2016/08/12

R and D

 こないだEテレを見ていたら、ドラッグ・リポジショニングという考え方が流行っていると言っていた。新規薬を開発するのにはお金がかかってリターンの保証がなく採算がとれない。そこで既存薬に新しい適応みつけようということだ。たしかにシルデナフィルが心筋梗塞の薬として開発されたがEDの治療薬に生まれ変わったり、複数の効能がみつかることはある。ただ、1番目の効能に比べて2番目の効能は眉唾じゃないかと思ってしまう(ロサルタンの尿酸低下作用とか、カンデサルタン・オルメサルタン・テルミサルタンのPPARγ活性化を介したインスリン抵抗改善作用とか)。新薬は高いから医療費的にはいいことだが。

 そんななか地道にR and B(写真はレイ・チャールズ)、じゃなかったR and D(研究開発)をしているのはボストンやベイエリアの大学からスピンアウトしたベンチャーくらいなのか。わが国は数字は知らないが薬の多くが海外うまれのものを委託販売するかライセンスを買って生産するかで、医療費すなわち税金などをどんどん海外にロイヤルティーとして垂れ流しているのが個人的には憂慮される。欧米が国益を保護している(トルバプタンのFDA却下だって、どこまで医学的な判断だか)ので、日本は東南アジアとインドあたりに活路を見出すつもりなのだろうか。

 ただこういう話は基本的に抗がん剤だのモノクローナル抗体だのと思っていた。が、JASNの速報でPendrin/NDCBE阻害薬の実験結果がでた(doi:10.1681/ASN.2015121312)。それぞれ集合管のB型介在細胞と非A非B介在細胞にあるCl-/HCO3-交換体、Na+依存のCl-/HCO3-交換体だ(以前にここここで触れた)。これらだけを単独で阻害しても利尿効果はみられなかったが、フロセミドとの併用や、慢性的なフロセミド使用モデル(遠位ネフロンが代償的にNa再吸収を増やす)で利尿効果を増幅した。腎だけでなく副腎にもPendrinはある(Am J Physiol Endocrinol Metab 2015 309 E534)のでホルモン抑制に働いたかもしれない。

 で、これらを阻害する小分子をみつけるのがhigh throughput screeningというシステムだ。ロボット、データ処理、解析ソフトウェアを使って何百万という実験操作を一度に行うことができる(と英語版ウィキペディアにすら書いてあるが初めて知った)。エディトリアル(doi:10.1681/ASN.2016070720)によれば、Pendrin/NDCBEだけでなく尿素トランスポーターUT-A1選択的阻害薬(Nat Rev Nephrol 2015 11 113、尿濃縮に必要な浸透圧勾配を消す)、ROMK(ROMKは先天異常で立派にType 2 Bartterを起こす、体液保存に重要なチャネル)阻害薬Compound Aも見つかっている(Expert Opin Ther Pat 2015 25 1035)。

 Compound Aが細胞質ドメインでROMKに結合してイオン通過孔をふさぐことや、[5-(2-(4-(2-(4-(1H-tetrazol-1-yl)phenyl)acetyl)piperazin-1-yl)ethyl)isobenzofuran-1(3H)-one)]という長い名前を持っていることはこの際擱いて、とにかく人工知能、ロボット工学、ビッグデータ処理能力の発達によって本来R&Dは容易になったはずである。まあこれらの投資にお金がかかるのかもしれないが、やっぱり技術立国の日本が、オリンピックの金メダルのように、オリジナルのお薬で世界に通用するタクロリムスやイベルメクチンのような奇跡をたくさん起こすことを個人的には期待してしまう。

 もっとも今あげたお薬は動物実験レベルなのでどう転ぶかわらない(英語でくるかもしれない新薬をin the pipelineといったりする;日本語なら「卵」か)。いま利尿剤扱いされるお薬はNCCをターゲットとするサイアザイド、NKCC2のループ、鉱質コルチコイド受容体のMRA(余談だがPMSのお薬ヤーズにはスピロノラクトンより受容体親和性が8-10倍高いがプロゲステロン受容体にも親和性を持つドロスピレノンが入っている)、ENaCのアミロライド、脱炭酸酵素のアセタゾラミド、そして新たにV2RのバプタンとSGLT2のグリフロジンが加わったところだ。今後、さまざまにネフロン標的をブロックする「受容体標的利尿」診療の時代がくるのだろうか。





2016/08/08

EPO/ESA cross reactivity

 腎性貧血においてエリスロポエチンをはかることが日本透析学会ガイドラインでは推奨され500U/l以下というカットオフがついているが、ルーチンに測っているかはしらない。私は測らない慣習のところで育ったので測らない。ただエリスロポエチン検査の保険収載に「…エリスロポエチン若しくはダルベポエチン投与前の透析患者における腎性貧血の診断のために行った場合に算定する」とあるから、始めちゃってから測っても点数がつかないかもしれない。

 というか、点数がつかないだけではなく、意味がないかもしれない。というのは、この検査は少なくとも私が問い合わせたところではALP標識の抗EPOトリポリクローナル抗体で行うので、抗原認識がかなりざっくりで、ESA製剤はどれも交差するからだ。そしてESA製薬会社が「どれくらい交差する」というデータをくれないので、それを考慮して解釈することも不可能。ただ、将来HIF賦活薬(以前に書いた)が入ってくれば投与後のEPO濃度やヘプシジン濃度変化をみるかもしれない。



2016/08/05

Future Has Come

 未来の話としてここに書いてきた人工知能の爆発的発展と社会変容が、最近は肌身に感じられるようになってきた。こないだの「人工知能のほうが早く深く正確な診断をつけてくれる」というくだりが、現実化した。今朝の毎日一面トップはIBMのWatson(図)に2000万の論文を読ませて学習させたら難しい白血病の診断を10分でつけてくれ、患者さんに適切な治療がなされ助かったというニュースだ。AIの責任をとらなければならないし、Alpha Goが対局の一つでありえないミスするようにAIも完璧ではないから、医師がAIを監督する必要はある。AIを育てるエキスパートドクターも必要だ(AI科医とでも呼ばれるのだろうか)。しかし残りの、とくに外科以外の医師の仕事は確実に変わる。AI-guided medicineで、より正確な医療と、質の安全の確保と、癒やしの医療が提供できればいいと思う。
 そんなときに「低形成腎と尿管瘤と原発性副甲状腺機能低下症と精神発達遅滞を合併する先天性疾患」をGoogleだの内分泌学会ページだのUpToDateだの小児腎の教科書だのでチマチマ調べるのは、もはやシュールでしかない気がしてくる(小児腎の教科書『小児腎疾患の臨床』は名著だけれど)。2000万もの論文は一生かかっても読めないし、私もWatsonにききたい。でも今ここにWatsonはいないので、調べている。CAKUTに副甲状腺機能低下症を合併するもので原因遺伝子がわかっているのはHDR症候群(GATA3遺伝子)、22q11.2欠損症候群(TBX1遺伝子など)。ただし前者はhypoparathyroidism、sensorineural deafness and renal diseaseの略で感音難聴を合併し、後者は胸腺機能低下や心奇形などを合併するという。
 

2016/08/01

Crystals and Chemicals

 58面体にカットされたダイヤモンドをブリリアントカットと呼び(図)、1919年、ベルギー生まれのポーランド系ユダヤ人Marcel Toklowskyが20歳の時にロンドン大学大学院の研究論文として考案した。数学者であった彼がコンピュータのない時代にダイヤモンドの反射・屈折率を考慮して最も光り輝くように計算したのだ。
 これはideal cut(理想のカット)とも呼ばれ、現在までダイヤモンドカットの基本になっている。天才が才能で世界に貢獻するのは本当に素晴らしいことだなと思う。彼は1940年にニューヨークに移住して、1975年に引退するまで宝石デザイナー、宝石商として活躍した(New York Times 1991年2月15日付の追悼記事)。
 58面は、トップのtable、8個のstar facets、8個のkite facets、16個のupper girdle facets、16個のlower girdle facets、8個のpavilion main facets、そしてボトムのculetからなる。Culetをなくした場合は先がとがった57面体になる。ただこのカットもTolkowskyが光の3回以上の屈折を考慮していなかったことや、光はファセットに対していかなる角度からも入射してくることから、完璧ではないらしい。奥深い世界だ。
 さて腎臓内科医はたいてい元素が大好きだが、電解質しか興味がないわけじゃない。炭素、ケイ素、ゲルマニウム、スズ、鉛、フレロビウムは周期表第14族で、共有結合性化合物の炭素から下に降りるに従って金属製が増していく(フレロビウムは不安定な超重核元素だが、陽子114は魔法数で、中性子の魔法数184とあわせた同位体フレロビウム298は目に見えて存在させることができるかもしれない)。ダイヤモンドやガラスのように結晶をつくることから別名crystallogenと呼ばれることもある。
 炭素もケイ素も外殻に4つの非共有電子を持っているが、炭素は炭素どうしで鎖になるのに対し、ケイ素は-Si-O-Si-構造でつながっていく。ガラスもそうだし、シリコンはH(OSiH2)nOHと(OSiH2)nを骨格に持つsiloxane polymerのことだ。で、この半有機的なケイ素化合物には免疫撹乱作用があって、シリカとANCA関連血管炎の相関(JASN 2001 12 134)、SIIS(silicon implant incompatibility syndrome、レビューのひとつはImmunol Res 2013 56 293)としての体内シリコンによるANCA関連血管炎がある(Case Rep Nephrol 2014 2014 902089)。とくにMPO-ANCA。
 このようにANCA関連血管炎にも原因がある場合があるなんて、お友達に教えてもらうまで知らなかった。コカインのbulking agentに用いられるレバミゾールによる血管炎は経験したが。最近抗GBM病の分布に時間・地理的なクラスタリングがみられるというアイルランドの報告(doi: 10.2215/CJN.13591215)、血管炎ではないが膜性腎症とPM2.5の相関を示した中国の報告(doi: 10.1681/ASN.2016010093)があったばかりでもあり、環境曝露がどんどん明らかになる。