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2020/12/10

ある韓国のスタディ

 1月に報告された英国MInTac試験につづき(こちらも参照)、微小変化型ネフローゼに対して半量ステロイド+タクロリムス併用と通常量ステロイド単独を比較した韓国のスタディが、先月のJASNに報告された(doi:10.1681/ASN.2019050546)。

 患者は16歳から79歳まで(平均は約40歳)の136人で、微小変化群は生検で確認され、初発と再発は約1:1。彼らに対して下図のプロトコルで導入・ステロイド漸減を行い、8週以内の寛解率と24週以内の再発率をしらべた。


論文より引用
(タクロリムス濃度はトラフ)

 すると、修正ITT(intention-to-treat)・PPS(per-protocol set)で寛解率は非劣性、寛解までの時間も平均15日と有意差なかった。しかし、再発率は併用群で有意に低かった(ITTでp=0.01、PPSでp=0.02)。


論文より引用

 有害事象の発生率には有意差なく、重症の有害事象も両群2件ずつだった。ただし、内訳では腹痛・下痢・頭痛がとくに併用群に多く、顔面浮腫(満月様顔貌のことか)・鼻咽頭炎は単独群に多かった。


 微小変化群にステロイドとCNIの併用が効くことはよく知られた事実であり、日本でも10年以上前から「入院期間を短縮し、なおかつPSLを早期に減量することによりQOLの向上とPSLの副作用予防ができる(日腎会誌 2008 50 581)」と報告されているほどである。

 だから筆者としては、日本で①高用量のPSLで開始する4週以上の腎臓内科入院がいまだに多く、②タクロリムスに微小変化群の適応がない(上記のスタディは、なんと日本の製薬会社がスポンサーだ)ことが、とても不思議である。

 「始まりが半分だ(시작이 반이다、シジャギ・パニダ)」という韓国の諺にもあるように、寛解導入の治療選択は患者の人生に大きく影響を及ぼす。①について、併用療法のほうが再発がおさえられるのなら、長期入院の正当性が微妙になってくる。

 ②については、併用療法にすればおそらく(ジェネリックでも)薬代は上がるだろう。しかし、指定難病222(一次性ネフローゼ)を申請すれば、2剤になったぶんの患者負担も低減できるかもしれない。


 今後、日本でも慣習や適応が変わるとよいなと思う。



引用はこちら


2020/01/22

速報 MInTacトライアル

 「EU離脱につづいて、ステロイドに依存した診療からも離脱しよう!」・・というわけではないだろうが、英国で微小変化型ネフローゼの成人患者を対象に、タクロリムス単剤による初期治療をステロイド単剤と比較したMInTacトライアルの結果が、CJASNにでた(doi:10.2215/CJN.06180519、下図はASNの1月18日付ニューズレター)!




 微小変化型ネフローゼはMCD(minimal change disease)、日本ではMCNS(minimal change nephrotic syndrome)と言われるが、どこでも初期治療の第一選択はステロイドだ。多くは1ヶ月以内で尿蛋白消失のみられるステロイド感受性ネフローゼ症候群(steroid-sensitive nephrotic syndrome、SSNS)で、「よかったですね」と笑顔で退院できることも多い。

 しかし、フォローしているうちに頻回再発・ステロイド依存(frequent remitting/steroid dependent、FR/SD)になることも、とくに成人では珍しくない。

 FR/SDのMCDに対して、KDIGOではシクロフォスファミド(2-2.5mg/kg/dを8週:2C)、カルシニューリン阻害薬(シクロスポリンは3-5mg/kg/d、タクロリムスは0.05-0.1mg/kg/d、いずれも分2:2C)、それらが用いられないならMMF(1-2g/dを分2:2D)が推奨されている。日本はMMF・タクロリムスに保険適応がない代わりに、ミゾリビン・リツキシマブに保険適応がある。

 こうした第二選択薬を用いたとしても、ステロイドが切れない患者は多く、積算投与による害が問題になる。そこで「最初からステロイドなしで行ったらどうですか?」と行われたのが、MInTacトライアルだ。

 スタディは英国の6施設でおこなわれ、対象は腎生検で確認されたMCD患者52人(男女はほぼ同数、平均年齢は約40歳、白人は約2/3)。蛋白尿は平均で約7g/gCr(2-15に分布)、アルブミン値は平均で1.6g/dl(0.7-2.9に分布)だった。

 このうち、ステロイド群にはプレドニゾロン1mg/kg/d(60mg/dまで)を開始し、寛解の1週間後から4-6週かけて半減。さらに6週以内で漸減終了となった。いっぽうのタクロリムス群には0.05mg/kg/d(分2)を開始し、トラフ値9-12ng/mlで調節され、寛解の12週後から8週以内で漸減終了となった。なお、寛解は蛋白尿0.05g/gCr未満で定義された。

 結果であるが、プライマリアウトカムである開始後8週での寛解率に、有意差はなかった。といっても数字としてはタクロリムス群のほうが低く、統計上は非劣性も示せなかった。寛解にまつわる各種アウトカムは、下表を参照されたい。




 これだと、がっかりされた読者もおられるかもしれない。ただ、タクロリムスの寛解率は26週までにじわじわと改善している。それでなのかは分からないが、その後の再発のない割合はむしろステロイド群を上回った(こちらも統計上の有意差はない、下表も参照)。




 副作用についてだが、まず、ステロイド群はPPIとカルシウム・ビタミンD製剤を予防内服していた。また、両群とも結核リスクが高いと判断された患者はINH・ビタミンB6の内服、DVT予防に低分子量ヘパリンの皮下注(アルブミン2g/dl未満)ないしアスピリンの内服(2-3g/dl)を受けていた。
 
 そのうえで、報告された有害事象はステロイド群で18件、タクロリムス群で20件あった。重篤とされたのは前者で4件(憩室潰瘍、原因不明の重症頭痛、外傷性橈骨骨折、下気道感染)、後者で3件(高血圧緊急症、下痢と皮疹、下気道感染)あった。
 
 
 スタディのサイズは小さい(といっても、この疾患では大した規模だ)し、プライマリアウトカムの8週寛解率で非劣性が示せなかった。しかし、26週寛解率や再発フリーの割合、有害事象では遜色ない成績といえるだろう。ガイドラインに載っていいスタディだ。

 それに、何といってもMInTacは、ステロイドの推奨が最も強い腎疾患のひとつである微小変化型ネフローゼに対して、「他の選択肢もあっていいんじゃないですか?」と問題提起して、実際に行動に移した。トライアル主導の先生方と患者様方の勇気をたたえたい。


 ステロイドが治療に用いられ始めてから約90年。次の2020年代には、「ステロイドが有効な疾患」が「ステロイドだけが有効な疾患」ではないことが、さまざまな疾患で証明されていくことを期待したい。




 
 

2019/10/15

ネフローゼ患者さん診察のとき、あなたは抗凝固どうしますか?

これに関しては、結論がまだ出ていない。

ただ、いつも議論に登り、生命に関わる話である。
ネフローゼで血栓が生じた患者さんを経験した医師は人一倍これに注意を払う。

まず、一般論から話したいと思う。
ネフローゼ症候群の患者では
・静脈血栓症のリスクが高い(深部静脈血栓症、腎静脈血栓症、肺塞栓症、頭部静脈血栓症など)。
 1%/年【通常に比べ8倍多い】

・動脈血栓症も一般に比べ増加する(手足や脳の血栓)
 1.5%/年【通常に比べ8倍多い】

血栓症はネフローゼの診断後、6ヶ月以内が一番多い。

■どんなネフローゼ症候群が起こしやすいのか?
膜性腎症が最も起こしやすい。
 ーKidney Int 2012の研究では1313人の患者でみて、静脈血栓は膜性腎症で7.9%、FSGSで3.0%、IgA腎症で0.4%であった。

また、微小変化群もリスクが高い可能性もある。
 ーAJKD 2017の報告では125人のケースシリーズで9%に血栓症(動脈 or 静脈)が生じている。

■ほかに血栓症を起こしやすいリスクは?
低アルブミン血症の重症度が高ければ起こしやすい(膜性腎症での検討が主)

■なぜ血栓症をネフローゼ症候群で起こすのか?
解明されていない部分が多いが、下図に示すように止血と溶解のバランスで止血の方向に傾くためと考えられている(アンチトロンビンⅢ、プラスミノゲン、プロテインC・Sの低下や血小板凝集能の増加、プラスミノゲン活性の消失など)。

CJASN 2012より引用

■では、血栓症をどう対処すればいいか?
ここで考えなくてはいけないのは、心房細動の血栓症予防と同じように血栓症予防のベネフィットがどれだけあるのか?また、投与することによるリスク(主に出血イベント)がどれだけあるのか?を考える必要がある。

ここで、2つアルゴリズムを示す。

■1つめは、Kidney internal medicineからのものである。これに関しては、まずが出血リスクを判断し、そしてアルブミンの数値をみてリスクとベネフィットで上回るようであれば抗凝固を開始するというものである。


Kidney Int 2013より引用


出血リスク:
・貧血(Hb: 男性<13、女性<12g/dl)   3点
・重度腎機能障害(eGFR<30ml/min)  3点
・年齢>74歳              2点
・何らかの以前の出血の診断        1点
・高血圧の診断              1点

0-3:Low risk、4:intermediate risk、5-10:high risk

アルブミンに関してはアルブミン<2.0g/dlを一つの指標としている。

■もう一つはUp to dateのものである。
これに関してもまずは出血リスクをみて、その後にネフローゼの原因疾患を見ている。
膜性腎症とそれ以外のネフローゼの場合によって分けている。

Up to dateより引用

抗凝固薬は様々な報告があるが、腎生検もする可能性も考えるとヘパリンがいいと考える。
ヘパリンの腎生検での話は次回に回そうと思う。

今回、まだ明確には決まってはいなく、おそらく施設によっても対応は異なると思うが、まずはネフローゼ症候群の患者を見た際に抗凝固の予防は必要なのか?という考えを持つことは重要である。
そして、出血リスクは?アルブミン濃度は?疾患としては何が考えられる?
ということを考え、必要があれば予防を行ってあげることも必要である。


2019/09/20

分化と統合、そして融合へ

 今月の日本内科学会雑誌は、4月に名古屋で開催された学会講演を特集しており、そのサブタイトルは「新時代の内科学の創造~分化と統合、そして融合へ~」だ。まったくそうだなあと感じたのは、招聘講演のひとつをまとめた「骨髄増殖性腫瘍の病態と治療戦略」(日内会誌 2019 108 1672)を読んだときだ。




 原発性骨髄線維症(PMF)は、「線維症」とはいうものの、遺伝子異常による腫瘍性疾患である。有名なのはJAK2遺伝子のV617F変異だが、同遺伝子のエキソン12変異だけでなく、カルレティキュリン(CALR)遺伝子、トロンボポエチン受容体遺伝子(MPL)などの変異も知られている。

 治療は、古典的な同化ステロイドやヒドロキシ尿素だけでなく、JAK1-2阻害薬のルキソリチニブがCOMFORT-I、II試験により全生存期間の有意差が示されている(J Hematol Oncol 2017 10 156)。貧血、易感染性などが課題であり、JAK2特異的阻害薬など研究が進められている。

 ・・と、ここまでは「分化」である。

 つぎに「統合」であるが、PMFは腎臓での髄外造血を起こす(下図矢印は巨核球、BMC Nephrol 2015 16 121より)。






 さらに、メサンギウムの細胞増殖と領域拡大、TMA、免疫複合体の沈着(C3、IgMなどが多い)、足突起の消失・微絨毛化など、実に多彩な腎病変をきたすことが分かっている(Clin Nephrol Case Stud 2017 5 70、表2も参照;膜性腎症の報告はAJKD 2017 70 874)。

 あとは「融合」だ。

 それは、実臨床レベルでは「腎疾患も血液疾患として扱い治療する」であり、MGRSと同じような話になる(こちらも参照)。PMF関連腎症には、上述のJAK阻害薬などで軽快するものも多い(Clin Nephrol Case Stud 2017 5 70、表1も参照)。しかし筆者は、そこから「なぜ髄外造血で腎病変がおきるのかを、腎臓内科と血液内科で一緒に考えよう」と話を深化させてこそ、真の融合ではないかなあと思う。

 そして、その糸口となる報告が今年7月31日にAJKD電子版に載った(doi: 10.1053/j.ajkd.2019.05.016)。主旨は「カルレティキュリン遺伝子の変異に特異的な免疫染色したら、腎に浸潤する巨核球が染まった」だが、筆者にとって興味深かったのは症例の経過だ。

 この症例では、PMFの診断から5ヵ月後にネフローゼとなり、それまでの同化ステロイドをプレドニン(30mg/d)に変更した。しかし、蛋白尿は減少(7g/dから2.6g/gCr)したが無効造血はあまり低下しなかった(LDHは、1250U/lから789U/l)。そこでJAK1-2阻害薬が追加されたが、蛋白尿は2g/gCrで、PMFで産生されるサイトカインであるVEGFやTGF-βにも変化は見られなかった。

 ここから示唆されるのは、「腎臓内科的にネフローゼにはステロイド」「血液内科的にPMFにはJAK1-2阻害薬」を越えた、VEGFやTGF-βを有効にとめる第三の治療の必要性だろう(著者らも「この疾患に確立した治療はない」と認めている)。

 それこそが、「真の融合」による成果なのかもしれない(下図は、1959年のレオ・レオニ著『あおくんときいろちゃん』)。






2015/06/09

アカデミズム(aka ORG)

 大学の勉強会に参加してきた。教授が親切にも(医局員でもない)私の成長を気遣ってくださり、ご厚意で参加を許されてありがたいことだ。心の中は不思議と静謐で、やはりアカデミズムのなかにいると自分は落ち着くようだ。そして、そこで私がフェロー時代に同級生がNephrology Grand Roundで最初に(2011年9月)発表したobesity-related glumerulopathy(ORG)を思わせる症例を聞いた。

 糖尿病のない重度肥満に伴うネフローゼ症候群は1974年に初めてPalo AltoのVA病院から報告された(Ann Int Med 1974 81 440)。腎病理標本データベースを見直したコロンビア大学の報告(KI 2001 59 1498)によれば、その頻度は徐々に増えているそうだ。まあ肥満じたいが増えているから無理もない。

 病理像としてはFSGSないし糸球体肥大を呈する。原発性FSGSと比較すると、ORGは蛋白尿の程度が軽度でネフローゼ症候群にまでなることは少なく、分節性硬化や足突起のeffacementは少ない代わりに糸球体は肥大していたそうだ。またイヌに高脂肪食を食べさせて肥満にすると(JASN 2001 12 1211;こんな実験は今はもう出来ないかもしれないが)腎が肥大し、糸球体が肥大し(TGFβ1の発現が亢進し)、hyperfiltrationになり、intraglomerular hypertensionを反映してか(交感神経の刺激により)RAA系が亢進する。またadiponectin減少も病態に大きく関係しているようだ(NDT 2008 23 3767)。

 治療はRAA系阻害薬、睡眠時無呼吸の治療、bariatric surgery(減量のための胃切除;有効性を示したペンシルベニア大学の発表はClin Nephrol 2009 71 69)など。



2012/11/30

Urinary plasmin

 ネフローゼで浮腫になるのは低アルブミン血症で膠質浸透圧が下がるからと思っていたが、それと別に腎臓におけるNa貯留が機序として分かったのはつい数年前のことだ(JASN 2009 20 299)。欧州のグループによるこの論文は、ネフローゼで尿中に漏れるplasminがENaCのγサブユニットについたinhibitory peptideをcleaveしてENaCを活性化することを示した。

 今月のJASNでは、やはり欧州の尿細管とイオン輸送のボスであるBindels先生のグループが、plasminが今度は遠位尿細管のCaチャネルTRPV5を抑制することを示した論文が出た(JASN 2012 23 1824)。研究によればplasminがPAR-1を介した細胞内シグナリング経路を活性化し、TRPV5のCalmodulin結合サイトのアミノ酸残基(144セリン)をリン酸化して、それによりチャネルの孔が閉じる。

 TRPV5-transfected HEK293 cellを使ったりパッチクランプを使ったりして美しい論文だが、ネフローゼで尿Ca排泄が増えるという話はあまり聴かない(著者によれば家族性ネフローゼでnephrocalcinosisの報告があるらしい)。おそらくENaCの次はTRPV5という具合に調べてみたのだろうが、これが糸口になって新たな病態機序が分かれば面白い。

2012/08/16

CD80 (aka B7.1)

 尿中CD80抗原は、小児科領域でminimal change disease (MCD) in relapseの診断ツールとして提案されている。腎糸球体の足細胞は、物質輸送・交換など様々な機能を持ち、それこそニューロンに比較できるほど高度に分化した細胞だ。そんな足細胞は、さらに樹状細胞(抗原提示細胞)の機能をも獲得することができる。
 その一つがCD80で、これを細胞膜に表出することによりco-stimulatory signalを介したT cell activationが起こる。CD80などと言うと分かりにくいが、別名のB7.1といえば移植や免疫抑制の世界でお馴染だ。B7.1をT cellのCD28に結合させれば活性化スイッチが入り、regulatory T cellが分泌するCLTA4はそれを阻害するのでスイッチを消す。免疫抑制剤BelataceptはCLTA4を含むfusion proteinだ。
 Urinary soluble CD80は23kDのタンパク質で、MCD in relapseで(MCD in remission、FSGS、健常者)に比して有意に高かった(JASN 20 260 2009)。タンパク尿の度合いに関係なくである。再検(KI 78 296 2010)でも同様で、MCD in relapseにおけるROC曲線のarea under the curveが0.99という診断マーカーとしては驚異的な結果がでた。
 Urinary CD80があるとどう良いのか?三点あげるとすればひとつは、腎生検のリスクを避けられるかもしれないことで、小児科領域でよく調べられているのもそれが理由だ。二つ目は、病態理解が進むかもしれい。
 現在提唱されているtwo-hit theoryは、感染症などによる足細胞の直接傷害がfirst hit、regulatory T cellの機能不全などにより足細胞がCD80(B7.1)を表出し免疫反応が惹起されておこる傷害がsecond hitという(Pediatr Nephrol 26 645 2011)。
 そして三つ目は、治療が変わるかもしれない。前述の通り、ラッキーなことにCD80(B7.1)を介したco-stimulatory signalを阻害する薬は既に存在しているのだ。これを治療に用いたという例は未だ聞かないが、そのうち試されて、有効性と安全性が確認されるかもしれない。

2012/03/23

感心した

先日のRenal Grand Roundで発表したフェローに感心した。彼女は臨床のなかで生じた疑問、しかも答えが簡単にでない疑問を流してしまわずに、既存のエビデンスを深く解釈して現段階での理解を明らかにした。不確定な領域で息の長い議論を展開する様子は、模範となった。私はついつい答えが分かっているものを学んでそれをおもしろく分かりやすく伝える方に流れてしまうから。

 彼女の疑問は、私も診療に加わったある患者さんから生まれた。患者さんは腎炎でnephrotic-rangeのタンパク尿が出ており、結果として肺塞栓症になった。ここで「ネフローゼ症候群の患者さんに塞栓症のriskが高い」という表層的な知識だけで終わらせないのが彼女の素晴らしいところだ。

 「ネフローゼ症候群のなかでもどれが多いか?」「リスク因子は?」「塞栓症というが肺塞栓、深部静脈塞栓、腎静脈塞栓、軽症から致死的なのまであるがどれが多いのか?」「誰が予防を受けるべきなのか?」など踏み込んだ質問を生み出した。そして新鮮な(2012年の)エビデンスを取って来てこれらの質問を当てはめながら検証した。このように質問に対する答えを探すように論文を読むのは批判的な考察力がつく有益な方法だ。

 このやり方だと、一つ目の論文(KI 2012 81 190)にしてもまずタイトルを読むなり「idiopathic glomerulonephritisっていうがどういうこと?primaryってこと?例えば癌に関係した膜性腎症は除外されたってこと?」という突っ込みが入れられる。論文を読む限り著者は癌の有無に関係なく膜性腎症がFSGS、IgA腎症に比べて塞栓症(PE、DVT、腎静脈塞栓症)が多いと言いたいらしい。

 またこの論文のunivariable analysisでは他にタンパク尿の程度とアルブミン濃度の程度はともにリスク因子であったが、二つ目の論文(CJASN 2012 7 43)では後者のみがリスク因子だった。タンパク尿の程度がリスク因子として統計的に有意でなかったことは、この号の雑誌のeditorial(CJASN 2012 7 3)でも驚きとともに取り上げられていた。

 彼女のパワーポイントスライドは素朴だが、内容がthoughtfulで小手先の仕掛けなどなくても聴衆を引き込む力があった。生のデータをスライド一杯に張り付けるのはフォントが小さくなりスライドがbusyになるので私は嫌いだが、皆が一生懸命みるので内容を吟味するには却って有効なのかもしれない。

 治療方針やエビデンスが確立していない内容を題材にしただけあって、彼女は最後に「皆さんどうしてますか?」と聴衆(スタッフ達)に質問することも出来た。それによってスタッフの経験を聴くことができて有益だった。議論の末にに塞栓予防をしないというinformed decisionをした人が一週間後に致死的な塞栓症で帰ってきたこともあるという。Riskはindividualizeしなければならない。