2013/03/20

涙と腎臓内科

 日本は今ごろ年度末、別れの季節に涙はつきもの。「なみだ(なみた)」は一説によれば「泣水垂(なきみたり)」が由来だとか。古今東西を問わず歌われてきた涙だが、私がまず思い出すのは岡本真夜の"TOMORROW"(1995年、写真はYouTubeより)。18年経っても「涙の数だけ強くなれるよ」で始まる歌詞は私の心で輝き続けている。

 さて、腎臓内科医たるもの尿と血液以外の体液組成も知っておきたい(膵液のは昨年書いたが)。そこで涙について調べると、意外なことが分かった。まず、60年前にRockefeller研究所のJørn Hess Thaysenらが涙の組成について調べた論文を発表した(Am J Physiol 1954 178 160)。

 彼らは同時期に唾液(Am J Physiol 1954 178 155)、汗(Am J Physiol 1955 179 114)の組成も調べ発表している。これら「体液三部作」は全てhuman subjectsが対象で、涙を採取する実験は男性二人に玉ねぎをスライスさせた(感動映画を見せるほどロマンチストではなかったようだ)。

 結果は、涙のNa+と尿素濃度は血液と同じなのに、K+濃度はなんと血液の3-5倍あった。つまり、1リットルの涙(映画ではないが…)に20mEq近いカリウムが含まれる計算だ。この仕組みと意義はずっと不明であったが、50年経ってJohn L. UbelsらがcDNA microarray法でラット涙腺細胞の遺伝子発現パターンを調べた(IOVS 2006 47 1987)。

 すると、涙腺導管細胞は間質側にNa+-K+-ATPase、NKCC1(Na+、K+、2Cl-のco-transporter、ヘンレ係蹄上行脚の内腔側にあるNKCC2の兄弟)、M3受容体、内腔側にKCC1(K+とCl-のco-transporter)、IKCa1(Ca2+依存型K+チャネル)、さらには嚢胞線維症で有名なCl-チャネルCFTR、水チャネルAQP5(腎で抗利尿ホルモンの支配下にあるAQP2の兄弟)などを発現していることが分かった。

 これらの結果から、①Na+-K+-ATPaseによりK+が細胞に流入してK+を内腔へ押し出すgradientができる→②副交感神経によるM3受容体刺激により細胞内Ca2+濃度が上昇し、IKCa1が開く→③濃度勾配に従ってK+がIKCa1とNKCC1チャネルにより内腔へ分泌される→④NKCC1によりNa+、K+、Cl-は間質側から供給され続ける(Na+は①により再び間質へ)、と仮説されよう。

 腎の尿細管も涙腺の導管細胞も同じようなトランスポーターやチャネルを用いているから、腎臓内科の知識が理解に活用できる。こうして解明されつつある涙が出る仕組みは、ひいてはドライアイやUVによる角膜障害の病態理解に役立つかもしれない。Ubelsらによる、涙液のK+がUV-Bによる角膜障害を防いでいるかも知れないと示唆する論文も出た(Exp Eye Res 2011 93 735)。



 [2017年12月追記]どういうわけか、最近このブログエントリーがよく読まれているようです。これを書いたときはまだアメリカにいて、そのあと何がどうなるかもわからなかったですけど。地道に続けていれば、いろんないいこと(つまり、キセキ)があります。まさに「涙の数だけ強くなれ」ますね。どうぞ、これからもよろしくお願いします。