2013/09/30

代謝性アルカローシス 4/5

 嘔吐でまず知っておくべきことは、胃液はH+(pHが2なら、10mEq/l)が多いのみならずNa+(60-90mEq/l)やK+(10-15mEq/l)が多く、それらと一緒に失われる陰イオンはほとんどCl-(100-130mEq/l)ということだ。だから、直感的に「嘔吐すると酸が失われるからアルカローシス」というのも間違いではないが、前述のメカニズムを振り返ると「嘔吐するとNa+とK+とCl-が失われるからアルカローシス」というのも正しい。

 それから、腎臓内科医としては腎外のCl-喪失に以下のようなものを知っておきたい。いずれも稀だが、①先天性塩素下痢(congenital chloridorrhea、腸のCl-/HCO3- exchangerが異常で塩素下痢になる)、②結腸の絨毛腺腫、③嚢胞線維症(CF)、④大量の(Na+とCl-が豊富な)回腸導管からの喪失、⑤胃の一部を使って膀胱形成した場合(Cl-が尿に分泌される)など。

 血圧が低くて、代謝性アルカローシスで、低K血症があって、嘔吐と利尿剤(と隠れた利尿剤とGitelman症候群・Bartter症候群と…)どうやって鑑別しよう。尿Cl-は利尿剤を使った直後なら高い。Gitelman、Bartterも常に尿にCl-が失われるから尿Cl-は高い。隠れた利尿薬使用を診断するのには、利尿薬のスクリーニング検査、と言うのもあるらしい。

 嘔吐している最中には体液量減少とCl-喪失によって血中のHCO3-濃度が上がり、腎臓でのHCO3-ろ過量が(近位尿細管で再吸収できないほど)増え、Na+を引き連れて捨てられる。したがって尿pHが高くなり、尿Na+が高い。遠位ネフロンに大量のNa+が届くことでENaCが活性化(体液量低下によるアルドステロン亢進もあり)し、K+が失われるので尿K+も高い。

 しかし、透析患者さんが嘔吐で重症の代謝性アルカローシスになった症例はいくらも報告されているが、Cl-喪失が無尿の透析患者さんで代謝性アルカローシスを起こすなんて変じゃない?以前にも取り上げたレビュー(AJKD 2011 58 144)は、Cl-喪失よりもH+喪失がメインと説明する。とくに消化管の閉塞などあれば胃が刺激されて、pHが1 = 100mEq/lに上がることもあるというから、そんなのを何リットルも吐いたら大変だ。

 さあさあ、盛り上がってきたところで、次は治療とかについて書く。

2013/09/27

代謝性アルカローシス 3/5(aka CDA)

 私が腎臓内科フェローになったばかりの頃、スタッフが「contraction alkalosisはもう古い、今はchloride-depletion metabolic alkalosisだ」と教えてくださり、NephSAPのeditorial(2011 10 91)をコピーして配ってくれた。そこには体液喪失によるアルカローシスはNaPO4によって戻らず、KClによって戻り、必要なのはNa+ではなくCl-と結論できる、とあった。それから、「そうなんだ」と実験結果を受け止めつつも分からないままにしていた機序が、いま少し分かった。

 そもそもcontraction alkalosisとは、ECFが減ってもHCO3-は減らない(Cl-が豊富な体液にはHCO3-が少ない)という前提で、要は「HCO3-が濃くなる」ということだ。そして、ECFが減ると(どういうわけか)近位尿細管でのHCO3-再吸収が増えて、代謝性アルカローシスが進行・維持されると考えられた。

 では、chloride-depletion alkalosis(CDA)はどういう考えなのか。最近のレビュー(JASN 2012 23 204)によれば、代謝性アルカローシスにとって重要だと分かってきた遠位ネフロン、そのなかでもβ介在細胞が鍵だ。Cl-欠乏で遠位ネフロンへのCl- deliveryが減って、β介在細胞がPendrinによってHCO3-を排泄することが出来ないから、代謝性アルカローシスが進行・維持される。

 これは、たとえNa+を補っていても、Cl-が欠乏するだけで起こる(Na+とリンクしていない)。また、ENaCによるNa+再吸収で起きた代謝性アルカローシスであっても、Cl-を補充してβ介在細胞からHCO3-を排泄しない限りは代謝性アルカローシスは改善しない(前回、PendrinがHCO3-を捨てたらENaCが活性化するとか書いたが、それでも結果的にはCl-補充で代謝性アルカローシスは補正される)。

 ここまで書いて、やっと次に代謝性アルカローシスの各論(嘔吐とか)を説明できる。


2013/09/23

代謝性アルカローシス 2/5(aka Pendrin)

 代謝性アルカローシスはENaCの活性化が根幹にあることを前回見てきたが、それは遠位ネフロンへのNa+ deliveryが増えることやアルドステロンのためばかりではない。ENaCは、代謝性アシドーシスで尿細管・間質のHCO3-濃度が高くなっても活性化する。

 これは、ちょっと考えると変なことだ。代謝性アルカローシスで血中HCO3-濃度が上がり、尿細管へのHCO3-が増えてENaCが活性化されれば、さらに酸排泄が増えてしまう。

 しかし腎臓にはアルカローシス時にHCO3-を排泄するβ介在細胞があり、その内腔側にはCl-/HCO3- exchanger、Pendrinがある。だから代謝性アルカローシスでHCO3-が増えれば、PendrinがHCO3-を内腔に捨ててくれる・・はずである。

 しかし、PendrinもまたENaCによって活性化されるという報告もある(JASN 2010 21 1928)。アルカリを捨てたら酸も捨ててしまうなんてcounter-productiveだ。このあたりのお話は前掲AJKD論文でも"evolving story"となっているから、今後分かってくるかもしれない。

 Pendrinは腎臓のみならず内耳と甲状腺細胞にある(甲状腺ではI-輸送をしている)。だからPendrinが異常なPendred症候群では耳と甲状腺疾患も合併するが、代謝性アルカローシスには必ずしもならない。

 それは人間の食事が酸ばかりでアルカリが少ないので、アルカリ過剰になることがないからと考えられている。しかし、そんなPendred症候群の患者さんも嘔吐などを契機に重度の代謝性アルカローシスになることはある(Eur J Endocrinol 2011 165 167)。

 Pendrinまで話して、やっとCl-が出てきた。このあと、代謝性アルカローシスにとって最も重要なCl-喪失、そして新しい(が難解な面もある)chloride depletion alkalosisの概念について書く。

2013/09/19

代謝性アルカローシス 1/5

 Renal Fellow Networkで薦められていた論文(AJKD 2011 58 626)を読み、代謝性アルカローシスという目でもう一度ネフロンを眺めて、尿細管イオン輸送の理解が深まった。H+排泄といえば以前に書いたNH4+の話と、α介在細胞の話がメインだが、そこで話は終わらない。

 近位尿細管では、H+がテレポーテーション的にクルクル回っている。まず内腔にH+が(NHE3、H+-ATPaseなどにより)出る。そのたびに、細胞内にHCO3-が(一度H2CO3になってから)CO2として入り、CO2が再び細胞内でHCO3-になるときにH+が作られる。だから、細胞から消えたと思ったらまた細胞に現れているわけだ。

 HCO3-のろ過量が増えると、近位尿細管でNHE3、H+-ATPaseが活性化する(H+が一層クルクル回る)。その結果HCO3-の再吸収が増えるので、これも代謝性アルカローシスが持続する原因の一つだ。またこの論文によればK喪失によっても(もしかするとendothelinの作用を介して)NHE3、H+-ATPaseなどが活性化するらしい。

 ヘンレ上行脚のNKCC2チャネルが異常だったり薬でブロックされたり(遠位尿細管のNCCチャネルも同様)すると、いくつかのことが起こる。下流の集合管にNa+が多く流れるのでENaCが働き、α介在細胞でH+-ATPaseが働きH+を排泄する。ENaCが働くと(たとえ低K血症があっても)ROMKとmaxi-K(尿細管流量依存チャネル)が開いてK+が失われる。

 K+喪失はα介在細胞のH+/K+-ATPaseも活性化し、さらにH+が失われる。それ以外にも、細胞内からK+を出す代わりにH+を細胞内にシフトさせたり、近位尿細管でのアンモニア産生を増やしたり、NH4+とNKCC2チャネルで競合してNH4+排泄を増やしたり、NKCC2チャネルを回らなくして集合管へのNa+ deliveryを増やしENaCを活性化させたり、さまざまな方法で代謝性アルカローシスを助長する。

 集合管の主細胞にあるENaCは、上流からNa+をたくさんもらって活性化するのみならず、アルドステロンによっても活性化するから、原発性アルドステロン症、GRAAMEなどはどれも代謝性アルカローシスになる。アルドステロンはα介在細胞にあるH+-ATPaseも活性化させることができるから、なおさらだ。長くなったから、続きは次回。


2013/09/17

PreCLOTスタディ

 「私は米国にいたので長期留置カテーテルからの透析経験があります」と言っても、自慢にも何にもならない。長期留置カテーテルは言うまでもなく感染や塞栓・狭窄のリスクがあるので出来れば避けたいブラッドアクセスだからだ。それでも、「長期留置カテーテルが詰まった時にt-PAをルーメンに30分留置したら再開通したことがある、何なら次の透析までロックしてたこともある、ルーメン内を充たすだけなので体内には入らない」と言えることが診療に役立つこともある。

 とはいえ自分でt-PAをカテ内に充填したわけでもない(オーダーしたら透析看護師さんがやってくれた)し、それについてのエビデンスを知るわけでもなかった。それが、いまいる職場の先生が「ヘパリンロック群と(週一回を)t-PAロックにした群でカテーテル塞栓リスクを比較したカナダのスタディ」を紹介してくれた(NEJM 2011 364 303)。まあ、予想されるとおり結果は週三回のうち一回をt-PAにしたら開存率が高く出血や感染の合併症率は変わらなかった。

 t-PAは高い薬だが、塞栓症やら菌血症やら起こした額もあわせるとずっと安くつくというのがこのスタディの売りだ(理解できることに、t-PAを売る会社がこのスタディに資金提供している)。留意すべきことは、透析の血流速度が少なくとも300ml/minと日本より高く、ヘパリンは5000単位/mlだったこと(日本では普通1000単位/mlだったはず)、それから、日本でそもそも長期留置カテーテルがとても少ないということだ。

2013/09/12

Focal pyelonephritis

 ほんとうに学ぶことは尽きないもので、いままでのトレーニングで「尿所見が正常なfocal pyelonephritis」なんて、正直聴いたこともなかった…。それで「どういうこと?」とClinical Comprehensive Nephrologyを読み返すと、focal pyelonephritisという言葉はなかったが腎膿瘍の項があった。そこには、症状が非特異的で熱だけなことも多いとはあったが、尿培養は陽性なような記載だった。しかし、孫引きした文献(Korean J Int Med 2008 23 140)によれば膿尿は約60%の症例にしか見られなかった。

 それからClinical Comprehensive Nephrologyを読んで、腎乳頭壊死(私はanalgesic nephropathyとしてしか知らなかったが、とくに糖尿病患者の尿路感染症に合併するらしい)、気腫性腎炎(糖尿病患者に劇症でおこる、閉塞を機転にすることもあるガス産生菌による尿路感染)、renal malacoplakia(単球系の殺菌能異常が関係した、主にグラム陰性桿菌の慢性感染による尿路の肉芽腫性変化)、黄色肉芽腫性腎盂腎炎(典型的には中年女性の繰り返す側腹部痛や膀胱症状で気付かれる、脂肪の蓄積したマクロファージが腎間質を置換する尿路感染)などの関連疾患を学んだ。

2013/09/02

Ophrologist

 新しい用語を生み出すことを英語でcoinというが、温泉を愛する人のことをネフロロジストに掛けてオフロロジストと言ったのは7年前の私の友達。その機知に、今更ながら脱帽である。さて、日本で温泉にいくと必ずあるのが湯の成分表だ。検体(温泉)1kgあたりの陽イオンと陰イオン量がmg、mval(mEqと同じ、ドイツ語milläequivalentの略)で記載されている。Naの原子量は23、Kの原子量は39、Clの原子量は35.5、HCO3の分子量は61だから、こんど温泉に行ったら原子量・分子量とmgとmEqの換算をいろいろして遊ぶといいかもしれない。