2016/06/17

Implementation

 治療意義・効果がすくないにも関わらず何もしないではいられないので不毛さや副作用(医療経済までは言わないにしても)を脇において治療に踏み切るとき、We are treating ourselves、とよく言ったりする。自分たちの不安を治療しているのだと。そういう治療はよくないが、医療には自分たちを治療しなければならないという大きなカテゴリーがあって、それがQIすなわち医療の質と安全の向上だ。

 なかでも院内発症(hospital-acquired)合併症は病院がわるいのだから病院を治療しなければならない。合併症を出した病院を罰する性悪説的なやり方も効くだろうが、基本的には標準化された予防ポリシーやプロトコルを例外なく反対勢力(や変えにくい慣性)を押し切って本気で実施することが解決策だ。両方のアプローチを取っている米国のNational Action Plan to Prevent Health Care-Associated Infectionsは効果を挙げているそうだが、CA-UTI(カテーテル関連尿路感染症;日本ではカウティと言うらしい)ばかりは減らないどころか増えているらしい(NEJM 2016 374 2168)。

 今月Dr. Sanjay Saintを中心とした米国32州、プエルトリコ、DCで大々的に展開したOn the CUSP: Stop CAUTI programスタディ(NEJM 2016 374 2111)の結果がでた。Saint先生は名著セイント=フランシスのセイント先生でもあるが、院内感染対策、とくにCA−UTI予防の第一人者である。Catheterout.orgというウェブサイトも作り、昨年にはAssociation for Professionals in Infection Control and EpidemiologyのDistinguished Scientist Awardを受賞している。今回の結果で不要なカテーテル利用が減ってCA-UTIも減った(サブ解析するとnon-ICUでのみ見られ、ICUでは変わらなかった)。

 で、何をしたのかというと、もちろん年1回全職員を対象にした講演会を必修にするというようなものではない。リクルート時、learning session時、monthly national content call時、monthly coaching for identified teams時に繰り返し繰り返し教育が行われた。何を教えていたかというと、

・毎日カテーテルが留置されているか、必要かを検討する
(例:毎日尿測方法についてのナーシングラウンドを行いカテーテルの適応があるかを議論する)
・別の尿測方法を検討することでできるだけ留置カテーテルを避ける
(例:コンドームカテーテル*、膀胱スキャン**、間欠的導尿、毎日の正確な体重測定など)
*米国ではTexas hatとかTexas catheterともいうが由来は不明
**超音波だが残尿量を測定するためだけに簡便化されたもの、画像は出ず数字が出る
・カテーテル留置時と留置後の無菌操作を徹底する
(例:各操作をマニュアル化する、習熟度を上げる、定期的に質を監査する)
・病棟ごとカテーテル使用率、UTI率をフィードバックする
(例:データを看護師、医師らに提供する*)
*熱心なところは「今月もUTIゼロ、イエィ!」みたいな手作りグラフを作って休憩室の壁に貼っていたのを見たことがある
・適切なカテーテル管理、留置カテーテルの適応と他の選択肢、留置カテーテルの感染・非感染合併症についての知識の差を埋める
(例:知識の評価を行う、資料を渡す、ベッドサイド講習、オンライン講習*、ミーティングでのフォーマルな講義、よく使う医療従事者へのマンツーマンの教育など)
*VA病院の職員は入職前に院内感染をふくめ他にもいろんなオンライン講習が必須なのだが、個人的にこれは何時間もかかり苦痛だった…

 など。新しい慣習を作るにはこれくらいやらないといけない。今回は尿路感染症ということで腎臓内科にも無縁ではない(どちらかというとAKIなどで入れたがる側なことは認めなければならない;数日したらもう要らないという立場をとっているつもりではあるが…)のでこのQIスタディ注目したが、QI literacy、competencyは21世紀医師にますます求められている(ABIMのMOCにもQIが含まれている)し、今月のCJASNにも「腎臓内科医とQI」という特集(moving point in nephrology)が出た。QI医療を提供できるようにならなければならない。

 なお米国でFoleyカテーテルといわれるのはBard社が原型をデザインしたボストンの泌尿器科医Dr. Frederic Foleyに敬意を表したからだ(バルーンはTUR-P時の止血のためだったが、膀胱内に浮かせることに転用された;なお彼が学会で発表してすぐゴム会社がパクってしまい特許は彼には与えられなかった)。ゴムじゃなくてシリコンとか、抗菌加工とかカテーテルを工夫すればいいんじゃないの?ということでいろんな製品があるが、病棟にだらりとぶら下がって床に着いたり尿が逆流したりをみると、大差ないんじゃないかと思える。