2026/02/16

【Nephrology Update 2026】 運動療法におけるパラダイムシフト:筋-腎連関から臨床マネジメントまで

 「腎臓病になったら安静にすべき?」 「運動したいけれど、数値が悪化しないか心配」

そんな疑問に対する医学界の回答は、劇的に変化しています。 2026年の腎臓病学コア・カリキュラム(AJKD)は、運動を**「腎臓を守るための必須治療」と位置づける一方で、その「生理学的なリスク」**についても詳細な警告を発しています。

今回は、この最新論文の内容や運動が腎臓に及ぼす分子メカニズムと、実臨床で注意すべき運動生理学的変化について、知っておくべき要点を解説します。




1. Molecular Mechanisms: 「筋-腎連関」による腎保護作用

運動の効果は単なる全身性の血圧・代謝改善に留まりません。骨格筋を内分泌臓器と捉えた**「筋-腎連関(Muscle-Kidney Crosstalk)」**こそが、腎保護の核心です。


マイオカイン(Exerkines)による直接作用

運動により骨格筋から分泌される生理活性物質が、腎組織に対して抗炎症・抗線維化作用を発揮します。

  • Irisin(イリシン):

    • 動物実験レベルであるが、糖尿病下で腎尿細管細胞におけるAMPK経路を活性化し、

      • 腎臓内の炎症反応(マクロファージの浸潤やTNF-αの発現)が低下し、炎症を引き起こす主要な経路であるNF-κBの活性化が抑制される。

      • 細胞外マトリックス(IV型コラーゲンやフィブロネクチン)の蓄積が減少し繊維化マーカーを減少させる。
  • IL-6(運動誘発性):

    • 炎症性サイトカインとしてのIL-6とは異なり、運動由来の一過性IL-6上昇は、抗炎症性サイトカイン(IL-10, IL-1ra)の誘導を引き起こし、CKD特有の微小炎症環境を改善します。


そのほか様々な因子があり、現在、人における効果は検証中です。



2. Physiology & Hemodynamics: 運動中の腎血行動態と鑑別


運動中、腎臓は著明な血流再分配(Redistribution)に晒されます。この生理学的適応と病的状態の境界線を見極めることが、重要です。


① 腎血流量(RBF)とGFRの乖離

  • RBFの低下: 骨格筋への血流配分を優先するため、高強度運動時にはRBFは安静時の25%未満まで低下します。

  • Filtration Fraction (FF) の上昇: 輸入細動脈よりも輸出細動脈の収縮が優位となることで糸球体内圧を保ち、軽~中等度の運動ではGFRは維持されます。

  • Clinical Pearl: 激しい運動後の一過性蛋白尿円柱形成は、この血行動態の変化に伴う生理的反応(Functional)である場合が多く、必ずしも糸球体障害を意味しません。再検は24~48時間後が推奨されます。





② Pseudo-AKI vs True AKI

運動後の血清Cr上昇を見た際、以下の鑑別が重要です。

  • Pseudo-AKI(偽性腎障害):

    • 機序:骨格筋からのCr放出増大 + RBF低下による排泄遅延。

    • 特徴:Cystatin Cは上昇しない。BUN/Cr比の乖離。

  • True AKI(真の腎障害):

    • 機序:虚血性尿細管壊死(ATN)、円柱閉塞(横紋筋融解症)。



Table 1. 運動による生理学的変化と臨床的対応 (Summary for Clinicians)

ParameterPhysiologic Change during ExerciseClinical Consideration
Renal HemodynamicsRBF著明低下 (Severe vasoconstriction)NSAIDsやRAS阻害薬併用下では、自己調節能が破綻しPrerenal AKIのリスク増大。
Glomerular FiltrationGFR低下 (High intensity時)一過性の乏尿を呈するが、通常は可逆的。
Urinary FindingsProteinuria, Hematuria, Casts24-48時間後の再検で消失を確認すればWork-up不要。
Serum CreatinineTransient Elevation筋肉量の影響を受けないCystatin Cでの評価を推奨。





3.ステージ別:運動のメリットと具体的推奨

論文では、腎臓病の病期(ステージ)ごとに、運動がもたらす具体的な恩恵がまとめられています。

🟢 保存期CKD(透析導入前)

  • 最大のメリット: 心血管疾患(心臓病・脳卒中)の予防

    • CKD患者さんの死亡原因第1位は心臓病です。運動はこれを防ぐ最強のツールです。

  • 進行抑制: 運動が腎機能低下のスピードを緩やかにするというデータが増えています。

  • 推奨: ウォーキングなどの有酸素運動+軽い筋トレ(週150分目標)。


🟡 透析患者(血液透析・腹膜透析)

  • 課題: 透析患者さんは筋肉が落ちやすく(サルコペニア)、疲れやすい(フレイル)状態にあります。

  • メリット: 透析効率の改善(透析中の運動)、うつ症状の改善、日常生活動作(ADL)の向上。

  • 推奨: **「透析中の運動(Intradialytic Exercise)」**が推奨されています。ベッド上でできるペダル漕ぎなどが効果的です。


🔵 腎移植レシピエント

  • 課題: 移植後のステロイド使用などによる体重増加や糖尿病リスク。

  • メリット: 体重管理、骨密度の維持、拒絶反応リスクへの影響(免疫機能の安定)。

  • 推奨: 感染症対策をしつつ、一般人と同様のアクティブな生活を目指します。


🟠 小児CKD患者

  • 重要: 子供にとって運動は「治療」である以前に「成長」に不可欠です。骨の発達や社会性のために、過度な制限をせず積極的に参加させることが推奨されます。


4. Risks Management: AJKDが警告する3つのピットフォール

AJKD Core Curriculum 2026では、特に啓発すべきリスクとして以下の3点が強調されています。

① 運動誘発性低ナトリウム血症 (EAH) の病態生理

  • 機序: 運動というストレス下では、浸透圧非依存性にADH(バソプレシン)分泌が亢進しています。この状況でHypotonic fluid(水やスポーツドリンク)を過剰摂取すると、希釈性低ナトリウム血症により脳浮腫を来します。


  • Management Algorithm (下表参照):

    • Symptomatic (Encephalopathy): 3% Hypertonic Salineのボーラス投与がFirst line。

    • Asymptomatic/Mild: Fluid Restriction(水制限)。生理食塩水投与は病態を悪化させる可能性があるため慎重に行う。

    • Prevention: "Drink to thirst"(口渇に応じた飲水)が最も生理学的に理に適った予防法です。




② 横紋筋融解症とCast Nephropathy


  • 機序: Myoglobinの尿細管毒性(酸化ストレス)+ 遠位尿細管でのTamm-Horsfall蛋白との結合による円柱形成(閉塞)。

  • Diagnosis: 尿潜血陽性かつ尿沈渣での赤血球欠如(Myoglobinuria)。CKの著明上昇。

  • Risk: 脱水、NSAIDs併用、Sickle Cell Trait(鎌状赤血球形質)など。




③ NSAIDsによる "Triple Whammy"


  • 運動によるRBF低下 + 脱水 + NSAIDs(プロスタグランジン阻害による輸入細動脈収縮)の3要素が重なると、腎虚血は決定的となりATNを誘発します。

  • Patient Education: 運動前後の鎮痛薬使用は「禁忌」レベルの指導が必要です。




5. 透析患者における心血管リモデリング

末期腎不全(ESKD)患者に対する運動療法のエビデンスレベルは飛躍的に向上しています。


  • Reverse Remodeling:

    最新のメタアナリシス(2025)において、透析患者への運動介入(特に有酸素+レジスタンス併用)は、LVEFの改善のみならず、左室重量係数(LVMI)の有意な減少をもたらすことが示されました。


  • Intradialytic Exercise (IDE):

    透析中の運動は、除水による循環血漿量減少時のRefillingを補助し、透析低血圧の予防や溶質除去効率(Kt/V)の改善にも寄与します。



6. まとめ

2026年の現在、CKD診療における運動療法は、以下のように再定義されます。


  1. Positive Indication: 運動は腎機能低下抑制および心血管イベント抑制のための**「治療介入」**である。

  2. Prescription: 無理しないでではなく、FITT原則(頻度・強度・時間・種類)に基づいた**「運動処方」**が必要である。

  3. Safety Net: NSAIDs回避、EAH予防(適切な水管理)、Pseudo-AKIの鑑別をもって、安全性を担保する。

先生方の日常診療において、患者さんへの生活指導が「安静」から「戦略的な運動」へとシフトする一助となれば幸いです。


参考文献: Becerra, L. A., & Mansour, S. G. "Exercise and Kidney Health: Core Curriculum 2026." American Journal of Kidney Diseases (2025).

2026/01/22

その「正常値」は罠かもしれない。謎の代謝性アシドーシスを解き明かせ

 今日は皆さんに、腎臓内科医たちが頭を悩ませる難解な症例検討会「Skeleton Key Group」から、特に教育的でスリリングなCase 37からの挑戦状をお届けします。

あなたは、提示されたデータだけで真犯人を突き止め、治療の落とし穴を回避できるでしょうか? 腎臓内科医たちが愛用する推理ツール**「pLACO」**を武器に、この謎に挑んでみましょう。


【第一の謎:事件の現場(病歴)】

患者: 55歳女性 

主訴: 意識障害、呼吸困難

現病歴: Rouen-Y胃バイパス術の既往があるこの女性は、ここ数日、激しい片頭痛に悩まされていました。家族によると、市販の鎮痛薬を頻繁に服用していたとのこと。痛みがつよく次第に内服のアスピリンの量が増えていた。 次第に傾眠傾向となり、呼吸が荒くなっているところを発見され救急搬送されました。

来院時のドラマ: ER到着時、彼女の意識レベルはGCS 3点(昏睡)。気道保護のため、トリアージですぐに鎮静・筋弛緩薬投与下で気管挿管が行われました。

バイタルサイン(挿管後):

  • 血圧: 109/61 mmHg

  • 心拍数: 97回/分

  • 体温:37.3℃

  • 呼吸数: 21回/分(人工呼吸器管理下)

  • SpO2: 98%

  • 身体所見: 神経学的所見は鎮静下で評価不能。明らかな浮腫なし。

血液ガス分析の結果が出ると少し状況が変わってきます。



【第二の謎:証拠品(検査データ)の分析】

手元に届いた静脈血ガス分析(VBG)と電解質のデータです。

ここで違和感に気づけるかが勝負の分かれ目です。



  • pH:7.17

  • pCO2:37 mmHg

  • HCO3⁻:10 mEq/L

  • Na:147 mEq/L

  • K:5.2mEq/L

  • Cl:115 mEq/L

  • BUN:42mg/dL

  • Cr:2.0mg/dL

  • Alb(アルブミン):4.0 g/dL

一見すると、「pCO2は正常範囲(35-45)」に見えます。しかし、酸塩基平衡の世界では「基準値内=正常」とは限りません。

ここで、酸塩基平衡の謎を解くための**魔法の言葉(ニーモニック)「pLACO」**を使って、データを紐解いていきましょう。


**ちなみにpLACOとは・・・*

pLACO の 5つのステップ


1. p = pH(第一印象)

まず最初にpHを見て、患者の状態が「酸性」か「アルカリ性」かを判断します。

  • pH < 7.35:酸血症(Acidemia)→ 主犯は「アシドーシス」

  • pH > 7.45:アルカリ血症(Alkalemia)→ 主犯は「アルカローシス」

  • pH 7.35-7.45:正常、または混合性障害で打ち消し合っている状態


2. L = Lungs / pCO2(肺・呼吸の評価)

次に、呼吸性因子である pCO2(二酸化炭素分圧) を確認します。

  • pCO2 > 45 mmHg:呼吸性アシドーシス(換気不足)

  • pCO2 < 35 mmHg:呼吸性アルカローシス(過換気)


【ここで一次性障害を決める】

  • pHが酸性で、pCO2も高い → 呼吸性アシドーシスが主

  • pHが酸性で、pCO2が低い(または正常)→ 代謝性アシドーシスが主(肺は悪くない、むしろ代償している)

    • Case 37の場合:pH 7.17(酸)に対し pCO2 37(正常〜やや低め)なので、主犯は代謝性アシドーシスと分かります。



3. A = Anion Gap(アニオンギャップの計算)

代謝性アシドーシスがある場合、アニオンギャップ(AG) を計算して原因を絞り込みます。

            AG = Na - (Cl + HCO3-)

  • AG > 12高AG性代謝性アシドーシス(HAGMA)

    • 原因:GOLDMARK(グリコール、オキソプロリン、乳酸、メタノール、アスピリン、腎不全、ケトン)

  • AG 正常:正常AG性代謝性アシドーシス(NAGMA)

    • 原因:下痢、尿細管性アシドーシスなど



4. C = Compensation(代償は適切か?)

ここが最も重要です。 体はpHを正常に戻そうと「代償」を行いますが、それが計算通りに行われているかを確認します。計算とズレていれば、「別の障害」が隠れている証拠です。

  • 代謝性アシドーシスの場合:Winterの公式

    予想 pCO2 = (1.5 × HCO3-) + 8 ± 
    • 実測pCO2 > 予想pCO2 → 呼吸性アシドーシスの合併(Case 37はこれ)

    • 実測pCO2 < 予想pCO2 → 呼吸性アルカローシスの合併


  • 代謝性アルカローシスの場合:

    予想 pCO2 = (0.7 ×Δ HCO3-) + 40 などを使用


5. O = Osmolar gap / Other(その他の確認)

最後に、さらに隠れた病態がないか確認します。


  • Delta-Delta (Δ/Δ) 比の計算:Δ AG / ΔHCO3-

    • HAGMAがある時、AGの上昇分とHCO3の減少分の比を見ます。

    • 比 < 1.0:NAGMAの合併

    • 比 > 2.0:代謝性アルカローシスの合併


  • 浸透圧ギャップ(Osmolar Gap)

    • 実測浸透圧 - 計算浸透圧。アルコール中毒(メタノール、エチレングリコール)を疑う時に確認。

  • 尿アニオンギャップ

    • NAGMAの原因鑑別(腎臓からか、腸管からか)に使用。



では、症例に戻って・・


【推理パート:pLACOメソッドで謎を解く】

Step 1: p (pH) - 酸かアルカリか?

  • pH 7.17 (< 7.35)

  • 判定: 重篤な酸血症(アシデミア)です。


Step 2: L (Lungs / CO2) - 肺は何をしている?

  • pCO2 37 mmHg

  • 判定: 数値上は正常範囲ですが、pH 7.17の状況でCO2が「普通」であること自体が異常です。本来なら過換気でCO2を飛ばしていなければなりません。ここに第一のトリックがあります。


Step 3: A (Anion Gap) - 隠れた酸はあるか?

  • AG = Na - (Cl + HCO3⁻)

  • 計算:147 - (115 + 10) = 22

  • 正常AG(アルブミン×2.5 = 10 or  12±2)と比較して著しく上昇。

  • 判定: **高アニオンギャップ性代謝性アシドーシス(HAGMA)**が存在します。

  • 犯人候補(GOLDMARK):グリコール、オキソプロリン、乳酸、メタノール、アスピリン、腎不全、ケトンなど


Step 4: C (Compensation) - 代償は適切か?(ここが重要!)

ここでWinterの公式を使い、患者の体が「本来あるべきpCO2」を計算します。

予測 pCO2 = (1.5 × HCO3⁻) + 8 ± 2

  • 計算:(1.5 × 10) + 8 = 23 ± 2

  • 実測値:37 mmHg

  • 判定: 予測値(23)よりも実測値(37)が圧倒的に高い。これは、体がCO2を吐き出しきれていないことを意味します。

  • つまり、HAGMAに加えて**「呼吸性アシドーシス」**が合併しています。


Step 5: O (Other / Osmolar gap) - その他の異常は?

最後に、Delta-Delta (Δ/Δ) 比を確認して、混合性異常がないか深掘りします。

Δ/Δ = (実測AG - 正常AG) / (正常HCO3⁻ - 実測HCO3⁻)

  • 分子(AG上昇分):22 - 10 = 12

  • 分母(HCO3減少分):24 - 10 = 14

  • 計算:12 ÷ 14 ≈ 0.86

  • 判定: 通常、比が1.0未満であれば、AGの上昇以上にHCO3⁻が減っているため、**「正常アニオンギャップ代謝性アシドーシス(NAGMA)」**の合併を示唆します。

  • しかし、本当にNAGMAもあるのでしょうか? ここに第二のトリックが潜んでいます。




【解決編:真犯人と「医療介入」のパラドックス】

真犯人の正体

病歴(片頭痛、鎮痛薬過多)とHAGMAから導かれる診断は、サリチル酸(アスピリン)中毒です。 実際のサリチル酸濃度は 54.3 mg/dL(中毒域)でした。

今回のアシドーシスの黒幕である「アスピリン(アセチルサリチル酸)」について、その危険な特性を整理しておきましょう。

1. 酸性環境を好む浸透者

アスピリンは pKa 3 という酸解離定数を持っています。これは、胃のような酸性環境下ではイオン化せずに吸収されやすくなることを意味します。 今回の症例のように全身がアシドーシス(酸性)に傾くと、サリチル酸は非イオン化型となり、血液脳関門(BBB)をすり抜けて中枢神経へ侵入しやすくなります。これが意識障害を悪化させるメカニズムです。

2. 危険水域(血中濃度)の目安

サリチル酸の血中濃度と毒性の関係は以下の通りです。本症例の患者は 54.3 mg/dL であり、明確な中毒域に達していました。

  • 治療域: 10 - 30 mg/dL

  • 中毒域: 40 - 50 mg/dL

  • 重篤な中毒: > 70 mg/dL

3. 捜査を撹乱する因子

単に摂取量だけでなく、以下の要因が重症度や吸収速度を変化させ、中毒症状の出現を遅らせたり長引かせたりすることがあります。

  • 多剤併用(Co-ingestion): 他の薬剤との相互作用。

  • 胃排出の遅延: 胃内でアスピリンが固まり(胃石)、少しずつ溶け出すことで、長い時間をかけて吸収され続けることがあります。

  • 製剤の種類: 腸溶錠などは吸収のピークを遅らせます。



ここからは少し上でお話したトリックについて深堀します。

トリック1:なぜ「呼吸性アシドーシス」になったのか?

教科書的には、サリチル酸中毒は呼吸中枢を刺激し、**呼吸性アルカローシス(過換気)を引き起こすはずです。 しかし、この患者は「来院直後に気管挿管・鎮静された」**のです。 サリチル酸中毒患者は、命を守るために必死で過換気を行っています。それを、標準的な呼吸器設定や鎮静で止めてしまった結果、CO2が(相対的に)蓄積し、pHが急降下しました。 酸性環境下では、サリチル酸は非解離型となり、血液脳関門(BBB)を通過して脳への毒性を強めます。良かれと思った挿管が、病態を悪化させるリスクとなったのです。

トリック2:Δ/Δ比 0.86 の罠(偽性高クロール血症)

計算上はNAGMAの合併が疑われました。しかし、Cl値 115 mEq/L に注目してください。 一部の検査機器では、サリチル酸イオンを塩化物イオン(Cl⁻)と誤認してカウントしてしまうことがあります(偽性高クロール血症)。 もし、血中のサリチル酸(約4 mEq/L相当)がClとしてカウントされていたと仮定して補正すると、真のClは111程度となり、AGはもっと開きます。 再計算するとΔ/Δ比は1.0を超え、「NAGMAは実は存在せず、検査の干渉(Interference)だった」という可能性があります。



【最新の文献的考察(2024-2025)】

この症例から学ぶべき、重要な点です。

1. サリチル酸中毒と挿管のジレンマ 

「サリチル酸中毒患者は絶対に挿管してはいけない」という古い格言があります。自発呼吸による強力な代償を人工呼吸器で再現するのが難しいためです。 しかし、最近の救急・集中治療の文献(McDonald et al.など)では、「気道保護が必要な場合(GCS低下など)は躊躇せず挿管すべきだが、管理には細心の注意が必要」というニュアンスに変わってきています。 重要なのは「挿管しないこと」ではなく、「挿管直後から、患者の自発呼吸レベルに合わせた大量の分時換気量を設定し、頻回な血液ガスでpHをモニタリングすること」です。

2. 治療戦略:透析のタイミング EXTRIPガイドラインに基づくと、以下の状況では血液透析が推奨されます。

  • 意識障害がある場合(本症例で該当)

  • サリチル酸濃度 > 100 mg/dL

  • 標準治療(尿アルカリ化など)が無効

  • pH ≤ 7.20 の重篤な酸血症 本症例は、濃度は54mg/dLと「超高値」ではありませんでしたが、意識障害と複合性アシドーシスがあるため、透析も視野に入れた集中治療が必要です。



【まとめ:明日からの診療に活かす鍵】

  1. 「正常なpCO2」に騙されるな: HCO3⁻が低い時のpCO2 40mmHgは、致死的な呼吸性アシドーシスです。必ずWinterの式で予測値を計算してください。

  2. pLACOで整理せよ: 複雑な酸塩基平衡も、p→L→A→C→Oの手順で解けば、混合性異常が見えてきます。

  3. 挿管のリスクを知る: 代謝性アシドーシスの患者を鎮静・挿管する際は、彼らの「必死の代償呼吸」を奪うことになるという事実を直視し、換気設定に細心の注意を払ってください。

一見シンプルな症例の中に、生理学の基本と中毒診療の落とし穴が詰まった、まさにSkeleton Key(マスターキー)のような症例でした。


Reference: Renal Fellow Network, Skeleton Key Group Case 37: A case of elevated anion gap metabolic acidosis (March 19, 2025) Recent updates on Salicylate Toxicity management & EXTRIP guidelines.

2026/01/15

【専攻医・若手腎臓内科医向け】腎腫瘤(Renal Mass)が見つかったら?腎臓内科医が知っておくべき評価と管理のポイント

ご無沙汰しております。今回、上記のタイトルで記載をしてみました。私も勉強になるので、少しずつブログも再開していきます!

 以前に腎癌についての記載を行っていますのでそちらも参考にしてください。


現在、画像診断技術の向上により、他疾患の検査中に偶然発見される「偶発的腎腫瘤(Incidental Renal Mass)」が増加しています 限局性腎細胞癌(RCC)の5年生存率は100%に近く、**「癌そのもの」よりも「基礎疾患(CKDやCVD)」が生命予後を左右する**時代になっています


今回は、泌尿器科任せにせず、腎臓内科医としてどのように介入し、腎機能を守るべきか、AJKDの最新Core Curriculum(2025)をもとに解説します


1. 腎細胞癌(RCC)とCKDの密接な関係

まず押さえておきたいのは、RCCのリスク因子とCKDのリスク因子は大部分が重複しているという事実です

【RCCとCKDの共通リスク因子】

  • 高齢: 加齢とともに両疾患のリスクは上昇します

  • 男性: 男性に多い傾向があります

  • 喫煙: 確実なリスク因子です

  • 高血圧: RCC患者では一般人口の2-3倍の高頻度で見られます

  • 糖尿病: 術後のCKD発症リスクを増大させます

  • 肥満: RCCのリスクですが、予後はむしろ良い傾向があるという「肥満パラドックス」が知られています

さらに、透析患者(末期腎不全)では一般人口と比較してRCCの発生率が100倍高いとされており、双方向の関連性があります




2. 腎臓内科医による「術前評価」の大切さ

「手術は泌尿器科、その後腎機能が悪くなったら腎臓内科」では遅すぎます。術前の段階で腎臓内科医が介入することで、術後の透析導入リスクを減らせる可能性があります

  • 蛋白尿・アルブミン尿の評価は必須 

eGFRだけでなく、尿蛋白(または尿アルブミン)定量を必ず確認しましょう 。術前のアルブミン尿の存在は、術後のeGFR低下やCKD発症の独立した予測因子です
  • 糖尿病の隠れ家を見逃さない 

術前検査で尿糖陽性や軽度の血糖上昇があれば、未診断の糖尿病がないか精査します 。糖尿病は術後のCKD発症リスクを60%(非糖尿病は43%)まで引き上げます
  • 術前管理チェックリスト

    • 血圧管理: 130/80 mmHg未満を目標にコントロール。

    • 血糖管理: HbA1cの確認とコントロールを行います。

    • 腎機能評価: クレアチニンだけでなく、必要に応じてシスタチンCや腎シンチグラム(分腎機能評価)を検討します

    • 禁煙指導: 必須です


3.治療選択:腎機能を守るための優先順位

かつては「腎全摘(根治的腎摘除術)」が主流でしたが、現在は**「腎温存(Nephron-Sparing)」**がキーワードです

  1. 腎部分切除術 (Partial Nephrectomy)

    • 第一選択: 小径腎腫瘤(T1a: 4cm以下)では、全摘と比べて癌の予後は同等ですが、腎機能温存効果は圧倒的に優れています(CKD発症リスクを61%低減)

  2. アブレーション治療 (Ablation)

    • 適応: 手術リスクが高い患者や高齢者

    • メリット: 腎実質の喪失が少なく、腎機能への影響は全摘より軽微です

  3. 能動的監視 (Active Surveillance)

    • 適応: 高齢、多併存疾患、手術困難例

    • 根拠: 小径腎腫瘤の転移リスクは当初3年間でわずか2%程度です 。腫瘍径が3cmを超えるか、年5mm以上の増大がなければ経過観察も立派な選択肢です

腎臓内科医のスタンス 

「全摘」が予定されている場合でも、CKDステージ3b以降や蛋白尿があるハイリスク症例では、泌尿器科医と相談し、部分切除やその他の温存療法が可能かディスカッションすることが重要です


4. 進行癌と薬物療法:Onco-Nephrologyの知識

進行癌(T4など)で全身化学療法が行われる場合、薬剤性腎障害に注意が必要です

主な薬剤と腎合併症

  • 抗VEGF薬(アキシチニブ、スニチニブなど)

    • 注意点: 高血圧(11-43%)、蛋白尿(41-63%)、TMA(血栓性微小血管症)

    • 対応: 降圧薬での管理が基本です。TMAや高度腎障害時は休薬を検討します。

  • 免疫チェックポイント阻害薬 (ICI)(ペムブロリズマブ、ニボルマブなど)

    • 注意点: 急性間質性腎炎 (AIN)

    • 対応: ステロイド治療が有効ですが、重篤な場合は中止が必要です。




5. まとめ:腎臓内科医の役割

  1. 早期発見・介入: 偶発的に見つかった腎腫瘤に対し、CKDリスク(蛋白尿、DM、HTN)を徹底的に評価・管理する

  2. 治療方針への助言: 腎機能温存(部分切除など)のメリットを提示し、過剰な腎全摘を防ぐ

  3. 術後・治療中のフォロー: 術後のeGFR低下や、化学療法に伴う腎障害(高血圧・蛋白尿・AIN)を管理する


腎腫瘤の患者さんにとって、癌のサバイバーになった後の「腎臓の寿命」を守れるのは、私たち腎臓内科医です。泌尿器科と連携し、最適な治療戦略を立てていきましょう

参考文献 Tillquist K, et al. The Nephrologist’s Perspective in Evaluation and Management of Localized Renal Masses: Core Curriculum 2025. Am J Kidney Dis. 2025;86(5):690-701.