2019/08/28

秘伝?ガイドワイヤーの持ち方

 ガイドワイヤーの持ち方にもいろいろあるようで、たとえば『こうすれば必ず通過する!PCI医必携ガイドワイヤー“秘伝”テクニック(村松俊哉著、2018年)』は、いろいろな持ち方があるとしながらも、自らのやり方である手をワイヤーの下に置き鉛筆のようにホールドする方法を推奨している(これを「お箸持ち」と呼んでいる)。


(『箸のはしばし』より)


 ではインターベンショナル・ネフロロジーではどうか?基本的過ぎるのか、『バスキュラーアクセス治療学(大平整爾監修、第1版は2013年)』にも、透析学会による『血液透析用バスキュラーアクセスのインターベンションによる修復の基本的技術に関するガイドライン(透析会誌 2002 35 57)』にも、持ち方は書かれていない。

 そんなわけで、施設によってさまざまな流儀があると思われる。筆者は最初に「人差し指と中指、あるいは人差し指と薬指を少し離し、その2本の指の腹を橋渡ししたガイドワイヤーの中央部を親指の腹で支える」という方法を習った。が、フルート並みに難しく感じられて、習得できなかった。


(YAMAHAサイトより)


 しかし、ガイドワイヤーの先端を狭窄部の入り口に滑り込ませるためには、図のようにガイドワイヤーを「クルクル」回転させて探る技術が不可欠だ。



 
 なんとかしなければならない・・。啄木先生のように途方にくれ、「働けど働けどなお(わがPTA)楽にならざり、ぢっと手を見る」日々が続いた。

 しかし、お箸と同じでとにかく用を足せれば(「クルクル」できれば)よいと思いなおし、通勤中に道の雑草を抜いて「クルクル」していたら、数週間でなんとかできるようになった。





 「お箸持ち」や「フルート持ち」のような優美さはないが、難しめの狭窄もわりと楽に越えてくれる、頼もしい「雑草持ち」。もし持ち方で困っている方がいたら、試してみてもいいかもしれない。なお、親水性ポリマーコーティングされたガイドワイヤーはすべるので、持つ部分は寧ろ乾いたガーゼで水気を拭いたほうが「クルクル」しやすい。




2019/08/23

NPT2a阻害薬から見える未来

 近位尿細管トランスポーターで治療標的のものといえば、まずSGLT2を思い浮かべるだろうが、URAT1(こちらの追記も参照)、NHE3(こちらも参照、ただし腸管のNHE3に対する薬だが・・)なども実用化にむけて治験が進んでいる。そして今月はJASNに、NPT2aの阻害薬の報告が載った(DOI: 10.1681/ASN.2018121250)。

 NPT2aとは聞きなれないかもしれないが、近位尿細管にあるナトリウム(Na)とリン(iP)の共輸送体だ。NPT2aというからには他のファミリーメンバーもいて、NPT2bは腸管にあり、NPT3cはやはり近位尿細管にある(図はCJASN 2015 10 1257)。なお近位尿細管には別にPiT-2というナトリウム・リン共輸送体もあり、いずれも再吸収をおこなっている。




 今回でた実験は、PF-06869206というNPT2a阻害薬を、5/6腎摘したCKDモデルマウスに静注したものだ。NPT2aだけを阻害しても、上述のようにリンの再吸収は複数のトランスポーターによるので、リン排泄は増えないようにも思われる(おそらくそれが、いままでNPT2a阻害薬が作られなかった背景にあるのだろう)。

 しかし、蓋を開けてみるとリン排泄は増え、血中リン濃度は低下した。組織をみると、近位尿細管でのNPT2a発現が低下したのに対して、たとえばNPT2cの発現は代償性に増えていなかった(ただし定量化はしていないが)。また、NPT2aはナトリウムの共輸送体でもあるので、尿ナトリウム排泄も増えていた。

 つまり、この世にまたひとつ、新しい利尿薬の候補と、高リン血症の治療薬の候補が生まれたということだろうか?

 たしかにそれも大事だが、この実験から予見されるのはそれだけではない。筆者にとっては、少なくとも2つある。

 1つ目は、単にリンを下げるだけでないかもしれないことだ。腸管からのリン吸収を阻害する吸着薬とちがい、NPT2a阻害薬は近位尿細管細胞に直接作用する。そして、近年はFGF23・KlothoとPTHがNPT2a発現を調節する仕組みも解明されつつある(図はKI 2009 75 882、Front Endocrinol 2018 9 267)。NPT2a阻害薬は、こうしたCKD-MBDのホルモン軸に、独自の影響をおよぼす可能性がある。





 そして2つ目は、「(SGLT2阻害薬につづき)近位尿細管の負担を軽減して腎機能低下を抑制する薬」が生まれる可能性である。この実験は注射も1回だし、24時間後の変化しか見ていないが、おそらく連用した場合の腎機能への影響もとっくに調べられているに違いない。「NPT2a阻害薬による腎保護」がコンセプトとして通用すれば、剤形や安全性を高めるなどの課題は工夫すれば解決できるだろう(SGLT2阻害薬がそうであったように)。

 
 やはり、フロンティアというか、いま近位尿細管には「きてる」感がある。今後も勢いよくさまざまな標的分子が治療対象となってゆくだろう。きっと今頃、試行錯誤と努力を続けるどこかの研究室で、未来が生まれているに違いない(写真は伝説的なSF作家、ウィリアム・ギブソンの引用句、「未来はここにある、ただ均等に行きわたっていないだけだ」)。






2019/08/20

透析療法を行わないESRD(末期腎不全)患者さんを目の前にして

 あなたの目の前に透析療法を行わないと選択したESRD患者さんがいます。どう診療しますか?(「いや、ちょっと待って、そもそも本当に透析しないの?」という大きいテーマはこの場ではあえて扱わない。)

 私なら、正直困って立ち止まる。困る理由の一つは、現時点では質の高い研究がないため明確な方針を決めにくいからである。
 
 そういう時は自分の常識(「ArtとEvidence」などと言うが)を駆使し、患者本人、患者の周囲の環境やQOL を考えながらやるしかない。何か道しるべになるものはないだろうか....そんな時に出会った情報がこれである。

 まず総論として4つのステップを踏む(Step1,2がPlan、Step3がManagement、Step4がSupport)

 Step1まずは対症療法のみで本当に良いか改めて確認
 Step2 ケアプランをプライマリケアの領域で作成
 Step3 対症療法の実践 1から6を順に繰り返し実践
 Step4 悲哀への対応

 Step3の1から6とは次のようなものである。
  1臨床的アセスメント:自覚症状とCKDの合併症への対応
  2アドバンスケアプラニング:いわゆるACP(Advance Care Planning)を確認する
  3地域支援の獲得:往診医、生活の拠点の調整
  4急変時の対応を決めておく
  5終末期の対応を決めておく
  6患者の情報を絶えずアップデート
 
 いかがだろうか?

 「とても便利だ。」と私は思った。
 
 普段断片的に考えていることチェックリストで体系的に持つことで抜け漏れも無くなるし、大事なことだと思う。

 また各論として、この論文には「積極的な」対症療法についても記載されている。例えばCKDの合併症(血圧、脂質異常症、塩分制限、貧血、代謝性アシドーシス、MBD、高K血症)やESRD患者特有の症状(むずむず脚症候群、掻痒、悪心嘔吐、呼吸困難感、全身倦怠感や睡眠障害、種々の疼痛)についてである。

 患者さんの状態は刻一刻と変化していくため途方に暮れることもあるかもしれないが、我々も柔軟に対応していく必要がある。

 Hope for the best and prepare for the worst.




 

2019/08/09

抗MRSA薬アップデート

 抗MRSA薬の第一選択と言えばバンコマイシンであり、それは血液透析患者においても例外ではない。むしろバンコマイシンは「1グラムのローディング+透析ごと0.5グラム」と、連日投与が必要な他の薬に比べて覚えやすく使いやすい薬と言える。しかし、そこで思考停止していた筆者の目を覚ます論文に出会った(CJASN 2019 14 1080)。

 まずは、バンコマイシン用量についてだ。ロー・フラックス膜のころはバンコマイシンは透析で抜けなかったので「15mg/kgを7-10日ごと」だったという。ハイ・フラックス膜になって現在の用量に落ち着いたが、その後も透析膜の性能は向上している(Neprol Dial Transplant 1997 12 2647)ので本来は量の見直しが必要だろう。また、透析の最後1時間で投与する場合にも増量が必要だ。

 透析間隔や体重・Kt/Vなどを考慮した「バンコマイシン用量計算機(Vancomycin Dose Calculator)」を用いて効率よく透析患者でトラフ15-20mcg/dlを得たという報告もあり(Clin Infect Dis 2011 53 124、図のPhase 3)、バンコマイシンが第一選択であり続ける限りはこうした計算機が有用かもしれない。




 「バンコマイシンが第1選択であり続ける?」・・それが次の問題である。

 よく効く第一選択薬も、使っていれば耐性がついてくるのが世の常。MRSAも2010年、耐性と考えるべきバンコマイシンのMIC(最小阻害濃度)が4mcg/ml以上から2mcg/ml以上に引き下げられた。いつかはVISA(バンコマイシンが「I」、つまり感受性が微妙なブドウ球菌)、VRSA(バンコマイシンが「R」、つまり耐性のブドウ球菌)が増えるだろう。

 では、バンコマイシン以外の抗MRSA薬にはどのようなものがあり、腎機能低下例にはどのように使用すればよいのだろうか?主なものを下記にまとめる。

・リポペプチド

 いまのところこのファミリーにはダプトマイシンしかないが、グラム陽性球菌の細胞膜を脱分極して殺菌作用を示す。心内膜炎・骨髄炎などに好んで用いられるが、呼吸器感染には無効だ(サーファクタントにより失活するため)。また検査試薬と反応するためPT-INRが偽性に伸びることにも注意が必要だ。

 ダプトマイシンは78%が尿中排泄されるので、クレアチニン・クリアランスが30ml/min未満の患者では48時間おきが推奨される。蛋白結合率86%であるが、透析患者でも透析ごとで投与できる(72時間あく時の増量も提案されているが、そのぶん筋障害などの副作用は増える)。

・オキサゾリジノン

 リネゾリドのみであったが、骨髄抑制などの副作用が少ないテディゾリドがファミリーに加わった。50Sリボソームサブユニットを阻害して静菌作用を示す。なおいずれもMAO-A、Bを可逆的に阻害するためSSRI、SNRIらとの併用時はセロトニン症候群に注意。

 いずれも腎排泄ではないため腎機能による容量調整は不要だが、リネゾリドの代謝産物は腎機能低下例で蓄積する(その害は明らかではない)。リネゾリドは30%が透析で除去されるので、透析患者でも用量は同じだ(ただし1日2回なので2回目は透析後)。

・リポグリコペプチド

 テラバンシンに、ダルババンシンとオリタバンシンが加わったファミリー。バンコマイシンに似た細菌細胞壁への静菌作用(ただし細胞壁への結合力は強い)に加え、ダルババンシン・オリタバンシンはダプトマイシンに似た細胞壁脱分極による殺菌作用を備えている。

 テラバンシンは76%が尿中排泄であり、クレアチニン・クリアランスが50ml/min未満の例では減量が必要だ。腎障害の警告があるが、薬自体の作用か、スタディの患者群がグラム陰性桿菌感染を合併していたためかははっきりしない。透析患者への用量は明記されていないが、透析ごとの使用が多い。

 ダルババンシン・オリタバンシンはどうか?ダルババンシンはクレアチニン・クリアランス30ml/min未満で減量だが、透析性があるため透析患者では減量は必要ない。いっぽうオリタバンシンは透析性もなく、クレアチニン・クリアランス30ml/min未満と透析患者では試験されていない。

・セフタロリン

 抗MRSA活性を付加されたセファロスポリン(第5世代とも言われる)。細菌性市中肺炎と急性皮膚感染にしか用いることができない。クレアチニン・クリアランス30−50ml/minで1/3の減量、15−30ml/minで1/2の減量、透析を含む15ml/min未満で2/3の減量となっている。
 

 このようにさまざまな新薬があるのは結構だが、こんな薬が「ガツンと鋭い切れ味、新発売!(下図は酒類のうたい文句)」などと宣伝され節度なく使用されては、耐性ができて大変だ。




 しかし、創薬した企業は投資家にいち早く利益をリターンしなければならず、そういう売り方もやむを得ない(売れなければ、次世代アミノグリコシドのプラゾマイシンを上市したのち今年4月に倒産したAchaogen社の二の舞いだ)。そんなわけで、こうした新規抗MRSA薬は米国で売れまくっている(下表は2018年10ヶ月間の売上、doi:10.1056/NEJMp1905589)。

セフタロリン    1.15億ドル
ダルババンシン   0.31億ドル
オリタバンシン   0.18億ドル
テディゾリド    0.32億ドル
テラバンシン    0.18億ドル

 前掲のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン論文は、こうした商業モデルでは必要な新薬が持続的に作れず耐性をいたずらに増やすだけであるとして、非営利組織による開発モデルを提案している。今後、抗MRSA薬がどのように開発され処方されるようになるかにも、注目したい。





2019/08/02

人を指差すときは

 維持透析を受ける70歳男性。透析を受けに来院した際、前日から四肢がガクガクし、増悪して歩くのもままならなくなったと訴えた。透析スタッフによれば、透析室に入ってきた様子はまるで、「生まれたての仔鹿」のようであった。


Q:診断は?


 診察すると、脳神経や四肢に運動麻痺はないが、歩行が不安定で、指鼻指試験や踵膝試験が拙劣に思える。しかし、梗塞を疑って撮影したMRIに所見はない。稀な神経疾患ではないかと脳神経内科にコンサルトしたところ・・・


A:高カリウム血症(7.9mEq/l)


 あらためて診察いただくと、上記小脳の診察所見は正常(不随意運動のため震えているだけで、位置の把握は正確にできていた)。慢性疾患にともなう不随意運動が考えられ、この場合腎不全によるものが最も疑われた。前回透析から2日あいており、定期検査での透析前カリウムは6mEq/l。以前から食事のアドヒアランスに不安がみられていた。透析により症状は軽快。

 カリウムと筋肉と言えば、低カリウム性周期性四肢麻痺をまず思い出すかもしれない。しかし、高カリウム血症でも(筋のチャネル遺伝子異常などがなくても)筋力低下や麻痺を起こすことがある。影響されるのは心筋だけじゃないということだ(そして、心電図変化と同様に、全例に起こるわけでもない)。

 
 米国法廷弁護士・作家のルイス・ナイザー(1902-1994)は『私の法廷生活(My Life in Court、1964年)』のなかで「人を指差すときには、残りの4本の指が自分のほうを向いていることを忘れてはならない」と説いた(実際は親指は人差し指と同じ方向なので3本と思われるが、下図)。

 こんな時、人を指差す前にまず「自分達の科の病気じゃないですか?」と自問する必要性を、心から痛感させられる。