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2020/12/04

FIDELIO-DKDスタディ

 「ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)をARBまたはACE阻害薬(ACEI)に追加すれば、eGFR低下率を抑えられるか?」という問いは、大規模試験で未検証であった。それで、「AKIと高K血症をおこさなければ使ってよい」と暗然ながら了解されていた。

 しかし昨日、2型糖尿病をもつCKD患者約5600人をランダム化して新規MRAフィネレノンの追加効果を調べた多国籍スタディ、FIDELIO-DKDスタディが発表され(NEJM 2020 383 2220)、平均2.6年のフォローアップでeGFR低下(40%以上の増悪)などが介入群で有意に低下していた。


ベートーベンが完成させた唯一のオペラ、フィデリオ
(Wikipediaより引用


 日本も参加したスタディであり、認可は時間の問題だろう。フィネレノンはカリウムが上がりにくい「非ステロイド選択的MRA」だそうで、そうした治療選択肢が増えるのは喜ばしいことである。

 ただ、(AKIや高K血症になった患者を紹介されるかもしれない)腎臓内科医としては、どうしても慎重にならざるを得ない。そこで、患者背景や有効性などについて思いつく以下の4点を考察したい。


1. eGFR


 まず、本スタディはeGFR25ml/min/1.73m2未満を除外している。「リアル・ワールド」においても、腎臓内科外来などではCKDが4-5期と進行する過程でRAA系阻害薬を中止せざるを得ない(透析開始後に再開)ことがよくある。認可時にどのような禁忌・慎重投与がつくにせよ、こうした例に開始する場合は注意が必要だろう。


2. ARB/ACEI 


 また本スタディでは、ほぼ全例がどちらかを「添付文書の範囲内で患者が忍容できる最大量(maximally tolerated labelled dose)」内服してランダム化を受けている。しかし、添付文書上の最大量を内服していたのはACEI群の約22%(咳のためか?)、ARB群の約55%であった。

 そうした患者で本当にACEI・ARBを増やせなかったのか、フィネレノンだったからこそ追加することができたのか、(添付文書の最大量まで使ってから別のを追加することの多い)筆者としては少し疑問である。


3. K降下作用のある薬


 K降下作用のある薬がどのように併用されていたかも気になるところだ。まず利尿薬は半数以上が内服していた。また、吸着薬(こちらも参照)はベースラインで約2%、スタディ開始後は介入群で10%(プラセボ群は6%)に使われていた。

 しかし筆者が注目したのは、両群ともベースラインで患者の約64%がインスリンを使用しており、彼らの多くはスタディ開始後に導入されていたことである(表S3によれば、患者の約47%とある)。

 患者のベースラインHgbA1cは平均7.7%と「あと一歩」なので、インスリンのよい適応だろう(そう考えてスタディを組んだのなら流石だが・・交絡には留意が必要だろう)。逆に、RAA系阻害薬を増量したいがカリウムが気になる場合は、インスリンも考慮してよいのかもしれない。


4. SGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストとの関係


 最後になるが、じつは本スタディのサブ解析では、残念ながらSGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストの併用患者におけるプライマリ・アウトカム発生率が介入群よりプラセボ群でむしろ低かった(ただし有意差はなく、併用患者数はそれぞれ全体の10%未満であった)。

 今となっては、「ARB/ACEIを忍容最大量内服しているがSGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストを内服していないDKD患者」にまず追加すべきは、MRAよりもSGLT2阻害薬かGLP1受容体アゴニストなのかもしれない。

 だから、論文著者もSGLT2阻害薬・GLP1受容体アゴニストを内服している患者にもMRAを追加する利益があることを示したかったと推察される(考察でも、CREDENCEスタディとの違いが強調・詳述されている)。

 それが示せなかったのは残念だが、RAA系阻害とSGLT2阻害は相殺的でなく相補的と思われる(個人的には、そう思いたい)。これについては、今後も検討されていくことだろう。

  

 ともあれ、CKD診療(とくに蛋白尿のあるDKD)の本丸であるRAA系阻害において、今まで微妙だったARB/ACEI+MRAの組み合わせが「アリ」になったなら朗報だろう。結果待ちのFIGARO-DKDスタディにも注目したい。



モーツァルトのオペラ、フィガロの結婚
(Wikipediaより引用


2018/11/26

どうするDKD

 61才女性、糖尿病の既往あり(HgbA1cは7.2%)。かかりつけ医の血液検査で47ml/min/1.73m2のeGFR低下を指摘され、みずから予約して腎臓内科を受診。ARB内服中、アルブミン尿は30mg/日未満。




Q:(潜血・網膜症の有無にかかわらず)腎生検しますか?

 
 上の例は、日本糖尿病学会・日本腎臓学会が2014年に発表した腎症ステージ(下図)のピンク、1期に該当する。両学会はこれを「腎症早期」とも呼んでいるが、これが本当に早期なのかは、議論のあるところだ。




 第一に、2期・3期と進行していく(上図で右に向かう)のか分からない。DKDと言う言葉が出てきた時にも紹介したが、1型糖尿病とちがって2型は従来の腎症モデルがあてはまらないかもしれない。蛋白尿が増えずに4・5期に至る(上図で下に向かう)例もあるかもしれない。

 あるいは、ずっと1期のままかもしれない。大規模CKDコホートCRICでこの群(正確にはeGFRが20以上なので、上図で1期の真下まで含む)を6年余り追跡したところ、eGFRの低下は年にマイナス0.17ml/min/1.73m2で、末期腎不全に至ったのは5%だった(AJKD 2018 72 653、下図はGFR50%以上低下・末期腎不全をあわせた累積ハザード)。




 第二には、「糖尿病患者の蛋白尿のないeGFR低下」は、糖尿病性腎症でないかもしれない。腎硬化症、軽度のIgA腎症なども混じっているかもしれない。

 それで、冒頭の「腎生検しますか?」という問いが出てくる。やってもやらなくても予後が変わらないのなら、生検リスクを重く考えて見送る施設が多いかも知れない。しかし、病態解明には生検したほうがいいのかもしれない。尿細管病変中心とか(蛋白尿と尿細管といえば治験薬バルドキソロンも思い出されるが、こちら)、いろいろ情報が得られるかもしれない。

 ただでさえ糖尿病性腎症は「やっても治療が変わらない」と腎生検が避けられる傾向にあり、腎病理分類が確立したのもごく最近のことだ(JASN 2010 21 556、糸球体病変の診断フローは下図)。それからも、「8例生検しました」という報告で論文にできるほど(Diabetes Care 2013 36 3620)。




 そんなわけで、まだ「糖尿病患者の蛋白尿のないeGFR低下」を表す言葉は、正式に決まっていない。ただ、それを包含する考え方としてDKDが生まれたからには、NP-DKD(non-proteinuric diabetic kidney disease)、NA-DKD(normoalbuminuric diabetic kidney disease)など、DKDに関連した派生語になるかもしれない。

 この群を病態解明のために積極的に生検すべきか?腎予後の極めてよい群であり不要なリスクは避けるべきか?

 これが「がん」なら、早期癌でも前がん病変でも癌のように見える正常組織でも、比較的迷わず生検されるかもしれない。心血管死や腎不全はがんとは少し違うが、議論のポイントとしては似ている。患者さんもまじえて議論すべき、難しい問題だ。



2018/11/15

じーんとする学会

 ポスター・口演から生涯学習・人脈作りまで、学会に期待するものは沢山あるだろう。しかし、せっかく世界規模の学会に行くからには、「ビックリ・ワクワクするような発見や発表はないかな?」という蓋を開ける前のサスペンスにも期待したい。



 そんなわけで今年の米国腎臓学会にもHIGH-IMPACT CLINICAL TRIALS(RESULTS THAT COULD IMPROVE KIDNEY CARE)コーナーがあって、大事な研究成果を研究者から直接聴くことができた。一覧はもう公表されている。

・ DPP4阻害薬リナグリプチンのCKD患者に対する腎保護・心血管系の安全性について(CARMELINA®スタディ)

・透析患者で鉄を高用量静注投与しESA量を下げる試みと、その安全性について(PIVOTALスタディ、DOI: 10.1056/NEJMoa1810742)

・次世代SGLT2阻害薬(ベキサグリフロジン)のステージ3CKD患者への有効性と安全性について

・心臓手術後の輸血戦略を比較したTRICSスタディで、閾値を7g/dlにさげてもAKIは増えな
かったというサブ解析

・カナダで透析導入を遅らせる政策が施行されたあとの影響をしらべた、プラグマティック・スタディ

・炭酸カルシウムと炭酸ランタンをくらべて透析患者の心血管系死への影響を調べたLANDMARKスタディ(開始前の説明はClin Exp Nephrol 2017 21 531)

・透析のうつ病患者にSSRIと認知行動療法(透析中、あるいは個室で)を比較したところSSRIのほうが優れていたというスタディ


 PIVOTAL、LANDMARKについては別に考察したい。DPP4阻害薬とSGLT2阻害薬の話は、おそらくそのうち製薬会社の方々から説明されるだろう。透析導入の話は、カナダで巨大な透析レジストリができて、今後さまざまなプラグマティック・スタディが組めるようになったことに意義があるようだった。

 いずれも今後が期待されるし、そういう拍手に会場はつつまれた。

 しかし、最後のスタディは少しちがった。

 結果は私には意外だった。認知行動療法はすべての人には向いていない(宿題をしたり大変)し、透析中にやるのとカウンセリング室でやるのでは効果がちがうのかもしれない。ただ、リハビリなどと一緒で、長生きもさることながら患者さんが透析室に来るのが楽しくハッピーになることを意図した取り組みは、歓迎されるべきだ。

 発表のあと、聴衆の一人が「質問ではありませんが」と前置きしたうえで、「あまり誰も気に留めないこの問題に取り組んでくれて、ありがとう」とコメントした。そして、そのあとに暖かな拍手が起きた。

 それを聴くのは、2013年アトランタの米国腎臓学会で経験したのにも近い、じーんとする感覚だった。

 ワクワク・ドキドキだけでなく、(腎臓だけに?)じーんとするのも学会の醍醐味かもしれない。




 

 


2018/05/30

いつも悩むタンパク尿について・・・1

 今日はタンパク尿について話そうと思う。

 診療していて悩むのは、

 ①糖尿病性腎症末期のタンパク尿が減らない。。どうしよう。
 ②activeな腎炎がない時にこのタンパク尿を放置していいのか?放置した場合になにか悪いのか?

 などを悩むことが多い。。

 そもそもタンパク尿の程度は直接的な糸球体内圧の変化によって変動すると言われている。なので、我々としては糸球体内圧を減らす治療→タンパク尿の減少につながると考えて治療を行なっている。

 ①に関しては、糖尿病患者に対するタンパク尿の軽減がどこまでの有効性をもたらすかは不明確な部分が多かった。

 1994年の論文では、1型糖尿病の研究であるが、ネフローゼレベルのタンパク尿が出ている症例に対して、タンパク尿を抑えた群は、腎機能悪化の予防と良好な血圧コントロールに繋がったことを示した。

 その後にIDNtrialRENAAL trialのpotshot analysisなどでもタンパク尿の減少→腎予後の改善に繋がっていることを示している。

 では、タンパク尿を減らすために我々ができることは下記の方法がある。

 ①ACE-I や ARB単剤の使用
 ②ACE-I+ARBの使用
 ③ARB+直接レニン阻害薬の使用
 ④選択的ミネラルコルチコイド拮抗薬の使用
 ⑤他の降圧薬の併用療法
 ⑥塩分コントロール
 (+αでペントキシフィリンなど)

 ①に関しては、下図に示すようにACE-IやARBの使用がタンパク尿の軽減に寄与することが示されている。



 また、先に述べたIDN trial(irbesartan:アバプロ)やRENAAL  trial(losartan:ニューロタン)でも示されている。

 ②に関しては、知っておくべきtrialはVA NEPHRON-D studyONTARGET trialである。
結論だけに割愛するが、両方とも併用療法を行い、腎不全や死亡率の点で単剤治療と差は認めなかったが、急性腎不全、低血圧や高カリウム血症の割合は併用療法で増加したことがわかっている。

 併用療法は推奨度は低いと考える。

③ARB+直接レニン阻害薬(ラジレス)である。

 これに関してはAVOID trialで有効性が示されている。ラジレス+ニューロタンの使用で20%以上タンパク尿を低下させた。その際に合併症なども見られることがなかったという。

 しかし、その後のALTITUDE trialで腎機能の保持には働かず、また合併症が優位に多かったという報告がされている。

 なので、これも現時点では推奨度は低い。

 ④選択的ミネラルコルチコイド拮抗薬(セララ)の使用に関しては、長期データに関してはないものの単剤でもタンパク尿を減らしたというデータもあり、またACE-IやARBと併用することでタンパク尿を減らし、腎保護に働かせたというデータも散見されている。
腎機能がある程度維持されているケースに用いているので、高カリウム血症や腎機能が低下した例では注意をする必要がある。

 これに関しては、ケースを選べば推奨度は中等度。

 ⑤他の降圧薬との併用療法では、非ジヒドロピリジン形カルシウム拮抗薬(diltiazem:ヘルベッサー、verapamil:ワソラン)は単剤使用でもタンパク尿の減少をもたらしたという報告もあり、併用でも同様な結果が下図のように示されている。




 色々な機序がいわれているが、マウスの研究では糸球体内圧の低下をもたらし改善させているといわれている。




 ジヒドロピリジン系のカルシウム拮抗薬(amlodipine:アムロジン、nefedipine:アダラートなど)はタンパク尿を増やしたという報告もあれば、変化させないという報告もある。

 推奨度は中等度。

 ⑥塩分制限に関しては、研究は少ないが4g/day未満に塩分摂取を抑えた場合にARBに夜タンパク尿低下作用がしっかりと出たという報告がある。4g/日というと厳しすぎるが、塩分制限が重要であるということは抑えておく必要がある。

 推奨度は中等度〜高度

 今回振り返って見て、タンパク尿を減らすという意味で我々ができることはやはり少ないなと感じる。

 ただ、本当にタンパク尿低下→腎機能悪化予防なのか?ここを次回は少し触れたいないと思う。






2017/09/01

CB1受容体と学会に入るメリット

 今朝のJASN最新論文は、近位尿細管にあるCB1受容体の腎障害における役割という刺激的な内容だった(doi:10.1681/ASN.2016101085)。CB1受容体は内因性カナビノイド受容体のひとつである。カナビノイドといえば脳に働くイメージで、肥満や禁煙治療のターゲットとしてまず注目されたが、腎臓にも働く(以前にもふれた)。炎症を惹起するCB1受容体と抑えるCB2受容体は拮抗しており、炎症をおさえるCB1拮抗薬が糖尿病や糖尿病性腎症で研究中だ。

 CB1受容体は食欲だけでなく脂肪代謝じたいにも関係している。では、腎臓のCB1受容体が炎症をおこすのにも脂肪代謝が関わっているのだろうか?CB1受容体は腎臓の足細胞、メサンギウム細胞、そして近位尿細管にあるが、肥満になると近位尿細管に脂肪がたまり、炎症のもとになるらしい(これをlipotoxicityとよぶ)。

 近位尿細管のCB1をノックアウトしたマウスでは、肥満にしても野生型のように近位尿細管に脂肪がたまらず、炎症もおさえられ、蛋白尿や腎機能低下などもおこらない。細胞内のメカニズムを詳しく調べると、CB1受容体にスイッチがはいると、近位尿細管細胞内で脂肪酸のβ酸化を促進するシグナル経路(AMPKなど)を抑えるので、脂肪が分解されず貯まってしまうらしい(図は前掲論文より)。




 肥満にともなう尿細管障害、というものがどれくらい意義があるのかは、よくわからない。肥満といえば糸球体の障害が有名かと思う。実験動物に脂肪ばかり食べさせないとおこらない現象なのかもしれない。

 でも、近位尿細管は最近のホットトピックだと思うし、これからいろいろわかってくる近位尿細管の真相に私はついていきたい。

 また、この話には将来性がある。糖尿病性腎症とのかかわりもあるし、腎臓以外でもひろくメタボ世代の健康寿命をのばすかもしれない。CB1受容体は全身にあるはずなので、CB1拮抗薬、ないし、CB2受容体のアゴニストがあれば、他の組織でも脂肪分解ができず炎症や線維化がおこるのを防げるかもしれない。

 それで、この論文の注目度を示すAltmetricは公開初日から32ときわめて高い(図)。この論文が紙媒体で届くのは来年だろうが、その前から読めるのだから、やっぱり、米国腎臓内科学会の会員でよかった。






[2019年9月20日追記]末梢CB1拮抗薬のJD5037(こちらにも触れた)が、近位尿細管におけるグルコース輸送体のひとつGLUT2の発現を減少させて、糖尿病性腎症モデルのマウスで腎障害を軽減することが、米国腎臓学会雑誌に報告されていた(JASN 2018 29 434)。

 近位尿細管のグルコース輸送体といえばSGLT2が有名だが、GLUT2もある。通常は間質側にあり、(SGLT2などを通じて)尿細管内腔から尿細管細胞に入ってきたグルコースや、尿細管細胞内での糖新生(こちらも参照)でできるグルコースを、間質側に運ぶ役割をしている。

 しかし糖尿病では、GLUT2発現が増えるだけでなく、(より多くのグルコースを汲み出すためか)局在が尿細管内腔側にまでひろがる。しかし、CB1受容体をブロックすると、こうした変化が抑制される。細胞内カルシウムイオン濃度の上昇と、それによるホスホリパーゼCβの活性化が抑えられるためだ(図は前掲論文)。




 糖尿病性腎症といえば永らくRAA系阻害薬で、日本ではとくにARBであった。今後こうした研究が進めば、現在一世を風靡しているSGLT2阻害薬や、治験中のNrf2アゴニスト(バルドキソロン)などと共に、「CRB(カナビノイド受容体拮抗薬、Cannabinoid Receptor Blocker)」の出番・・となるかもしれない。






2017/07/10

素敵な論文との出会い

 尿検査項目でまず見るのはなにか。ERで研修医をしていたころは、まず白血球エステラーゼと亜硝酸塩で尿路感染症かを見たものだ。あるいは、ケトンをみてケトアシドーシスか見る(Ketostix®でないとβOH酪酸は測れないが)かもしれない。ほかにも潜血、蛋白、糖、比重などそれぞれ情報がおおいけれど、尿pHについてはどうだろう。

 尿pHは、RTA結石で問題になるけれど、注目度はあまり高くないかもしれない。しかし、クロード・ベルナール先生が恒常性をみつけたきっかけはウサギが「酸を食べれば尿に酸を捨て、アルカリを食べればアルカリを捨てる」観察だし、食事の酸負荷が腎にあたえる影響という「裏テーマ」は最近腎臓内科で注目をあつめてもいる。

 さらにこのテーマは、糖尿病領域でも注目されている。フランスのE3N-EPICコホートで高いPRALとNEAPが糖尿病発症のリスクだと示され(Diabetologia 2014 57 313)、日本のコホートでも若い男性についてのみ示された(J Nutr 2016 146 1076)。糖質だけでなく酸も独立した糖尿病リスク因子のようで、RAA系とか、(バルドキソロンがターゲットにする)Nrf2とか、いろいろ機序が推察されている。

 …という文脈で、この論文(Diabetes Res Clin Pract 2017 130 9)に出会った。ニュースになっているから知っている人も多いかもしれない。京都の先生が出しておられるが、NAGALAという岐阜のNAFLD(非アルコール性脂肪肝;酒は飲んでいてもいいらしい)コホート男性、平均40歳代の約3000人を5年フォローしたものだ(写真は長良川)。




 で、個人的に「いいね(英語はLike、図)」と思ったのは、酸負荷の指標に尿pHを用いたことだ。




 食事の酸負荷を尿で調べるとき、24時間油壺に蓄尿したりアンモニア濃度を測ったりするのは手間だ。食事内容の詳細なアンケートをとる方法もあるが、これも手間だし正確かわからない。いい方法はないかな?と誰もが思う。尿AGもひとつだが、素直に尿のpHで代用したら?というストレートな発想がグッドデザイン(図)と思う。



 結果、尿pHが5.0の群は、5.5、6.0、6.5以上の群のくらべて糖尿病の発症率がたかかった(統計的なパワーは測られていないが、有意差あり)。尿pHが低い群は、高い群にくらべて尿酸値がたかく、BMIがたかく、高脂血症がたかく、飲酒量がおおかった。言い換えると肉食でメタボな感じだが、これらを考慮して多変量解析しても、有意差がでた。

 なお、eGFRが60ml/min/1.73m2未満は除外され、内服薬のない人を対象にしているので、CKDや利尿薬・RAA系阻害薬など酸塩基平衡に影響する要素はあまり考えなくてよさそうだ。血中のHCO3-を測っていないことは筆者も認めている。

 しかし、そもそもこの論文の趣旨は、尿pHのように健診でやるような基本的な項目から糖尿病という大事な危険を予測できるかもしれないということにあると思う。ときに半定量的で不正確なマーカーと切ってしまうこともある尿pHだが、そう言わずに調べてみたらちゃんと結果がでた。腎臓内科医としては少し反省し、謙虚な拍手を送りたい。

 次の方向は、3つだろうか。ひとつは尿pHが酸負荷のよいマーカーかを検証すること。さらに、もうひとつは酸負荷が糖尿病を起こす仕組み(あるいは、尿pH低下そのものが糖尿病を起こすのかもしれないが…それは、腎臓内科の仕事かもしれない)。さいごに、尿pHをほかのこと(とくに腎予後)についても調べて結果が出るか。

 楽しみなことをいろいろ考えさせてくれる、素敵な論文に出会えた。







2017/06/22

CANVASとCREDENCE

 Canagliflozinの治験CANVASと、続編CANVAS-Rスタディの結果がNEJMにでた(DOI:10.1056/NEJMoa1611925)。昨年書いたEMPA-REGと似た結果で、心血管系イベントが有意に下がったといっても、心不全がRR 0.78(信頼区間0.67-0.91)なほかは信頼区間が1.0をまたいでしまう。血圧がさがり体重がへるのもEMPA-REGと同様だ。

 気になることが3点ある。1点目はサブ解析の結果だ。人種ごとに結果を見ると白人の心血管系イベントRRは0.84(0.73-0.96)で有意、黒人はRR 0.45だが信頼区間は0.19-1.03でギリギリ1をまたぐ。そしてアジア系はRR 1.08(信頼区間0.72-1.64)で、なんとプラセボと変わらない。がっかりだ。

 このスタディは30カ国でおこなわれたのでアジア系は全体の13.4%とそんなに少なくはない。有意差が出なかったというのは信頼できるデータかもしれない。そのうち「CANVAS-J」みたいな日本のデータがでるだろうが(パンフレットの表紙はこんな感じか?写真)、この結果と余りに違わないか検証する必要がある。




 2点目は腎予後だ。アルブミン尿の進展、eGFRの低下、透析や腎による死亡はいずれも介入群で数字上はめざましく低い(CIが余裕で1.0未満)。しかしアブストラクトにもあるように、これらの結果は彼らが事前に計画した仮説検証モデルによれば統計学的に有意とはいえなかった。それで結論はpossible benefitと言っている。まして、人種差があるかもわからない。

 SGLT2阻害薬のクラスはどれも腎症予防効果があるように言われているし、その期待に水を差すつもりはない。武器は多いほうがいい。適応のあるひとに期待して使うことも、間違っていないと思う。ただ結果が「possible effect(効くかもしれない)」なことは知っておきたい。

 ここでやめておいても「効く(らしい)!」で(特に日本では)売れるだろうに、「結局ちがった…」というリスクを負ってでも、この会社と研究者は白黒つけに腎予後のCREDENCE(信用という意味)スタディを走らせている。金儲けだけじゃなくて、ほんとうに結果を追求したいのならplausibleなだけでなくapplaudableと思う。

 だからこそ突き詰めてほしいのが3点目、副作用についてだ。以前にFDAが警告していたが、やはり介入群で有意に足切断例がおおかった。ほとんどは趾レベルだが、気持ちが悪いし、いつか足元をすくわれそうだ(写真は絵にかいた穴)。糖尿病患者さんにとって末梢動脈疾患と足壊疽は大問題であり、この仕組みがわかって新しい治療になるかもしれないから研究を期待したい。




 また、日本ではまだあまり知られていないようだから書いておくが、SGLT2阻害薬には血糖正常DKA(eDKA)の副作用がある。すい臓のα細胞にSGLT2があるのでグルカゴン産生に傾く。私も書いたが、代謝のお話だし、詳しくは日本の先生方がお書きになったこちらの論文を参照してほしい。こちらはここまで分かっているし、足壊疽も調べたら何か分かるはず。



[2019年4月18日追記]上に紹介したCREDENCEの結果が、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに今日でた(DOI: 10.1056/NEJMoa1811744、無料で読める)!





 eGFRが30-90ml/min/1.73m2(30-60の患者が60%、中央値は56)でアルブミン尿(300-5000mg/gCr、中央値は927)のあるDKD患者(HgbA1cは6.5-12%、ドイツのみ6.5-10%、中央値は8.3)を対象にして、カナグリフロジン100mg/日とプラセボを比較したこの試験は、アウトカムに早期から明確な差が出て2.6年で「うれしい」中断となった。

 プライマリ・アウトカムは①末期腎不全(30日以上の透析、腎移植、30日以上のeGFR15未満)、②Cr増加(ランダム化前・時から2倍以上が30日以上)、③腎・心疾患死亡を合わせたものだった。これが介入群で43.2/1000人・年、プラセボ群で61.2/1000人・年だった。
もちろん介入群で有意に低い。

 つまり、こういうことだ。





 絶対リスク減少(ARR)は61.2/1000と43.2/1000の差で、1.8%/人・年。1000人を2.5年治療すると、1000×0.018×2.5で45のアウトカム・イベントを予防できることになる。これを言い換えたものがNNT(number needed to treat、何人に治療すればイベントをひとつ回避できるか)というが、CREDENCEで計算されたCanagliflozinのNNTは:

 「22(95%信頼区間15-38)」だった。

 アトルバスタチン10mgを加えた時の心血管イベント/死亡予防効果をしらべたASCOT-LLA(Lancet 2003 361 1149)では、3.3年間治療して得られるNNTが98だったというから、かなりよい数字といえよう(下表は、Oxfordの関係者が独自にエビデンスを鑑定するサイトBandolierから)。




 では、誰に何がどう良かったのか?

 まず「誰に」であるが、サブ解析ではeGFRは60未満の群(数字上は30-44よりは45-59のほうがいっそう有意)、アルブミン尿は1000mg/gCr以上の群で有意差がみられた。スタディが5000mg/gCr以上を除外したのは効果がでないことを怖れたからと思われるが、1000mg/gCrではむしろ有意差が出なかったので、蛋白尿がある程度あったほうが効果が期待できるのかもしれない。

 また特筆すべきは、CANVASでは信頼区間が1にかかってしまったアジア系(コホート全体の19%:アジアからは中国が参加している)が今回ハザード比0.66で、95%信頼区間も0.46-0.95だったことだろう。

 つぎに「何が」についてであるが、個々のアウトカムはいずれも介入群で低かった。ただし細かく見ると、ハザード比の95%信頼区間が0.99未満だったのはCr上昇とeGFR15未満で、透析・移植と心血管死亡はそれぞれ0.55-1.00、0.61-1.00であった。公平に言ってフォロー期間が短く実数が少なかった可能性を最も疑う。

 最後に「どう」であるが、これが解明されるのはもう少し先になりそうだ。糸球体ろ過圧から尿細管代謝まで、論文の引用文献11-17にさまざまな推察が載っているので、アクセスのある方は読んでみるとよいだろう。

11:Circulation 2014 129 587
12:Physiol Rev 1990 70 665
13:JCI 1987 80 670
14:Curr Hypertens Rep 2019 21 12
15:Eur J Endocrinol 2018 178 R113
16:Cell Rep 2018 25 677 (e4)
17:ACKD 2018 25 244

 それでは、副作用についてはどうか?

 上にも書いた足切断や骨折のリスクには有意差がなかった。DKAはやはり有意に高かったが、使い方を分かってきたせいか11件/2200人だった(サプリメントによれば1件が血糖250mg/dl未満のいわゆる「eDKA」であった)。

 尿路・性器感染症についてはサプリメントに書かれているが、尿路のほうは有意差がなく、性器真菌感染症は男性で28件/1439人、女性で22件/761人と有意に高かった。


 腎臓内科のフィールドで、しかもDKDという本丸で、ここまで強いエビデンスが出たのは本当に久しぶりだと思う。約束どおり、investigatorの皆さまに拍手を送りたい。近位尿細管などいままで未解明だった領域に臨床応用が進む第一歩。今後もこの調子で行けば、きっとキセキは起きる。




[2019年5月24日追記]上記CREDENCEの結果はメルボルン開催のWorld Congress of Nephrology(WCN)でPIのVlado Perkovic先生から発表されたが、そのとき会場の聴衆が本当にスタンディング・オベーションしていたことが分かった。

 スタンディング・オベーションは、プライマリ・アウトカムを紹介する時、あえてP値のない2本のグラフをスライドにして、そのあとからP値が「0.00001」だと発表したときに起こったそうだ。いわれてみれば、驚異的な値だ。

 もう読者は推察されているだろうが、これもKSN2019で得た情報だ。APSN/KSN CMEで、APSN会長でもある(WCNにもいらっしゃった)南学正臣先生が、酸化ストレスと低酸素のAKIやDKDへの影響についてのレクチャのなかで紹介してくださった。

 もちろんレクチャはスタンディング・オベーションだけでなく、「何が良かったか?」「これからは?」など一歩も二歩も踏み込んだもの(写真は、バルドキソロン国内第三相試験、AYAMEの紹介)だったが、それについては稿を改めて紹介する予定だ。






2017/01/18

妊娠している人の腎機能障害(AKI in pregnancy) パート3

今回は糖尿病患者さんが妊娠したらということについて考えてみたい。
糖尿病の患者さんは316万人であり、女性は140万人の時代になっている(2014年の調査、今度は2017年に行われる。)
つまり、出会う確率も非常に高く、また腎疾患との関連も強いため認知する必要がある。

糖尿病患者での妊娠で腎臓に影響があるものとしては下記である。
アルブミン尿:非糖尿病患者においても60%以上がGFR増加し、アルブミン尿の排出は増加する。同様に糖尿病性腎症を有する人も妊娠を契機に増加するが、出産と同時に元に戻ることが多い。ある研究でも糖尿病性腎症で30-300mg/dayの患者が妊娠した際に尿アルブミンは708mg/dayに増加し、数名がネフローゼレベルのタンパク尿(3g/day以上)を呈したが、全員が出産後12週間で元の値に戻っている。

腎機能:腎機能に関しては、パート2で書いたように腎機能障害がもともとある人はリスクが高くなる。また、糖尿病患者で微量アルブミン尿やタンパク尿が出ていない症例は腎機能悪化のリスクは低い。

糖尿病性腎症は血糖コントロールが問題なくても胎児成長障害、出生前胎児テスト異常、preeclampsiaのリスクが上昇する。妊娠合併症の発生で帝王切開のリスクは上昇する。

糖尿病性腎症の妊婦では血圧コントロールをしっかりと行う。その際に通常であれば推奨されるACE-IやARBの使用は禁忌とされている。理由としては薬剤に伴う催奇形性のためである。そのため、この点には注意する!目標の血圧はADA(アメリカ糖尿病糖尿病学会)の推奨では120-160/80-105である。
降圧薬に関しては、アルブミン尿を伴う症例には非ジヒドロピリジン系のカルシウム拮抗薬(ヘルベッサーやワソランなど)がいいのではないかと言われている(KI 2004)。理由としては降圧作用に加えて、タンパク尿の低下作用も期待してである。しかし、タンパク尿低下に対してはそこまで効果的ではないという報告も多い。
妊婦に対して使用できる降圧薬に関しては、メチルドパ(アルドメット:α2刺激薬)、ヒドララジン(アプレゾリン)などであり、これに関しては知っておく必要はある。

また、preeclampsiaの予防にlow doseのアスピリン使用(81mg/day)はケースによっては推奨されている(Lancet)。なので、リスクが高い症例(慢性的な高血圧症例や妊娠前から血圧が高い症例)は妊娠後12週から出産まで使うのも一つの選択肢かもしれない。

今回は糖尿病腎症と妊娠についてまとめてみた。
ここの部分の管理は本当に難しいなと常々思っているが、我々が知識のアップデートを怠ってはいけない領域である。





2016/06/16

LEADER and EMPA-REG OUTCOME

 最近FDAがPADリスクの調査やAKIの注意喚起を発しているSGLT2阻害薬だが、ひたすらA1cの低下と安全性・便利さを謳って宣伝される新規経口血糖降下薬のなかで、いち早く昨年にhard endpointである心血管死のリスク減少を示したのはEMPA-REG OUTCOMEスタディ(NEJM 2015 373 2117)で、その薬はSGLT2阻害薬のEmpagliflozinだった(ただしnon-fatal MIとstrokeでは有意差なし、心不全入院は有意差あり;まあSGLT2阻害薬は利尿剤だから)だった。

 DPP4阻害薬、GLP-1受容体アゴニスト(以下GLP1アゴニスト)はEXAMINE、SAVOR-TIMI53、TECOS、ELIXAなどのスタディがいずれも心血管リスクで有意差がでず、今週になってGLP-1アゴニストのLiraglutideで有意差を示したLEADERスタディがでた(DOI: 10.1056/NEJMoa1603827、心血管死に有意差あり、non-fatal MIとstrokeと心不全入院に有意差なし)。

 スタディが組まれすぎて、同じクラスのなかでEmpagliflozinとLiraglutideは特別よい薬なのか、このクラスが特別よいのかはわからない。スタディごと心血管リスクの定義やリクルートするA1cの閾値などが微妙に違うようだ。もちろん私は全ては読んでいないが、editorialによれば(DOI: 10.1056/NEJMe1607413)LEADERスタディは心疾患が比較的軽症だがA1cは高め(8.5%以上)の群を対象にしているらしい。一方EMPA-REG OUTCOMEスタディのサブ解析ではA1c 8.5%以下の群はリスク減に有意差があって以上の群には有意差がなかった。

 ただ直感で思うのは、GLP1アゴニストとSGLT2阻害薬はどちらも体重が減る(前者は食欲と身体活動性に関係し米国では2014年に肥満症の適応も受けている、後者は糖排泄と浸透圧利尿を起こす)ことだ。ADAの2016年ガイドラインでメトフォルミンに1剤追加する目安の表にも書いてある(Ann Int Med 2016 164 542、「効果」についてはDiabetes Care 2015 38 140を参照)。

SU
効果:High
低血糖リスク:Moderate
体重:Gain
副作用:低血糖
薬価:Low

TZD
効果:High
低血糖リスク:Low 
体重:Gain
副作用:浮腫、心不全、骨折
薬価:Low

DPP4阻害薬
効果:Intermediate
低血糖リスク:Low
体重:Neutral
副作用:まれ
薬価:High

SGLT2阻害薬
効果:Intermediate
低血糖リスク:Low
体重:Loss
副作用:生殖泌尿器感染、脱水
薬価:High

GLP1アゴニスト
効果:High
低血糖リスク:Low
体重:Loss
副作用:胃腸症状
薬価:High

Basal insulin
効果:Highest
低血糖リスク:High
体重:Gain
副作用:低血糖
薬価:Variable

実際LEADERスタディでは介入群で体重が2−3kg減り、収縮期血圧も4−5mmHg下がった。EMPA-REG OUTCOMEスタディでもやはり体重が2−3kg減り、腹囲が5cmほそくなり、収縮期血圧が4-5mmHg下がった。メタボが少し解除されたのかもしれない。私にはこのふたつのスタディが、心血管リスクのある糖尿病患者における心血管死・心不全増悪の予防にはA1cの低下だけでなく減量と降圧+そのための食事と運動が重要だ(が、それは言うほど簡単ではないので高くても薬で治療するしかない)と言っているように思える。

 さらに、Empagliflozinについては同じ号でEMPA−REG OUTCOMEスタディ(MDRD eGFR 30ml/min/1.73m2以上)のpost hoc解析で腎症進行を抑制すると発表された(DOI: 10.1056/NEJMoa1515920)。具体的には顕性アルブミン尿への進行、eGFRの低下、透析導入など。興味深いのは介入群でeGFRがスタディ数カ月以内に一度3-4ml/min/1.73m2さがりそのあと維持されることだ。最初は腎血流低下を反映し、以後は未知の腎保護機序が効いているのだろうか。

 EMPA−REG OUTCOMEは日本も参加したスタディだ。また新しいためか同じクラスのなかではまだAKI・PADの嫌疑がかかっていないから、Empagliflozinは売り時かもしれない。Liraglutideも日本で認可されているが、LEADERスタディに日本は参加していない(アジアでは中国、台湾、韓国、インドなどが参加している)。SecretogogueのなかではDPP4阻害薬にくらべてシェアの小さいGLP1アゴニストだが、LEADERスタディを受けて日本でもLEADER-Jみたいなのが組まれるかもしれない。なおLiraglutideは腎機能低下例に禁忌ではない(慎重投与)だからLEADERの除外基準にもeGFRは入っていないが、心血管保護が有意にみられたのはeGFRが30−60ml/min/1.73m2の群だった。






2016/06/09

DN as microangiopathy

 糖尿病性腎症(DN)はいまでこそ雑多な原因を集めてDKDというが、本来はmicroangiopathyの一つ(腎症、神経症、網膜症を合わせたtriopathyというのは和製英語かもしれない、海外では通じないのではないか)であるから、いくら足細胞病と言われても内皮細胞障害を起こしていることは間違いない。

 内皮細胞障害といえばpre-eclampsiaで有名なsFlt-1(可溶性VEGFR1)、Endothelin-1、NO synthase、活性酸素、glycocalyx障害とかいろいろ聞くし、レビュー(J Diabetes Invest 2015 6 3)を読むとAGE(andvanced glycated endproducts)、TGFβ経路、VCAM障害、DAG(diacylglycerol)/PKC経路、polyol pathway経路(sorbitolの蓄積)、Angiopoietin 2 (Tek/Tie-2というチロシンキナーゼにつながる;内皮細胞のオルガネラWeibel-Palade bodiesにP-selectin、vWF、IL-8と一緒に詰まっている)などがでてくる。

 それに新たにCathepsin S/PAR-2(protease-activated receptor)系が加わるかもしれない。Cathepsin Sは知らなくてもCystatin CはeGFRのことで知っているかもしれない。Cystatin CはCys-statinすなわちcysteine protease inhibitorで、Cathepsin Sは数あるcysteine cathepsinsのひとつ(ちなみにパパインもcysteine protease)。Cathepsinは通常リソソーム内にあってごみ処理をしているが、Cathepsin Sはいくつかの特別な役割がある。

 たとえばマクロファージにおける抗原処理とMHCIIの抗原提示、平滑筋でAGIIに誘導され炎症・細胞死・動脈硬化を起こす。また細胞外基質のリモデリングに関与するのでTGFα・IFN-γなどのサイトカインに誘導されエラスチン、ラミニン、コラーゲンなどを分解して動脈瘤を進展させる。変わったところではBEN(Balkan Endemic Nephropathy、チュニジアでも報告がある;原因は真菌毒のOchratoxin Aが有力だ)で近位尿細管にCathepsin Sが大量発現していたという話もある。

 またCathepsin Sには活性pH域が広くリソソームの外でも働くことができる特徴がある。こんな劇薬な酵素を野放しにはできないのでふだんはCystatin Cがその活性を1%に抑えているのだが、糖尿病性腎症では腎に浸潤したマクロファージで産生され、内皮細胞のPAR-2を介して内皮細胞障害を起こすのではというのが最近出た論文(JASN 2016 27 1635)だ。Cathepsin Sをマウスに注射したり、Cathepsin S inhibitor、PAR-2 inhibitor、Cathepsin Sたんぱく発現+mRNA in situ hybridizationなどをしている。

 糖尿病性腎症にマクロファージが関与しているというのは、マクロファージのケモカインであるMCP-1(ケモカイン系譜のなかではCCL2と呼ばれる)が過剰発現していることなどから知られていた。マクロファージは抗原提示やサイトカインなどで炎症を掻き立てる元なので、Cathepsin Sもその一つなのだろう。でCathepsinはどうやってPAR-2を活性化しその先にはなにがあるのか。

 PARは1から4まであって、もともとthrombin受容体ファミリーとして見つかった。PARと呼ばれるのは、この受容体のN末端にactivated peptideが組み込んであり(英語では結わえ付けるを意味するtethered ligandという)、proteaseがN末端を切るとtethered ligandが露出しN末端ループと触れ合いG-proteinが活性化する仕組みだ(Front Endocrinol Lausanne 2014 5 67)。

 PAR-2は通常trypsinに切断されヒトではSLIGKV、マウスではSLIGRLが露出するのだが、Cathepsin Sはnon-canonicalまたはbiased cleavageといって通常と違うところを切断し通常と違うtethered ligandで受容体を活性化する。TVFSVDEFSAを露出するという論文もあれば(J Biol Chem 2014 289 27215)KVDGTSを露出するというのもある(PLoS One 2014 9 e99702)。

 Cathepsin Sによって活性化されたPAR-2がどうなるかについてはまだ分かっていない。動物では炎症、内臓知覚過敏(visceral hyperalgesia)、そう痒などが起こり、痛覚についてはGαサブユニットによるcAMP増産を介してTRPV4をupregulateすると言われている。TRPV4はosmoreceptorとしても機能するので、内皮細胞膨化などに関係しているのかもしれない。MCP-1(とその受容体CCR2)もCathepsin SもPAR-2も治療ターゲットとして研究はされている。既存薬ではpropagermanium(セロシオン®;免疫賦活作用でB型肝炎治療にもちいられる)にCCR2阻害作用があることが知られている。



ECB

 Brexit referendum(英国のEU離脱を問う国民投票)が今月23日に迫った。Euroscepticと呼ばれるEU反対派は、肥大した官僚組織になって身動きが取れず各国の主権をおびやかすBrussel(EU本部)が嫌いなのであって大陸ヨーロッパは好きだと強調しているが、EUは脱退するとその後の貿易等の条件をEUが一方的に決められるようになっているので、たとえるなら離婚しても条件は相手しだいというわけで経済への悪影響などが心配される。

 で、今日のお話はECBだがEuropean Central Bank(欧州中央銀行)のことではなくendocannabinoid system(内因性カナビノイド系)だ。大麻の成分THCが発見されてから、体内にも内因性カナビノイドがあることがわかりanandamide、2-arachinodoylglycerol(2-AG)などがよく研究されている。受容体にはGたんぱく受容体のCB1とCB2があって、中枢神経系に多いが末梢組織にもひろく分布し、また前者はpro-inflammatory、pro-fibroticで後者はそれに拮抗することがわかっている(Br J Pharmacol 2016 173 1116)。

 ECB系で知られているのはCB1拮抗薬のrimonabantで、これは抗肥満薬、禁煙薬として開発されたがオピオイドμ受容体も抑えるのでうつ、自殺などの副作用が強く使われていない。まあECB系をいじるのは麻薬取締法すれすれなので、多くの合成カンナビノイドはいわゆる「脱法ドラッグ」だ。

 しかし体内にECB系があって生理作用を有しているのはたしかで、糖尿病にも関係がある。食事摂取が増えるとECB系が亢進しエネルギー消費の低下や脂肪産生などを起こしてインスリン抵抗性と肥満に寄与するだけでなく、膵に浸潤したマクロファージのNlrp3-ASC inflammasomeを介してβ細胞死を起こすと考えられている。脳血管関門を通過しない末梢CB1拮抗薬AM6545、JD5037などが開発中だ。

 糖尿病性腎症にもECB系の関与が示されている。糖尿病性腎症になると足細胞のCB1/CB2比が逆転し炎症に傾き、内因性CB2 agonistの2-AG欠乏にもなる。そこでCB1拮抗薬のAM251やCB2 agonistのAM1241を動物モデルに投与してたんぱく尿などが改善し、AGII/NADPH活性の低下によるとみられる活性酸素産生の抑制やサイトカインの減少がみられたという報告がある。いずれにせよ、実用にはオピオイドμ受容体に関与しない選択的末梢ECB受容体拮抗薬でなければならないが。マウスもうつになるのだろうか(なる、実験されている)。



2016/05/20

Protein Restriction

 さてMDRDといえばeGFRの式のことがまず出てくるが、じつはオリジナルのスタディはmodification of diet in renal disease、つまりたんぱく制限食がCKD進行に与える影響を調べたものだと教わった。Nitrogen-free ketoanalogueと超低たんぱく食の論文(doi: 10.1681/ASN.2015040369)についてお友達と話していた時のことだ。

 これほどインパクトを与えた論文を知らなかったのは奇妙だ、とくに主要著者の一人がフェロー時代の最高齢ボスだったのに(この先生はMinneapolisにあるUNOS officeで主に移植患者の臨床研究をしていると思っていた)。とにかくフェロー時代にタンパク制限のタの字もで聞かなかったのはなぜか。

 米国食生活でたんぱく制限することが無謀だからか(米国のたんぱく摂取量は90-100g/dといわれる)。Nurses' Health Studyを解析したスタディでMDRD eGFR 55-80ml/min/1.73m2の群はたんぱく、とくに動物たんぱくの摂取量に相関してeGFRが低下したことがわかっている(Ann Intern Med 2003 138 460)。ちなみに植物たんぱく摂取では有意差はなかったがeGFRが上がった。クレアチニンの原料を摂るか摂らないかの違いなだけな気もするが、KDIGOではこのスタディを高たんぱく摂取はCKD進行に相関という典拠に用いている。

 そのKDIGOガイドラインは、糖尿病・非糖尿病CKDでeGFRが30ml/min/1.73m2以下の患者に0.8g/kg/dのタンパク制限を栄養指導とともに行うことを推奨して(2B、2C)、最大のRCTとしてMDRD、それから2009年のCochraneメタアナリシス(DOI: 10.1002/14651858.CD001892.pub3、非糖尿病CKDにおいてたんぱく制限は非制限にくらべて腎死を低下させるが制限の程度は決めかねるという結論)を紹介している。0.8g/kg/dというのは、妊娠も授乳もしていない健康成人のたんぱく需要が0.6g/kg/dとされ、FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations)/WHOが33%の安全マージンをとって0.8としたのに習っているのかもしれない。

 MDRDの結果は一般にfailureと捉えられているが、その解釈は正しくないという弁明も出てるくらいだから(JASN 1999 10 2426)、一度は原著に目を通さなければならない。知られているから書くまでもないだろうがMDRDスタディはたんぱく制限と降圧のCKD進行、ESRD、死に及ぼす影響を調べたものだ。インスリン依存糖尿病患者は除外され、インスリン非依存糖尿病患者は全体の3%だった(25%が腎炎、20%がADPKD)。

 たんぱく制限はGFRが25〜55ml/min/1.73m2の群は1.3g/kg/dと0.58g/kg/d(MDRD-A;実際は約1.1g/kg/dと0.7g/kg/d)、13〜24ml/min/1.73m2の群は0.58g/kg/dと0.28g/kg/d(MDRD-B;実際は約0.7g/kg/dと0.4g/kg/d)で比較した。Bスタディの超低たんぱく群ではketoacid/amino acid supplementも用いられている(から約0.2g/kg/d分が加わる)。介入前のたんぱく摂取量は尿中窒素から計算してMDRD-Aで約1.1g/kg/d、Bで約0.9g/kg/dだった。

 MDRD-Aでは最初の4ヶ月は低たんぱく群のほうがGFRが下がってしまい、最終的に逆転するがいずれも有意差はなかった。ただしたんぱく尿1g/d以上(10g/d以上は除外されているが)群とAfrican AmericanではGFR低下を緩徐にする効果が認められた。また原著には載っていないが、延長フォローアップをすると(JASN 1994 5 336 Abstract)ESRD/deathのcummulative riskは低たんぱく群で低下している(RR 0.63、ただしp=0.056)。

 MDRD-Bでは総じて4ml/min/yearのGFR低下がみられ、38%が透析になったが、超低たんぱく群と低たんぱく群でESRD/deathのcumulative riskに有意差はなかった(グラフの見た目には差があるが、p=0.60)。また超低たんぱく群で-0.7ml/min/yearの効果があったが95%CIは+0.1から-1.8、p=0.07で有意差はなかった。ただ、A同様にたんぱく尿1g/d以上の群では有意差があった。

 B群も延長されて(AJKD 1999 27 652)、介入群間のdichotomousな評価ではなく全サンプルをたんぱく摂取量でグラフにするとたんぱく摂取量の減少はESRDに至る時間をのばし死亡を減少させた。ただしketoacid/amino acid supplement摂取群は非摂取群に比してイベントRRが1.86(CI 1.05-3.28)だった。

 ここまできて疑問なのは、糖・尿・病・C・K・DすなわちDKDにおけるタンパク制限の役割だ。ADAガイドライン 2016も0.8g/kg/d、それ以下はダメ、1.3g/kg/dではCKDが進行すると言っている(エビデンスレベルA;典拠なし、GFRの記載なし)。インスリン依存糖尿病性腎症を対象にした(〜0.6g/kg/d)小さなスタディでmixed resultsがでている(Lancet 1989 2 1411、NEJM 1991 324 78、J Clin Endocrinol Metab 1992 75 351)。大きな長期間スタディがない訳がないと思うが、意外と少ないらしい(Am J Clin Nutr 2013 98 266)。

 デンマークの1型患者を対象にしたスタディ(KI 2002 62 220)では0.6g/kg/dをprescribeされたが実際には0.89g/kg/dの群が、1.02g/kg/dの対照群と比して51Cr-EDTA clearanceの低下に差はなかった(両群とも3.8−9ml/min/yearとスタディ前に比して改善した)が、4年のフォローアップでESRD発症率が27% versus 10%だった(p=0.04)。たんぱく量にはほとんど差がないのにである。

 Blindされていない(栄養士さんも診察医師も一人で全員を診る)のも考慮しなければならないか。あと、アルブミン尿が2g/d以上の低たんぱく群患者には同量のたんぱくを補充したとある。現在は推奨されていない、ネフローゼであっても基本は0.8-1g/kg/dだと思うけど、protein energy wasting(PEW)予防のためにはたとえ腎障害が悪化しても補充すべきと言っている栄養界の人もいるみたいだ(Am J Clin Nutr 2013 97 6 1163)。PEWの観点からは、高齢者には1.5g/kg/dで異化を予防しよう(Clin Nutr 2008 27 675)とかいろんな意見があるらしいが検証はされていない。

 かと思うと、オーストラリアとNZのスタディ(Am J Clin Nutr 2013 98 494)では、珍しく2型患者(mean eGFR 90ml/min/1.73m2でアルブミン尿ある早期の群)を対象に、たんぱく90−120g/dと55−70g/dの群(実際は1.2g/kg/dと0.9g/kg/d)で比較しても12ヶ月のフォローアップで99mTc-DTPA GFR([125I] iothalamateと相関)、Cistatin C eGFR、MDRD eGFRに差はなく、24時間尿中アルブミンは低たんぱく群のほうが多かった。

 このスタディの食事は総カロリー(6000J/d = 約1400kcal、男性は7000J/dまで許容)と脂質の割合を一緒にしてたんぱく質が減った分(30%→20%)炭水化物を増やした(40%→50%)。高たんぱく群は9kg、低たんぱく群は6kg減量し(もとが100kgなためか有意差なし)、血糖コントロールに差はなく、血圧は高たんぱく群で低めだった(拡張期血圧にtime-by-treatment interactionな有意差;ふつうに高たんぱく食を摂ると塩分が多くなるが、減塩もきちんとおこなったのかもしれない)。

 古典的な糖尿病性腎症の発症機序として知られる残存糸球体の肥大は高たんぱくで増悪することが動物実験で60年前から知られている(Am J Physiol 1951 165 491)。それでたんぱく制限は自明に行われてきたが、早期糖尿病腎症でたんぱく摂取量と相関しないスタディもある。一方CKDが進行すればたんぱくに含まれる窒素、リン、有機酸、尿酸などが問題になるので制限は賢明と思われる(ただし、PEWや異化亢進には気をつけなければならないから難しいところだ)。結局0.8g/kg/dという世界共通・年齢・性別に関係のない推奨値がわからないまま使われているのか。



2015/06/06

尿中L-FABP

 糖尿病性腎症(DKD)のアップデートを受けた。以前に講演を聴いたときの内容や、以前にもった質問とうまくオーバーラップして、さらに新しい知見もたくさんあって学びが多かった。以前の講演でも触れられたDKDにおける炎症の関与がより詳しく説明された。GLUT、RAGE、TLRなどがinflammasome(Nlrp3、ASC、pro-caspace-1)を動かしてサイトカイン放出など炎症を惹起するということだった(KI 2015 87 12)。またDKDでアルブミン尿がない群はどういう群なのかという以前の質問についても、腎硬化症と類似した病態で予後も(糖尿病があるにもかかわらず)腎硬化症とほぼかわらないとのことだった(Diabetes Care 2013 36 3655)。

 知らないこともたくさん習った。2期腎症になると現れる初期の病理変化には門部(ネフロンの血管極)小血管増生がある(しばしば硝子化をともなう)。eGFRが45ml/min/1.73m2以上の群であっても病理で糸球体に結節や分節性硬化がみられる場合は予後が不良である。また蛋白尿が0.5g/gCr以下の群では糸球体基底膜の二重化(結節の有無は問わない)と間質の細胞浸潤があると予後不良だという。つまり糖尿病性腎症も腎症なんだから、ちゃんと腎生検すれば予後や重症度についての有用な情報が得られるということだ。

 しかし糖尿病性腎症の全例に生検するわけにもいかない。そこで日本の診療ガイドによれば以下の場合に腎生検が推奨されているらしい。すなわち①網膜症がない、②赤血球円柱などがある、③蛋白尿が糖尿病に先行している、④蛋白尿が急激にふえた、⑤eGFRが急激に低下した、など。②などは、私がフェローだったころは「腎炎をみつけても糖尿病の患者さんに高用量ステロイドを投与しますか?」という議論によくなったが、しっかり血糖コントロールが出来ればいいのかもしれない。

 糖尿病性腎症の治療はここで振り返るまでもないが、早期に発見していわゆる集約的治療(生活習慣の改善、降圧、血糖管理、ACEI/ARBなど)をちゃんとやれば微量アルブミンもなくなるし心血管系イベントも減って成果は出るというスタディが続々出ていると知った(まとめたのがKI 2014 86 50、PREVEND-ITやRENAALやONTARGET/TRANSCENDなどのサブ解析を行った;日本のスタディも含まれている)。ではどうやって早期に発見するか?ということでバイオマーカーの話になった。微量アルブミンよりも早くみつけるにはどうしたらいいのか。

 それで、尿中L-FABP(liver-type fatty acid binding protein)の話になった。これは日本では2011年から保険適応になっている。知らなかった…。糖尿病性腎症の早期マーカーとして上昇し(Diabetes Care 2011 34 691)、DKDを診断する感度としてROC曲線を描くと微量アルブミンよりも優れている(AUC 0.825)。これが保険適応になった背景には、日本政府として糖尿病と糖尿病性腎症の社会的経済的な負担を少しでも軽減したいという期待があるように感じられる。というのもこれからアジアで糖尿病性腎症とそれによる末期腎不全がどんどん増えていくと見込まれているからだ(Lancet 2015 385 9981)。糖尿病の合併症のなかでも腎症だけはなかなか減っていないという米国のデータもある(NEJM 2014 370 1514)。どげんかせんといかん。



2013/12/09

Bardoxoloneの次はこれか?

 Bardoxoloneの大規模トライアルBEACONが中止になって、がっかりした2012-2013年。しかし、糖尿病性腎症は世界でおそらく最も多い腎臓病で、人類の敵だから、その予防・治療薬を開発すべくさまざまな研究がなされている。このあいだ勉強会に参加して、さまざまに研究されているお薬のなかにGLP-1アナログがあると知った。

 GLP-1アナログといえば最近開発がすすむsecretogoguesのひとつ(むかし勉強したのを思い出した)だが、論文によれば(doi:10.1038/ki.2013.427)、腎症の動物モデルで腎内皮細胞のGLP-1受容体が確認され、GLP-1アナログ投与が蛋白尿を抑え、その作用は拮抗薬で相殺された。

 GLP-1受容体の下流シグナルはNADPH oxidaseを阻害して抗酸化作用を示すと考えられているので、このクスリの腎保護作用も機序的にはBardoxoloneに近い。しかしGLP-1アナログはすでに糖尿病治療薬として承認され出回っているから、安全性がより確立されているかもしれない。このあとの大規模スタディで、hard end pointで結果がでることを期待したい。

2013/11/08

DKD

 AKI、CKDが提唱されて間がないのに、今度はDKD(diabetic kidney disease)だ。これは、実は糖尿病性腎症といってもetiologyが多彩なので、それらをひっくるめた概念として主にリサーチの便宜上から提唱されたと私は想像している。たしかに、教科書的な「過剰ろ過→微量アルブミン尿→顕性アルブミン尿→GFR低下」というモデルは、1型糖尿病で当てはまることがあるものの、そうでない病態も多い。腎生検したら別の病変がみられることもあるだろう。

 しかしそれで治療が変わることは余りないということで腎生検を控えることも多いわけだし、そういう人でも腎機能の進行・心血管系イベントなど予後は悪いだろうから、全部一緒にしようというわけだ。この定義だと、実は蛋白尿がなくeGFR低下のみというDKDも結構ある(JAMA 2011 305 2532のNHANES解析によれば、DKDの1/4~1/3)。もっとも、これが抗RAAS薬による蛋白尿の抑制+eGFRの低下なのか?などと言いはじめると話はややこしくなるが。

 どういう人がアルブミン尿のでるDKDで、どういう人がでないDKDなのか?演者の作った表によればおおまかに前者はCKDの進行が早く(CJASN 2012 7 78)心血管系リスクが高い一方、後者は男性や高齢者に多いという。こういった話があるからKDIGOもCKDをCGA(原因、GFR、アルブミン尿)二次元分類しているのだろうが、「アルブミン尿がないなら降圧剤は抗RAAS薬でなくてもよいの?」といった問いに答えるデータは少ないようだ。

2013/11/06

Geriatric Nephrology 7

 DKD(diabetic kidney disease)で顕性アルブミン尿が出たら死亡率が倍になるし、GFRが下がったら10年死亡率は60%近い(JASN 2013 24 302)。それって、まずい。しかし、intensive controlは、usual careに比べてベネフィットがないにもかかわらず際だって低血糖が多かったので以前ほど薦められない。

 むしろ、昨年はKDIGOとADAが一緒に話し合い、「DKD患者のCKD進行予防にはHgbA1cを7%くらいにしよう」ということになった(AJKD 2012 60 850)。ADAはさらに、低血糖の心配があったりアグレッシブに治療する益が少ない場合にはHgbA1cを8%以下くらいでどうかといっている。

 実際、CKD3-4期のコホートを観察研究したらHgbA1c7-8%を底にした生存曲線が得られ、GFR 35ml/min/1.73m2を切ると血糖コントロールによるESRD予防が薄れていた(Arch Int Med 2011 171 1920)。

 DKD患者さんで浮腫が出たら、TZDクラスが入っていないか確認したほうがいい。Metforminの乳酸アシドーシスについては別に書きたいが、起こるし、FDAもCr 1.5mg/dl以上の人に禁忌としている。

 新規secretogogue(GLP1、DPP4)はどうか?Exenatideは長期フォローで腎不全患者にも使えるようだった(AJKD 2013 62 396)。DPP4は、それぞれGFR低下時の処方注意がある。SGLT2については前に書いた

2013/04/06

Canagliflozin 2/2

 今のところSGLT2阻害薬が認可されている(SGLT1阻害薬も開発されているが)。SGLT2は腎が主な発現場所(脳や肝臓にもあるが)で、これに異常があると腎性尿糖になるが、患者さんに大したことは起こらない(子供のおねしょという話もあるが)。一方SGLT1は腸管での発現がメインで、これが異常だと吸収不良で下痢になる。

 SGLT2阻害剤の良い点は、血糖が下がり、体重も減ること(カロリーを捨てているから)。多量の尿糖により血糖が下がれば尿中に捨てられる糖も減るので、低血糖が起こりにくいかもしれない。さらに尿糖により浸透圧利尿がかかり、尿細管流量の増加を感知したmacula densaがTGフィードバックによりGFRを下げて早期糖尿病性腎症のhyperfiltrationを緩和するかもしれない。

 心配な点は、尿路感染症、カンジダ症、体液量減少による低血圧、腎機能がよくないと効かないかもしれない、膀胱上皮が長期グルコースに曝され続けることによるがん化リスクなど。Systematic reviewによれば感染症は有意に多かったが軽度だった(BMJ Open 2012 2 e001)。血圧低下は、むしろ効能と考えられているようだ。

 がん化リスクは先行薬dapagliflozinのFDA認可が見送られた主な理由だが、detection biasと言われている。腎機能についてはGFR 30-50のCKD 患者に半年試したデータがあり、効いていた(doi:10.1111/dom.12090)。GFRが最初の三週間で3-4ml/min/1.73m2下がったが、以後はそのままで経過した。


[2020年10月6日追記]上述のSGLT2遺伝子異常は、原発性腎性尿糖(primary renal glucosuria、OMIM 233100)と呼ばれる。表現型によってグルコース再吸収障害には差があるが、1987年には再吸収がまったくない症例が「0型」として報告された(Clin Nephrol 1987 27 157)。

 11歳男児だった症例は、1歳からの湿疹、持続する夜尿・頻尿・多飲などあり、調べると1日109-141gのグルコース排泄がみられた。さらに調べると、SGLT2遺伝子に5塩基欠損(973-977、ATGTT、エキソン8内)をホモで持っていた(両親ともヘテロ;遠い親戚にあたる)。

 尿糖のほかには蛋白尿やアミノ酸尿もなく、腎機能や電解質も正常であった。ただし、身長はひくく、性的成熟(pubertal development)は遅れていたという。

 その後、どうなったか?

 20年後の報告(NDT 2004 19 2394)によれば、身長は175cmにのびた(ドイツ人男性の平均からすれば25パーセンタイル)が、性的成熟については記載がなかった。湿疹は、変わらずみられた。尿糖は持続し、日々3-5Lの水分を飲んでいたが、血糖は正常で、体重は74kg(BMIは24)。血圧は125/85mmHgであった。

 また尿糖以外の腎機能については、血清クレアチニンが0.6mg/dlで、血清電解質異常はなかった。なお、蛋白尿は陰性であったが尿電解質のなかでは尿Ca/Cr比がたかかった(1.07mmol/mmol、正常は0.57未満)。

 
ところで、〇〇阻害薬がでると、「〇〇遺伝子がまったくなかったら、どうなるの?」と考えたくなるものである(たとえばPCSK9遺伝子など)。

2012/05/22

Diabetic kidney disease

こないだは、地域の開業医を招いて、最新の知識をアップデートする年に一度のCME(生涯学習)イベントがあった。なかでも目玉の講演はペンシルベニア大学の先生によるdiabetic nephropathyの分子生物学的な機序についてだった。糖尿病性腎症こそ腎臓病のなかで最も多いもので、その原因はmultifactorialで解明は難しいと思っていた。

 しかしこの先生は糖尿病性腎症の患者さんとそうでない人達の遺伝子発現の違いを調べて、主な違いはpodocyteに関する遺伝子だと発見した。それで糖尿病→podocyteのアポトーシス→糖尿病性腎性という動物モデルを作った(Diabetes 2006 55 225)。

 さらに、どうしてpodocyteのアポトーシスがおこるの?というのをこれまた遺伝子検索して、炎症とか、cell interactionとか、developmental pathway(Notch1)とか、色々研究しているらしい。炎症については、新薬bardoxoloneが抗炎症作用で腎症の進行を抑えようとしているし、MCP-1(monocyte chemoattractant protein-1、研究論文はDiabetes 2009 58 2109)もそのantigonistの臨床応用が試みられている。

2011/07/12

Bardoxolone

 今日は、Journal clubがあってNEJMの電子版に最近発表された「Bardoxoloneが2型糖尿病性腎症の進行を抑制する」という論文(NEJM 2011 365 327)がテーマだった。エンドポイントがeGFRであり、透析導入や心血管疾患による死亡でないことが論文の有用性を下げていることなどは発見だった。1年間のフォローアップでGFRが最大10ml/min程度向上したとして、それがいったい何を意味するのかまだ誰にもわからない。追試で「この薬で透析導入を半年遅らせることができます」というような結論がでることを期待したい。

 この研究結果で面白かったのは、BardoxoloneはGFRを向上したけれどタンパク尿を悪化させたという結果だ。患者の98%がACEIやARBを内服していたにも関わらずだ。Bardoxoloneはnon-NSAIDs anti-inflammatory drug、抗炎症薬だ。だからここでの興味深い仮説は、「尿タンパクが腎機能を悪化させるのは、尿細管に漏れ出した尿タンパクが炎症を惹起するために起こるのであり、炎症そのものを抑えてしまえば、たとえ尿タンパクがでても腎機能は悪化しない(どころか向上する)」というものだ。ハハーそうか!と手を打って聞いていた。