たちが日本にこんなにいるんだなあというのが分かって嬉しかった。明日も同じトピックのセッションがあるので聴こうと思う。あとセッション最後の発表が、iPS細胞からEPO産生細胞を作製して慢性腎臓病モデルのマウス腎臓に10万個打ち込むと、貧血が改善するだけでなく、Hgbが16週間一定に維持され、多血症にもならなかったというのが興味深かった。細胞が賢くてHgb濃度を一定にするようにEPOを調節して産生してくれるのだとしたらすごい。