2017/04/26

スチュワート法のエッセンス 2

 電気的な中性と水の電離定数がきまっているというルールのもとでSID、弱酸の総濃度、pCO2がH+濃度を決めるというスチュワート法の、使い勝手がいい道具はないか?いちばん簡単なSIDの指標は、ナトリウムイオンと塩素イオンの差だ。K、Ca、Mg、乳酸などの濃度はナトリウムと塩素イオンに比べてとても小さいので、このふたつだけでSIDとほぼ相関する(よくとりあげられる論文はICU患者で測ったJ Crit Care 2010 25 525、縦軸がSIDで横軸がNa-Cl)。



 HCO3-を生化学で測らない日本では、以前から次善の策としてナトリウムと塩素イオンの差が酸塩基平衡の推定に用いられてきた。これがHCO3-とAGの和になると考え、それぞれの正常値(24、12)の和である36より低ければアシドーシス、高ければアルカローシスと言う具合だ。
 
 しかしAGやpCO2を無視しており、これらだけで酸塩基を考えるのは乱暴な気もする。たとえば、Na-Clが下がっていても呼吸性アルカローシスを代償してHCO3-が下がっているかもしれない。AG開大アシドーシスでAGが増えたのと同量のHCO3-が減っていればNa-Clは動かない。これらの心配があってもなおNa-Clが使えるのか?

 結論から言うと、生理学アプローチといわれるボストン法とちがってスチュワート法には本来代償という概念がない(AJKD 2016 68 793)。あえて極論すれば、SIDが下がったらそれだけでH+が動くわけだから、アシドーシスは存在すると考える(SIDアシドーシスという)。臓器や組織がどうかではなく、水溶液とその溶質が主眼なので物理化学アプローチともいわれる。

 だからSIDとNa-Clが相関する以上Na-Clが低ければSIDアシドーシス、高ければSIDアルカローシスと言ってしまう。このあたり腎臓内科医としては抵抗があると思う。じっさい、AJKDにボストン法とスチュワート法を比べる前掲レビューがでたあとに、集中治療医と著者の腎臓内科医のあいだでNa-Clについてバトルがおこった(doi:10.1053/j.ajkd.2016.12.019、doi:10.1053/j.ajkd.2017.01.039)。

 AGについてはどうか?AGは測定できない陰イオン(UMA、unmeasured anion)の総和で、SIDのなかに入っている。だからSIDから測定できる陰イオンであるHCO3-とアルブミン(リン酸、乳酸を入れる場合も)を引いたSIG(ストロング・イオン・ギャップ)で推定する。AGという概念をスチュワート法に入れるためにSIGという言葉を作ったような感もあるから、AGとSIGが相関する(PLOS One 2013 8 e56635)といわれても「それはそうだ」という気がする。

 なお、完全に電離した陽イオンと陰イオンの差SIDのことをSIDa(apparentの略)といい、乳酸などの有機イオンを省いたものをSIDai(iはinorganicの略)という。それに対して、SIGを計算する時にSIDaから引くHCO3-、アルブミン、リン酸などをまとめてSIDe(effective)と呼ぶ。スチュワート法解説の多くはここに労力をさいているけれど、私も含めここで森に迷い込む学習者が多いと思う(結局AGで代用するのに)。

 個人的には、

1.電気的中性
2.水の電離
3.SID

 の三つがスチュワート法のエッセンスだと思う。それらがわかって、0.9%NaCl大量輸液でアシドーシスになることがスチュワート法の考えで理解できればいいのかなと思う。実際、スチュワート先生の啓蒙ウェブサイトにある初学者用チュートリアルもそういっている。もういちどふりかえると輸液のSIDはNa-Clでゼロ。血液のSIDは30-40あるから、混ぜれば血液のSIDがさがりSIDアシドーシスになる。

 一方、「生理的な輸液」と称され生理食塩水から「生理」の字をうばってしまったPlasmaLyte®などはSIDが正常だ(Na 140、Cl 98mEq/l)。ただしスチュワート的に平和なこれらの輸液がほんとうに0.9%NaClより優れているかは、別の話。つづく。