2017/09/20

読書の秋に

 NKF(米国腎臓財団)といえば、AJKD誌、Journal of Renal Nutrition誌などをだしていて、日本からの投稿も多い。また、姉妹誌のACKDは生涯教育向けにひとつのテーマを掘り下げたレビューがまとめられ、ASN(米国腎臓学会)におけるNephSAPのような学習資源だ。どちらも隔月でとどく。

 そのNKFは、名前が示すように腎臓病患者の支援団体という性格も強い。それでか、数ヶ月前にニューレターでVanessa Grubbs著“Hundreds of interlaced fingers”という本(写真)が紹介されていた。NephJC(主宰するTopf先生のことはこちらにも触れた)でもSummer Book Club特集されて話題だが、まだ日本語に訳されてはいないようだから読んでみた。




 著者は人種間の医療格差をライフワークにする米国の黒人女性医師で、ある委員会で出会った運命の男性ロバートが透析を受けていた(患者として会ったわけではない)。彼女は、彼の生体腎移植ドナーとなり、彼と結婚し、もとは内科医だったが、意を決して30代後半で子供を育てながら腎臓内科フェローシップの研修を受け、腎臓内科医になる。

 その物語のなかに、透析についての歴史や説明、ブラッドアクセスについての説明、CKDとその治療についての説明、蛋白尿と精査についての説明、移植についての説明、終末期医療についての説明などが織り込まれている。分かりやすい言葉で、彼女独自(一般内科医、腎臓内科医、ドナー、患者家族)の視点で。もちろん、有色人種としての視点と女性としての視点も強調されている。

 たとえば表題の「何百もの組み合わさった指」は足突起のことで、そもそも腎臓生理学に興味のなかった彼女が、腎病理のレクチャを受けた時にその美しさに思わず感動して受けたイメージだ。母親のタコが、いくつもの赤ちゃんタコをその足で抱きしめているような。その指と指は組み合わさって、きつく握られている。

 表紙写真のように、その組み合わさった指は彼女と夫の特別な絆をも象徴している。

 美しく丸みを帯びた輪郭。難解で複雑。一度にたくさんの仕事をしている。周りを助けようと必死で自分の調子が悪くなっても声を上げない。これらの腎臓の特徴から腎臓は「まるで女性みたい」と思い、腎臓をitではなくherと呼ぶのも、彼女独特の視点で、はっとさせられる。

 同時に、よくここまで書いたなと思うほど勇気ある著作だ。透析患者に対して透析機械数が圧倒的に足りなかった頃にシアトルの病院で誰を選ぶかを決めた、いわゆる「神の委員会」はよく知られているだろう。ほかにも人種間の医療格差について彼女の思いと主張がたくさん書かれている。夫のそばにいる、またこのテーマをライフワークとしているだけに切実だ。

 透析をどう始めるか、どう終えるかについてのお話も真に迫る。

「腎臓内科医は水分量でもeGFRでも、推定する計算式はたくさん持っているのに、患者の予後については何も知らない」「それゆえ、透析するかは『患者と家族の判断を尊重する』といいつつ、その実は自分が責任を取りたくない」という趣旨の記述と、いまの移植腎が働くなったら(自分と息子を残しても)透析はしないと言い切る夫をまえに無力な自分とのジレンマ。

 ほかにも、この本を読まなければ知ることのなかった視点がたくさん得られ、有益な読書だった。論文もいいが、こういう「文系」なテキストも、やっぱり別の部分が養われ成長するのを助けるから読みたいし、機会があればこうして紹介してゆきたい。