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2017/05/10

カチオンとアニオン

 カチオンとアニオン(英語でキャタイオンとアナイオン)といわれても、語源がわからないとどちらが陽イオンで陰イオンかわからない。それは英語圏の人でも一緒で、CATion(ネコ)はPAWsitive(pawは動物の足というか肉球、写真)、アニオンはA Negative IONという語呂合わせがあるくらいだ。




 カチオンは古代ギリシャ語で「おりる(down)」を意味するkataに由来する。カテーテルのcathも同じで、管を通じて液体を下に送りだしていくイメージだ。一方アニオンは「あがる(up)」を意味するanaに由来する。

 では、どうして陽イオンは「おりるイオン」、陰イオンは「あがるイオン」なのか?イギリスの物理学者ファラデーと関係ある。彼が電気分解で電極(electrode)をつないだ線に電流が流れる実験を行ったが、上流の電極をcathode(おりる極)、下流をanode(のぼる極)と名づけた(図)。



 いまでは電流はe-の流れの反対と分かっているから、電流がcathodeからanodeに流れる時にはe-がanodeからcathodeに流れている。Cathodeにe-があつまると、電極を浸す水溶液中の陽イオンがあつまる。これがcat-ion(カチオン)。Anodeには逆に陰イオンがあつまり、これがan-ion(アニオン)。

 このような歴史的な経緯は興味深いが、はっきりいって混乱のもと。陽イオンと陰イオンのほうがわかりやすい。英語にはpositvely-charged ion、negatively-charged ionを略した言葉がないから、いまでも大変だ。東洋の陰陽思想(yin and yang、図)も広まっているし、いっそyinion, yangionと呼んではどうか。





[2019年10月10日追記]2019年のノーベル化学賞がリチウムイオン二次電池の発明で、Goodenough先生、Whittingham先生、そして日本から吉野彰先生に贈られた!

 この業績の恩恵に浴していない人はほとんどいないだろう。ただ、ここに追記したのには別の理由がある。それは、先生方の業績が、電池のanodeとcathodeの工夫にあったからだ。

 まず、Whittingham先生はcathodeに硫化チタンを、anodeにリチウム金属を用いた。つぎにGoodenough先生が、cathodeを酸化コバルトに改良。そして吉野先生が、anodeを炭素化合物に改良した(軽量化と何百回という再充電も可能になった)。

 分かりにくいが、ここでいうcathodeが「プラス(正)極」、anodeが「マイナス(負)極」で、放電時に電流はcathodeからanodeに流れる。


ブログ「リチウム電池の豆知識」より引用


 筆者にはもはや何が「のぼって」何が「おりて」いるのか分からないが、このブログが書けるのも、ノートパソコンにリチウム電池が内蔵されているおかげ。「キセキ」にも思える偉大な業績に、ただ感謝である。




2016/10/25

薄切り肉を圧力鍋で茹でる

 東洋医学で医食同源とか身土不二(신토불이、シントブリ)とかいうし、西洋はyou are what you eatとか言うけれども、腎臓内科ほど栄養・食事と深く関わる科もそうないのかなと思う。なかでもリンは、透析であまり除けないのに多くの食品に入っているので、その人ごとにあわせた工夫が必要だ(最近は大手コンビニでもパンや加工食品のリンを減らしているところがある)。

 それで腎臓系で栄養系の雑誌というのもたくさんあって、以前に肉をさまざまな方法で調理することでリン残量が変わるかをみた論文(J of Renal Nutrition 2015 25 504)があった。結果、薄切りした肉を圧力鍋で茹でるとリンがもっとも落ちたという。煮汁は捨てなければならないだろうから、どう味を保つかは別問題だが(フルで論文を読めば提案してあるかもしれない)。

 なお、これは日本の研究だ。見なくてもわかる。薄切り生肉は東アジアの食文化だと思われるからだ。米国のスーパーや肉屋にいっても薄切りした生肉はみない(ハムなどの塩漬け肉、ローストビーフのような調理済みの肉は除く)。東アジア食材店にいけば、ある。どうしてだろう。

 明治時代に日本人の口に合うよう肉をスライスしたのかと思ったが、肉食がもともとさかんな中国や韓国でもスライスしている。なます(膾、회、フェ)とか。お箸でつかみやすいからだろうか(ナイフやフォークは東洋にはなかったと思われるので)。東洋の包丁がスライスにもっとも適しているからだろうか。タレなどの味付けがよく滲みるのだろうか。




2015/11/27

Rainbow Urine

 回診中に入院患者さんで暗褐色尿がでますというので、調べてもミオグロビン尿もヘモグロビン尿もビリルビン尿も血尿もない。というわけで、薬か?と思ったら最近メトロニダゾールが始められており、研修医の先生にスマホで調べてもらったら副作用があった(Journal of Pharmacy Technology 2014 30 54)。添付文書によれば代謝されてできるアゾ化合物の影響と考えられているそうだ。ここで使う頭は別に医学とは関係ない、ただの推論力と好奇心だ。

 薬による尿の変色にはリファンピン(オレンジ色)、ドキソルビシン(赤~オレンジ)、プロポフォール(青緑)、ニトロフラントイン(茶褐色~黒)、アセトアミノフェン大量内服(茶褐色~黒)などがある(SMJ 2012 105 43)のと、有名なのはpurple urine bag syndromeでこれはWikipediaにも載っているから説明しなくてもいいけど便中のトリプトファンが細菌によりインドールになって、吸収され肝代謝をうけてインジカンになり、尿路の細菌によりインジゴブルー(青)またはインジゴピン(赤)になってバッグを染める。

 さらに調べてみると、「虹色の尿をだす少年」というクイズ形式の論文があった(NDT 2001 16 2097)。化学者のお母さんをもつ16歳の少年で、学校の成績が悪いときに限ってさまざまな変な色の尿が出るという。尿異常ではacidificationの障害、高尿酸尿症、汎アミノ酸尿、そして色素の凝集が鏡検された。尿細管障害とカラフルな尿となると、重金属のなかでもクロムが疑われる。クロムの色素はpHによって色が変わる。

 そこでサンプルに硝酸銀、塩化バリウム、酢酸などをかけて沈降物ができたりそれが溶解したりするか調べて、クロムの検出が証明された。学校の成績が悪いときに変な色が出たのは、病院受診をすると学校を休める(病院まで3000kmある;インドの話なので)という疾病利得があったからで、クロムはおそらく絵の具や染料を摂取していたのだろうと思われた。しかし本人もお母さんも診断を否認したので結局精神科に紹介して、そのうち症状は治まった。





[2019年11月1日追記]今週のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに、上述のpurple urine bag syndromeが紹介されていた(NEJM 2019 381 e33)。知らないとビックリする(下図も前掲論文より)ので、ときどきはこうして読者に啓発しようという同誌の意図なのだろう。 






2013/04/24

A2型

 A抗原のある腎(A型、AB型)を抗A抗体のある患者さん(B型、O型)に移植する、あるいはB抗原のある腎(B型、AB型)を抗B抗体のある患者さん(A型、O型)に移植することをABO不適合移植という。ただしこれにはいくつか付帯事項があり、ひとつはA2型(とA2B型)の腎だ。

 A2型は、H抗原をA抗原に変換する(先っぽのL-fucoseにN-acetylgalactosamineを付ける)A2 transferase活性が弱く、A抗原をあまり細胞膜上に表出できない。だからA2型の腎はBまたはO型で抗A抗体価のひくい患者さんに、A2B型の腎はB型で抗A抗体価のひくい患者さんに、血漿交換もrituximabもなく移植できる。

 それ自体はずっと前から知られており、成績はABO適合移植とそれほど変わらないらしい(Transplantation 1998 65 256)。しかしUNOSはA2型とA2B型腎の取り扱いを各移植施設に任せているのでまだまだこの組み合わせは少なく(Transplantation 2010 89 1396)、O型とB型の移植待ち時間を短縮させるためにも全国レベルで実施すべきと言う人もいる(Clin Transplant 2012 26 489)。

 ただし、A2型はアジア系に大変稀だ。A2型は0%という論文もある(AJT 2007 7 1181の表3、ただし出典がない)し、A型の1/500-1/1000という話もある。B型の患者さん(B型はAfrican AmericanとAsianに多い)が欧米で他ethnicityのドナーから腎移植を受ける時には関係あるだろう。


[2020年6月16日追記]A2型・A2B型の腎グラフトを生体移植されたO型・B型レシピエントを追跡したところ、グラフト生存率は思っているより低かったという報告が、アメリカ移植会議(American Transplant Congress、ATC)で発表された。




 報告は、米国の移植レジストリーSRTRに登録された、2000年から2018年までに304年のA2不適合生体腎移植について、A2適合群とグラフト生存率を比べたところ、原因を問わないグラフト生存率は不適合群よりも低かった(HR 1.30、患者死亡例を除外するとHR 1.60。pはそれぞれ0.04と0.004)。




 ではどうするか?グラフト生存率は低かったが患者生存率は遜色なかった(1・5・10年生存率は不適合群で99・93・79%なのに対して、適合群では98・92・79%)ので、「やむなし」と考える方もいるかもしれない。




 しかしPKD(paired kidney donation、こちらも参照)をすれば、A2型もA型のように適合させられるかもしれない。報告したジョンス・ホプキンス大学のチームはそれを推奨している。

 あるいは、A2型もA型のように免疫抑制や血漿交換の前処置をするかどうか。グラフト機能低下がA2不適合による免疫的機序なのだとすれば、現状の「前処置なしで安全に移植できる(Kidney Res Clin Pract 2015 34 170)」から「少しはやってもよい」に変わっていくかもしれない。


 なお、この発表は本来ならば、5月31日ののポスター・セッションC、「Kidney Living Donor: Selection」53番目の予定だったが(こちらも参照)、完全バーチャルとなった。今年は米国腎臓学会もバーチャルで、8月延期の日本腎臓学会も大半がバーチャル。残念ではあるが、貴重な学びの機会と前向きにとらえたい。



ジャミロクワイ『ヴァーチュアル・インサニティ』
(出典はこちら




2013/03/20

涙と腎臓内科

 日本は今ごろ年度末、別れの季節に涙はつきもの。「なみだ(なみた)」は一説によれば「泣水垂(なきみたり)」が由来だとか。古今東西を問わず歌われてきた涙だが、私がまず思い出すのは岡本真夜の"TOMORROW"(1995年、写真はYouTubeより)。18年経っても「涙の数だけ強くなれるよ」で始まる歌詞は私の心で輝き続けている。

 さて、腎臓内科医たるもの尿と血液以外の体液組成も知っておきたい(膵液のは昨年書いたが)。そこで涙について調べると、意外なことが分かった。まず、60年前にRockefeller研究所のJørn Hess Thaysenらが涙の組成について調べた論文を発表した(Am J Physiol 1954 178 160)。

 彼らは同時期に唾液(Am J Physiol 1954 178 155)、汗(Am J Physiol 1955 179 114)の組成も調べ発表している。これら「体液三部作」は全てhuman subjectsが対象で、涙を採取する実験は男性二人に玉ねぎをスライスさせた(感動映画を見せるほどロマンチストではなかったようだ)。

 結果は、涙のNa+と尿素濃度は血液と同じなのに、K+濃度はなんと血液の3-5倍あった。つまり、1リットルの涙(映画ではないが…)に20mEq近いカリウムが含まれる計算だ。この仕組みと意義はずっと不明であったが、50年経ってJohn L. UbelsらがcDNA microarray法でラット涙腺細胞の遺伝子発現パターンを調べた(IOVS 2006 47 1987)。

 すると、涙腺導管細胞は間質側にNa+-K+-ATPase、NKCC1(Na+、K+、2Cl-のco-transporter、ヘンレ係蹄上行脚の内腔側にあるNKCC2の兄弟)、M3受容体、内腔側にKCC1(K+とCl-のco-transporter)、IKCa1(Ca2+依存型K+チャネル)、さらには嚢胞線維症で有名なCl-チャネルCFTR、水チャネルAQP5(腎で抗利尿ホルモンの支配下にあるAQP2の兄弟)などを発現していることが分かった。

 これらの結果から、①Na+-K+-ATPaseによりK+が細胞に流入してK+を内腔へ押し出すgradientができる→②副交感神経によるM3受容体刺激により細胞内Ca2+濃度が上昇し、IKCa1が開く→③濃度勾配に従ってK+がIKCa1とNKCC1チャネルにより内腔へ分泌される→④NKCC1によりNa+、K+、Cl-は間質側から供給され続ける(Na+は①により再び間質へ)、と仮説されよう。

 腎の尿細管も涙腺の導管細胞も同じようなトランスポーターやチャネルを用いているから、腎臓内科の知識が理解に活用できる。こうして解明されつつある涙が出る仕組みは、ひいてはドライアイやUVによる角膜障害の病態理解に役立つかもしれない。Ubelsらによる、涙液のK+がUV-Bによる角膜障害を防いでいるかも知れないと示唆する論文も出た(Exp Eye Res 2011 93 735)。



 [2017年12月追記]どういうわけか、最近このブログエントリーがよく読まれているようです。これを書いたときはまだアメリカにいて、そのあと何がどうなるかもわからなかったですけど。地道に続けていれば、いろんないいこと(つまり、キセキ)があります。まさに「涙の数だけ強くなれ」ますね。どうぞ、これからもよろしくお願いします。