2016/06/03

High salt warning

 喫煙、割礼、トランス脂肪酸、ソーダを禁止するなど、健康に関する条例をどんどん出してきたNew York City。市長がMichael BloombergからBill de Blasioになっても変わらず、昨年12月にはhigh salt warning(下図)をメニューに載せることを決めた。ただちにNational Restaurant Associationに訴えられ、自主的に載せる企業を除いては判決の結果待ちになったが、昨月Appellate Division of the New York State Supreme Courtが条例を支持する判決を出した。

 アメリカのナトリウム摂取量は平均3400mg/d(食塩相当量に換算するには2.5倍するので8.5g/d)。US Department of Agriculture and the Department of Health and Human Servicesの推奨は2300mg/d(食塩5.75g/d)、AHAの目標は1500mg/d(食塩3.75g/d)。そして今月1日、FDAのvoluntary guidelinesがでた。2年で3000mg/d(食塩7.5g/d)、10年で2300mg/d(食塩5.75g/d)に減塩する目標を立てている。食品・外食企業に減塩を求める嘆願もたくさん届いているそうだ。

 日本は摂取量の現状や目標も食塩で表示するのに栄養表示はナトリウムで、意図的かどうか知らないが混乱を招くので、高血圧学会などが働きかけて食塩相当量も載るようになった(100g当たりで表示したりまだ隠したそうな場合もあるが)。健康日本21の目標は男女とも8g/d(Na 3200mg/d)。日本人の食事摂取基準の目標値は2010年版で男女それぞれ9g/dl(3600mg/d)、7.5g/d(Na 3000mg/d)、2015年版で8g/dl(Na 3200mg/d)、7g/d(3000mg/d)に引き下げられた。日本高血圧学会の目標は6g/d(Na 2400mg/d)。

 どれくらい本気かは知らない。「日本では減塩は禁煙より難しい」と言っていた先生を思い出す。日本は世界有数の食塩摂取国で、平均摂取量は男性で11.8g/d(Na 4720mg/d)、女性で10.1g/d(Na 4040mg/d)、身についた習慣はそうそう変えられないし、変えようという啓発活動もさほど大きくない。食品・外食業界の圧力もあるとは思うが、日本人は単純に塩が好きなのだろう。健康寿命を伸ばそうというスマートライフ・プロジェクトも運動、野菜摂取、禁煙、検診を柱にして減塩の塩の字もない(野菜を増やしてもドレッシングや醤油、つけものなど一緒に摂る塩分の量はすごく幅がある)。

 さらに複雑なのは、日本がそれでも長寿国なことである。食塩摂取と血圧・予後の相関について疑義があることは以前にも書いたが、INTERSALTの続編ともいうべきPUREコホート研究(NEJM 2014 371 610)でもNa 4g/d(食塩10g/d)を底辺にする生存Uカーブがみられ、EPIC-NorfolkコホートでもNa 150mmol/d(食塩9g/d)を底辺にする心不全HRのUカーブがみられた(Eur J Heart Failure 2014 16 394)。最近もHARTスタディ(JCHF 2016 4 24)で心不全NYHAII/IIIの患者でNa 2500mg/d(食塩6.25g/d)以下の群が以上の群より死亡率が高かった。心不全で極端な低Na摂取が悪影響を及ぼす理由としては、腎血流の低下などにともなうRAA系が亢進などが考えられている。

 それでもAHAはすべての人にNa 1500mg/d(食塩3.75g/d)を推奨している。さらに最近はbreak up with salt(塩との別れ)キャンペーンを張って、"I love you salt, but you're breaking up my heart."という標語、「10万人オンライン誓願」などをやっている。AHAはAHAで根拠なしに無茶を言っているわけではなくて、いろんなコホート研究(減塩食事療法のDASHとか)を30以上あつめてAHA/ACC Guideline on Lifestyle Management to Reduce Cardiovascular Riskを出した。そこに「血圧降下による利益のある成人のNa摂取は2400mg/dを越えないこと;1500mg/dではさらに血圧は下がる;無理な人は1000mg/dでも減らす(COR IIa、LOR B)」とある。

 



[2019年7月追記]減塩について、National academy of sciences engineering and medicineが5月に報告書をまとめ、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンにも取り上げられた(DOI: 10.1056/NEJMp1905244)。

 報告書は、ナトリウムの食事摂取基準(dietary reference intake、大半の健常者における必要量を満足する一日の栄養素の推奨摂取量)は1500mg/日(食塩で3.7グラム/日)、慢性疾患のリスク低減には2300mg/日(5.7グラム/日)以下にしておくべきと推奨している。


(食事摂取基準)

(慢性疾患リスク低減のために越えない摂取量)


 この目標をかなえるには、食品産業の取り組みが不可欠だとNEJM投稿者はいう。元来、食品の安全を管理するFDAは塩をGRAS(generally recognized as safe)としてきたが、今後は塩を「有害添加物」のように扱うくらいの考えの変化が必要かもしれない。

 これに対し、ダノンやネスレなど一部企業が参加するSustainable Food Policy Allianceは協力を表明しているが、「十分な科学的根拠がない」と言い張る企業も多い。それで、銃規制やCO2と同様に政治問題化しつつもある(おわかりだろうが、オバマ大統領のイニシアチブをトランプ大統領がやめようとする構図だ)。

 「加塩バター(写真)」ならいざ知らず、「増塩!」といえば商品が売れないことは目に見えている(逆に言うと、じっさいは塩分が多くても「減塩!」といえば売れるわけだが)。だから、そこらへんをうまく工夫して、お互いの意見を聴きながら前進すればいいなと思う。