糖尿病性腎症(DN)はいまでこそ雑多な原因を集めてDKDというが、本来はmicroangiopathyの一つ(腎症、神経症、網膜症を合わせたtriopathyというのは和製英語かもしれない、海外では通じないのではないか)であるから、いくら足細胞病と言われても内皮細胞障害を起こしていることは間違いない。
内皮細胞障害といえばpre-eclampsiaで有名なsFlt-1(可溶性VEGFR1)、Endothelin-1、NO synthase、活性酸素、glycocalyx障害とかいろいろ聞くし、レビュー(J Diabetes Invest 2015 6 3)を読むとAGE(andvanced glycated endproducts)、TGFβ経路、VCAM障害、DAG(diacylglycerol)/PKC経路、polyol pathway経路(sorbitolの蓄積)、Angiopoietin 2 (Tek/Tie-2というチロシンキナーゼにつながる;内皮細胞のオルガネラWeibel-Palade bodiesにP-selectin、vWF、IL-8と一緒に詰まっている)などがでてくる。
それに新たにCathepsin S/PAR-2(protease-activated receptor)系が加わるかもしれない。Cathepsin Sは知らなくてもCystatin CはeGFRのことで知っているかもしれない。Cystatin CはCys-statinすなわちcysteine protease inhibitorで、Cathepsin Sは数あるcysteine cathepsinsのひとつ(ちなみにパパインもcysteine protease)。Cathepsinは通常リソソーム内にあってごみ処理をしているが、Cathepsin Sはいくつかの特別な役割がある。
たとえばマクロファージにおける抗原処理とMHCIIの抗原提示、平滑筋でAGIIに誘導され炎症・細胞死・動脈硬化を起こす。また細胞外基質のリモデリングに関与するのでTGFα・IFN-γなどのサイトカインに誘導されエラスチン、ラミニン、コラーゲンなどを分解して動脈瘤を進展させる。変わったところではBEN(Balkan Endemic Nephropathy、チュニジアでも報告がある;原因は真菌毒のOchratoxin Aが有力だ)で近位尿細管にCathepsin Sが大量発現していたという話もある。
またCathepsin Sには活性pH域が広くリソソームの外でも働くことができる特徴がある。こんな劇薬な酵素を野放しにはできないのでふだんはCystatin Cがその活性を1%に抑えているのだが、糖尿病性腎症では腎に浸潤したマクロファージで産生され、内皮細胞のPAR-2を介して内皮細胞障害を起こすのではというのが最近出た論文(JASN 2016 27 1635)だ。Cathepsin Sをマウスに注射したり、Cathepsin S inhibitor、PAR-2 inhibitor、Cathepsin Sたんぱく発現+mRNA in situ hybridizationなどをしている。
糖尿病性腎症にマクロファージが関与しているというのは、マクロファージのケモカインであるMCP-1(ケモカイン系譜のなかではCCL2と呼ばれる)が過剰発現していることなどから知られていた。マクロファージは抗原提示やサイトカインなどで炎症を掻き立てる元なので、Cathepsin Sもその一つなのだろう。でCathepsinはどうやってPAR-2を活性化しその先にはなにがあるのか。
PARは1から4まであって、もともとthrombin受容体ファミリーとして見つかった。PARと呼ばれるのは、この受容体のN末端にactivated peptideが組み込んであり(英語では結わえ付けるを意味するtethered ligandという)、proteaseがN末端を切るとtethered ligandが露出しN末端ループと触れ合いG-proteinが活性化する仕組みだ(Front Endocrinol Lausanne 2014 5 67)。
PAR-2は通常trypsinに切断されヒトではSLIGKV、マウスではSLIGRLが露出するのだが、Cathepsin Sはnon-canonicalまたはbiased cleavageといって通常と違うところを切断し通常と違うtethered ligandで受容体を活性化する。TVFSVDEFSAを露出するという論文もあれば(J Biol Chem 2014 289 27215)KVDGTSを露出するというのもある(PLoS One 2014 9 e99702)。
Cathepsin Sによって活性化されたPAR-2がどうなるかについてはまだ分かっていない。動物では炎症、内臓知覚過敏(visceral hyperalgesia)、そう痒などが起こり、痛覚についてはGαサブユニットによるcAMP増産を介してTRPV4をupregulateすると言われている。TRPV4はosmoreceptorとしても機能するので、内皮細胞膨化などに関係しているのかもしれない。MCP-1(とその受容体CCR2)もCathepsin SもPAR-2も治療ターゲットとして研究はされている。既存薬ではpropagermanium(セロシオン®;免疫賦活作用でB型肝炎治療にもちいられる)にCCR2阻害作用があることが知られている。