生理食塩水を最近は0.9%NaCl輸液と呼ぶことがおおい。これを大量輸液すると高Cl-代謝性アシドーシスになる。婦人科手術で0.9%NaCl輸液を輸液した群とLRを輸液した群をくらべると前者でpHが下がっていた論文が有名(Anesthesiology 1999 90 1265)だが、この現象自体はよく知られているし、これがおこることに異論はない。問題は解釈と臨床的な意義だ。まず解釈についてふれる。
高Cl輸液で代謝性アシドーシスになるのは、HCO3-が希釈されるというのがHenderson-Hasselbachの考え方で、裏返しはコントラクション・アルカローシスだ。それに対して、Cl-濃度が増えるからアシドーシスになるというのが、スチュワート法の考え方だ。複雑なギャンブルグラム(米国の生理学者 James L. Gamble先生が提唱した、陽イオンと陰イオンをつみあげた2本の棒グラフ;図はAJKD 2016 68 793)や計算式が学ぶ者のやる気を阻むスチュワート法だが、とりあえず上記の例で考えるとエッセンスはつかめると思う。
スチュワート法は二つの原理を基本にしている(BioMed Research International 2014 Article ID 695281)。ひとつは電気的中性で、陽イオンの総和と陰イオンの総和は等しい。だから、血中Na濃度が140mEq/l、Cl濃度が106mEq/lのところにNa濃度が154mEq/l、Cl濃度が154mEq/lの輸液をすればCl-が溢れ、そのままでは身体が陰性に荷電してビリビリする。でも電気的中性はゼッタイだからそんなことはおこらない。
そこでもうひとつの原理、水の電離定数がでてくる。すなわち、[H+]と[OH-]の積は25度で10のマイナス14乗と決まっている。このおかげで、Cl-が増えた分、水が電離しH+がふえてOH-が下がるようにバランスをとってくれる。この書き方がポイントで、スチュワート法ではCl-が増えたのが「主」、それによってH+がふえるのでH+の変化は「従」、と考える。
Cl-が増えたことを、スチュワート法ではSID(Strong Ion Difference)が減ったという。Strong ionというのは生理的なpHで完全に電離しているイオンのことだ。たとえばHCl(塩酸)は強酸だから、pHがちょっと変わったからといってCl-イオンとH+がくっついて電気的に中性なHCl分子になったりしない。あくまで陰イオンとして居座るイメージだ。このように「強い」陽イオンと陰イオンの差がSIDで、これが減ればH+は増える(アシドーシス)し、ぎゃくに増えればH+は減る(アルカローシス)。
このようにpHを規定する「主」の因子はスチュワート法では3つあるが、一番効くのはSID。ほかの二つは弱酸総濃度(HA ⇔ H+ + A-の平衡にあるHAとA-のトータルだからAtotと書く)、CO2分圧だ。スチュワート法では、この三つの値がわかっていれば、ほかに電離定数や平衡の定数などいれた4次方程式をとくことで理論上H+濃度を算出できる。参考までに載せておくと:
aH^4 + bH^3 + cH^2 + dH + e = 0
a = 1
b = SID + Ka
c = Ka x (SID - Atot) - Kw' - Kc x pCO2
d = - [KA x (Kw' + Kc x pCO2) - K3 x Kc x pCO2]
e = - (Ka x K3 x Kc x pCO2)
これがスチュワート法の素晴らしいところでもあり、複雑すぎてついていけないところでもある。Hendersonらのアプローチ(最近はボストン法というらしい)ではHCO3-とpCO2、AGを求めるのにNaとClをいれた4つでよかったのに、スチュワート法では他にCa、Mg、Cl、乳酸、アルブミン、リンが要る。というか、測定できるイオンが増えれば増えるほど式は長くなる。それでコンピュータにプログラムを入れたり工夫しているわけだが、とっつきにくい。
おもわず好きになってまうねずみのスチュワート(図)のように、フレンドリーなスチュワート法の道具はないのだろうか?つづく。