0.9%NaCl輸液は、生理食塩水といわれるがNa濃度もCl濃度も生理的ではないし、英語でノーマル・セーラインというが何がノーマルなのかよくわからない、というくだりはよく聞く(生理食塩水が嫌いな作者が歴史を詳述したClin Nutr 2008 27 179がよく引用される)。
ただし食塩水の電離係数が0.93なので浸透圧が154+154の308mOsm/kgではなく286mOsm/kgと等張だ。それで赤血球は溶血しないし、SAFEトライアルで脳外傷患者にたいして低張のアルブミンより脳浮腫を予防し優れた結果を残しもした。
そのSAFEトライアルではアルブミン、CHESTトライアル(NEJM 2012 367 1901)ではHESとの比較で勝ち残った0.9%NaCl輸液だが、これらのスタディがいずれもオーストラリア・ニュージーランドで行われていることに気づいた人も多いだろう。どうして輸液のスタディを組みまくっているのか知っている人がいたら教えてほしい。
なお、オーストラリアはSAFETRIPS(Crit Care 2010 14 R185)という輸液の国際比較スタディまで組んでいる。2007年の各国ICUの状況を「スナップショット」にとるとこうなった。
こうしてみるとアメリカで晶質液、イギリスで膠質液を主に使っていたのがとびぬけているが、近い隣国なのにオーストラリアがイギリスのように膠質液中心なのにニュージーランドは晶質液が中心だ。膠質液の種類でみても、オーストラリアはアルブミンとゼラチンが半々、ニュージーランドはほとんどHESと全然違う。おたがい主張してスタディで決着することにしたのだろうか。SAFETRIPSの続編で2014年の状況をまとめたFluid-TRIPSもそのうち発表されるので興味深い。
さて、オーストラリア・ニュージーランドがつぎに送る0.9%NaCl輸液へのチャレンジャーがPlasmaLyte®で、2015年にSPLITトライアル(JAMA 2015 314 1701)として発表された。ニュージーランドの内科・外科ICUの患者約2000人を対象に、一定期間ICUごと0.9%NaClまたはPlasmaLyteだけを使ってもらった(バッグには「A液」「B液」とだけかかれブラインドされた)。結果、RIFLEでみてもKDIGOでみても透析依存でみても、AKI発症に有意差はなかった。ICUごと、敗血症や外傷の有無などで分類しても差がなかった。
というわけで著者は「(やっぱり)晶質液のresuscitationは0.9%NaCl」と言っている(Crit Care Med 2016 44 1538)。批判は、投与された輸液量が2Lと少ないこと、患者さんの重症度がわりと低いこと、Cl濃度が測られておらず両輸液のちがいがどこまで影響しているかわからないことなどがあげられる(JAMA 2015 314 1695)。これらの課題をおそらく克服した、より大規模なPLUSトライアルが患者さんを募集中というから、また南半球からビッグな論文がでるのを期待したい。
それまではどうしよう?SPLITはよく組まれたスタディだから、そこまで重症でない入院患者で2L程度最初に輸液するだけなら、かならずしも0.9%NaCl輸液を嫌う必要はないのかもしれない。理論上多少高Cl血症になり腎血流が減るかもしれないが、AKIや死亡率には影響せずにしばらくしたら戻るかもしれない。
大量に輸液しなければならないときはどうか?前向きスタディは、ない。メタアナリシス(Br J Surg 2015 102 24)では、死亡率に差はない(図)けれどAKIや代謝性アシドーシスには弱い相関があった。
いっぽう、最近出た一施設ICUの60ml/kg/d以上輸液を要したコホートの後ろ向きスタディでは、Cl負荷と死亡率には相関があったがAKI・代謝性アシドーシス(base deficit 2mEq/l以上)には相関がなかった。というわけでミックスした結果なのでなんともいえない。カリウムが入っているほうがいいとか、等張なほうがいいとか、個別になんとなく選ぶしか、ないか。
[2018年10月追加]Fluid-TRIPSがでていた(PLoS One. 2017 12 e0176292)。結論は、コロイド主体だった各国と地域で、英国を除き晶質液の使用が有意に増えていた。調査したICU全体の輸液では、80%が晶質液という結果になった。また興味深いのは晶質液の内訳で、0.9%NaCl液よりもより生理的な輸液(buffered salt solution, BSS)のほうが多かった。