個人的には、Na-ClではAGとHCO3-の和しかわからないので不十分と思っている。しかし生化学のTCO2が測れない以上、Na-Clをスクリーニングにして、正常範囲(36-38mEq/l)からの隔たりで血液ガスをとるしかない。
Na-Clをスチュワート法のSIDaiとして考える人たちの間には、Na-ClがひくければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシス、と考える向きもある(こちらも参照)。スチュワート法は優れて流行のよい方法だ、SIDaiで世界は回る、Na-Cl万歳…という考えを取り入れてみて、最近落とし穴にはまった。二度。
1つ目、高ナトリウム血症のコンサルト。
Na 155mEq/l
Cl 125mEq/l
おや、Na-Clが30しかない。アシドーシスか?しかし水分が摂れず脱水状態にある患者さんで、どちらかといえばアルカローシスを疑うけれど…。病棟におねがいして血液ガスを提出。
HCO3 25mEq/l
pCO2 33mmHg
pH 7.50
AGが5mEq/lと低下していた。IVIG後で、陽性荷電したグロブリンがたまっていた影響と思われる。
2つ目、高カリウム血症のコンサルト。
Na 134mEq/l
Cl 88mEq/l
おやおや、Na-Clが46もある。アルカローシスか?しかし、Cr 9mg/dl、K 7.7mEq/lのAKIでアルカローシス?ガスをすぐさま取ろうかとも思ったが、緊急透析を行うことにし透析カテーテルから採血。
HCO3 16mEq/l
pCO2 33mmHg
pH 7.30
AGが30mEq/lと開大していた。AKIのほかに、メトホルミン関連乳酸アシドーシスが疑われた(乳酸がでない血ガス分析器なので、外注で結果待ち)。デルタ・デルタ(以前ふれた)を考えれば代謝性アルカローシスも併存しているが。
ことわっておくがスチュワート法が悪いわけでは、もちろんない。本来のスチュワート法はSIDaのほかにSIDe、SIGもあわせて考えるので、解釈は可能だ。それに、Na-Clが正常範囲からずれているからガスを取ろうと思ったんだから、Na-Clを見る意義はあったといえる。
教訓:Na-Clを用いるなら、Na-Clが下がっていてもAGが低ければアルカローシス、Na-Clが上がっていてもAGがたかければアシドーシス、と知っておけばいいい。
困るのはNa-Clが正常でもAGとHCO3-が異常(片方が下がった分もう片方が上がっているなど)のケースだが…。これは、TCO2がないと見逃すかもしれない。
クマさんがおしっこしないで冬眠できるのも、じん臓が一日に体液の何十倍もろ過してから不要なものを残して再吸収するのも、じん臓の替わりをしてくれる治療があるのも、すごいことです。でも一番のキセキは、こうして腎臓内科をつうじてみなさまとお会いできたこと。その感謝の気持ちをもって、日々の学びを共有できればと思います。投稿・追記など、Xアカウント(@Kiseki_jinzo)でもアナウンスしています。
2017/05/26
2017/04/28
高Cl血症とSIDアシドーシス
0.9%NaCl輸液をつかうとアシドーシスになるとして、それがまずいのだろうか?0.9%NaCl輸液につて、賛成と反対の立場から書いた論文がKidney Internationalにでていた(賛成はKI 2014 86 1087、反対はKI 2014 86 1096)が、じつはどちらの立場もアシドーシスがわるいとはあまり言っていない。
0.9%NaCl輸液がAKIや死亡率上昇に相関するスタディは、とくに集中治療の分野で多くだされている。ただし、ここでAKIの主因に考えられているのは高Cl血症による腎血流低下(動物実験だけでなく、健常者のボランティアでも示されている;Ann Surg 2012 256 18)で、そのメカニズムとしてマクラデンサを介したT-Gフィードバック(図はKI 2014 86 1096)が考えられている。ほかに、Cl貯留による浮腫・腎内圧亢進など。
だから、アシドーシスじたいの害かどうかはわからない。実験動物にHClを点滴して高Cl代謝性アシドーシスにするとサイトカインやNFκBがふえるという論文もある(Chest 2006 130 962)が、アシドーシスにはヘモグロビンの酸素解離曲線を右に押し下げ(Bohr効果)組織の酸素化を改善する(Br J Anaesth 2008 101 141)ともいわれる。
むしろ、アルカリ化でAKIを予防しようと心臓手術の麻酔開始時から24時間重曹を輸液した群と0.9%NaCl輸液した群を比較したスタディもあった(PLOS Med 2013 10 e1001426)が、かえってAKIと死亡率が悪化して、中断された。もっとも、このスタディでは重曹群でアルカローシスになったのに0.9%NaCl群でアシドーシスにはならかったので、重曹群でアルカローシスの害が出ただけのかもしれないけれど。
高Cl血症とSIDアシドーシスはスチュワート的には同義かもしれないけれど、Cl自体の害とアシドーシスの害はまた、ちがうのかもしれない。
0.9%NaCl輸液がAKIや死亡率上昇に相関するスタディは、とくに集中治療の分野で多くだされている。ただし、ここでAKIの主因に考えられているのは高Cl血症による腎血流低下(動物実験だけでなく、健常者のボランティアでも示されている;Ann Surg 2012 256 18)で、そのメカニズムとしてマクラデンサを介したT-Gフィードバック(図はKI 2014 86 1096)が考えられている。ほかに、Cl貯留による浮腫・腎内圧亢進など。
だから、アシドーシスじたいの害かどうかはわからない。実験動物にHClを点滴して高Cl代謝性アシドーシスにするとサイトカインやNFκBがふえるという論文もある(Chest 2006 130 962)が、アシドーシスにはヘモグロビンの酸素解離曲線を右に押し下げ(Bohr効果)組織の酸素化を改善する(Br J Anaesth 2008 101 141)ともいわれる。
むしろ、アルカリ化でAKIを予防しようと心臓手術の麻酔開始時から24時間重曹を輸液した群と0.9%NaCl輸液した群を比較したスタディもあった(PLOS Med 2013 10 e1001426)が、かえってAKIと死亡率が悪化して、中断された。もっとも、このスタディでは重曹群でアルカローシスになったのに0.9%NaCl群でアシドーシスにはならかったので、重曹群でアルカローシスの害が出ただけのかもしれないけれど。
高Cl血症とSIDアシドーシスはスチュワート的には同義かもしれないけれど、Cl自体の害とアシドーシスの害はまた、ちがうのかもしれない。
2017/04/26
スチュワート法のエッセンス 2
電気的な中性と水の電離定数がきまっているというルールのもとでSID、弱酸の総濃度、pCO2がH+濃度を決めるというスチュワート法の、使い勝手がいい道具はないか?いちばん簡単なSIDの指標は、ナトリウムイオンと塩素イオンの差だ。K、Ca、Mg、乳酸などの濃度はナトリウムと塩素イオンに比べてとても小さいので、このふたつだけでSIDとほぼ相関する(よくとりあげられる論文はICU患者で測ったJ Crit Care 2010 25 525、縦軸がSIDで横軸がNa-Cl)。
HCO3-を生化学で測らない日本では、以前から次善の策としてナトリウムと塩素イオンの差が酸塩基平衡の推定に用いられてきた。これがHCO3-とAGの和になると考え、それぞれの正常値(24、12)の和である36より低ければアシドーシス、高ければアルカローシスと言う具合だ。
しかしAGやpCO2を無視しており、これらだけで酸塩基を考えるのは乱暴な気もする。たとえば、Na-Clが下がっていても呼吸性アルカローシスを代償してHCO3-が下がっているかもしれない。AG開大アシドーシスでAGが増えたのと同量のHCO3-が減っていればNa-Clは動かない。これらの心配があってもなおNa-Clが使えるのか?
結論から言うと、生理学アプローチといわれるボストン法とちがってスチュワート法には本来代償という概念がない(AJKD 2016 68 793)。あえて極論すれば、SIDが下がったらそれだけでH+が動くわけだから、アシドーシスは存在すると考える(SIDアシドーシスという)。臓器や組織がどうかではなく、水溶液とその溶質が主眼なので物理化学アプローチともいわれる。
だからSIDとNa-Clが相関する以上Na-Clが低ければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシスと言ってしまう。このあたり腎臓内科医としては抵抗があると思う。じっさい、AJKDにボストン法とスチュワート法を比べる前掲レビューがでたあとに、集中治療医と著者の腎臓内科医のあいだでNa-Clについてバトルがおこった(doi:10.1053/j.ajkd.2016.12.019、doi:10.1053/j.ajkd.2017.01.039)。
AGについてはどうか?AGは測定できない陰イオン(UMA、unmeasured anion)の総和で、SIDのなかに入っている。だからSIDから測定できる陰イオンであるHCO3-とアルブミン(リン酸、乳酸を入れる場合も)を引いたSIG(ストロング・イオン・ギャップ)で推定する。AGという概念をスチュワート法に入れるためにSIGという言葉を作ったような感もあるから、AGとSIGが相関する(PLOS One 2013 8 e56635)といわれても「それはそうだ」という気がする。
なお、完全に電離した陽イオンと陰イオンの差SIDのことをSIDa(apparentの略)といい、乳酸などの有機イオンを省いたものをSIDai(iはinorganicの略)という。それに対して、SIGを計算する時にSIDaから引くHCO3-、アルブミン、リン酸などをまとめてSIDe(effective)と呼ぶ。スチュワート法解説の多くはここに労力をさいているけれど、私も含めここで森に迷い込む学習者が多いと思う(結局AGで代用するのに)。
個人的には、
1.電気的中性
2.水の電離
3.SID
の三つがスチュワート法のエッセンスだと思う。それらがわかって、0.9%NaCl大量輸液でアシドーシスになることがスチュワート法の考えで理解できればいいのかなと思う。実際、スチュワート先生の啓蒙ウェブサイトにある初学者用チュートリアルもそういっている。もういちどふりかえると輸液のSIDはNa-Clでゼロ。血液のSIDは30-40あるから、混ぜれば血液のSIDがさがりSIDアシドーシスになる。
一方、「生理的な輸液」と称され生理食塩水から「生理」の字をうばってしまったPlasmaLyte®などはSIDが正常だ(Na 140、Cl 98mEq/l)。ただしスチュワート的に平和なこれらの輸液がほんとうに0.9%NaClより優れているかは、別の話。つづく。
HCO3-を生化学で測らない日本では、以前から次善の策としてナトリウムと塩素イオンの差が酸塩基平衡の推定に用いられてきた。これがHCO3-とAGの和になると考え、それぞれの正常値(24、12)の和である36より低ければアシドーシス、高ければアルカローシスと言う具合だ。
しかしAGやpCO2を無視しており、これらだけで酸塩基を考えるのは乱暴な気もする。たとえば、Na-Clが下がっていても呼吸性アルカローシスを代償してHCO3-が下がっているかもしれない。AG開大アシドーシスでAGが増えたのと同量のHCO3-が減っていればNa-Clは動かない。これらの心配があってもなおNa-Clが使えるのか?
結論から言うと、生理学アプローチといわれるボストン法とちがってスチュワート法には本来代償という概念がない(AJKD 2016 68 793)。あえて極論すれば、SIDが下がったらそれだけでH+が動くわけだから、アシドーシスは存在すると考える(SIDアシドーシスという)。臓器や組織がどうかではなく、水溶液とその溶質が主眼なので物理化学アプローチともいわれる。
だからSIDとNa-Clが相関する以上Na-Clが低ければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシスと言ってしまう。このあたり腎臓内科医としては抵抗があると思う。じっさい、AJKDにボストン法とスチュワート法を比べる前掲レビューがでたあとに、集中治療医と著者の腎臓内科医のあいだでNa-Clについてバトルがおこった(doi:10.1053/j.ajkd.2016.12.019、doi:10.1053/j.ajkd.2017.01.039)。
AGについてはどうか?AGは測定できない陰イオン(UMA、unmeasured anion)の総和で、SIDのなかに入っている。だからSIDから測定できる陰イオンであるHCO3-とアルブミン(リン酸、乳酸を入れる場合も)を引いたSIG(ストロング・イオン・ギャップ)で推定する。AGという概念をスチュワート法に入れるためにSIGという言葉を作ったような感もあるから、AGとSIGが相関する(PLOS One 2013 8 e56635)といわれても「それはそうだ」という気がする。
なお、完全に電離した陽イオンと陰イオンの差SIDのことをSIDa(apparentの略)といい、乳酸などの有機イオンを省いたものをSIDai(iはinorganicの略)という。それに対して、SIGを計算する時にSIDaから引くHCO3-、アルブミン、リン酸などをまとめてSIDe(effective)と呼ぶ。スチュワート法解説の多くはここに労力をさいているけれど、私も含めここで森に迷い込む学習者が多いと思う(結局AGで代用するのに)。
個人的には、
1.電気的中性
2.水の電離
3.SID
の三つがスチュワート法のエッセンスだと思う。それらがわかって、0.9%NaCl大量輸液でアシドーシスになることがスチュワート法の考えで理解できればいいのかなと思う。実際、スチュワート先生の啓蒙ウェブサイトにある初学者用チュートリアルもそういっている。もういちどふりかえると輸液のSIDはNa-Clでゼロ。血液のSIDは30-40あるから、混ぜれば血液のSIDがさがりSIDアシドーシスになる。
一方、「生理的な輸液」と称され生理食塩水から「生理」の字をうばってしまったPlasmaLyte®などはSIDが正常だ(Na 140、Cl 98mEq/l)。ただしスチュワート的に平和なこれらの輸液がほんとうに0.9%NaClより優れているかは、別の話。つづく。
2017/04/25
スチュワート法のエッセンス 1
生理食塩水を最近は0.9%NaCl輸液と呼ぶことがおおい。これを大量輸液すると高Cl-代謝性アシドーシスになる。婦人科手術で0.9%NaCl輸液を輸液した群とLRを輸液した群をくらべると前者でpHが下がっていた論文が有名(Anesthesiology 1999 90 1265)だが、この現象自体はよく知られているし、これがおこることに異論はない。問題は解釈と臨床的な意義だ。まず解釈についてふれる。
高Cl輸液で代謝性アシドーシスになるのは、HCO3-が希釈されるというのがHenderson-Hasselbachの考え方で、裏返しはコントラクション・アルカローシスだ。それに対して、Cl-濃度が増えるからアシドーシスになるというのが、スチュワート法の考え方だ。複雑なギャンブルグラム(米国の生理学者 James L. Gamble先生が提唱した、陽イオンと陰イオンをつみあげた2本の棒グラフ;図はAJKD 2016 68 793)や計算式が学ぶ者のやる気を阻むスチュワート法だが、とりあえず上記の例で考えるとエッセンスはつかめると思う。
スチュワート法は二つの原理を基本にしている(BioMed Research International 2014 Article ID 695281)。ひとつは電気的中性で、陽イオンの総和と陰イオンの総和は等しい。だから、血中Na濃度が140mEq/l、Cl濃度が106mEq/lのところにNa濃度が154mEq/l、Cl濃度が154mEq/lの輸液をすればCl-が溢れ、そのままでは身体が陰性に荷電してビリビリする。でも電気的中性はゼッタイだからそんなことはおこらない。
そこでもうひとつの原理、水の電離定数がでてくる。すなわち、[H+]と[OH-]の積は25度で10のマイナス14乗と決まっている。このおかげで、Cl-が増えた分、水が電離しH+がふえてOH-が下がるようにバランスをとってくれる。この書き方がポイントで、スチュワート法ではCl-が増えたのが「主」、それによってH+がふえるのでH+の変化は「従」、と考える。
Cl-が増えたことを、スチュワート法ではSID(Strong Ion Difference)が減ったという。Strong ionというのは生理的なpHで完全に電離しているイオンのことだ。たとえばHCl(塩酸)は強酸だから、pHがちょっと変わったからといってCl-イオンとH+がくっついて電気的に中性なHCl分子になったりしない。あくまで陰イオンとして居座るイメージだ。このように「強い」陽イオンと陰イオンの差がSIDで、これが減ればH+は増える(アシドーシス)し、ぎゃくに増えればH+は減る(アルカローシス)。
このようにpHを規定する「主」の因子はスチュワート法では3つあるが、一番効くのはSID。ほかの二つは弱酸総濃度(HA ⇔ H+ + A-の平衡にあるHAとA-のトータルだからAtotと書く)、CO2分圧だ。スチュワート法では、この三つの値がわかっていれば、ほかに電離定数や平衡の定数などいれた4次方程式をとくことで理論上H+濃度を算出できる。参考までに載せておくと:
aH^4 + bH^3 + cH^2 + dH + e = 0
a = 1
b = SID + Ka
c = Ka x (SID - Atot) - Kw' - Kc x pCO2
d = - [KA x (Kw' + Kc x pCO2) - K3 x Kc x pCO2]
e = - (Ka x K3 x Kc x pCO2)
これがスチュワート法の素晴らしいところでもあり、複雑すぎてついていけないところでもある。Hendersonらのアプローチ(最近はボストン法というらしい)ではHCO3-とpCO2、AGを求めるのにNaとClをいれた4つでよかったのに、スチュワート法では他にCa、Mg、Cl、乳酸、アルブミン、リンが要る。というか、測定できるイオンが増えれば増えるほど式は長くなる。それでコンピュータにプログラムを入れたり工夫しているわけだが、とっつきにくい。
おもわず好きになってまうねずみのスチュワート(図)のように、フレンドリーなスチュワート法の道具はないのだろうか?つづく。
高Cl輸液で代謝性アシドーシスになるのは、HCO3-が希釈されるというのがHenderson-Hasselbachの考え方で、裏返しはコントラクション・アルカローシスだ。それに対して、Cl-濃度が増えるからアシドーシスになるというのが、スチュワート法の考え方だ。複雑なギャンブルグラム(米国の生理学者 James L. Gamble先生が提唱した、陽イオンと陰イオンをつみあげた2本の棒グラフ;図はAJKD 2016 68 793)や計算式が学ぶ者のやる気を阻むスチュワート法だが、とりあえず上記の例で考えるとエッセンスはつかめると思う。
スチュワート法は二つの原理を基本にしている(BioMed Research International 2014 Article ID 695281)。ひとつは電気的中性で、陽イオンの総和と陰イオンの総和は等しい。だから、血中Na濃度が140mEq/l、Cl濃度が106mEq/lのところにNa濃度が154mEq/l、Cl濃度が154mEq/lの輸液をすればCl-が溢れ、そのままでは身体が陰性に荷電してビリビリする。でも電気的中性はゼッタイだからそんなことはおこらない。
そこでもうひとつの原理、水の電離定数がでてくる。すなわち、[H+]と[OH-]の積は25度で10のマイナス14乗と決まっている。このおかげで、Cl-が増えた分、水が電離しH+がふえてOH-が下がるようにバランスをとってくれる。この書き方がポイントで、スチュワート法ではCl-が増えたのが「主」、それによってH+がふえるのでH+の変化は「従」、と考える。
Cl-が増えたことを、スチュワート法ではSID(Strong Ion Difference)が減ったという。Strong ionというのは生理的なpHで完全に電離しているイオンのことだ。たとえばHCl(塩酸)は強酸だから、pHがちょっと変わったからといってCl-イオンとH+がくっついて電気的に中性なHCl分子になったりしない。あくまで陰イオンとして居座るイメージだ。このように「強い」陽イオンと陰イオンの差がSIDで、これが減ればH+は増える(アシドーシス)し、ぎゃくに増えればH+は減る(アルカローシス)。
このようにpHを規定する「主」の因子はスチュワート法では3つあるが、一番効くのはSID。ほかの二つは弱酸総濃度(HA ⇔ H+ + A-の平衡にあるHAとA-のトータルだからAtotと書く)、CO2分圧だ。スチュワート法では、この三つの値がわかっていれば、ほかに電離定数や平衡の定数などいれた4次方程式をとくことで理論上H+濃度を算出できる。参考までに載せておくと:
aH^4 + bH^3 + cH^2 + dH + e = 0
a = 1
b = SID + Ka
c = Ka x (SID - Atot) - Kw' - Kc x pCO2
d = - [KA x (Kw' + Kc x pCO2) - K3 x Kc x pCO2]
e = - (Ka x K3 x Kc x pCO2)
これがスチュワート法の素晴らしいところでもあり、複雑すぎてついていけないところでもある。Hendersonらのアプローチ(最近はボストン法というらしい)ではHCO3-とpCO2、AGを求めるのにNaとClをいれた4つでよかったのに、スチュワート法では他にCa、Mg、Cl、乳酸、アルブミン、リンが要る。というか、測定できるイオンが増えれば増えるほど式は長くなる。それでコンピュータにプログラムを入れたり工夫しているわけだが、とっつきにくい。
おもわず好きになってまうねずみのスチュワート(図)のように、フレンドリーなスチュワート法の道具はないのだろうか?つづく。
2012/11/30
Stewart Approach
塩素イオンの害について調べていたら(Crit Care 2010 14 226)、Stewart Approachと呼ばれる酸塩基平衡の解釈方法を学ぶことができた。これは、腎臓内科が用いる古典的なHenderson-Hasselbalch(H-H)に代わる新しい解釈で、麻酔科・ICU領域で用いられている。
原理に電離平衡のみならず、電気的中立性と質量保存の法則を取り入れるこの方法によれば、プロトン濃度の決定要因は三つ、SID(strong ion difference)、CO2分圧、弱酸濃度という。H-Hとの決定的な違いは、HCO3が酸塩基平衡のマーカーであってメカニズムではないと言い切るところにある。
SIDは(Na + K + Mg + Ca) - (Cl + lactate)のことだ。高Cl代謝性アシドーシスというが、実際はCl濃度そのものよりもSIDが重要で、たとえCl濃度が高くてもSIDが動かなければプロトン濃度は変わらず、それはICU患者300人のデータでも確かめられた(Anesth Analg 2006 103 144)。
原理に電離平衡のみならず、電気的中立性と質量保存の法則を取り入れるこの方法によれば、プロトン濃度の決定要因は三つ、SID(strong ion difference)、CO2分圧、弱酸濃度という。H-Hとの決定的な違いは、HCO3が酸塩基平衡のマーカーであってメカニズムではないと言い切るところにある。
SIDは(Na + K + Mg + Ca) - (Cl + lactate)のことだ。高Cl代謝性アシドーシスというが、実際はCl濃度そのものよりもSIDが重要で、たとえCl濃度が高くてもSIDが動かなければプロトン濃度は変わらず、それはICU患者300人のデータでも確かめられた(Anesth Analg 2006 103 144)。
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